鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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第五十二話 誇り高き護教騎士達

 トゥーロン港。

 

 鉄血のキール港やサディアのタラント港と並ぶ程の規模を持つヴィシア海軍の基地にして、軍港であるこの場所を初めて見た感想は、どこかピリピリとした空気を感じた事だった。

 

 元々軍港という物は海の脅威に対しての防衛拠点であると同時に民間の漁船や輸送船なども近くに停泊し、戦争中であっても賑わっているのが当たり前なのだが、このトゥーロン港では民間の艦艇は一つも存在せずに、重々しい量産型の無人艦が無骨な姿を晒しながら並んでいる。

 

 その光景はまるでヴィシアという国家が全てのリソースを軍事に注ぎ込んでいるかのような印象を与えて思わず身震いしそうになるが、ガリソニエールさんはあっさりと俺の質問に答えてくれた。

 

「昔は民間船なんかもあったけど枢機卿派の亡命にメルセルケビール海戦でロイヤルに敗北した事もあって、トゥーロンは今は軍艦だけが寄港する軍港になってるんだよ。民間の船や漁民の人たちは住む家ごと別の港に移ってもらってさ?鉄条網を貼って軍港や基地と民間施設を隔離してるってワケ。お陰でスムーズに出撃出来るし、スパイ対策とか、いざ敵軍にトゥーロンを攻撃されても民間人の被害は最小限にすむ様にはなってるんだけどね?」

 

 ガリソニエールさんはそう言って苦笑いしながら通信機を片手に俺達を先導してトゥーロン港に近づいていく。勿論今回の訪問は秘密になっておりヴィシアの人々が待ち構えている事はなかったが、サディアの時と違い堂々と俺達はトゥーロン港に正面から入る事が出来た。

 

「さて、それじゃあ後は任せたよ。私はちょっと仕事があるからここでお別れだけど、困ったことがあったらいつでも相談してね?」

 

 ガリソニエールさんはそう言うと何処かへと消えていく。恐らくは俺達が到着した事を上層部に報告しに行ったんだろう。残された俺達鉄血艦隊は早速とばかりに港の桟橋に降り立つと緊張の糸が切れたのか、その場に座り込むkansen達の姿があった。

 

 

「お疲れ様。ガリソニエールさんが戻るまで部屋に戻って休んでくれ」

 

「いや、まだ休めないわよ輸送船の物資や損傷の最終チェックとかやる事なんて幾らでもあるでしょ?」

 

 

 ヒッパーは栄養ドリンクを片手に呟く。彼女の言う通りヴィシアに到着した以上はやるべき事は山積みだ。セイレーンの襲撃は防いだとはいえ、それだけでは終わらない。輸送船のチェックや損傷箇所の修理、補給品の確認などやる事が多すぎる。ある程度はマンジュウに任せるとはいえ重要箇所などは俺達が担当しないといけないのだから。

 

 結局グラーフだけは俺の代わりにジャン・バールさんへの挨拶をしておくとガリソニエールさんの後について行くが、残された俺とシュペーとヒッパーは疲れた身体を引きずって輸送船のチェックを行う。

 

 

 幸いにもセイレーンの攻撃によって受けたダメージ多いが内部の物資の被害は最小限に抑えられたのは不幸中の幸いだ。それでも曳航してきたものも含めて9隻の輸送船の各種チェックはまだまだ時間がかかりそうだが……。

 

 

「ふぅ……こりゃ明日も仕事しないといけないかな?」

 

 特に損傷が激しい中破した2隻の輸送船を眺めつつ、シールドを貫通して無惨に穴が開いた輸送船を見て俺はため息をつく。これの修理には時間がかかるだろう。

 

 

「……ねぇ、指揮官。少しいいかな?少しだけ話したい事があって」

 

「ん、なんだいシュペー」

 

 

 俺がため息をついていると、シュペーが真剣な表情を浮かべて近づいてくる。俺が好きな砂糖と蜂蜜入りのココアをマグカップに用意してくれて俺の隣に腰掛けると、シュペーは俺の顔を見つめてこう切り出した。

 

「その、ね……ずっと謹慎中は会えなかったし船旅の時も忙しくて中々話せなかったから……指揮官とゆっくり話しでもしようと思って」

 

「あぁ、そうだな……今更だけどクリスマスプレゼントありがとなシュペー」

 

 

 シュペーから受け取った手作りマロングラッセを思い出しながらそう呟く。こうしてシュペーとゆっくり話したのは久しぶりだ。船旅の時は色々とバタついていて話す機会もなかったが、改めてプレゼントに感謝の気持ちを述べる。そう言えばグラーフとヒッパーにもまだ伝えてなかったな、後で時間がある時にでも言っておかないと。

 

 

「……指揮官はさ、あのマロングラッセをどう思うの?」

 

 

 真剣な表情でシュペーは俺に問いかけてくるが、俺としては正直に答えるしかない。あの甘い栗の菓子は初めて食べたが美味かった。確かヴィシアでは有名らしいが時間がある時にちょっと菓子店でも覗いてみようかな?

