ダイナモ作戦。それは過去に国内が親レッドアクシズに染まりつつあるアイリス教国にてリシュリュー枢機卿を中心とした反レッドアクシズ・親アズールレーンの面々の軍人、宗教関係者、指揮官、政治関係者、kansenそしてその家族やリシュリュー枢機卿を信奉する数十万人にも及ぶ国民をロイヤルに亡命させる為の作戦である。
ノール県ダンケルクに集結した数十万にも及ぶアイリス国民はロイヤルネイビーの支援もあって数日間に渡る緊張を乗り越え見事亡命に成功。そしてメルセルケビール海戦に繋がったレッドアクシズが初めて苦い敗北を味わった出来事であった。
このダイナモ作戦ではヴィシア海軍は国内に残留する枢機卿派の面々の妨害やサボタージュも重なりまともに対処する事も出来ずに敗北したとされているが、その裏にロイヤルの影があったことは疑う余地もないだろう。クイーン・エリザベスは枢機卿を利用する事で祖国奪還のための亡命政権の支援という名目で力を拡大しておりダイナモ作戦の際の多数の亡命艦隊を護衛したのも王家の戦士達であったのだ。
そんなロイヤルにとっては栄光的な勝利を勝ち取る事となったダイナモ作戦の名を受け継ぐのは皮肉にもロイヤルと敵対しているサディア帝国であり、数千隻の艦隊を率いてスエズ運河に殺到している。その船を見てみれば軍艦だけではなく、タンカーや大型漁船に至るまで様々な船が混じっており、明らかに正規の軍人ではない者達が操舵している姿も多く見られた。
彼らの艦艇の多くはサディア帝国のものであるが先のマルタ島の戦いにて接収した民間船や鹵獲したロイヤルの漁船や無人艦だけではなく、ヴィシア海軍や鉄血海軍といった本来存在しないはずの艦艇に、中にはレッドアクシズの旗こそ掲げているが船の操舵を行なっている人物の中には獣のような身体的特徴を持つ者達も多数存在しており、まさにモザイク模様のような統一感のない艦隊はスエズ運河に殺到している。
事情を知らないもの達からすればサディア帝国が如何にして短期間でこれだけの戦力を集めたのか?という疑問を抱かせるには十分過ぎる程の光景であった。
「ザラ……貴方と言う方は!!」
怒りに燃えるフッドはザラを睨みつけながらこの光景を説明しろと言わんばかりに叫ぶが、対するザラは涼しい顔のままフッドを見つめ返す。
「あら?どうしたのかしらフッド卿?何か問題でも?これから捕虜の返還が始まるというのに随分と余裕がないご様子ですけど?」
ザラはまるで挑発するかのように怒気を放つフッドに対して語りかける。しかし、その言葉を受けてフッドの怒りは更に増していく。
「ふざけないでくださいまし!これは一体どういうことですか!?何故30万人ものロイヤル国民を貴方達はこんな場所に連れてくるのですか!?」
激怒したフッドは掴みかからんばかりにザラに憤慨するが、ザラはあら?とわざとらしく首を傾げる。
「何故も何も私はちゃんと説明して、そちらの陛下とこちらの総旗艦様もちゃんと電話会談で話し合ったはずよ。私達は先の海戦で勇敢に戦ったマルタ島の勇敢な方々の9割以上をロイヤルに返還すると何度も言って、ロイヤルもそれに賛成した……あっ、もしかすると」
ザラはニヤリと笑みを浮かべる。
「貴方達ロイヤル側は『ロイヤルネイビーの兵士』だけを返還すると思っていたのかしら?こちらとしては『マルタ島で勇敢に耐え続けたマルタ島全国民』の事を言っているつもりだったのだけど……不幸な行き違いね。でも結果的に良いじゃないの、想定より多くの国民を私達敵国の占領地から脱出させることに成功したのよ?予想外のボーナスといった所かしら?」
ザラはそう言うとクスッと笑うがフッドは耐えきれないと言わんばかりに叫ぶ。
「これの何処が捕虜返還なのですか!?貴方達がやっている事は!強制移住となんら変わりない行動ではありませんか!?」
フッドの叫び声が響き渡る中、スエズ運河には次々と船が港に入港してくる。その船にはびっしりとマルタ島に在住していたロイヤル国民が疲れた様子で次々とスエズ運河の地に降り立ち、付近の表情が固まったロイヤル軍人やkansenに助けを求めているのだ。
疲れたから寝る所がほしい。
もう2〜3日あの船ではまともに食べていない、何か食べさせてほしい。
医薬品が欲しい。
サディアの奴らに押し込まれたんだ。
トイレはどこだ?
