鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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第五十八話 過剰な援軍

 俺達がヴィシア聖座に救援に来て数週間。結果的に俺の指揮下に入ったガスコーニュと皆の関係も少しずつ良好になっていく中、遂に鏡面海域が特定された。

 

 

 セイレーンが生み出したこの空間は謎も多く、50年近く人類とセイレーンが交戦状態になったと言うのに、彼らが何らかの実験を行なっており異常気象が発生する事以外は何一つ分かっていないのだ。

 

 ただ、それでも三つだけ理解出来る事はある。鏡面海域には大量のセイレーンが間違いなく出現するという事。今回のヴィシア聖座周辺海域におけるセイレーンの大量発生はこの鏡面海域が原因である可能性が極めて高いという事。

 

 何よりも人類は鏡面海域を何度も攻略した実績があるという事だ。多くの先人達と犠牲と苦労の果てに集めた情報と実績。それは鏡面海域は決して攻略不可能な要塞ではなく、制圧してレッドアクシズの旗を掲げる事も決して不可能では無いという事を明確に示していた。

 

 

 

 そして、鏡面海域攻略作戦の計画が立案されて一週間も経たないうちにヴィシアには頼もしい援軍が多数到着していた。

 

 セイレーンから鹵獲した多数の量産艦は急遽ヴィシア聖座に救援のために派遣され、禍々しい威圧感を与えながらもきっと鏡面海域攻略の際は力強い味方となる筈だ。人類を殺戮する為の機械が人類を守る為の道具になるというのは皮肉な話ではあるが、それでも今はありがたい。

 

 更には鹵獲した量産艦から会得したデータと鉄血の世界に誇る科学技術によって作られた独自の量産艦もズラリとトゥーロン港に並べられており壮大な光景に思わず息を飲む。カタログスペックだけならセイレーンの量産艦とも互角にやりあえる筈だがあくまで量産艦は戦場では脇役だ。戦場の主役たるkansen達も多数鉄血から派遣されたが彼女達の陣容は錚々たる面々としか言いようがない。

 

 

「久しぶりねボウヤ……元気にしてたかしら?」

 

 

 鉄血が誇る最強の決戦兵器である戦艦フリードリヒ・デア・グローセさんは妖艶な笑みを浮かべて俺に手を差し伸べ、慌てて俺はその手を握り返す。

 

 

「ええ、おかげさまで。そして、直接言えませんでしたが改めて謝罪させて頂きます。本当にあの時は申し訳ございませんでした!!」

 

 

 グローセさんは深々と頭を下げる俺に少し驚いた様子だったが、やがてクスリと笑う。彼女の任務を妨害した挙句、危うく逃亡するスパイを逃す羽目になったあの時の戦場を思い出す。

 

 

 重鎮である彼女は恐らくビスマルクさんから本来謹慎中の俺が何故ヴィシアに滞在しているのか理解している筈だがその処分が軽すぎて納得できなくてもおかしくは無い。だと言うのに彼女は笑って許してくれたのだ。

 

 

「ふふっ、良い子ね。もし貴方が責任を感じているのなら戦場で武勲を私に見せてくれればそれで十分よ。それに……」

 

 

 グローセさんは言葉を区切ると、俺の耳元に顔を近づけるとそっと囁く。

 

 

「ビスマルクはこの戦いの戦果をどんな形であれ『英雄』の功績にして貴方に箔をつけるつもりなのよね。つまり貴方はそれこそ何もしなくても、ただトゥーロン港に黙って待っているだけでも功績を全て独り占め出来るってわけ」

 

「……嫌ですね、それは」

 

 

 微笑みながらグローセさんは呟いた言葉に俺は思わずそう返答してしまう。鉄血の政治的な意図はなんとなく予想はできていた。療養中の『救国の艦隊』の指揮官が部下達を率いて極秘任務としてヴィシアに派遣され、鏡面海域攻略に成功すればプロパガンダとしてはこの上ない英雄譚となるだろう。

 

 だからこそビスマルクさんは確実に『救国の艦隊』……いや、『英雄』である俺に万が一の事がないように過剰とも呼べる戦力を派遣してくれた。それこそ全て彼女達に任せれば俺は何もしなくともその功績を歴史に刻みつける事が出来るのだ。

 

 