 

「美味しかったよ。本当にありがとうなシュペー」

 

「そっか……うん、よかった」

 

 

 俺の言葉を聞いて安心したのかシュペーは小さく微笑む。それからしばらく無言の時間が流れる。心なしか少しだけ残念そうに肩を落とすシュペーだったが、すぐに気を取り直したのか笑顔を浮かべると笑顔で俺に口を開く。

 

 

「ヴァイスのばーか」

 

「……んっ!?」

 

 

 唐突なシュペーの罵倒に思わずマグカップを落としそうになる。えっ待ってあの優しい天使みたいなシュペーが俺に馬鹿とか言った?待って俺シュペーに迷惑をかける事……だめだ幾らでも思いつくわ!

 

 

「うふふ、冗談だよ。びっくりした?」

 

「あ、あはは……」

 

 

 悪戯っぽく笑うシュペーに俺は乾いた笑い声を上げる。グラーフにも言われたが優しいシュペーに嫌われれば人としての終わりだぞというか言葉が脳にリフレインする。以前もこんな事があったがやはり慣れない。よかった……正直シュペーに嫌われれば、俺は再び海に飛び込んだかもしれない。

 

 

「でも美味しいって思ってくれたらそれでいいかな?私になりに色々調べて姉ちゃんにも味見してもらったけど喜んでもらって良かった……またお菓子作った時にヴァイスにも食べさせてあげるね」

 

 

 あーやっぱシュペーは天使だわ!と内心叫びつつ俺はシュペーの頭を撫で……あっだめだ。遂に妹の時のように無意識に手が伸びて彼女の頭に触れてしまった。

 

 以前妹のローネからは「兄さん、女の子の髪の毛触るのってめちゃくちゃ失礼なんだよ?おっぱい触るのと同じくらい!」って言われていた事を思い出し思わず絶句してしまう。

 

 

「ヴァイス……?」

 

 

 シュペーは不思議そうな顔で首を傾げると俺の手を握る。やばい、流石にこれはまずい。俺は慌てて手を引っ込めようとするが、何故かシュペーはそれを許してくれない。それどころか更に力を込めて握ってくる。

 

 

 

 

 

「ヴァイス、どうして逃げるの?」

 

「い、いや。女の子の頭撫でるのってかなり失礼だと妹に言われたのを思い出して──」

 

 

 言い訳を口にしようとするが、それよりも早くシュペーは俺に顔を近づけてくる。シュペーの息遣いが聞こえるくらいの距離まで近づくと、彼女は小さな声で俺に囁きかける。それは普段よりも大人びた表情を浮かべていて、その瞳にはどこか熱っぽさを感じてしまい俺は息を呑んでしまう。

 

 

「私は……ヴァイスになら頭を撫でられても嫌じゃないよ?ヴァイスの事を信頼してるし、今撫でられた時すごく嬉しかったから」

 

「そ、そうか?いやごめんな?いきなり変な事して」

 

 

 シュペーの言葉に思わず謝ってしまうが、シュペーは小さく首を振ると、再び悪戯っぼく笑ってみせる。

 

 

「なんなら……ヴァイスにならもっと先の事されてもいいかな?頭を撫でる以外にも色々あるよね?」

 

「……えっと」

 

 

 その言葉に俺はどう答えていいかわからず、ただ困惑の表情を浮かべる事しかできなかった。するとシュペーは少しだけ頬を赤らめると、恥ずかしそうに俯く。

 

 

「なんてね。でもこうやって人に頭を撫でられる経験なんて今まで無かったから、ちょっと新鮮だったかも。ねぇ……もう一回だけ撫でてみてくれない、かな?今度は目を閉じてるから」

 

 

 そう言うとシュペーは再び目を閉じる。そんなシュペーを見て俺もどう反応すればいいか分からずにいるが、とりあえずもう一度だけゆっくりと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 

 

 

 

 シュペーの短い銀髪越しから頭に触れると、髪の毛はさらさらしていて心地が良い。幼い妹の頭を撫でていた昔を思い出すようにゆっくり優しく撫でていく。

 

 

「えへへ……やっぱりちょっと照れ臭いね」

 

