鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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第四十九話 第三の矢

 ピュリファイアーから衝撃的な情報提供を受けた俺は全速力で基地に戻り、年も開けて間もない自室で寝巻きを全て放り捨て、鉄血海軍の黒を基調とした軍服に袖を通す。ライヒスアドラーの鷲章が胸元に輝き、最後に軍帽を身につければ完成だ。

 

 

 本来なら寝巻き姿で本部に走り出したいくらいであったが、流石に正月早々の深夜にビスマルクさんを無理やり叩き起こす事になるという事もあって最低限の礼儀を整えようとしたが、結果的には軍服に着替えるという行為そのものが、荒れ果てていた俺の心境を落ち着かせる事になる。

 

 既に、ビスマルクさんの無事はひとまず確認している。緊急通信で今すぐ伝えなければならない事があると伝えれば、深夜だと言うのに彼女は『今すぐ執務室に来なさい』と緊迫する俺を落ち着かせるように冷静な口調で答えてくれたのだ。そのおかげで多少なりとも落ち着いた俺は本部に向かう為にドアの取っ手に手をかけようとするが、同時に部屋に置かれた四つのプレゼントに目をやる。

 

 

 

 

 グラーフからのプレゼントであるオルゴールはその音色で俺の心を沈めてくれた。

 

 

 ヒッパーからのプレゼントであるオレンジ色のガーベラの花は彼女の優しさを表しているようで、見るだけで緊張が和らいだ。

 

 

 シュペーからのプレゼントであるマロングラッセという名の珍しい栗のお菓子はその甘さで疲れた脳を刺激してくれて、少しだけ頭が冴えたような気がした。

 

 

 そして最後に目をやったのはヴェネトさんから受け取った手紙。この謹慎生活中、彼女の手紙のやり取りは精神的に疲れていた俺にとって癒しになっていた。その多くの内容は他愛のないものばかりで、今日は何をしたとか、何を見たとか……本当にただそれだけの手紙であったがそれによって俺は救われたんだ。

 

 最悪、セイレーンやロイヤルの謀略。ビスマルクさんが信じてくれずとも、個人的にヴェネトさんに頼めばサディア海軍を彼女は動かしてくれる可能性はあるがそれはあくまで副案だ。しかし、ヴェネトさんという一国の陣営代表が俺の味方についてくれるという事実は俺にとって何よりも心強い。

 

 

 だからこそ俺は一刻も早く彼女に会いたいと思っていたのだが……今はそんな事を考えている場合じゃないな。とにかく急いで行かなければ。そう思い直して俺は改めてドアに手をかけ、本部に向かって走り出す。ビスマルクさんの殺害という最悪の未来だけは防ごうと、深夜の薄暗い道中を必死になって駆け抜けるのであった。

 

 

 

 

 

 全ては、俺の大切な人達を失わない為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……はぁ……正月早々に…も、申し訳ございません…ですがビスマルクさんに伝えなければいけない事が…」

 

「落ち着きなさい指揮官。ほら、水でも飲んで」

 

 

 

 汗を書きながら網膜認証を終え、光が漏れていた執務室に飛び込むと同時に肩で息をする俺を見て、座っていたビスマルクさんが苦笑を浮かべる。いつも通りの格好をしている彼女であるが、顔には疲労の色が見えており、彼女が相当無理をして起きていた事が伺える。化粧は最低限であり、美しい金髪のセットもされていないところを見るとかなり慌てていたようだ。

 

 俺は差し出されたコップを受け取り一気に飲み干す。冷たい水が火照った身体に染み渡るようで、ようやく落ち着いてきたところで俺は深々と頭を下げる。

 

「ふぅ……夜遅くに本当に申し訳ございません。ですが直接ビスマルクさんに『例の人物』と出会った時はどうすべきなのか伝えたくて……」

 

 俺の言葉を聞いて、ビスマルクさんが眉間にシワを寄せて険しい表情になる。何か気に障る事でもあったのかと思ったが、それは違うらしい。彼女はしばらく考える仕草を見せると机の下に手をやると、カチリと何かスイッチを押す音が執務室に響き渡る。

