鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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今回は少しだけややこしいかもしれません。


第三十八話 嵐の前の静けさ 前編

 

 

 

 

 鉄血海軍本部の地下に存在する会議室にはその日多くの鉄血海軍に所属するkansen達が集まっており、円卓上に並べられたテーブルでは黒の軍服と胸元に鷲賞を身につけて着飾った女性達が座っている。

 

 

 彼女達の表情は多種多様であったが一つだけ共通しているのは、とある事件に関して強い怒りを胸に秘めているという事だ。

 

 先日、鉄血海軍の指揮官ヴァイスクレー・ヘルブストが部下のアドミラル・ヒッパーとの休暇中に何者かに襲撃され、突如銃撃を受けて足を負傷。犯人の二人組は逃走するも、その二人は恐らくロイヤルに所属するスパイであると予想されていた。

 

 少し前に指揮官はスパイと休暇中に遭遇しており逃走を許している。だからこそ今回の襲撃事件は顔を見られてしまったスパイの口封じ。そしてサディア帝国でロイヤルの襲撃を防ぎ、マルタ島を奪取する要因を作り上げた若き英雄として鉄血とサディアから注目されていたヘルブスト指揮官への報復の可能性もあったのだ。

 

 実際には様々な偶然が重なった結果ではあるが、今重要なことは祖国の地で鉄血の同胞の血が流れてしまったことであり、どちらにせよ同胞との絆を重視し国是としている鉄血にとってロイヤルからの挑発、イオニアの報復ともとれる行動を許せるはずもなかった。

 

 公務にあたる面々や、負傷したヘルブスト指揮官の元で警備と護衛を行うグラーフ・ツェッペリン達が欠席する中会議は始まるのであった。

 

「こんな会議を開くまでも無いわ。私たちの顔に泥を塗った愚かなスパイを八つ裂きにして、その頭を塩漬けにしてエリザベスのクズの元に送りつければ良いだけよ」

 

 

 会議が始まってすぐさま口を開いたのはドイッチュラントだ。プライドが高く、普段は強気な言動で威勢のいい言葉を口にしていた彼女は、その日は聞く者の背筋を凍り付かせるほどに冷徹な表情を浮かべ、ゴミを処理するかのようにそう口にする。

 

 彼女の妹であるアドミラル・グラーフ・シュペーは襲撃されたヘルブスト指揮官の部隊に配属されており、普段はヘルブスト指揮官を下等生物扱いするドイッチュラントであっても今回ばかりは怒りを抑えられない様子であり、むしろどこまでも冷徹にロイヤルを処理するように口を開く。

 

「流石にエリザベスの元に首を送るのは反対しますが……私も今回ばかりはスパイを沈めることに異論はありません。ヘルブスト指揮官は自分がスパイを先に捕まえようとして反撃を受けたと言っているようですが、どのような形であれロイヤルは先に引き金を引いて英雄の血が流れた。我が同胞のために鉄血の力とならんことを。その言葉の通り確固たる手段を講じることに関して異論はありません」

 

 

 メガネ越しから円卓を見回すのは第二遊撃艦隊に所属する旗艦グナイゼナウ。普段は冷静でありドイッチュラントを諌めるように口を開く彼女であったが、今回は普段とは違い苛立ちを覚えているのか、その声色からは何度か顔を合わせたこともある知り合いが傷つけられたという、確かな怒りを感じることができた。

 

 

 グナイゼナウ、ドイッチュラントだけではない。この会議に参加するほぼ全ての者達がロイヤルへの怒りを堪えているのだ。

 

 

 ロイヤルはグラーフ・ツェッペリンを襲撃しようとしたが、鉄血は我慢した。

 

 ロイヤルはセイレーンごとこちらの同胞にレス島で攻撃を仕掛けたが、鉄血は穏便に収めるために矛を収めた。

 