「そうだな。でも悪い気分じゃないよ」

 

 

 シュペーの言葉に俺も同意する。こうして誰かの髪を触るのはいつ以来だろうか?シュペーの頭を撫でるたびに懐かしさがこみ上げてくるような気がする。

 

 

「……あのね、ヴァイス」

 

「んっ?」

 

 

 シュペーの声に俺は視線を向けると、そこには真剣な眼差しでこちらを見つめる彼女の姿があった。胸がバクバクと痛いくらいに音を鳴らす。いつもシュペーの事は可愛いと思っていたが、何故か今は、いつも以上に魅力的に見えてしまい緊張で喉がカラカラになる。そして彼女は俺の顔を見ると、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

「もしよかったら……」

 

「……アンタ達何やってんのよ」

 

「「!?」」

 

 

 

 シュペーが何かを口にしようとした途端、ファイルを持ったヒッパーが俺達の目の前に現れる。突然現れた彼女に俺達は驚き、シュペーの頭を撫でたまま思わず固まってしまう。シュペーも驚きで声が出ないのか口をパクパクさせながら俺の方を見ている。

 

 

「……いや、アンタら仲が良いのは分かるけどスキンシップは出来れば外でやるのは辞めなさい。ここ一応外国でヴィシアの奴らも見てる可能性があるんだから」

 

「スキンシップというかその……なぁ?」

 

「うん……私から撫でてほしいって言っただけ、だから……」

 

 

 お互い顔を真っ赤にしながらシュペーの頭から手を離す。出来ればもう少し撫でていたかったが、流石にこれ以上は気まずくなりそうなのでやめておく……というかやっぱり妹も言ってた通りむやみやたらに女の子の髪を人前で触るのは辞めておいたほうがいいよな、うん。

 

 そんな俺達にヒッパーは呆れながらファイルを俺に手渡すと、ため息を吐きながら建物を指差して呟いた。

 

 

「まったく……ガリソニエールから連絡よヴァイス。ジャン・バールと面会の準備が出来たからさっさとあの建物に向かいなさい。ほら、残りの仕事は私とシュペーがやっといてあげるからさっさと行きなさい、しっしっ」

 

 

 追い払うように手を振るヒッパー。ファイルの中を見ると地図やいくつかの書類が挟まっているが、ヴィシアに提出すべき書類の多くは既にヒッパーが処理してくれていた。先程から姿を見せなかったがこれを用意してくれていたのかと感謝しつつ、ここは素直に甘えておこう。

 

 

「ありがとう、ヒッパー。助かる」

 

「ふんっ、別にいいわよ。それより早く行ってきなさい。まぁ……色々と頑張りなさい。ジャン・バールに殺されても骨くらいは拾ってあげるから」

 

 

 再びシッ、シッと手を振るヒッパー。俺は苦笑を浮かべつつ礼を言うと、一人で建物の中に向かおうとするが、その瞬間シュペーが軍服の袖を軽く掴みながら呟いた。

 

 

「えっと……何かあったら直ぐに向かうから通信機に繋いでね」

 

「あ、ああ……」

 

 

 シュペーの言葉に俺は戸惑いながらも返事をする。そう言えばシュペーはさっき何を言おうとしていたんだろう?と疑問に思いつつ……少しだけ、色々と想像を膨らませながら俺は建物に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ヒッパーちゃん」

 

「ん?何よシュペー。アンタも疲れてるんでしょ、ちょっとくらい休憩を──」

 

「私ね、指揮官のクリスマスプレゼントに……マロングラッセ(永遠の愛の象徴)をあげたんだ」

 

「……っ!?アンタ……!」

 

「まぁその……そういう事だから、グラーフさんも含めて負けないよって事で」

 

「いや負けるとかそんなの言われても困るっての!!えっマロングラッセって……シュペー……シュペー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっいたいた…ジャン・バールが会う準備が出来たから呼んできてくれって頼まれてね」

 

 建物の入り口では既にガリソニエールさんが待っていた。先程まで背負っていた斧と艤装は取り外しており、リラックスした様子で俺達の方に向かってくる。

 

 

「わざわざすいません、それでは案内よろしくお願いします」

 

「はいはい任された♪グラーフの方はもうジャン・バールと話してるみたいだね。ふふっ、空母kansenなんて見るの久しぶりだなぁ……っとごめんね、じゃあついてきて」

 

 

 ガリソニエールさんの先導の元、俺は建物の中に入る。建物の内部は外見の印象よりも広く、まるでホテルのロビーのような空間が広がっていた。軍の建物の内装は国家によって特徴が出るとされているが宗教国家アイリス教国の後継国であるヴィシア聖座の内装は、どちらかと言えば中世の教会といった雰囲気を思わせるような作りになっているようだ。

