ドーバー海峡中心部にて行われたロイヤル代表、騎士団長キング・ジョージ5世と鉄血代表、救国の艦隊指揮官ヴァイスクレー・ヘルブストによる交渉は表向きは平穏かつ穏やかに進んでいく。
周囲を常に武装したロイヤルのkansenがその火砲を向けて警戒し、鉄血側は指揮官以外の面々は武装解除を行なって小型の船舶の中で待機しており、更に一部ロイヤルのkansenは警戒の為に音声記録やカメラ撮影を行なっているが、鉄血側は今の所は不審な行為などを行なっていない。
これはあくまで平和裏の話し合いであると言うことを周囲にアピールしようと言わんばかりに指揮官は甲板上にやってきたジョージに向かいニッコリと手を差し出すと、ジョージも笑みを浮かべて手を取る。彼女の内面では妹を捕らえた目の前の男に複雑な感情を抱いているが今は自身の役目を果たすべく目の前の男を観察する。
(物腰は柔らかく、腰は低いが……隙が無いか)
表面上は友好的に見えるが、その瞳の奥には油断なくこちらを観察し続けているのをジョージは感じ取っていた。まるでこちらの思考を探られているような感覚すら覚えてしまう。茶髪で黒を基調とした鉄血の軍服を着た男は一見すると温厚な好青年にも見えるが、ジョージは彼が只者では無いのを本能で察していた。
そもそも指揮官という役職はただの人間に務まるものではない。それは、祖国を守る為、kansenを束ねる存在として相応しいだけの器量が存在しなければたとえキューブ適正があったとしても無能の烙印を押されてしまう。いわば指揮官というだけで無能である可能性はほぼなく、更に目の前の男はあの鉄血の陣営代表ビスマルクの腹心と来たものだ。
ビスマルクは有能な人物であればその出自を問わず重用し、自身の懐に招き入れる。その事実はロイヤルのみならずアズールレーンの他の陣営にも知れ渡っており、国力で劣る鉄血公国の改革を果たし、セイレーン研究を進めるビスマルクはある意味敵味方問わず恐れられていた。
目の前の男がそんなビスマルクの『お気に入り』である事は明らかであり、更に胸元のヴィシア聖座より授与されたと思われるレジオンドヌール勲章が更にジョージの心を掻き乱す。ビスマルクとジャン・バール。実力主義者である、あの二人から信頼されるという事実は間違いなくロイヤルにとっての脅威であった。
(いかんな……)
思わず剣呑な視線を送りそうになる自分をジョージは自制する。今は冷静さを保ってこの会談を成功させなければならないのだ。少なくとも指揮官を名乗る男からは敵意は感じられない。ならばここは穏便に事を運ぼうではないか。
「どうしましたか?」
だが、友好的な言葉を掛けようとするも握手を終えた指揮官は人懐こい笑みを浮かべてジョージを見つめてくる。その笑顔にジョージは違和感を覚えた。何故ならば……目の前の男は明らかに謀略をこちら側に仕込む筈だと言うのに、その瞳には一切の嘘や偽りと言った感情が見えないのだ。
人間嘘をつく時はどれ程の人間であっても多少なりとも動揺したり表情が歪むものだが、指揮官と名乗るこの男の態度に一切の乱れがない。この会談自体を罠に嵌める為の策だとしたらあまりにもお粗末すぎる。
相手の狙いが分からない。圧倒的不利な状況に自分達を追い込んで敵陣のど真ん中でニコニコと親書を手渡そうとする青年にジョージは得体の知れない恐怖を覚えながらもそれを悟られぬように微笑み返す。
そして、ジョージは二つの想定を素早く脳内で行う、目の前の男はポーカーフェイスで嘘を吐く事に慣れている優れた男か、もしくは心底から油断して後先の考えないバカなのか。そして、そして騎士団長ジョージは相手をバカだと希望的観測を行う程に愚かではなかった。
どちらにせよ、相手が何を考えているのかわからない以上下手な事は言えない。いずれにせよ指揮官が何らかの意図を持ってこちらに接触してきた事は間違いはない。
ならば下手に警戒されて交渉決裂という事態になるよりもこちらの思惑通りに話を進めてしまえばいい。そう判断したジョージは笑みを浮かべたまま口を開く。
「いや、何でもないよ。さて本来であれば貴方達を本国に招いて手厚くもてなしたい所であるが両国は戦争中なのだから仕方あるまい。すまないがこちらも立て込んでいるのでな、手早く済ませよう」
「えぇ、わかっております。俺達もこのような立場で長居をする気はありません」
ジョージの言葉に指揮官は同意するように首肯すると懐から封をした手紙を差し出すと、ジョージは恭しく手紙を受け取る。既にフッドの手により中は開封されているのか封蝋は剥がれており、ジョージはその中身を確認を確認するのだが彼女の見る範囲では暗号などの何らかのメッセージは見当たらない。
