第六十一話 無抵抗の使者
ドーバー海峡。ロイヤル王国とヴィシア聖座の間に存在する、たった34kmのこの海峡は現在神出鬼没なセイレーンの脅威だけではなく、二つの大国が睨み合う危険地帯となっており商船の行き来も細心の注意を払わなければならない地域だ。
特にメルセルケビール海戦と枢機卿の亡命事件の後はロイヤルは海軍基地に多数のkansenを配備し、ヴィシアでは国家予算をふんだんに使った無人砲台の配備を進めて対抗しようとしていた。
無人砲台、それは世界の先進国の海軍がkansenが主軸となった今も活躍の機会を失うことはなかった。海を移動しながら戦うkansen以上の命中率に圧倒的な火力は海の戦乙女たるkansen達にとっても脅威であり、何よりも時間稼ぎという点ではkansen以上の役割を果たすと言えるだろう。
多くの弾薬を消費して遠距離から撃ち抜くか、身軽な駆逐艦達を突撃させて撃破することは決して不可能ではない。だが、そのために消費される時間は防衛側が反撃の準備を整えかねない。
そしてヴィシア聖座の隣国にはセイレーン技術を積極的に研究している大国鉄血の影もチラついており、ロイヤルネイビーは例えヴィシア海軍に攻撃を仕掛けても無人砲台で時間稼がされ、鉄血海軍が介入した場合かなりの出血を得る事になるだろう。
ちなみに、そんな無人砲台を即座に撃破する方法は空母kansenの集中運用による奇襲攻撃であり、本来の歴史ならば空母kansenが戦争の主役となる要因の一つがこの無人砲台に対する優位性であった。
しかし、タラント空襲が失敗に終わり、真珠湾攻撃が白紙と化したこの世界では、無人砲台を航空機の先制攻撃で撃破するなんて思想を口に出した所で笑われるのが関の山となってしまった。
つまり無人砲台の脅威は本来の歴史以上のものとなっているのだが、皮肉にもそれがドーバー海峡の付近の平和に繋がる結果となってしまったのだ。ヴィシア海軍は無人砲台地帯を信じて防衛のみに重視し、主力をトゥーロンに移動しており、その結果ドーバー海峡は目と鼻の先で敵国同士が睨み合いつつも静寂に包まれていた。
ロイヤルがドーバー海峡の防衛にかける熱意は凄まじいもので、このロイヤルのバスタブとも言える地域を威信を掛けて防衛する為に日夜励んでおり、ロイヤルのkansenは国民と王家、敬愛する女王陛下の為に栄光の為に防衛に当たっていた。
しかし、そんなドーバー海峡を巡るとある一連の騒動は後の歴史にこう刻まれる事になる。
ロイヤルネイビー史上最大の屈辱の一日と。
「……貴方は何をしようとしているのか分かってるの?一歩間違えば貴方達は死ぬ可能性もあると言うのに」
「それでも、やってみる価値はあると思います。先程話させて頂いた通りロイヤルネイビーがまともな軍隊であれば絶対に俺達を傷つける事はありません。破れ被れの博打ではなく、これは機密とガスコーニュ達皆を守る為の最良の案だと思います。ビスマルクさん、お願いします」
「……本当に、貴方が敵に回らなくて良かったわ。でも危険な橋だと判断した時は逃げなさい。貴方達の命はまだこんな所で捨てて良いものではないもの」
「ありがとうございます……我が同胞のために鉄血の力とならん事を。それでは早速行ってきます」
────ジブラルタル基地に。
「時間か……」
ドーバー海峡の中心部にてロイヤルネイビーの騎士団長キング・ジョージ5世は金をあしらった時計を見て呟く。時刻は午前10時であり朝の日差しが眩しい時間帯であるが、彼女は艤装にその身を包みつつ単身海面の上に立ちながら何かを待ち続けている。美しい金髪が海面に垂れ下がり、まるで絵画のような光景ではあるが彼女の表情は真剣そのもの。
