鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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第三十一話 新たなる出会い。そして最後の朝

 畳の独特な匂いが充満する応接間で待つ俺にとっては見るもの全てが鉄血と違って新鮮に思えてくる。桜とキジが描かれた掛け軸に、紙で作られた屏風に、立て掛けられた刀などは鉄血で見ることは不可能と言い切れるだろう。同じ欧州であるサディア帝国とも全く違う文化圏の独特な雰囲気に感動と同時にカルチャーショックを受けてしまう。

 

 差し出された緑色の緑茶を口に含めば、喉の奥まで感じる苦味で思わず顔を顰めてしまう、重桜人はこれを好んで飲むのかと驚きを隠せないが、よく考えれば鉄血のコーヒーも似たようなものか。砂糖や蜂蜜でもぶち込んでやりたいが流石に相手にそこまで要求するのは失礼なことこの上ないので辞めておこう。

 

 あぁ、でもこの和菓子美味しいな。お茶の横に置いてある紫色の物体を口に含んでみれば、口の中に食べたことのない未知の甘みが広がっていく。聞けば甘い豆を砂糖で煮たアンコという代物で特殊な米を包んだオハギという名前らしい。見た目こそ少しグロテスクに感じてしまうが、クッキーやチョコレートともまた違う甘味に思わず感動する。これだけでもこの商船に招かれて良かったと思うが、まだ油断は禁物だ。

 

「あんた、よくこんな時にバクバク食べられるわね……」

 

「そうか?美味いぞヒッパー。せっかく用意して貰ったんだから食べない方が失礼だと思ってね?ほら、ヒッパーも食べなよ、なっ?」

 

 呆れたような目で俺を見ながら傍で座布団に座るヒッパー。彼女はそわそわした様子で無言で部屋をキョロキョロと眺めていたが、やがて堪忍した様子で躊躇いがちにオハギを口に含むと、ほんの少しだけ目を見開く。その後は小さな口を何度も動かして無言でオハギを口にする。どうやらヒッパーも気に入ったようで何よりだ……なんて思っていれば、ドアから軽くノック音がコンコンと3回程部屋に響き渡る。

 

「二人ともお任せにゃ〜、ちょっと色々と忙しくて、待たせることになって本当に申し訳ないにゃ!」

 

 

 ドアを開いてやってきた人物は正に猫の擬人化としか言いようがない女性……いや女の子だ。背丈は七歳児くらいだろうか?長い緑髪に袖の部分が長くて全て覆われてしまっている手元、そして何よりも目を引くのがその頭頂部でピクピクと動いている二つの猫耳。重桜人は何らかの理由で人の身でありながら、皆動物のような身体的特徴を持っているらしく、写真だけでしか見たことはないが、かの有名なトーゴー提督も山羊のようなツノを持っており、教本を見た時に軽く衝撃を受けたことが懐かしい。

 

 目の前の女性、工作型kansen明石も例外ではなく、彼女は猫の特徴を受け継いでいるようだ。他にもこの商船の応接間に案内されるまで犬の耳や、鳥の羽。複数の狐の尻尾をもつスタッフ達と遭遇しており。変わりどころでは神話に出てくる鬼のようなツノを持つ女性まで存在しており、思わずじっと眺めてしまいヒッパーに無言で小突かれてしまったことも反省はしている。

 

 

 

「あー、お気遣いなく。それに美味しいですね、これ」

 

「むっふっふ、喜んで貰えて何よりにゃ♪もし気に入ったのならいくらでも用意するにゃ!ただし、おかわりは有料なことをお忘れなくにゃ♪」

 

 冗談なのか本気なのか分からない言葉を口にしながら、ヨイショと座布団をどこからか取り出すとドカリと音を立てて彼女は座り、予備のカップに緑茶を入れてずずりと喉の渇きを癒す。やがて「にゃ〜」と軽く鳴きながらこちらを眺め、やがて俺達二人に口を開いた。

 

「ムフフ、今回鉄血の指揮官を呼び出したのは他でも無いにゃ。この取引はきっと双方にとって利益があるから、鉄血に損はさせないにゃ。よーく考えてから答えて欲しいにゃ! 」

 

 勿体ぶらずに単刀直入に話を切り出せとヒッパーが無言で圧力をかける中、明石は知ってか知らずか、わざとなのか素知らぬ顔。マイペースに会話を行っているが、話に取り込まれないようにと微笑を浮かべながらも俺は警戒を忘れなかった。そして緑髪の猫娘は決定的な言葉を口にする。

 

 

「今から明石の船団は予定を変更してサディアを出て、そのまま鉄血本国に向かって商売させて貰うにゃ。もし皆が鉄血に帰るなら艦隊の皆にそれまで護衛を頼めないかにゃ? 」

 

 そう、『アズールレーン』の所属勢力である重桜の商人。そして重桜海軍に籍を置くkansen明石は、『レッドアクシズ』所属勢力である鉄血海軍の俺達に、可愛く上目遣いで要請するのであった。

 

 

 

 

 

 

 重桜という国について俺が知っていることはそこまで多くない。知っていることといえば。

 

・セイレーン大戦中に圧倒的勝利を収めてその名を轟かせた世界に名高いトーゴー提督。

 

・人の身でありながら動物のような身体的な特徴をもつ人々の住まう国。

 

・アイリス教国のように独自宗教を重視する国家であり、宗教指導者である巫狐と呼ばれる存在は国家の象徴であり、現在の巫狐はkansenであり同時に連合艦隊旗艦である長門という女性が担当している。

 

・世界屈指の技量を持つ空母kansenの部隊が存在しており、多数の空母kansenが所属しているということ。

 

 

 そして、歴史の表舞台に重桜が姿を見せてからまだ50年も経っておらず、セイレーンが出現するまで250年にも渡って鎖国体制だった国家だということだ。

 

 250年にも渡る鎖国体制は人類種の敵であるセイレーンの出現によって崩壊し、当時の巫弧が国際社会への復帰を宣言することにより、重桜は国難に立ち向かう選択を選ぶことになる。そしてロイヤルから技術投与を受けてkansen建造の技術を得ると凄まじい勢いで次々と軍備を増強していき、歴史に残る1904年の重桜海海戦では北方「帝国」との共同作戦によって領海に蔓延するセイレーンを誘い出し、これらを撃退。