確かに執筆はジャン・バール個人のものなのだが、その内容は余りにも簡素なものだ。内容は至極単純な物であり、つい先日鉄血とヴィシアの両国が鏡面海域攻略作戦に成功した事について新聞とさして変わらない事が短く書かれているだけであった。
しかし、火で炙ったり、薬品を使えば何らかの文字が現れる可能性があるとジョージは考えるがいずれにしても今はこの手紙に何らかのアクションを取る事は不可能。封を閉じると指揮官は一礼する。
「リシュリュー枢機卿に送るはずのサディアで造られたワインは監視役の皆様に少し多めに渡していますので是非貴方達もお飲みください。一応監視役の皆様の目の前で全て俺が毒味をしましたのでご安心を。それではこちらの役目は全て終わりましたので私は失礼させていただきますね。願わくば一刻も早い戦争終結を望んでいます、それでは───」
「……ヘルブスト指揮官」
それだけ言い残すと指揮官は甲板を後にしようとする。その背中を見てジョージは警戒しながらも声を掛ける。振り返った指揮官は笑みを浮かべると小さく頭を下げる。
「はい?何でしょうか?」
「……少し意外だと思ってしまってね。正直に言えば君達が何か謀略を仕掛けてくるのではないかと身構えていたのだが……どうやら私の勘違いだったようだ。改めて謝罪しよう、申し訳なかった」
ジョージがそう言うと指揮官は首を左右に振ると微笑む。とはいえジョージも軽く頭を下げつつも、こう言えば何らかのアクションをしてくるだろうと予測していたのだ。だが、ヘルブスト指揮官は肩をすくめると苦笑いを浮かべた。
「いえ、警戒するのも当然でしょう。あくまで私達はロイヤルの皆様にヴィシアからの手紙を届ける為の使者です。それ以上の事は致しません。もうぶっちゃけますけど、俺も早く鉄血に帰りたいですからね。誇り高きロイヤルの皆様が紳士的に手紙を受け取ってくれて本当に良かったですよ」
そう言って指揮官は今度こそ踵を返す。その言葉には嘘はなく、その言葉通り彼はさっさとこの場を立ち去りたかったのだろう。ジョージはそんな彼の態度を内心で驚きながらも見送ると海面に向かって飛び出し、着地をしながら小型の船舶を眺めつつ、自身の指揮下にあるロイヤルのkansen達に命令を行う。
「国境付近まで警戒を怠るな。相手が何らかの謀略を仕掛けてくる可能性は高い……油断はせず、慎重に行動せよ」
『了解しました!』
ジョージの言葉に部下であるロイヤルのkansen敬礼を行うと小型船舶を取り囲む様に展開する。この海上に展開しているkansenの数は合計で10人、船舶の内部で武器を取りながら警戒する面々も含めると1ダース以上の大盤振る舞いだ。彼女達はジブラルタル防衛の為に派遣されていた精鋭達であり、王家に忠誠を誓った者達ばかり。
その表情は真剣そのもの、例え相手が誰であろうとも王家の栄光を汚すものは許さないと言わんばかりに監視と護衛を兼ねて、これより国境付近まで使者である指揮官達を送る事になっている。更にジョージの判断によって周囲のロイヤルネイビーの基地は警戒体制で待機しており、ある意味ではここからが本番である。
(さて……救国の艦隊。貴方達がこちらに害をなすのであれば一瞬でこの船は沈没する。その上で貴方達が何を成すのか、それを確かめさせて貰おうか)
決して、ロイヤルの面々は鉄血艦隊を信用する事はなかった。そして鉄血艦隊も信用されるとは思っておらず……ロイヤルの理性的でこちらを警戒する行動に感謝しながらも確信した。
────我々は賭けに勝利したと。
「……何をしているんですか?」
駆逐艦ハーディは艦橋にて指揮官が通信機を手に取った瞬間警戒した様子で武器を片手に持ちながらも問いかける。指揮官は困ったような笑みを浮かべると肩をすくめた。
「あぁ、大丈夫だよ。帰る前にもう一度ロイヤルの皆さんに挨拶の一つでもしておこうと思ってね?」
監視役を命じられているハーディは警戒した様子で銃を構える。脳天に照準を合わせ、彼がロイヤルを害する行動をとるのなら躊躇いなく撃たなければならない。
「……君、手が震えているよ?」
だというのに人に銃を向けられているにも関わらず指揮官の口調には動揺は見られず、それどころかまるで子供でもあやすかの様な声色であった。
ハーディは勿論ロイヤルのkansenはセイレーンの撃破こそ何度も行なっているが人を撃った経験があるものはごく少数だ。ハーディも殺戮機械ではなく血の通った人間を今、自分は殺すかも知れないという状況に無意識に躊躇いと震えがあった。そんな彼女に銃を向けられながらも気遣う様に指揮官は言う。
「ふふっ、でも安心したよ」
「……何がです」
「いやね、ロイヤルの人達も人を殺したくないとか出来る限り穏便に物事を終わらせたいって俺達鉄血と同じ考えを持った、同じ人達なんだなってね」
