鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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第二十五話 イオニア海海戦

 上空で乱舞する戦闘機の機銃が火を吹けば、敵艦載機は瞬時に爆ぜて、火の玉となった残骸が海面を照らす。火薬や金属が燃える不快な匂いが鼻腔を刺激し、戦場は暗闇に包まれているというのに、時折放たれる照明弾によって昼間のような明るさで満ち溢れている。

 

 

 対航空機の役割を与えられた戦闘機の数はこちらの方が多く、基地攻撃のために必要最低限の戦闘機のみを装備せざるを得なかったロイヤルの空母に比べても我は有利といえるだろう。もしロイヤルが戦闘機を随伴させて基地攻撃を行っていたのなら恐らく我は全ての敵機体を防ぐことも出来ず、タラント港は火の海と化していたのかも知れない。

 

 我の指揮官の降伏勧告を受諾せず、こちらと刺し違える覚悟で全ての機体を我ら鉄血艦隊に差し向ける敵空母イラストリアス。kansenと戦闘機の数の上では圧倒的にこちらが有利であるものの、こちらが攻勢に出ようとすればそれを察してシュペーやヒッパーに攻撃を仕掛ける故に我は戦闘機の行動を優先せざるを得ず、シュペー達が攻勢に出ようとすればその隙を与えずに爆撃を仕掛けてくる。こちらが敵艦載機を撃破しようが出し惜しみもせずに次々と敵攻撃機・爆撃機は飛来する。

 

『グラーフ!後方から敵爆撃機3!』

 

「了…解!」

 

 敵の爆撃機による機銃攻撃がこちらを掠め、付近のシュペーが対空攻撃を行えばそれを避けて上空へと退散する。本来爆撃機はギリギリまで爆薬を積み込む為に機銃などのスペースも削るのが定石となっているが敵爆撃機フルマーはその常識に囚われずに機銃を積み込んだマルチロール機として生み出されたものだ。降伏したイーグルから接収したフルマーを見た時は中途半端な機体だと我は評価していたが、少々評価を変える必要があるかも知れない。

 

 

 まさに防戦一方。防衛側であるこちらは常に周囲に気を配り、味方だけではなく、敵による後方タラント港への攻勢の可能性も捨て切ることは出来ずに迎撃をするしかない。このまま戦闘を続けていれば確実に敵の艦載機の数はすり潰されていき、いずれは我らが勝利する事が可能だろう。しかし、他の戦線に向かう必要があるこちらとしては一刻も早く敵を退けなければならない為に、時間稼ぎと足止めを行う敵に苛立ちが募っていく。

 

 

 

 あぁ……それでもだ。

 

 

 我は今、戦っている!

 

 

 我は今、ロイヤルの空母と戦っている!

 

 

 我は今、期待され、必要とされ、そして国家の命運を背負って戦っている!!

 

 

 敵艦載機を撃破する度に胸の中に生まれる高揚感。徐々に敵艦載機の密度が小さくなるにつれて狩猟のように一歩、あと一歩と獲物を追い詰めていく興奮。口元には笑みが自然に溢れ、生きるか死ぬかという、生と死の狭間で掴み取ろうとするものは勝利の美酒。

 

 

 我を構成するキューブの前世とも過去ともいえる艦歴の記憶、我の名前の元となった空母グラーフ・ツェッペリンは断片的な記憶であるがとても恵まれた船とは言えなかった。

 

 

 頭に過ぎるのは国家の命運を背負って期待をされ、必要とされて産み出されたものの、一度も海戦に参加する事無く、武装を剥ぎ取られて川に放置された記録情報。その艦歴は我の精神にまで影響を与え一度は世界など滅びてしまえと絶望と虚無、そして諦念が我の胸中を支配していた。

 

 しかし、我は変わった。信頼出来る同胞・戦友達と出会い、何度も戦いを繰り返して武勲を勝ち取り、今は総旗艦の演説の言葉で例えるのなら、救国の艦隊として友邦サディア帝国を救い、敵であるロイヤルネイビーと交戦している。この戦いは間違いなく歴史に残るだろう。バルト海海戦と違い、目撃者が多数存在する正に世界初といえる空母決戦。その戦いの一員として我は参加しているのだ!!