 

 

 廊下は大理石の床で壁にはいくつもの絵画や彫刻が飾られており、天井から吊るされているシャンデリアの光と相まってどこか幻想的な光景に見える。絵画の多くが宗教画なのは恐らく信仰上の理由だろう。

 

 だが同時に実戦的なヴィシア聖座らしく、所々に剣や槍などの武器が飾られているのも見える。無骨な鎧や剣は宗教国家というよりかはむしろ海賊船の船長室に置いてありそうな感じの物が多い。幻想的な宗教国家らしさと海賊を思わせる荒々しい内装は不思議とマッチしており、なんとも不思議な感覚に陥る。

 

 そのままガリソニエールさんの後をついて行くと、とある部屋の前で彼女は立ち止まる。扉には十字架が描かれていて明らかにこの先に誰かがいるというのが分かるのだが……ガリソニエールさんは俺に振り返り、ニヤリと笑うと軽くドアをノックする。

 

 

 

 

「うんうん、じゃあえーと…ジャン・バール?鉄血からの人達を連れてきたよ」

 

「そうか、入れ」

 

 

 室内から聞こえてきた声。それは女性の声だったが、口調はかなり男勝りなものだった。ガリソニエールさんが部屋の扉を開けると、椅子に座るグラーフと共に壁際には銀髪の優しそうな女性が、そして中央のデスクにはもう一人の女性がじっとこちらを見つめていた。

 

 身長は170センチほどだろうか、かなり背が高く手足が長い。軍人というよりはアスリートに近い体格であり、茶色い髪を後ろに束ね、俺を見つめる赤い瞳は親しさのカケラも感じさせない冷たいものだ。顔だちは目鼻のパーツが整っておりかなりの美人と言えるのだが、その冷たい瞳と威圧感は一気に俺の心臓を押しつぶさんばかりにプレッシャーを与えてくる。

 

 

「ジャン・バールだ。お前達の事は既に鉄血本国やグラーフ・ツェッペリンから聞いている。挨拶は不要だ、そこに座ってくれ」

 

 ジャン・バールと名乗る女性はそれだけ言うと、俺に着席を促す。そう、彼女がヴィシア聖座の陣営代表であるジャン・バール。枢機卿リシュリューの姉妹艦であり姉が亡命した今実質的に国家のトップも勤め上げるkansenなのだ。

 

 ビスマルクさんの真面目な雰囲気やヴェネトさんがおっとりした包容力と比べると、彼女はまるで剣のような鋭さを感じさせる雰囲気を持っていた。

 

 

 言われるままに俺は用意されたテーブルにつくと、銀髪の女性が笑顔でお茶を用意してくれる。目の前のカップからは湯気が立ち上っていて、ハーブティーなのかほんのりと甘い香りが漂ってくる。その香りに少しだけ心が落ち着くのを感じながら、俺は改めて彼女と向かい合う。

 

 

「お疲れ様ガリソニエール、下がっていいわよ。ご苦労様」

 

「はいはーい、それじゃあもし必要になったら呼んでね?」

 

 

 銀髪の女性が優しく微笑みかけると、ガリソニエールさんはそのまま部屋を出ていく。パタンと扉が閉められると改めて二人の視線が俺に集中する。特に敵意のようなものは感じないが、それでもピリリとした緊張感は拭えない。

 

 

「あぁ、お茶をありがとうございます。ダンケルクさん」

 

「あら?私の名前を知ってるのかしら?」

 

 

 銀髪の女性、ダンケルクさんは少しだけ驚いように目を丸くすると小首を傾げる。そんな彼女に俺は余裕を演出しながらハーブティーを口にしつつ答える。

 

「少しだけ、今回の派遣の前にヴィシアについて学ばせて頂きました。でも良かったです、ドヤ顔で名前を間違えるなんて恥をかかずに済みますから」

 

 

「ふふっ、なるほどね。でも多分貴方はメルセルケビールで私の知ったんだと思うけど、負け戦だしちょっと複雑ね」

 

 

 

 苦笑しながらダンケルクさんは語りつつ、あっこれ話題ミスったか?と笑顔の裏で畜生!!余裕ぶって余計な事話さなければ良かった!!と自身を罵り反論しようとするが、ダンケルクさんは別に怒ってはいない様子で話しかける。

 

 

「お陰様で傷は癒えたから安心して頂戴。ブルターニュはまだ療養中だけど、ストラスブールとプロヴァンスは別の場所で元気にやってるから心配しないで。それと……ありがとう、レッドアクシズの英雄さん。貴方やグラーフがイオニアで頑張ってくれたからこっちとしてはロイヤルネイビーに仕返しできたのよ。感謝しているわ」

