鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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番外編 十九話 内通者

 その日、ヴィシア聖座の陣営代表であるジャン・バールは、深夜の三時と言う時間帯に突然一人の青年に叩き起こされた。陣営代表である以前に女性である彼女のプライベートな空間に土足で踏み込んだ青年は、静かに寝息を立てていたジャン・バールの肩を乱暴に揺すり、強引に目を覚まさせる。

 

 

「起きろ、緊急事態だ」

 

「……ん?ああ、オマエか……どうしたんだこんな時間に?」

 

 

 その乱入者が部外者や他のkansenであればジャン・バールはまず間違いなく銃を構えながら飛び起きて嫌味の一つでも問いかけながらその理由を聞いたはずだろう。しかし、目の前の青年は彼女と誓約を建てた相棒であり、彼の性格上淫らな行為を及ぼうとする事や冗談半分で彼女を起こしたとは思えなかった。

 

 そもそも彼はそんな事をするような人間ではないし、そんな不誠実な真似をするぐらいならば最初から誓約など結ばないだろう。そんな事を考えつつ眠気眼を擦りながら欠伸をしていると、彼はいつも通りの無表情のまま無断でジャン・バールのクローゼットを止める間もなく開けると、彼女の軍服取り出して本人に投げつける。

 

 

 

「忙しいのは分かるが、就寝時に下着姿のまま寝るのは控えろ。寝巻きくらい着たらどうだ」

 

「……オレは一応女なんだが」

 

 

「知らん、ドアの前で待ってるからさっさと着替えろ。そして着いてこい」

 

 

 

 スポーティな下着姿のジャン・バールは抗議の声を上げようとしたが、既に部屋の外に出てしまった青年の背中を見て小さくため息をつく。恐らく何かしら面倒な事態が発生しているのは間違いないのだろう。

 

 

 しかし、だからといって人のクローゼットを開けて服を取り出して、あまつさえ下着姿を見たというのに特に何も言わず淡々と行動している事に若干イラつきを覚える。

 

 

(アイツ、後で殴ろうか)

 

 

 

 そう心に決めたジャン・バールは素早く着替えを済ませると、青年の後を追って部屋を出るのであった。

 

 

 

 

 

 

 薄暗い廊下を歩く二人の足音だけが響く真夜中の静寂に包まれた軍港を歩き、二人は無言で目的地を目指す。ある意味では深夜のデートや逢い引きと言える状況なのだがジャン・バールは目の前の青年は99%、いや100%の確率でそんなロマンティックな小説の様な展開を微塵も考えていない筈だと断言する。

 

 

 彼の脳裏にあるものはただセイレーンへの復讐と祖国と民を守ろうとする意志のみ。故にロマンチックな感情は一切なくただ軍務の事だけが頭を支配しているのだ。

 

 その証拠に、青年はジャン・バールの手を掴んで恋人のように腕を組みながら歩こうともせず、逆に彼女は彼に引き摺られる形で歩いていた。傍から見たら男勝りなジャン・バールを無理やり連れ回す男性と映る事だろう。

 

 

 普段の彼女ならこの扱いに対して文句を言う所だが、今はそれよりも優先すべき事がある。青年がわざわざ自分の私室に訪れてまで起こしてきたのだ。それも、彼がそこまで焦るような出来事が発生したに違いない。事実上その圧倒的な指揮能力故にヴィシア聖座の実動部隊のNo.2である指揮官がここまで焦るという事は相当重要な案件であるはずだ。

 

 そう考えたジャン・バールは口を開き、質問を投げかける。何故自分は呼び出されたのか、そして何が起きたのかを。

 

 

 すると、青年は足を止めずに振り返らずに答えた。

 

 

 

「愉快な出来事ではない事は確かだ。クソっ……目的地は尋問室だ。そこに、ある女が待っている」

 

「女?まさか……」

 

「ああ、お前も知っている奴だよ。そいつが尋問室にいるってだけで後は分かるだろ?」

 

 

 

 ジャン・バールは思わず顔をしかめ、拳を握りしめながら呟く。

 

 

 

「……スパイか」

 

