鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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第六十三話 主人公のいない物語

 ドーバー海峡を通ってロイヤルの領海を突破した俺達は幸いな事にセイレーンなどの襲撃に遭う事なく無事に祖国である鉄血本国に帰還する事に成功した。だが、キール軍港に向かう俺達は衝撃を受ける。ラジオやレコードなどでしか聞いた事のない勇ましい音楽を鳴らす軍楽隊が港内を行進していたからだ。

 

 遠目から見て唖然とする俺を見てグラーフは成程なと納得した様子で呟く。

 

 

 

「どうやらビスマルクは前回と違い、今回は『英雄』を盛大に迎えるつもりらしい。恐らく卿がドーバー海峡で企てた謀略はこの様子だと既に世界中に広まっているようだな」

 

「つまり、大々的にロイヤルの庭先を荒らした『英雄』の凱旋を国内外に知らしめる為にビスマルクさんが企画したと?」

 

 グラーフが頷くと同時に祝砲と思われる轟音がキール軍港に鳴り響く。それは俺達を出迎える為の祝砲と言うよりはさっさと黙って人々にその姿を見せつけろという合図に聞こえてしまう。

 

「……やだなぁ……目立つとか人前に出るって出来る限り避けたいんだけど……」

 

「ふふっ、ロイヤル相手にあれ程の啖呵を切ったのだ。今更何を言っているんだ?」

 

 あっ、また祝砲がなった。さっさとキールに迎えと言わんばかりだ。胃が痛い、腹が痛い、サディアの祝勝会の時だって目立って居心地が悪かったのになんで……いやなんとなくビスマルクさんの意図は読めるが。

 

 

 

 

 結局、このまま逃げる事など出来るはずもなく俺達5人はキール軍港に入港。不思議な事にマスコミや民間人などは一切存在しなかったが、逆に俺と同じ鉄血軍人と思われる軍人達が一斉に敬礼して迎えてくれた。彼らの視線は俺達に向かうがその熱意の嵐に思わず緊張で手が震えてしまう。

 

 

 

 

『二度に渡り同胞たる国家でその責務を果たした『救国の艦隊』の英雄達に!敬礼!!』

 

 

 

 

 俺の父親よりも遥かに年上の軍人……って違う!あれデーニッツ将軍じゃねぇか!?と、心臓が一気に爆発しそうになってしまう。鉄血公国の潜水艦隊司令長官、ビスマルクさんやエーリヒ・レーダー将軍と並ぶ地位であるカール・デーニッツ将軍が軍服姿で俺達の前に立っており、彼は海軍式の敬礼を行い、その後で静かに微笑んでいるが最早雲の上の存在と言っていい彼に俺は緊張してしまい、冷や汗を流しながらどうにか頭を下げるが、その瞬間に再び轟音と共に祝砲が鳴った事でビクッと震えてしまう。

 

 

 正直に言えばそこから先の記憶はあやふやだ。色々と質問されたり、サインを求められたり、握手したりと忙しかったがグラーフの反応を見る限りどうにか無難に俺はやり過ごす事が出来た様だ。というよりグラーフが代わりに受け応えしてくれたお陰で後々調べれば俺は寡黙な人柄と認識されたらしく、都合のいい解釈をしてくれた事に感謝しながら俺はその夜ビスマルクさんの執務室にガスコーニュと共に話し合いを行っていた。

 

 

 

 

 

「まずは、貴方に謝罪しなければいけないわね……本当にごめんなさい」

 

 

 

 開口一番にビスマルクさんは深々と俺に頭を下げ申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「貴方がドーバー海峡を突っ切って帰還した事に軍部は盛大に祝おうと提案し、私は貴方の相談もなく実行してしまった。それが一番鉄血の国益になると判断はしたけど……まさかデーニッツ将軍まで出席するとは予想外だったわ。貴方達の都合も考えず、私達は勝手に動いてしまった……また、私は誤ちを繰り返してしまった。もし貴方が望むのであれば何でも責め苦を受け入れるつもりよ。本当に、本当にごめんなさい」

 

 

 

 ビスマルクさんの様子は明らかに憔悴しており、心の底から後悔している様に思えた。誤ちを繰り返してしまう?恐らくロンドンとの媚薬事件の事だろうか?と少し疑問に思うが、彼女は疲れた様子で嘆息するが……決してビスマルクさんは上層部のせいだと押し付ける事もなく、全ては自身の責任だと頭を下げてくれる。

 

