鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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番外編 第五話 アドミラル・グラーフ・シュペー

 

 

 「書類はよし、義腕の点検もよし、私物もよしと……」

 

 部屋に備え付けられたベッドの上で私は、私物を並べながらノートに一つ一つチェックをつけていく。とは言っても私物は貰い物や姉ちゃんに選んでもらった私服くらいで、思い切って購入した旅行カバンの中は空白が目立っている。もう少し小さなサイズでも良かったかな?

 

 ふぅ、とチェックをひと段落終えてノートを脇に置くと、疲れの余りそのままベッドで睡魔に身を委ねたくなる。家から今日は一歩も出てないのに心地の良い疲労感は自身を包み込み、今日はよく眠れるかも知れない。

 

 

 思えばこの部屋は私がこの世に生を受けて、訓練を重ねて、実戦を経験するようになってからも姉妹共同でずっと使ってきた思い出深い部屋だ。この部屋を去る事に寂しさが無い訳もなく、思わず今までありがとうと労うようにベッドのシーツを手で撫でつける。

 

 この部屋は私が唯一義腕にならずに過ごす場所。ふと、シーツを撫でつけた片手をグーパーと結んで開くも、少しだけ違和感を感じてしまう。ずっと業務中でも人前でも義腕ばかりで生活しているからだろう。今ではあの大きな義腕が身体の一部に感じてしまい、生身の手に違和感を覚えてしまう自分がそこにいた。

 

 義腕……私が身につけているこのメタリックな光沢を放つ腕は私の覚悟の印。兵器であり、そして皆を守る為に戦う自身の存在意義を示すもの。

 

 硝煙と鮮血に染まったこの手は平和を抱擁する事は決して許されない。でも、この手があれば皆を守る事ができる。相手を粉微塵に引き裂き、自分のアイデンティティを確立し存在理由を示し続ける事が…

 

 

 

「シュペー!!! 」

 

 

 こうして義腕を見つめて物思いに耽っていると、突然ドアが蹴破られるように、悲鳴と共に強引にバン!と音をたてて開かれる。

 

 目の前に現れたのは私より少し小柄で帽子を身につけた黒髪の少女。傲岸不遜をその身に纏い、例えビスマルクさんであろうが態度を変えない私の姉、ドイッチュラントだった。

 

 その様子はいつものように余裕綽々な物ではなく、慌ただしく私の前に突っ込んでくるのかと思いきや、私の肩を掴んでガンガン揺らしながら私に問いかけてくる。やめて姉ちゃん、頭が揺れるから……!

 

「どういう!!事なのよ!!出ていく?やっぱりなの!?この部屋から?なんでなの!?ねぇなんで!!シュペー答えなさい!シュペー!! 」

 

「や、やめて姉ちゃん…!ほら、落ち着いて、ねっ?だから肩揺らすのをやめて……! 」

 

「こ・れ・が!!落ち着いていられるかぁぁぁぁ!!! 」

 

 最早私の話は聞かずにガンガンと肩を揺らす姉。余程焦っているんだろう、でももうこれで説明したのは9回……いや10回くらい話してる気がする。一瞬の隙をついて義腕をカチャリと片手に装備させると、暴れる姉ちゃんの首根っこを掴んでポイと姉のベッドに投げつけ、部屋にはポスッと小さな音が鳴り響く。

 

「もう、姉ちゃんにはもう何度も言ってるでしょ?グラーフさんに誘われて私がそれに了承しただけ。別に姉ちゃんの事を嫌いになった訳でも、誰かに脅された訳でもないから安心して…ね? 」

 

 私と同じグラーフ(伯爵)の名前を持つ航空母艦グラーフ・ツェッペリンさんは鉄血の陣営代表、ビスマルクさんの右腕とも言える人物だ。そんな彼女に誘われた事で私は、新たな部隊への配属を了承した。

 

 キール第三基地。

 

 試験的に現在運用中のヒヨコ型労働ロボット、マンジュウの大量運用を前提としたキール軍港に新設された新たな基地。その基地の防衛の為の部隊に私はあと三日もすれば配属される。

 

 グラーフさんの他には知己の仲であるアドミラル・ヒッパーちゃんも配属される。そして私の上司となる指揮官は、訓練を終了したばかりの若い男性らしいけど、それに関しては詳しくは知らない。

 