 ロイヤルの捕虜達を捕らえたヘルブスト指揮官は、その権限を使って彼女達が不自由のない暮らしをできるように何度もビスマルクに頭を下げて、捕虜達は客人のように扱われている。

 

 

 ロイヤルが友邦サディア帝国に奇襲攻撃を仕掛けても、鉄血は報復よりもサディアとの友好関係の構築を優先して決してロイヤルに仕掛けることはなかった。例え鉄血に攻勢のための余裕がないという事情があっても、ロイヤル相手に耐え続けた。

 

 

 そう、鉄血は何度も何度もロイヤルの挑発的な行動に耐え続けてきたのだ。レッドアクシズを結成しアズールレーンから離脱をして宣戦布告を行った鉄血であったが、彼女達自身の視点ではいたずらに戦火の拡大させることもなく人類種の敵であるセイレーンとの戦いを優先し、穏便な形での講和を望んでいたのだ。

 

 

 ロイヤルからすればふざけるなと声を上げて怒り狂うだろうが、事実鉄血はバルト海海戦以降国内の防備を固めており、現在は全ての攻勢計画を中止してサディア、ヴィシアとの関係を深めて外交による解決を目指していた。

 

 しかし、一発の凶弾はそれをすべて台無しにする。捕虜を人道的に扱い、敗北して海に沈もうとしていたイラストリアスを必死に泳いで助けた英雄ヴァイスクレー・ヘルブスト。そんな英雄にロイヤルのスパイは躊躇いなく発砲し、その命を奪おうとしたのだ。

 

 

 許せるはずがない。許されるわけもない。何故ならそれは、鉄血にとって最も許されない唾棄すべき卑劣な行為なのだから。

 

 ロイヤルが栄光を。ユニオンが自由を。重桜が調和を重視する国是を主張する中、鉄血が最も重視するものは同胞との絆。

 

 

 

 

 ――血は海水(みず)よりも濃く、絆(おもい)は鉄より堅い―― 

 

 ――鉄の規律と血の栄誉。同胞を信じる絆と守ろうとする意思が我らの未来を明るく照らす――

 

 ――団結せよ鉄血公国軍人よ。互いを信じ、一人一人が力を尽くし、再び人類に母なる蒼海を取り戻すのだ――

 

 ――死力を尽くして軍務に当たれ。決して死なず。決して諦めず。胸に煌めくライヒスアドラーに恥じぬ軍人となれ―― 

 

 ――私は決して貴方達を見捨てない。栄光、威光、調和、自由、正義、忠誠、教義。各国が戦う理由は様々だが、鉄血が重視するのは同胞との絆、常に貴方達の後ろには同胞がいることを決して忘れるな――

 

 ーー我が同胞のために鉄血の力とならんことを!!そして鉄血の未来に幸あれ!!!――

 

 

 

 かつて陣営代表であるビスマルクが演説で主張した通り、鉄血は同胞との絆を最も大切にしている国家である。そんな鉄血が捕虜に紳士的かつ慈悲をもって接し、サディアと鉄血の関係を大きく深める要因を作り上げた若き英雄を傷つけたロイヤルを、王家を、スパイを、クイーン・エリザベスを許すはずもない。

 

 

 あの時のビスマルクの言葉は正しかったことが証明されることになったのだ。たとえビスマルクがロイヤルとの全面戦争を望んでいなくても、彼女が身を粉にして改革した鉄血海軍は皮肉にも彼女の思惑とは別の方向に向かおうとしている。

 

「それが……皆が望むことなのね」

 

 

 過労で療養中のビスマルクに変わって陣営代表代理を務めるティルピッツは疲れたように皆を見回す。彼女は本来ビスマルクと同じくロイヤルとの全面戦争を望まず、姉の外交による解決方針を支持していた。

 

 しかし、円卓に並ぶ鉄血艦隊のkansen達の目には少なくない憎悪が滲んでいる。いや、この円卓に存在しない上層部も、鉄血軍人も、別の指揮官達も皆ロイヤルの理不尽と非道を許すはずもないだろう。