 それがどれ程、俺達鉄血軍人にとっては救いになるのか、この人は分かっているのだろうか。彼女の言葉に嘘偽りはなく、ただただ自分の不手際を悔やむ。決して他人に押し付けようとしないその姿勢は俺にとっては何処までも眩しく見えてしまい、この人の為ならどんな苦難にも立ち向かえると思えてくる。

 

 

「いえ、頭をお上げ下さいビスマルクさん。鉄血の国益を考えれば『英雄』である俺達の存在を国内外にアピールする事は政治的に意義があります。ビスマルクさんの判断は間違っていませんよ」

 

「……ありがとう。でも、それでも私は貴方に謝りたいの。例え貴方に許されなくても、これは私のけじめだから……」

 

 

 ビスマルクさんはそう言うと懐に手を入れ、小さな箱を取り出す。開ける様に勧められて箱を開けてみると装飾が施された小さな時計が入っていた。装飾は金細工で、文字盤には赤い宝石が埋め込まれており一目で高価な物だと分かる。

 

 時計を眺めていると、不意にビスマルクさんは俺の手を取り、それを握らせる。いきなり手を掴まれて驚いた俺だったが、彼女は真剣な眼差しを向け、俺の瞳を覗き込むように見つめてきた。

 

 

「今回の件で私がどれだけ非道な事をしたかは自覚している。だからこそ、せめてもの償いとして……受け取って欲しいの。どうかしら?」

 

 

「有難く頂戴します。こんなに高価そうな物を貰えるなんて光栄です」

 

「……これじゃ賄賂と変わらないわね。でも私なりに貴方に出来るのはこれくらいしかないの。本当にごめんなさい……」

 

 

 

 ビスマルクさんはそう言いながら再び俺に頭を下げる。その表情は先程の反省の色が強く出ており、俺の隣にちょこんと座っているガスコーニュも居た堪れない表情で助けを求めるような瞳を向ける。名目上ヴィシアの使者であるガスコーニュがいると言うのに部下である俺に頭を下げると言う事はどれ程の恥辱であるのか彼女は理解しているはずだ。それでもなお憔悴し切っているビスマルクさんを見て俺達はその様子にどこか異常すらを感じてしまう何も言葉を出せず、ただ黙って彼女の謝罪を受け入れ続けた。

 

 

 

「あぁ……やっぱり貴方達は優しいのね。本当にごめんなさい……そして、ありがとう。貴方達のおかげでロイヤルに打撃を与えつつ、ローン達も無事に帰路へ着けそうね。月並みな言葉だけれどこれからも貴方達の活躍を期待してるわ」

 

 

 

 ビスマルクさんはようやく顔を上げ、俺達に微笑みかけてくれる。その表情はまるで儚げな花の様で思わず俺は目を奪われてしまいそうになるが、隣に座っているガスコーニュが『主(メートル)……』と呟いた事で正気に戻り、慌てて咳払いを行う。

 

 

「ガスコーニュさん」

 

「提案、ガスコーニュと呼び捨てで構わないと判断」

 

「そ、そう……ならガスコーニュ。私はあのジャン・バールの妹である貴方が鉄血に滞在してくれる事を心から歓迎するわ。今後ともよろしくね」

 

「了解、こちらこそ宜しくお願い致します」

 

 

 

 ビスマルクさんの言葉にガスコーニュは頭を下げ、俺はその様子を見て安堵の息を漏らす。感情を獲得したばかりのガスコーニュは何処か幼い情緒を見せる事も多いがビスマルクさんとの会話では上手く言葉を選んで話しており、恐らく彼女なり練習をしてくれたのかもしれない。後でガスコーニュにケーキでも買ってあげよう。

 

 

「それじゃ、今日はこの辺にしておきましょうか。色々と迷惑をかけたわね。それとガスコーニュ。貴方の……その、都合についてはジャン・バールから既に聞かされているけど……」

 

「つ……合…」

 

 

 その瞬間、それまで無表情に近かったガスコーニュの顔は一気に恥ずかしそうに真っ赤になり、そのまま俯いてしまう。彼女が俺を好いてくれている事を姉からビスマルクさんに伝えられていると言う事実が余程恥ずかしいらしい。そんな様子をビスマルクさんは苦笑しながら眺めていた。

 

 

 

「ま、そういう訳だから安心して頂戴。別に私は貴方達の関係を否定するつもりはないわ。言える事は一つ、貴方や指揮官が後悔しない選択をしなさい。恋愛に関しては私は門外漢だけど、後悔しない様に頑張りなさい」

 

 

「感謝、ビスマルクさんの助言に感謝する。私は……これからも主(メートル)と共に沢山話し合います」

 

 

 

