鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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第三十話 月夜に照らす祝勝会 後編

  帰りたい……。

 

 サディア帝国に派遣されて以降、今日程早く祖国である鉄血に帰りたいと思った日はないだろう。そう、思わず感じてしまう程に我は多くの軍人に囲まれつつ、このパーティーを参加した事を激しく後悔していた。

 

 バイオリンによる勇ましい音楽が鳴り響き、インドの香料由来なのかハーブらしき匂いで包まれる、マルタ島のホテルを貸し切ったパーティー会場。受付で言われるがままに黒のドレスを押し付けられて身にまとい、パーティーに向かった我を待ち受けていたのはサディア軍人達の質問攻めの嵐だった。

 

 我の指揮官もリットリオの開会式冒頭の暴露によって質問攻めにされたのだが、同様の事例が我にも襲いかかる。恐らくイラストリアスによるタラントへの空襲を我が艦載機によって防いだ話が伝わっていたからだろう。通りすがりの軍人に『もしや、貴方はあのグラーフ・ツェッペリン様ですか?』と質問され、何気なく肯定した過去の自分を殴り飛ばしたい。

 

 それでもまだサディア防衛の為の感謝の言葉や軍事的な討論であれば我慢はできた。感謝をされて不快感を示す理由もなく、軍事に関する討論であれば鉄血の機密の範囲内であれば喜んで我は行っただろう。だが、そんな会話が可能であったのは極小数であり、大多数の軍人は、全く別の会話を望んでいたのだ。

 

「なるほど、噂通りのお美しい方だ!シニョリーナ、どうぞ名刺をお受け取りください!この夜の出会いが私達にとって運命の女神様の導きである事を祈りましょう! 」

 

「……受け取ろう」

 

 酒の効能のせいなのか高いテンションを維持しながら名刺を渡してくる青年にできる限り無表情で対応しながら懐にそれをしまう。知らない士官から名刺を受け取ったのは6回目だ。後で暖炉でバレないように燃やしてしまおうかと思案していると、今度は別の男がワインを片手に話しかけてくる。

 

「シニョリーナ!ワインは如何でしょう?サディア、アイリス、なんでしたら戦勝記念にロイヤルのワインもありますよ!もしよろしければこの後二人きりでお互いの出会いを祝って乾杯を! 」

 

「……すまない、ワインは苦手なのでな。それに仕事も残っている」

 

 精一杯表情を引き攣らせないように鉄面皮を顔に貼りつけて拒否すると、今度は続けて別の男が話しかけてくる。もうこんなことの繰り返しだ、内心うんざりするがそれを顔に出さず、皮肉すら言えない状況にストレスは少しずつ蓄積していく。こんな事なら生と死の狭間で競い合うセイレーンやイラストリアスとの血が沸る戦いの方が余程楽しかったと思わず口に出しそうになるが、必死でそれを堪えてみせる。

 

 

 何が酷いかと言えばこれらの誘いは『まだ』マシな話を抜粋したに過ぎない、それは明らかな、いわゆる男女間の付き合いを目的としたナンパ目的の誘いだ。黒色のドレスに身に纏った我に多くの貴族や軍人が話しかけてくるが、その多くはデートの誘いや中にはこの後家に来ないかという誘い。流石に段々と対応が短くなり、鉄面皮を貼り付けながら断ってはいるが、どれだけ断っても次から次へと誘いはピストン輸送の如くやってくる。サディアの国民性は情熱的と聞いたがいざターゲットになるとこれ程鬱陶しいものとは想像もつかなかった。

 

(それにな……いい加減、胸をガン見するのはやめてくれないか)

 

 我がイラストリアスとの航空戦に勝利してサディアを救う中心的な役割を担ったのは客観的に見てもそうであるが、恐らくそれはあまり関係ないだろう。ドレスのデザインの所為だろうか?自らのパックリと開かれて谷間が強調された豊満な胸元を見ると、ため息をこぼしてしまう。

 

 彼らがやたらと声をかけてくるのは恐らくはこの胸のせいだろう。女性は胸への視線に敏感だという話はあるがそれは事実。多くの男が内心劣情を隠しながら我の胸を見ながらナンパに挑み、あわよくば男女間のまぐわいを望んでいることは嫌でも気が付いてしまう。

