窓の外は既に暗闇に染まり、芸術文化にこだわりのある帝国らしい豪奢な飾りつけながらも、丁寧に仕分けられた大量のファイルが入った書棚が陳列されているタラント海軍基地の一室にて。
暖炉の焔がテラテラと燃えあがり、室内の展示されたサディア国旗を照らし出す。パチパチと音を立てながら心地の良い暖かさで部屋を包み込む中、部屋の主である二人の美女は祖国の未来を左右する機密書類の内容に驚きを隠せなかった。
「秘匿されていた鉄血唯一の空母に、精鋭重巡が二隻。更に特別計画艦の軽巡にそれを指揮する指揮官か……さてさて、どうしたものか」
肩まで届く緑髪を揺らし、書類を読みながらクスリと笑みを浮かべる女性の名はリットリオ。サディア海軍の実質的なNo.2に当たるkansenであり、部屋の壁に寄りかかり、ファイルを見ながら、自身が作り上げた演目が盛況にならんとする事実に歓喜と興奮を覚える。
「予想以上に鉄血は本気らしい。更に滞在中に彼女達の生体艤装の整備と研究まで認めるとは……どこぞの財布の紐が硬い女王陛下と比べてビスマルクは気前が良い。それだけサディア帝国に利用価値を見出しているのか、それともメルセルケビール海戦の結果を見て焦っているのか、それとも鉄血の優しいシニョリーナによる純粋な善意によるものなのか? 」
思わず勤務中だというのにワインの一つでも開けたくなるとリットリオは喜びを隠せない。騙し討ちによるマルタ島の奇襲作戦による地中海のバスタブ化及び、レッドアクシズ内のサディア帝国の発言力の向上の為には演目の参加者として盟主である鉄血からの人員が必要不可欠ではあるものの、実の所彼女は鉄血からの人員派遣に関してはそれ程期待してはいなかったのだ。
パフォーマンスとしては鉄血の人間がマルタ島陥落のその瞬間を見る事が好ましかったものの、地中海の要衝の攻略をサディアが成功させてしまえば、事後報告でも鉄血は行動せざるを得なかったはずなのだから。
仮に派遣されたとしてもセイレーン技術を貪欲に追求し、優れた科学力を誇る鉄血といえどロイヤルネイビーと比べればkansenの数は倍以上に差が存在しており、単純な数の差が絶対的な戦力差とならないとはいえ、数少ない戦力を無闇に海外に派遣する事は難しいだろう。仮に鉄血が要請に応えようが無人艦数隻に義理として連絡用の駆逐艦の一隻でも派遣されれば御の字だとリットリオは内心侮っていたが、予想外の大盤振る舞いに、リットリオはビスマルクの意図を探ろうと考察する。
「ユニオンや重桜、北方連合がまだ本格参戦していないとはいえ、恐らくメルセルケビール海戦を彼女は苦く思っている筈だ。ロイヤルがなりふり構わず植民地の防衛軍まで動員すれば我々は各個撃破されかねない。だからこそ我々サディアやヴィシアとの防衛協定とレッドアクシズが対アズールレーンの軍事組織であると明文化を求めてここまでの力を見せつけたのかな? 」
レッドアクシズはあくまで表向きは対セイレーン同盟であってアズールレーン参加国に関する防衛協定の明文化はなされていないとリットリオは呟く。歴史的、領土などの問題や第一次セイレーン大戦での軋轢などが存在しておりレッドアクシズは未だに一枚岩とは言えない。例を挙げればイデオロギーの差があるとはいえ、開戦前の鉄血はヴィシア聖座の前身国である旧アイリス教国と、共産主義国家である北方連合であれば後者の方が経済、軍事の結びつきは強く友好的な関係を結んでいたというのだから。
アズールレーンも一枚岩ではなく、現在はロイヤルだけが欧州戦線を単独で支えており、メルセルケビール海戦以後はまやかしの戦争とも呼ばれる束の間の平和を謳歌しているとはいえ、いつまでもそうとは限らない。ロイヤルは広大な領土に散らばるセイレーンからの防衛の為の植民地防衛艦隊から戦力を引き抜く、重桜やユニオンの本格参戦のための交渉をしていてもおかしくはなく、そうなれば一枚岩とは言えないこの軍事同盟は即座に崩壊しかねない。
だからこそサディアがマルタ島を攻略するための策を練っていたように、鉄血はレッドアクシズ陣営の引き締めとより深い協力関係を望んだ結果がこの過剰とも言える救援艦隊の面々なのだろうとリットリオは考察する。
「しかし、ヴェネト。我々の所属陣営はこれではっきりとした。ビスマルクのここまで熱烈なラブコールを無視してアズールレーンに再加入する事はあり得ないのだから」
マルタ島を巡る一連の策によりロイヤルからの使者であるウォースパイトが現在首都にて滞在中ではあるものの、女王陛下のメッセンジャーの言動は温厚な総旗艦ヴェネトが眉をひそめる程のものだった。