 ぎゅっと、ガスコーニュがその手で俺の手を握ってくる。その表情からは強い意志が感じられ、握り合った手からは彼女の想いが伝わってくる様な気がした。

 

 

 こんなに優しい女の子達に待ってもらっている事への罪悪感と共にガスコーニュが俺を想ってくれている事に喜びを感じずにはいられなかった。

 

 

「……その様子だとホテルを手配する必要は無かったようね。指揮官、キール第三基地に部屋は空いてるはずね」

 

「えぇ、いくらでも」

 

 

「ならガスコーニュ。会談まであなたは鉄血にとって大切な客人よ。過ごす場所も用意出来るけど……貴方が望むのであれば、指揮官達と同じ基地に滞在する事を許可するわ。貴女はどうしたいのかしら?」

 

 

 ビスマルクさんはガスコーニュに優しく語りかける。彼女はしばらく考え込むような仕草を見せ、そして俺の方を見つめながら彼女はゆっくりと口を開く。

 

 

「でしたら、主(メートル)達と……皆と一緒に過ごさせて下さい」

 

「……そう言うと思ったわ。とにかくそういう事態なら指揮官、貴方が責任をもって預かってちょうだい」

 

 

 ビスマルクさんに向かって俺は了解ですと敬礼を行うとビスマルクさんはニッコリと微笑んだ。しかし、同時に少しだけ言いづらそうにガスコーニュを見ながら困った顔をする彼女の言外の言葉を俺は瞬時に理解する。

 

「ごめんなガスコーニュ。ちょっとビスマルクさんと2人で話す必要があってね。少しだけドアの前で待機していて貰えないかな?」

 

「了承、それでは失礼します」

 

 

 ガスコーニュはビスマルクと俺に一礼すると立ち上がり、そのまま執務室から出ていく。その姿を見送った後、ビスマルクさんは机の下に手をやるとカチリとした音が響く。これでこの部屋での会話は全て録音されず、盗聴される事は無いだろう。

 

 

「さて、それでは本題に入りましょうか……もっとも、あの子が聞いていても良い内容なのだけどね」

 

「恐らく政治に関わる事でしょうが、ガスコーニュには早過ぎると思います。あの子はオブザーバーとして頑張ってはいますが精神的には幼い所もありますし……何よりも純粋なあの子に政治的な話は酷ですよ」

 

 

 ガスコーニュがオブザーバーとして選ばれた理由はジャン・バールさん達ヴィシア聖座の正当性や枢機卿の妹であり特別計画艦である彼女をアピールの為。つまり、彼女は黙ってさえいれば存在そのものが自由アイリス教国やそれを支持するロイヤルへの牽制となる。

 

 確かにガスコーニュに外の世界を見て学んでもらいたいというジャン・バールさんの姉心もあるだろう。しかし、だからといって政治的な事に深く関わる必要は……ロイヤルを悪者として追い詰め、蹴落とし、蔑み、そしてレッドアクシズの国益の為に追い詰める腹黒い会話を聴かせる事は純粋で幼いガスコーニュにあまり良い影響を与えるとは思えない。

 

 例え、過保護だと思われても彼女を出来る限りは政治の世界からは遠ざけるべきだと願う俺の気持ちをなんとなく察したのかビスマルクさんは一旦ガスコーニュの事を保留にして、話を先に進める。

 

 

 

「現在鉄血は……ロイヤルの言葉を借りれば平和に向けた話し合いのために和平草案を制作に取り組んでいるわ。出来る事なら5月27日の会談の日にそれを渡し、この戦争を終わらせたいと思っているわ。そして……」

 

 

 

 ビスマルクさんは俺をじっと、まるで品定めをするかのように見つめる。その視線の意味を理解した俺は思わず身構えるがそんな様子を見ながらも彼女はふっと小さく笑った。

 

 

「以前にも言った通り貴方達『救国の艦隊』を私が護衛として採用したいという意志は変わってないわ。でもね、少しだけ問題が起きたの」

 

 

 問題とは?と首を傾げる俺の胸元付近をビスマルクさんは指差す。そこにはジャン・バールさんから貰った金箔をあしらった五稜星形の形をした勲章。英雄ナポレオン・ボナパルトの時代に伝わるオフィシエ(将校)のレジオンドヌール勲章が胸元で輝いていた。

 

「ヴィシア聖座から授与されたその勲章はどれ程の価値があるのか貴方にも分かるはずよ。セイレーン大戦から数えてこの戦争が始まって以降、初の四等級のレジオンドヌール勲章の外国人授与者。それだけでヴィシア聖座がどれ程までに貴方を認めているのか一目見るだけで軍関係者は分かるでしょう。だと言うのに……」