 

 自意識が過剰と当初は思ったが、何十人もの男性に胸を見られてしまえば嫌でも理解してしまった。皆はこの胸を目当てに話しかけてくると。男性であればある程度は仕方ないと理解はしていようが、短期間の間に多くの男性から胸を見られながらナンパを続けられれば流石に精神的にダメージは受けてしまう。劣情はあっても悪意はない、そう思っていようがキツいものはキツいのだ。

 

 

 

 今も数人の男性に囲まれて夜景をみないか?明日食事でも?今晩家に?も誘われているがどう断ろうかと頭を悩ませる。あまりに無礼では問題があるので適当な理由をつけて断っているが中にはしつこい男もいる。下手すれば卿との付き合いが無ければ我は男性嫌いに陥っていたのではないか?とふと思いながら、このパーティーで我が無礼な態度をとればそれが火種になりかねない事実に頭が痛くなる。

 

「あー、すいません!皆さん少しお邪魔しますね!ちょっと彼女と話がありまして! 」

 

 いい加減に我は男女付き合いに興味はない。いっそ我はレズビアンな同性愛者であり、ついでに性的倒錯者であるとでも伝えようか?とヤケになろうとしたところ、男達の後方より見知った声が耳に届く。

 

 タキシード姿で一瞬誰か判別できなかったが、茶髪の温厚そうな青年は焦った様子で我の手を掴む。恐らく我を救う為の演技だろうと一瞬で理解して、呆気を取られるサディア人に我は一言付け加える。

 

 

「あぁ、卿か。準備なら出来ている。申し訳ないが、戦友と少し用ができたのでな?失礼させてもらおう」

 

 軽く一礼をしながら鉄血艦隊の指揮官であるヴァイスクレー・ヘルブストにグイグイと手を引かれ、我はパーティ会場を急いで後にする。我を引きずるように進んでいく卿との間には会話の一つもなく、掴んだその手から温かな温もりを感じてしまい、それにどうしても心地よい安らぎを感じてしまうのは何故なのだろうか?

 

 やがて二人で無言で歩き続けた先にたどり着いた場所は、今は人気もないロイヤル風に洗練された庭園であり、中心には噴水が水を溢れさせていた。目立たないとはいえこのような場所が存在していたことに少し驚きを覚えるが、恐らくこの場所はロイヤルの上流階級が茶会をする為の場所なのだろうと納得する。

 

「…っと、悪いね。余計なことしたかな?グラーフがちょっと嫌がっていたからここまで引きずってきたけど……」

 

 サディア人に支配され、今はその役目が放棄されたこの庭園を見渡していると、指揮官は申し訳なさそうに我の手を離す。その瞬間温もりが消えてしまい、ほんの少しだけ寂しさを感じながらもそれを口には出さずに、彼に感謝の意を示す。

 

「……すまんな、少し卿を利用させてもらったぞ」

 

「まぁ、仕方ないかも知れないけどお疲れ様。大人気だったねー」

 

「茶化すな。全く……我にそこまで集まる必要もないだろうに……」

 

 

 ふう、とため息を吐きつつ軍事ならともかく身体目当てでくる相手に声をかけられても嬉しくもなんともないと思いながら、憮然と近くのベンチに座れば、無言で指揮官も横に腰掛ける。パーティー会場の窓から漏れる光が噴水を照らして、噴水を軽く覗き込めば三日月が水面に浮かび、周辺の庭園の花々も月明かりに照らされている。

 

 

 もし、このマルタ島が陥落しなければ戦勝記念のパーティを開いていたのはロイヤルネイビーの面々であり、今もイラストリアス達はここでお茶会を嗜んでいたのだろうか?主人が変わったこの庭園は恐らく手入れこそされるが、もう二度とお茶会が開かれることはないだろうという事実に少しだけ寂しさを感じてしまう。

 

「でも、まぁ仕方ないんじゃないかな?今回の戦いはグラーフの活躍の影響が大きいんだからと、そりゃ注目だって集まるさ」

 