 

 ティルピッツも内心では他の面々と同じように、例え指揮官の言うことが真実であり偶然に偶然が重なった結果のこの惨状であったとしても、個人としては躊躇いなく銃を手にかけたロイヤルのスパイに怒りの感情を秘めている。しかし、今スパイを沈めてしまえばロイヤルは、クイーン・エリザベスは間違いなく報復を開始するだろう。

 

 報復、報復、また報復。血で血を洗う報復と憎悪の連鎖による全面戦争の果てに待ち受けるのは………どちらにせよ姉から陣営代表の代理を任された鉄血軍人として、それは許容できないものだった。

 

 

 だから、今は耐え忍ぶ時である。ロイヤルを捕縛しつつも丁重に扱い、ロイヤルに抗議をしながら今まで通りサディアとヴィシアとの関係を強める。だからこそ、決してスパイを殺して全面戦争の導火線に火をつけることだけは避けなければならない。

 

 幸いティルピッツ以外にも特別計画艦であるオーディンとマインツは視線で合図を送り、同調してくれるようであった。だからこそティルピッツは反対意見を述べるために口を開こうとするが……その言葉は一人のkansenの発言によって打ち消された。

 

 

「ロイヤルを殺せ。ロイヤルに首を送りつけろ……ね。ふふっ、皆大事なことを忘れてないかしら?」

 

 

 苦笑しながら銀髪の美女はそう呟く。その発言にスパイへの強行的な攻撃と断罪を主張するドイッチュラントはイライラとした表情で相手を睨みつける。

 

「なんなのオイゲン?貴女はあの女王のクズ共になんとも思わないの?このドイッチュラントは今からでもスパイ達にありとあらゆる苦痛を与えながら沈めてやりたいわよ!!」 

 

 

「だから……まず前提条件が間違ってるのよ」

 

 

 ドイッチュラントの発言に飄々とした態度で応じる銀髪の美女の名前はプリンツ・オイゲン。指揮官の元に配属されているアドミラル・ヒッパーの妹の一人であり、彼女は自らの姉を一歩間違えればロイヤルの襲撃の結果失っていたかも知れないのだ。だというのに余裕のある表情を崩さないオイゲンに、シスコンのドイッチュラントは敵意を隠さない。

 

 

「そもそもね、ヒッパーのところの指揮官は相手がロイヤルだと予想しているようだけど……本当にそうなのかしら?」

 

 

 もしかして同調してくれる味方が?と期待を向けるティルピッツ達。しかし彼女達は知ることになる。

 

 

 

 ───この会議の参加者で最もロイヤル相手にブチ切れているのはプリンツ・オイゲンだという事実を。

 

 

 

「はぁ?何言ってるのよオイゲン!!あんた耄碌したんじゃないでしょうね!?そもそもあの指揮官がロイヤルのスパイと断言しているし、鉄血に手を出そうとするなんて現状ロイヤルくらいで他の勢力は……」

 

 

「そう、それよ」

 

 

 ドイッチュラントの怒りの言葉は、クスクスと無邪気に笑いながらしっかりと声を上げるオイゲンの言葉によって打ち消される。鉄血のkansen達は理解できなかった。オイゲンは何を言おうとしているのか?

 

 

「スパイの所属勢力に関してはヘルブスト指揮官の発言以外は不明。ヘルブスト指揮官は動作や言動からほぼロイヤルと断言しているようだけど不明だわ。それにロイヤル以外にもイデオロギーの関係で仲の悪い北方連合や潜在的な敵である重桜、ユニオンの可能性もある。つまりね……相手はどの勢力に所属しているのか不明の状態で鉄血の指揮官を銃撃して逃走中。つまり……」

 

 ───相手が自発的に所属勢力をはっきりとさせない限り、ハーグ条約の適応外なのよ。

 