 

 歴史に残る圧倒的な勝利はトーゴー提督の名と共に重桜のその力を世界に示し、衝撃を与えた。その後も『アズールレーン』の一員として発言力と軍事力は年々増していき、遂には四大国家の一員として、北方連合や旧アイリス教国以上の存在を世界に示すまでになるのであった。

 

 そう、重桜はロイヤルやユニオンと同じく『アズールレーン』でも重要な立ち位置を得ており、『レッドアクシズ』である鉄血とは砲火こそ交えていないが敵対、断交状態であり、民間の商船の行き来以外の交流は現在途絶えていた。

 

 だというのに目の前の商船団の代表は自らがkansenであり、重桜海軍に籍を置いていると話した上で鉄血と会談を行いたいとマルタ島でのパーティーを終えた後、サディア海軍経由で要請したようで……迷いつつも俺たちは承諾し、念には念を入れて、護衛のヒッパーを引き連れた俺は待ち合わせのタラント港にて、複数の商船の一つに乗り込み、こうして現在に至っている。

 

「なるほど……目的は分かりました。ですが鉄血艦隊の一員として聞かせて貰いましょう。何故、今まで断交状態だった重桜に所属する貴方は鉄血との取引を望んでいるのか。その意味や経緯について色々とね? 」

 

 内心驚きつつも、ひとまずは明石に俺はそう口を開く。そもそも何故重桜に所属する明石さん達はこんな敵地のど真ん中にいるんだろうか?交渉を行おうにも情報が少な過ぎる。なにせ相手はウォースパイト達と同じ敵対国の軍人だ。まずは相手の情報を引き出し、その上でこちらにとって優位になる状況を作り出さなければ。

 

「本当は……こんなはずじゃなかったにゃ!!正直サディアには損害賠償の一つでも請求したいところにゃ!! 」

 

 

 一瞬言葉を飲み込むと、途端に憤慨した様子で明石はサディアに怒りを露にする。耳は逆立ち、フシャー!とここには居ないアホ(リットリオ)への怒りを込めて威嚇するように声を上げる明石。余程溜まっていたのだろう、彼女は油断はできない相手だと理解したが少なくとも今この瞬間だけは裏表もなく本心からの感情であると理解できた。

 

「あのさ?怒ってないでこっちに説明してくれない?こっちとしてはなんで『アズールレーン』のアンタがこんな場所にいるのか説明して欲しいんだけど」

 

「んっ?ロイヤルに軍需物資を送るためにゃ」

 

「はぁ!? 」

 

 思わず唖然とするヒッパーに明石はまるで明日の天気でも聞かれたかのように、平然と答えてみせる。

 

「何を驚いてるにゃ、明石の船団は民間だけじゃなくて軍相手にも取引してるにゃ。重桜で作った食料、衣類、火薬、資材を同じ『アズールレーン』のロイヤルやユニオンで売り捌くことになんの問題があるんだにゃ?」

 

「ここは!!『レッドアクシズ』のサディア帝国よ!? 」

 

 こいつアホなのか?とでも言うように呆れてヒッパーを見つめる明石にヒッパーも当然反論する。成る程何となくだけど明石の目的が読めてきたぞ。

 

「つまり、本当はロイヤルと取引をするために君は商船団を率いていたけど、運悪く中継地点であるマルタ島は陥落して、『レッドアクシズ』の手に落ちた。そして民間船団とはいえ重桜海軍と縁が深い君達は『アズールレーン』としてサディアに拘束されて今に至る……ってところかな? 」

 

「話が早くて助かるにゃ。正確にはマルタ島に着く前にザラとかいう重巡に捕まってこんなことになったゃ……」

 

 

 どうやら予想は当たったようで、ため息混じりに明石は答えてみせる。喜怒哀楽の感情がコロコロと変わる姿はまるで本当の猫を相手にしているようだ、重桜人ってのは全員こんな感じで動物のような身体的特徴だけではなく性格も受け継いでいるのだろうか?と少しだけ疑問に思うも、その答えを聞く余裕もなく、ポツポツと明石は何故こんな所に自分達が抑留されたのかを話し出す。

 

 

「本当は明石達は、ロイヤルからの要請を受けてロイヤル本国に物資を送る予定だったにゃ。でも、このご時世、スエズ運河までは進むことができても地中海はレッドアクシズだらけの海。明石もトラブルに巻き込まれるのはごめんにゃ!だからロイヤルや重桜の国籍の船はヴィシアやサディアを刺激しないように深夜にスエズからマルタ島に向かって補給を受け、その後ジブラルタルに向かうルートを使うのが常識になっていたにゃ……」

 

 国際条約によって民間船の行き来こそ保証されているこの戦争だが、敵対国の民間船を軍が臨検するということは珍しくはなかった。実際鉄血本国に於いても民間船は全て軍に臨検された上での取引となっており、特にバルト海海戦でグラーフ暗殺部隊が偽造漁船に乗っていたのでは?という疑惑が濃厚になってからはその臨検も厳しくなっている。

 

 鉄血程ではないがサディアとヴィシアもそうなんだろう。やましい物資がなくても軍に臨検されれば少なくない時間を浪費するだろうし、最悪難癖をつけられて賄賂の要求ならまだしも、軍にしょっぴかれる恐れもある。明石の船団は民間船とはいえ軍と取引しており、彼女自身も重桜海軍に籍を置いているのだから正直サディアがこの船団は民間船ではなく、敵対する重桜海軍そのものだと認定される恐れもある。

 

 実際明石の商船団には艤装を身につけたらしい、kansenと思われる女性も複数人存在していた。昔ほどではないがセイレーンによって航路が脅かされているこのご時世、船団自体の武装や軍に護衛を依頼することはおかしくはないが、自前の装備で武装したkansenが護衛するには間違いなく、軍の息が掛かっているといってもおかしくはないだろう。

 

 明石の商船団は民間船とは名乗ってはいるが……艤装を展開可能なkansenが複数人いて、その代表は現役の重桜海軍に籍を置く軍人。そして船内には民間向けの物資だけではなく軍需物資も多数搭載しており、これでは『レッドアクシズ』に敵対国の艦隊と変わらないと認定されても文句は言えないだろう。