 ……そんな情けない、惨めで不甲斐ない自分なんてクソ喰らえだ。

 

 

「指揮は今も未熟な事は理解して居ますし、確かに俺がここに待機しても貴方達なら鏡面海域を攻略出来るでしょうね。ですが、俺を信じてここまでついてきてくれたヒッパー、シュペー、グラーフ、そしてガスコーニュに申し訳ありません。何よりも俺だって鉄血軍人であると同時に男なんですから」

 

「あら?じゃあもしかしてこの私がわざわざ出向いてあげたのも無駄だったかしら?」

 

「いいえ、ありがとうございます。おかげで覚悟が決まりましたから」

 

 

 ニヤリと笑い合う俺とグローセさん。何もしなくても英雄になれる?それは違う。俺は英雄になる為にここに来たんじゃ無い。俺は英雄になる為ではなく、皆と一緒に勝利を掴むために来たんだ。

 

 

「……そう、分かったわ。我が同胞の為に鉄血の力とならん事を。必ず生きて帰ってきなさい。約束できる?」

 

「えぇ、ありがとうございます。我が同胞の為に鉄血の力とならん事を。貴方に以前晒した醜態は戦場の活躍で清算させて頂きます。それにサボって待機なんてすればヒッパーから尻蹴られますからね!」

 

 

 俺の言葉に満足したように笑うと、彼女は踵を返して仲間達の所に戻っていく。鉄血の決戦兵器である戦艦フリードリヒ・デア・グローセ。この作戦で活躍が約束されている彼女は決してセイレーンの様な冷酷な殺人機械ではなく、仲間想いで母性的な一人の人間だ。そんな彼女任せにしない為にも俺は一人の男として戦場に赴く事を決意するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて出会った自身の妹の印象は見た目は我とそこまで似てはいないが、強者としての風格を漂わせているというものであった。

 

 

「お前がビスマルクが噂で言っていた我の妹か……」

 

「そうね。名前はペーター・シュトラッサー。貴方やヴェーザー、エルベがデータを集めてくれたからどうにか予定より早くこの世に生を受ける事に成功したわ。鉄血に帰ったらヴェーザー達に一言言っておくのよ?あの子達は貴方の事を心配しているのだから」

 

 

 白いマントをたなびかせた妹ペーター・シュトラッサーは冷静に我に告げる。kansenは生まれたその瞬間から成熟した精神と肉体、そして各種知識を兼ね揃えているものばかりであり、生まれて一ヶ月も経っていないであろうペーター・シュトラッサーであるが、その口調はどこか艶やかな雰囲気を醸し出していた。

 

 しかし、その表情には好奇心と期待で彩られており我を見つめながら口角を上げている。

 

 

「……あぁ、分かっている。土産を少し多めに買う必要があるな」

 

「そうね。それと……貴方の事をなんと言えば良いのかしら?グラーフ?ツェッペリン?それとも姉さん?」

 

「ほう?グーちゃんと呼べと言えばお前は呼んでくれるのか?」

 

「…………姉の頼みだもの、善処するわグーちゃん」

 

 

 

 思い切り嫌そうな顔をしながら呟くペーター・シュトラッサーに我は思わず笑ってしまう。成る程、姉になると言う事は存外悪い事でもないかも知れぬな。

 

 

「冗談だ。お前が好きなように呼べば良い。だが、もしグーちゃんと皆の前で呼べば喉をナイフで切り裂くぞ」

 

「………ツェッペリン。正直貴方の妹である事に不安を感じてきたわ」

 

「ふふふ……面白い奴め」

 

 

 ペーター・シュトラッサーは呆れたような視線を向けてくるが、そんな彼女の反応が新鮮に感じられた。初対面だと言うのにここまで珍しく、我がふざける事が出来るのは存外我も浮かれているのかも知れん。たった一人のネームシップであった我に姉妹が出来た事が嬉しいのだろうか?

