鉄血の旗の元に《本編完結》   作:kiakia

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第二十一話 テルマエ外交!ポロリもあるよ!

 サディア帝国はかつて欧州の大半を支配したとされる古代ローマ帝国の末裔と自称しているのだが、そのためローマ帝国が起源とされるいくつかの文化を受け継いでいる。

 

 芸術や食文化など優れた文化を受け継ぎ、そして未来に伝えていく事を国是としているサディア帝国。そんなサディアが受け継いだ文化の一つがテルマエ……古代ローマ式の公衆浴場だ。

 

「ふぅ……いい湯加減です。最近忙しくてシャワーだけの生活でしたので、今日は思う存分楽しみたいですね」

 

 白い大理石で作られた風呂場は動物を象った彫刻なども存在しており、その大きさは100人が一度に利用しても窮屈に感じる事はないだろう。大きな浴槽には柑橘類の匂い香る湯が贅沢に使われて鼻腔をくすぐり、さらりとした湯に浸かれば体の筋肉が緩んでいき、身体の疲れが吹き飛び、癒されていく。

 

「今日は特別に貸し切りです。こんな事滅多に無いのですから指揮官様はとても貴重な経験をなさっているのですよ?ふふっ」

 

 

 あまり歴史には詳しくないが確か古代ローマ帝国時代のテルマエでは多くの人々が何時間も湯に浸かり、議論を交える社交場としての役割もあったそうな。市民も、奴隷も、貴族も分け隔てなく風呂に入って話し合えるテルマエ文化は間違いなくコロッセオと並んで繁栄を極めたローマ帝国市民の大切な娯楽となっていたんだろう。

 

 

「鉄血ではサウナ文化があるそうですがサディアにもサウナはありますよ!少しお声をかけて下さればすぐに準備をしますので是非遠慮なくおっしゃってくださいな」

 

 

 ついでに言えばテルマエは男女混浴だったらしい。古代ローマ帝国のテルマエでは混浴が当たり前となっており、男女関係なく肌を晒していたそうだが流石に現代は廃れている。そう、男女は別々に風呂に入るのが当たり前であり、確か四大陣営の一つであり、謎に包まれている重桜にも独自の風呂文化があるそうだが恐らく混浴ではないだろう。うん、そのはずだ混浴なんて廃れているのだから普通は!普通は!!!!

 

 

 

「あの……指揮官様。出来ればスムーズに会談を進めるためにも、こちらを向いていただければ嬉しいのですが……?」

 

 

 

 

 なのに!!何で俺は!!!!

 

 

 

 全裸のヴェネトさんと!!あの総旗艦と!!

 

 

 

 混浴してるんだよぉぉぉ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然のリットリオさんとの交渉の三日後。今か今かと待ち望んでいた俺は同じホテルに駐在しているザラさんの口から、約束通りタラントの海軍基地に向かうように伝えられた。

 

「くれぐれも総旗艦様に失礼のないようにするのよ?まぁ、あの人は滅多な事がないと……と言うか私も怒った所を殆ど見たことない人だから安心しなさい。頑張ってね?鉄血の指揮官さん」

 

 ザラさんの励ましを受けるも胸中は不安で支配される。ある意味今回の会談は鉄血とサディアにとってのターニングポイントなんだろう。果たしてあの陣営代表の口からはどんな言葉が出てくるのやら。

 

 

「総旗艦について知りたいだと? 」

 

 タラントの海軍基地に向かうまではまだ時間がある。だからこそ本部直属であるマインツの部屋に向かって俺は助言を求めた。先日部屋に設置されたコーヒーメーカーによって、満足そうにコーヒーの風味を楽しむマインツは怪訝そうな顔をこちらに向ける。

 

「あぁ、あくまで君の目から見た、本部直属であるマインツから見たヴェネトさんについてわかる範囲であれば教えて欲しいんだ。鉄血は彼女をどう評価しているのかとかね」

 

「そうだな……貴官に言える事は、少なくても油断をしていい相手ではない。最低でもビスマルクと話す気概でいけという事だ」

 

 コーヒーをもう一度口に含むと、ふぅ……とため息を吐きながらマインツは口にする。

 

「油断はするな。第一印象こそ温厚に見えるかもしれないが、ビスマルクやクイーン・エリザベスと同じく陣営代表のkansen。海軍や元老院に発言力を持つだけではなく、サディアの皇帝陛下にもその気になれば謁見が可能な人物。とにかく油断はせず、相手のペースに取り込まれないような立ち回りを常に頭に入れておけ」

 

 その言葉に感謝をしながら俺はタラントの海軍基地に向かったのだが、確かにマインツの言う通り油断は出来なかったと言えるだろう。

 

 

 なんせ緊張しながら本部に向かうと入り口でヴェネトさんが待っていて。緊張しながら彼女についていけば何故か案内される場所は脱衣所。困惑の余りヴェネトさんを見つめると。

 

 

「それではお風呂で会いましょう。指揮官様も早く着替えてくださいな」

 

 

 ……はぁ!?