 なんでもグラーフさんが直々に選んだ人物だから、人格面や能力面の心配はしてないけど……そう、その指揮官の存在がドイッチュラント姉ちゃんの神経に苛立ちを与えている。

 

「男は皆ケダモノなのよシュペー!?貴方みたいな子が真っ先に狙われて権力を盾に脅されてーー」

 

 捲し立てるようにベッドのシーツを握りしめて、とても人には聞かせられない猥褻な言動を繰り返す私の姉。

 

 姉ちゃんの懸念。それは今まで男性とはほぼ関わりもなく、指揮官の元で戦う経験のない私が犯されるのではないか?というシスコン特有の心配。

 

 姉ちゃんははっきり言ってプライドも高く、傲岸不遜をその身に宿し、妹としてかなり柔らかな言い方をしても、唯我独尊。人の話を聞かずに無視して常に我が道を行く性格だ。

 

 それでもこれだけは言える。姉ちゃんは間違いなく妹である私を愛してくれている。その事に関しては感謝してもしきれないのだが……ちょっと、いやかなり妹である私を過保護に見ている。

 

 もう一人の姉であり現在は公国領東アフリカの部隊に配属されているシェーア姉ちゃんがかなり自立をした性格だった事もあり、余計に末っ子の私を可愛がってくれているんだろう。とはいえ、姉ちゃんから見た出会った事もない指揮官の評価は既にマイナスに振り切れていて、目があった瞬間私を押し倒しかねない獣のような存在になっている。

 

 というか姉ちゃんもまともに指揮官の所で働いた事もなければ、軍務を除いて男性と話す事も殆どなかったような……だからこそ偏見とシスコンを拗らせてここまで暴走しているのかも知れない。

 

 

 ただ、私は例え姉からどんな事を言われても自分の意思を曲げるつもりは無かった。

 

 こうしてドイッチュラント姉ちゃんは私を守ろうとしてくれるけど、これではずっと私が自立できなければ、絶対に姉ちゃんの為にもならないという事はとっくの昔にわかっていた。

 

 

 人間で例えるのなら今回私は独り立ちの為に動いている。姉ちゃんの庇護を離れて一人だからこそ見えるもの、感じるものを身につけたい。自立した生活を送って姉ちゃんの人生の邪魔にならない存在となりたい。そして何よりも、グラーフさんが勧誘の最後に漏らした言葉。

 

 

『我についてくれば、もしかしてお前にとって面白いものが見えるかも知れないぞ?』

 

 

 獰猛な含み笑いをしながら去り際にボソリと呟いたグラーフさんの言葉、その言葉に意外なほどに強く惹かれている自分がそこに居た。

 

 私も見てみたい。グラーフさんが面白いと話した光景を。

 

 優しい姉に守られるだけの閉塞した毎日を変えたい。

 

 自分の人生で鉄血のkansenとして為すべき事を果たすだけではなく、私が望むやりたい事を見つけたい。

 

 そして、その先の光景をグラーフさんと共に見てみたい。そう思った私は気がつけば頷いていて。

 

 

 笑みを浮かべるグラーフさんがカバンから取り出した転属届にサインをしていた。

 

 

 ただ……

 

 

 

 「シュペー?聞いてるのシュペー!!だから万が一、指揮官に貴方を無理やり水着を強要して高笑いしながらナマコを大量に投げつけてそれからーー」

 

 

 

 姉ちゃん、それはもう陵辱じゃなくてもっと別の何かじゃないかな…?

 

 その光景を見る為の第一関門である姉の説得には、まだまだ苦労しそうだとため息を吐く。

 

 結局、毎週手紙を送って、何かあれば絶対に姉ちゃんに頼ると姉ちゃんお手製の2メートルにも渡る説明文が書かれた誓約書にサインをする事でようやく、私はキール第三基地に向かう事ができた。

 

 

 我ながらその選択をした事に関しては、今から振り返れば間違いなく正解だったと思っている。

 

 

 今までの日々も、そしてこれからの日々も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 滞在中のホテルの部屋で何をするまでもなく、部屋のベッドに寝転がるとぼーっと天井を眺める。最初の頃は暇つぶしに天井のシミを何気なく数えていたけど、あまりに非生産的で虚しくなってすぐに辞めてしまった。

 

 サディア帝国に来てからの日々は毎日がこんな感じだ、一応外出許可は同じく私たちの面倒をみてくれるザラさんに話せば出してくれると思うけど、特にやる事もないのでずっとホテルに缶詰状態。

 

「……暇だなー」

 