 指揮官はやがていつの間にか用意したチョコレートを口に含みながらそう言えば、もう一つのチョコレートを我に差し出す。甘党の彼に言われるがままチョコを口に含めば舌の中で甘いチョコレートがとろけ、疲れた精神と肉体がほんの少しだけ回復した。

 

「公式記録では間違いなく世界初のkansen同士空母対決で勝利したのが君で、しかもその……グラーフは美人さんだからさ、そりゃ引く手数多になるよ」

 

「酔っているのか、卿? 」

 

「ちょっとだけさっきワインを飲みまくったからかなー、でも嘘は言ってないよ、うん」

 

 そう言う彼の言葉に不思議と喜びを感じつつも、彼の表情を観察すればいつもと比べて少しだけ赤くなっており、息にほんの少しだけアルコールの臭いが混ざっていた。このサディア滞在で卿は甘いワインに目覚めたと口にしていたが、わざわざ顔が赤くなるまで飲むとは何かあったのだろうか?と少し疑問に感じてしまう。

 

 

「さっきさ、リットリオと二人で話してね俺……『英雄』になることにしたんだ」

 

 何かあったのか?と口にしようとした途端、先手を取られて指揮官はボヤく様に言葉を漏らす。我も通信装置を用いたリットリオとビスマルクの会談の際に彼らの会話を聞いており、議題の一つとして彼をプロパガンダに利用したいとリットリオが口にしていたことを思い出す。

 

 この様子であれば恐らく卿はリットリオの提案に賛成し、サディアと鉄血を結ぶ為に自らが『英雄』としての道を歩み始めることに合意したのだろう。だというのに彼からは高揚感や喜びという感情は伝わらず、何処か疲れた雰囲気に包まれていた。

 

「本当に、俺が着任してから色々あったね。まだ三ヶ月も経ってないって信じられないよ」

 

「そうか……体感的には、卿との付き合いは三年近くに感じてしまうが」

 

 ふふっと笑みをこぼしてそんなことを話す指揮官の言葉に、ふと今日の日付を思い出す。確かに我らが卿と過ごした日々はまだ三ヶ月にも満たないが、まず間違いなく彼と出会ってからの日々は我の人生で最も濃密な出来事だったといえるだろう。

 

「本当にねぇ……着任日にロイヤルとセイレーンと戦いあって、レス島でロイヤルに襲われて、ピュリファイヤーと話し合ったかと思えば今度はロイヤルと異国の地で戦って……」

 

「まず、間違いなくロイヤルとこれ程に交戦したレッドアクシズの部隊は世界に存在しないと断言できるな。卿も気をつけろ、いつかロイヤルに暗殺者を差し向けられても知らないぞ」

 

「ははっ、いやまぁ多分きっと……恐らく……うん!基地に戻った後は出来る限り引きこもって生活するから問題はないね!!それに君達やマンジュウがいれば安心出来ると信じてるから! 」

 

「以前も話したが、このような場面であれば逆に男が女を守ってやると強く抱きしめるようなシーンだと思うのだが?」

 

「はっはっ、何を言うんだグラーフ君!俺を馬鹿にするなよ!俺如きが武装もしてない君達に勝てる訳ないだろう! 」

 

「……自分で言っていて虚しくならないか?」

 

「うん、めっちゃ虚しい、鉄血に帰った後ちょっと身体も鍛えてみようかな……」

 

 はぁーと強くため息を吐く卿を見ていると思わず吹き出してしまう。それを見て更に頭を抱える卿には悪いが冗談を言い合えるこのような関係に居心地の良さを感じる自分がそこにいた。

 

 思えば直感を信じて彼を自らの指揮官としてビスマルクに頼んだあの日の決断は間違ってなかった。本当にこの指揮官は見ていて面白い。そして何よりも話していて心が落ち着き、率直に言えば楽しさを感じてしまう。それまでの我であるのならこうして軽口や冗談を口にしたり、人前で吹き出しそうになるなんて想像も出来なかった。我も、いやシュペーやヒッパーもヴァイスクレー・ヘルブストという人物によって変化していったという証拠なのだろう。