 

「これで、今のこの部屋の会話は完全にオフレコになったわ。ここから先は全ての会話が外部に漏らしてはいけない。その事を忘れないように……それで、貴方が出会ったセイレーンの個体はピュリファイアーなのかしら?」

 

 

 真っ直ぐと美しい青色の瞳でビスマルクさんは俺を見つめてくる。その言葉の意味を理解すると共に背筋が伸び、ぎゅっと拳を握りしめながらビスマルクさん先程の会話を伝えてみせる。

 

 

 復活したピュリファイヤーと浜辺で出会った事。

 

 

 要領の得ない会話であったがビスマルクさんが死ぬかも知れないという情報を伝えてきたという事。

 

 

 たったそれだけの会話だというのに伝えるのに随分時間がかかってしまった。何処まで話せばいいのだろうか?ロイヤルがビスマルクさんを害するかも知れない推論も伝えるべきなのだろうか?と迷いながらゆっくりと話し始める俺に、ビスマルクさんは静かに耳を傾けてくれた。

 

 

 全てを話し終えてもビスマルクさんは厳しい表情のまま無言で目を閉じていた。長い沈黙が続いて、俺は不安に駆られると同時に、一国の未来を左右する情報をビスマルクさんに吐き出せた事によってホッとする。軍事だけではなく政治にも精通するビスマルクさんやヴェネトさんは普段からこんなプレッシャーの中で仕事をしているんだろうなと思うと、自然とその二人に対する尊敬の念が湧き上がってくる。

 

 

 やがてビスマルクさんは目を開く。そこには決意に満ちた彼女の姿が映り、思わず俺は姿勢を正してしまう。

 

 

「ありがとう。貴方の情報が無ければ備えることも出来なかったでしょうね。ピュリファイアーがこのタイミングで貴方に情報提供をした以上、貴方の推測の通り……ロイヤルネイビーを利用をして私を殺害するという計画は実行に移されると考えて間違いないわ」

 

 

「……ビスマルクさん。一つだけ質問があります。ロイヤルから会談などの提案は?」

 

 

「あるわよ」

 

 

 自身が暗殺されるかも知れないというのにビスマルクさんはあっさりと答える。そんなビスマルクさんの姿を見て俺は胸の奥底がざわつくような感覚を覚えるというのに、ビスマルクさんはまるで当たり前の事を説明するかのようにロイヤルについて語り始める。

 

「昨夜ロイヤルネイビーからの使者が秘密裏に私にエリザベスからの親書を片手に、今後の戦争を終わらせる為の会議をしないか?と提案してきたのは事実よ。勿論、罠の可能性も考慮にいれてはいたけど……ピュリファイアーの反応と貴方の推測を聞く限り、間違いなくロイヤルは私を誘き寄せて殺害しようとしていたのでしょうね」

 

 

 クソっ……!と内心ロイヤルに向かって舌打ちをする。最悪のシナリオが脳裏によぎり、俺は唇を強く噛み締める。

 

 

 外交的に孤立しつつあるロイヤルは最早戦争継続は厳しいだろうと予想していたが、仮にこちらの陣営代表であるビスマルクさんを殺害してしまえば戦争を終わらせる事は絶望的になる筈だ。

 

 鉄血どころかレッドアクシズという大勢力の代表であるビスマルクさんをロイヤルが殺害してしまえば、怒りに燃えるレッドアクシズはロイヤルとの講話はまず間違い無く受け入れないだろう。例えそんな卑劣な行動をしたクイーン・エリザベスをロイヤルそのものが粛清した所で、最早それだけでは鉄血海軍は納得するはずが無い。

 

 

 今から思えばこれはクイーン・エリザベスにとっての一種の賭けなんだろう。自身が内部から粛清される可能性があっても戦争を無理やり継続させる事で物量の上ではレッドアクシズ各国よりも上であるロイヤルが勝利を行うための布石。

 