 

「いえ……俺達はただ必死だっただけですから」

 

 

 

 地中海での戦いを思い出すと複雑な気分になるが、グラーフも微かに笑みを浮かべ、ダンケルクさんは口元に手を当てクスリと笑う。

 

 

「うふふ、噂通り謙虚な人ね。ヴィシア滞在中は出撃してもらう事になるかも知れないけど、そうじゃない時は観光を楽しんでもらっても構わないわ。何か困ったことがあったら言ってちょうだい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 ダンケルクさんと和やかに談笑するが、もしかすると彼女は俺の緊張をほぐして少しでも情報を聞き出そうとしてくれてるのかもしれない。だとしたら申し訳ないと思いつつも、ここは素直に好意を受け取る事にする。

 

 しかし、本当に美人だなこの人。グラーフ達やヴェネトさんと比べるとまた違うタイプではあるが、かなり大人っぽい魅力がある女性で美人だ。それに胸も中々……と余計な事を考えているとそれまで黙っていたジャン・バールさんがぶっきらぼうに俺に声をかけてきた。

 

 

「おい、そろそろいいか?」

 

「あぁ、すみません。どうぞ」

 

「ふん…………」

 

 

 ジャン・バールさんの鋭い視線が突き刺さり、背筋が伸びる感覚を味わいつつ、彼女はそのまま俺に問いかけてくる。

 

「お前達が鉄血からの救援と聞いている……先ずは感謝を言っておこう。何故負傷したはずのお前がここにいるのかも詳しくは聞かない。その辺りの事情にも興味はない。俺が望むものはお前達の戦力だけだ」

 

「はい、分かりました」

 

 

 ジャン・バールさんの問いに俺はしっかりと答える。その言葉に嘘はなく、彼女の目を見て答えた。

 

 

「セイレーンの活発化の原因は調査中だが、仮に前哨基地や鏡面海域の入り口が見つかれば奴らを叩く為にお前達の力を借りる事になる。ビスマルクはお前に期待しているようだが『救国の艦隊』の名が伊達ではないことを証明しろ」

 

「はい、必ずや」

 

「ほらっ、読め」

 

 

 彼女はそれだけ言うと俺に机の上にあるファイルを押しつける。

 

 

「その地図の場所に迎え、ヴィシア滞在中に住む宿舎はこちらで用意した。ダンケルクも言っているようだが観光するなら構わんが緊急時に備えて出来る限りトゥーロン港から離れるな。何か要望や俺への面談を望むのであればガリソニエールに声をかけろ、俺から言いたい事は以上だ。他に何かあるか?」

 

「いえ、ありません」

 

「そうか。既にグラーフ・シュペーとアドミラル・ヒッパーには使いを出した。お前とグラーフ・ツェッペリンは今日は休んでもらっていい。ダンケルク、案内を頼む」

 

「分かったわ。それじゃあ行きましょう」

 

「えぇ、よろしくお願いします」

 

 

 

 ジャン・バールさんは最後まで親しみやすい感じではなく、淡々とした口調のまま俺とグラーフの案内をダンケルクさんに頼むと最後に一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

「ヴァイスクレー・ヘルブスト。お前の事はビスマルクから色々と聞いている。戦闘指揮が特殊である事やロイヤルの空母を救う為に海に身を投げ出した事もな……アイツはお前の事を期待していた。ヴィシアでの失態は俺だけではなく、ビスマルクの失望を買う事になる。そうならない様にせいぜい努力しろ」

 

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 俺は深く頭を下げると、ダンケルクさんにグラーフと共に連れられ部屋を出る。最後までジャン・バールさんは一度も目を逸らさずに赤い瞳で俺を見つめていた。特に敵意を感じる事はなかったが、むしろ俺を品定めするような視線であり、パタンと扉が閉められた途端にはぁ……と息を大きく吐いてしまう。

 

 

「疲れているようだな卿」

 

「少しね、やっぱり陣営代表との会話は緊張するよ」

 

 

 グラーフはくくっと静かに笑みを浮かべるが、こちらはプレッシャーから解放されたショックで思わず廊下に座り込みたいくらいだ。

 

 

「ごめんなさいね、ウチの陣営代表ってちょっと怖いでしょう?」

 

 

 そんな俺達の会話を聞いたダンケルクさんは苦笑いしながら話しかける。正直なところ怖かったです。とは言えないので曖昧に笑って誤魔化すしかない。

 

 

