鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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第三十六話 金髪ツンデレまな板テンプレート

 「やっと終わったぁ……」

 

 

  鉄血海軍の大講堂にて、平日ということもあってこの施設を利用する軍人も少ない中、俺はビスマルクさんより与えられた休暇の一日を、この大講堂で勉学のために消費していた。

 

 

 朝から大講堂につくなり、肌寒さを堪えながら教本を開いてカリカリとペンが動く音が部屋に響き渡る。今日は勉強というよりも復習だ。軍務でサディアに行っていた間、一ヶ月近くまともに勉強もしていなかったために基礎の基礎から再び叩き込んでいく。戦術、戦史、艤装の整備方法に至るまで無言で教本とノートと睨めっこして、それを五時間程やればどうにか復習は達成できた。

 

 

「はぁ……アンタ成績は悪くないのに、なんであんなに指揮はマヌケなの?ちょっと理解できないんだけど?」

 

 

 真横では自作テストを作ってくれていたヒッパーが頭を抱える様子で俺に一言愚痴っている。本来は一人で勉強を行う予定だったが大講堂に向かう途中、偶然廊下で自分もちょっと復習したいからと彼女は付いてきてくれた。とはいえ復習というよりは俺のために簡易的なテスト問題を作りつつ採点を始終行っていたせいで、あまり彼女の学ぶ時間はなかったような気がして申し訳なく思うのだが。

 

 

「俺もダメだと思ってはいるんだけど、皆に任せてばかりじゃいつか破綻するからね。本格的に業務が再開したら演習訓練の申し込みでもしようかな」

 

 

「そうした方がいいけど私の妹だって見てたりするかも知れないんだから、身内の目の前で恥かかせるのだけはやめて欲しいわ。オイゲンに何言われるか分かったもんじゃないっての!」

 

 

 ヒッパーはそう愚痴りながらホットコーヒーを口に含んでふぅとため息を吐いていた。あのケルンさんとの事件以降、自分が合間に取る飲食物は自分で取ってくるという暗黙の了解が産まれている。ケルンさんとは幸い顔を合わせてはいないが、今度サディア土産のワインでも送って謝罪するか……あのワイン、顔見知りやビスマルクさん達にも送ってるのに本当に減る様子がないんだよなぁ、美味いから毎日飲んではいるんだけどね。

 

 

 時刻は既に12時。朝早くから大講堂でずっとヒッパーと過ごしていたために気がつかなかったが、少しだけお腹も空いてしまう。サンドイッチなど軽食程度なら軍の食堂なり購買で購入できるが……せっかくだから何か食べに行こうかな。

 

 

「なぁ、そろそろ帰る予定だけどさ。その前に一緒にメシでも食べに行かないかヒッパー?」

 

 

 サディア滞在中はホテルの食堂で皆で食べていたので、今更だなーと思いながら俺はヒッパーにそう話しかける。あの時はヒッパーどころかグラーフとシュペーにまで目玉焼きにメイプルシロップをかけてドン引きされたのもいい思い出だ。結構美味いんだけどなぁ……

 

 

 するとヒッパーは何かを考え込む様子で無言で俺を見つめてくる。あっそっか場合によってはこれデートの誘いみたいなもんかと内心焦ってしまい、そういう意図はないと慌てて訂正をしようとすれば彼女はやがて静かに呟く。

 

 

「いや……食事はマンジュウに作ってもらうからいいわ。それよりヴァイス、あんた午後は暇よね?」

 

 

「うーん、特に予定はないかな。部屋戻ってケーキでも作ってもらいながら昼寝でもしようかなと思ってはいたけど…」

 

 

「だったらちょっと荷物持ちで買い物に付き合って貰えない?妹のザイドリッツのことは話したかしら?」

 