 

 最早彼はヒナではない。確かにあの海戦を経て重大な欠点が判明してしまったが、それは我が寄り添い、時には殴ってでも矯正しよう。数々の糧を得て『英雄』になりつつある卿は間違いなく、あの第二遊撃艦隊のプロイセン指揮官のように、鉄血艦隊に無くてはならない存在になっていくだろう。

 

 そして、もしかすると……陣営同士の戦いを終結させ、本来の元の世界を。我の知らない、殺し合いのない平和な時代を作り出す一員になるかも知れないというのは、いくらなんでも高望みし過ぎなのだろうか?そんな事を思いながらも我はしばらく卿との会話を続けていたが……

 

 

「本当にね、今までグラーフ達には迷惑ばっかかけてるなぁ……」

 

 やがて過去を回想するかのように今までの、彼と出会った後の日々について何気なく話し合っていると、ふとした瞬間、今まで苦笑しながらも会話を続けていた彼はそう呟きを漏らしていた。そんなことは今更だろうと先程の意趣返しのように皮肉を口にしようとするも、その横顔は20歳とは思えない程に老け込んで見えて疲れているように感じてしまう。

 

「もしや……卿は不安なのか?『英雄』になることが」

 

「うん、正直に言えば不安だよ。本当にね……俺なんかが『英雄』を演じきれるのかなって」

 

 これまでヴァイスクレー・ヘルブストという人物は、自らがどれ程までに追い込まれても、それを滅多なことでは表に出すことはなかった。それはイオニアの海戦を経て自らの欠点……人として当たり前の自己防衛本能が希薄であり、自身の命に無意識のうちに執着が無いという事実を理解した上で、ようやく物事を抱え込まずに我らに頼ることを覚え、その不安を口にするように成長した結果なのか。

 

 それとも我「だけ」を特別に信頼して弱音を吐いてくれたのか、それとも最早弱音や不安を他人に言わなければならない程に追い詰められ、ポーカーフェイスで隠すことすら出来なくなるほどに精神が疲弊していたのか。辛そうな横顔を眺めながら素直に弱音を口にする卿の胸中を読むことは、悔しいが我には不可能だった。

 

 

「俺さ、嬉しかったんだ。世界にはセイレーンの所為で理不尽に命を奪われた人が何人もいて、そんな報告を子供の頃にラジオで何度も聞いては怒りと何も出来ない自分に虚しさを覚えていた……そんな時に軍から君にはキューブ適性があるよって伝えられて、指揮官になれるって通知が来た時は本当に……嬉しかったんだ。丁度5年前のこんな夜だったかな?軍人さんが家にやってきて説明してくれたのも」

 

 彼は、我に語っているのだろうか?それとも心の整理を付ける為に無意識に言葉を紡いでいるのだろうか?何れにせよ彼は初めて指揮官となる前の、自身の過去について話し出す。

 

 

「自分が努力して勝ち取った訳ではないけどキューブ適正がある、だから俺は責任を持って戦おう。俺が生まれた時には既に戦争中だったけどさ、もう死んだ祖父母の時代はセイレーンも現れなくて、争いはあったけどそれなりに平和だったって聞いて、子供なりに使命感に燃えてね……この世界を平和にしてやるぞー!誇り高き鉄血公国の軍の一員になってセイレーンに奪われた海路を奪還して怯えずに済む世界を作り出すぞー!セイレーンめ俺の手で皆殺しにしてやるぞー!ってその夜は眠れなかったなぁ……」

 

 ノスタルジックに懐かしさを感じ、思い出すようにそう卿は口にする。産まれた瞬間から役割を与えられた我らkansenと違い、それまでの卿はごく普通の人生を歩んでいた。そんな彼がキューブ適正があると知った時、戦いへの恐怖や軍の圧力ではなく、普段は穏やかな性格の彼がそこまで素直に喜んでいたことに少しだけ驚きを隠せない。

 

 