そんな彼女の元に一隻の小型艇が接近して来る。小型のボートを改装したと思われるそれは武装も殆ど施されておらず、恐らく戦闘用というよりは物資の輸送を主とした代物だと軍事に関わるものであれば一瞬で分かるだろう。周囲にはロイヤルネイビーkansen達が険しい表情で護衛しており、万が一の場合はすぐに対処出来るように準備を整えている。
いや、その言葉には語弊があるだろう。万が一の時はこの小型船を護衛するのが目的ではなく、即座にその艦砲を使い沈める必要があるのだから。
『こちら鉄血海軍所属の指揮官、ヴァイスクレー・ヘルブスト。貴女がキング・ジョージ5世さん……であってるのかな?』
小型船から青年の声が響き渡る。どこか人懐こそうな温和な声音ではあるが、ジョージはそれがあくまで交渉の為の仮面に過ぎないと察していた。なんせ目の前の小型船に搭乗している指揮官のお陰でロイヤルネイビーは何度も辛酸を舐め続け、外交的に孤立する羽目になり、何よりも彼はジョージの大切な妹を捕虜にした男なのだから。
ジョージは心を落ち着かせる為に深呼吸を行う。常にロイヤルは優雅で勇ましく、可憐であれと教えられてきた。騎士団長たる自分が怒りに飲まれれば交渉も上手くいくはずがないと拳を握りしめながら笑顔で目の前の停船した小型船に通信を入れる。
「あぁ、初めましてヘルブスト指揮官。私はクイーン・エリザベス陛下を護衛する騎士団長であるキングジョージ5世だ」
『えぇ、噂はかねがね書いています。妹さんのデューク・オブ・ヨークさんにも色々と聞きたかったのですが、彼女はずっと黙秘しているので何も聞けませんでしたけどね。安心してください、妹さんは鉄血が『保護』しており元気ですよ』
明らかな挑発行為としか思えない言動に一気にロイヤルの護衛達は剣呑な空気に包まれる。今すぐ殺気を放ちたい気持ちを抑えるが、この場で下手に動けばロイヤルネイビーの恥を晒す事になるだろう。
そう、彼はロイヤルに捕らえられた捕虜ではなく、鉄血の使者としてこの場にやってきたのだから。
数日前。ロイヤル領ジブラルタルの海軍基地に衝撃が走った。鉄血海軍……いや、レッドアクシズ内で英雄的な活躍を見せ、何度もロイヤルネイビーを苦しめたあの『救国の艦隊』が停船信号を出しながらジブラルタル基地にやってきたのだから。
抵抗もせず即座にロイヤルの指示に従って港に降り立った艦隊はそのまま武装解除を行い、多くのロイヤルネイビーに所属するkansenや兵士達から殺意の篭った視線を浴びつつ飄々とした様子で彼らは代表であり、近々解任が決まって引き継ぎ処理に追われていた摂政であるフッド卿の執務室に通される。そこでフッドが自身が耳にした言葉に驚愕する。
「……リシュリュー枢機卿に手紙を届けたいと?」
「そうですね。貴女達ならもう知ってるかもしれませんが先日鉄血とヴィシアはセイレーンが大量発生していた鏡面海域の攻略に成功しました。それで帰る事になったのですが、ヴィシア陣営の陣営代表であるジャン・バールさんから、ついでに手紙を届けてほしいと言われましてね」
差し出された紅茶の香りを楽しみながらヘルブスト指揮官は笑う。彼の態度にフッドは苛立ちを覚えながらも表面上は冷静さを保ったまま言葉を返す。
「……我々ロイヤルは貴方達と交戦状態なのですよ?だというのに貴方は自分が何を言ってるのかわかっているのですか?」
「んー?そんな事言われましてもねぇ……あっこのクッキー美味しいですね」
「…………」
ヘルブスト指揮官の言葉にフッドは歯噛みする。彼が言っている事はハッキリ言えば無茶苦茶であり、常識的に考えればあり得ない話だ。
何処の国が交戦中の敵国に手紙を届けたいから手伝ってほしいと頼むバカがいるのか。その頼み事を「はい分かりました」と簡単に引き受けられる筈がないと言うのに舐めているのだろうか?この男は。
しかし、ヘルブスト指揮官の表情を見る限り本心で頼んでいるようにしか見えない。だからこそフッドは警戒せざるを得なかった。この男は本当に何を考えてるのかさっぱり分からないのだから。