次々と現れるロイヤル国民は矢継ぎ早にロイヤルの軍人達に助けを乞うのだが、彼らの数は想定の100倍近くの数であり到底ロイヤル軍人達は彼らの要望を答えることが出来ずに、長旅で疲れたマルタ島の人々には苛立ちが募り、あっという間に対応可能なキャパシティはオーバーしてしまう。
それでも富の集結地帯と呼ばれたスエズ港の圧倒的な広さによって、同時接舷により人々は増え続け、フッドの持つ軍用通信機では混乱と要望が雷が鳴るように矢継ぎ早に伝わっていく。
数で言えばおよそ5万人程の亡命者達が一気にスエズ港に押し寄せてきたのだから当然と言えば当然であるのだが、役目を終えた船員達は全ての人々の輸送に成功した事を確認するとあっという間にマルタ島に帰っていき、残された5万人の民間人の対応にロイヤルは追われていき、怒号のような声が響く中フッドはザラを問い詰める。
「ザラ!今すぐ止めなさい!このスエズに30万人もの人々を収容する能力なんて…!」
「無理ね」
ザラは呆れるようにフッドの言葉を否定する。
「理由はいくつもあるけれど一つ目は今更こっちの船団が戻るなんて物理的に不可能だから。食糧を切り詰めてギリギリまで人々を詰め込んで隊列を組んでスエズ運河に向かっているのに、今更3日以上かけて全船団にマルタ島に戻れと命令?正気なの?物資の欠乏問題もあるし、何よりスエズで解放されると信じていた貴方達の国民に説明できると思うの?」
ザラの説明通り既に艦隊は簡単に進路を変更できない程に隊列を組んで向かっており、今更戻れなんて言えば隊列が乱れる事になり、どれだけの混乱を招くか想像も付かない。
更に半ば強引に財産もほぼ持ち出せずに詰め込まれたマルタ島国民は様々な面で不安と苛立ちを抱えているのだから銃を持ったサディア軍が護衛(監視)をしていても船内で大規模な反乱が起こりかねない。そんな事は『善意』で行動するサディア帝国にとって鉄血やヴィシアまで動員したこの作戦で絶対にあってはならないのだ。
更に距離の問題もあり、ジブラルタルほどでは無いがマルタ島とスエズ運河は1500キロ近く離れており、このクリスマスまでに捕虜の多くを解放する為の作戦なら為に船団は数日前から出港しており、今さら作戦を中止と言われても現実的にはほぼ不可能だろう。
そして二つ目の理由だが……。
「それにね、フッド卿?大体、中立地帯であるスエズ運河で捕虜を解放すると言い出したのは貴方達ロイヤルじゃない。私達はマルタ島まで貴方達の海軍が迎えにくればいいと提案したというのにわざわざ私達に捕虜を移送するように希望したのは貴方達ロイヤルよ?」
ザラは睨みつけてくるフッドに冷たく言い放つ。サディア帝国の善意の交渉にてロイヤルはサディア帝国を全く信頼していなかった。そう、あのウォースパイトとリットリオの交渉の時のように。ロイヤルが歩み寄りを見せてマルタ島に自分達がサディア帝国を『信頼』して迎えにきていれば、この様な『不幸』なすれ違いによる最悪の事態は免れたのだ。
だがロイヤルによって未遂とはいえタラント港を『卑劣な奇襲攻撃』によって攻撃されようが、サディア帝国は歩み寄りの立場を崩さず、こうしてロイヤルに『勇敢に耐え続けたマルタ島の人々』を迫害の嵐に晒される前に『善意』によって返還しようとしても、ロイヤルは上から目線で微塵もサディア帝国を信じずにマルタ島に迎えにくる事を否定し、サディア帝国が燃料や食糧を全て負担しつつ中立地帯であり、ロイヤルの保護領であったこのスエズ運河にて捕虜を解放する様にエリザベス達は主張したのだ。
「もしも、貴方達がこちらを信じて軍を派遣して迎えに来てくれれば私達の認識の齟齬にも早期に気がついたでしょう。しかし貴方達は私たちの祖国を最後の最後まで信じる事無く、手を伸ばす事もなく、その結果がこれよ。残念だわ……」
ザラはそう言うと肩を落とし、悲しげに俯いた。その表情の裏では彼女は内心では笑みを浮かべているのか。それとも尊敬している総旗艦がロイヤルに与えた最後の和解のチャンスをロイヤルが踏み躙った事により失望をしているのか。そうこうしている内に第一次船団はマルタ島に帰還する為に動き出し、その背後から再び数万人のロイヤル国民を連れた船団が現れている。
「さぁ、フッド卿。これがサディア帝国の『誠意』です。どうかお受け取りください……それとも私を。今回の捕虜輸送任務の責任者であり、和解のための使者であるこの私を貴方達は『中立地帯』で武器をとって拘束しますか?ヨークが中立地帯であるこの地域に逃げ出した時に私達は武器を納めたというのに、貴方達はそれすらも無視して私に……サディアに武器を向けるのかしら?」
フッドはザラの言葉に何も言えず、ただ黙って彼女の言葉を聞き続ける事しかできなかった。
第二次輸送船団がスエズ港に入港すると、そこにはマルタ島の人々に溢れていた。
輸送船の甲板には大勢の人々が降り立ち、ある者はようやく解放されたと。あるものはサディアに脅されて連行された事をロイヤルの軍人達に暴露する為に。あるものはロイヤルに失った財産の補償を求めて。またあるものは違う船に乗っていたのか家族との再会を喜び合い、中には泣き崩れる者までいる。
こんな疲弊した状態の難民と化したマルタ島国民を今すぐマルタに戻れと命令する事は物理的にも人道的にも不可能だろう。そして仮にザラを拘束なんてすれば世論の支持を失いかねない。最早フッドに出来る事はザラの拘束やサディアへの報復ではなく今なお増え続けるマルタ島住民への対処に、ひっきりなしに連絡してくるエジプト国政府への釈明であった。
「……この事はロイヤルは忘れません。貴方達はどの様な美辞麗句を並べようが策略によってロイヤルの国民を強制移住させた事実は変わりありません」
ザラの言葉にフッドは何も反論できず、無力感に打ち拉がれながらそう答えるしかない。ロイヤルで摂政として少なくない交渉を成功させてメルセルケビール海戦を勝利に導いたクイーン・エリザベスが最も信頼する一人であるフッド卿。そんな彼女は今回のサディア帝国の謀略を何故見抜けなかったのか後悔の渦に飲み込まれていく。