 平時であっても身につけている義腕をじっと眺めながら思わずそう口にする。

 

 毎日寝て、食べて、少しだけヒッパーちゃんと話す以外は特に何もしない生活。本国ではあった書類仕事も与えられず、一度だけ近海にセイレーンが現れた時も、サディア海軍が全て単独で撃破して私達に出撃の機会は与えられなかった。

 

 総旗艦のヴィットリオ・ヴェネトさんはバカンスだと思って過ごしてくださいと言っていたけど比喩でも何でもなく、滞在中の日々は長い休暇と代わりがない。今頃ドイッチュラント姉ちゃんは何をしてるんだろう?私がサディアに行くと聞いた時はそれはお尻に火が付いたように慌てていたけど、少しは落ち着いて私の事を気にせずに過ごして貰えれば嬉しい。

 

 

 

 ……いやあのシスコンな姉の性格を考えれば無理かな……無理かも。

 

 

 

 とはいえ何もするべき事がないという事は今の所は緊急事態に陥っていない事と同義なのだから、本音を言えば嬉しかった。これまでずっっと慌ただしい毎日を過ごしてきたんだから、平和な時間を満喫しよう。

 

 

 

 

 

 兵器として産まれた自分が言うのもどうかと思うけど、私は戦うことが大嫌いだ。

 

 守る為ならいくらだって戦える、必要ならたとえアズールレーンの兵士でも殺す覚悟もある。それでも、万が一目の前で大切な仲間が傷ついてしまうと考える事がイヤ。

 

 そんな事を思っていると、自分は戦う為に産まれてきたというのに矛盾した存在なんだなと偶に思ってしまう。兵器としてこの世に生を受けたというのに戦う事が嫌いだなんて兵器失格だろう。

 

 

 私はあくまで兵器だ。戦う事でしか存在意義を示す事が出来ず、自分は敵を引き裂き、粉砕する事がその義務であり、責務であり、そうで無ければ自分に生きる為の居場所は与えられない。

 

 

 それでも……兵器だからといっても、これまで皆と過ごしてきた大切な日々や思い出は私にとってはかけがえのないもの。それを否定するつもりはない。

 

 何もなければ大切な人達は傷つかない。だからこそ何も無い日々がこのまま続く事を私は願い、たとえ自分の存在意義の否定に繋がっても私は指揮官達に傷ついて欲しくはなかった。

 

 

 

 だから軍人として、兵器としても例え失格と言われても、何もする事がないこの一週間は私は内心心地よく感じていた。まぁ、本国で姉ちゃんやビスマルクさんが頑張っている事を思えばそろそろ何か変化があってもいいのでは?と思うけど自分ではどうしようもないのだから。

 

 

「もうこんな時間か……」

 

 

 時計の針は19時を示していて、窓の外を眺めれば既にオレンジ色の夕日に外は染まっている。これでまた平和な一日が終わった、明日も、また明日も、サディアにいる時は一度も出撃しなければいいのに。なんて思いながらも、空腹感を覚えて、夕食を取る為に部屋を出ようとする。

 

 ヒトと同じ姿をした私達kansenは人と同じく食べなければお腹も減るし、休まなければ倒れてしまい、その結果が戦闘に直結して敗北に繋がりかねない。

 

 戦う為だけに産まれてきたというのなら、人間の三大欲求まで受け継ぐのはデメリットなのでは?と思った事もあったけど、マンジュウを見ているとメンテナンスフリーで勝手に体調管理するっていうのは案外扱いやすいのかも?なんて思って少しだけ苦笑する。

 

 部屋を出て廊下を歩けばゴミ一つ落ちておらず清潔感を感じとれ、途中でサディアの国家憲兵の男性とすれ違うと無言で彼は敬礼をしてきたので、慌ててこちらも敬礼する。

 

 

 食堂をチラリと眺めると用意はまだ出来ておらずもう少し時間がかかりそうだ。それまでどう過ごそうかな?もう一度部屋に戻るべきか、やる事もないからロビーのソファーにでも座って待つべきか……なんて思っていると。前方から見知った男性からがゆっくりと歩いてきた。

 

「あっ指揮官、夕食ならもう少し時間が……」

 

「…………」

 

 私の事を無視して通り過ぎる指揮官。一瞬だけショックを受けるも、指揮官の性格なら悪意を持ってそんな事をする筈もないと違和感を感じてしまう。

 

「指揮官?」

 