 

 一瞬脳がフリーズしてしまい、聞き間違いなのか聞き返そうとすれば既にヴェネトさんの姿は消えていた。

 

 落ち着け、落ち着くんだ。これも相手のペースを乱すための策略なのか?とマインツの言葉を忘れないようにしながら警戒心を露わに、腰にタオルを巻いて風呂に向かうと……

 

 

 

 

 

 

 

 裸のヴェネトさんが上機嫌で風呂で待ち受けていた。

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりま……って指揮官様!? 」

 

 

 即座に大理石の床にスライディングして倒れ込むと目を手で隠して床に座り込む。

 

 

 一瞬だが見えてしまった。

 

 透き通るような瑞々しい白い肌に大胆に露出した太もも。母性の象徴とも言えるメロンのような豊満な乳肉の先端にはピンク色の突起がツンとこちらを向いており、全身から溢れ出るフェロモンは目をつぶっているというのにこちらの股間を刺激する。

 

 これは夢だと念じ様にも耳に響く総旗艦様の声と、風呂の熱気は否応にもこれが現実だと突きつけてくる。思わずスライディングしたうえで座ってしまったが、そういう所も元気になってしまった。本当に一瞬だというのに。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!!本当にここで合ってるんですか!? 」

 

ヴェネトさんは俺の様子を見て慌てている様だが、正直こちらの頭はもう爆発寸前だ。辛うじてそう口にする。会談場所もシチュエーションもそうだけど、そもそもなんでヴェネトさんは全裸なんだよ!!と全てにおいて間違ってるんじゃないかなぁ!!これぇ!!といっそ笑って叫びたい。

 

「その、ですね。お風呂は女性が入浴するだけあって常にサディアでは最新のセキュリティで守られていて盗聴の危険性も薄いんです」

 

 目をつぶっているとヴェネトさんの声が届くが立ち上がる事も、目を開けることは断じて出来なかった。ええい!鎮まれ俺の下腹部!!!

 

「壁も厚いですし、盗聴器の類も湯気で直ぐにダメになりますからね。例えるのならロイヤルは広くて盗聴の危険性も薄く、2人きりになれるゴルフ場で長期間ゴルフを楽しみながらリラックスして話し合ったりするんですよ? 」

 

 

 私も戦前はあの人と何度もゴルフをしたんですよ?と呟くヴェネトさん。あの人とは言うまでもなくロイヤルの陣営代表の事だろう。

 

 

「だから気にせずにこっちを向いてください。そしてお風呂に浸かりながら2人で話し合いましょう」

 

 ふぅ…落ち着け。理由は分かった、何故風呂なのかは理解した。それでもなんで貴女は裸なんだよ!と思いながらゆっくりと顔を上げてヴェネトさんを直視しようとするも……あっダメだこれ。

 

 視界を殴りつけられるような衝撃に襲われながら全力でヴェネトさんの直ぐ後ろの馬の彫像をガン見する。そうだ、俺はヴェネトさんではなくあの馬を見てるんだ。決して女性ってあそこの毛も髪の毛と同じ色なんだと思ってしまい衝撃を受けたわけじゃない、ないんだ!!!

 

 

 というかさぁ……!!風呂入るにしてもさぁ!!

 

 

 

「その……今からでもマインツかグラーフ辺りを連れてきましょうか?」

 

 盗聴対策云々に納得しようがやはり男と女が混浴するという状況は色々な意味で不味いだろう。必死でヴェネトさんの背後の馬の彫像をガン見しながらそう口にする。万が一俺の理性が耐えきれなくなる可能性だってあるんだ。少しずつヒッパー達と仕事をして、女性との会話に慣れてきた矢先とはいえ、こんな状況ではこれまでの積み重ねなど一瞬で吹き飛んでしまう。

 

 今から走ってでも着替えてグラーフかマインツに代わりに話し合ってもらおう。ここで逃げ出すのは外交的にはマイナスだと理解しているがそれよりも、人としてマイナスの行動を取りかねない。というかヴェネトさんさっきから俺の股間をチラチラ見てないか?美女に股間をチラチラと見られてしまう羞恥も含めてもう俺は外交なんてできるはずもなかった。

 

「うーん、救援艦隊の代表は貴方ですし、貴方に直接伝えたい事もありますし……私も対ロイヤル戦で忙しいですからね」

 

 

 

 彼女がその一言を口にするまでは。

 

 

 

 ……対ロイヤルの一言が羞恥と煩悩と肉欲で支配されそうなっていた脳に冷や水を浴びせ、思考が一瞬でクリアになる。

 

 

「対ロイヤル戦ですか?」

 

 サディアは国土の近くにロイヤル領マルタを抱えており、地図を見れば分かるがサディアにとっては目の上のたんこぶ。地中海で活動するにあたり、まさにくびきとも言える場所でロイヤルは常にサディア海軍を注視しており、両国の国防に大きな影響を与えている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そんなロイヤルに対して目の前の陣営代表は対ロイヤルの動きを見せていると口にしており、たとえこんな馬鹿げた状況であろうとも鉄血所属の軍人としては受け流すことはできない発言だ。

 

「はい、そこも含めて貴方に話しますのでどうぞ私の横に……真正面でもいいですよ?」

 

「いや横で!横でお願いします! 」

 

 ヴェネトさんはこれから国防に関わる重要な話をする予定なんだろう。もし機嫌を損ねてしまったらと思う以上に、多忙なヴェネトさんと話す機会は貴重なのだからもう腹を括るしかない。

 

 例え男女2人で大浴場で混浴という異常事態であろうが。例え俺が腰をタオルで隠しているというのにヴェネトさんは布きれ一つ身につけない生まれたままの姿であろうが。例えヴェネトさんが少しだけ頬を染めながら俺の下半身を時折見てくる状況であろうが………

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、真面目に話そうとするのはやっぱり無理だって!!!なんなのこの人!?裸を見られるとか恥ずかしくないの!?俺男だよ!?水着どころかバスタオルすらねぇじゃん!なんなの襲われたいの!?助けてヒッパー、シュペー、グラーフ、マインツ……!

 

 

 

 

 

『とにかく油断はせず、相手のペースに取り込まれないような立ち回りを常に頭に入れておけ』

 

 

 

 

 マインツの言葉が頭の中でリフレイン。いやごめんダメ無理絶対不可能!!だって完全に主導権握られてるもん!!俺もうまともに話そうとすると常におっぱい気になって話せねぇよ!!この人怖ぇ!!