もしも、前提条件が全く違うがマルタ島がサディア帝国に占領されなければ、サディア帝国に数多くのkansenや輸送用の船舶が集い、鉄血やヴィシアだけではなく重桜の商船団までも国内の艦艇をかき集めて少しずつサディア帝国の港を埋め尽くしている事に気がついた筈なのだ。
マルタ島の喪失はロイヤルの目を奪い、更に指揮官暗殺未遂事件の暴露といったビスマルクの演説によってロイヤルは世界中のスパイを休眠せざる得ない状況に追い込まれて耳を失っていた。情報を制する者が戦いを制するからこそ情報は黄金よりも価値があるとヘルブスト指揮官は語っているが、その情報の取得が不可能となっていたからこそエリザベスはヴェネトの策略に乗せられたと言えるだろう。
もしマルタ島を失わずにいたら、もしタラントへの『再現』が成功していれば、地中海の覇権はサディア帝国の手に渡る事はなかったのかもしれない。だがそれはタラレバの話であり情報を失い、総旗艦ヴェネトを信じることが出来なかったロイヤルは本当の意味でマルタ島を喪失する事になったのだ。
今頃マルタ島はレッドアクシズの手によってロイヤル時代以上の防衛網の構築がされており、いずれは移民によってマルタ島が実効支配されるに違いない。最早この戦争を圧倒的に有利な状況で勝たなければマルタ島は永遠にロイヤルから失われたも同義であるとフッドは理解する。
そう。ロイヤルは……サディアの最後のチャンスを。歩み寄ろうとする手を振り払い、疑心を抱いたからこそ永遠にマルタ島を喪う事となったのだ。
「貴方達の強制移住計画によって我々の関係は完全に破綻するでしょう。我々は貴方達の『誠意』を決して忘れはしません……我々は決して今日貴方達が受けた仕打ちを忘れないという事だけは伝えておきましょう」
「……最初から最後まで、ロイヤルはサディアを信じなかった。しかし、鉄血は私達を信じてくれた。私から言える事はそれだけよ。それではフッド卿、私は用事があるからそろそろ行くわ」
踵を返して艤装の保管場所に向かうザラの背中をフッドは黙って見送り、その姿が見えなくなると同時にフッドはその場に膝をつく。
「陛下……申し訳ございません……私の力が足りず……」
フッドの瞳からは涙が零れ落ち、悔しさと不甲斐なさに唇を強く噛み締める。敬愛する主君の為にサディアの謀略を防ぎ、王家の支持を再び取り戻す為にフッドはこの捕虜返還にて万全の態勢を整えたつもりだった。
しかし、結果はどうだ? 敵であるサディア帝国の言葉にまんまと騙され、出し抜かれ、あろうことかその言葉を受け入れてしまった。そして、その結果がこれだと。スエズ運河をロイヤルが捕虜返還場所として選ぶ事も恐らくサディア帝国は予想して居たはずだ。判断材料は幾らでもあり、自身があの時……ザラに捕虜返還として帰ってくるのは兵士であるか?と聞いていればここまでの悲劇にはならなかった。
次々と返還の為にレッドアクシズの船団は港にマルタ島の国民を下ろしていき、何れはこの港はマルタ島住民で覆い尽くされるだろう。衣食住を求め、故郷から追い出された30万人もの難民。彼らの為にすべき事は山積みであり、至急対処しなければ暴動が起きかねない。
「……全てはあの鉄血艦隊との交戦から狂い出しました……本来であれば我々は今頃……」
フッドはそんな事をぼんやりと考えながら目の前の現実に目を背ける。今更後悔しても遅いと分かっていても、やはり後悔せずに入られない。『再現』はメルセルケビール海戦までは全てが上手くいっていたのだ。全ては……全ては本来存在しないはずの黒衣の空母を暗殺しようと陛下が部隊を派遣してから全てが狂い始めてしまった。
本当にこの戦争は勝てるのだろうか?国民に不信感を与え、国際的な支持を失い、ユニオンはモンロー主義に染まり、北方連合と重桜は個別講和。東煌も参戦の兆しはなく最早ロイヤルと自由アイリスだけでレッドアクシズに立ち向かわなければならないというのに30万人の難民の対処まで……なまじ『再現』という希望が見えたからこそ、まるでサイコロの出目を全て悪い方向に振り切ってしまったような絶望感がフッドを包み込む。
「……フッド様……大丈夫ですか?」
「えぇ……すみません……それではアレクサンドリア基地からはありったけの物資をスエズに持ってくるように伝えてください。無いよりはマシでしょう……スエズの倉庫にあるロイヤルの食料品も解放して下さい。でなければ飢えた難民達はこの国で暴動や略奪を起こしかねませんからね」
「分かりました。すぐに手配します!」
フッドは自らの権限を使って無断でスエズ運河に存在する本来ロイヤル本国に送るはずの膨大な食糧が備蓄しているはずの倉庫を解放する事を宣言する。全てが終わればフッドはまず間違いなく失脚するだろう。だが、飢えた国民が中立地帯であるこのエジプトで暴れてしまえば最早ロイヤルには止める術はない。
「責任は全て私がとります。エジプト政府には私から連絡を。彼らにも戒厳令を即座に敷いてもらい……難民達が暴発しない様に動かなければ、全てが終わりますから」
今出来ることは少しでも早くマルタ島の住民を本土に避難させるための準備と暴動の抑止、そして集まりつつある難民達に食料を分配する事。それが今の彼女にできる精一杯の事だった。
後の歴史で『20世紀最悪のクリスマス』と呼ばれる事になるこの捕虜返還にてフッド卿の評価は賛否両論であった。
サディア帝国に彼女達が確認を取らずに謀略にハマり、30万人もの強制移住を引き起こしたのだと言う人もいれば、彼女が自身が失脚する事を恐れずにスエズ港の倉庫を解放し、パニック寸前となりながらもkansen達の主砲を難民達に向け、制御し続けたからこそ暴動は未然に防げたのだという人もいる。
だが、彼女の行動がロイヤル王国を窮地に追い詰めた事だけは事実である。サディア帝国の策略を見抜けなかった事。ただでさえマルタ島の陥落によって物資が欠乏しつつあるという状況での、30万人もの故郷を失った民族も違う難民を受け入れる事となったロイヤル王国の国民感情の悪化を招いた事。
その二つは彼女にとって大きな痛手となり、後にフッド卿は摂政の地位を返上するも最早クイーン・エリザベスの政治的な地位は失墜し、国民の支持率はいよいよ5割を切ったのは言うまでも無かった。