 

 

「明石達はその夜、眠気を堪えながら地中海を進んでいたにゃ。南部はセイレーンの前哨基地があるけどサディアに一度叩かれて鎮静化もしていて、後はサディアのパトロールに引っかからないように進めば問題ないと思ってたにゃ。何度も通った事もあって、仮にサディアに捕まっても明石達は誰が何と言おうが民間船で条約に引っかかることもしてないから、なーんにも悪いことはしてないにゃ」

 

 明石の言葉を聞いて、だったら昼間に堂々と向かえばと口に出しそうになったが慌てて言葉を飲み込む。例え重桜海軍の意向は関わらず、条約的には問題ないとはいえ、彼女が無用なトラブルを避けようとするのは当然だろう。

 

 もし仮に俺が彼女達を発見したとすれば、間違いなく本部に通信を送りつつキール軍港に拘束する。それは明石達も理解しており、自分たちが真っ白でクリーンな船団ではなくグレーどころか黒スレスレな武装船団で、重桜海軍と呼ばれてもおかしくはないことを承知している。だからこそ、無駄なトラブルを避けるために、船団は夜闇にスエズ運河からマルタ島に向かっていたそうだが……そこで彼女達に悲劇が起きた。

 

 

 

 

 

『この海域に存在する全てのサディア海軍に告げる!こちら鉄血艦隊!これより戦闘に参戦する!!!友邦サディアを襲うロイヤルの『卑劣な騙し討ちによる奇襲攻撃』を防ぐための迎撃行動を行う!繰り返す!こちら鉄血艦隊!これより戦闘に参戦する!!』

 

 

『錨をあげよ、サディアの戦士達よ!!侵略者から祖国を守るためにその力を貸して欲しい!!臆するな!!躊躇うな!!そして後ろを振り向く必要はない!!!我らの後ろには鉄血の同胞が……フローテ・ディ・サルヴェッツァ(救国の艦隊)がついているのだから!!国民の皆様にはあと少しだけ耐えていただきたい!!次の朝には朝刊に華々しい記事を大々的に載せることを総旗艦ヴィットリオ・ヴェネトは誓いましょう!!サディア帝国に栄光あれ!!!サディア海軍!!全力を以て……進軍せよ!!」

 

 

 そう、その日があのイオニア海海戦が起きた運命の夜であり、明石達は運悪く戦場のど真ん中を横断する羽目になってしまったのだ。

 

「総旗艦の演説を聞いて流石にこれはヤバいと思ったにゃ!だから慌ててスエズ運河に引き返そうとしたら、よりにもよってサディア海軍のkansenに見つかってしまったにゃ……」

 

 彼女も相当驚いたはずだ。あの海戦はいくつかの戦線に分かれており。

 

 ・俺達がイラストリアスと戦った戦線

 

 ・ウォースパイトを捕縛するためにリットリオ達が奮戦した戦線

 

 ・マルタ島攻略のためにロイヤルの無人艦とサディア海軍が交戦した戦線

 

 ・ヴィシア国境にてロイヤルの離脱艦隊が捕縛された戦線

 

 そして、逃亡する重巡ヨークを捕縛するために大捜査網が展開されていた戦線だ。

 

 重巡ヨークは赤い信号弾を撃ち上げてタラントへの空襲の合図を送ったkansenだが、グラーフ達の活躍によって奇襲攻撃が失敗した途端、即座に引き連れた無人艦を全て囮にして暴れさせると逃亡を開始。その様子は凄まじいもので、武装の多くを自爆させて海に沈めて少しでも逃亡速度を上げながら、たった一隻でザラさん達の部隊からの逃亡を図ろうとしていた。

 

 その結果、運が悪いことに国際運河であるスエズ運河の管理海に逃亡されてしまい、大勝利に終わったイオニア海海戦唯一の黒星をつけてしまったといえるだろう。国際運河であるスエズ運河では武装の類いの使用が厳禁されており、それに違反すれば世界から猛批判を受けて孤立しかねない。

 

 

 スエズ運河はエジプト国の領海ではあるものの、実質的には防衛を担っているロイヤル領だと言われており、そこから隣接するロイヤルのアレクサンドリア基地に向かうことも可能となっている。しかし、最早スエズ方面に逃げ込まれてしまった以上ザラさん達は目と鼻の先に敵に手を伸ばすことはできなかった。

 

 恐らく明石の船団がザラさん達に捕縛されたのはその前後だろう。ヨークを逃してしまい意気消沈しながらも、今も攻防が続けられているマルタ島に向かうザラさんやポーラさん達。そんな彼女に運悪く見つかったのが目の前の重桜の商船団という訳で。

 

 

「戦力的にはそのままサディア軍を蹴散らすことはできても、そんなことをしてしまえば重桜もサディアも取り返しの付かないことになってしまうにゃ。だから明石達は大人しく名乗った後、ザラ達の誘導に従ってタラントで大人しくしていたら、翌日の朝刊やラジオでマルタ島が陥落したって聞いて……正直こんなに頭を悩ませたのは明石の人生で10回もないにゃ……」

 

「それは、その……災難でしたね」

 

 トラブルに巻き込まれたことには同情しつつも、これに匹敵する鉄火場に最高9回近く突っ込んだ経験があるって普段からどんな商売してるんだコイツと内心ツッコミつつも、ようやく話は本題に入りつつあった。マルタ島は陥落して責任者の多くはサディアやヴィシアに拘束され、マルタ島が戒厳令で厳しく統制されて武器の取り上げなどが行われている今、マルタ島で商売をするのは不可能だ。緑茶を再び注いでズズリと一口に含み、明石は途端にニッコリと笑みを浮かべる。

 

 

「それで、やっとサディアに分かってもらって解放されたにゃ!でもロイヤルと取引するのは無理になって、サディアも忙しくて商売どころじゃない。でもせっかく苦労して運び込んだ物資を乗せてこのまま重桜に帰れば赤字になって勿体無いにゃ!だから明石は考えたにゃ、鉄血で売り捌けばいいってにゃ!」