「俺の手には力があるんだ。戦いたくても戦えない人達と比べて、キューブ適正があって指揮官になる道がある。だから少しでも世界をマシする為に、愛する祖国と家族を守るためにヴァイスクレー・ヘルブストという少年は青春全てを軍に捧げて指揮官になりましたとさ。まぁ、ありがちな志願理由だよね、結局その後は何度机上演習しても敗北して指揮能力が低いだの、船の上でゲロ吐きまくるだの、風の噂でまだ小学生くらいの指揮官が活躍してるって聞いてプライドも鼻っ柱もベキベキにへし折られたけどね」

 

 彼は苦笑をするが、恐らく指揮官となる為のその道は険しく並大抵のものでは無かったはずだ。キューブ適正の結果、本人の志願で指揮官となると決めようが、様々な要因によって心が折れてしまいやがては辞退をする人間も少なくはない。それでも彼は今、こうして我の横に立っている。それまでどれ程の苦悩や挫折を味わったのか、彼はそれ以上の言葉は口に出さなかった。

 

 

 

 

「でもね、だからはっきりわかるんだ。俺は智者でも賢者でもなければ、本当の意味での『英雄』じゃない。おれが『英雄』になれたのは間違いなく皆のお陰だ。だからさ……怖いんだよ本当は……! 」

 

 それは抱え続けてきた彼の心情の吐露でもあったのだろう。酒の効能やリットリオとの会話によって引き出された今まで秘められてきた彼の本音。それを黙って我は彼の横で聞き続けていた。

 

 

「バルト海海戦以降、がむしゃらに戦い続けたらこんな遠い所に来てしまってさ。本当に色々あったよ。守りたいものも増えた、失いたくないものも増えた。大切なものも増えて、戦う理由も増えた。そして、自分のダメな所も同じくらい分かったんだ」

 

「卿……」

 

「怖いよ。グラーフ。俺にとってグラーフ達は大切な仲間なんだ。守りたいし、絶対に死んでほしくない。自分の命に代えてでも守りたいと思ってる。でもね、俺にはそれと同じくらい相手を殺すことへの忌避感とか躊躇いもあるって、あの海戦で分かってしまったんだ……まだ、俺には人を殺す意思も、君達に殺せと命令する覚悟もなかったんだよ……!」

 

 小声であった彼の声は感情の昂りと共に大きくなっていく。既に世界は11月であり肌寒さを感じる季節ではあるが、その寒さは関係なく、凛々しいタキシード姿の彼は、苦悩のままに幼児のように震えていた。

 

「あの時、イラストリアスの命を救おうとしたのは完全な自己満足で、そのために君達にどれだけ迷惑をかけたのか。そして君に命に執着がないと指摘された時に変わろうって。もう二度とこんなことはしないって誓って、マインツにもこのままじゃ、取り返しの付かない事態を招くから覚悟を決めろって言われて変わろうって約束もしてさぁ……だからこそ、リットリオの提案を引き受けて、英雄を演じようとしたんだけどさぁ……! 」

 

 拳を握りしめた指揮官の目には一筋の涙が伝っている。そして、彼は全てを吐き出すように最後の言葉を口にした。

 

 

「グラーフにはもっと自分を大切にしろと言われたけど、本当に俺は変わることが出来るのかなって……夢を叶えることはできるのかな?このままでいいのかな?皆を守ることはできるかな?俺は本当に相手を殺す命令を出せるのかな?俺は……皆の望む指揮官をやれるのかなって……!! 」

 

 彼の最後の言葉の後に、我はしばらくの間何も言葉を発せなかった。我は彼を追い詰めた要因が自身にもあるのではないか?彼の苦悩の一片でももっと早く気がつければここまで卿を苦悩させることは無かったのではないか?と思い、罪悪感が胸中を支配しており、彼も女性である我の前でここまで弱音を吐いた事実に気がつき、一瞬だけ目を見開くと気まずそうに言葉をそれ以上は発しなかった。

 

「あー……その、ねっ。ごめん、さっき飲みすぎたからちょっと酔ってたよ。酔っ払いの愚痴なんて忘れてくれ。巻き込んでごめんなグラーフ。じゃあ、ちょっと水でも飲んで反省してくるよ」

 

 数分後、恥ずかしそうにする彼は顔に笑顔を貼り付けて我にそう言いながら立ち上がると、パーティー会場に戻ろうと背中を見せる。

 