「あははっ……」

 

「ふふっ、イオニア海海戦以降ロイヤルネイビーの捕虜を抱えたり、貴方の暗殺未遂事件、セイレーンの大量発生で少し気が立っているのよ。でもね?ジャン・バールは理不尽に人を傷つける事だけは絶対しないわ。だから安心して頂戴」

 

 

 ダンケルクさんはどこか慣れた様子でジャン・バールさんのフォローをしており、本心からヴィシアの陣営代表を信頼している事が言葉の端々から伝わってくる。

 

 ガリソニエールさんといい、ジャン・バールさんを見る目はヴィシア聖座の護教騎士からは忠誠ではなく、背中を預けられる仲間意識であると感じられ、それだけ彼女がヴィシア聖座に尽くしてきたのだろうという事が伺えた。

 

 

「凄く、慕われているんですね」

 

「貴方がビスマルクを慕うのと同じじゃないかしら?ふふっ。さてと、とりあえずは宿舎に案内するわ。荷物も届いているはずだし、詳しい話はそこでしましょう。それに私からと貴方達に伝えておかないといけない事もあるわ」

 

 

 ダンケルクさんは冗談っぽく笑みを浮かべると、そのまま歩き出し、グラーフと俺は彼女が先導する背中を追いかける。そういえば廊下に全く軍人やkansenが居ないのは何故か?と聞いた所、どうやら今日は俺達の秘密訪問という事もあり気を使って周辺の人払いをしてくれたそうな。

 

 権力を集中させたジャン・バールさんだからこそ出来る力技に少しだけ驚きつつも俺達の話は歩きながら続いていく。

 

 

「まずはロイヤルの捕虜についての注意点ね。この基地から少し離れた場所にイオニア海海戦で降伏したkansen以外の捕虜が収容されてる刑務所があるけれど接触はやめて欲しいわ。隔離されて捕虜達は情報規制されているし、むやみに諍いの種を作り出すのは鉄血としても好ましくないでしょう?」

 

 グラーフと俺は無言で頷いた。マルタ島からジブラルタル方面に逃亡したロイヤルの兵士たちは全てヴィシアの捕虜として収監されていたと聞いており、現在数千人規模の捕虜をヴィシアは抱えている。

 

 ヴィシアが強烈な反ロイヤル国家であり少しだけ不安ではあるが、あのジャン・バールさんの高潔さを信じるならば問題はないだろう。

 

 というか全世界にレッドアクシズの英雄として名を暴露した俺は間違いなくロイヤルの兵士から恨まれているだろうし、仮に頼まれたとしても自身の安全の為に近づきたくないというのが本音だ。

 

「ダンケルクさん。機密なら答えて頂かなくても結構ですがロイヤルのkansenの捕虜は何処に収容されているのでしょうか?」

 

 kansen以外という言葉がひっかかり好奇心と情報集めもかねて質問すると彼女は深い溜息と共に一枚の写真をポケットから取り出す。

 

 その写真には豪華なホテルと思わしき場所でロイヤルのkansenらしき金髪の女性が豪華なサディア料理を口にしている場面を撮ったものだ。

 

 

 

「これは……」

 

 

「サディアのリットリオからの提案でね?ロイヤルの男性兵士は全員ヴィシアで労働を強制したり、食事も質素なものにして不満を高めているけど、kansenの捕虜はサディアの豪華ホテルで過ごしているわ。そして定期的に隠し撮りしたロイヤルのkansen写真をヴィシアの捕虜収容施設に送りつけてkansenとロイヤルの兵士の差を見せつける。いってみれば離間策と言えるでしょうね」

 

 

 彼女は疲れた表情を浮かべながらも説明を続けた。確かにこれではロイヤルの兵士達は何故俺達は汗水を流して異国の地で働いて粗末な食事を食べているのに、クイーン・エリザベスの配下であるkansen達はホテルで悠々自適な仕事をしているんだと激怒してもおかしくないだろう。

 

 ロイヤルの兵士とkansenの待遇の差を見せつける為の写真は効果抜群だろう。例えこれが離間策と分かっていてもロイヤルのkansenは裏取引をしたんじゃないか?何か対価を与えてこの生活を勝ち取ったんじゃないか?と不信感は必ず産まれるはずだ。そんな兵士達の疑心や不審はやがてkansenへの憎悪や根も葉もない噂の肯定に結びつく。

 

 下品な話だが俺だって何も知らなければ敵国の偉い人の前で媚びつつ○○○をしゃぶって云々なんて下劣な想像を嫌でもしてしまうはずなのだから。今頃捕虜達はヴィシアだけではなくロイヤルのkansenに怒りの矛先を確実に向けているだろう。