ロイヤルの立場からすればサディアが信用出来ないのは仕方ないとはいえ、サディア主軸のセイレーンの前線基地の攻略作戦を認めつつも主力艦の出撃制限や作戦指揮の裁量の多くをウォースパイトに委ねようとするなど、挑発的かつ、まるで属国に命令するかのように、こちらを試すような言動を口にするロイヤル。
それがロイヤルが『再現』を行う為の策略である事にリットリオは気が付かないものの、再加入をしても、裏切り者か都合の良い戦力を吐き出す魔法の壺扱いされかね無いアズールレーンと、多数の戦力を派遣して対等な同盟国としての席を用意するレッドアクシズ。帝国の未来の為に彼女や元老院の貴族達がどちらの勢力を選択し、演目を共にするのかは言うまでもないだろう。
「賽は投げられた、か……まぁ良い。これで私達の作戦はスムーズに動くだろう。もっとも彼らはあくまで演目の観客、我々サディア海軍単独でマルタ島を陥落させてウォースパイトを捕縛、そして、この地中海に覇を唱える事で我らの!!サディアの威光を世界に示そうじゃないか!! 」
夜の部屋に響き渡るリットリオの威風堂々とした宣言は下手をすれば近所迷惑になりかねないが、この部屋は防音対策がきっちりと為されている為に問題ない。
演目の準備はこれにて最終段階に移る。マルタ島の防衛部隊との戦闘は奇襲を仕掛けるとはいえタラント港の部隊を全て投入しても、確実に勝てるかどうかと言えば断言できない。しかし、敗北は許されずに勝利のみが未来を導く。彼女の脳裏に過ぎるものは最前線で友軍を鼓舞しながら戦う自身の姿。
彼女は傷つく事を恐れない。場合によっては自信過剰や楽天家と称されるリットリオであるが、常にポジティブに彼女は勝利の道を模索する。全てはサディアの威光を広める為に。そして帝国臣民や皇帝陛下、そして総旗艦でもある姉に勝利の美酒を提供する為にリットリオは決意する。そんな覚悟を決めた彼女はやがてニコリと笑うと……
「せいっ!」
「痛っ!?」
先ほどから無言で書類を眺めてため息を吐いていた姉に、不意打ち気味にデコピンをお見舞いするのであった。
「痛いですよリットリオ、酷いじゃないですかぁ…!」
「酷いはこっちの台詞だ。話を聞いていたのか? 」
恨みがましく額を撫でながら涙目で呟く姉のおっとりとした声が耳に届き、ため息を吐くリットリオ。鉄血の艦隊の前では公的な場らしく仕事モードとなり、礼儀正しく総旗艦を演じていたがプライベートの彼女はどちらかと言えば温厚でおっとりとした少し気の抜けた優しい女性の姿を見せる。
とはいえそれはあくまで休暇中などの場であって、勤務中は普段であるのなら常に祖国の未来を最優先に考える冷徹なまでの総旗艦としての側面をみせるのだが……何故か鉄血艦隊との会談を終えた後から彼女は上の空でリットリオの呼びかけを聞く様子はない。
「ヴェネト……帰ってからずっと様子が変だ。何かあの艦隊を見て思うことでもあるのか? 」
思えば鉄血艦隊と面通しをした際も彼女は固まっていたとリットリオは思考する。貴族や皇帝陛下とも日常的にやりとりをするヴェネトが今更鉄血艦隊に緊張したとは考えられず、かと言って鉄血の虎の子である空母グラーフ・ツェッペリンを相手に硬直したのかと思いきや、この書類を確認するまでは艤装を装備していなかった彼女が空母であるだなんてリットリオも知らなかったのだ。
体調管理は常に気をつけ規則正しい生活を送るヴェネトが風邪を引くとは思えず、ここまでひたすら無言になる理由も分からない。まさかあの鉄血の指揮官に一目惚れでもしたのだろうかと有り得ない前提を脳裏に浮かべて思わず苦笑してしまうが。
「かっこいい、と思います」
「…………はっ……? 」
次にヴェネトから放たれた言葉は、油断をしていたリットリオにハンマーで頭を殴られたかのような衝撃を与えるのだった。
「あー……ヴェネト?そういう意味じゃなくてだな……いや、そうか私の容姿にカッコいいと口にしてくれたのか!あぁ、そうだなありがとうヴェネト!一瞬あり得ない想定をしてしまってーー」
「………いえ、あの指揮官様です」
思わず目を疑う。次に耳が遠くなったのか?と耳を疑い、最後に自分の脳が疲れたのではないか?幻聴でも聞いているのではないか?いやこれは夢なのか?と混乱状態になるリットリオ。
何故この目の前の姉は頬を染めているのだろう?何故姉は今も「指揮官様…」と呟いているのだろう?何故姉は写真に添付している救援艦隊の指揮官の顔写真を見ながらうっとりとしているのだろうか?何故姉はプライバシーの観点から鉄血の指揮官の名前が秘匿されている事に残念そうにしているのだろうか?