「リシュリュー派のな。数名目星を立てていたがその一人がやっと尻尾を出しやがった……っとここだ」

 

 

 尋問室と書かれたプレートが貼られた扉の前にたどり着いたジャン・バールと青年は足を止めると、青年はノックもせずに乱暴にその扉を蹴り開けた。その瞬間、室内にいた、取り調べ用の白衣を着用し、椅子に縛られ、ずた袋で頭を覆われた少女がビクリと震えるのが見える。その反応から彼女が今回の騒動の元凶なのは明らかだった。

 

 

 

「おい!!まさか拷問とかしてないだろうな!?」

 

「してねぇよ。ただちょっと情報を吐き出させただけだ」

 

「吐かせた?一体何を……?」

 

「コイツはリシュリュー派だ。しかもかなり深い所まで入り込んでる……だから少しばかり聞きたい事があったんだ。強情だったが最終手段を使ってようやく喋らせた」

 

 

 

 まさか情報を吐かせるために非人道的な行為をしたのではないか?と危惧したジャン・バールであったが、青年は一切の躊躇もなく顔を隠された少女を引っ張り出すとそのずた袋を剥ぎ取った。

 

 そして、その素顔を見てジャン・バールは絶句した。短い金髪に灰色の瞳。左片目に特徴的な眼帯を身につけていた少女……その名はル・テリブル。ヴィシア聖座の前身であるジャン・バールの派閥に初期から所属していた古参の少女は意気消沈しており、抵抗の様子はまるでなく大人しく椅子に縛られたままだ。

 

 

 しかし、その顔はまるで生気を感じられず、目の下には隈が出来ており、肌の色艶も悪い。そして何より、その表情は恐怖と絶望に満ちていた。この世の全ての地獄を見てきたかのような悲壮感に満ちた表情を浮かべている。

 

 

「……ジャン・バール様……申し訳──」

 

「誰が発言の許可をした」

 

 

 ル・テリブルが口を開こうとした途端、青年は彼女に冷たく言い放つ。その言葉には明確な敵意が込められており、その視線と声色にジャン・バールは背筋が凍りつくのを感じた。

 

 普段の青年とは比べ物にならない程の殺気に、まるで怨敵セイレーンを目にした時の様な鋭い敵意の波動に思わず息を呑む。指揮官の瞳は絶対零度を思わせる程冷たい光を帯び、彼女の姿を睨みつけている。

 

 普段は飄々として慇懃丁寧なル・テリブルもその剣幕と敵意を肌で感じ取ったのか、怯えたように肩を震わせ、歯をガチガチ鳴らしながら青年の顔を見ていた。

 

 

 信じられなかった。

 

 

 ル・テリブルが裏切り者であったという事実以上にここまで彼女が怯え、絶望している理由が分からなかったからだ。

 

 彼女はヴィシア聖座の中でも優秀な戦闘能力と諜報能力を兼ね備え、何よりもジャン・バールの信頼を勝ち取っていた。故に、彼女が裏切るなど想像もできなかったのだ。故に彼女は目の前の現実を受け入れる事ができず、呆然と立ち尽くしていた。

 

 そんな彼女に対し、青年は鋭い眼差しを向けながら問いかける。

 

 

「こいつはな、ずっとだ。ずっと前から枢機卿派のスパイとして、俺達の内部に埋伏の毒をばら撒いていたんだよ。恐らくメルセルケビール海戦の際のこちらの暗号記録や国内の機密情報が漏れたのはこいつの仕業だろう」

 

「そ、んな……」

 

 

 ジャン・バールはその言葉を否定する事は出来なかった。確かにヴィシア聖座は敵の通信傍受を防ぐために独自の暗号通信を採用しており、その内容は例え科学技術に秀でていた鉄血公国であっても簡単には破れないと自負していた。

 

 

 しかし、メルセルケビール海戦では明らかにこちらの暗号通信を全てロイヤルネイビーに見破られた上にジャミングと思わしき通信障害も発生しており、結果としてアズールレーンとレッドアクシズの初の海戦はヴィシアの大敗北に終わってしまう。

 