 恐らく今声をかけなければ我と卿との関係は変わらずに、この日のことなんて忘れていつもの心地の良い日々を送ることが出来るはずだ。あの言葉は全て世迷言であった、彼はやがて一人で抱え込むが彼なりに自己で悩んで解決し、少しずつ成長していくだろう。

 

 

 我は何もしなくても良い、恐らく今までの我であるのなら愚痴られた事実を面倒くさいと切り捨て、当人の心の整理がついていない以上、部外者である我は下手に介入すべきでは無いと結論づけ、彼の背中を見送っていただろう。

 

 しかし、今の我にとっての目の前の男は部外者ではなく同胞であり、戦友でありそして……我が初めて失いたく無い、守りたい大切な存在で。

 

 

「……全く、卿のその部分の矯正には、気長に付き合っていくしかなさそうだな? 」

 

「んっ、えっ、ちょっ……グラー……!? 」

 

 気がつけば、彼の背中に手をやり、そして正面を向いた彼を優しく抱き寄せていた。

 

 こうして人を抱きしめた経験なんて短い人生を思い浮かべれば産まれて初の経験だろう。密着した異性の感触に思わず頬は赤くなり、唐突な出来事に焦る指揮官を尻目に我は抱きつくのを辞めはしない。あんなに先程まで異性に胸を見られていて不快に思っていたというのに、彼ならば不思議と胸を密着させて抱きつくことに躊躇いはなかった。不快感はなく、むしろ心地良いとすら感じてしまうのは何故なのだろうか?

 

 

「……あー、いや、そのねー…」

 

「あの日、イラストリアスを見つけたのは誰だ?そして、それに臆せず、直ぐに指揮を出せたのは誰だ?ウォースパイトを降伏させようと交渉したのは誰だ?バルト海で、レス島で、タラントで、今まで我らの指揮をとっていた人物は誰なんだ?  」

 

 緊張する彼を更に強く抱きしめて、我は彼に想いを伝える。恥ずかしさはある。しかし、今口に出さなければ、きっと卿は一人で更に悩み抱え込むという事実を理解したのだから。

 

 

「必要ならば何度でも言おう、必要ならば何度でも抱きしめてやろう。卿は、もっと自らに自信を持ちたまえ、貴方のお陰で我々は戦える、貴方がいるから、我々は前に、未来に向けて歩みを止めずに進めているのだ……我らの指揮官であるならば、もっとそれを自覚するんだ」

 

 こうして抱きしめていると彼の表情を見ることが出来ないのが少し残念だ。しかし、少なくても彼の震えは既に止まっていた。

 

「そして、必要ならば幾らでも我らは支える、だから一人で抱え込むことも、あの時のように勝手に行動する前にも、まず我らに頼って欲しい。我が同胞のために鉄血の力とならんことを。それは自身が同胞と鉄血の為に働くという意思表示だけではなく、鉄血は同胞を見捨てない。必死に戦い続ける同胞を、常に支え続けるという言葉でもあるんだ」

 

 

 我が同胞のために鉄血の力とならんことを。

 

 鉄血の栄誉軍功章を始めとする全ての勲章に刻まれたこの言葉は、鉄血艦隊の異名を示し、国家と軍に忠誠を捧げ、武勇の誉を心身に刻みつける為の言葉だけではなく、鉄血は決して同胞を見捨てないという意思を示すための決意の言葉。

 

 その意味では指揮官は鉄血艦隊の一員として最も大切なこの言葉の真意を忘れていた愚か者といえるだろう。鉄血は公王陛下への忠誠でもなく、自由や信仰ではない。戦い続けるのはただ同胞のために。喜びも、悲しみも、怒りも、痛みも、全て分かち合える同胞が側にいる。だからこそ、これからは……。

 

 

「卿は我らの同胞であり、同じ運命を背負う戦友であり……失い難い大切な存在だ。だから共に歩もう、我もシュペーもヒッパーも常に側で卿を支えてみせる。これからは一人で悩まなくていい。少しでも不安があれば誰かに相談して欲しい。卿も共に前に進むために、自信が無いのであれば我らが側にいて、常に卿の支えになると自覚した上で、ゆっくりと矯正していこう。その胸元の鷲章の様に、卿が大空を羽ばたく大鷲になる為にな」