こんなバカなことがあるか?普段は私の軽い言動をヴェネトが呆気に取られながら諫めるのがセオリーだというのに何故私が呆然としている?いや、そもそもなんで出会ったばかりの他国の軍人にカッコいい?社交辞令や日常会話ではなくヴェネトの様子を見る限りでは恐らく……
パズルのピースが埋まっていく。リットリオは今の姉のような顔の女性を何人も見た事がある。そう、自分がナンパを行い頬を染めたシニョリーナの諸君と今のサディア帝国総旗艦が全く同じ反応をしていると。それまでそんな女性達を口説き、会話を楽しむ事が趣味であり、ライフワークと化しているリットリオは内心全てを理解してしまった。
認めたくはない。信じたくはない。あり得ない。こんな馬鹿な事があり得るのか?しかし、そんなあらゆる否定の言葉は次のヴェネトの言葉によって吹き飛んでしまった。
「ごめんなさい、リットリオ……私も女だったようで……」
ーー恋を、してしまったようです。
その日、リットリオは産まれて初めて胃薬を口にする。その胃薬の銘柄は奇しくも鉄血製であり、鉄血の陣営代表ビスマルクが愛用するものと同じであったという。
陣営代表と呼ばれるkansenの中でもサディアの総旗艦、ヴィットリオ・ヴェネトは極めて二面性のある人物と言えるだろう。
プライベートであれば彼女が本気で怒った姿を見たものはいないと称されるほどに自己主張が控えめな温厚な平和主義者であり、身分・階級・国籍・性別問わず同じように優しく接し、国内外問わず多くの人々に慕われていた。あの気難しい事で有名なヴィシア聖座の陣営代表、ジャン・バールですらも呆れながらもヴェネトの人の良さは認めていたと言われている。
しかし、『総旗艦』としての彼女は国益の追求に余念がなく、祖国を愛する故に冷徹な国粋主義者としての側面を持っているといえるだろう。常にサディア帝国の威光をこの地中海から世界に広める事に余念はなく、必要であればいくらでもプロパガンダを行い、他国を陥れ、自らの優しい心を封印して、躊躇いの心を隠しきれないクイーン・エリザベスやビスマルクとは違い、国益の為であるのなら、笑顔のままに数万人の敵国の民間人の処刑命令書にサインを書く事すら可能な側面を持っていた。
サディア帝国の威光を知らしめる為の決して抜かりのない冷徹な国粋主義者の側面と、争いを嫌う温厚な平和主義者の側面をもった愛国者。それがヴィットリオ・ヴェネトと呼ばれる人物であり、常に慎重に策謀を張り巡らせて物事を進めるヴェネトを、妹でありナルシストで目立ちたがり屋ながらも、行動力があり、全幅の信頼を姉に捧げ、飄々とした態度で相手を惑わすリットリオがヴェネトの決断を補佐しているのだ。
セイレーン大戦中に自国の国防とスエズ運河、ジブラルタル基地の陥落を防ぐ為に、セイレーンを地中海に押し込み、アイリス教国とサディア帝国の反目も煽り、座視したと言われているロイヤルネイビー。先日行われたロイヤルとの会談の際、その事をリットリオは皮肉気味にウォースパイトに主張するも即座に彼女は論点をそらす。
そして、リットリオはアズールレーンの復帰を餌に交渉を行うも、ウォースパイトは。ロイヤルは完全にサディア帝国を格下や属国のような扱いでしか見る事はなかった。
もしロイヤルが大きく譲歩を行い、対等な目でサディアを同盟国のように扱えば違う道もあっただろう。事実ロイヤルの出方によってはサディア帝国はレッドアクシズからの離反や、自らが窓口になる事で和平交渉の締結の為に動く事も計画の一つに入れていたが、『再現』による自国の没落の未来を回避する為に戦いを望むクイーン・エリザベスはウォースパイトにあえて挑発的な言動でサディアを煽るように伝えていたのだ。