 ザイドリッツというのは彼女の妹の一人だったか?彼女はアドミラル・ヒッパー級の長女で、妹にプリンツ・オイゲン、ブリュッヒャー、ザイドリッツ、そして北方連合に派遣されたリュッツオウの四人が存在しており、ザイドリッツさんの姿は見たことないがヒッパーとの会話で度々出てきた。何でも騒がしいアホの二人の妹達と比べてかなり無口で落ち着いていて手間がかからないとは言っていたが……そういえばヒッパーはリュッツオウさんのことは一切話さないなとふと思いながらも、話題の人物を思い浮かべる。

 

 

「そのザイドリッツが言ってたんだけど、中々化粧品が安い雑貨屋があってね。まとめ買いしようかなーと思ってたからちょっと付き合いなさい。どうせ暇でしょ?暇よね?だから今から少し買い出しに付き合いなさい」

 

 

 

 

「んー、了解。いつものお礼も兼ねて荷物持ちでも何でもするよ」

 

 

 少しだけ食い気味に発言するヒッパーに了承をするも、俺の心の中には疑惑が一つ産まれていた。ヒッパーの荷物持ちになるのは別に良いが……いやまさかね?と内心首を振りながらその疑惑を払拭しようとする。

 

 

 

 

「あー、ヒッパー。俺そういう化粧品とか売ってる店とか知らないんだけど、どんな店なのか教えてくれない?」

 

 

「はぁ?アンタは黙ってついてくれば良いのよ……って言いたいところだけど、確かに迷子にでもなったら困るわね。そうね、確かザイドリッツが言ってたのは……」

 

 恐る恐ると言った様子で彼女に質問すると、若干胡散臭い表情をしながらもヒッパーはまじめに答えてくれた。なんでも香水やらドライフラワーが売っており、鉄血の女性軍人も多く利用する、キールの中心部にある結構広い雑貨屋で……ってこれやっぱり。

 

 

 

 

 

(いや、これどうみても、この前グラーフとデートした場所じゃねぇか!?)

 

 

 

 

 

 へー、そうなのかーと相槌を打ちながら、少しだけ頭を抱えそうになってしまう。そっかーぁ……あそこ結構デカい店で女性客も多かったからなぁ……そりゃこのキールは鉄血海軍の総本山なんだから、その中心部に位置してるなら女性陣は買い出しに向かうはずだ。

 

 

……ヒッパーの知り合いにグラーフとのデートとか見られていないよな?いやヒッパーの反応見る限り大丈夫だとは思うが?と冬だというのに体温は上がって最中は冷や汗を感じてしまう。確かにグラーフとのデートは楽しかった。そりゃもう楽しかった。だがそれをヒッパーやシュペーに聞かれるのはちょっとねぇ……

 

 

 グラーフと俺は別に付き合ってもいないが、彼女達が勘違いして俺達の関係がギクシャクしてしまうかも知れないし、グラーフが俺なんかと噂になるのも申し訳ないが……何より情けないが、知り合いにデートをしていたなんて見られるのが恥ずかしい。だからシュペー達じゃなくてアドバイスをイーグルに頼んだというのに。今度グラーフと遊びにいく機会があればあの店に向かうのはやめておくか。

 

 

「……あんた大丈夫?ちょっと顔色悪いわよ?」

 

 

「ははっ、気の所為だよ気の所為。じゃあ今から行こうか?」

 

 

 そう言いながらカバンに教本を詰め込むと、ヒッパーは私服に着替えてからにするわと言いながら自らのカバンを掴む。

 

「じゃあ裏門で集合ね。良いわね?絶対に、ぜっっったいにグラーフとシュペーに見つからないようにしてよね!!」

 

 

 ヒッパーはその言葉を最後に俺を放置してズンズンと歩き出し、やがて廊下の奥に消えていってしまった。

 

 

 よく考えると、グラーフとのデートも三日くらい前で、三日前にデートして今日また別の女性と出歩くのか。側から見たら女を取っ替え引っ替えする女性の敵だなと苦笑しながら……あくまでデートではないと理解しつつも、正直、とびきり美少女なヒッパーと大講堂以外の場所にプライベートで初めて向かうことに、心を震わせている自分がそこにいるのだった。