それでも政治的には失墜した彼女の軍権が保たれた理由は彼女の手腕だけではなく、これがレッドアクシズの離間策であると多くの政治家や軍人が冷静に理解していたからこそなのだが、最早クイーン・エリザベスの地位は崖っぷちと言えるだろう。
彼女は最早政治に関しては現体制の維持すら難しくなり、この戦争に圧倒的な勝利を収めなければエリザベスが作り上げた政治的地位は確実に崩壊し、kansen不要論すら噴出する始末となるに違いない。
何れにしても30万人の難民は中立地帯に置き去りにされる事となり、ロイヤルはレッドアクシズとの戦争どころではなくロイヤルは多くのkansenや艦艇を使い、多額の資源と税金、そして時間を湯水の如く浪費する羽目となる。一度は植民地であるロイヤル領アフリカに30万人の難民達をピストン輸送をしつつ、悪化したエジプトとの関係の修復に、30万人の人々の衣食住の提供や、彼らをロイヤルの本土に輸送する為の計画など最早ロイヤルは戦争をしている場合ではなかった。
そう、レッドアクシズはクイーン・エリザベスから支持率や物資だけではなく時間が経つにつれてクイーン・エリザベスの支持率は下がっていき、北桜同盟との講和のための確保や、戦力増強に謀略の為の下準備など……レッドアクシズはこの捕虜返還によって『時間』という最大の武器を手に入れたのだ。
これらの動きに関してロイヤルは勿論強制移住であると激怒して国際社会に訴えかけるも、レッドアクシズ各国からは善意の行動を強制移住呼ばわりされる事で怒りに油を注ぎ、講話を控えた北桜同盟は一刻も早く事態が収集する事を望むと短く発表するだけであった。
そして、ユニオンはロイヤル本国に支援物資を提供するも、強制移住というロイヤルの発言に同調する事なく、レッドアクシズを非難する事もなく沈黙を貫く。いや沈黙によって『面倒ごとには巻き込まれたく無い、自分のケツは自分で拭け』と暗に発言し、ビスマルク達は最早ユニオンはレッドアクシズからの攻撃さえ無ければ参戦する事はまずないと判断し、戦争終結のための計画は最終段階に向かうのであった。
マルタ島の人々を乗せた艦艇を輸送する事はそう簡単なものではなく、未だにサディア帝国の東南部にはセイレーンの前哨基地も存在しておりマルタ島を巡る混乱もあってか未だに攻略や調査は出来てはいなかった。故に地中海はサディア帝国のバスタブとなりロイヤルの脅威こそなくなったが未だにその海路は不安定と言えるだろう。
今回サディア帝国がロイヤルに仕掛けた30万人もの難民を押し付ける作戦も結局の所、難民達が生きて本国へ辿り着かなければ意味はなく、だからこそサディア帝国はその難民輸送の為にレッドアクシズの国々に艦艇のレンタル、譲渡だけではなく護衛役としてkansen達の派遣を要望し、その結果この地中海ではサディア帝国、鉄血公国、ヴィシア聖座とレッドアクシズを構成する三カ国のkansenたちが捕虜輸送艦隊の護衛任務についていた。
その総数はサディア帝国を中心におよそ百人近くとされており、これほどのkansen達が地中海に集う光景は歴史的にも過去の大戦を含めても数少なく、まさに第二次ダイナモ作戦は史上最大のレッドアクシズによる共同作戦と言っても良いだろう。
それまで疑心暗鬼に陥っていた三カ国はタラントを防衛した『救国の艦隊』の英雄譚、そして卑劣なロイヤルという『悪』に対する敵対感情により一致団結し今回の作戦に参加しており、その証拠にレッドアクシズの三ヶ国の艦隊は皆、同じ旗を掲げている。サディア帝国の盾を中心にヴィシア聖座の斧と鉄血公国の剣を交差させた三つの国旗の意匠を表す旗は彼らの結束の固さを表すかのに、大きく翻っていた。
捕虜の是非を回りロイヤルの軍人達が怒号を上げながらその対処に追われる中、自身の担当する第二次輸送船団の護衛を終えたシュペーはふぅ……と一息つきながら艤装を展開させて海上に立ちながらため息を付く。セイレーンに襲われなくて良かった……と思いつつも、夜間の強行軍の疲労によって眠気を感じながらも彼女は辺りを見渡していた。
喧騒から逃れる様に彼女は少し離れた場所で休暇にしており、騒音に塗れた陸とは違い海は静寂に満ちており、聞こえるのは自身の呼吸音ぐらいだ。既に時刻は深夜であり、月明かりに照らされた雲が夜空を流れていく。
(もう、こんな時間なんだ……)
ずっと護衛任務に集中していた彼女はふとその事実に驚きつつ、今頃スエズの方でも大騒ぎになっているのだろうか?と考える。だが、そんな事を考えても仕方がない。
シュペーは30万人の捕虜の行く末について心を痛めてはいたが、同時にグラーフからロイヤルは現在の情勢では捕虜を見捨て送り返す可能性はまずない。そしてこの捕虜輸送任務を完了させれば主戦派であるエリザベスの失脚は時間の問題であり、講話への大きな一歩を踏み出す事になると聞いていた。
つまりはこの戦争を終わらせる事が出来る。躊躇いや罪悪感を振り払い、そう考えながら彼女は月を見上げ、改めて決意する。
自分は最後まで戦い抜くと。この戦いが終わったとしても自身の居場所が何処にあるのかわからない。しかし、それでも自分の居場所守る為に。ドイッチュラント、ヒッパー、グラーフと過ごす日々を。そして大好きなヴァイスに告白する未来を掴む為に。その未来の為に、彼女は戦おうと心に決めていた。例えどんな結末になろうとも皆で笑って穏やかな日々を過ごす為に……その想いを胸に抱きながらも彼女の疲労は限界を迎えつつあった。
(疲れた……帰って寝たい……)
祖国から離れた地中海に到着して直ぐにマルタ島からスエズ運河までほぼ3日近くの間彼女は仮眠をとりつつもクリスマスに間に合わせる為に強行軍を続けていたのだ。その身体は悲鳴を上げて休息を求めている。流石に今夜は朝まで寝よう。適当に捕虜を変換してマルタ島への帰路に着く船にベッドを借りて休ませてもらおう。
そう思いながらシュペーはゆっくり適当な軍艦に向かおうとするが、背後から何かが急接近する事に気がつく。一瞬だけ警戒しながらレーダーを眺めると、識別反応はサディア帝国であり安堵の表情を浮かべいると、見知った人物がシュペーの目の前に現れる。
「久しぶりねグラーフ・シュペーさん。こっちに来てるって聞いたから挨拶の一つくらいと思って来たんだけど……」