 

 興奮と恐怖と使命感がごちゃ混ぜになるが鋼の理性で我慢をして風呂に入れば、ヴェネトさんも直ぐ横にちゃぷんと音を立てて入水する。

 

 そして現在に至る。時々ヴェネトさんに軽く世間話を振られるが現実逃避気味に無言で今度は獅子の彫像を眺めるしかない。あの彫像のディテール凄いなぁ!流石サディア帝国だなぁ!と煩悩を払おうとするも、すぐ真横に裸の美女が湯船に浸かっているという現実は変わらない。

 

「えっとですね……指揮官様も男性ですし、私にも、男性はその……大きくなる、などのそういう理解はあります。ですのでその、股間を隠さなくてもいいですよ? 」

 

「……本当にすいません」

 

「いえ、女性としてはここで全く意識されない方が傷付きますから。それと、指揮官様もっとこちらに寄って下さらないとお話が……」

 

 

 必死でこの状況で情欲を抑えつつ絶対に横を見るものかと彫像をガン見しながら片手で下半身を隠そうとする俺に、ヴェネトさんは子供に話しかけるシスターの様に慈悲や優しさを込めてにっこりと笑って問いかけてくる。

 

 

 なんだこの羞恥プレイ。なんなんだこの状況。

 

 

 もう色々な意味でサディアを真面目に見られなくなってきた、なんだよ俺の決意は。あの時リットリオさんと話した後シュペーの膝に甘えるくらい疲弊したのになんだよこれ。何なんだよこれ。ローネ見てるか?お兄ちゃんは今、お前の国の総旗艦とお風呂に入ってるぞ。いや、妹に死んでも聞かせられねぇわこの状況。

 

 

 

 とはいえ現実逃避ばかりする事も許されず……こほんと、咳払いをしてそれでもやらなければならないと改めて、俺はヴェネトさんに向きあった。

 

 交渉の時は常に相手の表情、反応、を見ながらこちらのカードをどの場面で使うべきかを判断して話さなければいけない。最適な状況で最高のタイミングで必要な情報だけを受け渡し、相手の情報を引き出す。それが交渉のルールだ。

 

 

 そういう意味では間違いなく男と女という絶対的な差がある以上、この交渉は常にヴェネトさんが主導権を握っていると言えるだろう。表情を観察しようにもたゆんと揺れる爆乳に男としては夢中になってしまい、最早俺の精神は色々な意味で崩壊寸前なのだから。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、やっとこっちを見ましたね」

 

 

 

 

 ……なんかもう、すごかった。

 

 

 

 

 kansenは不思議な事に容姿が整った女性ばかりなのだが、ヴェネトさんは間違いなくその中でも最上位といえる女性と断言できる。

 

 

 透き通るような銀髪は湯気でキラキラと光っており、その顔立ちは幼さを感じさせる童顔なのだがその肢体から滲み出るフェロモンは多くの男を魅了するだろう。

 

 なによりも魅了するのはその爆乳だ。重力に従って垂れている乳房は彼女が少し動くだけで、たゆんと揺れる。『ぷるん』ではなく『たゆん』だ。肉が詰まった重量感を感じさせる乳房は揉みしだけばマシュマロのような柔らかさで手を癒し、ツンと主張する少しだけ乳輪が大きめの乳首を口に含めば、どんな男の精神をもその母性の象徴で幼児退行させるに違いない。

 

 細身の体に似合わない胸の数値は間違いなく三桁は超えているはずだ。オスとしての本能によって彼女を孕ませたい。そして孕ませたうえでその乳房からでる母乳を独り占めして思う存分堪能したい。その成熟した女体と乳房を好き放題出来るのであれば男は彼女を貪る為に全財産を差し出すに違いないだろう。

 

 しかし彼女は高級娼婦ではなくサディア帝国の総旗艦。金でどうこうできる存在とはもっともかけ離れた存在であり、無理矢理犯そうとすれば国家憲兵に一瞬で蜂の巣にされるだろう。そんな女性と俺は2人きりになって混浴をしている訳で……こんな体験は本来であれば一生出来ないはずであり、恐らく今後どんな美女を抱こうにもこの記憶を、この爆乳を見た衝撃を上書きする事は出来ないだろう。

 

 

 

「あの……混浴とはいえ、そこまで見られますと少し恥ずかしくて」

 

 

 思わず見惚れてしまっていたがヴェネトさんは恥ずかしそうに身じろぐ。同時にその視線の先を見てみれば、明らかに俺の下腹部に目をやっていて……バスタオルで隠しているというのに一部分がこんもりと盛り上がっていた。

 

「あっ、そ、その、本当にすいません!!」

 

「い、いえ指揮官様も男性ですからね!わかります!わかりますとも!」

 

 思わず土下座する勢いで謝罪すれば、彼女も慌てて気にしないでいいと首を横に振る。いや本当俺この情報なんて上に伝えりゃいいんだよ!!なんて皆に伝えればいいんだよ!!今度こそ本当にシュペーにゴミを見るような目で見られかないぞ。

 

 

「ええと、その、まず、確認ですが……こっちに支援を要請しているという事は、そちらでも既に対ロイヤル戦に関して何か動きはあるって事でいいんです、よね?」

 

 

 

「はい、まだお伝えは出来ませんが…今回の件次第ではお教えする事も出来るかもしれません」

 

 このままでは埒があかないとこほんと先払いをして本題に入ると、ヴェネトさんも続いてくれる。同時にやだ……なんでテルマエでこんな真面目っぽい話してるんだろう……?とそう思ってしまいながらも最早制御不能な自らの下腹部の事は無視して、じっと彼女の目を見ながら俺は一つ目のカードを切る事にした。

 

 