 

 早足で基地に帰った俺は自室の机の上に荷物を置いて黒色のコートに身を包むと、そのまま急いで待ち合わせの場所へと向かう。途中何匹かのマンジュウとすれ違う度に敬礼を受けつつも、早足で急ぎ目的地へと向かって進んでいく。

 

 裏門に到着した時にはまだ約束の時間には余裕があり、ほっと胸を撫で下ろして落ち着くと腕時計を確認。ヒッパーはまだ到着してないかと確認しながらコートのポケットに手を突っ込んで彼女を待つ。そう、今回の目的はヒッパーの荷物持ちだ。

 

 デートではなく買い物の付き合い。とはいえ、やはり女性と二人で出かけるということに関しては楽しみでもあり、同時に緊張もしていた。

 

 白状すると美人のグラーフや天使のようなシュペーと同じく、ヒッパーは俺からするとめちゃくちゃ可愛い。本人の前で言えば「はぁ!?」とキレられるかも知れないが、そんな女性と二人きりで買い出しに向かうのだからこれで浮かれない方がおかしいと言えるだろう。

 

 とはいえ、ヒッパーの台詞曰くあの雑貨屋には結構多くの女性軍人も通っているらしいので、見つからないように周辺を警戒しておかなければ。

 

 

「待たせて悪かったわねヴァイス。ちょっと着替えに手間取って」

 

 裏門前で10分ほど手持ち無沙汰に空を眺めていると、ぶっきらぼうなヒッパーの声が聞こえてくる。その声の方へ視線を向けると、そこには下はジーンズ、上はベージュ色のタートルネックのニットのワンピースに、赤色のマフラーと手袋を身につけた彼女の姿があった。

 

(あっ可愛い)

 

 本人の目の前で、口には出さないが素直にそう思う。プライベートで彼女の私服を見るのはこれが初めてだがなんだか新鮮というか、普段とは違う印象を受ける。なんというか……いつもより女の子らしく見えるというか……しかし、まさかこんなに可愛らしい格好をしてくるとは思わなかった。今まであまり意識しないようにしていたが、こうして見ると彼女はとびきりの金髪美少女なんだなと改めて理解してしまう。

 

 というかシュペーといいグラーフといい俺の周りは本当に美女、美少女揃いなんだなと少し感動を覚えてしまうが、同時に自分が平均値を下げているんだなと苦笑してしまう。あぁ、そうだ忘れるところだった、こういう時は相手の服装を褒めなくては。

 

「うん、その服似合ってるよ。俺の私服はコートばっかりだからオシャレはよく分からないけど、すっごいオシャレだと思うな」

 

「……ふんっ、一応褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 ヒッパーは皮肉を言いながらそっぽを向くも、耳元をよく見ると赤くなっており、どうやら照れているみたいだった。彼女との付き合いは二〜三ヶ月程だが、なんとなく彼女が本当はどう思っているのか読み取れるようになっている自分がいる。

 

 それから俺はヒッパーと一緒に基地の外に出る。雪こそ降ってはいないものの、昼にしては気温はかなり低く吐息も白く染まる程。流石は冬は氷点下を下回ることも多い鉄血といったところか。

 

 ヒッパーと二人で並んで街を歩いていると、時折道ゆく人々はヒッパーをチラッと見ているようだ。果たして俺とヒッパーはあの人達からなんて思われて見えているのだろうか? そんなことを考えていると隣で歩くヒッパーは話しかけてきた。

 

「そういえばそろそろクリスマスね……上に頼めば一日くらい実家に帰らせてくれると思うけど、アンタはどうするの?」

 

「こんなんでも基地の司令だからね。基地がセイレーンに襲撃された時のことを考えたら、ここから離れられないよ。それに家族と過ごさないクリスマスも5年近く過ごしてるからもう慣れっこだ」

 