 

 

「……まぁ良いわ。これからよろしく頼むわね、ツェッペリン」

 

「あぁ、こちらこそな。ペーター」

 

 

 そう言い合うと、我らは握手を交わす。だがペーターは握手をしながらもどうも驚きを隠しきれない様子だった。

 

 

「……驚いたわ。ビスマルクから聞いた話では無口で無愛想で無表情で難しい言葉を口にする面倒くさい女だと聞いていたけど今の貴方はそうは思えない」

 

「ビスマルクめ……人は変わるものだ。我の場合は恐らく……あの男の影響かも知れないな」

 

 

 そう言いながら直ぐ近くで何やら遠くでグローセと話している指揮官を思わず見てしまう。我は間違いなくあの男に感化されてしまった。

 

 

 無口、無表情、無愛想で世界を憎んでいたグラーフ・ツェッペリンは既に過去のものだ。今はあの常に想像を超える騒動を繰り返す男、ヴァイスクレー・ヘルブストの作り出す未来を共に見てみたいと思っている。それがきっと我の性格を変えたのだろう。

 

「好きなの?彼の事が」

 

 ペーターは唐突に我に問いかける。いきなりの質問に我は一瞬思考が停止してしまうが、直ぐに冷静になり答えを返す。

 

 

「さてな。まだ分からない」

 

「そう。」

 

 

 ペーターは短く答えると、再び指揮官の方へ目を向ける。一体何を言っているかは聞こえないが、グローセの言葉に苦笑いを浮かべながら必死に謝罪をしている。あの男はいつもそうだ。指揮官としての威厳は皆無であり人の上に立つものとしては落第だろう。

 

 だが、あの男は人に寄り添い人を動かす力を確かに持っている。どんな立場の人間にも常に寄り添い相手を理解しようと努力する。本人が言えば間違いなく否定するだろうが同胞との絆を美徳とする鉄血公国に置いてはその美徳は好ましいものだ。

 

 彼は常に我らに寄り添い、目を逸らさずに我らを見てくれる。だからこそ『英雄』となった後も、危なかっしくて未熟な彼を我らは支えたくなるのだろう。人の上に立つものとしては落第ではあるが、鉄血の『英雄』としては及第点だ。

 

 

「……そろそろ行くわ。それと作戦前に何度か模擬戦に参加してもらえないかしら?ロイヤルのイラストリアスを撃破したとされる貴方の実力が知りたいの」

 

「ふむ、良いだろう。では、また後でな」

 

「えぇ、ツェッペリン」

 

 

 ペーターはそう言うと、仲間達の所に戻る為に踵を返して歩き始める。そして、去り際に振り向きざまに我に一言告げた。

 

 

「今夜、貴方の部屋で飲ませて貰うわよ。姉妹なのだからお互いの事をもっと知るべきだわ」

 

「……あぁ、分かった」

 

 

 ペーターはそれだけを言い残すと仲間の元へ向かって行った。我は彼女の後ろ姿を見ながら、先程の言葉を反駁する。

 

 

(姉妹……か)

 

 シュペーとヒッパーには姉妹がおり、指揮官にもサディアで暮らす妹がいると聞いている。我は果たしてペーターの姉として相応しい存在なのだろうか?

 

 

「ふふふ……ヒッパーに姉妹について色々と聞くのも悪くないかも知れないな」

 

 

 あぁ、楽しい。

 

 

 思わずそんな言葉が口から出てしまいそうになる。

 

 ただ世界を憎み、いっそ全てを滅ぼしてやろうかと考える事は最早無くなった。こんな世界でも救うべき価値はある。こんな世界でも我は生きてみたくなる。こんな世界だからこそ我は救われた。

 

 

 なら守るべき世界にとって邪魔なセイレーンは敵だ。世界の為に、大切なものを守る為にまず手始めに鏡面海域に蔓延るセイレーンを蹂躙してやるとするか。

 

 

 明日の未来の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この場にアイツがいなくて良かったとオレは心底思う。もし今のアイツがこの光景を目の前にすればふざけるなと激怒するか、無言で踵を返して部屋に帰っていたはずだろう。

 

 差し迫る選択の中で常に最良の選択を得ることは難しい。馬鹿な姉が民を見捨てロイヤルに支持者達を引き連れて亡命した結果、オレは常々そう苦く思っていたが、現在のトゥーロン港を見ればオレの選択が果たして正しかったのか?と心臓を握り潰されるような感覚を覚える。

 