 

 戦いを仕事と割り切っているマインツやヒッパー、そもそも戦いが嫌いなシュペーや指揮官と違い武者振るいが止まらない。我は今この戦いを間違いなく楽しんでいた。軍人としてこの世に生を受けて、これ程までに名誉のある戦いに参加する事がどれ程の誉といえるだろうか?

 

 我は……歴史に、生きた証を世界に残せるのだ。放置されて、何も出来なかった艦歴とは違う。自身の生まれた意味を証明し、足跡を、存在を世界に刻みつける事が出来るのだから。

 

「我らの邪魔をするのであれば排除するだけだ。お前は狩人ではなく、哀れな獲物だという事を理解してもらおうか」

 

 熾烈な防空戦の結果、遂に一機のJu-87C、スツーカがその防空網を突破する。空母は甲板に当たる部分に損傷を与えれば発艦能力を失い戦闘能力を喪失する。イラストリアスの背後に存在するドレスと一体化した飛行甲板に損傷を与える為に狙いを定め、攻撃目標付近に照明弾を投下して戦場はオレンジ色に染まっていく。

 

 全てが命中するとは思えない。悔しいが我はユニオンの英雄エンタープライズや重桜の精鋭航空隊とは練度が違い、夜間戦闘を行うのはこれが初めてだ。だが普段とやるべき事は変わらない。照明弾で照らされ、素早く回避行動を行うイラストリアスに躊躇わず爆撃を命じる。

 

 投下……命中!!

 

 

「聖なる光よ、私に力を……! 」

 

 

 一機のスツーカで撃破出来るとは思えない。それでも操作を行うスツーカ越しの感覚によって、確実に爆撃に成功したと確信を持ち敵の損傷を確認する。

 

 

 (無傷だと……? )

 

 

 しかし爆炎から現れたイラストリアスに損傷を与える事は出来ていなかった。彼女は青く輝く膜のようなものに覆われており、どうやらシールドのようなもので攻撃を全て防いだらしい。その情報を急ぎ鉄血艦隊に伝えて情報を共有し、損傷を覚悟して強引に新たなスツーカを向かわせ、2機のスツーカが戦線の突破に成功。再び爆撃を行うも攻撃目標は再び膜に包まれ、今度は逃さないとスツーカは全て直連の敵戦闘機に沈められてしまう。

 

「スキルか…? 」

 

 kansenにはスキルと呼ばれる能力を持つものが存在するが、ヒッパーと同じくイラストリアスにはシールドを付与する能力があるのだろう。スツーカの爆撃を無傷で防ぐとは敵ながら感心する。それでいい。既に爆撃に成功する程こちらは有利であり、奇術師の手品は披露された。あとはタネを調べ上げ、敵のスキルがどれ程のものか把握するのみだ。

 

 考えろ。どうすれば損傷を与える事ができるのか?ヒッパーのような能動的にシールドを張る能力なのか?それとも自動的に攻撃を受ける瞬間シールドで覆われる能力なのか?自身にのみ作用するのか他者にもスキルは適用されるのか?艦載機にシールドを張る様子がないが無機物にシールドを張る事が不可能なのか?それは直前まで隠しているのか?

 

 最早言葉を口にする余裕もない。艦載機を操作し周囲を警戒し、次々と放たれる敵艦載機を撃破しながら流さないようにイラストリアスに時折機銃攻撃を行なって威嚇しつつ、仕留めるための術を考える。まるで右手で料理をしながら左手で文字を書きつつ、頭の中ではまったく別の事を考えるようなマルチタスクだ。やる事が多過ぎる。ならばタスクを少し別の者に負担して貰うとするか。

 

「シールドか……卿、すまないが三人による砲撃の許可を要請する」

 

『了解した。だが三人の対空が疎かになるから戦闘機を回してくれよ。シュペー!マインツ!ヒッパー!聞いたな!タイミングを合わせて前方の敵に砲撃を!当てなくてもいい、足元を狙ってくれ! 」

 

『『『了解! 』』』

 

 指揮官に通信を送れば彼は即座にこちらの要請を受諾してくれる。奇襲を行なった以上卑怯とは言うまいなイラストリアス。空母対決となっているがこれは戦争だ。敗北すれば全てを失い、利用できるものはなんでも利用しなければなるまい。お前とは違い我は一人ではない。背後を任せられる同胞がこの戦場には集っているのだから。

 