「まぁ言ってみれば俺達は使者でリシュリュー枢機卿に直接手紙を渡しにきたってわけですよ。ヴィシア側が親書を渡してほしいと言ってきたので、同じレッドアクシズの盟友として鉄血の俺達は了承した。しかし、リシュリュー枢機卿は現在ロイヤルの皆様の保護を受けている……だからこそ、ロイヤルの方々に頼み込む事になんらおかしな点はないと思うんですけどね」
そう言いながらヘルブスト指揮官は懐から一通の手紙を取り出す。その封筒には確かにヴィシアの紋様が入った封蝋が施されており、それを確認してフッドは眉を潜める。
「あー中身は確認しても良いですよ。あとついでにプレゼントでサディアで貰った甘い干し葡萄のワインもありますよ。あっ、良かったら飲みます?シュペー、悪いけど取ってきてくんない?」
「いえ結構です。正直に申し上げてもよろしいのでしょうか?」
「はい?どうぞ?」
「そんな馬鹿げた提案受け入れるわけないでしょう」
フッドは警戒と呆れの混ざったような声で答える。そもそもこんな見え透いた罠に飛びつくほど彼女はお人好しでも馬鹿でもなかった。
「うわっ……酷いなぁ。これでも俺は真面目な話をしているつもりなんですよ」
「ふざけているのですか?交戦中の敵国である貴方達を、それもロイヤルと………因縁深い貴方達を好き好んで領海に引き込み、こちらで保護している『自由アイリス教国代表であるリシュリュー枢機卿』と会談をさせろと?私からすれば貴方達が何か謀略を仕掛けてきているとしか思えませんが?」
フッドは冷たく『自由アイリス』の名前を強調しながらヘルブスト指揮官を見つめる。実際、彼女の言う通りだった。大切な亡命政権の代表者と話し合いをさせるなど普通に考えればあり得ない。間違い無く何か鉄血が謀略を仕掛けてくるのは確実であり、その結果ロイヤルにとっては最悪の出来事であったマルタ島の住民の強制追放の様な悲劇に繋がりかねないのだから。
しかし、ヘルブスト指揮官は小さくため息をつく。
「はぁ……そうですかぁ……鉄血はビスマルクさん宛に直接会談しようと言ってきた貴女達の提案を受諾しただけではなく、その使者も丁重にもてなしてロイヤルに帰還できる様に手配したのですが……ロイヤルは使者を受け入れる余地はないと」
その言葉にフッドは更にヘルブスト指揮官への警戒心を高める。ビスマルク宛にデンマーク海峡にて会談をしようと秘密裏にロイヤルのkansenを派遣した事は事実であるが、使者の派遣は秘密裏に行われていた。
そう、つまり目の前の男はそんな軍事機密をビスマルクから直接話される程に鉄血海軍の中枢に組み込まれた人物であると暗に示していたからだ。
(ただの客寄せピエロではなく、あのビスマルクから直接信任を得る程の立場ですか……)
フッドが知る限りビスマルクの周囲を固める幹部達は皆優秀な人物ばかりであり、決して彼女がおべっかや賄賂で人を周囲に配置する事はないと確信している。つまりビスマルクがこちら側の使者の秘密派遣についての情報を漏らす程に目の前の指揮官は信用されているという事になる。
「まぁ帰れと言われれば帰りますけどそれはそれで貴女達の立場は悪くなるのでは無いのでしょうか?鉄血はちゃんと使者をもてなしたと言うのに、ロイヤルは門前払い。さてこの事が知れ渡れば国際社会は貴女方をどの様な目で見る事になるのやら」
「私達を脅すつもりですか?」
フッドが本気の殺気を向ければ、ヘルブスト指揮官の周囲に唯一の護衛として座っていた銀髪に赤いメッシュを付けた少女が静かな怒りを瞳に宿しながらフッドを睨みつける。
「使者である私達が傷付けばレッドアクシズは報復を行い、血で血を洗う報復戦に発展する。その言葉だけは胸に秘めておいてくださいね、フッド卿」