「違います……同じな訳ありません」
銃を構えながらハーディは、はっきりと否定する。彼女の脳裏にはあの日クイーン・エリザベスが自身に封じられた記憶を呼び覚ました日が、そして陛下の覚悟を秘めた表情が脳裏に溢れ出る。
「確かに戦争を一刻も早く終わらせたいのは事実です。しかし、私達ロイヤルからすれば、貴方達鉄血は世界を混乱させた元凶。レッドアクシズを形成し、陛下の威光に泥を塗り、人々を追放して、嘘をついてロイヤルを追い詰める。はっきり言って私はその元凶の一人である貴方の事が嫌いです」
震える手で銃を向けながらもはっきりと指揮官に告げた。彼女はあまりにも純粋であり、自国の正義を信じており、目の前の指揮官を悪だと断じていた。
メルセルケビール海戦をロイヤルが仕掛けた事、グラーフを暗殺しようと部隊を派遣した事、タラントを報復で焼き払おうとした事。そして目の前の男がスパイによって銃撃された事など……決してロイヤルは清廉潔白な正義の味方の様な存在ではなく、必要で有ればいくらでも謀略を他国に仕掛け、人を傷つける事に躊躇いはない『普通』の国家であった。
しかし、目の前の少女は全ては鉄血が引き起こした行動によって生じた事であり、ロイヤルと王家の正義を愚直なまでに信じ続け、世界を混乱させた鉄血公国が絶対悪であると信じ切っていた。
その証拠として彼女の言葉には一切の迷いがない。そして指揮官は大多数のロイヤルネイビーがハーディと同じ考えであり、愛する祖国と同胞に敵対する存在である事を改めて理解した。
「……そうか、それは残念だ。だがハーディ。俺達は戦争中とはいえ使者として派遣されているのだから、そう言ってはっきりと嫌いだと言ったり、自身の考えを押し付けるのはこちらの心象を悪化させるだけでデメリットしか無いんだよ?例えば君が鉄血に行ってお前の事が嫌いだとか、エリザベス陛下は悪だと言われたらどう思う?」
指揮官のその一言にハーディは慌てた様子でハっと気がつき頭を下げる。
「も、申し訳ございません!!」
恐らく目の前の女の子は優秀ではあるが、嘘が下手で真面目で、正直で優しい女の子なんだろうとヘルブスト指揮官は笑みを浮かべる。
「誰にも言わないし、脅さないから安心するんだ。俺はちょっとジョージさん達に改めて別れの挨拶をするだけだからね」
「はい……」
ハーディは指揮官の言葉に少しだけホッとした表情を浮かべると指揮官は微笑む。
(いい子なんだな。本当に……)
だからこそ、惜しいと思う。もしも彼女がレッドアクシズの陣営であれば、どれだけ頼もしい戦力になっただろうか。もし肩を並べて戦えばきっとシュペーやヒッパーと笑い合える未来だってあったはずなんだと。
しかし、戦争によって生じた亀裂は最早修復は不可能だろう。鉄血とロイヤルは余りにもお互いの憎悪を煽り過ぎた。例えこの戦争が終わったとしてもそう簡単には関係を修復する事は不可能であり、そして両国の関係が修復不可能になった要因には少なからず自身も関わっているという事実が指揮官の胸をナイフでえぐる。
更に自分は……今から目の前の純粋なハーディを騙し、ロイヤルを陥れようとしているのだ。罪悪感と後悔に苛まれながら指揮官は通信機のスイッチを入れる
「あぁ、それとねハーディ」
「……なんでしょうか?」
ハーディは気を取り直しつつも銃口を震える手で指揮官の頭に向けつつ警戒した様子で問いかける。指揮官はそんな彼女を見て軽く頭を下げて呟くのであった。
「ちょっとだけ五月蝿いと思うから我慢してね」
それは突然の出来事であった。狭いドーバー海峡に大音量の通信が響き渡り、キング・ジョージ5世はやはり何かを仕掛けてくるかとその艤装を展開させ、少し後退したがレーダーに視認出来る鉄血艦隊の小さな輸送船に向かってその主砲の砲塔を狙い定める。
「やはり仕掛けてきたか!王家の戦士達に告げる!鉄血がしかけ───」
「こちら鉄血艦隊所属の指揮官。ヴァイスクレー・ヘルブスト、キング・ジョージ5世さん聞こえますか?」
ジョージが声を上げるも、その威勢ある声は鉄血艦隊から漏れる通信によってかき消され、代わりに指揮官の声が響く。その音量は凄まじいものとなっており、耳に装着している無線機を通しても鼓膜が破れそうな程の大音声が響いた。
ジョージだけでは無い。鉄血の輸送船の周囲を囲むロイヤルネイビーのkansenだけでなくドーバー海峡を超えてロイヤル本土の基地にすら届く通信は無制限に、無差別に、無判別に一人の青年の声を拡散する。
そう、まるでかつてイオニア海海戦でサディア帝国の総旗艦ヴィットリオ・ヴェネトがそうした様に。この海域に、周辺に所属する多くの人々の耳にロイヤルにとっては憎い怨敵の声が響いたのだ。
(……あぁ……そういう事か……!!)