 例え多くの血が流れる事となっても講話ではなく、全てを無視してロイヤルは戦争の継続にさえ成功すればレッドアクシズ相手に勝利をする可能性は少なからず存在する。

 

 

 モンロー主義に染まったユニオンやこちらと講和を結ぼうとする北桜同盟を切り捨て、ロイヤルvsレッドアクシズという総力戦という構図を作り上げる事がエリザベスの目的であり、それをセイレーンも望んでいるのだろうと爪で手が痛くなる程に強く握りしめる。

 

 最早戦後の未来やどれだけ多くの血が流される事になろうとも構わない。世界そのものを破壊し尽くすかのような憎悪に満ち溢れたエリザベスの選択と覚悟に背筋が凍りつく。

 

 

「……けどね、私はこの会談に参加する予定よ」

 

「何故ですか!?」

 

 

 思わず声を荒げてしまう。ビスマルクさんの命はもう風前の灯火だというのに、どうして自ら死地に赴くのか理解出来ない。しかし、ビスマルクさんは真っ直ぐと俺を見つめると静かに口を開いた。

 

「貴方には……貴方には伝える事は出来ない。対策は全て行なっておくわ。だから貴方は心配せずに部屋に帰りなさい。そして今日の事は全て忘れて新年の新たな一日を……」

 

「嫌です!!」

 

 

 ビスマルクさんの言葉を遮るように俺は叫ぶ。突然の大声で驚いたのはビスマルクさんだ。彼女は目を丸くすると俺を見る。

 

「申し訳ございませんビスマルクさん……ですが、失礼を承知でお願いします。何故貴方は自身が死ぬ事を、ロイヤルが罠を仕掛ける事を知っていて尚、会談に参加しようとされるのでしょうか?それはあまりにも危険過ぎます!」

 

 

 ビスマルクさんは黙って聞いてくれていた。

 

 

「今回の件はビスマルクさん。絶対に、絶対に断るべきです。ロイヤルは講話の事なんて微塵も考えずに貴方を暗殺する為の餌として会談という設定を作り上げようとしているのです。貴方は鉄血海軍の代表として会談に出席すべきではありません。もしビスマルクさんが暗殺されてしまえば、それこそ鉄血海軍もレッドアクシズも纏まりを失い崩壊してしまうでしょう」

 

「そうね。確かに危険な行為かもしれない。だけど……貴方には……」

 

 

 謹慎期間中にこれ以上勝手な事はしないと決めたというのに、目の前のビスマルクさんがむざむざと死地に赴こうとする現状を受け止める事は出来なかった。明らかにビスマルクさんは何かを隠している様子であり、機密事項なのか言葉が濁る。だが、それでもビスマルクさんが会談に臨もうとしているのだけはハッキリと分かった。

 

 そんなビスマルクさんの姿に俺は自然と拳を握りしめていた。もし、本当にこの情報を打破するためのワイルドカードをビスマルクさんが既に持っているのだとしても……今のビスマルクさんは、まるで死地に身を投じる前の決意に満ちた、誰にも止められないような表情をしていたからだ。

 

 イラストリアスが降伏を拒否して最後の抵抗を選んだ瞬間を思い出す。あの時のイラストリアスの青い瞳とビスマルクさんの青い瞳が俺の中で重なり合う。覚悟を決めて、命を捨てる覚悟を決めたその目を俺はただ黙って受け入れる事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「信じてやってはくれまいか、ビスマルク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、カツンと部屋に誰かが入ってくる。網膜センサーを設置したこの部屋に入る事が許される人物はビスマルクさんの信任を得た人物だけだ。その人物の登場に……驚きと同時に、俺は懐かしさ感じてしまった。

 

 

 

「グラーフ…!?あなた、どうして…」

 

 

 

 グラーフ・ツェッペリン。鉄血唯一の航空母艦にしてキール第三基地の副司令。何よりも俺を基地司令として推薦して、数々の戦いを共に駆け抜けた戦友の登場にビスマルクさんは驚きの声を隠せない。

 

「グラーフ……」

 