 

 サディア帝国はマルタ島の住民の強制追放や戦後な捕虜取引によって本国に帰るはずの兵士達にkansenへの反感や不信感を植え付けようとするなど戦後を見据えての謀略を行なっているのだと理解する。俺としてはえげつない内容にドン引きしつつも理解を示したが、常に高潔さやノブレス・オブリージュの精神を求めるヴィシア聖座の護教騎士がどう思うのか?それはダンケルクさんの表情を見る限り複雑なものなんだろう。

 

 

「メルセルケで色々とあった身としてはロイヤルに思う所はあるけど、色々と複雑だわ。多分、戦後か捕虜交換で彼らはロイヤルに戻るけど……兵士達は間違いなくこの情報を暴露して反kansen活動でもするでしょうね。戦後を見据えたサディアの離間策は見事だけどジャン・バールは受け入れつつ最近は色々と溜まってるみたいで……早く、あの人が戻ってくれば良いんだけどね」

 

「それが、戦争というものだ」

 

「そうね、これが戦争ね……うん」

 

 

 

 ダンケルクさんが言うあの人が誰なのかは分からないが、グラーフは静かに口を開けばダンケルクさんも目を瞑って小さく笑みを浮かべる。恨みこそあれど、戦後を見据えた作戦だとしても明らかに非道な謀略を行なっている事にダンケルクさん達も思う所があるはずだ。

 

 タラントで行われた戦勝パーティを思い出す。ウォースパイトが大切にしていたであろう誇りの象徴である剣を取り上げて見せ物にする、もっとも歴史的に愚鈍な王の肖像画とクイーン・エリザベスの肖像画を並べるなどサディアは反ロイヤルを表明する事をヴィシアと同じく隠さなかった。

 

 世界は、レッドアクシズは反ロイヤルに染まっていく。そして、その理由を作り上げた中心人物が俺自身である事を否が応にも改めて自覚してしまい吐き気が込み上げてくる。

 

 この大戦がどの様な終結を迎えるのかはまだ分からないが、一つだけはっきりと言える事は元の鞘に収まる事はもう二度とない事だ。

 

 

 レッドアクシズはロイヤルを恨み続け、ロイヤルもマルタ島の強制追放なども含めてレッドアクシズ各国に憎悪を示す。最早戦前の各国が手と手を取り合いセイレーンに立ち向かっていた過去は過去で終わってしまった。

 

 その憎悪を作り出した一人が俺なんだと思うと、覚悟は決めていたというのに、やるせない気持ちになってしまう。

 

 

 周囲の空気がしんみりとしたものに包まれる中、俺たち三人は無言で歩き続けるが、ダンケルクさんは咳払いをして再び口を開く。

 

 

 

「ごめんなさい。ちょっと湿っぽくなったわね。とにかくロイヤルの捕虜との接触だけは絶対にしないようにお願いするわ」

 

「ええ、了解です」

 

 

 大丈夫。今は目の前の事にだけ集中しようと笑みを浮かべてダンケルクさんに頷くとグラーフは無言で俺の肩に手をやってくれる。手袋越しから彼女の気持ちが伝わり少しだけ気が楽になる。

 

「それ以外では外出についてね。自身が鉄血出身である事を隠すのは大前提でロイヤルに関してはピリピリしてるから言動にさえ気をつけて貰えればさっきも言った通り観光だと思って楽しんでもらって大丈夫よ。ビスマルクから貴方は甘党だって聞いてるし、スイーツ店巡りとかしても良いかもね」

 

「あー……まぁ、甘い物は好きですよ」

 

「なら良かったわ。あと、私達は基本仕事だから一緒に回ることは出来ないけど、暇な時に案内くらいなら出来ると思うわ。貴方達が派遣されてヴィシアも感謝しているし出来る限り良い思い出を作って欲しいわね」

 

 ダンケルクさんの言葉を聞きながら頭を下げると、すると彼女は笑顔を見せて俺達に微笑んでくれた。こんな包容力のある優しい女性がロイヤルに襲撃されて死にかけたんだから、そりゃヴィシア海軍はロイヤルを恨む様になるわと改めて納得しつつ、俺達は再び歩き出そうとするも。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……?」

 

 

 

 

 

 

 何故か、視線を感じてしまった。

 

 

 

「何かあったのか卿?」

 

 

「いや、なんか見られてる様な……?」

 

 

 

 

 敵意や悪意こそ感じない。寧ろどこか好奇心の感情が篭った不思議な印象受ける瞳だった。周囲を見渡しても俺達を見ている人影はいない。

 