 俺の家族はサディアに嫁いだ妹を除けば父親と母親も存命中で、関係も一時期ローネ関連で少し父さんと荒れたくらいで悪くはない。とはいえ軍人を志した以上、故郷のフランクフルトで家族で過ごすクリスマスなんてものはもう5年近く経験しておらず、寂しさよりも慣れてしまった。

 

 とはいえ一応クリスマスも近いし、近況報告の手紙でも久々に書くかと思考していると、彼女は何かを考えるように額に指を当てると。

 

「そうね……じゃあ私も今年は基地で過ごすから、アンタもクリスマスは私達と過ごしなさい。グラーフには妹もいないし、シュペーはドイッチュが五月蝿いかも知れないけど、多分基地で過ごすと思うから」

 

「……ありがとな」

 

「ふんっ」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らすと彼女は再び無言になる。鉄血ではクリスマスは特別な意味合いを持つ。恐らく彼女は俺を気にして誘ってくれたんだろう。彼女の気持ちが嬉しくてつい頬が緩んでしまう。

 

 とはいえ、クリスマスまであと数十日、ヒッパー達に渡すプレゼントを何にするか決めなければならない。あまり高価すぎる物は彼女の性格を考えると逆に怒られそうなので、ある程度安い物が良いのだが。

そんな風に考えつつもふと思ってしまう。もしかしてこれが目的だったんじゃないか?と。

 

 彼女はクリスマスに一人で過ごすことになる俺を気にして、違和感なくクリスマスの話題を口に出せるこの状況を望んでいたんじゃないか?と。ヒッパーは口調こそ勝気でやや荒っぽいが、その気質は心優しいことは今までの日々から肌で感じられた。

 

 そう考えると雑貨屋に向かうのは都合がいいかもしれない。それとなく彼女を観察すれば、彼女好みのクリスマスプレゼントのヒントがあるかもしれないな。

 

 やがて俺達はグラーフとのデートにも利用した雑貨屋にたどり着く。平日の昼間なので流石に前回と比べると客は少ないが、それでも店内に入れば女性客の楽しそうな声が耳に届く。成る程、平日でこれくらい人が多いのなら流行っているのも納得か。

 

「じゃあ私は化粧品とか見てるから。アンタはそこら辺をうろついておきなさい。会計になったら呼ばせて貰うわ」

 

「了解。ついていかなくてもいいのかい?」

 

「やめとく。どうせアンタは化粧品とか理解できないし暇になるだけよ」

 

 そう言いながらヒッパーは店の奥の化粧品コーナーに。俺はとりあえず手頃な値段の商品を探すことにした。こうして改めて見てみると色んな種類の物を売っているんだな。小洒落た瓶に入った香水に、髪飾り、アクセサリー、ぬいぐるみなど見ているだけで楽しい気分になれる。

 

 ヒッパーには何を送ろうか?グラーフには香水を送ったが、せっかくなんだから日頃のお礼も兼ねて何かを購入して、クリスマスプレゼントとは別に送ってみようか。あと、ヒッパーだけじゃなくてシュペーとグラーフのプレゼントも決めなければ。お世話になったザラさんやリットリオ、ヴェネトさんにも何かを送りたいところだが、流石に国外は厳しいかな?

 

「んっ……?」

 

 そう考えながら店内を散策していると、ふと視界の片隅に違和感を感じてしまう。その片隅に目を向ければ、どこかで見たことのあるような色素の薄い金髪の少女が……ってあれってまさか。

 

 

 

「あー、ヒッ……そこのお嬢さん。ちょっといいかな?」

 

「はぁ?なんなのよ、そんな他人行儀に」

 

 急いでその女性から目を離さずに化粧品コーナーに移動した俺はヒッパーの横に立つと、彼女の名前を口に出さずにヒッパーを呼び止める。まさか別れた途端に俺に声をかけられるなんて思っていなかったらしいヒッパーは、化粧水を片手に面倒くさそうな表情を浮かべていた。

 

 しかし、そんなヒッパーとは違い、俺の心臓の鼓動は速くなる。あの女性ってもしかして…髪型と服や装飾品を変えてはいるが、十中八九間違いなく…!