 それに卿の声が耳元に響けば我に勇気を与えてくれる。何故なのかは理解出来ないがその感情は決して不快なものではない。雛鳥はもう雛鳥ではなく、着実に成長をしている。共にこの戦場を生き延び、あの夜のように、またワインを飲み交わしたいと思う自分がそこにはいた。

 

 

 マインツ達の砲撃体勢を察知したのだろう。慌ててイラストリアスはフルマーを向かわせるが、それら全ては我の戦闘機に叩き落とされる。バルト海で疲弊していたイーグルと同じく、敵機体の編成に乱れが生じている。既に相手は疲労と焦りで少しずつ取り乱しているのだろう。そうなれば勝利は目前だ。この一撃で全てを決める為に戦闘機を操りながら、追加の爆撃機を少しずつ上空に上げていく。

 

『照明弾投下……いいよ!指揮官! 』

 

『よし、全艦砲撃開始!! 』

 

 

 我の艦載機に護衛された前衛が距離を詰め、シュペーが放った照明弾によって敵が白日の元に晒される。そして戦士達は指揮官の掛け声と共に一斉に砲撃を敢行。彼女達の生体艤装達が凶暴に唸り声を上げ始め、我の生体艤装もギチギチと歯を鳴らす。

 

 ここまで生体艤装達が反応を示すのは初といえるが、サディア滞在中に主人達と離れていた事で鬱憤が溜まっているのだろうか?イラストリアスにとっては恐怖でしか無いだろう。次の瞬間自身を凌辱し、粉砕し、蹂躙をする為に漆黒の獣達が歓喜の雄叫びをあげているのだから。

 

「きゃっ…!?でも、まだまだです…! 」

 

 

 

 マインツ達の一斉砲撃がイラストリアスに効くかどうかは重要では無い。相手は必死に回避行動を行おうとするも、流石に砲撃の雨に晒された結果イラストリアスは立ち止まりシールドを張って難を逃れようとする。指揮官の狙いはイラストリアス本人ではなくその足元の海面、轟音と共に凄まじい水飛沫がイラストリアスを濡らしていく。

 

 

 自らの防御は可能であっても艦載機がシールドで覆われていない以上、やはり海水をシールドで防御する事は不可能なようだ。卿もよくやると思わず笑みをこぼす。直接シュペー達が砲撃を行おうがあやつは恐らく避けていただろう。だからこそ、こうして体勢を崩して繋ぎ止め、時間を稼ぐ事が我の望んだ事なのだから。

 

 敵の動きが鈍っているこの瞬間こそが最大のチャンス、その隙を狙って隙間を縫うように放たれた艦載機達は的確にイラストリアスへと距離を詰めていく。相手も必死で迎撃を行おうとするがもう遅い。敵の抵抗が間に合わないのであれば、全ての攻撃を目標に集中させ、相手を撲滅する事など的に攻撃を当てるようなものだ。

 

 

 

「先ずは先手をいただこうか… Funebre! 」

 

 

 

 体内に爆薬を満載にしたスツーカ達は我の葬送の合図と共に砲撃で動きを止め、照明弾に照らされたイラストリアスに殺到し、悪魔のサイレンと評された警報のような音を鳴らしながら目標に次々と爆弾を投げつけていく。

 

 

 世界を揺らす、凄まじい爆発音。

 

 

 海ごと敵を焼き払う火薬の匂いがこの戦場を覆い尽くす。爆撃によって舞い上がる海水と水蒸気でイラストリアスの姿は既に見えないが、油断はせずに攻撃を続けていく。イラストリアスのシールドは確かに強度のある代物だ。しかし、これほどの爆撃機の集中運用による面制圧に耐え切れるものなのだろうか?