 

 

「ヴィシアから勲章を貰っておいて鉄血は何一つ『英雄』に勲章を授けていないのは箔という意味でも問題になる。だからこそ、ビスマルクさんの護衛に俺達が着く前に勲章を授けて国内外にアピールをする……という事でしょうか?」

 

 

 

 ビスマルクさんの言葉を引き継いで自身の予想を述べると少しだけ驚いた表情を見せる。

 

 

「その通りよ。もしかしてある程度は予想してたのかしら?」

 

「はい……と言うよりもジャン・バールさんに勲章を授けて貰った時にその可能性を教えてくれましたから」

 

 

 もし予めジャン・バールさんから伝えられてなければ、今頃俺は緊張の余り全身から汗を流していたかもしれない。ビスマルクさんはなるほどと納得した様子を見せ、そして彼女は真剣な眼差しで俺を見つめながらゆっくりと口を開く。

 

 それはまるで、今まで隠していた事を告白するかのような雰囲気であった。

 

 

 

「貴方にはヤルタ会談が終わり次第、勲章式に出てもらうわ。これは頼みではなく命令よ……貴方には悪いけど鉄血が救国の艦隊を重要視してる姿を国内外に見せつける必要があるのよ。そう、最早貴方の……」

 

 

 

 ビスマルクさんは一息入れて、そして意を決したように告げる。

 

 

「貴方の存在は鉄血にとっての希望なのだから」

 

「えっ?」

 

 

 

 あまりにも唐突な言葉に、俺は一瞬思考が停止してしまう。そして、そんな俺の反応を見たビスマルクさんはどこか辛そうな表情を再び浮かべる。

 

 

 

「かつて、私は1人の指揮官を全てを壊してしまったわ。彼の未来を、彼の尊厳を、彼の全てを……」

 

 

 

 ビスマルクさんは俺の顔を見ながらまるで懺悔するかのように呟く。その姿はまるで自分の罪を悔い改め、許しを請う罪人のようだった。

 

 

 

「それは彼に鉄血の希望となって欲しかったから。私が引き起こしたアズールレーンとレッドアクシズの戦争によって鉄血は孤立しつつあり、未来を勝ち取る為の戦争によって少なくない国民が犠牲になった」

 

「そんな事!!」

 

 

 

 そんな事、ありえない。ビスマルクさんがどれ程までにこの国に忠誠と愛情を捧げてきたのか、そしてどれだけ多くの人々に慕われ愛されているのかを知っている。だからこそ、彼女の言葉を即座に否定しようとした時、ビスマルクさんはそれを遮るように話を続ける。

 

 

 

 その瞳は悲痛に満ちており、涙こそ流れてはいないものの、何処か泣いているように見えた。

 

 

 

「……確かに直接的な意味でアズールレーンによって鉄血の国民が殺された訳じゃない。でもね、間接的な意味ではどうなのかしら?もしも私が率先してレッドアクシズの結成をしなければ今もアズールレーン諸国との友好関係が保たれ、地図から消えてしまった村が、町も彼らの救援によって救われていたかもしれない。飢えてひもじい思いをする人々もいなかったのかもしれない。でも、それも全て私のせい。私がレッドアクシズを結成させたから多くの人達が間接的に不幸になった」

 

 

 ビスマルクさんの表情と声音からは後悔と自責の念が感じ取れた。そして彼女は絞り出すような声で更に続ける。

 

「だからこそ私はその指揮官に希望になって欲しかった。私に忠誠を捧げ、鉄血の為に尽くしてくれた彼に報いたかったと同時にこの国の希望の光として輝いて欲しかった。それは押し付けと言えるでしょう、それでも善意と打算によってその指揮官に勲章を授与して……結果は───」

 

 最早耐えきれなかったのだろう。ビスマルクさんは堪えるように目を閉じ、両手を固く握りしめながら泣く事すら出来ずに悲痛な表情を浮かべている。悲鳴あげていないと言うのに後悔と悲痛な叫びが聞こえてくる。

 

 

「……私は誓った。絶対にこの戦争に勝利して見せると。例え自身の命が尽きようとも、例え世界が滅ぼうとも戦い抜いてみせる。そして、あと少しで……貴方という『英雄』によってアズールレーンとの戦争は最終局面に向かいつつある」

 

 

 ビスマルクさんは決して目を逸らさず俺の顔をじっと見つめる。その瞳には強い意志と覚悟を感じられた。

 

 