 現在ヴィシアの本拠地では多数の鉄血の無人量産艦が壮大に列を成しているが、そのどれもが黒塗りかつ紋様のようなものがネオン状に点滅しておりどこか無骨で未来的な印象を与えてしまう。そう、鉄血はオレ達ヴィシア聖座の救援のためにわざわざ虎の子である鹵獲セイレーン艦のほぼ全てを派遣すると言う大盤振る舞いを行ったのだ。

 

 更にガスコーニュと同じく特別計画艦が二人に空母が二人。おまけにそれを指揮するのはロイヤルのイラストリアスの暴挙を未然に防ぎ、捕虜にする事でその名を轟かせたレッドアクシズの『英雄』だ。鏡面海域の突入に油断をしている訳ではないが恐らく作戦は成功するだろう。しかし、同時にビスマルクは、鉄血はオレ達ヴィシア聖座に最後通牒を突きつけたのだ。

 

 

 ───正式な三国同盟を結び、自身の立場を明確にしろと。

 

 

 ヤルタで北桜同盟との講和会議、そして鉄血とロイヤルの終戦に向けた話し合いが近づく中で戦後のレッドアクシズという勢力をより強固なものにする為に軍事だけではなく政治や経済に至るまで包括的な同盟を結ぶべくビスマルクは動き出している。

 

 だからこそビスマルクはこちらの救援要請に応じるだけではなく過剰ともいえる戦力を友軍として派遣したのだろう。鉄血の戦力と科学力のアピールと同時に今後の協力関係をより強固にする為に。

 

 

「賽は投げられた。いや、もう既に投げられた後なんだろうな」

 

 

 ニコニコ笑顔の金髪の女が持ってきた親書にはビスマルク直筆の文字で貴方達を信頼している。ヴィシアは鉄血にとってかけがえの無い対等なパートナーなどと美辞麗句が並べられているが、それは暗にヴィシアの立場を明確にしろという一種の威圧でもあった。

 

 

 同盟を結ばなければ確実にヴィシアは救援して貰った挙げ句、嫌だと駄々を捏ねる子供だと世界中に恥を晒すだろう。この数週間で嫌というほど理解した単独では国を守りきれない事実が胸に重くのしかかる。

 

 

 同盟を結べば鉄血とサディアとヴィシアは一蓮托生となり共に歩む道を選ぶ事になる。例えそれが本当に正しい選択なのか?と迷う事すら許されなくなる未来。自問しても答えなど出る訳もなく、オレに出来る事は同盟締結にGOサインを送る事だけだ。

 

 

「ジャンお姉ちゃん……」

 

 

 国家の未来について苦虫を噛み締めていれば、いつのまにか横には妹であるガスコーニュが心配そうな表情を浮かべて立っていた。

 

 

「どうした?」

 

「心音の乱れを確認……大丈夫、ジャンお姉ちゃん?」

 

 

 感情を会得したガスコーニュは他人の心の機微に敏感だ。まるで子供が親の顔を伺う事を覚えるかの様に。だからきっと今のオレの心音の変化から何かしら不安を感じ取ったのだろう。

 

 

「あぁ、問題ない。少し考え事をしていただけだ」

 

「……そう」

 

「すまないな」

 

 

 頭を撫でてやればガスコーニュは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「……ねぇ、ジャンお姉ちゃん」

 

「ん?なんだ」

 

「もし、悩む事があれば私やダンケルク。主(メートル)だっているから抱え込んじゃダメだよ?みんな、ジャンお姉ちゃんの事を心配するだろうから」

 

 

 彼女はまるでオレの思考を読み取るかのように的確な言葉を告げた。その言葉に思わず苦笑してしまう。そうか、妹の前で悩めば妹は不安になるのか。そんな当たり前の事実に今更ながら気がつく。

 

 

「もう平気だ。お前もあの馬鹿───」

 

「訂正が必要だと判断。馬鹿じゃなくて主(メートル)!」

 

 

 ガスコーニュはムッと頬を膨らませて抗議する。オレとしては今もあの鉄血の馬鹿にパンチの一発でも浴びせたくなるが目をつぶって感情を鎮める。

 

 

「……鉄血の指揮官と話したいんだろう?行ってこい」

 

「了解…!」

 

 

 ガスコーニュは元気よく返事をすると執務室から出ていった。オレはその背中を見送ると椅子に深く腰掛け天を仰ぐ。

 

 

「ふぅ…………」

 

 