 その瞬間、ドイッチュラントも含めた会議の参加者はオイゲンの思惑を一瞬で理解してしまった。ティルピッツは笑顔のオイゲンに目を向けるも、オイゲンは常に笑顔で話を続ける。

 

 

「私達、鉄血軍人はkansenも含めて正当に軍人としての責務を果たして、その条件定義として当てはまるから軍人として認められる。ハーグ条約では言ってみれば『上官にあたる責任者がいること』『軍人として分かりやすい格好をしていること』『作戦行動中は武器を隠さずに携帯し続けていること』そして『軍人として行動するときは課せられたルールと法令を厳守すること』それらを全て守って初めて鉄血の軍人であると見なされる。勿論、他の国だってそうなのよ?じゃあね……その『所属不明』のスパイは条約として提示されている条件をいくつ守っているのかしら?」

 

 

 戦争にはルールがあり、それを守らなければ虐殺につながる。だからこそ締結された国際条約であるハーグ条約では捕虜の扱いや民間人への攻撃禁止など明確なルールが存在している。

 

 事実ヘルブスト指揮官はイーグル達を降伏させる際にロイヤルネイビーと名乗らせたからこそ、彼女達は所属不明な武装勢力ではなく正当な捕虜としての権利を獲得したと言えるだろう。

 

 

「相手が99%ロイヤルのスパイであっても相手が認めない限り、現状その二人は休暇中の鉄血軍人を攻撃した犯罪者。国際条約としての軍人としての条件に何一つ当てはまらない。つまりね……相手が擬態したセイレーンの可能性だってある」

 

 ありえない。

 

 この世界では、人型のセイレーンこそ何度か確認されているが、別の世界では『駒』と呼ばれたkansenのコピー体は一度も出現しておらず、オイゲンの発言を全員が内心では否定する。

 

 

 しかしだ、相手が『ロイヤル』のスパイではなく、人類種の絶対的な敵である『セイレーン』の可能性があるというのなら……相手を『ロイヤル』の軍人ではなく条約適応外の危険分子として扱える。

 

 

「オイゲンお前!?」

 

 

 ティルピッツと同じく強行的な路線を危惧していたオーディンはオイゲンの意図を理解して否定しようとする。この女はスパイを『セイレーン』として処理するつもりであると。ロイヤルのスパイの二人を軍人として戦死させる名誉をも与えず、所属不明な便衣兵、あるいはセイレーンとして残酷に処理した上でそのことを発表してエリザベスを煽り、肯定か否定かの選択を強要するつもりなのだ。

 

 

 しかし、オイゲンはオーディンに笑いかけつつ、可愛げにウィンクを投げつけながら言葉を紡ぐ。

 

 

「そう、スパイは自発的にロイヤル所属と名乗って証拠を見せない限りは、条約の適応範囲外であってセイレーンの可能性がある危険分子なのよ。さぁ皆に質問するわ、人類種の敵であって蒼き航路を奪った敵であるセイレーン。そんなセイレーンの可能性もあるスパイに私達はどう対応すれば良いのかしら?」

 

 

 オイゲンの発言に会議室は静まり返る。ありえない、スパイがセイレーンであるなんて万が一にもあり得ないのだ。

 

 しかし、ロイヤルではなく彼女達をハーグ条約適応範囲外のセイレーンとして扱えば、なんのしがらみもなく殺すことができる。敵が自発的にロイヤル出身であると名乗る可能性も低く、名乗ればそれはそれで別の対処をするだけだ。

 

 もし、スパイ二人をセイレーンと後に鉄血が発表した際。ロイヤルが黙っていればエリザベスは泣き寝入りせざるを得ないだろう。仮に相手がロイヤルネイビー所属であると抗議をした場合、ロイヤルはイオニア海海戦と指揮官暗殺未遂事件が起きた今、鉄血にスパイを派遣していた事実を認めることになる。

 