「あっ、あぁ。シュペーか。ごめんな、気がつかなくて……」

 

 完全に私に気付いて無かったのか、慌てた様子で指揮官は謝罪をしてくれた。とはいえ誰がどう見ても今の指揮官は明らかに、疲れているようだ。

 

「はぁ……本当に、悪いな」

 

 やつれた雰囲気といい、焦点の定まっていない瞳孔になったと思いきや、長く息を吐き出すようなため息。様子が少しおかしい、朝用事があると、何処かに出かけていた様だけど、なにかあったのかな?と思わず心配してしまう。

 

 

「指揮官、疲れた顔してるけど……大丈夫?」

 

「あー……うん、大丈夫大丈夫。ちょっと慣れない事して疲れただけだから」

 

 私が心配していると感づいたんだろう。指揮官は柔らかな笑みを浮かべるも、どう見ても無理矢理取り繕っていて、痛々しさすら感じ取れる表情だ。

 

(本当に大丈夫なのかな…?)

 

 指揮官は責任感が強く、普段は自分がどれだけ辛いと思っていてもそれを表に出さずに平気そうな顔でこちらを心配してくれる優しい人。そんな指揮官が取り繕えない程の何かがあったんだと、鈍感な私にだってわかってしまい、胸が締め付けられるような痛みに襲われる。

 

 

 こういう時どうすればいいのかな?と思案すると、ふと姉ちゃんの一言が頭にリピートする。

 

「ごめんね、指揮官」

 

「んっ、えっちょっ……!? 」

 

 謝罪と同時に指揮官の背中を義腕で優しく掴んで、強引に掴み上げる。私の普段の力ならこんな事は不可能だけど、この腕のアシスト機能のおかげで重さは殆ど感じない。

 

 悲鳴を上げる指揮官を見て近くでこちらを眺めていた国家憲兵が思わずギョッとした目でこちらを眺めてくるけど、無視して指揮官に問いかける。

 

 

「この前と違って今回は一言声をかけてからだから許してね、指揮官」

 

「おいシュペー!?シュペーさん!? 」

 

「ちょっと見てられないよ。だから私の部屋に連行するね」

 

 

自分でもどうかと思うけどこれくらい強引でなければ、指揮官はきっとこちらを心配させまいとやんわりと拒否して部屋に引き篭もって一人悩むに違いないと確信があった。

 

 ごめんね指揮官。でも、今は黙って私に連行されてね?と心の中で呟くと、そのまま私は自分の部屋に指揮官を連れて行こうと歩き出す。

 

 

「きょ、拒否権は」

 

「ないよ。諦めて」

 

 短く返答すると指揮官は諦めたように大人しくなり、なんだか悪い事をしたなと感じつつも、こういう私の強引な所は、もしかしてドイッチュラント姉ちゃんに似たのかも知れないかも?なんて客観的に思ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 人が疲れている時にもっとも効果があるのはなんだろう?

 

 美味しいものを食べる。お酒を飲む。ひたすら寝ると色々な方法があって、ドイッチュラント姉ちゃんはロックな音楽を聴くとストレス発散になるそうで、休日はよくヘッドフォンを耳につけてご機嫌そうな表情を浮かべている姿を見かける。

 

 私は敢えていうのなら睡眠なのかも知れない。他はヒッパーちゃんは植物の世話で、指揮官は甘いものを食べる。マインツさんはコーヒーを飲んでグラーフさんは……そう言えば聞いた事がないかも。

 

 

「……あのシュペー?これはどういう?」

 

「男は疲れてるならこういうのをやってやればいいのよ!って姉ちゃんが言ってたんだけど……その、どうかな?指揮官?」

 

 

 指揮官は緊張した様子で頬を赤く染めており、彼の吐息が膝元に少しだけかかってしまい、思わずくすぐったく感じてしまう。

 

 

 ストレス発散には色々な方法があると理解してくれたと思う。そして私はどうしたのかと言えば、部屋に入るなりベッドに座ると、疲れている指揮官の頭を自分の膝に誘い、膝枕の体勢になるのであった。

 

 そう、膝枕状態に。

 

 

 男はこうすると喜ぶなんて姉ちゃんは言っていたけど、私の知る限りではドイッチュ姉ちゃんには恋人は居ないから又聞きの知識なんだろう。こんな姿を姉に見られると少しだけ騒がしい事になるかも知れないので、ここがサディアで心底良かったなと安堵する。