「久しぶりだな卿……そして、ビスマルクよ。何を驚く事がある、我とて、ここの幹部である故にここへと来るのは容易な上に……悪いが少し立ち聞きさせてもらっていたぞ」

 

 

 まだ謹慎を言い渡されて一ヶ月も経っていないというのに、まるでグラーフと会う事が数年ぶりのような感覚に襲われる。彼女は書類を抱えているが、何も変わっていなかった。無造作に腰まで伸びた銀髪をたなびかせ、腕を組んで壁に寄り掛かる爆乳の美女。出会った時から何一つ変わらない彼女の姿に何故か安心感を覚えてしまう。

 

 

「夜間訓練を終えて書類整理を行おうとすれば、ビスマルクの部屋が開いていてな……どれだけ防音仕様とした所で航空母艦である我ならば何を話していたのか知る事など簡単な事だ。ふふっ、セキュリティの強化を行うべきだったなビスマルクよ」

 

 彼女の言葉と同時にパチンと指を鳴らせば、窓の外には彼女の鉄血製の艦載機が姿を表す。恐らくこれで内部の情報を知ったのだろうとビスマルクさんが苦い表情を浮かべる中、グラーフは赤い瞳を彼女に向ける。

 

 

「重ねて言うがビスマルクよ、どうか信じてやって欲しい。彼は突拍子のない行動を取り、軍人としては失格な行動を取ったが……信頼という意味では彼は信用できる人材である事は卿自身も知っているであろうし……何より我は彼の感覚、と言うものも割と嫌ってはいないのだ。彼であれば『アレ』を知った所で所構わず吹聴する事はあるまいよ」

 

 

「でも、グラーフ……あれは最高機密で……」

 

 

「内外から既に『英雄』として見られている卿であれば何れは知る事になる事は当然の事。この馬鹿が下手に探りを入れて状況を悪化させるよりも、抱き込んで謀略に参加させる方が余程良い。それに……」

 

 

 

 彼女は俺を見ると、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

 あぁ、やっぱりこの人は変わっていない。初めて会った時もそうであった。普段はクールビューティーである彼女であるが、その内面は面白い事を常に模索している人物であって……まるで俺を悪戯計画に巻き込もうとするかのように、その瞳は輝いていた。

 

 

「この部屋に立ち入れるもう一人の指揮官は計画の全貌を知っているのに不公平である事も一つあるが、ヴァイスクレー・ヘルブストという人物は常にロイヤルに打撃を与える一種の歩く災害のような存在だからな。彼を肉壁として全面的に押し出せばきっとビスマルクの命を失う事もなく、ロイヤルの女王の部屋を血涙で満たすことにつながる筈だろう」

 

「……酷くない?グラーフ?」

 

 

「言っておくが卿が歩く災害であって、何か行動を起こすたびにロイヤルとビスマルクの胃を破壊する事は鉄血の幹部達にとっては周知の事実だ。卿のお陰でビスマルクやその周囲がどれだけ徹夜したと思っている?」

 

 

 呆れるように見つめるグラーフと肯定するように静かに頷くビスマルクさんを見ていると何ともいたたまれない感情が胸に過ぎる。でも仕方ないだろ!?毎回ロイヤルがちょっかいかけてくるんだから!!いや俺の方から首突っ込んだ方が多いかな……多いかも。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 こんな時だというのに鉄血の幹部からそんなふうに思われていたのかとショックを受けている俺をビスマルクさんは嘆息しながら見据える。そして……

 

 

「分かったわ。グラーフが……貴方を雛鳥ではなく、大空を舞う鷹だと認めたのなら私もそれを信じましょう。今から貴方に伝える事は鉄血とレッドアクシズの未来を左右するものよ。ここに誓約しなさい」

 

 

 ビスマルクさんは冷たい瞳を俺に向けると、懐から一枚の羊皮紙を取り出す。それは鉄血の上層部しか持つ事が許されないとされる鉄血式の契約書だった。そこには鉄血の機密事項を漏らす事を禁じる文言と、ビスマルクさんの名前が記載されていた。

 

 