 人払いもされているのだろう。しかし、確かに誰かに見られている気配を一瞬でも感じたが今はその気配と消え失せてしまった。

 

 ロイヤルのスパイの二人を思わず思い出し、ダンケルクさんに問い詰めるもここいら一帯は特に防諜対策が厳重で怪しい人物が入り込む余地はないと言う。

 

 

「とりあえず、警戒しておこう……だが正直空母kansenの我ですら気が付かなかったのだから恐らく卿の気の所為だろう。ただし注意はしておけ、この前のような銃撃騒ぎになれば今度こそビスマルクの胃が死ぬぞ」

 

 

「ああ、そうだね……」

 

 

 そう言いながらも俺は内心で違和感を覚えつつ、宿舎に向かうダンケルクさんの背中を再び追うのであった。

 

 

 

 




・ダンケルク

 イオニア海海戦でも登場した通り、数ヶ月前に行われたメルセルケビール海戦で敗北するも現在は戦線復帰済み。物腰の柔らかく母性的でありながら戦場では勇敢な騎士として例え劣勢でも折らずに抵抗するその人柄から多くの護教騎士から慕われていた。

 原作ではメルセルケビール海戦がヴィシア聖座とロイヤルとの関係にセイレーン作戦が始まっても塞がる事のない決定的な亀裂を作り出したとされていますが、そんな皆に慕われているダンケルクをどの様な理由であれロイヤルは理不尽に攻撃した訳ですから仕方ないと言えるでしょう。

 今作では傷つき撤退中の彼女がロイヤル所属のネルソンと交戦し、勝利した一連の出来事がロイヤルにとって衝撃を与え、以後のロイヤルの作戦行動に大きく影響し、特別計画艦の幽閉や指揮官の冷遇、グラーフ・ツェッペリン暗殺命令を陛下が命じる事になるなど、本人も知らない内な物語の根幹に影響を与えて事になるのでした。ある意味物語の元凶と言えるでしょう。


・サディア帝国の離間策

 オーロラやペネロピなどのkansen達はサディアで豪華なホテル暮らしを与えつつ、ヴィシアでは捕虜収容施設で労働や量はあれど粗末で質の低い食事を与えるなど全く違う待遇となった捕虜の面々。写真のばら撒きに関しては明らかな離間策だとカニンガム中将などは理解していますが、それでも憶測や不信感は不満に繋がりヴィシアへの敵意だけでなくロイヤルの兵士達の多くはkansenやクイーン・エリザベス率いる王家の戦士達にかなりのマイナス感情を抱く事に。

 戦後を見据えてロイヤル国内を混乱させるための離間策はリットリオが考案し、裏でずっと進んでいた(サディア編の後のキャラ紹介にヒントあり)のですが、サディアとは違いヴィシアのジャン・バール達は必要だと理解しつつも苦々しく感じていたのでした。ヴィシア海軍がサディアに援軍を求めずに鉄血に援軍を求めたのも少なからず影響しているでしょう。

・シュペーとヒッパー

 シュペーは初めてヒッパーに自分はマロングラッセを送った(指揮官を愛している)と暗に語りましたがヒッパーはその意味も知っていた為に当然困惑。しかし指揮官はマイナーな菓子であるマロングラッセそのものを知らなかった為に……メルクーリヤのアドバイスによって少しだけ積極的になったシュペーですがまだまだ先は長そうです。

 因みにグラーフやヴェネトは勿論、指揮官の妹であるツィトローネは当然マロングラッセの意味を知っています。妹は現在兄が二人の女性から明確に結婚したいと好意を待たれていると同時に、その一人が自国の陣営代表と知ればどんな顔をするのやら。


・裏話
 現在連載中の漫画クイーンズ・オーダーの最新話では白龍とウォースパイトのエピソードがありましたが、ウォースパイトがどれ程までに自身の愛剣を大切にして誇りに思っているのかが描写されていますが、結果として今作でウォースパイトが本作で降伏の証としてリットリオに剣を差し出した挙句、それを戦勝記念パーティにて戦利品として晒された出来事が、どれ程までに彼女の尊厳や名誉だけでなく、王家の戦士としての誇りを全てを踏み躙る残酷な行為であったのかが、作者の予想や意図を超える形で証明されてしまう事に。

 現在サディアで捕虜生活をホテルで送っていますがら間違いなく楽しむ余裕はなく、死んだ目で自殺すら許されずに過ごしている事でしょう。裏で更にサディアが謀略を図り、現在の情勢すら知る事も出来ずに彼女の名誉を失墜させるための策が進んでいる事すら知らずに……



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指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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