 

「これからはお互い名前を言わないようにな。信じられないかも知れないがアイツ、前に俺に銃を突きつけたロイヤルのスパイだ」

 

 小さく周りに聞こえないように俺はヒッパーに囁くと彼女は大きく目を見開く。

 

 あの小柄で金髪の女性は間違いなく過去に探し物をしていたエラという女性に俺が声をかけた時に、背中から銃を突きつけて脅した女性だろう。

 

 彼女はシーフと名乗っており、その後銃を突きつけた俺にお詫びの印にと喫茶店に誘ってくれたが動作や言動の一つ一つからロイヤルのスパイではないか?と決定的な確証こそないものの疑っていた。

 

 しかし、目の前にいる女性は以前出会った時に比べて服装や髪型などが変わっているし、顔つきも変わっていた。何より決定的に違うのはのは俺の知る彼女よりも大人びていて雰囲気が違うこと。今は変装をしているのだから見た目だけなら完全に別人にしか見えない。だけど、間違いない。身長は誤魔化しきれずに、動作といい雰囲気といい彼女は俺が疑っていたあのシーフという女性に他ならないと。

 

 店内を見渡せばもう一人の女性であるエラと名乗っていた人物はいない。恐らく彼女もプライベートでここに一人で買い物に来たんだろう。周りには民間人も多く、あの女は銃を携帯している可能性が高く危険ではあるが……試してみる価値はあるだろう。一人で無茶はできない。だがヒッパーとなら恐らくあの女スパイを捕縛できると。

 

「今からあの女に話しかけて注意を反らすからさ、ヒッパーは後ろから近づいて首を締めて貰えないかな?銃を持ってる可能性は高いが不意打ちなら多分捕まえられるから」

 

「……それ、本気で言ってるの?」

 

「確率的には半々…いや、8割くらいはクロだと踏んでるよ。もしごく普通の民間人なら俺があの人に土下座して謝れば許してくれるかもしれないけど、問題はスパイだった場合だ。まぁ民間人に暴行を加えて捕縛するよりむしろそっちの方が断然マシだと思うけどね」

 

 眉間にシワを寄せながら怪しむヒッパーに対して俺は苦笑いしながら答える。正直に言えば、この作戦は成功しても失敗しても俺自身にもリスクがある賭けであり、できるならヒッパーを巻き込みたくはない。しかし、相手がもし本当にロイヤルのスパイなら鉄血の情報を本国に流している可能性も高く、その情報によっては鉄血が危機に晒される可能性も存在している。

 

 情報は黄金よりも価値があるものであるってのが俺の信条だが、だからこそスパイ工作は断固として阻止しなければいけない。本音を言えば俺はヒッパーを危険なことに巻き込ませたくない。

 

 しかし、彼女以外に頼める人材がいないのもまた事実だ。情けない話だが、体力のない俺よりも彼女の方が確実にシーフを捕縛できる可能性があるのだから。

 

「……はあ、でもサディアの時といい、アンタのこういう時のカン、大体当たるのよね…っもう!わかったわよ、信じてあげる」

 

 俺の言葉にヒッパーは一瞬だけ躊躇うような目つきになるも、すぐにため息をつく。そして呆れた表情で仕方がないといった様子で俺のことを信用してくれた。

 

「じゃあ何すればいいの?単純に首絞めればいいの?」

 

「そうだね……よし、あそこに縄跳び用の縄があるからあれでイラストリアスの時みたいに縛る準備も頼むよ。合図をしたら首絞めて無力化してくれ。大丈夫とは思うけど殺しちゃだめだよ?あの時みたいな捕縛術期待してるよ!」

 

 ヒッパーは一瞬イラストリアスを思い出して嫌な顔をしながらも、黙って販売されている縄跳びを複数掴むとシーフの背後に違和感なくゆっくりと歩いていく。

 