 

 

「……まぁ、その、嫌じゃないけど」

 

「顔、真っ赤だよ指揮官」

 

「女の子に膝枕なんてされて顔真っ赤にならない男はいねぇよ!!」

 

 

 照れるように帽子で顔を隠す指揮官を見てるとなんだか可愛く感じてしまう、そっか指揮官は私を女の子として認識してくれているのかと、同時に嬉しさも。

 

 私なんかの膝枕で効果はあるのかな?なんて思っていたけど、姉ちゃんのアドバイスは的確だったんだろう。鉄血に帰ったら姉ちゃんに感謝をしなければ。流石にこの事を全て伝えると姉ちゃんは指揮官に殴り込みをかけかねないので言葉を選ぶ必要はあるけれど。

 

 正直に言えばかなり恥ずかしい。こんな事同性や姉妹にもした事はなく、まして指揮官は男性だ。膝の上から感じる体温が現実味のない現状が本物であると示しており、マフラーで口元を隠しているけど自分でも頬が熱くなっている事を否定しきれない。

 

(そっか、指揮官は私を女の子として見てくれてるんだ……)

 

 指揮官は常に私達に優しい。捕虜であろうとも公正に接して、戦闘の際に被弾した時も悲鳴をあげて私の名前を叫んでくれて、兵器としてではなく、私を人として扱ってくれている。それが何よりも私は嬉しかった。

 

 指揮官は自分を常に過小評価しているようだけど、『バルト海海戦』『レス島防衛戦』に『ピュリファイヤーとの会談』といい、彼が指揮官でなければきっと私達は生きていなかったんじゃないかな?と思う日もある。

 

 メンタルキューブから産まれた兵器としてではなく、常に一人の人間として、女の子として私達kansenに接してくれる指揮官。そんな指揮官と出会えた事がグラーフさんの誘いに乗って良かったなと心から思えてくる。

 

 同時に指揮官が常に自分を卑下して、無理をして、抱え込んでいつか倒れてしまうんじゃないかと思ってしまう。

 

 そう、指揮官は軍人にしては余りにも優し過ぎる。余りにも優し過ぎて私たちの命も、民間人の命も、なんなら敵対するアズールレーンの命だって躊躇無く奪う事が出来ずに悩んでしまう程に。

 

 これから先、もし指揮官が誰かの命を奪う選択をしなければいけない時に彼は耐えられるのだろうか?自分の命を犠牲にして誰かの命を救えるのであれば、迷わず自分が死ぬ選択肢をするのではないか?

 

 私は怖い。今膝の上にいる人の体温が感じられなくなった時、二度と笑ってくれない、二度と気にかけてくれないとなった時……想像したくもない悪意のある結末を迎えた時、私は兵器としても人としても生きられなくなるんじゃないかと思うくらい。

 

 今の私にとって、指揮官の存在はいつのまにか欠かす事が出来ない程に大きくなっていた。だからこそ、無理や無茶をしかねない指揮官には正直戦ってほしくもないし、無茶な交渉や賭けは二度として欲しくない。叶うのであれば例え私は兵器として落第だと言われても、指揮官には笑っていてほしい、生きていてほしいと強く願う自分がそこにいた。

 

 でも、情勢はそうは言ってはいられない。私は兵器で、指揮官は軍人。今もセイレーンは海を跳梁跋扈していて、レッドアクシズとアズールレーンは戦争中。なんなら今回のサディア訪問だってどんな結末になるのかわからない。

 

 だから私に戦う以外で出来ることは、こうして指揮官が疲れている時に、膝の一つでも貸してあげる事だけだった。そして自分が女の子として見てくれる事を嬉しく思ってしまい、同時に指揮官を守りたい、癒したい、支えたいという欲求はどんどん強くなる。

 

 この気持ちがなんなのかはわからない。もしかして私は指揮官に恋をしているのでは?と思った事もあるけど、色恋の経験もない自分には何も判断できないし、ヒッパーちゃん達にも似たような事を思っているので、この気持ちは友情か、愛情か、同胞としての気持ちなのかは戸惑いながらもはっきりとした答えが出てこない。ただし、一つだけ言えるのは。

 

「んっ、嫌じゃないならよかった……ゆっくり休んでね、指揮官」

 

 今、指揮官に元気になって欲しいと思う私の気持ちは本心だと言う事だ。

 

「……ごめん、悪いけど少しだけお言葉に甘えようかな」

 