 感情を獲得したガスコーニュがまさかあそこまで純真無垢で幼い子供の様な性格だったとは思わなかった。あの鉄血の指揮官は間違いなくガスコーニュの情緒面の成長に大きく影響を与えている。

 

 

 認めざる得ない、鉄血の指揮官はガスコーニュの成長に最早不可欠な存在となっている事に。そしてガスコーニュは彼を愛しているという事実を。

 

 

「……会いたいな」

 

 

 国の事。軍事の事。ガスコーニュの事。それらの全てを思わず相棒に聞いて欲しいとガラにもなく口に出してしまう。

 

 もう数ヶ月近く直接出会ってないが、この作戦が終了すれば少しは余裕が出来るはず。その時に一度食事にでも誘おうか?そう思いながらオレは再び職務に戻り、近々発令する鏡面海域攻略作戦の編成表を眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後に行われる鏡面海域攻略作戦はヴィシア海軍と鉄血海軍の総力を上げた攻略作戦となる。とは言え古来より敵を攻めている最中程油断ができない事は歴史が証明されており、アルジェリア方面司令の指揮官は今回は作戦に参加せず本国周辺の防衛の為に任に着く事になっていた。

 

 

「いよいよですね指揮官!」

 

「そうだな」

 

 

 ヴィシアの駆逐艦ル・マルスが嬉しさを抑えきれない様子で声を弾ませるが指揮官はぶっきらぼうに返す。指揮官がアルジェリア防衛の為の司令として着任してからと言うもののこの様な光景は珍しくなかった。

 

 

 ル・マルスは既にそんな指揮官に慣れていた。当初は指揮官を冷たい人物だと怖がったが、その実ただの捻くれ者で不器用なだけなのだと理解してからは気にならなくなったのだ。

 

 

「今回の作戦では鉄血や本国の皆さんに任せる事になりますけど防衛任務だって重要です!頑張りましょうね指揮官。出来れば『救国の艦隊』の方々がどんな人達なのか気になりますし会いたかったのですが……」

 

 

 少し残念そうに呟くル・マルスは『救国の英雄』と呼ばれる鉄血所属のkansenや指揮官達に憧れを持っている。サディア帝国をロイヤルの奇襲攻撃から救い世界初の空母対決に勝利したレッドアクシズの英雄。

 

 

 そんな彼らが祖国の救援に来てくれたのだから頼もしいと素直に喜ぶマルスであるが反面指揮官の表情は曇っていた。

 

 

「……そうか」

 

「えっ?」

 

 普段であれば「会えるさそのうちな」と適当に流すと言うのに今日に限って妙に反応が薄い事に首を傾げるル・マルス。目の前のジャン・バールからの信任を受け『怪物』と呼ばれる事もある指揮官はセイレーンに激しい憎悪と殺意を抱いている事はヴィシア海軍所属のkansenで有れば誰もが知っており、もしや折角の攻略作戦に参加出来ない事に不満を抱えているのではないか?とマルスは予想する。

 

 通常ならばそんな彼を見て空気を読んでその場から離れる事が正解なのだろう。しかし、マルスは違っていた。彼女は沈んでいる指揮官の為に少しでも彼に明るくなって欲しい、元気になって欲しいと願う。

 

 

 その為には自分如きが故郷を失ってセイレーンを憎悪している指揮官の気持ちを理解しようなどおこがましいのかもしれない。それでも彼女なりに必死に考えて出した答えは一つだった。

 

 

「あっ、あの!」

 

 

 意を決してマルスは声をかける。

 

 

「どうした?」

 

「指揮官!!この戦いが終わったら折角ですし皆でピクニックにでも行きませんか?」

 

 

 マルスが導き出した答えに指揮官は少しだけ目を丸くする。

 

 

「ダンケルクさんやタルテュ達も連れてですね、日帰りでちょっとピクニックにでも出かけましょう!美味しいものを食べて、綺麗な景色を見て、ジャン・バールさんとも話し合えばきっと元気になれますから!」

 

 

 それはマルスなりの精一杯の提案。ぶっきらぼうではあるが、常に祖国と民を守る為に戦い続ける指揮官の事をマルスは尊敬していた。

 

 

 だからこそ彼が苦しむ姿を見るのは嫌だし元気づけたいと思う。その提案に指揮官は一瞬だけ考え込むと口を開く。

 