 

 

『…っ……!』

 

 

 胸を押さえたシュペーの苦しげな声が一瞬通信越しに届く。同じグラーフ(伯爵)の名を継いでいるが彼女は余りにも優し過ぎる。それは恐らく指揮官も同じであり、たった一人を数人で蹂躙するこの光景に罪悪感を二人は覚えているのだろう。それでいい、お前たち二人はその優しさを失うな。戦争は戦いを割り切れるヒッパーやマインツといった存在に、愛国心に身を捧げたビスマルクやオーディン。そして我のような蹂躙の瞬間に高揚感を覚えているロクデナシが行うものなのだから。

 

 

 幾つかの炸裂音の後、なんとかイラストリアスは爆煙から抜け出したようだ。撃破には至らなかった。しかし、相手は少しだが損傷しており、既に膜のようなシールドは剥がれ落ちている。この砲撃と爆撃を乗り越える事に関心を覚えるがこれではっきりした。相手を撃破する事は可能であると。そして相手は……油断をしていると。

 

 

「せ、聖なるひか…」

 

「させんよ」

 

 

 

 疲れて索敵の余裕もないのだろう。そんなイラストリアスが再びスキルを発動する前に唯一爆撃に参加しなかったスツーカを一機、相手の背後へと殴り込むように体当たり攻撃を仕掛けさせ、イラストリアスに激突した瞬間、機銃を撃ち込み暴発させる。

 

 質量攻撃と爆破のエネルギーによって吹き飛ばされ、イラストリアスの身体は空を舞い、数メートル離れた海面に叩きつけられる。艤装がなければ上半身と下半身が吹き飛んでいた程の衝撃だ。起き上がるも衝撃を全て吸収出来なかったのか苦痛でその表情は歪んでいる。やはり自動発動ではなく能動的なスキルで発動するシールドだったようだ。隙を与えない連続の攻撃の成果は、一機のスツーカを犠牲に我の想像を上回る打撃を与える事に成功した。

 

「一撃で、こんなに…!」

 

 確認すれば背後からの質量攻撃によってイラストリアスの背後の甲板にはヒビが入っており、甲板は最早満足に扱えないだろう。クリティカルヒットと言うべきだろうか?戦艦で言えば全ての主砲を潰されたのと同義であり、最早イラストリアスは追加の発艦攻撃は不可能。戦闘能力を喪失したイラストリアスはそれでも数少ない発艦済みの艦載機を集めて最後の抵抗を行おうとする。

 

 

 イラストリアスの瞳からは闘志は失われていない。

 

 

 しかし、その隙を見逃す前衛ではなく発艦能力を完全に失ったイラストリアスにシュペーは一気に近づくと、砲門を構える。

 

「……ごめんね、だけど……私達が進む為に、ここで倒れて」

 

 艤装に損傷を与えた結果なのだろうか?最早、満足に動くこともままならないイラストリアスを追い詰めるかのような砲撃が放たれ、その一発がイラストリアスに直撃する。

 

 吹き飛ばされて再び海面に叩きつけられるイラストリアス。既にシールドを張るスキルも扱えないのだろう。それでも尚、イラストリアスは立ち上がる。最早艤装はボロボロで動くのもやっとの様子。

 

 しかし、イラストリアスの瞳からは闘志は失われていない。

 

 

「申し訳ございません陛下……ここまでのようです。でも……貴方だけは……! 」

 

 イラストリアスは艦載機を全て終結させる。戦闘機、攻撃機、爆撃機の区別はなく、次々と我の戦闘機によって破壊されていく。しかし、相手は我と同じ事を考えたようで、全ての艦載機は質量攻撃を仕掛けんと我に向かって殺到する。

 

 あの攻撃が全て当たればシールドを持たない我はこの海に沈む可能性があるだろう。戦闘機で迎撃を行うも、完璧ではなくいくつかの艦載機は防空網を突破する。見事だ。その艦載機一つ一つにイラストリアスの意思が宿っており、その命を犠牲にしてでも我だけは仕留めようとする殺意と決意が伝わる……が。

 

 

 

 この戦いは決闘ではなく戦争だ。我は一人で戦っている訳ではない。

 

 

 

「Für meine Landsleute(私の同胞の為に) !!いまだ!!斉射、始めっ! 」

 

 我を襲う残存艦載機達はマインツの掛け声と共に放たれた黒い弾丸によって溶解していく。

 

 特別計画艦であるマインツのスキルによって放たれた漆黒の弾丸は榴弾でも徹甲弾でもない特殊な弾頭。命中せずとも弾幕の周囲の存在を一気に溶かす性質を持っている。例えセイレーン戦艦の装甲であっても溶解可能な特殊弾薬によって、漆黒の弾がイラストリアスの最後の抵抗を。決意も、殺意も、矜持すら無慈悲に刈り取っていく。

 

 全ての艦載機が喪失されるまで時間は掛からなかった。しかしそれでも、だとしてもイラストリアスの瞳からは闘志は失われていない。

 