現れたのは燃える様な赤い髪に緑を基調とした露出度の高い軍服姿で身を包んだ爆乳美女、かつてサディア帝国滞在中に自分達の世話係をしてくれた総旗艦ヴェネトの懐刀であり、今回の捕虜輸送任務の責任者でもあった重巡kansenザラであった。
「えっと、お久しぶりですザラさん。それと私の事はシュペーでいいですから」
「あらそう?じゃあ遠慮なくそう呼ばせてもらうわ。それでどうシュペー、元気にしてた?ヒッパーさんとグラーフさんは?」
一気に距離を詰めてくるザラにどちらかといえば人付き合いが不慣れなシュペーはあたふたとしつつも、なんとか返答をする。
「えっと……はい、二人共相変わらずですよ。グラーフさんは本国で任務らしいので来てませんがヒッパーちゃんなら第四次輸送艦隊の護衛役ですからもう少し待っていれば合流できると思いますよ」
それを聞けばザラは嬉しそうな笑みを浮かべ、柔和な表情をシュペーに向ける。フッド達との前では凍てつく様な視線を向けていたザラであったが、そこまで親しい関係にこそ慣れなかったが何度も顔を合わせ、そして祖国をロイヤルの魔の手から救ってくれた一人であるシュペーにザラは感謝と尊敬の念を抱いていたのだった。
「そっか……元気そうで何より、と言いたい所だけどじゃあヴァイスの様子はどうなの?ロイヤルのスパイに暗殺されかけて血だらけになったと聞いたけど……」
「……えっと、負傷はしましたが報道されている内容と比べれば軽傷なので大丈夫だと思いますよ?それに、今はもう治療も終わっていますから……はい」
ザラからの質問に対してシュペーは言葉を濁す。ザラは自身の指揮官を純粋に心配してくれる事は嬉しく思うのだが、何故ザラさんは指揮官の事をヴァイスと名前呼びしているのだろう?と言う疑問があったからだ。
(そりゃ、指揮官とザラさんは滞在中は仕事でよく二人で話してるし、指揮官から名前で呼んでもいいって言われたのかもしれないけど……なんかちょっと妬ける、かな?)
心優しく、おとなしくて温厚な性格であるシュペーを指揮官や姉のドイッチュラントは天使と称える事もあるが、恋を知った彼女は思わずヤキモチを妬いてしまう。ヒッパーやグラーフが指揮官の事をヴァイスと呼ぶ事は良いとして、どうしてもザラが彼の事を親しげに名前呼びするとチクリと心の奥底に棘が刺さった様に感じてしまったのだ。
(ザラさんに悪意は無いのはわかっているのになんでこんな気持ちになるんだろう……)
そんな事を考えながらシュペーは無言でザラを見つめていると、その表情を見て何かを察したのか、ザラはふふっと微笑むとシュペーに向かって口を開く。
「よかった、彼が無事で何より……シュペーって、もしかして指揮官の事が好きになっちゃった?」
ズバリ図星を突かれてしまい、シュペーは顔を真っ赤に染め上げる。その様子を見ればザラは更に楽しそうに笑う。
「なっ……!?」
「安心してねシュペー。私は彼に恋愛感情は持ってないから。でもこんなに可愛い女の子に惚れられるだなんてヴァイスも幸せものね」
クスリと笑みを浮かべるザラにシュペーは違うと反論しようとするも、どうしてもそう言おうとすれば愛している指揮官の顔が浮かんできてしまい言葉が出なくなってしまう。結局シュペーは顔を真っ赤にしながら白状するようにザラに返事をする。
「好き、ですよ。ヴァイスの事を私は異性として愛しています。付き合ってもいないし告白もまだなので彼は私の気持ちに気がついてすら居ませんけどね」
シュペーの言葉を聞いてザラはやっぱりと言った様子で笑みを浮かべる。
「ごめんなさい。ちょっと揶揄うつもりだったけどそこまで素直に言われるとは思わなかったわ……それだけあの人の事が好きなの?」
「そう、ですけど……どうアプローチすればいいか分からなくて……ザラさんにもし異性と付き合った経験があるなら教えて欲しいなって……」
指揮官と数週間も出会えず寂しかった事もあり、少しだけ大胆になったシュペーの相談を受けてザラは顎に手を当て考えるも、少しだけ申し訳なさげに首を横に振る。
「悪いんだけど私には恋人と呼べる存在はいなかったのよねぇ……私達kansenは軍属だし、案外総旗艦様って人使いが荒いから異性との出会いなんて無いに等しいのよね」
苦笑いを浮かべるザラにシュペーはそれもそうだなと思いつつ、やっぱり恋は一人で頑張るしかないかと結論づけようとした所で……背後から何かが親しげに話しかけてきて、肩を叩かれる。
慌てて振り返ればそこにはシュペーより背が低い黒髪の人懐っこそうな少女が満面の笑みを浮かべていた。ここが海上である以上彼女はkansenなんだろう。レーダーで所属を確認すればその所属はサディア帝国と書かれているが容姿はサディア帝国の軍服ではなく、何処の国か特定出来ないように黒のマントと麦わら帽子を被っていた。
「ヤッホー♪なんか面白そうな事話してたから悪いけど聞かせてもらったわよ!恋愛相談なら私に任せなさい!私も結婚してるからきっと貴女の役に立つわよ!」
「……貴女は明石の所の傭兵、ですか?」
「まぁそんな所!大丈夫〜♪私はアズールレーン所属だけど貴方達と敵対なんか考えてないから安心しなさい!」
シュペーが疑問を口にすると同時に彼女は満面の笑みを浮かべながら左指を見せつける。そこには銀色のケッコン指輪が光っていた。
表向きは今回の作戦はレッドアクシズ主体の作戦ではあるが裏では明石の商船団も関わっており、事実上重桜もこの作戦に参加していたと言えるだろう。明石はヴェネトの要望を聞き秘密裏に重桜の不要な輸送船をできる限りかき集めて一時的に差し出したのだが、同時に今作戦に限っては操舵のために多数の人員も派遣されていた。
重桜出身者である彼らは退役軍人を中心とした者達であり、元軍人故に船を操る技術に長けており、引退した旧式のkansen達はその護衛として普段から傭兵としてセイレーンから船団を守るために世界中の海を駆け巡っている。
とはいえユニオンやロイヤルに中立とはいえ重桜がバックに潜んでいる明石の商船団の作戦参加がばれてしまえば、ヘタをすれば血で血を洗う最悪の事態を招く可能性もあり、こうして獣の特徴を持つ重桜出身者達はローブや帽子で顔を隠し、予備の艤装を借りて偽造する事で参加している事をザラやシュペーは知っていた。