「シュペーありがとう。でもこっちも言葉が足りませんでしたね。謝罪させて頂くと同時にこちらは脅すつもりはなく、あくまで使者として手紙とワインを渡す以外の行動を起こすつもりはない事を分かって欲しいですね。勿論、信じられないのも無理はありませんが」
シュペーの言葉にヘルブスト指揮官は苦笑する。彼は本心からそう言っているようであったが、フッドとしては到底信じられる内容ではなかった。
「…………」
フッドはヘルブスト指揮官を鋭い視線を向けるが、指揮官は仕方ないですねと呟くとフッドの目を見つつ微笑みながら、まるで子供に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「ではこうしましょうか。俺達は使者として手紙を渡したいだけですが、あなた方は警戒している。だからこそ手紙の受け取り場所までロイヤルネイビーの皆様が俺達が馬鹿な真似をしない様に監視してください。更にあの輸送艦を隅々まで調べてもらっても構いませんよ。そしてリシュリュー枢機卿にどうしても出会えないのであればドーバー海峡で貴女達が選んだ方に私が手紙を渡しましょう。それを貴方達がリシュリュー枢機卿に手渡してくれればそれで結構。それなら問題はないでしょう?」
「……」
「仮に俺達が死ぬ事前提に謀略を仕掛けているのならまだしも、もし失敗すればヴィシアから護衛役としてついてきてくれたkansenに重巡二人に空母一人、そして世間的に有名になった俺を鉄血は失う事になる。そんなリスクを犯してまで本気で謀略を仕掛けると思っているのですか?更に言えばビスマルクさんは決して謀略の為に同胞を犠牲にする様な鬼畜ではありませんよ」
指揮官は呆れたように肩をすくめる。確かに彼の言う通りだった。ビスマルクがそこまで非情な人間でない事はフッドもよく理解しており、彼女の性格を考えれば謀略の為に使者を犠牲にする可能性は低い。しかし、それでも万が一の事を考えるとフッドは気が進まなかった。
しかし、ここまで譲歩している鉄血側を断り、ジブラルタルから追い出せば目の前の指揮官は間違い無くビスマルクに報告。そして、ただでさえ外交評判に傷がついているロイヤルは更に孤立する事に繋がりかねない。
かと言って使者である指揮官達を拘束や処刑は論外であり。最早フッドの選択は二つしかなかった、謀略を恐れて外交評判に傷が付くことを覚悟しつつも目の前の男を門前払いするか。それとも謀略の可能性を視野にいれつつ、いつでもあの『救国の艦隊』の面々を殺す事が出来る立場を取りながら、ドーバー海峡内で手紙の受け渡しのセッティングを行うか。
(もう二度と、あんな悲劇を繰り返さない為にも私は……)
フッドは唇を強く噛み締める。二ヶ月前、サディアの謀略にハマり、30万人の自国民を強制追放される原因を作り出した自身をフッドは毎日の様に責め続けていた。自分のせいで多くの人々が父祖の地を追い出され、難民となり苦しむ事になったのだ。それは彼女が責任を感じるには十分過ぎる理由であった。
受け入れるか、受け入れないか。いっそ陛下に相談する事も出来るが現在陛下はビスマルク追撃戦の『再現』の下準備や責任追求などをどうにかする為に極めて多忙であり、ジブラルタル基地の責任者として、今ここでフッドは再び選択をしなければならなかったのだ。濁流に飲み込まれる中差し出された提案という名の藁は果たして掴んでいいのか?フッドの心は既に限界を迎えつつあった。
だが、彼女は一つの可能性を忘れていたのだ。片方が崖に続く運命の分岐点であっても、もう片方が無事である保証はどこにもない事を。
たとえどちらを選んでも地獄への片道切符である事を……
「……分かりました、あなた方を信用します」
フッドが絞り出すような声でそう言えば、ヘルブストは満足そうに笑みを浮かべる。フッドとしては苦渋の決断であったが、ヘルブストはまるで最初からロイヤル側はこうするしか無いという状況を予測していたかのような態度であった。