「なら、その件に関しては一つだけ……サディア帝国がどのような動きをするにしても、少なくともセイレーンはその動きに対して妨害はして来ないはずです」

 

 それは人類種の敵との交渉で手に入れたマッチポンプとも言える情報。出所がアズールレーンにバレて仕舞えば鉄血という国家そのものがセイレーンと同じ扱いになってもおかしくない危険な状況で手に入れた、貴重なカードだ。

 

 

 

「……なぜ、私たちが対ロイヤルの動きを見せると言っただけで、そこまでの事を断言できるのでしょうか?」

 

 ヴェネトさんは怪訝そうな目つきで片手で湯水をすくいつつ、自分にかけながら口を開く。

 

「情報の出所に関しては問いません。鉄血はセイレーン技術に関しては世界一進んでいる国ですから。ただ、その情報が正しいかどうかもいう確証が得られるとありがたいのですが」

 

 

「そうですね……簡単に信用して頂けると思ってませんし、正直な話鉄血としても本当に、確実にこの情報が正確に的中するかどうかと確信は持てません」

 

 信用していいのか悩むヴェネトさん、俺は苦笑しながらも正直にこの情報は不確定だと白状する。

 

 結果的にはピュリファイヤーの情報はこれまで正しかったが、これからもその情報が正しいとは限らない。仮に少しずつ嘘を混ぜていき、最終的にセイレーンだけが得をすることになりかねない。

 

 俺たちの秘匿された個人情報を把握している事も含めて、情報に関しては間違いなくセイレーンは鉄血の上をいく。ピュリファイヤーは双方のメリットがと言っていたが完全に信用する事は不可能だろう。

 

 情報は黄金よりも貴重なもの、情報さえあれば戦わずして勝つ事も出来る。そして情報が乏しい相手を思うがまま、コントロールすること可能だ。

 

 東煌の古代の兵法書には。

 

「彼を知り己を知れば百戦殆からず」

 

 という有名な言葉がある。敵の情報を全て知ることが出来れば、そして自らの情報を完全に把握出来ればどのような戦でも勝利する事が可能だろう。しかし、この言葉には続きがあり。

 

 「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」

 

 必ずしも百戦の戦に勝利をすることが正しいのではなく、本当の意味での理想的な勝利は戦わずして勝つこと。圧勝であろうが戦えば必ず国は疲弊する。敵を屈服させる為には血を流さずに勝利をすることが最も好ましい。そして戦わずして勝つ為には情報のコントロールするのが一番であり、情報を制するものは、極端な話では、最早戦わずして勝利する事も可能と言えるだろう。

 

 セイレーンと先が見えない戦いを続けた結果、ビスマルクさんが改革を促すまではジリ貧のような状況に陥ってしまった自らの祖国。だからこそ俺は指揮官となってからは少しでも国の為に尽くそうと、決して指揮官としては優秀とはいえない自分を補う為に学び、行き着いた先が、時として黄金よりも価値があり、数百の主砲よりも強力な情報というものの価値についてだ。

 

 だからこそ情報の扱いは慎重でなくてはならない。ヴェネトさんに俺ははっきりと補足する。

 

「まぁ、そう簡単に信じられなくても当たり前ですし100%の確信も出来ません。あくまで頭の片隅にいれておいていただければ幸いです。セイレーンが動かない事を前提の作戦は危険かもしれませんが、少なくても本部は、ビスマルクさんはこちらの情報は正しいと信じていると思いますから」

 

 ピュリファイヤーは双方の利益と強調して今後も協力関係を望んでいた。俺たちを口封じで排除するのであればいつでもできるが、アイツはこちらを利用しようとしている。

 

 だからこちらも利用しよう。損得勘定が通じる相手なのであれば、俺たちはセイレーンに情報をやり取りさせるパイプ役として、使い勝手の良い手駒としての価値をピュリファイヤーは見出しているに違いない。

 

 だから完全ではなくても今回の情報に関しては信用する。少なくてもまだセイレーンと鉄血の双方の利益の元に行動できていると思うのだから。例えこの情報が嘘であり、セイレーンの大群に襲われてしまえば俺たちはパイプ役としての役割を放棄して迎撃するだけだ。その最悪の状況に陥らない為にもヴェネトさんに油断はしないようにと促す。

 

 これを伝えた時点で、鉄血は何も傷付かなくてサディアに貸しがひとつ産まれるのだから損は何一つも無いんだ。ヴェネトさんには頭の片隅にこの情報をいれて貰えればありがたい。

 

「成る程……わかりました。ならばこちらの目的も伝えましょう。たとえ不確定だとしてもその情報は貴重なもの、それならこちらの動きも教えておかなければ不公平なのですから」

 

 こうして情報を一つ受け渡すと少し悩んだような顔をしながらも、ヴェネトさんはやがて決心をした様に目を瞑ると決定的な一言を口にする。

 

「私達の最終目標はマルタ海軍基地の占領です。もっと早く伝えておくべきでしたが……ロイヤルからは幹部としてあのウォースパイトが、実は首都チッタ・エテナールに滞在中。だからこそ貴方達には情報を伏せざるを得ませんでした」

 

 ……最終目標がマルタ基地というのは対ロイヤルと聞いた時点で予測はしていたが、まさかの重要人物が話題となり思わずゴクリを唾を飲む。

 

 ウォースパイト。それは鉄血軍人であれば知らないものはいないだろう。ロイヤルの代表クイーン・エリザベスの姉妹艦であり、直属の親衛隊の代表。ロイヤル国内では最強の戦艦と宣伝される鉄血にとっての怨敵の1人。

 

 鉄血ではグラーフの様に徹底的に情報が秘匿されるケースもあるが、ウォースパイトに関しては寧ろ積極的に「最強」であると宣伝される。ロイヤルの誇りであり、不屈の象徴。そう宣伝されるという事はその強さは間違いなく折り紙つきだ。