ちなみに彼らが動く為の燃料はマルタ基地のロイヤルが保存していた備蓄物質を。受け取る報酬は30万人の国民を船に詰め込んだ際に接収した財産から抽出しておりサディア帝国の懐は痛むどころか寧ろ潤う程であり、エリザベスが聞けば間違いなく血涙を流して睨みつけていたはずの禍根を残す所業であった。
「えっとシュペーちゃんだっけ?貴女は自分の部隊の指揮官が好きなのよね?そうね〜、その気持ちわかるわよ?私のダーリンも自分の部隊の指揮官で一目惚れして猛アタックの末に結婚したんだもの〜」
「そ、それは凄いですね……」
「ふふんっ♪でもね、恋してからわかったんだけど指揮官って……いや、男って結構鈍感なのよねぇ……だからシュペーちゃんも頑張ってアピールしないと指揮官は気がつかないかも?」
「鈍感?」
ドヤ顔で語る傭兵の少女相手にシュペーは疑問符を浮かべると、ふふん!と胸を張りながら少女は自信満々に答え始める。
「そうよ!私が彼に一目惚れして付き合うまでにどれだけ苦労したか……ちょっと露出を多くしてもオシャレの範疇扱いされるわ、積極的に話しかけても私の方が年上だから萎縮されて距離を置かれるわ……」
(年…上?)
kansenの肉体年齢は基本的には変化しないとされているとはいえ、目の前の少女ははっきり言って高く見積もっても中学生、小学校高学生程の外見をしている。そんな少女にシュペーは思わず目を丸くしてしまうが、そんな彼女の内心に気が付かず少女の愚痴は続く。
「他にもデートに誘ってくれないかな?休暇空いてるよ?ってそれとなくアピールしても『ゆっくりと休んで下さいね』とか言われたりしてねぇ……基本的男って内面はエロい事考えていても、外面は真面目で女性に紳士的な人って多いのよ。特に軍人として指揮官に選ばれる様な人は思想検査も合格してるだけあって愛国心の塊な真面目な人ばっかだから余計にねぇ……」
少女の愚痴を聞いてシュペーも何となく理解する。確かに自分の指揮官はフランクな言動ではあるが常に紳士的でシュペー達が女性である事も配慮してくれているが、そもそもkansenは女性だらけでありそんな自分達に配慮出来ない男は幾ら適正があれど選ばれないだろう。
事実この世界の指揮官は各国に複数存在しているがヴィシア聖座に残留した指揮官など一部例外を除けばどの指揮官も男女問わず温厚かつ真面目で愛国心が強く、女性に対しての配慮も出来る人物ばかりであり、同時に真面目過ぎて奥手だからこそ恋愛のハードルが少し高くなっているのだ。
「という訳でまずは自分から積極的にいかないとダメよ!さぁ、シュペーちゃん!私と一緒に恋のレッスンを受けてみましょ!
「あ、あの……私は……」
「遠慮しなくていいから!ほら行くわよ!レッスンその1!男を落とすなら料理の腕を上げるべし!」
グイグイ来る傭兵の少女の言葉に若干引きつつもシュペーは興味深そうに彼女の言葉をに耳を傾ける。
「料理は役に立つわよ〜私の場合はケッコンして同棲してるからできる限りは毎日ダーリンに作ってあげるけど、ケッコン前から定期的にお菓子とか軽食なんかを作って食べて貰えば話の話題になるから覚えておいて損はないわ!」
「料理……」
シュペー自身はマンジュウ達が料理を作ってくれる環境で過ごしている為に料理経験はなく、唯一の経験は指揮官へのクリスマスプレゼントに送ったマロングラッセだけであった。とはいえ将を射んと欲すればまず馬を射よという言葉もあり、まず胃袋から指揮官にアピールするのも悪くないだろうとシュペーは納得する。
「恋のレッスンその2は付き合ってもない男女間で自分からデートに誘って貰えるなんて思わない事ね。だから自分からガンガン行くしかないのよ!デートしたいなーと思ったら指揮官にデートしよっか♡って言えばOKよ」
シュペーはふむふむと言いたげに傭兵の少女の話を聞き続ける。確かに自身の指揮官が自発的にデートに誘ってくれるとは思えない。なら自分から誘うしか方法がないのだろうと思い込む
「そして、最後はキスして押し倒すぐらいの勢いが必要ね♪」
「き、キス!?」
突然出てきた大胆な単語にシュペーは思わず顔を赤く染めて声を荒げる。
「うふふ♡初々しい反応ね♪でも本気で好きな人と結ばれたいのならキスどころか胸押し付けて誘惑とか普通にしちゃうわよ?」
「えぇっ……」
「まぁ最初は恥ずかしいし勇気がいるかもしれないわね〜でも、やってみたら案外簡単よ?あっ、でもやり過ぎて下着姿で迫りながら胸押し付けたりとかしたらダメよ?私のダーリンの場合それで興奮して、そのまま私のおっぱい好き放題してレイプ紛いの事されたんだから……いやあれはレイプね。あの時は私もやり過ぎて強引に処女膜破られた時の激痛は三日間取れなかったわよ…」
「れ、れいぷ?」
聞き慣れない言葉に首を傾げるシュペーだが、少女は気にせず話を続ける。
「あ、そういえばシュペーちゃんはまだ処女だったわよね?大丈夫よ、処女喪失って死ぬ程痛くて股裂けるんじゃないかと思うらしいけど、私は痛みよりダーリンに初めてを奪われちゃった喜びの方が勝ったから全然平気よ?むしろめちゃくちゃ興奮したから初めてがあんな形で良かったと思ってるくらいだし……いやまぁ流石にアレで喜んでるのはちょっとどうかとは思うんだけどね〜」
「…………」
(うわ……)
流石にドン引きするシュペーだが、傭兵の少女は特に気にせずに話を続ける。
「まぁ私の処女云々は完全に失敗だったから反面教師にしてもらうとして……まとめると料理の腕磨いて、積極的にデートに誘ったりしてお互いの事を知って見るのが一番ね。シュペーちゃんは可愛いんだし自信を持ちなさい!貴女みたいな女の子に好きって言われて嫌な男なんていないわよ!だからね、自分の恋心を欲張りになっても良いからどんどんぶつけていきなさい。それじゃ頑張って!」
そう言って傭兵の少女はバン!とシュペーの肩を叩く。シュペーとしては最後の失敗談は聞かなかった事にしても、恋愛初心者である自身と比べて傭兵の少女の言動には説得力を感じてしまう。
(この人……幸せそうだな……やっぱり大好きな人とケッコンしてるから、かな?)