 

「いや、だからそんなこと言っても、アンタは重桜海軍所属でしょ?」

 

「なに言ってるにゃ?それはそうでも、明石はれっきとした商人だにゃ?商売ができないなら別の取引先を見つけようとするのは当然だにゃ! 」

 

 ヒッパーの言葉に心底何を言っているのか分からないと言わんばかりの疑問に満ちた目を向ける明石に、比喩ではなく本当に頭を抱えているヒッパー。正直、俺だってヒッパーと気持ちは同じだが、情勢の変化に敏感とはいえ、赤字になりたくないから敵対国の総本山で取引と、ここまで思い切ったことを行動に移そうとするだなんて、この幼女の心臓には毛でも生えているのだろうか?と少し驚きを隠せない。

 

「サディアに断られた以上、隣国のヴィシアも選択肢にはあるにゃ。でもあのジャン・バールは何度か取引することはあっても基本的にケチだから飛び込みの営業は間違いなく門前払いされるにゃ……北方連合は同じアズールレーンでも危険過ぎてもっと護衛のkansenを連れてこないと安心して取引できないにゃ」

 

「だから、鉄血と?」

 

「そうにゃ!ビスマルクならちゃんと交渉のテーブルに着いてくれるはずにゃ!総旗艦の演説で幸い鉄血艦隊がサディア入りしてるとは知ってたから、こうしてお願いしに来たという訳にゃ」

 

 

 ビスマルクなら?と言っている辺り恐らく彼女は鉄血の陣営代表であるビスマルクさんと取引をした経験も過去にあるのだろう。現在は重桜との交流は途絶えているが戦前はロイヤル、アイリス、北方連合程ではないが国同士の交流もあり、そういえば移民者が鉄血で現在店を開いていたなとグラーフとの初デートを思い出す。

 

 

「まぁ、最悪ビスマルクにダメって言われても、鉄血経由でやっぱりロイヤルに送ると言えば、ロイヤルに物資を送りたくなく、かといって重桜との関係を悪化させたくないビスマルクは強権的な手段を取れずに嫌でも買ってくれるはずにゃ〜♪ 」

 

「はぁ!?にゃ〜♪じゃないわよ!鉄血に喧嘩売ってるのアンタ……!というかさっき自分は商人にゃ!とか言っておいて重桜巻き込む気満々じゃないの!? 」

 

「明石は別に重桜に要請しないにゃ?ただ明石が鉄血に無理やり拘束されたら『勝手に』邦人保護の名目で重桜海軍が動く可能性があるって言ってるだけにゃ♪ 」

 

「こ、い、つ……! 」

 

「はい、二人とも落ち着こうね。ヒッパーもステイ、ステイ。明石さんも本当にこっちに護衛頼みたいならもうちょっと穏やかにね?お互い穏便に事を進めたいだろ? 」

 

 

「ムフフ、話が分かる人は大好きにゃ♪ちなみに、鉄血艦隊の護衛が無くても、鉄血まで行くことはもう決定事項だからお忘れなくにゃ♪ 」

 

「ふぅぅぅ……はぁぁぁ……! 」

 

 笑顔でヒッパーを諌めつつ明石にそれとなく注意すれば明石は、にゃーにゃっにゃっと笑ってお茶を啜っており、ヒッパーは心を落ち着かせるために深呼吸を行なっている。ヒッパーは基本的には勝ち気とはいえ真面目な性格で、あまりこういう場面で口を挟まないのだが、余程自由人でマイペースな明石とはソリが合わないのかも知れない。

 

 とはいえ、後でヒッパーへのフォローをしておこうと決意しつつも正直なところ、本当に明石を鉄血に連れて行っていいのか?信用してもいいのか?と俺も迷いつつ、交渉相手に笑顔を見せながらもデメリットとメリットを天秤にかけ、脳は必死に稼働中だ。

 

 

 国際協定によってスエズ運河やユニオンが保有するパナマ運河は非武装地帯であり、同時に開戦間際に結ばれた条約によって理論上ではアズールレーンとレッドアクシズは戦争をしながらも海運による取り引きは可能。だがそれはあくまで理論上によるものだ。

 

 

 スエズ運河に近いヴィシアやサディアであれば今までは多少は貿易を行なっているかも知れないが、鉄血はレッドアクシズの盟主である上に重桜とはあまりにも遠すぎる。実際はアズールレーン陣営の船に関しては臨検なども厳しいために、交戦国同士での売買は殆ど行われておらず、鉄血国内に流通するロイヤル産の紅茶などは第三国経由で送られたもの。それはロイヤルから見た鉄血も同じだろう。

 

 しかし、明石の提案を受諾すれば鉄血は海戦以降途絶えていた重桜との貿易を再開できる。鉄血との関係が良好になるに比例して反ロイヤル感情が高まるサディア帝国のバスタブと化した地中海。マルタ島が陥落した結果、ロイヤルに辿り着くのも一苦労になり、現在のサディア帝国はロイヤルへの軍需物資の流れを断ち切るために、スエズ経由からの貿易船は民間船も含めて臨検に入るようで、軍需物資を満載にした取引はもはや明石の船団は不可能だろう。

 

 

 スエズ運河経由のルートであれば確実にサディアに目をつけられる。それならレッドアクシズと取引と言い切った明石は相当思い切りがいいが、勿論問題だってある。

 

 それは明石が重桜海軍にも所属しており、この商船団は民間組織と言いながらも実際は重桜海軍との関係が深いという事実だ。

 

 

 この船団で働く重桜出身と見られる人々は観察する限り元軍人らしき人物も多く、kansenの装備もどこか旧式らしき装備が多かったが、それはセイレーン大戦が終結宣言以後始まった軍縮条約が恐らく影響しているんだろうと俺は予想する。

 

 セイレーンを一時撃退したといっても各国の爪痕はかなりのものであり、支払った勝利の代償はあまりにも重かった。そのためにユニオン首都で行われた軍縮条約に北方連合以外の各国は賛同し、お互いを監視しながらどの陣営も覇権を握らないように調整をしつつ、艦隊維持に関する労力を減らすことで、国力回復のために内政に力を入れることを発表する。最もその条約もセイレーンの活発化やレッドアクシズの結成によって徐々に有名無実になってしまったけどね。