 その理由はダイナモ作戦によって多数の枢機卿の信奉者が亡命した際に大量の機密情報を漏洩してしまったからではないか?と結論づけられていたが実際には目の前の少女がスパイ活動を行なっていたという事になる。

 

 

 

「そ、それは……」

 

 

 弱々しく口を開こうとしたル・テリブルに指揮官の激情の籠った無言の視線が突き刺さる。それを受けて、彼女は何かを言いたげな様子だったが結局何も言わずに俯いた。確かにヴィシア海軍内での内通者の存在ジャン・バールも疑わざる得ないと警戒をしていたが、見つからないのも当然だ。なんせスパイを見つけろと命令したル・テリブル自身がそのスパイだったのだから。

 

 

 

「ル・テリブル……お前は何故こんな事をした?」

 

 

「わ、私は……私だって、本当は……!!」

 

 

「こいつの忠誠の先はヴィシアでもジャンでもなかった。ただリシュリューにのみ忠誠を捧げ、リシュリューの命じるままにヴィシアに残留し、命令に従って嬉々としてその立場をもって情報を流し続けたんだ。そう……」

 

 

 指揮官はゆっくりとした動作で椅子に縛りつけられたまま、震えるル・テリブルへと近づくと彼女の顔に真正面から威圧する様に近づく。能面のような表情を浮かべた青年の顔を見て、ル・テリブルは恐怖に震える。その表情は悪魔を幻視する程であった。

 

 

「……ル・テリブル。お前はヴィシアを裏切った……お前が情報を流したからこそ、メルセルケでダンケルク達は死にかけ、こちらの内情は筒抜けとなりロイヤルとリシュリュー達に流れ、その侵攻の為の手助けをしようと暗躍し続けた。」

 

「……っ……」

 

 

「この責任は……もはやお前だけの責任じゃない。ル・テリブル、俺はお前を許さない。正直に言えば今すぐにでもお前を八つ裂きにしてやりたい所だが軍法に則った処分をする必要があるからな……あぁ、そうだ連帯責任として──」

 

 

 

 最後の言葉を放とうとする指揮官の表情はこの世のものとは思えない程の憎悪や憤怒といった感情が混ざり合い、ル・テリブルは死の恐怖すら感じながらもそれを無視して青年は告げる。

 

 

「ル・マラン達……お前の姉妹艦達にも洗いざらいの情報を吐かせる為に厳しい取り調べをする必要なあるだろうな?内通者であるお前の姉妹達だ、スパイとなっている可能性は十分にある。さて、あいつらは何を隠しているんだろうな?」

 

「ち、違います……姉妹達は決して……!」

 

「黙れ」

 

 

 

 青年の冷たい言葉と共に拘束されているル・テリブルの胸ぐらを掴むとそのまま持ち上げ、自分の方へ引き寄せると鋭い視線を向けながら睨みつける。

 

 

 ル・テリブルは必死に弁明をしようとしたが、青年はそれさえも許さなかった。

 

 

「スパイのお前の言うことが信頼できるのか?お前の姉妹達が無関係と言われてはいそうですかと信じると思っているのか?お前の信頼は既に失墜しているんだよ、ル・テリブル。いいか?よく聞け。お前の罪は重いぞ。裏切り者には罰を与えなければならない。そしてその罪は家族であるル・マラン達にも及ぶだろうな……お前がル・マラン達はスパイでは無いという証拠や全ての情報を洗いざらい吐かなければ、お前の愛する姉妹達は『取り調べ』を受ける事になるだろうな。」

 

 

 

 冷酷な声色で告げられる言葉。その言葉を受けたル・テリブルは絶望の表情を浮かべながら、涙を流し始める。

 

 それらのやりとりを見て絶句していたジャン・バールに指揮官は向き直る。その瞳には一切の温もりはなく、ただ氷のように冷たく凍えていた。

 

 

「こいつはさっきまでずっとシラを切ってたんだ。俺が拷問や薬を使うはずがないとタカを括って証拠の物品を見せつけても、なお認めようとしなかった。だが、ル・マラン達を連れてきてコイツの目の前で取り調べの続きをしてやろうか?と提案すれば……すぐに怯えて反応も変わったよ。」