そんな事を考えている内にシュペーは無意識に傭兵の少女の左手薬指に嵌められた指輪に視線が向いていた。自分もいつか指揮官と恋仲になればこんな風に指輪を贈って貰えるのかと考えてしまい、それと同時に自身の指揮官が自分に指輪を渡してくれるだろうか?と考える。
「……」
「ん〜どうしたのシュペーちゃん?」
「あ……いえ、何でも……その、ありがとうございます。とっても参考になりました」
シュペーは慌てて誤魔化すが、傭兵の少女はニヤリと笑って励ます様にシュペーの頭を撫でる
「いいのよ、これくらいお姉さんにドーンと任せなさい♪ 何かあったら連絡頂戴ね!いつでも相談に乗ってあげるから!……と言ってもこっちも連絡先とか教えられないから今度何か私に相談があれば手紙を書いて『クーちゃん宛に』って言えばきっと対応してくれると思うわ!」
傭兵の少女……いや、クーちゃんと名乗った彼女は満面の笑みを浮かべてシュペーにそう言い放つ。その笑顔はどこまでも幸せそうであり、シュペーにとっては眩しい反面少し羨ましくも感じられた。
「……はい!その時はよろしくお願いします!……えっと、クーちゃん先輩」
「んふふ〜そう呼ばれるのも悪くないわね!それじゃまた会いましょうね後輩ちゃん!」
そう言うと傭兵の少女……北方連合のkansenパーミャチ・メルクーリヤは自身の愛する指揮官、そして愛する息子の待つマルタ島に向かう船団の一つに乗り移ると手を振って別れを告げ、シュペーもまた巨大な義腕を振りながら彼女を見送るのであった
(パーミャチ・メルクーリヤ……北方連合の最古参のkansenね。そりゃ重桜と北方連合は同盟関係なんだから繋がってるとはいえ、北方連合の彼女がわざわざスエズまできたって事は……北方連合。いや北桜同盟は第二次ダイナモ作戦の裏で何かを企んでいるって事かしら?メルクーリヤの報告は総旗艦様から聞いてもいないしマルタ島に帰ってから問い詰めようかしら?)
そして、メルクーリヤとシュペーの会話を横で無言になって聴き続けていたザラはそう決意すると、シュペーと別れてスエズ港に戻りつつ今後の身の振り方について思案するのであった。
数時間後、フッドの謝罪の通信を聞いたクイーン・エリザベスは何かを決意する様に拳を握りしめる。当然彼女の傍らにも、フッドの報告にもウォースパイトの姿はない。サディア帝国は99%の捕虜(民間人)は解放したが戦力となり得る軍人達は一切解放しなかったのだから。
「……国民は和平を望み、政治的な権威は内外問わずに地に落ちる。最早戦争どころではなく何もしなければ私は不信任案を提出される……ってレッドアクシズは思ってそうだけど……本当に、追い詰められたわねぇ……」
エリザベスは連日の徹夜と弁明に戦争計画の見直しなどもその美しい容姿に陰りが見えていた。化粧では誤魔化しきれない程に目の下には隈ができており、睡眠不足により肌も荒れている。美しかった金髪はまともに風呂に入っていないのかボサつき、疲労故に執務室には栄養ドリンクの空き瓶が目立つようになっていた。
そんな彼女を心配するメイドはそっと紅茶を差し出すも、今の彼女にはその気遣いさえも煩わしく感じてしまう。
最早ここまで来てしまえば後戻りはできない……だが、まだまだロイヤルは戦える。未来を掴む為には最早なりふり構ってはいられない。彼女はストレスによって療養中のベルファストに変わり、代理でメイド長を勤めているグロスターに静かに口を開く。
「……グロスター。今から話す面子を全員今すぐ呼び出しなさい。ヴィクトリアス、アークロイヤル、ロドニー、それに……」
「陛下……」
グロスターは主君が何を企んでいるのか予想しつつも、不気味な程に目を爛々と輝かせながら笑みを浮かべる陛下に凍り付く。それはまるで悪戯を思い付いた子供の様であり、同時にその瞳の奥底にある狂気に恐怖すら覚えてしまった。
「……短期決戦よ。本国の五月蝿い連中が何か言う前に遂行し、そして混乱の最中に全てを終わらせるわ……もっと早くやっていればよかったのよ。なんで気が付かなかったのかしら?ははっ…ははは……全部……全部終わらせてやるわ……ははははははははは!!」
その言葉と同時に彼女は狂ったように笑い声を上げる。その様子にグロスターは静かに目を瞑って自身の主君に跪く。
「なんなりと……全ては王家の栄光の為に」
陛下は狂った様に笑ってはいるが、全て彼女は祖国の未来だけを求めていた。グロスターは彼女の愛国心と苦悩を誰よりも知っているからこそ、その願いを叶えるために例えどれだけ多くの血が流れても、自身の全てを捧げる事を誓ったのであった……。
ロイヤルの象徴であるビッグ・ベンの金は鳴り響く。しかし、その鐘の音はクイーン・エリザベスの心を癒すどころか、逆に追い詰めていく。彼女は最早勝利の為ならば手段を選ばない覚悟を決め、そして彼女もまた最早止まれないところまで来てしまっていたのだ。
最早、戦争に勝つ事しか彼女の頭の中には無かった。
最早、戦争に負けるという選択肢は無かった。
最早、戦争に敗北するという結末だけは避けねばならなかった。