「そうだな……考えておく」

 

「良かったぁ……楽しみですねピクニック!私もダンケルクさんに色々と習ってサンドイッチとかクッキーとか作りますね!」

 

 

 指揮官の返答にマルスは心底嬉しそうな笑顔を浮かべると胸を撫で下ろす。そして同時に思うのだ。

 

 

 

 

 ───この人の力になりたいと。

 

 

 

 

「だがな、マルス」

 

 

 しかし、指揮官は拳を握りしめ怒りを抑えながら口を開く。その目はセイレーンへの憎悪だけでなく大切な物を失った空虚な感情も含まれていた。

 

 

「作戦前に既に勝利した気でいるのはやめろ。例え勝てると思ってもいてもあのクソ野郎共は……!全てを奪うんだよ……!」

 

「……指揮官」

 

「油断はするな……!未来を見据えるのは結構な事だが作戦が終了する迄は気を引き締めろ!作戦が終わるまで余計な事を考えるな、いいな?」

 

 

 ギシリと歯軋りの音が聞こえてくる。その言葉にマルスは思わず震え上がるが、それと同時に彼女の中に小さな炎が灯る。

 

 マルスは指揮官の優しさと厳しさを知っている。彼は普段は冷静沈着な軍人として振るまっているがその根幹は故郷をセイレーンに襲われ、故郷の皆を虐殺された過去に苦しんでいる。八つ当たりとも取れるこの言動は彼なりにマルスを気遣ってくれたのだと。

 

 マルスは怯えながらも指揮官の手を握る。彼の手は小さく震えており、その目は憎悪と殺意に支配されていた。そんな指揮官の姿にマルスは恐怖を覚えるが、それ以上にマルスは指揮官を信頼していた。優秀な軍人とさてだけではなく、憎悪に心が支配されていても人々を守る心だけは失っていないと。

 

 

「……すまんな、少し言い過ぎた」

 

 

 しばらく手を握っていると彼は舌打ちをしつつも落ち着きを取り戻す。マルスは未だに彼が自分達に、それこそジャン・バールにすら心を開いていない。彼の時間はセイレーンに故郷を蹂躙されたその瞬間から止まったままなのだとマルスは何となく理解できた。

 

 

「いいえ……指揮官の言う通りです。まだ戦いは終わっていません。でも大丈夫ですよ、鉄血とヴィシアが力を合わせればきっと鏡面海域だって吹き飛ばせるはずですから!だから私達はみなさんと、私達を見守ってくれている神様を信じましょう!」

 

 

 マルスの言葉は指揮官に対して向けられたものだが、同時に彼女自身にも言い聞かせていた。

 

 

(指揮官が辛い思いをするのは嫌だ。だから私達が頑張らないと)

 

 指揮官の過去を聞いたマルスは彼を慰めたかった。しかし、今の彼にはどんな言葉も通じないだろう。憎悪と殺意が彼の生きる原動力となっている以上、それは何の意味もない。

 

 それでもマルスは指揮官の力になりたかった。自分がどれだけ無力でちっぽけな存在なのかは分かっている。でも、だからこそマルスは自分に出来る事を精一杯やろうと思うのだ。

 

 

 いつか、指揮官が本当の意味で笑える様になる為に。復讐鬼ではなく人として当たり前の幸福を得られる様に。

 

「……死ぬなよ、マルス」

 

「大丈夫です!天下無敵の指揮官の下でなら

私は負けません!」

 

 指揮官の呟きにマルスは笑顔で答える。にも純粋で真っ直ぐな信頼に指揮官はじっと彼女を見つめるが彼はそれ以上の事は何も言わずに無言で宿舎に帰っていく。そんな後ろ姿がマルスにはどこか寂しげに見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダンケルク……」

 

「どうしたのヒッパー?」

 

「……悪い事は言わないから、作戦に参加する面子全員に耳栓とアイマスクを今すぐ用意させなさい。特に駆逐艦の連中には絶対に」

 

「何かあったの?」

 

「駆逐達にトラウマを植え付けたくなければ黙って従いなさいっての……いや頼むわ。本当に」

 