「その契約書にはいくつか誓約が書かれているけれど……それにサインをしてしまえば、貴方は最早鉄血海軍から離れる事は出来ない。生涯に渡って指揮官として鉄血海軍に忠誠を誓い、その一生を鉄血軍人として祖国に捧げる覚悟があると言うのなら、今すぐこの契約書にサインしなさい。迷う事は許されない。今ここで部屋から立ち去っても私は貴方を責める事はないわ」

 

 彼女が差し出した契約書を受け取る。もしこれにサインしてしまえば俺はもう二度と、鉄血の軍人を辞める事は出来ないだろう。生涯を鉄血軍人として全てを差し出し、以前のような醜態を晒せば今度こそ銃殺刑となる可能性もある。それでも、俺は。

 

 

「勿論です」

 

 

 俺は躊躇なくペンを手に取ると、ビスマルクさんの目の前にある書類へと自分の名前を記入する。そして…… 【鉄血海軍に忠誠を誓い、鉄血の機密情報を漏洩する事を禁ずる】と書かれたその項目に、自身の名前を署名すると、彼女はそれを受理する。

 

 瞬間、不思議な感覚が全身を包み込む。このサインによって俺の自由は永遠に失われた。鉄血海軍の軍人として生き、鉄血海軍に絶対忠誠を捧げ、鉄血海軍として死ぬ運命。だというのに俺の心を満たすものは充実感と満足感。

 

 

「これで一生我も、シュペーも、ヒッパーも卿の部下として共に歩む事になるな。これからよろしく頼むぞ。ヴァイスクレー・ヘルブスト」

 

 

「えぇ、こちらこそ。よろしくな戦友」

 

 グラーフと俺は固く握手を行う。誓約項目の一つに書かれていた内容。それは誓約者が指揮官であり、部隊を率いているのであれば恒久的に鉄血に害さない限りはその地位を保障されるというもの。

 

 

 つまり、俺は一生キール第三基地司令の肩書きと共に、グラーフ達が望み続けてくれるのであれば、共に部隊を解散せずに戦い続ける事が可能となる。責任は深く喉元を締め付けるが、最も信頼する戦友達と共にこれからも過ごせる事実に喜びを感じられずにはいられなかった。

 

 

 

「……ふふっ。グラーフ、貴方も変わったわね。でも貴方がそこまで彼を信頼しているのなら、私も彼を信頼するわ。指揮官、それでは貴方に見せましょう……何故、私がロイヤルの罠と分かっていても会談に参加するのか?と言う説明も、これさえ見ればわかる筈でしょう」

 

 

 ビスマルクさんは静かに微笑むと壁際に移動するも、リズムに則ってトン、トンと指先で叩く。

 

 

 何だ?一体何をしようとしている? と首を傾げながら彼女を見つめると、やがて彼女の手が止まると……ガチャン、と音を立てながら地下室に向かう隠し階段らしきものが現れる。

 

「ついてきなさい指揮官。グラーフ、貴方はここで監視を」

 

 

 

 無言で頷くグラーフに背を向けて俺はビスマルクさんと共に出現した階段を下っていく。薄暗い地下に向けて進んでいくも、その階段は長いもので10分、20分たってもまだ終わりが見えない。

 

 

「ごめんなさいね。エレベーターの設置も考えたけど、機密事項が漏れる可能性があるから……それと勝手にこの部屋に入らない事ね。トラップを解除しながら進んでいるけど私がいなければ貴方はとっくの昔に毒で悶えて全身の穴から血を出しているか、高温の炎で焼き殺されている筈なのだから」

 

 ビスマルクさんは先頭で進みながらも時折立ち止まり、リズムに則って特定の場所でトン、トンと何の変哲もない壁に手をやっていたが、その理由を聞いて俺の背筋は凍りつく。同時にそれ程のトラップを仕掛けなければならない程のものが地下に存在する事に恐怖を覚えた。

 

 

 しかし、そんな俺の様子に気づかずビスマルクさんは再び歩き出し、俺は慌ててビスマルクさんから離れないように心の中では怯えつつ後を追う。そして…… 。 

 