だからこそサディアは是非も無く、サディアの演目の準備は加速していく。全てがある意味未来を知るクイーン・エリザベスの掌で何も知らずに踊っていたといえるのだが、その事にサディアの面々は気づく事は無かった。
その動きが加速したのも鉄血による救援艦隊が原因といえるだろう。サディアの要請に応えたビスマルクは特別計画艦や右腕である鉄血唯一の空母達を送りつける事により、サディア帝国の政治を司る元老院のレッドアクシズ派の貴族達は大いに喜び、最終演目の時間は近づいていく。
リットリオの個人的意見としても、こちらを利用しようとしてくる鉄血の意図は分かるのだが、それはサディアも同じ事。少なくてもロイヤルよりは遥かにマシで対等な同盟国として接するとビスマルクは行動によって示し、心情的にも遥かに鉄血贔屓になるのは当然と言えるだろう。
だからこそ彼女らの演目に変更はなく、これよりサディア帝国の未来はレッドアクシズと一蓮托生になっていく。とはいえまだ、相手の意図が完全に掴めない以上、個人的にリットリオは救援艦隊の面々の尾行や観察を続ける日々を送っていた。
しかし……演目の開演が近づく中、珍しくリットリオは頭を抱え、私にどうしろというんだと呟きながらストレスが溜まる日々を送っていた。
「ヴェネト……もう一週間は経ったぞ。そろそろ鉄血に説明するべきだろう」
「そ、それはわかっているのですがあの指揮官様を前にするとどうすればいいのか分からなくなって……」
執務室にして、はぁぁぁぁぁと深く、長いため息を吐きながら頭に手をやり、空を仰ぐリットリオ。目下彼女の最大の問題はロイヤルでも鉄血でもなく、鉄血の指揮官に一目で惚れてしまった姉であった。
何故こんな事になったとリットリオはもう数百近くは行った自問自答を今日もまた繰り返す。彼女はナンパで同性とはいえ多くの女性と食事やデートをする事が趣味ではあるものの、対照的に自らの姉であるヴェネトは今まで仕事一筋。男にうつつを抜かすよりも元老院の老人達と渡り合い、少しでも多くの予算を勝ち取る事を優先する生活を送っていた。そんな自らの姉がまさか恋を、それも他国の指揮官に恋をしてしまっただなんて予想出来るはずもなかったのだ。
「だが、国防上説明するしかないだろう。いつまで放置するんだ?ウォースパイトが滞在している以上、素早くその脅威を伝えなければならない。演目の予定を伝えなければ不用意に不信感を与える事にも繋がるのだから」
「ふ、不信感!? 」
不信感という言葉にショックを受けるヴェネトだがそんな姉を見て、リットリオは胃に鋭い痛みを感じてしまう。ウォースパイト云々って話を聞いているのか?不信感と聞いて指揮官に嫌われる事のショックで他の事が頭に入っていないのでは?と再びリットリオは苦笑することすら出来ずに空を仰ぐ。どうしてこうなった。なんでこうなったと。
(何故だ、何故私の姉上はこんなに恋愛脳になってしまった。いや恋愛脳どころか恋愛観が小学生じゃないか、この前あの指揮官とやりたいことは何かと聞いたら手を繋ぎたいです…!と顔真っ赤に答えたときはちょっと可愛いと思ってしまったがそれとこれとは話が別だ)
一度だけの出会いとはいえ、リットリオからみればあの鉄血の指揮官は顔立ちは決して悪くはないとはいえ、とても魔性の魅力を持つ絶世の美男子とは言えなかった。あくまで顔立ちがそこそこ整っているだけの青年。むしろ私の方がイケメンと言えるだろうとナルシストなリットリオは内心思ってしまう。
相手の内面を見てから恋に落ちるならまだしも、これでは完全に外見だけで恋に落ちた面食いだ。相手がサディア人ならまだ色々とやりようがあったが相手は若いながらも間違いなくビスマルクからの信頼を得ているであろう鉄血軍人。しかも本気の恋なのだからタチが悪い。