 そうなれば状況的に暗殺命令を出したと暗に発言するのと同義であり、国際社会からのエリザベスの信用は他に落ちるだろう。

 

 オイゲンの発言は、まさにロイヤルのエリザベスに悪魔のような二択を叩きつけるものだ。鉄血がこれから殺すことになるスパイを認めて外交的にダメージを受けるか、認めずに泣き寝入りをするか。

 

 もしも、本当に、あり得ない話だが、万が一スパイが本当にセイレーンだった場合、鉄血は人類種の敵であるセイレーンの初の擬態型の個体を撃破することに繋がるのだから損はない

 

 

 オイゲンの言葉に全員が押し黙る。同時にオイゲンがどれ程に内心激怒しているのかと息を呑む。大切な姉を蹴り飛ばされ、その姉と親しい指揮官が銃撃されたのだ。その笑顔の下にどれだけの怒りを抱えているかは想像に難くない。

 

 

「ティルピッツ。ドイッチュ。そして皆にもう一度聞くわ。相手は『ロイヤルの』スパイなのかしら?それとも『ハーグ条約適応範囲外でありセイレーンの可能性も存在する』スパイなのかしら?」

 

 この会議に参加していたオイゲンとヒッパーの妹であるザイドリッツ、後にヴェーザーと呼ばれることになる彼女は日記にこう記すことになる。

 

 

 

 ────あんなに激怒しているオイゲンを、そして周囲の空気を完全に掌握して物事を進めるオイゲンの姿を見たことがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、そんなことがあったのね……」

 

 

 陣営代表として与えられた私室にて、ベッドに座るビスマルクは静かに口を開く。過労で倒れた結果、彼女は部屋で外界の情報を遮断して静かに安静するように軍医に命令されこうして療養していたが、その療養は妹であるティルピッツの言葉によって終わりを迎えることになる。

 

 

「ごめんなさい姉さん……私は……」

 

「謝るのは私の方よ。こんな時に倒れて貴女に辛い決断を押し付けてしまったのだから」

 

 

 罪悪感故に頭を下げるティルピッツにビスマルクは力なく微笑んで、コーヒーを口にする。いずれ、こうなるかも知れないとビスマルクは予想していた。ロイヤルと鉄血が全面戦争になることを恐れていたとはいえ、まさかロイヤルのスパイが指揮官を銃撃をするだなんて予想外ではあったが。

 

 オイゲンは相手が名乗らない以上セイレーンとして始末すればいいと発言しており、既に鉄血の幹部達はそのつもりのようだ。しかし、ビスマルクは理解していた。エリザベスが決して泣き寝入りをするだけの女ではないということを。

 

 

 既に宣戦布告の状態であり、タラント港を容赦なく空襲しようとしたロイヤルは、たとえスパイがロイヤル所属である事を認めなくても報復として鉄血を攻撃するだろう。そうなれば戦禍は膨れ上がり多くの血が流れることになる。

 

 もしかすると、ロイヤルが鉄血全体をセイレーンに汚染されたミュータントと発言して、ハーグ条約の適応範囲外として無差別な攻撃を行わないとも言い切れないのだ。

 

 覆水盆に返らず、賽は投げられた。あの一発の銃弾は指揮官を傷つけただけではなく、同胞を重視する鉄血の激怒を促し、全面戦争の狼煙をあげてしまったと言えるだろう。

 

 ティルピッツは止めることはできなかったが、たとえ自分であってもあの会議でオイゲンの熱に当てられた鉄血の同胞達を落ち着かせることは不可能であったはずだとビスマルクは嘆息する。

 

 

「ティルピッツ、あとは任せなさい。責任は全て私がとって、こうなった以上スパイを……」

 

「姉さん、貴女はまだ療養中でしょ?」

 

 

 ティルピッツは慌てて立ち上がろうとする病み上がりのビスマルクを止めようとするがビスマルクの決意は固かった。

 