「ありがとうございます。ですが貴女達が俺達を信頼していないのは当たり前。ですので自由にその様子の撮影や音声記録用のカメラの設置などを行なって頂いて結構ですよ。ただまぁ……」
ヘルブスト指揮官はそれまで柔和な表情をしていたが、急に目つきを鋭くするとフッドに視線を向ける。
指揮官は口元に笑みを浮かべていたが、目は一切笑ってはいなかった。
「俺達の艦隊メンバーが無抵抗である事を良い事に、こちらが何ら違反行為をしていない状況下で大切な彼女達を傷つけるのであれば……俺は貴女達ロイヤルの皆様を絶対に許しませんよ」
鉄血海軍の同胞意識は全陣営屈指のものであり、仲間を傷つけられた時の怒りは凄まじいものであった。仮に確実にビスマルクの信任を得ているこの男が理不尽な死を迎えれば、鉄血海軍は報復として出血を恐れず怒りのままに無差別なロイヤルへの破壊行為を行うであろう。その危険性をフッドはよく理解していたが、同時に指揮官の瞳の奥に宿った狂気にも気付いていた。
自身の命を犠牲にしてでも狂気的なまでに仲間を守り切ろうとする目の前の男の覚悟は、皮肉にも彼等が死ぬつもりはなく、ごく普通に使者として事を終わらせようとする意志の説得力として機能をしていた。
(これが、この選択が正しかったのでしょうか?)
メルセルケビール海戦以後フッドは冷徹な判断を取る事と多かったが、その選択は間違いなく善人である彼女の心を大きくズタズタに傷付けていた。メルセルケビール海戦、サディア側の捕虜解放交渉と同じくこの選択がロイヤルネイビーの行く末を左右しかねないのでは無いか?私は本当にこの選択をして正しかったのか?と。
(いえ、そんな弱音を吐いている場合ではありませんね)
フッドは首を横に振る。例えどのような結果になろうとも自分は最後まで最善の選択を取り続けるしかないのだ。それが、陛下に忠誠を向ける彼女の信じる正義なのだから。
会談を終え、フッドは決意を新たにすると最も信頼する同僚である騎士団長キング・ジョージ5世に連絡を取る。彼女ならば例え鉄血側の謀略が発動したとしても素早く現場判断で対処してくれる筈だ。
今ジブラルタルが出せる出来る限りの監視役のkansenの選定や相手の乗ってきたあの輸送船のチェックなどやる事は多い。しかし、フッドは今出来る事を全てやると覚悟を決める。今度こそ、今度こそ悲劇を繰り返さない為にも。
「フッド様、お疲れさまです。紅茶をお持ちしました」
「ありがとうございます、ロイヤルメイド隊の方々。貴女方も大変ですね」
「いえ、フッド様にこうして仕えられる事は私達にとって誇りでありますから」
メイド隊の一員であるハーマイオニーから紅茶を受け取ったフッドは一口飲む。程よい温かさの紅茶が冷えた体に染み渡るのを感じながらフッドはふぅ……っと息を吐き出す。願わくば本当の意味で手紙を受け渡すだけで済んでほしいと切実に願いながら。
「みんな聞いてちょうだい。ヴィシアのジャンバールには実は計画艦の妹がいて、その妹があの指揮官にガチ惚れしたからどうにかしろって通信が来たわ……ごめんなさいティルピッツ私どうすれば良いのかしら…!!!」
同時刻、鉄血の円卓会議ではビスマルクが胃薬をダース単位で口にしながら死んだ魚の方がまだ生命力を感じさせる程に疲れ切った表情で周りを見渡す。妹であるティルピッツはそんなビスマルクから薬の瓶を無理矢理奪うが、ビスマルクは最早抵抗すらせずにされるがままになっていた。
「姉さん落ち着きなさい。つまり……ヴィシアの陣営代表の妹が指揮官に恋をしたのね?」
「はぁ!?あの下等生物ぅぅ!シュペーが存在しておきながら他の女に恋をした!?許せないわ!!ビスマルク、今すぐ私もヴィシアに───」