総旗艦であるヴィットリオ・ヴェネトの立場は貴族待遇であり、元老院に政治的な発言力を少なからず行使可能な地位となっている。事実上国家の代表であり象徴ともいえる長門や、教皇より三権を任されていた枢機卿リシュリュー。王族待遇のクイーン・エリザベスとまではいかないがヴィットリオ・ヴェネトの地位はかなりのもの、そんな立場だからこそ話は余計にややこしくなる。
「何れにせよ会談はいつか行う必要がある……なら、私が彼を直接尾行しよう。その上で彼の性格などを知り、見定めてから会談を行えば、貴女も総旗艦として彼に対応することが可能なはずだ」
リットリオの個人としては姉の恋を応援してあげたいのだが、立場などの問題やお互いになんの情報も知らないという状況、なによりも対ロイヤルの道を進もうとする祖国の未来のための演目を失敗しない為にも、せめて今は恋愛脳を捨て去って欲しいと彼女はヴェネトに提案する。恋をするのであればせめてマルタ島をどうにかしてからしてくれ、今は色恋にうつつを抜かすなと、普段の二人の立場とは真逆の思考がリットリオの胸中に渦巻く。
「よ、よろしくお願いします!!あっでもくれぐれも失礼のないようにお願いしますね、出来ればあの指揮官様の好みなども聞いてくれればプレゼントの一つでも出来るのですが……いや、二人きりになるとあの方と満足に話せるのでしょうか?リットリオ、私はどうすれば…? 」
「……会談、ちゃんと私達の未来についての話を忘れないようにな?」
「み、未来ですか!?あっ、鉄血とサディアについての未来ですね!ご、ごめんなさいちょっと指揮官様とのその…恋人になってからの未来を……初めてって痛いのでしょうか? 」
「それは流石に思考が飛躍しすぎじゃ無いか!?ヴェネト!? 」
思わず叫ぶリットリオだが、ヴェネトは頬を染めて机に突っ伏している。彼女の頭の中では指揮官と恋仲になって初めてのデートや初夜だけではなく、既に子供の名前まで考えていたそうな。ヘルブスト指揮官は知るよしもなかった、まさかサディアの陣営代表の爆乳美女が自分と結婚を前提としたお付き合いをする気満々だという事実を。
そして、自身の姉が既にあの指揮官を相手に処女を捨てる覚悟すらあると知ってしまい、もしかして私の姉はバカなんじゃないか?とその日から余計に胃薬の量が増えるリットリオであった。
その数日後の夜。指揮官がシュペーの膝に甘えながら弱音を吐いていたと同時刻、リットリオは頬を染めたヴェネトに彼と直接話をしたと伝えていた。
「少なくてもあの男はスパイやサディアを蔑めるなんて考えはないらしい。それどころかどうも彼の妹がサディアに嫁いでいるらしく、むしろサディアに関しては好意的な反応を見せていたな」
「そ、そうなんですか!?ならお近づきになるのもーー」
「口を挟まないでくれヴェネト、今は真面目な話をしているんだ。せめて恋愛云々は今は忘れて総旗艦として報告を聞いてくれないか? 」
彼が親サディアな一面があり、妹が嫁いでいると聞いた瞬間ヴェネトのテンションは一気にエンジンに火がかかってしまったのだが、リットリオから冷や水を浴びせられてシュン…と落ち込んでしまう。その姿が叱られた大型犬のように思えてしまい、リットリオは和んでしまうも今はサディア帝国の軍人としての責務を果たさんとする。
普段であれば真逆の関係であり、ヴェネトをここまで変えてしまった先程出会った指揮官に「恨むぞ」と内心愚痴を溢しながら、リットリオは空気を変えようとこほんと咳払いをして話を続けていく。勿論指揮官としては惚れられてるだなんて判断材料が皆無なのだから、恨みをぶつけられるのも見当違いにも程があると言えるのだが。
「しかし、決して油断の出来る相手では無いだろう。あの男はハッタリで私を出し抜いて圧倒的に不利な状況からまんまと追求をかわす事に成功した。このリットリオからだ。このリットリオを一時的とはいえ出し抜いたんだぞ? 」