「鉄血は決して忘れない。受けた恩を。そして受けた恨みを。こうなった以上はガス抜きも兼ねてスパイをどんな手段を使ってでも抹殺するしか、ないのよ」

 

 

 他のアズールレーン諸国には融和的姿勢を取ることはできても、ロイヤルとの白紙和平は最早あり得ないだろう。ビスマルクは今まで獲得した全てのカードを使ってでもロイヤルを追い詰めることを決意する。ロイヤルが音を上げるまで。

 

 追い詰めて、追い詰めて、更に追い詰めるのだ。それが最も早く、そして最も鉄血の皆が望む未来となり得たのだから。

 

「ティルピッツ。公王陛下に宰相閣下、上層部に諜報部だけではなく、サディア帝国とヴィシア聖座に連絡を。三国会談はまだ難しいだろうけど……確実にこの戦争を勝ち抜きロイヤルを追い詰め、孤立させ、報復するために……更に『彼女』もスパイの撲滅のために出てもらうわ」

 

「……本気なのね」

 

「ええっ。それにねティルピッツ……」

 

 ふらつく足で彼女はマントを身に纏いながらボソリとつぶやいた。

 

 

 

「同胞を傷つけて逃亡するスパイ相手に私だって内心激怒しているのよ。グラーフが選んだ彼は着任以来ずっと鉄血に尽くし続けてくれた。そんな彼の流した血が未だに精算されることなく地面を這っている……私達の怒りと本気を、エリザベスの尖兵の脳髄に恐怖と共に叩き込んでやるわ」

 

 

 そう呟く彼女の瞳の奥では静かな炎が燃え盛っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴェネト!?貴女は正気なのか!?」

 

 リットリオは声を荒らげながら自らの姉に向かって問い詰める。時は少し流れてここはサディア帝国本部の総旗艦の執務室。『イオニア海海戦』の結果、大量の捕虜とマルタ島を獲得したサディア帝国はレッドアクシズとの連携の強化と対アズールレーン路線を表明。更にマルタ島の統治などによって指揮官達が帰った後も多忙な日々を過ごしていたのだが、そんなサディア帝国にも『指揮官暗殺未遂事件』の概要は届いたのだ。

 

 事件の概要が耳に届いた時の総旗艦ヴィットリオ・ヴェネトの姿は痛ましいものだったとリットリオは振り返る。あまりのことに倒れ込みそうになりながらも業務を終え、自室に帰ってからは泣きそうな顔で必死に耐えていた姉を見て、当然リットリオは姉の心を傷つけ、あの男を傷つけたロイヤルに怒りを覚えた。

なりながらも業務を終え、自室に帰ってからは泣きそうな顔で必死に耐えていた姉を見て、当然リットリオは姉の心を傷つけ、あの男を傷つけたロイヤルに怒りを覚えた。

 

 だが、それ以上に衝撃的なのはその後のヴェネトの対応である。暗殺未遂事件の後の『全ての顛末』を聞いたヴェネトはリットリオをただ一人執務室に呼び、とある一つの計画を口にする。その内容にリットリオは声を荒らげたのだ。

 

「ヴェネト!考え直せ!?それはロイヤルとサディアに100年は遺恨が残る所業だぞ!?貴女はあの男への恋心のために、なんてことをしようとしているのか理解しているというのか!?」

 

 計画書を机に叩きつけたリットリオはヴェネトを必死に説得する。リットリオはヴェネトがサディアを救った英雄ヴァイスクレー・ヘルブストに好意を持ち、結婚を目指していることを知っている。そのために姉の恋を応援してはいるが、だからこそ、その恋心故の暴走を行おうとしていた姉を止めようとしているのだ。

 

 (この計画が実行に移された場合、サディアとロイヤルの関係は完全に破綻する。たとえこの戦争にレッドアクシズが勝利しても、戦後10年は関係が断絶し100年間はロイヤルに恨まれる…!)