 

 

 

「鉄血を信頼してないわけではありませんが、ウォースパイトに知られてしまえば私達の努力は全てが台無しになります。だからこそ、二つの勢力を隔離する必要がありました。ウォースパイトは実はタラントにも顔を出しているとリットリオも言ってましたから」

 

 

 ……なるほど。少しずつ読めてきたぞ。

 

 リットリオさんは俺を見張っていた上で完全に怪しんでいた。だがそれは、最も彼女が恐れていたのがウォースパイトに、何があっても裏切らないと断言できるクイーン・エリザベスの忠臣に、俺たちの存在がバレてしまう事だったからだろう。

 

 つまりリットリオさんは俺達を警戒すると同時にウォースパイトも警戒しており、ある意味では俺達鉄血の艦隊の皆をロイヤルから守ってくれていたと言えるだろう。例えそれが自国の安全保障の為だとしても。

 

「改めて謝罪をさせていただきます。ここまで遅くなってしまったのは間違いなくこちらの落ち度。ザラから貴方が、貴方達がサディアに不信感を抱いていると聞きましたが、それも仕方ありません。私だって逆の立場なら間違いなくビスマルクを疑うのですから」

 

「いえ、こちらこそありがとうございます。胸につっかえていたシコリが無くなりましたから」

 

 公的な場では無いからだろう。頭を下げて謝罪を口にするヴェネトさん。それと同時に二つの胸の先端からポタポタと水滴が落ちていき、湯船にふたつの波紋が出来るのだがそれは無視する。

 

「これも……全て作戦です。私達の動きは全て最後はマルタを狙ったものなのですから。

第一段階がセイレーン基地を攻撃して派手に宣伝するという事。鉄血が望むものは地中海の安全確保ですから、これでサディアは役目を果たしたとアピールをしつつ、ロイヤルからの使者を待ち望んでいたのです」

 

「そして、やって来たのはウォースパイトだと」

 

「ええっ、向こうも外交なのですからそれ相応の人物を派遣してくるとは思ってましたが、まさかのウォースパイトの出現には驚きましたけどね。そして、第二段階がアズールレーンの復帰を餌に共同作戦を提案する事、これはこちらが行動を起こす前にロイヤルから接触してきましたので楽でした……失礼ですが指揮官様はメルセルケビールに関してはご存知で?」

 

 無言で頷く。

 

 メルセルケビール海戦。ヴィシア領アフリカ、アルジェリアの沿岸都市であるメルセルケビール海軍基地に、ロイヤルが親レッドアクシズに染まったアイリス教国の後継者であるヴィシア聖座に降伏か死かを促したレッドアクシズとアズールレーンの初の大規模戦闘。

 

 戦いは戦死者こそ出なかったがそれはあくまで結果論であり、ロイヤルは本気でヴィシア軍を沈めるために容赦はしなかった。不意打ちとも恫喝とも言える不条理な戦闘にヴィシアのkansen達は大きく傷つき、同時に亡命政府であり、ロイヤルの後ろ盾を得たリシュリュー枢機卿が祖国奪還を願い、アイリス教国では二つの国家が自らが正統政府だと名乗り、同胞同士で争う悲劇的な結果を招く。

 

 同時にヴィシア聖座は完全に反ロイヤルに染まり、世界にレッドアクシズへの加入を宣言。世界一の反ロイヤル国家となったヴィシアは自由アイリス教国と自称する勢力を否定し、ロイヤルへの復讐の為に牙を研いでいる。

 

 

「メルセルケビール以後ヴィシアは完全にロイヤルと敵対しました。ロイヤルには枢機卿を信奉する軍人や国民が数万人以上も亡命したそうですし、ロイヤルは自由アイリス教国を傀儡としてその祖国奪還の手伝いを行うでしょう」

 

 正当性でいえば枢機卿は教皇より任命された存在であるがあくまで亡命政権だ。枢機卿と名乗る上で必要な聖地ともいえる「聖域」や国民の多くはヴィシアに残留しており、国民からの支持も含めると政治的なクーデターがあったとはいえ、鉄血所属の身としてはヴィシアの方が正当性はあると言えるだろう。だが国内では戦前から国民の支持を得ていた枢機卿を信望する者も多く、完全にまとまっていると言えないのが懸念事項ではあるのだが。

 

「指揮官様、ここで一つクイズです。ロイヤルは自由アイリス教国の正当性をアピールする為に完全にヴィシア聖座を潰すでしょう。それではヴィシアを打倒する上で最大の懸念はなんでしょうか?」

 

「……サディア帝国」

 

「正解です」

 

 少しだけ迷うが、ふふっと微笑みながらヴェネトさんは正解だと口にする。

 

「ロイヤルは自由アイリスを抱えている以上、完全にヴィシアを叩き潰す筈ですし、サディアもレッドアクシズ所属であり、ロイヤル領マルタ島には少なくない国民も住んでいます。単独でもロイヤルの戦力であればサディアとヴィシアは相手に出来るかもしれませんが、どちらかを攻めるときにどちらかに横から殴られる事を恐れてるでしょう。

かと言って両方の国を相手にするのはロイヤルも一苦労、なんせ他のアズールレーンの国々は戦力を派遣していませんから単独で欧州戦線をロイヤルは担っていますので」

 

 重桜やユニオンあたりが派遣されれば話は別ですがと、彼女は呟く。だが開戦してからというものの四大陣営であるユニオン、重桜はロイヤルに支援こそ行うが、俺の知る限りでは一度もレッドアクシズと交戦する事はなく消極的に思えてくる。誰もが同じ勢力圏の国とはいえ血を流すのはそれだけの覚悟が必要だ。

 