その瞬間、ジョージは鉄血の指揮官の狙いを理解した。それは彼が指揮官という地位にあるが故に、彼が『英雄』という地位だからこそ出来た戦術であり、恐らくは今まで誰も思いつかなかったであろう奇策であった。
「……くくっ……あっはっはっ!!」
「ジョ、ジョージさん!?」
直前まで指揮官の監視を行なっていたが、いざという時の為にジョージの側で連絡役として待機していた駆逐艦フォックス・ハウンドは唐突に爆笑し始めたジョージに困惑した様子を見せる。
ジョージが笑うのは珍しい事だが、この状況下で明らかに相手が何か謀略を仕掛けたタイミングにおいて笑い出すなど狂気にでも侵されたのかと心配になる。
しかし、彼女はそんな事などお構いなしの様子で笑い続けた。思えば簡単な事だ、彼は確かに何も嘘はついておらずに、誰も傷つける事もなく、誠実に使者であり続けていたのだから。
ひっきりなしに届く指揮官を監視している面々に攻撃許可要請にロイヤル本土の海軍基地からの状況説明を求める声を無視してジョージは笑い続ける。
(あぁ……申し訳ございません陛下、私は彼を過小評価していたようです)
そう心の中で呟くと彼女は最優先でこちらに通信を送る鉄血艦隊に向けて返答する。清々しいまでの敗北感は寧ろ心地よいものであった。
「こちらキング・ジョージ5世。成る程な、やってくれたなヘルブスト指揮官」
『キング・ジョージ5世さん。別れの挨拶がまだ不十分であった事を改めて謝罪させて頂きましょう、私達『救国の艦隊』は使者としてリシュリュー枢機卿への親書とサディアのワインを届けにきたと言うのに、お別れの挨拶を忘れていましたからね。改めて、ご機嫌ようロイヤルの皆様。次に会う日はエリザベス陛下が指定した1941年の5月27日を会談の日ですが、それまで皆様の安寧と繁栄を祈りますよ。それでは、さようなら』
ジョージの返事に対して指揮官は軽く会釈すると通信を切った。それと同時にドーバー海峡には静寂が戻り、ただ波の音だけが静かに響くだけであった。
「……ふぅ……こちらキングジョージ5世」
少しだけ疲れた様子のジョージは攻撃をすればいいのか迷っている様子の鉄血艦隊の周囲を監視するkansen達に向かって通信機を手に取ると話しかける。
「今すぐ王家の戦士達は監視を中断して帰還せよ。もう監視の必要性はなくなった、このままダラダラと監視を続けて時間を浪費するのは資源と燃料の無駄にしかなるまいよ」
『で、ですがジョージ卿!!』
ロイヤルのkansenの一人が上官の命令に正気を疑う様子で口を開くも、ジョージは首を振りながら彼女達に説明を行う。
「あの大音量通信を君達も聞いただろう?あの救国の艦隊はな……このドーバー海峡周辺の皆に自身は使者としてやってきたと口にしたんだ」
本来使者という役目はその特性上、特に軍事目的の使者は例え友好国に送る筈の使者であっても秘密裏に行われるのが常であった。軍事機密にも関わる極秘情報を扱うという事はそれだけ慎重に物事を進める必要があるのだから当然なのだろう。
現にロイヤルもフッドがダンケルクに、ウォースパイトがリットリオに、そしてビスマルク宛にデンマーク海峡での話し合いを提案した時も使者は大々的に送られたのではなく秘密裏に派遣されていたのだ。
しかし、今回は違う。鉄血艦隊の指揮官は堂々と自分は使者として訪れたと宣言し、それは事実なのだ。ならば何故わざわざその様な宣言を行ったのか、それは一つしか考えられない。
「奴らの目的はな……ロイヤルの庭であるドーバー海峡を我が物顔で通って鉄血に帰還する事を、ロイヤル国民に見せつける事だったんだよ。『我々はお前達を苦しめた救国の艦隊だ。今からドーバー海峡を渡って鉄血に帰るぞ。見ているか愚かなロイヤル国民、悔しかったら沈めてみろ』とな」
ジョージの言葉に周囲がざわつく。つまり、この海峡で自分達は遊ばれていたのだ。まるで子供扱いされた事に怒りを抱く者もいれば、何故と困惑した表情を浮かべる者もいる。