 

 そう、危惧するリットリオであったがヴェネトはずっと無言を保つ。そしてリットリオが話し終えてからしっかりと部屋に響き渡る声で口を開いた。

 

 

「100年恨まれる……それが、どうしたというのですか?」

 

 

 ゾッとするような冷徹な女性の声がリットリオの耳に届いた。リットリオはその瞬間自分が震えていることに気がついてしまう。普段は誰よりも温厚で優しくおっとりとしたヴェネト。そんなヴェネトと目の前の総旗艦が同一人物であると、リットリオは一瞬そうは思えなくなってしまう。

 

 姉は本気だ、冗談ではなく本気で計画を実行しようとしている

 

「私はこの計画を実行に移してもロイヤルとの和平は決して不可能ではないと思います。鉄血のカードは豊富ですし、鉄血さえ武力的にも外交的にもロイヤルを追い詰めてしまえば、ロイヤルは嫌でも我々と和平する必要があるでしょう」

 

「だから…!」

 

「だからです。だからこそ、この戦争が終わるまでの間に実行に移す必要があるのです」

 

 リットリオの声を遮り、ヴェネトは冷たく言い放つ。

 

「それにリットリオ。貴女は私が本気でヘルブスト様への恋心だけで動いたと思うのですか?たしかに私はあの人を愛していますし、あの人を卑怯に傷つけたロイヤルに怒りを覚えます。ですが……」

 

 ヴェネトはリットリオの、愛する妹でありもっとも信頼する副官の目を見て曇りなき目で語りかけた。

 

「私は恋心ではなく、この計画が本当にサディア帝国の未来にとって大切だからこそ立案しました。決して色ボケではなく、むしろヘルブスト様が傷ついた今だからこそ、もっともタイミングとして最適でしょう。とはいえ躊躇いを捨てたのは間違いなくヘルブスト様が傷つけられたのが要因ではあるのですが」

 

 彼女は、本気で愛する人が傷ついた事件すら利用して国益のための行動を取ろうとしていた。ヴェネトではなく総旗艦ヴィットリオ・ヴェネトとして。サディア帝国の国益のために、国粋主義者として自らの恋心を封印してでも現在の状況を利用しようとしているのだ。

 

「責任は全て私が取ります。私の名は間違いなくロイヤルでは未来永劫恨まれ続けるでしょう。ロイヤルとサディアの関係は10年は修復不可能になるかもしれません。しかし、100年間ロイヤルに恨まれようがその先の、150年。いいや、1000年後のサディアの未来を思うのなら私の選択は間違っていないはずです」

 

「ヴェネト……」

 

「いい機会です。鉄血とも話し合いましたがヘルブスト様を『英雄』とするために、『イオニア海海戦』で彼がどこまでサディア帝国に尽くしてくれたのか、そしてそんな彼がロイヤルによって暗殺未遂を受けた情報も含めてそろそろサディア帝国に広めましょう。そして、水面下で準備をしていき、タイミングを見計らって計画を実行に移しましょう」

 

 ヴェネトの脳裏には愛する男の顔がついよぎってしまう。彼女は本気で鉄血の指揮官を愛している。しかし、この計画を実行に移し、そしてその真意を知られてしまった後、果たして自分はヘルブスト様にどう思われるのだろうか?そして汚れた自分がヘルブスト様の横に果たして立てるのだろうかと内心吐き気を覚えてしまう。

 

 しかし、彼女は躊躇いはなかった。全てはサディア帝国の未来のために。ロイヤルを追い詰め、国益を追求する。この行動のためにどれだけ多くの人が不幸になるだろう?というヴェネトとしての甘さを総旗艦は捨て去り、リットリオに向かって命令を行う。

 

「リットリオ……総旗艦の名において命じます。計画のために協力を要請します。もし私が間違ってるのであれば過去に言った通り、この場で私の権限を取り上げなさい。そうでなければ……」

 