「だからこそ、新たな鉄血の希望である貴方に勲章を授けたい。私は祖国に忠誠を誓い、この国に尽くしてくれた貴方を利用しようと考えてる最低な女よ。一度1人の指揮官を廃人にまで追い込んだ過去があるというのに、今一度貴方を利用して戦おうとしている。本当に酷い女だわ」

 

 

「そんな事はありません!!だって、ビスマルクさんは……この国の為に頑張って来てくれたじゃないですか」

 

 

 

 俺は思わずビスマルクさんに向かって叫ぶ。彼女が過去にどのような罪を犯し、その咎によって苦しんでいるのかは知らない。しかし、彼女のおかげで救えた命も確かにあるんだ。

 

 

 ビスマルクさんによって鉄血の民は飢えることは無くなった。ビスマルクさんによってセイレーンへの出撃の対策も広まり民間人の犠牲者も激減した。だというのに彼女はどこまでも自身を蔑み、そして嫌っているように見えてしまう。

 

 

「……叙勲式には参加させて頂きます。ですが、その前に一つだけ教えてください」

 

 

「何かしら?」

 

 

「ビスマルクさんはいつ、自分を許せるんですか?」

 

 

 

 

 

 俺の一言にビスマルクさんはただ目を瞑り、どこか悲しげな笑みを浮かべる。それはまるで自分の罪を許せないと言った様子であった。

 

 

 

「……もう二度と過ちは繰り返さない。受勲式でなにもトラブルがない様に貴女の身の安全は保障する。貴方を利用する事になるのだからそれ相応の待遇面も約束しましょう。だから安心ししなさい」

 

 

「そうじゃなくて!!」

 

 

 俺は反射的に立ち上がってしまう。自分でも驚くほどに大きな声を出してしまうが、彼女は一切の有無を言わさぬ視線を俺に向けながらそれ以上踏み込む事を許さなった。

 

 

 

「……ごめんなさい。今のは忘れてちょうだい。とにかく今は目の前の事に集中しましょうか」

 

 

 彼女は再び、いつもの凛とした表情に戻り、俺を見つめる。まるでこれ以上話す事は無いといった雰囲気を醸し出しており、この話は終わりだと告げていた。

 

 

「分かりました……」

 

「えぇ。和平草案に関しては最もロイヤルと交戦している貴方の意見も聞きたいのだから今後呼ぶかも知れないと言う事は理解しておいてほしい。そして5月の叙勲式……そしてロイヤルとの会談までに覚悟を決めなさい。私から言える事はそれだけよ。貴方も疲れているでしょうし今日はゆっくりと休んでおきなさい」

 

「はい、失礼します……何から何までありがとうございました」

 

 

 

 ビスマルクさんは小さく微笑むと、俺に対して退室するように促す。その言葉に従い、執務室の扉を開けて外に出る。しかし、自身を許す事が出来ない彼女に何も言葉がかけられない自分が不甲斐なく思えて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スカパフローの悲劇と言うものはロイヤルと鉄血という二つの国で全く別の詳細が語られている出来事であり、鉄血では卑劣なロイヤルネイビーの行いを散々と非難し、ロイヤルでは鉄血がセイレーンを誘い込んだ結果多くの死者が出たのだと語られている。

 

 

 しかし、それは両者共に自国にとって都合の良い面だけを抽出した結果だけが語られているのであって真実と事実が語られる事は最早あと数十年後の外国であるユニオン辺りの歴史の教科書に頼らなければならないだろうと『彼女』は嘆息する。

 

 

 

 

「スカパフローの悲劇……ロイヤルと鉄血の関係にヒビを入り、やがてビスマルクによるレッドアクシズの決起に繋がったと言われる出来事……興味本位で調べましたが、なるほど確かに悲劇と呼ぶに相応しい内容ですわ。お互いにとっても、ね」

 

 

 

 『彼女』は暗い本棚の近くに立て掛けた椅子に座りながら机の上に散らばった書類に目を通しつつ呟く。その声音には呆れの色が滲み出ていた。

 

 

 スカパフローの一件は様々な思惑が絡み合った結果に起きた出来事ではあるが、それでも当時の状況を考えれば最悪の結果と言っても過言ではなかった。セイレーン大戦中に起きたスカパフロー基地が鉄血とロイヤルの艦隊戦力と共に丸ごと吹き飛んだ出来事。多くの人命を失い両国にとっての悲劇となり得た物語を知る為に『彼女』は書類に再び目をやる。

 

 

 

 