 

 

 ル・テリブルが涙目になりながら震え始めたのを見て指揮官は苛ついた様子で唾を床に吐き捨てる。彼は拷問や自白剤といった類いではなくル・テリブルの家族を巻き込むと利用する事で彼女を追い詰める事にしたのだ。

 

 家族をセイレーンに殺された結果、復讐鬼となったヴィシアの『怪物』は誰よりも家族の大切さを理解しており、ジャン・バールとガスコーニュ、そしてリシュリュー枢機卿が共に再会する事を心から望むほどの良心をもっていた。だが、同時に失ってしまった家族への渇望と執着、そして理解を持ち合わせていたのだ。

 

 そんな彼にとって、ル・テリブルにとっての弱点を突く事は容易だった。黙っていれば間違いなくル・マラン達は処分される。今ここでル・マランがスパイである自身を知って仕舞えば深い悲しみに包まれる。リシュリュー枢機卿の忠実なる僕であったル・テリブルといえど家族を人質に取られればその忠誠心を揺るがせるしかない。

 

 

 ル・テリブルは今までにないほどに動揺し、その目に恐怖の色を浮かべる。ガタガタと震え始め、青白い顔をしながら何かを言おうとしていたがその口からは意味のある言葉は何も出でてこない。嗚咽と恐怖の声だけが漏れ出る。

 

 

「情報を全て吐き出せ、ル・マラン達がスパイでは無いという情報と、自分が内通者であるという情報。諜報活動で自由アイリスの連中にどこまで伝えたのかを含めて全てをだ。」

 

「うぅ……ぁ……あ……」

 

「今日は見逃してやる……だが明日までに決めなければル・マラン達にも尋問する事になるぞ。いいか?お前は姉妹達を救いたいなら全てを話すしか無いんだ。」

 

 

 青年の言葉を聞きル・テリブルは必死に首を縦に振る。もう彼女に出来ることはそれしかなかった。

 

 

「わかった……話します……だから……お願いです……内通者は私だけですから……姉妹達は……どうか……!」

 

 

 懇願するようなル・テリブルの姿を見て指揮官は一瞬だけ疲れたように嘆息の息を吐き出すと、乱暴に床に散らばっていた、ずた袋をル・テリブルの頭にかぶせる。そしてジャン・バールの手首を手に取ると不愉快この上ない表情を浮かべてル・テリブルを放置して尋問室のドアを開け、夜の闇へと消えていく。

 

 

 後に残った者は顔をずた袋で隠され、縛られたまま放心した状態で涙を流し続けるル・テリブルのすすり泣く声だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋭い痛みが頬を掠め、衝撃と共に壁に打ち付けられる。そのまま床に転がった指揮官は受け身もせずにジャン・バールからの激情の拳を受けて痛みで頭が一瞬クラクラするも、決して目を逸らさずに相棒である彼女の姿を見つめていた。

 

 

 鉄血の指揮官やアドミラル・グラーフ・シュペーに誤解なども重なり、ジャン・バールは彼らを殴ろうとした事はあるが、その時とは比べ物にもならない鋭い拳。鍛え上げられたヴィシアの騎士たる彼女の拳は的確に急所を捉えており、一撃でもまともに貰えば命に関わる威力がある。それでもなお、彼は恐れずにその怒りを受け入れ、その瞳から目を離さない。

 

 

「気が済んだか?」

 

 

 指揮官は壁によりかかりながら立ち上がり、殴られて痛む箇所を手で抑えながらもその表情には余裕があった。ジャン・バールの表情は相変わらず険しく、瞳には激しい激情の炎が渦巻いているが、同時に深い悲しみや罪悪感、そして後悔が入り交じった感情を宿している。

 

 

「俺は気にしていない。お前が殴りたければ好きなだけ殴ればいい。」

 

「ッ……何故……何故、ル・テリブルをあそこまで追い込んだ……!お前は既に証拠を掴んでたんだろ!?既にあいつがスパイだと分かっていたんだろうが!!」

 

「ああ、そうだ。」

 

 

 