 

 新たなkansenや無人艦の開発は中止となり、海軍戦力は削減されていく。そしてこの条約の結果、本国に必要以上にkansenが存在することは許されなくなり、各国はそれぞれ独自の対応を取ることになっていた。

 

 例えば鉄血ではセイレーン大戦初期から戦ってきた旧式装備に身を固めたkansen達は、引退をして教導隊に回る、研究者としての道を歩む、中には結婚をして一般家庭に、なんて選択肢が用意されたものの、多くのkansenは海外の鉄血の植民国家である、アフリカ領などに配属されて第二の人生を歩むことになっていた。

 

 それは軍縮条約の抜け道であり、軍縮条約に調印した国は必要以上のkansenを保有することは許されない。だからこそ条約を結んでいない植民国家にkansenを所属させることで、植民地の防衛と有事の際の戦線復帰を目論んでいた。それは植民地を持つ多くの国が行なっており、皮肉なことに無人艦、有人艦の削減には成功したが戦場の華であったkansenには事実上影響は少なく、列強各国は端から本気で平和のための軍縮条約を守ろうとは思ってはいなかったのだ。

 

 とはいえ、軍縮条約の締結こそされたものの、kansenは当時から既に人権を獲得しており、条約が締結されたからといってじゃあ無人艦のように沈没してね!ということもできない以上ある程度は仕方ない部分もあったのだが、北方連合が欺瞞に満ちた条約と当時揶揄するのも仕方ないだろうと鉄血軍人でありながらこの条約の抜け道を知った時、俺はなんとも言えない脱力感に襲われていたことを記憶している。

 

 さて、話を戻そう。ここで問題になるのが重桜の対応だ。重桜は軍縮条約に調印しながらも250年にも渡って鎖国体制をとって外部からの交流は途絶えており、自国領土以外の海外領土を持たない国。

 

 なら、植民地を持たない重桜はどうやって、欺瞞に満ちた軍縮条約を乗り越え、戦力を維持したのかといえば……今まで謎だったが、馬鹿正直に軍縮条約に従った訳ではなかったことが今日理解できた。

 

 即ち重桜はそんな引退したkansenや有人艦のクルーであった退役軍人の受け皿として商船団を作り上げ、あくまで軍ではなく商船団を護衛するための戦力としてkansenを派遣していたのだ。これならば国家に所属しないが国家に紐付けされたkansenを多数保持することができる。彼らは商船団に所属をしているのだから、軍縮条約の対象外であり、言ってみれば商船が自衛のために銃を持つことと変わりはないと言い切れるだろう。それを非難しようにも重桜は間違いなく植民地を持つ国々を非難してこの有名無実な条約についての大論争を引き起こす可能性が高いのだから、各国は黙らざるを得ない筈だ。

 

 

 

 つまり……重桜はkansenや退役軍人の受け皿として組織的な商船団をいくつも保有していた訳で、事実明石は現役で重桜海軍に所属するkansenの一人である以上、民間組織でありながら彼らの行動はある意味では重桜海軍そのものといって良いものであり、そんな国がレッドアクシズの盟主である鉄血と取引をするのはある意味二つの陣営の未来に影響を及ぼしかねない事案であり、決して簡単な決断をしていい案件ではないだろう。

 

 メリットは重桜との取引の再開による少なくない利益や、重桜との関係改善。デメリットは明石達がスパイになるリスクによる情報漏洩の可能性や、反ロイヤルでまとまりつつあるレッドアクシズ内の足並みが乱れかねないといったところか?帰って欲しいと言っても彼らは勝手に鉄血に向かうだろうし、そのまま拘束なんて手段はバックの重桜海軍を刺激しかねないために明石が言うように不可能。さてどうするべきか……。

 

 

「護衛……の前にいくつか質問をしてもいいかな?君達を護衛することのリスクや利益はそっちも理解してる筈だ。それなら幾つかの質問に答えて貰わなければこっちとしても答えを出すことはできないからね」

 

「にゃ?それは構わないけどこっちにも守秘義務があるってことは理解してほしいにゃ。でも、信頼のために答えられる範囲であれば明石は決して嘘はつかないにゃ! 」

 

「ならさ、他の人員はまだしも現役で重桜海軍に所属する君は本当に信頼に値する人物なのか?そして、こんな事を勝手に決めてそちらの代表である巫狐や上層部は怒らないのか?鉄血海軍に所属するものとして、君達を鉄血に連れて行くリスクに見合うものなのか、それについての納得のいく説明をして貰えないかな? 」

 

 無い胸を張ってドヤ顔をする明石に俺は、ゆっくりとそう指摘する。ヒッパーにアイコンタクトを送れば頷いてくれて、彼女も俺の質問に納得してくれたようだ。

 

 表情、言動、行動に至るまで俺は五感の全てを研ぎ澄ませて明石を観察する。実質的にロイヤルの物資を横流しにして鉄血に送ろうとしている、敵対国の重桜海軍に所属する明石という少女は、本当の意味で信頼に値する人物なのか?それを見極めるために注視をすれば、明石は全く緊張せず、呆気なく自身の本心を語るのであった。

 

「これも商売のためにゃ。kansenである以上、軍に所属することは絶対だけどそれは名義上のもので、どこまで行っても明石は商人にゃ。そっちは疑っているようだけど、信頼の上で成り立つ職業であることは理解してるにゃ」

 

 先程までとは違いドヤ顔ではなく静かに明石は口にする。その目に迷いはなく、ある種の決意。そして、どこか狂気すら感じられる程に真っ直ぐな目をしていた。

 

 

「明石は誓って、例え長門様に直接言われようがレッドアクシズの情報は漏らさないにゃ。だから情報漏洩に関しては安心して欲しいにゃ」

 

「……証拠はあるかな?」

 

「ないにゃ。だからこればっかりは信じてもらうしかないにゃ。それでも少しでも不安と明石が約束を反語にする恐れを感じるなら、なんなら血判付きの契約書でも今から用意してもいいにゃ」

 