「だが……彼らを沈める事は不可能だ。彼らは大々的に自分達の存在と目的を全て先程暴露してしまったからな……今我々が彼らを沈めてしまえばロイヤルは平和的に使者としてやってきた無抵抗な使者を殺戮する野蛮国家だと世界中に宣伝するようなものだ。秘密裏に処分も出来まいよ、この狭いドーバー海峡ではロイヤル国民も、少し離れたヴィシアの国民も彼の別れの挨拶を耳にしているのだから」
ロイヤルの国民は怒り狂うだろう。あのビスマルクの演説の内容は既にロイヤルでも知れ渡っており、ロイヤル国民のクイーン・エリザベスへの失望と救国の艦隊への憎悪は凄まじいものであった。それを使者だから、国際的なルールだから、条約だからと見逃す事に理性的に納得する国民は少ない。
盗人が家に上がり込んでションベンを撒き散らし、家に来てやったぞと大々的な落書きをした上で、警察が彼はルール違反をしていないから逮捕出来ないと口にして納得できる人間が何人いるのだろうか?
納得できるはずがない。例えルールや法という決まりがあったとしても感情論の前では無力だ。
そう、ヴァイスクレー・ヘルブスト達は使者という立場を利用してドーバー海峡に土足で足を踏み入れ、自分達の存在をアピールしながら悠々と帰還していったが、彼らの行動はロイヤルの顔に泥を塗りつけた以外の何ものでも無い。
だがロイヤルは彼らを裁く事は出来ない、国際条約と常識という鎧によって守られた鉄血艦隊に『まともな軍隊』であるロイヤルネイビーは見逃す以外の道はない。古代では敵の使者の首を斬ったという逸話もあるらしいが、今の時代にそんな蛮行は許されない。
何よりも栄光と優雅。女王陛下に忠誠を誓う誇り高きロイヤルネイビーが『まともな軍事組織』であり『正義の味方』であり続ける以上、多くの目撃者が存在する中使者を殺すなんて蛮行に手を染める事は不可能なのだから。
仮に彼らを殺害してしまえば、次にロイヤルが鉄血に使者を送ったとしても、報復として使者の首だけ返ってくる可能性があり、最早まともな交渉すら許されずどちらかが無条件降伏を行うしか終わる事のない凄惨な未来以外の道は残されないのだから。
これから陛下達はロイヤル国民に無能と罵られる事は確定だろう。領海に侵入したと言うのに目の前で鉄血艦隊を見逃した事への追求。更に秘密裏に進んでいた鉄血との交渉の暴露も含め果たして国民の納得する返答を……いや、国民が『納得したいと思える』返答を用意出来るのかどうか。
「サディアの総旗艦と同じく全方位通信による情報戦術か。成る程、今回は素直に完敗したと認めざる得ないな救国の艦隊。いやヴァイスクレー・ヘルブスト……あぁ、もう本当に……」
───許せないな。
ボソリと呟くジョージであったが、その瞬間凄まじいまでの殺気を放ち、フォックス・ハウンドや通信越しのロイヤルのkansen達はその激情を感じとってしまう。物腰こそ穏やかだがジョージの全身からは怒気にも似た威圧感が放たれており、それが通信機を通してkansen達に伝わり震えさせているのだ。
その殺意は余りにも純粋で鋭く、そして恐ろしい。ジョージが放つその殺意はこの場の誰よりも強く、そして重かったのだ。野蛮な暴力的な威圧感ではなく、研ぎ澄まされた刃物のような、鋭い刃が向けるかのような殺意、その刃を持って確実に相手の心臓を貫こうとする意思を放ちながらジョージの内面は激情で溢れていた。
意思を放ちながらジョージの内面は激情で溢れていた。
ジョージが抱いている感情は怒りである。それも途方もない程の激怒だ。彼女は心の底から生まれて初めて誰かに憎悪、嫌悪、殺意が入り混じったドス黒い感情を抱いていたのだ。
何故、キング・ジョージ5世が騎士団団長であるのか。それは決して強さや経歴や頭脳といったものだけで選ばれた訳ではない。それは彼女が生まれ持った性格に起因するものだった。
彼女は完璧超人といっても過言ではない優秀な人物であるが、それでも優れた人材の宝庫であるロイヤルネイビーにおいて全てにおいてトップという訳ではない。強さであればモナークやウォースパイト、頭脳であればフッドやネプチューン、陛下に仕えた日数ならばハーミーズといった面々が居るのだから。