 指揮官は正しい事をした。裏切り者の炙り出し、その証拠を掴み、更に拷問や自白剤の類を使用せず、ル・テリブル自身にスパイであると自白させ、更に全ての情報を提供させたのだ。彼は間違いなく正しい事をしたと陣営代表としてのジャン・バールは冷徹に理解をしていた。

 

 しかし、個人としての彼女は納得できなかったのだ。ただ独房に放り込み、ル・テリブルの部屋を徹底的に捜索すればこちらが望む情報の多くは手に入る。だというのに指揮官はル・マラン達の処遇を巡って彼女を脅迫したのだ。

 

 

 あの飄々としているル・テリブルの心を完全に折ってみせるまで、ジャン・バールが来る前に指揮官と彼女にどの様なやり取りがあったのかは想像すらも出来ない程の脅迫によって。

 

 

 

「スパイだという事は既に把握していた。恐らくル・テリブルを脅した所で、出てくる情報は裏付けができるとは言え、家宅捜索をした際の情報とほぼ変わらないだろう」

 

「なら!何故!!お前が……!家族を失い!家族の大切さを理解しているお前が!!やる必要もないル・テリブルの家族を人質に取るような真似をしたんだよ!」

 

 

 

 悲鳴のような叫び声をあげながらジャン・バールは再び指揮官に殴りかかる。その動きは怒りで鈍く、単調なモノであったが、その一発は重かった。

 

 

 彼女が怒りに任せて放った拳は指揮官の腹に鈍く突き刺さり、くぐもった声が漏れる。はっきりいって今ジャン・バールは自身が今やっている行動が最低以外の何者でもないと理解していた。

 

 何故、自分はこれ程迄に激怒しているのだろうか?それはある意味本人すらも理解出来ないだろう。ル・テリブルへの怒りに、相棒の非道な行動、ガスコーニュやリシュリューについて悩む自身に家族は大切にしろと先日口にしていた指揮官が、どうしてこのような行動を取ったのか、その理由が分からなかったからだ。

 

 

 正当性のカケラもない感情の発露による暴力はやがて終わりを告げ、指揮官は口元から流れる血を拭いながら、痛みで顔を歪ませつつも、それでも狂気すら感じる笑みを浮かべていた。

 

 

 

「……アイツはな、ル・テリブルは全く理解してなかったんだよ。家族がいる状態でずっと内通者を続けていたと言うのに俺がそれを口にするまで罪悪感のカケラすらも感じていなかった。」

 

 

 指揮官は再び怒りの余り拳を握りしめるが、その怒りの矛先は自身を殴ったジャン・バールではなかった。リシュリューの行動によってアイリス教国は二つに分裂しらその際にkansen達も多くが姉妹同士がそれぞれの陣営へと引き裂かれた。

 

 会いたくても会う事も出来ず、次に顔を合わせれば殺し合う運命になるかもしれない。姉妹や友人同士で殺し合う可能性に怯え、例えばル・マルスなどは姉妹艦であるフォルバンと殺し合う悪夢を今でも見てしまうと指揮官に告げるほどに。

 

 

 だが、ル・テリブルは違った。彼女は自由アイリスにル・トリオンファンが。ヴィシアにル・マランと大切な姉妹同士が陣営を隔てているという悲惨な境遇に全く意に介さずに、自身の目的の為に平然と枢機卿に忠誠を誓い、ヴィシアに残る姉妹達を切り捨て、自由アイリスに情報を送り込む事によりあのメルセルケビール海戦の悲劇を生み出す台本の作成者の一人となっていたのだ。

 

 国家や枢機卿を信奉する者としては美徳と言えるだろう。彼女としても血を流す結果となってもヴィシアが敗北し、アイリスに取り込まれる事で流血の量を最低に抑えて国家を統合したいという願いがあったのかもしれない。しかし、彼女の行いはヴィシアに残留して人々を守り続ける事を選択した指揮官にとっては、あまりにも身勝手であり、家族を失った悲しき『怪物』の逆鱗に触れたのだ。

 

 