他国のkansenや自国の貴族相手に面倒なやり取りを何度も行ったことがあるリットリオも油断をしていたわけでは無いが、まさか指揮官に出し抜かれてしまうとは思いもよらなかった。結果として妹の命というカードを握って圧倒的優位な状況で始まった話し合いは短期間で終わってしまい、彼女はワインとコーヒーメーカー、そしてヴェネトとの会談を約束してしまったのだから、何れヴェネトと指揮官の話し合いを望んでいたとはいえ、交渉としては敗北したといっても過言では無いだろう。
同時にようやくリットリオはビスマルクの意図が理解出来た。なぜこんな年若い指揮官を派遣したのかと。当初は若さゆえの不安があったとはいえ妹がサディアに嫁いでいる指揮官を派遣するのはそれ相応のメッセージでもあったのだ。
家族がサディアにいるこの指揮官は絶対にサディアを裏切らないと。鉄血は同胞との絆や家族を何よりも重視する国であり、それを裏切る事を何よりも恥とする国是となっている。ある意味ではリットリオは尾行の結果、指揮官が裏切らないという事実を知ると同時に、指揮官の妹という人質という担保を無理やり握らされたといえるだろう。
リットリオが彼の妹に手を出せばビスマルクはそれ相応の行動を取る事は確実であり、同時に指揮官の立場という存在はどのようにも美談を演出し、演目に花を添える事が可能な人物であると。指揮官は当然のように個人情報を暴露しなかったとはいえ、もしかすればビスマルクは自身が彼を尾行する事すら予想していたのかも知れないとリットリオは思ってしまう。
「恐らく彼はサディアを裏切る事はないが、だからと言って警戒心を持たなければならない相手だろう。見た目は若いが平気でこちらにカマをかけてくる。しかもヴェネトとの二人きりの会談を望むような行動力と度胸もある……例え裏切る確証がないとはいえ、演目が終わるまでの間は私は彼をまだ信頼する事は出来ないな」
正直な話、ビスマルクのラブコールの意図を理解した以上。派遣されてきたビスマルクに忠実である鉄血軍人が裏で何かを働く事は考えられない。使者としては好ましいといえるだろう、しかし姉の婚約相手としては警戒を捨て去る事は出来ない。
この演目が終わるまでの間は信頼出来るとはいえ、いざとなれば姉の気持ちを無視して排除しなければいけない危険性がある。リットリオが最も恐れているのは姉の恋の行く末だけではなく、あの油断のならない指揮官がビスマルクと結託して姉の気持ちを弄び、好意を利用してサディアを傀儡のように扱う可能性だ。
対等な同盟国は好ましいがそれ以上に、好きに動かす事が可能な属国は更に使いやすいといえるだろう。ロミオとジュリエットのように姉のはじめての恋の行く末を自身が邪魔をしかねない事に胸の痛みを感じるが、少なくても彼が本心から信頼出来、姉の気持ちを利用して鉄血の国益の為に姉を利用しないと断言出来るまではリットリオはヘルブスト指揮官に心を許すことは無かった。
更に言えば自分がこんなにも胃を痛めてるのに飄々としてワインなどを要求するクソバカ野郎に対する一種の恨みや、自らの大切な姉を狂わせた指揮官に対するちょっとした嫉妬や小姑魂も存在していたのだが。
「会談って……えっ、ちょっと待ってください。えっ2人きりであの方と!?リットリオも無しで!?」
「あぁ、向こうの要望だ。三日後にこの基地に来るようにスケジュールを調整しておく。油断はしないでくれよヴェネト。色恋は今は考えず、総旗艦として演目の詳細を伝えて鉄血の信頼を勝ち取る事だけを考えるんだ」
慌てるヴェネトを見ながらリットリオは少し未来に思いを馳せる。もし、彼が本当に信頼に足る人物であるのなら自身はどうするべきなのだろうか?