 そして、ヒッパーはダンケルクに向かって嘆息しつつも懐いているヴォークランの頭を撫でているローンを観ながら疲れた様子でそう口にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、重桜から客人がやってくるだなんて思いませんでしたよ。あなた方の事は常々聞いております」

 

 

 客間にてスーツ姿の中年男性に円筒形の帽子を被った軍人らしき男が笑み浮かべて手を差し出す。慣れた様子でスーツ姿の男性も柔和な笑みを浮かべて手を取るもお互いにそんな短い会話だけで察することが出来た。この男は油断ならないと。

 

 

「それでは始めましょうか……何故重桜出身である貴方がこの国にやってきたのか。そして何の目的をもって私に秘密裏に接触してきたのか……お話を伺いましょう」

 

 

「はい、まずは私がこの国にやってきてからの経緯について説明させていただきたいと思います」

 

 

 男の言葉にスーツ姿の男性は真剣な表情を浮かべるとゆっくりと口を開く。その様子を軍人は油断ならない目で見つめていた。

 

 

「Mr.ムスタファ。我々は貴方達オスマン帝国を支援する用意があります」

 

 

 彼の名はムスタファ。中東オスマン帝国の海軍大臣にして卓越した指揮により、セイレーンの侵攻から祖国を守った功績により現在は政治家として海軍大臣を務めている国民的英雄だ。

 

 

 その国民人気はスルタン以上であるとも言われており、海軍大臣でありながら彼の働きかけによってオスマン帝国の近代化と世俗化も少しずつ進んでいる。

 

 

 だが、彼の名はセイレーンが出現せず、世界大戦が起きた未来を知るエリザベスすら知らない、とある世界ではこうも呼ばれていた。

 

 

 

 ムスタファ・ケマル・アタテュルク。

 

 

 

 

 史実で腐敗したオスマン帝国を解体し、第一次世界大戦敗戦後に分裂の危機から祖国を救い、トルコ共和国建国の父となった偉大なる大統領と。

 

 

 




・鹵獲セイレーン艦
 光と影のアイリスではヴィシア聖座は鉄血が海域にセイレーンの量産艦をばら撒いたのではないか?と口にしており、事実その後のストーリーでも鉄血は度々鹵獲セイレーン艦と思われる量産艦を使っている描写あり。原作においては本当に鹵獲したものなのか、秘密裏にビスマルクに人型セイレーンが授与したものなのかは皆様の想像に任せるとして今作ではセイレーンとの戦いで多数の無人艦を鹵獲した上で虎の子として保有している事に。性能に関しては


 人型セイレーン及びブラックキューブで制御を奪取したビスマルク指揮下の量産艦→一般的なセイレーン艦→鉄血が鹵獲した量産艦→鉄血及び北方連合がセイレーンの技術を流用してリバースエンジニアリングによって作り出した無人艦→重桜、ユニオン、ロイヤルといった量産艦→その他国家の量産艦

 と言った具合に。今回ビスマルクが虎の子の鹵獲セイレーン艦をほとんど動員してヴィシアに送り込んだのはそれ相応の覚悟とメッセージが含まれていると同時にかなりの気合の入りようでしょう。


・グラーフとペーター

 グラーフは指揮官に恋をしているのか?という問いに関しては本人にも分からないという答えに。ガスコーニュが指揮官の事を好きだと聞いて嫉妬はしませんが、指揮官とのデートを楽しむ余裕もありグラーフにとっては間違いなく指揮官は命をかけてでも守りたい存在とはいえ、色恋といえば微妙な所。だから彼女は分からないと答えたのでした。



・ムスタファ・ケマル・アタテュルク
 トルコ共和国大統領であり本来の歴史であれば既に2年程前にアルコールが原因で死亡しているはずの人物。しかしこの世界ではバーデン宰相のようにWW1が起きずに彼が陸軍ではなく海軍としての道を歩み、その結果オスマン帝国は存続し、史実ではセーブル条約を発端とする敗戦後の革命騒ぎも起きずに順調に海軍大臣に着任し存命中。そんな彼に、そして存続しているオスマン帝国に北桜同盟が接触した理由とは……?



 次回はいよいよ鏡面海域攻略作戦なのですが……この過剰戦力にむしろ待ち受けるセイレーンは大丈夫なのでしょうか?


 コメント、感想、質問、評価をお待ちしております。

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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