「もしも、仮にアイツがル・マランを連れてくると俺が言った時、その覚悟はあると言い切っていれば、まだマシだったんだろう。だが、ル・テリブルはなぁ……!!アイツは、ル・マランを連れてくると言った途端に動揺したんだよ!全ては私が悪い、だから姉妹を巻き込まないでほしいと泣いて懇願したんだ……!」

 

 

 ジャン・バールの目の前で激情に駆られた指揮官は幽鬼の様に立ち上がると壁に向かって拳を叩きつけた。目からは怒りと悲しみによる涙が流れ落ちており、その姿はまるで地獄に堕ちた罪人の様であった。

 

 

「アイツは!俺に糾弾されるまで自分の家族を危険に晒しているという自覚すら無かったんだよ!枢機卿に忠誠を誓う狂信者でもなく、ル・マランを大切な家族と認識している心を持っていて!!なのに!自分の行いが家族を傷つける事になるなんて欠片も思ってもいなかった!考えることを拒んでいたんだよ!!」

 

 

 指揮官の脳裏にはセイレーンによって焼き払われた自身の故郷が浮かび上がる。目の前で死に絶えていく村の住民の中には見知った顔も多く、その中にはつい昨日までは生きていた家族もいた。何度もその光景を悪夢として見た。

 

 だからこそ、指揮官は家族を何よりも大切に思っており、他者が家族を守ろうとするのであれば全力を尽くそう。もう二度と家族を失い絶望の淵で死ぬ事すら生温いあの地獄の様な感情に心を蝕まれる人間をこの世界から消す為に彼は指揮官として死に物狂いで復讐の為にその牙を研ぎ続けていたのだ。

 

 

 そんな彼はル・テリブルを許せるはずもなかった。家族を持ち、家族と別れ、家族への愛情を持ちながら平然と裏切りを行い、そして自身の行動が発覚した時にヴィシア側の家族がどの様な悲惨な境遇となる事から目を逸らし続けていた枢機卿の信奉者を。

 

 

 

「アイツは……ル・テリブルは自分が正義だと、正しい事を行っていると思い込んでいた。そして、その正しさの裏で例え内通者だと発覚しようが処分されるのは自分だけだと本気で思っていた……家族の事なんて頭から直前まで抜け落ちる程にな」

 

 

 怒りに震える声で指揮官はジャン・バールに告げると、そのまま床に崩れ落ちた。既に体力の限界を迎えていたのか、あるいは感情の発露による疲れからなのかは分からない。

 

 

 しかし、指揮官の言葉にジャン・バールは胸の中に渦巻いていた疑問が氷解すると同時に、自身の理不尽な暴力に対する罪悪感に苛まれていた。

 

 

 指揮官は家族を失ったというのに他者の家族を嬉々として貶めたダブルスタンダードではなく、本気で家族の大切さを知っていたからこそ、当たり前の幸せと自身の行動の是非を自覚していなかったル・テリブルに激怒していたという事を。

 

 

「すまない……」

 

「……」

 

 

 ジャン・バールの謝罪の声に対して指揮官は何も答えなかった。だが、それは彼女が謝った事に怒っていた訳でも、彼女の言葉を無視したわけでもない。ただ、今の指揮官は疲労困憊の状態で何も答える事が出来なかっただけなのだ。やがて指揮官は呟くように告げる。

 

 

 

「ジャン……前から伝えたかった事がある」

 

「……なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が枢機卿になれ」

 

 

 

 

 

 

 指揮官の言葉にジャン・バールは息を呑む。彼が口にした内容は今までの話の流れからすれば余りにも唐突であり、予想外過ぎたからだ。

 

「何を言って……」

 

「鉄血の奴らとロイヤルの会談で戦争が終わるかどうかは知らんが、恐らくこの戦争は俺達が勝利するだろう。だが、枢機卿がこのままロイヤルに騙された被害者としてトップに居座れば……同じ悲劇がもう一度起こるだろう」

 

 