「だからこそロイヤルはこちらを取り込むために使者を派遣すると予測していましたが大成功でした。このセイレーン基地襲撃はロイヤルへのメッセージでもありましたからね。ウォースパイトをメッセンジャーとして、こちらと共にセイレーンの前線拠点を叩かないか?なんて提案してきました」

 

 とはいえ事は簡単には進まないらしく。

 

「完全に、ロイヤルはこちらを信頼してませんので……ウォースパイトはセイレーン基地へのサディア主体での共同攻撃は認めますが、戦艦の参加は認めませんし、違反する場合は報復も辞さないと一方的に、完全にこちらに下に見ながら傲慢に、サディアを属国か何かの様にルールを押し付けてきて……」

 

 ヴェネトさんは、そこですっと深呼吸をすると。

 

「私もその……怒っちゃいました」

 

 その瞬間背筋が一気に寒くなり、温かな湯船に浸かっているというのにまるで氷水だと思えてしまう程に一気に体温が下がってしまう。ヴェネトさんは殺気も出さずにニコニコと笑みを絶やさずに短く口にするが、その一言の裏にどれ程の怒りと敵意が隠されているのか想像も付かないほどだ。

 

 同時に俺は理解する。こんなアホとしか言いようがないシチュエーションとなっているが、目の前の総旗艦は間違いなくビスマルクさんと同じ陣営代表であり、必要であるのなら謀略を用いてロイヤルを叩き潰す事になんの躊躇いも見せないだろうと。その為に何人のロイヤルのkansenが沈もうともニコニコと笑いながら、次の謀略を進める為に動くだろうと。

 

 空気が一気に変わった事に彼女も気がついたのだろう。あらやだと呟くと再び凍りついた空気を変えるべく話を進めていく。

 

 

「まぁ、実際に予想はしてましたが、ロイヤルからすればサディアが信頼出来ないのは百も承知。しかし、これでは仮にアズールレーンに復帰してもサディアはロイヤルの傀儡になりかねません。そう、自由アイリス教国と自称する勢力のように。

穏便に話が終わるのであれば……アズールレーンの復帰はともかく、サディアが鉄血とロイヤルの和平の斡旋をなんて副案もありましたが、リットリオ、幹部のザラ達も、レッドアクシズ派の元老院の皆様も……あまり良い顔はしませんでしたから」

 

 

 

 ーーだからこその第三段階、それこそがマルタ島の奇襲攻撃。騙し討ちです。

 

「サディア主体によるセイレーン基地攻撃部隊を反転させ、タラントに待機していた部隊を使いマルタ島に奇襲を仕掛ける。アズールレーンにとっては地中海唯一の拠点でこれを失えば地中海は完全にサディアのバスタブです。レッドアクシズとの連携もより出来ますでしょうし報復でアフリカのアレキサンドリア基地から部隊を送る頃にはマルタは完全に制圧しているでしょう」

 

 アレキサンドリア基地はロイヤルのアフリカ領の海軍基地だ。しかしマルタ島からはかなりの距離があり、間違いなく奇襲を受けたロイヤルが救援のために艦隊を派遣しようとした時には全てが終わっているだろう。

 

「そして、願わくばこちらに滞在するウォースパイトを捕虜にする事によって、時間を稼ぎヴィシアや鉄血との連携を加速させる。そうすればサディアはレッドアクシズでも無視できない地位になるでしょうし、ヴィシアも鉄血も地中海に部隊を派遣せざるを得なくなりますから。

これが私たちの策です。仮にロイヤルが動かなければ第一段階で終わって鉄血に親書を送って全てを話す予定でしたし、第二段階でサディアをロイヤルが丁重に扱えば恐らく私達は独自に動いていたでしょう。しかし、もう止まれません。そう……」

 

 

 

 

 ーーあなた方がここにきた時点で、ね?

 

 

 

 

 ……その瞬間俺は全てを理解した。

 

 

「……つまり、俺達は」

 

「恐らく想像の通りです。私達がマルタ島を攻略する様子を見てもらうための人員。マルタ島を攻略し終えた後、迅速に鉄血本国に伝える為に動いていただき、一刻も早く鉄血とサディアの関係をさらに進めるために、もっと言えば鉄血を……地中海戦線に巻き込むためのきっかけとなって貰いたかったのです。仮に鉄血が人員を派遣する事が難しいのであれば、単独で物事を進める予定でしたが」

 

 作戦は二週間後の夜です。とヴェネトさんは口を開く。

 

「二週間後、貴方達鉄血艦隊にはタラントで待機をしていただき、万が一に備えての後詰やウォースパイトがそちらに逃げた場合の追撃を担当していただきたいのです。そして、戦いが終われば即座に鉄血に帰還して、貴方の口から全てを説明してロイヤルの報復に備えつつ、このレッドアクシズという対セイレーン同盟を包括的に権限を拡大させ、対アズールレーン同盟にする為の報告をしてもらいたいのです。

 

……これが私の全ての情報です。包み隠さず、全てを報告させていただきました」

 

 そして彼女は改めて頭を下げる。また二つの先端から水滴がこぼれ落ち、波紋が広がっていくが俺には最早情欲を感じる余裕すら消え失せてしまっていた。

 

「貴方の想いを、貴方の力を、貴方の仲間を、そして貴方の祖国を利用した事に関して改めて謝罪させていただきます。その上で協力を要請します。このサディアを護る為に、そしてサディアのくびきとなっているロイヤルを打倒する為に……私たちの演目の観客となってください。『鉄血の』指揮官様」

 

 最後に鉄血という言葉を強調しながらも、ヴェネトさんは話し合えると彼女も疲れたのだろう。ため息混じりに湿った髪の毛を手で撫で付けながら明らかに俺の返答を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……うわぁ……マジですかぁ……うわぁ……。