 

 ビスマルクさんの案内の元辿り着いた場所は重厚な鉄の扉の前であり、ビスマルクさんは懐から鍵を取り出すとそれを差し込んで回す。ガチャリ、と重々しい音が響き渡ると同時にビスマルクさんはその重い扉を押し開く。

 

 

 しかし、その扉の先には、またもう一つの扉が存在しており、その扉を開ければ更にまた別の扉が現れていく。網膜センサー、ダイアル式ロック、更には音声認識など扉のロック解除の条件は全て別物となっており、俺はその仕掛けに思わず舌を巻いた。

 

 

「凄い……」

 

 

「そもそもスパイがここにたどり着くためには網膜センサーが設置されている私の部屋をまず、どうにかする必要があるのだから我ながら過剰なセキュリティだと思っているわ。とは言えロイヤルのスパイが国内に入り込んでいた事も事実だし、セイレーンの情報収集能力を考えればここまでやっても安心出来ないのが現実よ」

 

 

 ビスマルクさんの言う通り、この本部は鉄血海軍の中枢であり、その情報を狙う者は数多い。その為、鉄血海軍は常に外部からの攻撃に備えており、例え内部であってもその防衛網は鉄血の中でもトップクラスを誇っていた。

 

 とはいえはっきり言ってここまで過剰なセキュリティは異常だった。そもそも地下室に向かう隠し扉を発見する為に網膜センサーが設置されたビスマルクさんの執務室に入る必要があり、更に二重、三重どころか二十重、三十重としか思えない厳重さ。

 

 

「そう言えば貴方にはまだ話していなかったわね。私がロイヤルの罠と分かっていても会談に参加しようとする理由を」

 

 

 ビスマルクさんは最後の扉らしき鉄血の国旗かたどったマークが目印の扉の目の前で複雑な機械を操作していた。その表情は真剣そのものだ。

 

 

「人類の進化の歴史は闘争と共にあった。拳よりも射程の長い剣を求め、それは槍、銃へと変化していったわ。より強力な火器を用いてアウトレンジより敵を粉砕する事を望んだ人類は相手を殺す為に常に研究を重ねてきた。私達kansenもその一種ね。人間サイズで有りながらその火力は旧世紀の海軍の艦艇を大きく上回り、その射程は戦艦、空母ともなると強大なものとなる」

 

 

 ビスマルクさんはまるで講義をするかのように俺に語りかける。いや、彼女の説明は寧ろ自分自身に言い聞かせているようにも見えた。

 

 

「kansenは既存の兵器とは一線を画す火力を持ち、海上においては圧倒的な制圧力を誇る。私達の力は間違いなく人類史の歴史を大きく塗り替えたでしょうね。だけど……戦いの歴史と進化は決して終わる事はないわ。貴方も見たでしょうけどたった一隻でピュリファイアーを葬ったフリードリヒの様に常にkansenも進化し続けて、その性能は今もなお向上している」

 

 特別計画艦であるグローセさんの力は明らかに現存のkansenの火力とは比べ物にならない程のものだった。圧倒的な弾幕と火力でこちらが苦戦したピュリファイアーを赤子の手を捻るように容易く沈めた。

 

 

「でもね、それだけでは足りないのよ。フリードリヒがどれだけ強くてもロイヤルネイビーだって常に強化されていき、その数も鉄血海軍の三倍以上……レッドアクシズという勢力としてはロイヤルと数が互角だとしても、ロイヤルが各個撃破を選択すれば私達は敗北するわ。そして、それは今も同じなのよ」

 

「……なら、どうすれば」

 

「その一つとして武器に頼らない戦い……例えばプロパガンダ戦略が存在しているわね。外交的にロイヤルを追い詰めてレッドアクシズは優位を確立しつつあるけど、結局外交的な勝利による講話は相手の戦力を削る事が出来ずに恨みや憎悪だけが残るでしょうね。そして、ロイヤルが再び鉄血に牙をむけば……結局イタチごっことなり、次の戦争で確実に鉄血が勝利できるかどうかと言えば難しいわ」