しかし、キング・ジョージ5世は騎士団団長として女王陛下に直接指名を受けて今この地位を築き上げてきた。それは彼女の優秀さだけではなく、騎士としての忠誠と愛国心が最大の理由である事に他ならないのだ。
キング・ジョージ5世の本質は女王クイーン・エリザベスの最も忠実たる騎士である。いや、その言葉にも語弊があるだろう。彼女の忠誠は最早盲信や狂信者の域に達しており、信仰に近い程だ。
故に、キング・ジョージ5世の忠誠心は全てクイーン・エリザベスの為にある。彼女が望むのならばどれだけ自分の手が汚れても構わない。女王陛下が一言命じるのであればどのような命令も一瞬の躊躇いもなく遂行しかねない。
何故なら彼女は、クイーン・エリザベスこそが自分の存在価値だと認識しているからだ。彼女にとっての最優先事項はクイーン・エリザベスであり、王家の存続と祖国の防衛。そして敬愛するクイーン・エリザベスの命令を遂行する事が全てなのだ。
完璧超人と狂信者という内面は両立できる。そして、そんな彼女がこのような鉄血の愚弄としか言いようのない挑発行為を許すはずもなかった。だからこそ、彼女は完璧超人という鎧が砕け狂信者としての姿が露わになる程に激怒し、その怒りはジョージの心の中で嵐のように荒れ狂っていた。
だが、ジョージは怒りながらも冷静であった。表面上は怒りに満ちていても、その内面では既に鉄血艦隊に対する対抗策を練っており、その為に必要な情報を頭の中で整理、収集していた。
鉄血の陣営代表ビスマルクという人物は、ジョージの知る限り決して奇策や博打といったものを好まない人物だった。ビスマルクは慎重かつ冷徹な判断を下す事が出来る人物ではあり、同時に理詰めで相手を追い詰める事を謀略を行う事に長けており、今回のような馬鹿げた奇策を用いるとは思えなかった。
つまり、今回の一連の謀略をビスマルクに提案したのは恐らくあの救国の艦隊の指揮官の可能性が高いだろうとジョージは予想する。こちらに不和の種をばら撒きつつ敵地のど真ん中を横断する胆力に、慎重なビスマルクにこのような作戦を認めさせた交渉力。
認めざる得ないだろう。ヴァイスクレー・ヘルブストという人物は無能ではなく、ビスマルクとジャン・バールからの信任を得る程の人物であり、同時にロイヤルにとって極めて脅威である人物という事を。
殺す。
絶対に殺す。
いや、殺さなければならない。
王家の栄光と、偉大なる女王陛下の為に。
ロイヤルの未来の為に、あのふざけた男だけは確実に殺さなければならない。
「……さぁ、皆。そろそろ私達も帰ろうじゃないか。もうこの海域に留まる理由もないんだから」
「りょ、了解しました」
殺意を一瞬で消し去ったジョージの言葉に部下達が同意を示すと、彼女は通信機のスイッチを切る。そして、ロイヤルのkansen達は怒りに満ちた目で小型船を睨みつけながら本土に向かって帰還していくのであった。
『ツェルベルス作戦』
鉄血公国とヴィシア聖座の共同による鏡面海域攻略作戦を終えて数日後、ロイヤル王国に衝撃が走る。作戦に参加したヴァイスクレー・ヘルブスト率いる通称『救国の艦隊』が突如ドーバー海峡に現れ、無差別の大音量な通信によってその存在のアピールを行ったのだ。彼らはヴィシア聖座の陣営代表ジャン・バールの親書をリシュリュー枢機卿に届ける為にロイヤルの領海内で秘密裏に親書の受け渡しを行なっていたのだが、突如とした彼の大音量通信はドーバー海峡周辺のロイヤル国民に官民問わず知れ渡る事になる。国際法上彼らは使者であるが国民の多くは『報復』を望んでおり、このまま彼らのドーバー海峡の突破を許せばロイヤルネイビーの威光と国民の支持を失う事になりかね無い。しばしの沈黙の後、クイーン・エリザベスは震える声で皆に命じるのであった。
①報復よ!こんなふざけた真似をする奴らは魚の餌にしてやりなさい!!