その恋の道は険しいだろう。彼は間違いなく貴族ではなく平民出身の年若い指揮官、そしてヴェネトはkansenではあるものの総旗艦であり貴族階級。言うなれば同じ軍人とはいえ住む世界も、人種も、祖国も違うのだ。何よりも今はヴェネトの一目惚れであり、彼に婚約者がいる可能性も捨てきれない。
サディアにもkansenと人間のハーフは存在しているが、少なからず苦労はあったと風の噂で聞いている。それでも、もしヴェネトが本当にあの指揮官への想いを貫くのであれば、そしてあの指揮官が本当に信頼に足る人物であるのならリットリオは全ての権限を使い、ビスマルクと殴り合ってでも姉の恋を支えようと決意する。
果たして自身の姉の恋の行く末は、悲恋に終わるのか?それともハッピーエンドを勝ち取る事ができるのか?何れにせよ今はマルタ島を巡る演目を終えること優先し、その後は指揮官という個人を知る必要があるだろう。リットリオのやるべき予定は増えていく、今後もリットリオはサディア帝国だけではなく、姉の恋について胃を痛めながらも支えていく事になるだろう。
全てはサディア帝国の威光を世界に知らしめる為に、そして今までサディアにずっと尽くしてきたたった一人の姉が幸せを掴む為にも、彼女はまだまだ休む事は出来ないのであった。
「もうあれだ、お互い風呂にでも入ればいいんじゃないか?重桜では裸の付き合いなんて言葉もあるらしく、全てを包み隠さず答えると言えばきっと向こうも信頼してくれるだろう」
「わ、分かりました!ちょっとお風呂を貸し切りが出来ないか担当の方に聞いてきます!」
自らの軽口に慌てて駆け出すヴェネトに呆気に取られながら、もうどうにでもなーれ!と勤務中だというのにリットリオはワインを取り出すと、蓋を開けて無理やり喉に流し込む。飲まないと最早やってられないと既にリットリオの目のハイライトは消えていた。
(まぁ……これで相手がホモセクシャルでも無ければ多少はヴェネトを意識するだろうから悪くはないか……?流石にタオルくらいは付けるはずだろう……多分)
その三日後、ヴェネトが全裸で指揮官と会談を行い、あの人私の体をみて勃起していました。これは脈があるという事なのでしょうか?と恥ずかしげに語るヴェネトを見てしまい、もしかして私の姉は本当にバカなのではないか?と、その日以降胃薬だけではなく、睡眠薬にまで手を出すリットリオであるのだった。
・メルセルケビール海戦以後はまやかしの戦争とも呼ばれる束の間の平和を謳歌しているとは言え、いつまでもそうとは限らない。
バルト海海戦などの戦いは戦いが激化する事を恐れ、同時に捕虜などの交渉を行うために秘匿されており、サディアは鉄血とロイヤルが数回交戦している事を知りませんでした。
・ ーー恋を、してしまったようです。
ある意味この話の原作におけるダイススレにて披露された最大級のファンブルの一つ。それがこのヴェネトの一目惚れなのでした。
その全容は活動報告にて。第二十話の後書きで描かれていた指揮官のミスとは顔合わせの時点で、こちらから鉄血艦隊の全容などをまだ説明もしておらず、書類なども提供していないというのに空母であるグラーフを見てヴェネトが硬直していたという説明に納得をしてしまったという場面。あの段階ではグラーフは艤装を身につけておらず、存在が秘匿されており、無名に近い人物である彼女を空母であるとヴェネトが気がつく可能性はほぼありませんでした。
交渉上手な指揮官であっても判断材料が余りにも無さすぎる上に、自己評価が低い彼がまさか総旗艦に惚れられてるだなんて考えつく筈もなく……リットリオの原作と比べるとやや厳しい言動や、ちょっとした嫌がらせのような軽口の裏にはこの様な事情があるのでした。
「ふふっ、幸運を。またこの件についてはもう少し後で話をしようじゃないか。その時がくれば……わかるはずさ」
出撃前に指揮官と最後に交わしたリットリオのこの一言には様々な想いが同時に入り混じっていたのです。
番外編アンケートの結果サディア編が落ち着いてからユニオンや重桜の動向もまた別に描こうと思います。また、次回は後編としてイオニア海海戦の裏で起きた様々な出来事を。指揮官達の活躍は後少しだけお待ち下さいませ……
指揮官の後世の評価はどうなる?
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戦争を終わらせた立役者
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サディアを救った救国の英雄
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ロイヤル最大の敵
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女の子に手を出しまくりの色を好む英雄