 きっぱりとそう答えると、明石はポケットの中から小さな縫い針を取り出すと、こちらが反応する前に人差し指を軽く針で突き刺してしまう。少しだけ顔を顰めると子供のような小さな指が、血で赤く染まる様子をこちらに見せつけてみせる。

 

「そうやって信用を地道に勝ち取ってきたからこそ、明石の船団は今があるにゃ。明石だけじゃなく、この船団で働く人員が勝手に行動を行わないための対策だってしているにゃ。あくまで明石が大切なものは利益。そのためにこの情勢なら鉄血との取引が最適だと思っただけにゃ。上層部に関しては……まぁ、重桜にも少なくない資金を上納しているから文句は言わせないにゃ。明石を信頼してくれるというのなら、重桜もレッドアクシズの全員が笑顔になれる関係を構築できると、この血に誓って約束してやるにゃ」

 

「全員が納得して笑顔になれる関係、ですか」

 

「それでも重桜が納得せずに強硬な手段を取るのなら……その時は明石一人でもレッドアクシズに亡命して商売を始めてやるにゃ!……っとありがとにゃ♪」

 

 そう口にした後は真面目な空気を霧散させて、「痛いにゃー」と指を咥えてペロペロと舐め始める明石。しかし、ため息混じりに絆創膏を取り出すヒッパーと共に、その様子を眺めながらも俺は確信できた。この女は嘘偽りもなく本気であると。

 

 

 

 明石は本気だ。本気で自国ではなく船団の利益だけを追求していると。自らの血を見せ付ける行為はあくまでパフォーマンスだと理解しつつも、自分達は利益のためなら血を流す覚悟があると鉄血に見せつけた。この女は冗談でもなんでもなく、自らの商船団に不利益になるのであれば、場合によっては自国の陣営代表である戦艦長門に牙を剥くことも厭わないだろうと。

 

 

 そして鉄血から見た彼女は、金はかかるが必要ならば陣営間での親書の受け渡しなどで対応もしてくれるはずだろう。現在は音信不通となっている鉄血と重桜であるが、もしかすると彼女が窓口になることで和平交渉への糸口になる可能性も少なくはないだろう。そういう意味では利益、もっと言えば金しか興味がない明石は信頼出来る。

 

 

 こいつは巫狐である長門への忠誠や国家への帰属意識が皆無ではあるが、自らの利益が続く限りという条件があるとはいえ、利益がある内は何処までも口は固く、何処までも信頼できる人物になり得るのだから。観察する限り、これが演技というのであれば俺はもう両手を上げて降参するないだろう。

 

 

 

「なるほどね。君について色々と理解できて、君の船団と鉄血が取引をするメリットも見えてきたよ。だから尚のこと聞きたいんだ、何故アレクサンドリアに行かないんだ? 」

 

 

 しかし、ひとつだけ疑問も見えてくる。確かにスエズ経由でロイヤル本国に向かえないので鉄血を新たな取引相手にするという行動原理こそ見えてくるが、それなら何故近隣のロイヤル植民地を目指さないのかと。

 

 サディアを誤魔化すのも難しくはない筈だ。わざわざ敵対中のレッドアクシズの鉄血本国に行くなんてことをしなくても、ひとまずは情勢が落ち着くまでは本国に帰還するとサディアに報告し、逃げ出したヨークのようにスエズ運河の管理区画から近隣のアレクサンドリア基地に向かう選択肢も存在する。わざわざ死中に活を求めなくても、ロイヤル本国に向かわなくても安心安全でロイヤルに怨みを買わずに彼女達が持ってきた物資の売買もできる筈だというのに。

 

 商人が信頼と信用で成り立つという明石の理念からすると、今明石が行っているのはロイヤルへの裏切りだ。今後もマルタが使えないのであればユニオン領のパナマ運河経由でロイヤルとの取引もできる。だというのに明石は実質ロイヤルにバレれば激怒されてもおかしくない取引を提案しており、どうなるか分からない危険性も存在する新しい鉄血という市場のために、折角長年構築したロイヤルとの関係と信頼を自ら裏切ろうとしていると。

 

「それは……」

 

 途端に明石は今まで見たこともない反応をしてみせる。ブルブルと小さな身体は震え出し、顔は恐怖で歪み、余裕綽々だった態度は一瞬で崩れ落ち、幼児のように涙目でこちらを見つめてきたのだ。

 

「あ、あんたどうしたのよ!そんなに震えて!?」

 

「明石は……リットリオに殺されたくないにゃ……商人が信頼関係の上で成り立つものだとしても、最も大切なものは自分の命にゃ……! 」

 

 

 困惑するヒッパーを無視して、明石はその後もしばらくの間ブルブルと恐怖で震えていて……おいリットリオの奴何したんだ。暴力とかそんなレベルの脅しでこうはならないぞと思わず彼女の様子を見ながら冷や汗をかいてしまう。おいこれ冗談抜きの反応だぞこれ!?

 

 

 

 リットリオが何をしたかは不明とはいえ、サディア帝国がこの商船団に何を要求したのかというのはなんとなく予想はできる。ジブラルタルなり、アレクサンドリアなり、出戻りするなりと明石達が発言しても、実質ロイヤルへの海上封鎖を行なっており、大量の人質を取られたことで何もできないロイヤルの船舶の強引な臨検などの強行方針を行おうとしているサディアにとって、重桜の息がかかった明石達がロイヤルに軍需物資を送ることは好ましくなく、それとなく止められたんだろうと。

 

 

 

 そして、向かうことも帰ることもできなくなった明石は、新たなる一手としてサディア海軍を説得して鉄血本国に向かうと約束したのかもしれない。鉄血であれば、俺達が護衛という名の監視をすることで明石達は軍需物資をアズールレーンに送ることは難しく、明石のいうように重桜と鉄血がパイプを作り出せれば、サディアにとっての利益もあるのだから。

 

 

 そして、鉄血との取引についてロイヤルに抗議されようが今回の件をこの猫はサディアが悪いと言い出して、責任転嫁をしながら鉄血に向かい、そこで話が進んで取引を再開した、条約には民間船の行き来は禁じられていないので何ら問題がないと、あの小さな女王陛下の前でも笑みを浮かべていけしゃあしゃあと答えるだろう。

 

 

 