 

 

「悪いわね、アンタに恨みは無い……けれども、これで、終わりよ」

 

 

 そして、全ての艦載機が喪失されたと同時に、シュペーの動きを察知していたかのようにヒッパーは一気に距離を詰め…ゼロ距離にまで近づき、生体艤装の唸り声と共に全ての砲門を手負いの獅子に向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしも空母の数が多ければ。

 

 

 もしもウォースパイト様が足止めされていなければ。

 

 

 もしも『再現』に拘らずに護衛艦をつれていれば。

 

 

 もしも、もしも、もしもとイラストリアスは後悔の海に沈みそうになるが、時間は最早巻き戻す事はできない。

 

 

 

「あぁ……申し訳ございません陛下…」

 

 

 イラストリアスは小さく呟く。攻撃能力を全て失い、スキルの発動は不可能。最早移動する事もままならない。次の瞬間、金髪の少女の砲撃によって私の命は刈り取られると彼女は冷静に自身の状況を把握する。

 

(でも、これで役目は果たせました)

 

 しかし、イラストリアスは自暴自棄になって孤独に鉄血艦隊に立ち向かったのではない。自身の役目を全て果たす為にその命をかけて、時間を稼いでいたのだ。

 

 そう、彼女が忠誠を誓うクイーン・エリザベスはタラント空襲に保険をかけていた。万が一『再現』が失敗に終わった際のリカバリー案を。傷を最小限に抑える為の手段を。

 

 万が一イラストリアスが敵に発見され、タラントの空襲に失敗した場合は速やかにマルタ基地にイラストリアス達は帰還し、マルタ基地に配備されたロイヤルの無人艦は全て根こそぎに動員し、向かってくるであろうサディアと戦闘を行う。

 

 ヨークがなぜ通信ではなく目立つ赤い信号弾を放ったのかといえば、それは今も観測を行うマルタ基地の面々に作戦が開始されたと合図を送る為だ。信号弾の事は基地で待機しているkansenであるオーロラとペネロピや基地司令も気がついており、即座に行動を起こしているだろう。

 

 そしてマルタ島の面々は本来火に包まれるはずのタラントが無事であり、作戦は失敗した事に気がついたはずなのだ。ご丁寧にサディアの総旗艦が大音量で演説を行なったのも追い風となっており、あらかじめ待機していた無人艦で隊列を組みながらも、サディア海軍の総力を挙げた攻撃に防衛は不可能と理解し、無人艦を突撃させながらも手筈通り脱出準備に動いているだろう

 

 最悪の想定とはいえクイーン・エリザベスは実の所サディアに空母が存在し、タラント空襲が防がれる可能性も万に一つとはいえ考慮に入れていたのだ。流石の女王陛下も鉄血の空母がサディアの防衛に参加するという事は予想外ではあったのだが。

 

 『再現』はどれ程完璧に動こうにも、メルセルケビール海戦でダンケルクによってネルソンが敗北した教訓や、そもそも遅延の結果中止となった鉄血のヴェーザー演習作戦のように、確実にロイヤルの望む事が起きるとは限らない。ならばタラントでの勝利を確信していようが、万が一に備えて常に傷を抑えようとクイーン・エリザベスが石橋を叩いて渡るかのように命令を下していた事がマルタ島基地にとっては幸いしたのだ。

 

 

 最早脱出不可能となったイラストリアス、ウォースパイト、ヨークの最後の役目は、少しでも長く足止めを行い、既に準備を行なっているマルタ島の将兵や機材を全て脱出させるための時間稼ぎ。イラストリアスは命をかけて足止めに成功した。それでも恐らくマルタ島陥落は避けられず、数十万人の住民も含めてレッドアクシズの魔の手に落ちるだろう。

 

 しかし、数千人以上のマルタ島を防衛していた兵士達はロイヤルに帰還できるのだ。現在彼らはオーロラ達の護衛の下で秘密裏に船団を組んで、この戦いのどさくさに紛れて撤退に移っており、サディアもまだ気が付いている様子もなく、この夜陰に隠れてなら恐らく撤退は可能だろう。

 

 