時間はなく、マルタ島の捕虜がロイヤル本国に到着すればするほどデモの規模は広がり最後はエリザベスは、kansen達は、ロイヤルは全てを失う事となる。
追い詰められた獅子は最早止まる事は出来ず、ただ目の前の敵を食い殺すことしか出来ない。獅子の身体に毒が回る前に彼女は最後にして最大の一手を打つべく動き出したのであった。
・第二次ダイナモ作戦
史実では存在しない作戦であり、その目的は30万人ものマルタ島の住民をロイヤルに押しつけて強制移住させる事より要衝マルタ島を恒久支配する為の計画案。マルタ島の住民はイオニア海海戦の結果武器を取り上げられて監視されていましたが、ビスマルクの演説に連動した戒厳令によって住民達達を一つの場所に集めるなど計画は進んでいき、最終的に住民達は半ば強制的に安住の地を奪われる事に。
・サディア帝国国民による入植によって実効支配の強化
・官民問わないすべてのマルタ島の財産の収奪
・30万人もの人間を難民として送り届ける事でロイヤルに社会的混乱を招きつつ、クイーン・エリザベスの政治的失墜を目指す
・スエズを保有するエジプト国とロイヤルの関係悪化を煽る
・多数のスパイの派遣
その他にも多数の結果を求める壮大な計画に。ロイヤルが国際社会で『悪』と見られつつあり、サディア帝国の住民の防止の為にクリスマスに捕虜を返還するという『人道的』な効果も期待でき、そして北桜同盟との講話が近く、サディア帝国が反ロイヤルに染まり、ユニオンもモンロー主義で動かないというまさに今だからこそ。今しか出来ない非道な作戦と言えるでしょう。この作戦の結果ロイヤルとサディアの関係は最早冷え込むどころか戦後にも影響する程の問題となり、ヴェネトの名はロイヤルでは悪女として伝わる事になるのはほぼ確定ですが、地中海を恒久的にサディア帝国の海として海上国家として千年帝国を築く為にヴェネトは決断したのでした。
ロイヤルが気が付かなかった理由は既に諜報網がズタズタにされているという事もありますが、ダイナモ作戦ですら1週間近くで30万人近くのアイリス国民をゆっくりとロイヤル本土に送りつけたというのに、スエズ・マルタ間はどれだけ時間をかけても3日近く時間がかかり、更に1日で30万人もの国民を輸送するだなんて事を予想する方が難しいでしょうね。
一方追放された国民が同情されてロイヤルが本土にマルタ島国民の輸送が完了すれば熾烈な報復戦を行うので?という考えも勿論あるのですが……そこはレッドアクシズの最後の矢に期待しましょう。というか陛下も自覚していますが最早彼女は政治的には完全に失墜する事はほぼ確定しましたのでレッドアクシズが何もしなくとも完全に名誉、栄光全てを失い講話になる可能性すら生まれてしまうのでした。
……裏設定で実はヴェネトの案であるマルタ島に直接ロイヤルが船を派遣して捕虜を迎えにくれば、ちゃんとサディアは兵士だけを引き渡すつもりでしたし、レッドアクシズとの講話の窓口となるつもりでもありました。ですがヴェネトの隠れた意図は疑心暗鬼に陥ったロイヤルに全く伝わらず、最後に差し伸べられた手をロイヤルは掴む事はありませんでした。
最初からサディア帝国を全く信頼していなかったロイヤルと、疑心暗鬼になりつつもサディアを信じて虎の子の部隊まで派遣した鉄血。四大陣営のロイヤルにとって取るに足らない筈であった弱小国家のサディア帝国への対応が、ロイヤルの明暗を分ける事になるのでした。
・メルクーリヤ
決してゲストとして登場しただけではなく、レッドアクシズとは別に動き出す北方連合。P・カムチャッキー基地でも姿を見せなかった彼女達の目的は……それはともかく目的なんであれ、シュペーにアドバイスを送ったのは完全に素です。処女云々のエピソードが気になる方はR-18に投稿している『鉄血の旗の元に』外伝、パーミャチ・メルクーリヤの酷い初夜をご覧くださいませ。
・裏話
今回は累計17000文字近い過去最高の文章量となりましたが、本来は更に5000文字程追加される予定でしたが没となる事に。それはスエズ港にたどり着いた国民のトイレ問題でした。
東日本大震災の様に多くの人が集まる場所でトイレの機能がパンクしてしまえば周囲は……地獄となります。30万人もの人間がたった1日で集まる事になったスエズ港に当然そんなトイレ機能はあるはずもなく、周囲は異臭にそまってエジプト国民との軋轢も深まり、糞尿による問題も多数描写する予定ではあったのですが。
『そもそもアズールレーン原作の二次創作でトイレ問題について延々と見たい人なんて早々いるはずも無いよね……』
という事で途中までかかれたトイレ問題によるエジプト国との関係悪化のエピソードは削除される事に。実際にはスエズ港はそれはもう大変な事になりフッド達ロイヤル軍人達は異臭が漂うスエズ港で途方にくれていたでしょう。
コメント、感想、お気に入り登録、評価をお待ちしております。
指揮官の後世の評価はどうなる?
-
戦争を終わらせた立役者
-
サディアを救った救国の英雄
-
ロイヤル最大の敵
-
女の子に手を出しまくりの色を好む英雄