 なんなら、ユニオンからのパナマ運河経由でレンドリースがあるとはいえ、マルタ島が落ち、スエズ経由での植民地からの物資供給が難しくなったロイヤルを逆に脅しかねない。少なくともサディア帝国は臨検を行うが民需物資の行き来に関してはロイヤルを止めるつもりはなく、明石は今後も軍需物資以外であればロイヤルと商売は可能な立場。その船団との関係が悪化すればロイヤルは更に干上がりかねないのだから。

 

 とはいえ現在は実質地中海はレッドアクシズのバスタブではあるが、ロイヤルが本気を出せばサディア海軍を撃破してマルタ島を奪還することも難しくないだろう。しかし、軍人やkansenにマルタ島の民間人も含めて30万人近くがサディアの手に落ちた今、人質の生殺与奪権を握られているのだから、ロイヤルは下手な行動を執れないはずだ。

 

 

 見捨てることもできないが下手な行動も不可能な今、ロイヤルはこの海上封鎖を受け入れるしかない。サディアが報復で市民に手を掛けることがないという前提でロイヤルが動く可能性もあるが、万が一サディアが虐殺を引き起こした場合非難されるのはサディアだけではなくクイーン・エリザベスでもあり、そんな中、物資の売買を明石の商船団に危害を加えて最悪重桜まで敵に回すという選択肢を取ることは不可能といえるだろう。

 

 

 結果的に、この海戦で最も得をしたのはサディアでも、鉄血でもなく、ハプニングに巻き込まれたとはいえレッドアクシズとの取引も再開した、死の商人ともいえる明石達である可能性もあると思わずため息を吐きたくなる。

 

 

 つまるところ、理由はどうあれ明石は金にしか興味がなく、ロイヤルとの取引に旨味がなくなったからリスクと安全に情勢などを判断した上で鉄血に鞍替えしようとしているだけなんだろう。

 

 商人としての誇りもあって損得勘定も得意。だからこそ此方が有利で利益を得られる内は大いに信頼できるだろう、明石を連れて行くまでなら俺やグラーフの権限でもどうにかできる。その後は明石の頑張りとビスマルクさん達の回答次第だ。俺は明石の提案を受け入れ、鉄血本国まで護衛を行うと決意するのであった。

 

 

「わかりました、もう少しすれば鉄血に俺達も帰る予定なので、そこまで一緒に護衛しましょう。ただし、鉄血に到着して以降の約束は何もできません。そのまま拘束される可能性があることを理解した上でなら、鉄血艦隊は貴方達をエスコートしましょう」

 

「ムフフ♪そう言ってくれると信じてたにゃ!それじゃ早速皆に報告を……」

 

「あー、その前に三つほどお願いがあります」

 

 

 俺の答えを聞いた瞬間、満面の笑みで喜ぶ明石。どちらにせよこっちが断れないこと前提でこの会談に彼女は臨んでいたんだろう。ピュリファイヤーの言う通り沈静化してるとはいえ、帝国南部にはセイレーンの前哨基地が存在しており、商船団の護衛だけでは不測の事態が起こる可能性もある。だからこそ、万が一に備えて鉄血艦隊の戦力をアテにしたいという本音も見えてくるのだから。それならばこっちもできる限りの保険は掛けておこうと俺は明石に声をかける。

 

「一つ目は鉄血とは適正価格で取引して欲しいこと。明石さんはさっきの全員が笑顔になれる関係を構築出来ると言っていたけど、それならお互いにwin-winの関係であり続けるために暴利をふっかけるなんてこともして欲しくはないんだ。二つ目は今後も君達はアズールレーンとの取引を行うだろうけど、その時にレッドアクシズの情報を決して漏らさないということだね」

 

 

「そんなの当たり前だにゃ。鉄血の指揮官はガチョウと黄金の卵の童話は知ってるかにゃ?一時的に鉄血にふっかけて怨みを買うよりも長期的な利益のために、明石達は適正価格で取引することを保証するにゃ。二つ目は……さっきも言った通り、例え長門様にも情報は漏らさないけど、仮に救国の艦隊のことを言ってるならサディアの朝刊に出ている以上、何れ世界に広まると思うからそればっかりは、明石にもどうしようもできないにゃ! 」

 

 明石はお手上げだと耳をぴょこぴょこさせながらジェスチャーをするが、その二つはあくまで本命じゃない。とはいえ明石の口から口約束でもその言葉を聞けたのは嬉しいが、本命はまた別だ。

 

「それなら良いんだ。そして最後の一つは……鉄血に着いた時、俺達はきっと仕事で忙しくなって君と今後会うことは難しいだろうね。窓口になることもできない。でも、本部には銀髪で胸が大きくて、コーヒー好きなマインツって子が居るんだけど、真っ先にその子を頼って欲しいんだ。後で俺が紹介状を書くからさ、その手紙を持ってマインツに渡せばきっとスムーズに話は進むと思う。彼女はビスマルクさんとの関係も深いからきっと君の役に立つはずだからね」

 

「ちょっ…! 」

 

「むふー♪それならお安い御用にゃ!鉄血の指揮官のお願いなら仕方ないにゃ♪感謝するにゃ!善は急げなんてことわざが重桜にはあるから、早速紹介状を書いてもらう用意をしてくるにゃ! 」

 

 俺の言葉が耳に届いた時の明石はそれはもう、空からお金でも降ってきたかのように感激しながら可愛らしく笑みを浮かべて、こちらを無視してトテトテと袖を揺らしながら、書くものを用意しようとドアに向かって走り出す。

 

「ヴァイス、本当にいいの?正直アイツは信頼できないから、アイツ自身が次の取引まで人質になりなさいって考えてたのに、あれじゃ明石にメリットしか与えてないじゃない。それにマインツは特別計画艦よ。本当にいいの? 」

 

 逆にヒッパーは少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべて俺を非難する。本当はヒッパーと相談してから話したかったが、明石がいる以上事後報告になってしまい正直申し訳なく思ってしまう。あとマインツの特徴を述べた時に胸が大きいと口にした瞬間、ドス黒い殺意が横から漏れ出てきたような気がするがきっと気のせいだろう。

 

 

 