 ヴィシアと自由アイリス。二つの勢力による国内の分裂は様々な要因が考えられるが最もたる理由はジャン・バールの姉であるリシュリュー枢機卿の信奉者が余りにも多く、無条件でリシュリュー枢機卿が正しいと盲信している点にある。確かにリシュリュー枢機卿は戦前であれば鉄血を警戒し、反レッドアクシズを表明していた事を除けばそのカリスマ性と政治手腕は確かなものであり、彼女を支持する人間は多かった。

 

 

 だからこそ彼女の亡命の際に数十万人もの国民が彼女に従い、今でもヴィシア聖座ではロイヤルへの憎悪とはまた別に彼女を信奉する人々の数も少なくはない。

 

 

「この国には精神的支柱として『枢機卿』の存在が必要不可欠だが、お前にはその資格がある。新聞を見ろ、誰もがロイヤルの連中を捕らえ、枢機卿が尻尾を巻いてロイヤルに亡命して姿を現さない中、最前線で戦い、鉄血と共にセイレーンを撃破したお前を褒め称える声ばかりだ。お前は既に実績と国民の支持を得ている。後は枢機卿に成り代わってヴィシアを纏め上げるだけだ」

 

 指揮官の言葉にジャン・バールは目眩を覚える。彼は一体何を言っているんだ?そんな事は出来るはずがない。

 

 自分が枢機卿?馬鹿馬鹿しい……確かに教皇の指名や国民や内閣の支持、更に『聖域』を防衛しているジャン・バールにはその資格があるかもしれない。しかし、それはあくまで彼女は亡命した姉のリシュリュー枢機卿の代理人としてヴィシアの実権を握るというだけであり、彼女自身が枢機卿になるという訳は望んではいなかった。

 

 それは無意識にリシュリューの帰還を望んでいた彼女なりの優しさもあったかもしれないが、そもそも、彼女は姉の様に人を魅了し扇動する能力も無ければ、政治的な謀略を行う為の頭脳も持ち合わせていない。それに仮に自分が枢機卿の座についたとしてもリシュリュー支持層が納得しないのではないか? そう思った時だった。

 

 

 

 

 ───リシュリューはセイレーンの大量発生の際に何をしていた?ぬくぬくとロイヤルの犬として安寧を貪りノータッチだ。だが、お前は違う。鉄血を呼び込みセイレーンを撃破して航路を安定化させた。

 

 

 ───お前の人気は絶頂期だ。今ならば簒奪……いや、自分についていった信奉者以外は救おうとしないあの女から国民からの支持を得てリシュリューの地位を剥奪する事も可能だろう。

 

 

 ───教皇は日和見ではあるが、逆に言えば流されやすい、あとはお前が決断するだけだ

 

 

 

 

 彼女は気がついてしまった。今の指揮官はアイリス教国の出身者であれば当たり前の様に持っているはずの枢機卿への敬意が微塵も存在していない事を。

 

 憎たらしげにジャン・バールの姉について語る指揮官の瞳には敬意や畏怖といった感情は一切含まれていなかった。彼にとってリシュリューという人物は国難の際に国民の大部分を見捨て、食えもしないイデオロギーの為に亡命した愚かな女と内心憎み、蔑み、軽蔑の対象にしか過ぎなかったのだ。

 

 個人としては『家族』を大切にしているからこそリシュリューとジャン・バール、そしてガスコーニュの再会を心から願い、家族の絆を大切にしろと本心を語っていたが、同時に彼自身はリシュリュー枢機卿を売国奴だと断じており、それを今の今まで皮肉は口にしつつも、リシュリューに複雑な愛憎渦巻く感情を抱いているジャン・バールの前では気を使い、話題を口にしなかっただけだと言う事を。

 

 だが、今の指揮官は一線を超えた。もはや、彼の言葉には遠慮も配慮も無い。ル・テリブルのスパイ行為が彼の枢機卿への最後の配慮を消し去ったのだろう。指揮官はジャン・バールに対して、自分の考えを告げた。

 

 

「このまま、あの女が……リシュリューがヴィシアに帰ってくれば、やがて国内は混乱し、今度こそ内戦が始まる可能性も高いだろう。そうなれば本当に姉妹同士で殺し合うkansenや兄弟同士で殺し合う軍人達という悲劇が生まれる事になる。俺はもう二度とあんな光景を見たくないんだ……!!」