 

 

 

 

 もう、あまりの情報量で頭はパンク寸前だ。

 

 ヴェネトさんの説明を全て信じれば、今までのサディアの不可解な行動は全て納得ができる。そして、ここまで説明した以上彼女は嘘をついてはいない。なんなら鉄血をはっきりと利用するとまで言い切ったその覚悟と意思と決意は揺るがないだろう。

 

 俺達はサディアでセイレーン基地を叩けばそれで終わると思っていた。もしくは、マルタ島の攻撃も視野にいれていたがあくまでそれだけだ。

 

 だというのに実際は……サディアの策謀に俺達は既にハマっており、あくまで演目の観客として招かれていたと言うわけだ。

 

 仮にマルタ島攻略に失敗しても俺たちの誰かが死ねば、鉄血はロイヤルへのヘイトを高めて戦いは激化していくだろう。

 

 いや、俺達は最早このタラントに存在するというだけで既に演目がどう転んでも鉄血とサディア、ヴィシアも含めた団結のための役割を担う観客ではなく、演者とならざるを得ないと言えるだろう。

 

 言ってみれば俺たちがサディアに到着した時点でサディアは既に目標を達成していたんだ。そう、あとは俺達が勝手に帰らない限りは。

 

 マルタ島を攻略しても。

 

 攻略に失敗しても。

 

 ウォースパイトの生死の有無でも。

 

 なんなら俺達の誰かが死ぬことになっても。

 

 間違いなく、サディアと鉄血、場合によってはヴィシアとの関係は強化されていた。

 

 

 

『詳しい事は全てザラに話しています。皆様はバカンスだと思ってお過ごしくださいませ。願わくばサディアを心地の良い国だと思っていただき、本国への帰路に向かえる事をサディアを代表して願いましょう』

 

 

 最初にヴェネトさんが話した言葉はお世辞でもなく、全て真実だった。

 

 俺達はサディアでバカンスを楽しみ、サディアに好意的になり、そして本国への帰路に向かう事が……俺達がここで見た事を全て情報にまとめて鉄血本国に持ち帰る事が、サディアにとっての一番の目標なのだから。

 

 

 

 

 

 

「これも全て、サディアのためです」

 

 

 

 

 無言で考え込む俺の目をじっと見ながら呟くヴェネトさん。その灰色の瞳は間違いなく覚悟という色に染まっていた。

 

「正直な話、貴方達を利用した事に関しては謝罪させていただきますが……同時に嬉しかったんです。四大陣営と比べればサディアは取るに足らない国。練度、技術、人員全てにおいてユニオン、ロイヤル、重桜、そして鉄血と比べれば劣っているとしか言いようがありません」

 

 自嘲する様に無理をして彼女は笑みをこぼす。

 

「レッドアクシズに誘われた時、私は嬉しかった。アズールレーン時代、ロイヤルは地中海にセイレーンを押し込んで自国の安全保障を優先し、マルタ島に引きこもり、サディアでも多くの死者が出ましたから」

 

 第一次セイレーン大戦は終結したが、地獄のような大戦の爪痕はまだ残っている。俺の子供の頃……いや、数年前はどの国も簡単に命は消し飛び、サディアも例外なくセイレーンに苦労した筈だ。

 

 

「不安でした。本当に鉄血は来てくれるのかと?もし鉄血が私たちを見捨てて仮にロイヤルに敗北した場合……サディアの人々を守る為にも、私はクイーン・エリザベスに頭を下げ、アズールレーンへの復帰も視野に入れた外交を行う必要性すらありました」

 

「……いいのですか、そこまで言ってしまっても」

 

「ええっ、副案の中にはロイヤルに力を示し、少しでも有利な状況でアズールレーンに復帰する事も、ロイヤルへ信頼を示す為にヴィシアか鉄血をサディアが攻撃する案すらあるのですから」

 

 ふふっ、と自嘲するヴェネトさん。しかしその目は本気であり、一歩間違えばサディアと鉄血は殺し合っていた可能性もあったんだ。そうならなくて良かったと心の底から安堵する。

 

 俺はこの人と戦いたくはなかったのだから。

 

 

「鉄血は、ビスマルクは私達を対等な目で見てくれるのだと。共に肩を並べて戦ってくれるんだと。貴方達と出会った後、書類で貴方達の全てを知りました……重巡であるアドミラル・グラーフ・シュペーさんやアドミラル・ヒッパーさんまで。秘匿されている空母であるグラーフ・ツェッペリンさんまで。特別計画艦であるマインツさんまで。そして貴方が派遣されたと分かった時、私が……どれだけ嬉しかったか分かりますか? 」

 

「……」

 

 

「私は。サディア帝国総旗艦(アンミラーリオ)ヴィットリオ・ヴェネトは。皇帝陛下の名の下に誓いましょう。私達は貴方を裏切らないと。例え戦局が不利となっても、上層部が何を言おうが全ての私の権限を使って最後まで共に戦うと。証拠としてビスマルク宛の誓約書は後でホテルに届けます」

 

 

 ーーだからこそ、今は、サディアに協力をしてください。

 

 

 そう言いながら、彼女は全てのカードを。サディアが保有する全ての情報を俺に伝えたのであった。

 

 

 

 とはいえ……相手はあのロイヤルだ。

 

 油断出来るはずもない、この作戦はロイヤルがサディアを信頼しているという前提で立てられた作戦であり、少しだけ何かひっかかることもある。

 

 とはいえここまで情報を全て与えられた時点で、一つだけ断言できる、俺達は既にサディアの術中にはまっており。逃げ出す事も不可能で……非公式とは皇帝陛下の名を出す事でヴェネトさんは覚悟を示した。そして、最早、ここまでの覚悟を持って祖国を信頼しようとしてくれた彼女を裏切ろうとは思えなかった。