「いいんだよ。アズールレーン所属の重桜とパイプができればメリットもある。ロイヤルと自由アイリスは論外として、北方連合はイデオロギーに差があって話しにくいけど、まだ本格的に交戦していない重桜とユニオンとなら話が通じる可能性はあるからね」

 

 明石が帰ってくるまでどれくらい時間がかかるのか不安なので、一応ドアに鍵をかけながら俺はヒッパーにそう述べる。交戦中の敵対国との会談は例えばバルト海海戦以後のやり取りに関しては中立国を経由して鉄血とロイヤルはやりとりを行なっているが、それでは時間がどうしてもかかってしまう。

 

 

 しかし、戦争中でありながら表立っての争いはないユニオンと重桜であれば中立国を経由しての話し合いよりもスムーズに話が進むだろうし、なんなら個別の休戦条約の締結や、お互いの仲介役となって貰ってロイヤルとの講和の糸口ができるかも知れないと、俺はこの戦争を終わらせるための小さな希望をあの商人に見出していたのだから。

 

 

「パイプがあれば……ロイヤルとだって今では理性的な話は不可能だろうけど、重桜というクッションを置けば他のアズールレーンとは話も通じるさ。それに外交について考えるのは俺達じゃなくてビスマルクさん達上層部だ。俺達にできるのはそのサポートをすること。あとはビスマルクさんに任せよう。多分あの人は明石を拘束するよりも、利用するって考えて親書を長門さんに書いてくれるだろうからね」

 

 

「……サディアとヴィシアとロイヤルへの対応で忙しいのに、重桜まで抱え込むだなんて、またビスマルクが眠れない日々が続くわね……」

 

「うん……グラーフからそれとなく聞いてるけど……まぁ、その、ね?帰った時に即謝罪して、できる限りビスマルクさんの力になるって伝えておくよ。うん……」

 

 こうして俺達はただでさえ忙しい自らの上司に、また負担をかけてしまうことに内心謝罪しながらも、用紙とペンを持ってきた明石に言われるがままにマインツへの紹介状を書き始め、サディア帝国最後の日々は慌ただしいままに終わりを迎えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えばこの部屋で過ごしたのも一ヶ月くらいだと言うのに、実際は長年ここで過ごしたかのように感じてしまって寂しさを感じてしまう。

 

 サディア帝国滞在最後の朝、早朝に目覚めた俺は、思わず滞在先のホテルのベッドやシーツを整えながらサディア帝国での日々を思い出す。

 

「本当に……色々なことがあったな……」

 

 楽しいことはたくさんあった。恥ずかしいこともあった。辛いこともたくさんあった。成長を実感した出来事もあれば、自らの無力さや、考え無しの行動に罪悪感を感じる日も訪れていた。

 

 守りたいと思う人を再確認できて、守りたいと思う人や物も増えた。同時にそれらを守るために指揮官としての責務も増えていた。これからの俺は新任指揮官ではなく、『英雄』としての道を歩み始めることになる。それが自らこの戦争を終わらせるためにどうすればいいのかと悩み、選択し、選んだ道なのだから。

 

 恐らくこれからも俺は迷うだろう。何度も間違いを繰り返すだろう。その度に後悔の海に沈み、ついにはあの天使のようなシュペーにすら白い目で見られる最悪の展開もあり得るかもしれない。

 

「でもね、俺は変わらないといけないんだ」

 

 しかし、そんなマイナスだけを考えるのはもうやめた。俺の周囲には大切な同胞がいる。俺を守ろうとしてくれる優しい仲間達が、そして俺が何よりも守りたいと願う大切な存在が。

 

 変わろう。今までの自分を捨てて。覚悟はもう決めたんだ。このどうしようもない、自分ですら知らなかった自己軽視の性分を少しずつ矯正していき、本当の意味で彼女達に相応しい指揮官になることが俺の新しい目標だ。

 

 

「さようなら、サディア帝国。本当に暖かくて、優しくて、色々あったけど俺はこの国を大好きになれて……もし、また戻ってこれるなら、今度は平和な時に皆で遊びに行きたいかな? 」

 

 その呟きに返答するものは誰もいなかった。思わず苦笑しながらも、こうして俺のサディア帝国での日々は終わりを迎えるのであった。

 

 

 余談だがサディア帝国を出る前に約束通りと、指揮艦内には数千本以上の干し葡萄の甘いワインが、イラストリアスの捕虜部屋を除いて個室全てに至るまでこれでもかと詰め込まれており、ヒッパーとグラーフから狭い部屋で本国に向かうまでの間、航海をする羽目になったと愚痴られたことは、ここだけの秘密としておこう。

 

 

 




・明石の商船団
今作のオリジナル要素の一つ。ストーリー内では殆ど姿を見せず、セイレーン作戦内にて欧州各国の領海にて取引を行なっているというゲーム内要素を作品内に落とし込んだ結果この様な事に。
重桜は公式設定によれば蒼龍のキャラストの描写によると織田信長や今川義元などが存在する戦国時代を得た上での鎖国体制は長く続いた様で、史実では1850年代に行われた開国がさらに長引き、セイレーンという脅威に立ち向かう為に当時の巫女が開国を宣言して歴史の表舞台に再び重桜は現れたと言われています。

 そして「縹映る深緋の残響」よればセイレーンを撃退してしばらくが達、軍縮条約が結ばれた結果今作では引退した重桜kansenは海軍ではなく商船団の護衛と言う名目で配属される事になり、現在のその代表が現役の重桜海軍所属の明石という事に。ちなみにセイレーン作戦内の明石の台詞によれば明石の商売には、とある戦艦が裏で暗躍していた様で……今後はイオニア海海戦の結果重桜も動きを見せるでしょう。


 そして、今回でサディア帝国編は終了、いよいよ舞台は鉄血に戻り物語はまた動き出します。ユニオンや重桜も独自の行動を見せる中、戦いを得て硬い信頼関係を得たキール第三基地の面々が鉄血に帰還した結果、物語に、鉄血にどの様な影響を与えるのでしょうか?ヴェネトの恋の行方は?そして、次々と降り掛かる難題にビスマルクの胃は持つのでしょうか?

 コメント、感想、評価をお待ちしております……

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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