 それはとても晴れた朝の出来事だった。ロイヤルネイビーの基地の一つ、スカパフロー基地に突如として鉄血海軍が領海侵犯を行なったのだ。当時セイレーン技術を貪欲に欲していた鉄血海軍は敗走するセイレーン艦隊を追撃している内にロイヤルの領海侵犯を行ってしまい、両国は一触即発の空気に包まれる。

 

 

「しかし、ロイヤルも鉄血もセイレーンとの被害によって国家がガタガタになっている以上、当たり前ですけれど戦争は望んでいなかった。ですがお互いに意地を張り合いにより、お互いの空気が最悪となった時に……悲劇は起きてしまいました」

 

 

 

 彼らはこうして押し問答を行なっている最中、セイレーン艦隊による奇襲攻撃を受けてしまったのだ。更に悲劇は重なりそれらのセイレーンの量産艦の技術力は現在と遜色がない……つまり、最新鋭の装備を見に纏ったkansenがようやく撃破可能であるレベルの代物がkansenの存在しない両海軍に襲い掛かったのだ。

 

 現在に至るまで何故スカパフローの悲劇を引き起こしたセイレーンの量産艦の性能がこれ程までに高かったのか?と議論になる事は多いが、兎にも角にもロイヤルと鉄血は最悪の事態に巻き込まれたのだが……海に生きる男達は。同胞の為に戦う戦士達と王家に忠誠を誓う栄光ある騎士達は決して本当の敵を間違う事はなかった。

 

 

「こうしてセイレーンを相手にロイヤルと鉄血は一旦手を組み、セイレーンに挑む。しかし英雄達は最新鋭の装備に身を包んだセイレーン艦隊には歯が立たず、スカパフロー基地も含めて原始時代と称される程壊滅的な被害を受けてしまい殆ど生存者はいなかった……これがスカパフローの表向きの真実と言えるでしょうね」

 

 

 

 『彼女』は書類を纏めると疲れた様子で腕時計を見る。もう時刻は既に深夜二時を過ぎており、このままでは明日に響く事は間違いなかったが暇な時間が幾らでも存在する『彼女』は構わず次の書類を見ながら呟く。

 

 

「これだけならば悲劇でありながら美談として後世に語り継がれたでしょうね。それまで歪みあっていた鉄血とロイヤルが共通の敵であるセイレーンを相手に諦めずに戦い、そして散っていく。悲しい物語ではありますけれど、それをきっかけにロイヤルと鉄血は手を取り合う未来もあり得たでしょう。しかし……問題は戦いの『後』に起きてしまいましたわ」

 

 

 朗読するかの様に頭の中で情報を整理しながら『彼女』は書類を眺める。スカパフローの悲劇は鉄血とロイヤルの関係を決定的に悪化させる原因の一つとなった出来事ではあるがそれは両軍が壊滅したからこそ互いが責任をなすり付けたのではなく、寧ろ両軍は互いの悲劇を噛み締めながらこの様な惨劇を二度と起こさないと誓っていたのだ。

 

 

 

 

 しかし、その切なる願いはロイヤルの一つの行動によって踏み躙られる事になる。

 

 

 

 

 

「ロイヤルは壊滅したスカパフロー基地の復旧作業を急いでいましたが、同時に……あの戦いで沈んだ艦船達を。巡洋戦艦ザイドリッツを中心とする鉄血艦隊の沈んだ残骸から技術の盗用を目論んでいたのですから」

 

 

 

 

 それはある意味では当たり前と言えるだろう。

 

 

 kansenの数も少なかったその時代ではまだ大型の艦船達が戦場の主役を担っていたが、世界各国は独自の技術改修を行っており、正に戦艦一つが国家の軍事力を大きく左右する程の影響力を持っていたのだ。

 

 だからこそロイヤルは自国の領海で沈んだザイドリッツを中心とした鉄血の艦船達は正に宝の山に見えても仕方ないだろう。他国の技術の叡智を集めた海を彷徨する人類の守護者達。自国とはまた違う設計思想と武装を持つ艦船達をロイヤルの技術者達は逃す筈がなかった。

 

 しかし、ロイヤルの目論みは直ぐに露見してしまう。ロイヤルを微塵も信じていなかった鉄血海軍は潜水艦を領海侵犯させてスカパフローを監視しており、ロイヤルが自国の艦船達を独自に調査していると本国に即座に報告した。

 

 

 鉄血はロイヤルを恥知らずと非難した。火事場泥棒を行い自国の技術を盗用しようとする盗人だと激怒してロイヤルを罵った。

 

 

 ロイヤルもまた激怒した。自国に勝手に領海侵犯をしておいて我が物顔で振る舞い、スカパフロー基地が壊滅する要因を作った鉄血を罵った。

 