「……貴女がそこまでの覚悟をもっているというのなら最早私は何も言わないよ。準備はこのリットリオが進めておく。貴女一人で罪と責務を背負わないでくれ。私もその重荷を背負うとしようか…ははっ」

 

 無理に力なく笑おうとするリットリオを見てヴェネトは罪悪感に襲われる。しかし、悩むのはもう全てが終わった後にしようと既に覚悟を決めたヴェネトは一言リットリオに「ありがとう」と呟くと、元老院に提出するための資料の作成に移る。

 

 (ヘルブスト様……一刻も早く回復なさることを祈ります。そして貴方からの手紙を私はいつまでも待ち続けます)

 

 シェフィールドの放った一発の凶弾は鉄血とサディアで、そして世界を大きく変えようとするのであった。

 

 

 

 

 

 

情報部より報告

内容

鉄血公国の動向

同国政府の連絡によると

「緊急鉄血円卓会議」

において

「まずはその血で贖罪してもらうとしよう」

を選択したとのことです。

 

 

 

 

情報部より報告

内容

サディア帝国の動向

同国政府の連絡によると

「サディア帝国の反応」

において

「1000年先の未来のために」

を選択したとのことです。

 

 




・鉄血の反応
暗殺未遂事件直後のお話。
オイゲンが言っている事をまとめれば

ロイヤルのスパイとして二人を捕まるなり沈めるルート→ロイヤルは上から目線で即刻解放しろと命令するか、ロイヤルの「軍人」二人を殉教者扱いして鉄血に悪のレッテルを貼りかねない。

所属不明勢力として撃破して鉄血が発表→陛下が文句を言わなければロイヤルのスパイでないのだから、たとえ二人を失ってもロイヤルは泣き寝入りするしかなく。認めればどう言い繕っても国際社会にはっきりと自分達はスパイを派遣していたと発表する事になり、状況証拠的に全世界からやっぱり暗殺したと思われる。


 相手はほぼ間違いなくロイヤルのスパイではあるが本人が口に出さない限りはそうとは断定できない。そして条件的に捕虜を扱う国際協定の条件でスパイは何一つ守っていないのだから何をされても文句は言えないし、なんならセイレーン扱って殺す事も可能。スパイ二人を仕留めてからロイヤルに抗議を行うのではなく、軍人としての二人の名誉を粉微塵にする為に所属不明の武装勢力、便意兵、セイレーンとして海の底に沈めてその上で大々的に発表。

 シェフィ達の王家の戦士である誇りを踏み躙り、ロイヤルに自分の口でスパイを派遣したと認めさせるか、それとも泣き寝入りさせるかという二択を叩きつけようとするのでした。

 相当オイゲンはキレています。最早オイゲンの行動の結果ガス抜きも兼ねて必ず鉄血海軍は前提条件として捕虜ではなく、スパイの二人を抹殺する必要が出てくるのでした。ちなみにロイヤルはどのルートでも確実に陛下はストレスで倒れつつもその後は報復措置を忘れないでしょう。

・サディア帝国の反応
 暗殺未遂事件も含めた一連の出来事が終わった少し先の未来のお話。
 サディア帝国は早期に暗殺未遂事件を知ってヴェネトは心を痛めてましたがやがてこのスパイ騒ぎが全て終わった後、なんらかの計画を立案して実行に移す予定に。リットリオにすら止められ、ロイヤルに確実に恨まれるもサディアの為になる計画の全容に関してはかなり後になりますが描写しますのでお待ちくださいませ。

 ちなみにヴェネトはずっと手紙を待ち続けてますがシュペーとの指輪騒ぎにグラーフとのデート。そして暗殺未遂事件と様々なことが重なって指揮官の頭にはヴェネトの手紙の事が抜け落ちており、手紙が開かれるのはもう少し後になりそうです。


 少し長くなってしまいましたので前後編に。次回は療養中の指揮官についての描写から。運命の日は刻一刻と近づいてきています。

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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