効果
国民不満度-3.0。
政策方針が3ポイントタカ派に傾く。
現存する全ての国家との関係-100。
イベント『救国の艦隊追撃戦』が発動する。
イベント『アズールレーン本部の責任追求』が発動する
イベント『レッドアクシズの報復』が発生する。
イベント『北桜同盟の選択』が発生する。
②……見逃すしかないわ、彼らは使者よ。
効果
国民不満度+3.0。
政策方針が2ポイントハト派に傾く。
イベント『3月暴動』が発生する。
イベント『有力紙による猛非難』が発生する。
イベント『ロイヤルネイビー史上最大の屈辱の一日』が発生する。
イベント『チャンネルダッシュ』が発生する。
情報部より報告
内容
ロイヤル王国の動向
同国政府の連絡によると
『ツェルベルス作戦』
において
『……見逃すしかないわ、彼らは使者よ。』
を選択したとの事です。
「あぁ、フォーミダブルか……言った通りだ。気持ちは分かるが今はまだ殺すな。報復の機会を伺い、然るべき時にあの男達にロイヤルの栄光を穢した報いを受けさせようじゃないか」
「貴方達は……!!」
ハーディは殺人への忌避ではなく、怒りに震えながら必死で銃を取ろうとする手を堪える。しかし、怒りのままに行動すれば、最早ロイヤルに暗い未来しかない、そうなれば覚悟を決めて未来を切り開こうとしてくれた女王陛下の裏切りでしかないと、小さく何かを呟くと踵を返して艦橋を後にする。
その言葉は恐らく鉄血への呪詛だろうと嘆息した指揮官は、航海設定をガスコーニュから教えてもらった通りにオートモードに設定しながら振り返る。
「ヒッパーにまた怒鳴られるだろうな……でもこれで役目は終わったから後はローンさん達がちゃんと帰ってくれれば任務は終わりかな?」
今回の作戦は実の所はロイヤルの挑発はあくまでついでに過ぎず、その本当の目的は中東方面から通常のルートで帰ろうとする別働隊であるローン達への囮役でもあったのだ。
何せローン達の船には様々な物資が詰め込まれている。ヴィシアからの最新鋭の工作機器や暗号通信機に、マンジュウや鹵獲セイレーン艦隊に特別計画艦であるローン達。そして何よりもピュリファイアーから獲得した複数の肉片の数々。
『ふふっ、どうでしょうね?』
大量のピュリファイアー肉片を保存する為の溶液を指揮官に見せつけたローンに、彼は最初から狙っていたんですか?と聞くと彼女ははぐらかしたが、何れにせよそれらの重要物資を本国に安全に輸送する為に指揮官はビスマルクに提案したのだ。
自分達が使者を装い大々的にその姿を見せてロイヤルを混乱させ、ロイヤル国内が自分達に注目している内に、秘密裏に別ルートからローン達を帰還させる為のこの作戦はビスマルクによってツェルベルス(ケルベロス)作戦と名付けられ、結果としてローン達から注目を奪いつつ、白昼堂々と彼らはドーバー海峡を突破する事が可能となったのだ。
しかし、この作戦の為にわざわざ臨検されても問題のないようにと、ヴィシアから古い輸送船と大型の通信機材、ジャン・バール直々の手紙を用意してもらったが、実際の所は今回の作戦は本来ジャン・バールの妹であり、オブザーバーでもあるガスコーニュを安全に帰還させる為に彼が計画した作戦であった。だが、最終的にはガスコーニュはローン達ではなく指揮官達と行動共にする事を選んでしまう。
主(メートル)と離れたくないと上目遣いでお願いされ、ジャン・バールに殺意の篭った視線を受けながら数日前にヴィシアを出港し、こうして賭けに勝利した指揮官であるがその心は晴れない。
『確かに戦争を一刻も早く終わらせたいのは事実です。しかし、私達ロイヤルからすれば、貴方達鉄血は世界を混乱させた元凶。レッドアクシズを形成し、陛下の威光に泥を塗り、嘘をついてロイヤルを追い詰める。はっきり言って私はその元凶の一人である貴方の事が嫌いです』
ハーディの台詞が脳内でぐるぐると蛇の様にとぐろを撒き続ける。恐らく末端であるハーディの本音はロイヤルネイビーの総意であり最早ロイヤルと鉄血の講話が成功したとしてもその憎悪が無くなるまでどれ程の長い時間が掛かるのだろうか?