 

 その罵り合いはどんどんエスカレートしていき、遂には両国は真実を捻じ曲げ、相手を非難するが為に都合の良いストーリーを作り上げ、真実を歪めてしまう。

 

 

 酷い時にはロイヤルは鉄血艦隊が誘い込んだセイレーンによってわざとスカパフローを壊滅したと言い始め、対する鉄血は最初からロイヤルは鉄血の艦船の技術を盗む為にセイレーンの盾として鉄血艦隊を利用したとまで言い始め、戦争と言う名の導火線に火は危うく点きかけた。

 

 

 

 

「しかし、幸いにも慌てたユニオンとアイリス。当時は鎖国を解除したばかりの重桜が仲介役として働き最悪の事態は避けられ表向きは両国は互いに謝罪を行い、ザイドリッツの残骸の返還なども行われましたが……ですがこれをきっかけに明らかに鉄血とロイヤルの関係が悪化したのは言うまでもありませんわ」

 

 

 

 表向きは三国の仲介によって最悪の事態は回避されたが、両国の溝は完全に埋まる事はなかった。その小さな亀裂は後にアズールレーンに参加した鉄血のセイレーン技術の積極的研究の是非を巡る論争やロイヤルがジブラルタルの防備を固めてセイレーンを地中海に押しつけた疑惑なども重なり着実に大きくなっていく。

 

 

「そしてビスマルクによるレッドアクシズの結成によって完全に両国は敵対関係となり、メルセルケビール海戦によって最早取り返しのつかない結果となってしまうのでした、とさ」

 

 

 

 まるで昔話を朗読する様子で『彼女』は書類を読み終えると書類を纏める。そろそろ帰らなければこの資料室の警備を行なっているロイヤルの騎士かメイドが自分を拘束しに来るだろう。続きは明日にしようと足跡や埃に至るまで偽造工作を行いつつ『彼女』は……ロイヤルの特別計画艦ネプチューンは憂いを帯びた表情を浮かべていた。

 

 

 

「……全く、本当にどうしてこんな事になってしまったのかしらね?」

 

 

 

 もしも、ロイヤルが早期の内に鉄血に謝罪をしていれば。もしも鉄血が大々的に非難するのではなく外交ルートを通じて誠意ある対応を行えば。もっと言えば、もしも鉄血が素直に停船勧告か退避命令を受諾していればこんな悲劇はおきなかったはずだ。

 

 

 しかし現実は非情なもので最早両国の亀裂は修復不可能となってしまい、イオニア海海戦、指揮官暗殺未遂事件、マルタ島の強制追放、そしてつい先日のチャンネルダッシュ事件(ツェルベルス作戦)も重なり両国の憎悪は最高潮に達していた。たとえこの戦争が終結したとしても数十年、もしかすると数百年に渡り両国の国交は冷ややかなものになってしまう事はほぼ確実となってしまった。

 

 

 ある意味では全ての始まりはこのスカパフローを巡る一連の出来事が要因と言えるだろう。ロイヤルがザイドリッツ達を調査したのもごく当たり前の行動であり、それを鉄血が非難するのも当たり前の反応だ。

 

 

 

 そんな当たり前の反応の積み重ねに両国は意固地になってしまい、最終的にはこの様な情勢につながるきっかけの一つとなってしまった事にネプチューンは深いため息をつく。

 

 

 

「……お互いの意地の張り合いと当たり前の正義がぶつかり合い、互いに非難を重ねた結果最後に残ったものは憎悪と不信。全く、その結果軟禁された身としては笑えない話ですわ。尤も王家に復讐を望む私も人の事は言えませんけれど」

 

 ネプチューンはそう呟くと自嘲気味な笑い声を上げる。彼女がこうして軟禁生活の最中部屋を抜け出し、閲覧禁止となっている資料室を漁っているのは全て自身の出世の為である。

 

 

 自分とモナークを訳も分からずに冷遇した女王エリザベスとその一派を蹴落とし、将来的にロイヤルネイビー内で出世をして、エリザベスを見返す為の手段として彼女は情報や情勢を調べる為に様々な場所に潜入し彼女は情報を貪欲に集めていく。そして、スカパフローの悲劇という一連の出来事の真実を知った彼女はふと想像する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしも、この世界に都合の良い悪者が存在していれば。例えば世界各国の上層部がセイレーンによって傀儡と化したスパイであったのなら、それに対抗する為に両陣営は手を取り合い、物語は勧善懲悪の結末を迎えたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 もしも、この世界に絶対無二な主人公とも呼べる存在がいれば、全ての陣営を調停させレッドアクシズとアズールレーンの関係を修復させ、セイレーンを相手に平和を掴み取る為に一致団結出来ただろう。