 

 

 我は世界を憎んでいた。我は世界に絶望していた。産まれたその瞬間より艦歴の影響によって虚無感や絶望感が胸中を蝕み、国家の為にその身を尽くしながらも、いっそ世界なんて滅んでしまえと憎悪していた。

 

 しかし、今の我は最早変わってしまった。キール第三基地での日々は我に変化を与え、今では憎悪ではなくシュペーを、ヒッパーを、そして指揮官と過ごす日々を失いたくないと思ってしまっている。

 

 ふふっ、我をここまで変えた以上責任を取って貰わなければならん。我に様々な影響を与えた貴方には、悩みを全て解決した上で、それなりに幸せな日々を掴んで貰わなければ、我が納得は出来ないのだから。監督責任という奴だ、我が選んだ指揮官なのだから、その行き着く先を見るまでは死ぬ訳にはいかないのでな。支えさせてもらおうか。

 

 

 

 

 

「一体何回怒られるんだろうな、俺って」

 

「怒っては無いさ。悩むなら我でもシュペーでもヒッパーにでも直ぐに相談しろと言っているだけだ」

 

 やがて抱きしめることをやめて身体が離れると、恥ずかしそうに卿はそう口を開くので、少しだけ呆れつつもそう返答する。我は卿に皮肉を言うことなら何度もあったが、余程のことがない限りは理不尽に怒らないのだから。

 

 

「まあ……あれだね。ここまでされて変われませんでした!なんて言ってられないし……うん、まあ頑張って少しずつ変わってみるよ。悩みを口にする事はあるかも知れないけどその時は相談よろしくな」

 

「ならば、もし、また同じように悩むのであれば、またこうして抱きしめてやることにしておこう。ただ相談はともかく、シュペーとヒッパーには無闇に抱きつくなよ。まぁ、ヒッパーは難しいかも知れないがシュペーであれば卿が頼めばそれくらいなら許すだろうが……」

 

「いやぁ、それはちょっと2回目は……男として、恥ずかしいかな?」

 

 少し照れながらふふっと卿は苦笑する。やはりこうでなくてはな。辛気臭い我と違い卿はこうして笑っている方が似合うのだから。これでパーティーで助けてくれた恩は返したということにしておこう。

 

 こうして我らはパーティー会場に戻っていく。もう一度サディア人に囲まれるのはゴメンなので、結局パーティーの最後、シュペーやヒッパーと合流するまでは卿と過ごすことになったが、それなりに楽しい夜を過ごせたということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうして、支援に駆けつけていただいた鉄血公国の皆様……彼らが、彼女達がいなければ、今、私達はこうして楽しい夜を過ごすことは叶わなかったでしょう。鉄血艦隊の勇気を讃えましょう!卑劣なロイヤルを打ち破ったレッドアクシズの未来に祝杯をあげましょう!そして、英雄、ヴァイスクレー・ヘルブスト指揮官が率いるフローテ・ディ・サルヴェッツァ(救国の艦隊)に心よりの感謝を!!」

 

 

 こうしてヴィシアの使者との会談を終わらせた途端、猛スピードで会場に戻った総旗艦は疲れを見せず、パーティー会場の中心にて、タキシード姿の鉄血艦隊の指揮官の手を握り締め、貴族、軍人、そして軍の息がかかったマスコミに鉄血とサディアの友情を示し、指揮官は照れつつもその姿を見せ、会場は万雷の拍手に包まれる。

 

 この時に撮られた写真が『英雄』の経歴と共に新聞に載るのは、もうしばらく時間がかかる。しかし、発行されれば確実にサディアと鉄血の国民感情は良好となり、それは同じレッドアクシズである、ヴィシア聖座にも少なくない影響を与えるだろう。

 

 こうして騒がしいパーティーも終わりを迎え、いよいよ鉄血艦隊の帰還の日は近づいていき、世界に影響を与えたサディアでの滞在は日々はいよいよ、終わりを迎えようとするのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビスマルク様!? 」