 準備は整った。後は俺が時間稼ぎをするだけだ。本音を言えば本部に連絡したかったが、相手にこちらの企みを気づかれて逃げられるリスクや、増援がこちらに来るまでの時間を考えれば後に回すしかないか。

 

 

「やぁ、お久しぶりでいいかな?」

 

「…っ…貴方は」

 

 内心、心臓が爆発しそうになるほどの緊張を堪えながらも気さくに彼女に話しかければ、シーフは一瞬だけ驚いたような表情になるが……直ぐに無表情に戻る。疑惑の視線を向けてはいるが、まだ俺が軍人であることを知る様子はなかった。彼女目線では、俺はちょっとあやしいが何処にでもいるような民間人の粉屋のミュラーとまだ認識しているらしい。

 

 とはいえ仮に相手がサディアの朝刊の情報を知っていてもまだ俺の顔写真は載っていないはずなのだから気がつく可能性は低かったのだが。

 

 

「……ええ、お久しぶりです…この前と雰囲気は変えているはずですが…よくお気付きになられましたね?」

 

「ははは、君みたいな可愛い子がいたのならオーラみたいなものもあるからね、すぐに気づいちゃうよ」

 

 俺はなるべく平静を保ちながら彼女の警戒心を解こうと軽口を叩く。一瞬だけシーフの後ろから殺気を感じたがあえて無視する。いや、仕方ないだろヒッパー!?俺この二人の前では情報を引き出そうとしてノリの軽いナンパ男を演じていたんだから!

 

「それで一体、貴方は何の御用なのでしょうか?」

 

 とはいえ相手は友好を深める気は一切ないらしく冷めた声で淡々と質問してくる。まぁそりゃそうだろうな。彼女にとって思わず銃を突きつけたのは紛れもなく失敗であり、ナンパ野郎のノリで話しかけてくる俺に好印象は持たないだろう。

 

 

 まぁ……こっちだって別に仲良くなりたい訳でもないから別に良いけどね。

 

 ヒッパー、後は頼んだよ。指をくるくる回すとシーフの後ろのヒッパーは無言で頷いてシーフに飛びかかる準備を完了させた。

 

 

 

「いえね。君には本当に悪いと思うんだけど……間違ってたら土下座させてもらうからさ?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──ちょっと捕まってくれない?

 

 

 

 

 

「…ちっ…!……んっ!?んんっー!!?!?」

 

 一瞬で俺が鉄血軍人だと理解したんだろう。シーフはほとんどノーモーションでポケットに手を突っ込もうとするも、次の瞬間ヒッパーは彼女の首に腕を巻き付けて背後から締め上げ始めた。流石は格闘戦のエキスパートだけあって素人目に見ても綺麗なフォームだった。

 

 俺は即座に彼女が持ってきた拳銃をポケットから取り出すと、彼女は悔しそうな表情を浮かべながらも苦し気に顔を歪ませる。その表情を見て俺も少しだけ胸が痛むが、わざわざこんな雑貨屋に拳銃を持ち込むなんて間違いなくカタギの人間ではないのは確実だろう。

 

「悪いけどちょっと本部に連行させて貰うよ。君には聞きたいことが山ほどあるんだ。けどその前に一応聞いておくよ、君の所属は──」

 

 全てが上手くいった……後は本部に人を送ってもらうだけだ。そう安堵したその時だった。

 

 

 

 

 

「え、えいっ!!!」

 

 

 

 

 パリンっ!と突然窓が割れる音が耳に届き、店内に何かが投げ込まれる。それがなんだと理解する間も無く、次の瞬間店内は黒い煙で包まれていき、視界が奪われていく。それは俺達だけではなかった。隣にいたシーフも同じように包まれていったのだ。

 

 

 

 

 これは……発煙筒!?ってちょっと待て!店内に一般客もまだいるんだぞ!?

 

 

 

 

 シュウシュウと音を鳴らしながら投げ込まれたそれは、直ぐ様多量の煙を吐き出して俺達の視界を覆い尽くす。店内は煙で包まれていき、ゲホゲホと苦しそうな声が鳴り響き一瞬で平和だった店内はパニック状態に陥り、混乱する声と共に外に逃げようとする人で入口は溢れかえる。

 

(クソッ!!これじゃ逃げられる!?)