 そう、この戦いの情報を持ち帰り、兵士達の脱出を成功させ、次の糧にできる。イラストリアス達は未来への種子を残す事が出来たのだ。その命をかけてロイヤルに最後の貢献する事が出来たのだ。その種子はロイヤルの反撃の為に芽吹き、最後は『再現』によってロイヤルは勝利するとイラストリアスは信じている。

 

 

 悔いはある。もっと生きたかった。やりたい事もやるべき事もあった。自身の命を失う恐怖より、イラストリアスにとっては妹達を残して死ぬのが何よりも不安に思えてしまう。

 

 あの子達は優しい。だからこそ鉄血への復讐と言い出して自分の為に憎悪で動いて無茶をしかねない。ヨークとウォースパイト様は無事なのだろうか?出来れば二人には生き残ってもらい、ユニコーンちゃん達に最後の言葉を伝えてほしいとボロボロになった王家の戦士は最後に想う。

 

 

(貴方達は生き延びてください。そして……)

 

 

 

 ドン、と短い音が一つ地中海に響き渡る。イラストリアスの身体がヒッパーの砲撃を全て受け、その衝撃によって空を舞う。意識を失う瞬間、イラストリアスの脳裏に走馬灯のように駆け巡るのは王家の旗でもなく、女王陛下の顔でもなく、何よりも愛しく、自身が守りたいと思っていた妹であるユニコーン達の姿。

 

(さようなら、私の愛しい家族……)

 

 吹き飛ばされたイラストリアスは事切れたかのように動きもせずに、海面へと横たわったまま倒れていたが……ゆっくりと、消えるように沈んでいく。

 

 その姿を見たとある存在はイラストリアスに嘲笑を浴びせ、自身の筋書き通り進んだストーリーに満足する。ロイヤル、サディア、鉄血の誰もがその嘲笑を聴くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてタラント空襲は失敗に終わり、歴史は崩壊。新たなる未来が作り出されていく。イオニア海海戦の初戦はロイヤルの敗北によって幕を閉じた。しかし、ウォースパイトとヨーク、そしてマルタ島での戦いは続いている。

 

 

『……こちら、ヒッパー。イラストリアスの撃破に成功。沈んだのも確認したわ。一度そっちに帰還して補給する……いくわよ皆』

 

 

 鉄血艦隊の面々も次の戦場に向かおうと指揮艦に集っていく。ヒッパーは思わず自身の手に目を向けると、血が溢れて穢れていくような幻覚を見てしまい、思わず舌打ちをしながら服に手を擦り付ける。

 

 彼女も覚悟はしていた。セイレーンだけではなく、戦争なのだから時にはアズールレーンに所属する相手の命を奪うものだと。恐らくこの感触を彼女は一生忘れないだろう。

 

(まぁ……ずっと引きずりそうなシュペーに殺させるよりは、この方がいいから後悔はしてないけど、ね)

 

 今日は多分寝られない。恐らく私は今後もうなされる事があるだろう。それでもヒッパーは今は自身の役目を果たすべく、指揮艦に向かうのだが……少し違和感を覚える。

 

 なぜ、指揮官は返答しないのだろうか?

 

「ちょっと指揮官……ヴァイス!ねぇ、聞いてるの!?聞こえてるなら答えなさいっての!!」

 

 まさか流れ弾で?と最悪の想定がヒッパーの胸を支配する中、それと同時にある一つの可能性が頭に過ぎる。このバカもしかして……!!

 

 死ぬよりも最悪の想定。しかし、あのアホであり無駄に行動力のある指揮官ならやりかねないと、全速力でヒッパーは指揮艦に向かおうとするが、到底間に合いそうもなく。

 

 

『ヒッパー、グラーフ、マインツ、シュペー』

 

「……待て、卿よ、何をーーー」

 

「ちっ!!あのバカ!!!急いで止めないと!!」

 

 

 グラーフの言葉を聞ききる事もせずにヒッパーの怒声が響き渡る中、指揮官は上着を脱ぎ捨て助走をつけると。

 

 

 

 

 

『悪い、ちょっと頼むわ』

 

 

 

 

 

 敵であるイラストリアスを救うべく……その生死も定かでは無いというのに、夜の闇の海に飛び込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 世界初といえる空母同士の戦いは戦闘機を多く装備し、護衛するkansenが複数存在したグラーフ・ツェッペリンの勝利で幕を閉じました。この戦いはグラーフの望むように世界の歴史に残るでしょう。

 そして指揮官は……

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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