 

 

 

 

 

 

 もしも、全ての陣営がずっと争う事なく信頼しあっていればレクリエーションとして各国のkansen達が歌を歌って平和を祈る行事や自国の文化のアピールをしながら平和に互いを尊重した勝負だって出来るはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、物語はそんなに単純なものとなり得ない。上層部はセイレーンを憎みながらそれぞれの国益を優先し、この世界に主人公とも言える絶対的な存在はおらず、勧善懲悪な結末ではなく世界は痛みを抱えながら存続していく結末を迎える事だろう。

 

 

 

 

 世界はアズールレーン、レッドアクシズ、北桜同盟の三陣営とセイレーンが複雑に入り組んだ状況となっており、ロイヤルは現状最も苦しい立場であると言えるだろう。

 

 

 だがネプチューンはロイヤルや王家を救おうと思う気持ちは微塵もなく、王家の忠誠心も既に切り捨てた。野心の塊である彼女の目的はただ一つ、自身の目的の為にただ邁進する事だけが全てであった。

 

 全ては逃げることすら不可能なロイヤルネイビーで自身の立場を確立させ、エリザベス達を見返す為に。そして唯一の友人であるモナークが胸を張って生きる事が出来る組織に変革させる為に。何よりも自由を愛し、自由を望み、閉塞された現状を打破する事だけにネプチューンは全てを捧げていた。

 

 例え、その先にロイヤルの敗北という未来が待っていようとも、それすらも利用して成り上がろうと彼女は心に決めていたのだから。

 

 星すらも見えない漆黒の帷が空を覆う窓の外を眺めながら、彼女は足掻き続ける。大国や理念なども関係のない自己の自由と名の光をただ求め続け、彼女は資料室を後にするのであった。

 

 




 ・アンケートについて

 アンケートの結果シュペーのデート回を望む読者の皆様がやや多いのですが、先の展開が気になると仰る方も多い。その折衷案として本編の情勢がある程度落ち着いてからシュペー回などを追加させて頂くことになりました。ご了承くださいませ。


 ・カール・デーニッツ将軍

 史実でも登場するドイツ海軍の偉い人。わかりやすく言えば潜水艦部隊を指揮する人の中では一番偉い人。ですが今作では両陣営が慎重に民間人被害が出ない様に潜水艦の使用はあくまで偵察やセイレーン戦にのみ優先されており、お得意の通商破壊が禁じられて裏ではフジツボ掃除をしていると陰口を叩かれる事に。裏設定として何故彼が指揮官を出迎えたのかと言えばやや不遇な潜水艦艦隊の地位のアピールの為でもあったのですが指揮官はショックが強過ぎて記憶があまり残っていない様子です。


・スカパフローの悲劇

 ゲーム版最新イベントで描かれた過去の出来事。しかし今作ではセイレーンによる上層部の汚染がされていないが為にその被害は隠されずに世界に知れ渡りましたが、その後の事後対応め荒れてしまい、両国の関係に小さな亀裂を産んでしまう結果に。艦船であるザイドリッツの調査を行っていたロイヤルは当たり前の事をしており、鉄血がそれに激怒したのも当たり前の事。今作ではセイレーンの介入こそありませんでしたが、そんな当たり前の事が積み重なった結果、スカパフローは原作とはまた違った意味での悲劇的な出来事になってしまうのでした。

 ちなみに原作ゲームの設定を参考にするのであれば仮にウォースパイトとヴァリアントは恐らくスカパフローの悲劇の後の、名前を受け継いだKAN-SENとして1918年以後に産まれたことに。推定1890年代に生まれている三笠やアヴローラやパーミャチ・メルクーリャが以下に歴戦の古参兵であるのか証明されたのでした。

・ネプチューン

 野心を隠さない彼女は将来の為に閲覧禁止、もしくは幹部クラスしか許されていない機密保管庫などを定期的に見回っており初登場の際に仕入れた陛下専用の紅茶はその副産物。勿論見つかればタダでは済まないのですが彼女は気にせず注意深く割と自由に深夜の港を満喫していたのでした。モナークの胃も思わず痛くなるでしょう。


 次回は番外編として指揮官が帰還した後のヴィシアの出来事を。そしていよいよ北方連合と重桜の同盟である北桜同盟とレッドアクシズの講和会議に。講和を望む両陣営、そして北桜同盟の策略とは……


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指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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