 少しだけ悩んでいた様子だったけど、結局指揮官はそう言いながら帽子を脇にやると目を瞑って受け入れてくれた。

 

「いつも、本当にごめんな……頼りにならなくて」

 

「そんな事……」

 

「あー、愚痴って悪い。忘れてくれ」

 

 答えようとすると指揮官はその前に慌てた様子で再び申し訳なさそうに謝罪する。抱え込むくらいなら愚痴くらい言ってくれてもいいのに。

 

「私はそんなちょっと頼りない、でも優しい指揮官が好きだよ。きっと皆もそうだから……だからほら、悩みがあるなら、ねっ?」

 

「……ごめんなシュペー、ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから……甘えさせてくれ」

 

「うんっ……んっ…」

 

 

 指揮官はそう言うと膝枕ではなく、私の太ももに顔を埋めて無言になってしまう。息が太ももにダイレクトに当たってしまい、思わず声が漏れてしまう。

 

「今はゆっくりと休んでね。膝ならいくらでも貸すし悩みも聞いてあげるから」

 

「気持ちは嬉しいけどさ。男としてはそんなに頻繁に女の子には頼れないよ……でも、偶には…少しくらいは……」

 

 ふぅ…とため息を吐くと指揮官はそのまま無言になってしまう。普段の指揮官であればこうやって甘えてくる事も絶対にしないだろうし、余程疲れていたのは本当なんだろう。

 

 少しだけ躊躇いながらも勇気を出して、私は深呼吸をすると、義腕を弄り、カチャリとした音と共に義腕は簡単に外れてしまう。

 

(姉ちゃん以外の前でこれ外すの……初めてかも)

 

 この義腕はkansenとしてこの世に産まれた私の象徴であり、私の存在意義を示すもの。だからこそ、私は身体の一部としてこの巨大で凶悪な義腕を外す事はなかった。例え姉ちゃんの前であろうが、就寝時などの例外を除けば外さない、私の覚悟と決意の象徴。

 

 その腕を外したいと思ったのは……ただ指揮官の頭を撫でたいからなんて、他愛もない衝動であり、自分でも呆気なく義腕を外してしまった事実に少しだけ驚いてしまう。

 

 恐る恐る指揮官の茶色い髪を触ると、少しだけ指揮官はピクリと震えたが、そのまま頭を撫でさせてくれた。

 

 猫のように柔らかくてサラサラした髪の毛のを撫でつける。男性の髪の毛は硬くて太いと思っていたけど指揮官は寧ろ柔らかくて触り心地が良く、いくらでも撫でたくなる髪の毛だ。

 

 撫でる。触る。偶に摘んで持ち上げる。興味本位で髪の毛を好き放題してしまう。

 

 これが指揮官の体温……これが私が護りたいと想う人の……姉以外に初めて触った人の肌と体温に私は少し夢中になっていたんだと想う。

 

 気がつけばそのままずっと指揮官の頭を撫で続けてしまい。食事の時間になっても、求めるように私は触り続けていた。

 

「本当にさ」

 

 どれくらい指揮官の頭を撫で続けていたんだろう。気がつけば窓から漏れる色彩はオレンジ色から漆黒に染まっており、残念だけどそろそろ帰らないと、なんて指揮官に伝えようとすると、ボソリとそんな声が部屋に響き渡った。

 

 

「本当に……なんで、こんな所に俺はいるんだろうな……鉄血で指揮官に着任したと思ったら……新人なのに色々な事に巻き込まれて、流されて、死にかけて、殺し合って、殺されかけて、シュペー達にはずっと迷惑かけて……今はサディアで……」

 

「うん」

 

「もう、二度と元の平和な日々に戻る事は出来ないんだろうなぁ……つらいなぁ……まもりたいのに……しなせたくないのに…せきにんだってあるのに……けっきょくふりまわしてばっかりで……もうやだなぁ…ごめんな、おれのせいでまきこんで……ごめんなぁ、おれなんかで……ほんとうに……ごめん……」

 

「うん」

 

 肯定も否定もせずに、ただ頷いて途切れ途切れの指揮官の言葉を聞きながら、ただ私は彼の頭を撫で続ける。

 

 よく見ると既に少しだけ寝息が聞こえて来ており、既に指揮官は寝ているみたい。つまり今の言葉はあくまで寝言であって、私が聞いてはいけないものなんだろう。

 