 

 慌ててシーフに手を伸ばすも、俺の手は何も掴めない。拘束されているシーフがいるはずの場所には何もなく、煙に耐えながら涙目で目を開けばどうにかヒッパーの金髪だけが判別できた。

 

 大丈夫か!?と声をかけようにも口を開こうとした途端、煙が肺の中に入り込み、気管に襲い掛かりゴホッ!と声にならない咳が出てしまった。クソッ!!周囲の警戒をせず行動した自業自得とはいえアイツら店内に肺の弱い民間人でもいたらどうするつもりだったんだ!?と怒りを堪えつつ、俺は無言でヒッパーの手を掴んで扉の方向に走り出す。

 

 

 ドアを蹴破る勢いで開くと新鮮な空気が肺を満たし、ホッと一安心…とは思わず周囲を見渡せば辺りは当然野次馬だらけでパニック状態だ。そしてその中シーフと……恐らく、発煙筒を投げ込んだエラの姿は、ない。

 

 

「大丈夫かヒッパー!?」

 

「ど、どうにか……あーもう!!あのバカ女!煙で目が見えなくなった瞬間思いっきり蹴り飛ばしてきたのよ!次にあったら……ぜっったっいにぃ……ろす…!!」

 

 彼女の安否を確認するべく声を掛けると、ヒッパーはぜぇはぁと息を乱しながら返答してくる。その様子から察するに機嫌は今まで彼女と過ごした中では最悪と言っていいが大事には至っていないようだ。

 

 しかし、彼女が無事なのは本当に良かった。不幸中の幸いは発煙筒を投げ込まれて重症になった人は周囲を見渡す限り誰もいないことだろうか?とはいえ短絡的な行動の結果、民間人を巻き込んだことに罪悪感が湧いてくる。まさかロイヤルが敵地のど真ん中の民間の店内で発煙筒を投げ込むとは……クソ度胸というかなんと言うべきか。

 

 

 とはいえこれで鉄血も黙っていないだろう。あの二人組がクロだとはっきりしたんだ、悔しいが後は上層部のビスマルクさん達に任せるために軍に報告しなければ。

 

 

 

 それに……どうにか戦果もある。

 

 

「アンタそれって…」

 

「シーフの拳銃だよ、咄嗟だから回収する時間はなかったみたいだね」

 

 コートのポケットから相手から奪った拳銃を取り出すと、ヒッパーは少しだけ感心した声を上げてくれた。これできっとあの二人が何処に所属している何者なのか?という手掛かりに繋がるとヒッパーは思ってくれたはずだ。

 

 

 ただ……この拳銃は。

 

 

「相手はまぁ十中八九アズールレーン、もっといえばロイヤルのスパイだろうけど……拳銃は自国産のものを持ち込んだ訳でも、鉄血で現地調達したわけでも無いみたいだね」

 

「……わかるの?」

 

「うん、指揮官になる前にちょっと色々と調べていたからね、これは……」

 

 

 

 ──北方連合製だ。

 

 悪態とため息を同時に吐きたくなるのを堪えながらその拳銃をヒッパーに手渡す。北方連合。鉄血とは関係が良いとはいえない共産主義を信望するアズールレーン構成国の一つ。この拳銃は記憶する限りでは鉄血でもロイヤルのものでもなく、そんな北方連合で広く流通しているトカレフT33と呼ばれるものだ。

 

 この拳銃を外交で突きつけてもきっとロイヤルは自国と無関係とシラを切るだろう。むしろその結果ただでさえ軍事的には交戦中となっている北方連合の関係は更に悪化する。

 

 これがロイヤルやロイヤルを支援するユニオンが支給したと思われるユニオン製なら話は早かったが……一応証拠として上に提出するが、話をはっきりさせるためにも是非憲兵の皆様には張り切ってあのスパイを捕まえて欲しいな。あの雑貨屋の店員に謝罪させるためにも、ね。