10年、20年、もしかするとそれ以上の時間が必要かもしれない。戦争は起こすのは一瞬だが終わらせる事が一番難しいなんて言葉があるが、実際には終わらせた後の方が遥かに大変だと言う事なのだろう。
「……当事者の一人として無責任かもしれないけど……早くこんな戦争終わって欲しいな」
「そうだな、卿」
「……」
思わず漏らした言葉に返事が返ってきた事に驚いた指揮官であったが、その声の主を見て更に驚く。グラーフは長い銀髪を揺らしつつ、手に持ったワイングラスを傾けながら小さく笑みを浮かべていた。
「勝利の美酒というものだ。卿の事だ……恐らく色々と気にしていると思ってな」
「……頂こうかな?」
グラーフから受け取った干し葡萄のデザートワインを受け取り、指揮官は一口飲む。度数が高いのか少し頭がくらっとする中、二人は無言でワインを口にしていく。
何かを話すわけでもなく、慰める訳でもなくただ同じ空間で一緒に酒を飲む、それだけだと言うのに指揮官にとっては不思議と安心感を覚えてしまう。
そして、後にヒッパーが『終わったんなら早く呼び出しくらいしなさいよ!?何酒飲んでんのよグラーフとバカヴァイス!!』と叱られるまで無言で二人はワインを飲み続けるのであった。
・キング・ジョージ5世
スフィフトシュアやサウサンプトンなども所属するロイヤル騎士団の団長を務める人物であり、基本的に完璧超人でありモナークやハウに関しても優しく見守るお姉ちゃん。原作ゲームではビスマルクを相手に大立ち回りをした彼女であるが、今作ではビスマルク追撃戦前に鉄血と因縁が出来ることに。指揮官がツェルベルス作戦の企画者であると見抜く洞察眼を持っていたからこそ生まれて初めての殺意を。この鉄血の指揮官は王家にとって害でしかないと判断する事になるのでした。
・ツェルベルス作戦
史実にも存在した作戦。グナイゼナウ、シャルンホルスト、プリンツ・オイゲンを中心としたドイツ軍主力がイギリスとヴィシーフランスの境目であるドーバー海峡を白昼堂々と突破して本国に帰還することに成功し、イギリス海軍の面目が丸潰れとなったこの一連の出来事。
今作ではグナイゼナウ達ではなく救国の艦隊の面々が使者として秘密裏にキング・ジョージ5世に親書を渡した後、大々的に別れの挨拶をする事によってロイヤル国民は憎き鉄血海軍がロイヤルのお膝元にいるとアピール。しかし、まともな軍隊であるロイヤルネイビーは使者としてやってきた事をアピールして武器も持たずに無抵抗で帰還する鉄血艦隊を攻撃する事などできず、たとえ国際法上ではロイヤルは正しい行動をとっていたとしてもロイヤル国民や新聞などは何をしているのか?と陛下達を猛非難し、さまざまな疑惑や反発を生んでしまうなど史実とは違った形でロイヤルネイビーにとって屈辱的な一日となってしまったのでした。
なおこの作戦は裏ではピュリファイアーの肉片や鹵獲セイレーン艦隊など鉄血の機密を満載にした別艦隊が、中東方面から帰還する為に。ローン達をアズールレーンの目から晒す為の囮作戦でもあり、本来であればガスコーニュもローン達と共に帰還する筈が、本人の希望もあって指揮官達と同行する事に。ガスコーニュは喜んでますが指揮官としては内心万が一ロイヤルが攻撃してくれば全てが終わると冷や汗をかいていたのは秘密です。
・女王陛下と枢機卿
明らかな鉄血の挑発にこれから起こる国民への説明も含めてそろそろ胃に穴があいてもおかしくはありません。とはいえ彼女はリシュリュー枢機卿を個人的にも信じているので国内は兎も角ロイヤルネイビーでは自由アイリス教国の面々を糾弾する流れとならなかったのは幸いでしょう。ウォースパイトやイラストリアスを失い、フッドの摂政辞任が確定し、ベルファストが精神的に参ってる現状の女王陛下にとってはリシュリュー枢機卿は対等に話せる数少ない存在です。そしてリシュリュー枢機卿もそんなロイヤルの女王陛下に同情しつつ、ウチの指揮官がロリコンだという醜態を隠そうと胃を痛めているのでした。ルピニャートはそろそろお母さんになりそうです。
またアンケートを追加させて頂きます。内容はこのままレッドアクシズと北方連合による講和を結ぶ為のヤルタ会談のお話をするべきか、それとも原作ダイスには存在しなかったシュペーと指揮官のデート回など日常回を少し追加するべきか。ご協力よろしくお願いします……
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