 まるで子供の様にうなされていて、寝ながらというのに太ももは涙で濡れている。今の指揮官に私が出来る事は、こうして優しく貴方の頭を撫でることだけ。

 

「大丈夫……私が貴方を守るから。だから指揮官は安心して、今は休んでいいからね」

 

 そう言いながら寝ながら泣いている指揮官をあやし続けること数分間、指揮官はやっと落ち着いたようで私の太もものなかで静かな寝息を立てていた。

 

 そんな指揮官が起きないように、義腕は使わずに小さな自分の腕を使って、指揮官をベッドに。重さで腕が震えてしまうが、それでもやっとの事で指揮官をベッドに寝かせる事に成功した。今日はザラさんに頼んで空き部屋で寝る事にしよう。

 

「ありがとう」

 

毛布を被せてあげると指揮官の口からそんな声が漏れ出す。あくまで寝ているのだから、無意識に、私じゃ無い誰かに言っているのかも知れない事は理解している。それでも私は最後にもう一度だけ指揮官の頭を一度だけ撫でて見せる。

 

 今日の事は忘れよう。

 

 今日の出来事はあくまで夢と同じ。指揮官は多分寝ながら言っていた事は覚えていないはず。指摘されても適当に誤魔化す事にしよう。

 

 でもね、姉ちゃん。私にも目標が生まれたよ。

 

 私の望むやるべき事、それはこの誰よりも優しい指揮官を守りたいと願う事。

 

 それこそがグラーフさんが言っていた面白い光景に繋がるのかも知れない。いや、もうそんな光景はどうでもいいか……私はこのキール第三基地の皆を守り、そしてずっと。皆と仲良く過ごしたい。

 

 

「……うん、お休み、ヴァイス……良い夢を」

 

 

 例え何があっても、私は貴方を守るからね。指揮官。

 

 




・もう一人の姉であり現在は公国領東アフリカの部隊に配属されているシェーア姉ちゃんがかなり自立をした性格だった事もあり、余計に末っ子の私を可愛がってくれているんだろう。

未実装のアドミラル・シェーアはドイッチュラントのプロフィール曰く面倒を見させてくれない性格。今作ではWW1が起きていない世界という事もあり、現在は東アフリカ領の防衛で本国より離れているそうな

・答えようとすると指揮官はその前に慌てた様子で再び申し訳なさそうに謝罪する。抱え込むくらいなら愚痴くらい言ってくれてもいいのに。

公式プロフィールによればシュペーが嫌いなものは戦争、そして愚痴です。この愚痴という項目はシュペーの性格上、相手からの愚痴ではなく、自らが誰かに弱音を吐いて愚痴をこぼす事が苦手であり、人に迷惑をかけるだけなのだからと苦手なのではないか?と言う解釈に。

 ある意味では指揮官とシュペーは性格が似ていると言えるでしょう。誰かの支えになりたいと思っていても、自分の価値は低く感じているので自分は弱音を吐けない。抱え込んでしまうからこそ、ゲーム内イベントやキャラストでは心が疲弊してしまい、シュペーは自分は兵器であると。自分は戦う事しか存在意義がないと言い出し、躊躇わずに責任感の余り自爆行為を行う程に追い詰められていたのでしょう。

今作のシュペーは長期に渡ってロイヤルと孤独に戦っていたラプラタ沖海戦に至るまでの戦いを経験しておらず、性格面ではびそくぜんしんのシュペーに近いのですが、だからこそ指揮官が疲れている事に敏感に気づいたのかも知れません。


・その腕を外したいと思ったのは……ただ指揮官の頭を撫でたいからなんて、他愛もない衝動であり、自分でも呆気なく義腕を外してしまった事実に少しだけ驚いてしまう。

下等生物聞きなさい?
シュペーは基本的に整備の時を除けば腕の艤装はとらないのよ、そうプライベートでもよ!なのに下等生物の前では取った。これがどう言う意味なのかといえばシュペーにとって下等生物は艤装をとっても安心できる人って信頼されてる証なのよ!つまり恋愛とか抜きで帰るべき場所でもあり貴方がどこまでシュペーに信頼されているのかよく分かるわね?
つまり何が言いたいのかといえばシュペーの前で死んだら殺すわよ下等生物!!!!!!!

ダイススレの書き込みより抜粋。指揮官は気が付いていないかも知れませんがシュペーにとって指揮官はもう守るべき仲間である以上に、帰るべき家で待っている人と変わりはありません。

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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