 

 

「やるならとことん、貴方達の策にハマって付き合うしかなさそうですね」

 

「はい、これにて文字通りの一蓮托生、ですね? 」

 

 もう、覚悟は決めた。俺は全ての役割を果たそう。サディアと鉄血。場合によってはヴィシアが繋がりを持ってロイヤルに対抗するという事はきっとビスマルクさんも望んでいる筈だ。

 

 安全保障でサディアはこちらを利用としているが、同時にそれは鉄血の危機であれば戦力を派遣して力になる事に他ならない。一蓮托生、最早鉄血とサディアは勝利の美酒を最後に味わうか、ギャンブルに敗北して全てを失うか。まさにこの瞬間、非公式とはいえサディアと鉄血の命運は決まったと言えるだろう。

 

 とはいえ……一つだけ、疑問点はある。

 

「その……一つ質問があるのですが、まさか逃げ道を無くすために、わざわざこの場所で会談を……? 」

 

「ええっ。ちなみに私は男性に裸を見られた経験は貴方が初です。なので私が誰彼構わずに裸を見せる痴女と思わないでいただけると幸いです」

 

 少しだけ恥ずかしそうに頬を染めるヴェネトさん。たゆんと揺れる爆乳に目を奪われて、俺はどうしようもなく胸が好きな性癖だと理解してしまうが次の瞬間、ヴェネトさん口から衝撃的な言葉が放たれる。

 

「これでも結構恥ずかしいのですよ?今でこそ仕事モードですが、素に戻って恐らく部屋に帰るとリットリオに言われるがままに何やってるのよ私は!!!と足をバタバタさせるでしょうし……」

 

 

 

 あいつかぁぁぁぁ!!!!

 

 

 

 見つけた。俺の真の敵を。そして最も油断のならない相手を。

 

 確かに効果的だよ!俺もう逃げる事できねぇもん!忘れる事も出来ないし、ある意味ハニートラップにハマったようなもんだからなこれぇ!!!

 

「妹さんの事に関しては私からも謝罪させていただきます。それと……リットリオと仲良くしてあげてくださいね?結構、貴方を笑いながら褒めていたんですよ?姉としてはあの子の友人になっていただけるとありがたいですから」

 

「えぇ…お墨付きも頂けたので作戦までに一度ゆっっっくりと、リットリオさんと話させていただきます」

 

 ヴェネトさんと和やかに会話をしながらも彼女の妹への呪詛を何度も心の中で呟いてみせる。覚えてろよあのバカ……!

 

 リットリオのバカの事は置いておいて、これでお互いの手札は全て出し切ったと言えるだろう。正確にはまだこちらが艦隊派遣に遅れた理由、実はロイヤルと既に何度か交戦しており、5人の捕虜を鉄血は獲得しているなどの情報はあるのだが、それはわざわざ口に出さなくてもビスマルクさんがどうにかしてくれる筈だ。

 

 と言うわけで……俺の役目はこれで終わりだ。

 

 

「……情報をこっちで整理して、皆と話さないといけませんから今日は帰らせていただきます! 」

 

「そうですか?折角ですしもう少しだけお風呂にいても……」

 

「無理です!正直に言います!貴方の裸は目に毒です!というか俺も男なんですから無理なんですってぇ!! 」

 

 いざ、真面目な話をしてる時は気にはならなかったが、改めて落ち着くと現在の状況は極めて危ない。最早取り繕う事もせずにそう口にすればヴェネトさんは少し残念そうに冗談っぽく微笑んでいる。

 

「そうですか……作戦は二週間後、改めて近々ザラ経由で色々と情報を詰めていきましょう。もし作戦が成功すればまたお風呂に一緒に入りませんか?ふふっ」

 

 最早俺に、返答する余裕もなく、短く失礼しました!と最後に言葉を投げつけた後は、脱衣所に向かって全力で駆け出す。そしてこの事どれくらいの情報を皆に話そうかと、シュペー達にゴミを見るような目で見られない為に、最低でも混浴の事実は墓まで持っていくべきだなと思いながらも頭を抱えるのであった。

 

 最低の余談だが、おかげでサディア滞在中は、ずっとヴェネトさんの裸を思い出しながら、そういう処理をする事になったのは俺のせいじゃないと伝えたい。

 

 

 

 




・テルマエ外交
描写としては限界ギリギリではありますが挿入もせずにある程度の描写はぼかし、性器の描写はない為に今回のお話はギリギリ全年齢のR17であると判断。本来であれば更に女体の描写を描きたかったのですが、そうなってしまえば最早R-18送りになってしまったでしょう。詳しくは活動報告の裏話にて。

また今回のロイヤルの動きはイベント『悲歎せし焔海の詩』に準じており、完全にサディアとロイヤルはお互いを信用していませんでした。もし、ロイヤルが強気でなく、歩み寄る姿勢があれば……また違った未来となった可能性もあると言えるでしょう。


・ ーーあなた方がここにきた時点で、ね?

 鉄血の救援艦隊が来た時点で最早サディアの目論見は達成しました。例え最悪の事態が、鉄血の救援艦隊が全滅をすると言う事態となったとしてもビスマルクは最早後には引けずにサディアと行動を共にする道しか残っていません。ただしヴェネトがバカンスだと思って過ごしてほしいと願った想いは間違いなく事実であり、あのリットリオとの交渉の後に干し葡萄のワインとコーヒーメーカーがホテルに送られたそうな。マインツは大喜びで高級コーヒーを飲んで満足しているでしょう。

Q IFルートとしてロンドンの異なる未来を見てみたいか?

  • Aダイスで決められた史実を変えるな
  • Bダイスの女神に中指を立ててIFを

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