 

 少年は顔面蒼白になり、地面に倒れ込むビスマルクに向かって駆け出していく。緊急ボタンを押し込みビスマルクの生体艤装を急いでパージするとその手を掴んで脈を計る。息があることに安心するが、予断は許さない状況だと理解。即座に通信機を掴み、叫ぶように通信を送る。

 

「レーベ!ティーレ!今すぐ医療班を!!、グナイとシャルンは本部のティルピッツ様に連絡を!急いで早く! 」

 

 少年は内心パニック状態に陥っていた。敬愛するビスマルクに後遺症が残れば、それは全て止めなかった自分のせいだと罪悪感で喉まで胃液が込み上げてくる。それでも適切な処理が可能だったのは、それまで最前線で戦い続けた指揮官としての、鉄血軍人としての経験の為せる業なのだろうか?

 

「これは……こんな物があるから……! 」

 

 そして憎々しげにとある物体を睨みつける。それは先程までビスマルクが掴んでいた物。正面に設置された標的の無人の老朽艦を穿ち、一撃で、幼い子供が捩じ切ったかのような状態に追い込む要因となったエネルギー源を。

 

 

 ────黒いキューブは、禍々しい紫色の光を、今も放ち続けていた。

 

 

 

 

 




・我が同胞のために鉄血の力とならん事。
元ネタはアズールレーンゲーム内の勲章保管室の鉄血栄誉軍功章の一文、鉄血は多くの公式資料にて同胞との絆を重視する国家である事が強調されており、同胞愛であれば全ての陣営の中で最も強い国家と言えるでしょう。

・指揮官の悩み
実の所既にシュペーには指揮官は自らの不安を吐露していますが、あくまで無意識なものでシュペーの膝枕で甘えた事は覚えていますが、その心情については覚えておらず、こうして指揮官が他者に不安や本音を口にする事は極めて珍しい事でした。イオニア海海戦は歴史や国だけではなく確実に参加者の心境に変化を与えています

・プロイセン指揮官
 序盤に登場した第二遊撃艦隊指揮官の名前。本名アードラー・プロイセン。眼帯を身につけた14歳の少年。背筋は同年代よりもかなり小さく、若年ながらも10歳で指揮官に配属され、遊撃艦隊を率いてセイレーン艦隊と交戦しており、ビスマルクが最も信頼する指揮官の一人としてあげられている人物。本人もビスマルクを「ビスマルク様」と呼び絶対的な忠誠を捧げている。
 シャルンホルスト、グナイゼナウ、Z1、 Z2とは家族のような硬い絆で結ばれており、また彼の存在が現在の鉄血公国の指揮官の待遇に大きな影響を与えている。
 趣味は哲学本を中心とした読書とペットのカナリア達のお世話。ヘルブスト指揮官とは直接的にはあった事がないものの、幾度か戦場を共にしている。

 元ネタは別ダイスの鉄血指揮官。実はとある理由から廃人状態に陥った事があるなど、かなり苦労を重ねてきた人物であるのですが、それもいつか番外編として描写予定。

・黒いキューブ
No data……






またアンケートを新たに実地させて頂きます。
内容は原作ダイスには登場しないものの、今後の展開によってはゲーム内に新規に登場するkansenをストーリーに影響がない程度に登場させるか否か。

 例えば長門の従者としては江風が挙げられていましたが、最新のイベントでは海風、山風といった新たなる護衛が登場しましたし、2020年11月30日より始まったこのダイスの時点ではグラーフ・ツェッペリンの妹であるペーターやヒッパーの妹であるタリン、ヴェーザーなどは実装されていませんでした。

アンケートでは今後の展開によっては物語が余りにも逸れない程度にダイス原作以後登場したkansenを登場させるか、それともダイス原作に忠実にペーターなどは登場させるべきではないか。
元ネタであるGMの方には好きに製作すればいいと許可を頂きましたが、皆様の意見をお聞かせください。

それでは次回はいよいよサディア滞在編の最終回!コメント、感想、評価などをお待ちしております……

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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