 

 

 ガチャリと最後のロックを解除したビスマルクさんはそのまま扉を開き、ビスマルクさんの講義を受けながら俺もその扉の向こう側へと足を踏み入れる。

 

 

「指揮官。それでは質問よ。ロイヤルとレッドアクシズの戦争が終結した後、もう二度とロイヤルとレッドアクシズが衝突しない為にはどうすればいいかしら?」

 

 

 ビスマルクさんの問いかけに、必死で頭を回して答えを探す。しかし、ビスマルクさんは急かす様子もなく、静かに微笑みながら俺の回答を待つ。

 

 

「……二度とロイヤルと鉄血が戦争出来ない状況を作り出す、でしょうか?例えばレッドアクシズが勝利したのであれば、kansenも含むロイヤルの軍備を制限して軍縮を強要する。もしくは鉄血とロイヤルの経済的な結びつきを強化する事で戦争した際のデメリットを提示する。後は……」

 

「えぇ、そうよ。正解よ。それが私の目的よ」

 

 

 ビスマルクさんは満足げにうなずく。俺はそれにホッとした表情を浮かべるが、ビスマルクさんは苦笑すると俺の肩に手を置いた。

 

 

「貴方の発想は間違っていないわ。でも軍備制限は相手を無条件降伏させる程に追い詰める必要があって、エリザベスの失脚による講話が最も現実的な現在の情勢では難しい。かといって経済的な結びつきの強化もお互いの国民感情が最悪な上にロイヤルが望まないのであれば不可能。だから他の方法を取るしかないの……例えば」

 

 

 

 

 

 ────次に戦争を行えば、お互いの国民が一瞬で消し飛ぶ未曾有の大惨事が起きると相手に理解させるとかね。

 

 

 

 

 ビスマルクさんの言葉に俺は絶句する。確かに戦争を引き起こした途端にお互いの国民が消し飛ぶ様な地獄絵図が産まれれば両国は宣戦布告に大きな躊躇いを見せるだろう。

 

 誰もが自身の選択で多くの自国民が死ぬ選択を選びたくはないし、国民だって戦争がそんな地獄絵図に様変わりするのであれば全力で戦争を反対するだろう。

 

 重厚な扉が開いた先は驚くほど普通の部屋であり、その中央には金庫の様な巨大な箱が置かれていた。ビスマルクさんは金庫の前に立つと手慣れた動作で操作を行う。その瞬間、金庫が音を立てて開き、その中身が明らかになる。

 

 

「これは……!?」

 

 

「これが……私がロイヤルとの危険な交渉に向かおうとした理由よ。レッドアクシズ第一の矢である私のプロパガンダ演説も、第二の矢であるマルタ島の国民の返還も全てはこの第三の矢の為に用意したもの。これこそが私達の最大の切り札にして、最強の矛となり……人類にとってはパンドラの箱でもあるわ」

 

 

 ビスマルクさんはゆっくりと箱の中に複数個あった物を取り出す。それは一見すればただの教本にも書かれているkansenを生み出す素材となるキューブにしか見えない代物だった。

 

 

 しかし、そのキューブの色は青色ではなくドス黒い紫色の光沢を放っており、禍々しいオーラのように見えるそれは一眼で普通ではない事が分かる。

 

 

「ブラックキューブ……全てを破壊し尽くす禁断の力。これがこの戦争を終わらせる為に。そして再び、世界大戦を引き起こさせない為に必要な力よ」

 

 

 ビスマルクさんはそのキューブを手に取ると俺に見せつける様にかざす。その光景を見た瞬間、俺は全身の血流が逆流し、冷や汗が止まらなくなる。まるで心臓を直接掴まれたような錯覚すら覚えるほどの恐怖心を抱きながら、俺は禍々しいブラックキューブを見つめ続けていたのであった。

 

 

 




 今回も後書きはお休みで次回に続きます。そして、恐らく次回が第四章最終回。ブラックキューブを用いたビスマルクの策略。そして指揮官の選択とは……?

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指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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