シュペーの姉であるドイッチュラントは激怒した様子で顔を赤くしているが、いやお前それ妹が指揮官に惚れてるって暗に言ってるようなもんだぞと数名の幹部は頭でツッコミつつも、妹キチになった彼女は面倒くさいのでスルーする。
「あのジャン・バールに妹が居たなんて驚きですが……あの指揮官は本当にトラブルメーカーですね、本人が悪い訳ではありませんがいつでも嵐を巻き起こす類の」
グナイゼナウはメガネを輝かせながら呟く。ビスマルクがここまで取り乱す羽目になったのは自身の夫である指揮官絡みの過去の事件以来であるが、流石に今回は国際関係を左右するレベルの問題なのでビスマルクに同情の視線が浴びせられる中、常識人の一人であるオーディンはなんて事はないと言わんばかりにコーヒーを口にしながらビスマルクに述べる。
「本人達の想いが最優先であるが別に悪い事ばかりでは無い。いっそ政略結婚として鉄血とヴィシアを繋ぐ為の架け橋として利用しても良いのではないか?そもそも鉄血はヴィシアの今後の関係を鑑みるに、むしろ好都合なのだろう」
その一言にピクリとビスマルクは動きを止める。ドイッチュラントがまだ騒いでいるがどーどーとオイゲンが彼女を宥める中、ビスマルクは首を横にふる。
「ダメよ……その、じゃあ仕方ないわね。貴女達の中に今からこの秘密を墓場まで持っていくつもりがある人達だけがこの部屋に残りなさい。勿論責任は問わないわ、自由に出て行ってもらっても……」
そうビスマルクが口にするが、誰も部屋から出ていくものはいない。それはそうだろう、この円卓会議に参加する面々はビスマルクの信任を得た優秀かつ祖国への忠誠心と類い稀ない同胞意識の保持者であり決して誰かを裏切らない、約束は守る人物ばかりなのだから。
例え普段は傲慢とも表されるドイッチュラントであっても拷問をされようが秘密を吐くことは100%ありえない程に。
「そうね……じゃあ言わせてもらうわ。みんな聞いて頂戴。そんなジャン・バールの妹に恋をされている指揮官だけど実はサディア帝国の総旗艦であるヴェネトも彼に恋をしているのよ……」
「「「……はっ?」」」
ドイッチュラントすら無言で固まる程に、衝撃的な事実であった。
「つまり、三角関係って訳ね。鉄血の男を巡ってサディアの陣営代表とヴィシアの陣営代表唯一の妹が恋をしている現状。もし、彼がどっちかを選べれば最悪片方の国との関係が悪化し、最悪レッドアクシズという組織が崩壊しかねないのよ……あぁダメだわ、目の前が暗くなってきたわ……ごめんなさいティルピッツ……宰相閣下…皆…」
「姉さんしっかりしなさい!気を強くもつのよ!!」
こうして、指揮官の秘密の三角関係が鉄血の幹部連中に暴露されてしまい、幹部達は一人の男を巡って軍事組織が崩壊しかねないという現状に頭を悩ませているビスマルクに同情の視線を向けるのであった。
「……あのまま彼の艦隊に在籍していれば、恐らく私は今頃病院暮らしになっていただろう……」
そして、マインツは一時的に自身も所属したあの艦隊の無事を祈りつつも、本心からそう呟きつつ、ビスマルクに今度お気に入りのコーヒー豆の差し入れを送ろうと目を閉じるのであった。
いよいよ始まった最終部である『英雄編』ですが、まずは指揮官とキング・ジョージ5世の会談から。ロイヤルから見たヘルブスト指揮官という人物について、そしてドーバー海峡で果たして何があったのかは用語解説と共にまた次回。果たして指揮官は何を企んでいるのでしょうか?それとも本当に手紙を渡す為だけの使者として動いているだけなのでしょうか?
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指揮官の後世の評価はどうなる?
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