 

「悪いけど買い物は終わりだヒッパー。俺は店員さん達への謝罪とか、警察に色々と説明する必要があるからね。はい、これ通信機。面倒かもしれないけど代わりにビスマルクさん達やグラーフ達への報告は任せたよ」

 

 ヒッパーにポケットから小型通信機を手渡しながら俺はそう口にする。買い物予定だった彼女には悪いがこれから忙しくなる。やるべきことは沢山ある。だが、何よりもまずあの二人を捕まえるために俺も鉄血軍人の一員として動かなければ。

 

 俺がシーフの拘束に成功していればこうはならなかった。自分のケツは自分で拭くために、俺もスパイの捕獲のために休暇中ではあるが少しでも働くことを決意する。

 

「はぁ…そうよね…この鈍感バカにそういうこと期待した私が悪いわね…」

 

 乱れた服を直しながらヒッパーはそう口にする。しかし俺は警察の事情聴取に付き合っていたために、彼女の言葉が耳に届くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、指揮官とヒッパーは理解していなかった。この騒動がやがて大きなうねりに繋がるということを。

 

 

 この時ヒッパーがビスマルクに通信をしたのだが、その通信は途中で途絶える事になる。何故ならば。

 

 

 

 

『ごめん……なさい……ティルピッツ……556……少し……休ま……』

 

 

『アネキーーー!?』

 

 

 

 

 連日に渡る黒いキューブの実験での成果と共に、ビスマルクの身体に溜まる凄まじいまでの肉体的疲労。更にイオニア海海戦を発端としたサディア帝国、ヴィシア聖座とのやり取りに、指揮官が連れ込んだ重桜関係者の明石との取引などにより、ビスマルクの疲労は限界に達していたのだ。

 

 

 故に、ヒッパーとの通信中にビスマルクの精神と肉体は限界を迎え、倒れてしまった。幸い命に別状はなく、現在は一週間ほどの休暇兼療養中であり、鉄血艦隊の陣営代表代理として妹であるティルピッツが一時的に指揮を取ることになる。これが後に大きな影響を与えることになるとは、この時は誰も知るはずが無かった。

 

 

 誰もが知らない内に、爆弾の導火線に火は既に灯されたのだ。

 

 




 連載50回記念として投稿させていただく今回。偶然ではありますが結果的に今回のお話ではヒッパーとのデートにスパイとの遭遇。何よりもビスマルクが遂に限界を迎えて倒れてしまうなど後の展開にも繋がる重要なエピソードになってしまいました。導火線に火は灯されました。後は爆弾が爆発するのを待つのみ。その爆弾の内容はどんな物なの?と言うのは近々判明するはずです。

・ヒッパーとのデート
指揮官はデートと認識してしませんでしたが実は原作での友好ダイスではシュペーとグラーフとの交流ばかりが優先されてしまい放置され続けた不遇のヒッパー。そんな勉強会以降ろくに指揮官と二人きりにならなかったヒッパーが指揮官を連れ出し交流を深める予定だったのですが…原作の判定の様子は少し長くなりますので活動報告に投稿させて頂きます。

・ビスマルクの気絶
彼女の疲労の多くは指揮官由来のものですが、彼女も黒キューブの研究データを集め、自身の身体に慣らしていく為に無理矢理実験を続けた結果やつれており、更に激務がかさなってトドメに指揮官とロイヤルがまたやらかしてしまい、遂には堪えられなくなり過労とストレスの相乗コンボで倒れてしまうのでした。命には別条がないとはいえ余りにもビスマルクは休む間も無く働き続けた結果でしょう。

 物語が少しずつ動き出す中、次回は情勢説明『北方連合編』久々に登場する北方連合の赤い英雄である指揮官とその妻パーミャチ・メルクーリヤ。地獄の最前線に配属される事になった彼らの運命は……

 コメント、感想、評価をお待ちしております。

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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