 

 

 本心からの叫び。それはジャン・バールに選択を突きつけると同時に彼女の胸の奥底に眠るリシュリューに対する想いを自覚させるものだった。

 

 

(あぁそうだ……オレはリシュリューの事を……姉さんの事を嫉妬しながらも、家族として愛していたんだ……)

 

 

 どれだけ国を裏切った姉を憎んでも、どれだけ自分を救ってくれなかった姉を恨んでも、結局自分は姉を愛していた。だから、もしも自分が枢機卿になってしまえば、リシュリューが帰ってきた時に彼女は枢機卿の座を追われてしまう。

 

 それは自分が最も恐れ、嫌悪する悲劇。自分が敬愛する姉の未来を奪う事だけは避けたいと選択肢の一つとして思案しつつも決して選べなかった道。

 

 姉の築き上げてきた全てを奪い、簒奪し。自分が枢機卿となれば正当性を失った自由アイリスはその力を急速に失っていく事は明白だ。それが終戦後の平和に繋がるとわかっていても、彼女の心は決してそれを受け入れようとはしなかった。

 

 だが、指揮官は今ここでジャン・バールに突きつけた。姉の今まで築き上げてきた全てを奪ってこの国を安定させるのか、姉の名誉を守ってロイヤルの被害者として国家に帰還させた後、内戦の脅威が覚めない国内を纏め上げるか。

 

 

 そして、後者は起きてしまった時点で多くの不幸の連鎖を産んでしまう。だからこそ、指揮官は懇願した。もうこの国から『家族』が失われていくの見る事は耐えきれない、だから愛する姉の全てを奪い、枢機卿の地位となれと。

 

 

「……俺が望むのはお前が枢機卿になることだ。それこそが国内を安定化させて戦後統治と対セイレーン戦を効率的に行うための布石となる。その為に必要なものは揃えてやる、お前を枢機卿にする為なら何でもしてやる」

 

 

「……アッシュ」

 

 

 ずっと、もう何年も呼ぶ事の無かった指揮官の名を呼ぶ。彼は少しだけ意外そうな表情を浮かべた後、小さく笑った。こうなる事が分かっていたかのように。まるで悪魔が微笑むように彼は告げる。

 

 

 

 ───さぁ、お前の答えを聞かせてくれ。

 

 

 

「……オレは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビスマルク様、間もなく到着致します」

 

 最も忠実なる小柄な指揮官に言われるがまま船の

客室から外に出たビスマルク。彼女の目の前に広がるのは小さな港町。その桟橋には多くのkansenや量産艦の姿が見える。

 

 その地の名前はヤルタ。クリミア半島に位置する北方連合の小さな町。帝国時代では皇族の別荘地として利用されていたこの地のリヴァディア宮殿がこの世界歴史を大きく変える舞台となる。レッドアクシズと北桜同盟という二大勢力の講和会議が行われる予定なのだ。

 

 

 

(絶対に成功させて見せる。そしてこの戦争を終わらせる為の第一歩を踏み出す為にも……私は…!)

 

 

 彼女は自分の手を強く握りしめ、決意を新たにする。それは祖国の為でもあり、そして自身の手で始めた戦争を終わらせる為のケジメでもあった。

 

 

 遂に世界は大きな分岐点を迎える事になる。地中海で、極東で、欧州で次々と使命を胸に使者達は果たす為に運命の地に向かう。

 

 全てはこの戦争を終わらせる為に。そしてそれぞれの謀略を巡らせ、陰謀を蜘蛛の巣のように張り巡らせた世界を変えた物語なり。





 ル・テリブル

 自由アイリス所属の駆逐艦でありル・トリオンファンやル・マランの姉妹でもあるkansen。ゲーム内ではアイリス所属であるものの、内通者としてヴィシアに所属してその情報を定期的に自由アイリスに流しており、本人は枢機卿によるアイリスの再統合を望んでいる。

 本作ではメルセルケ・ビール海戦前から内通者としてヴィシアに所属しており、史実通り情報を流していたのだがタラント空襲を発端とする歴史再現の崩壊によってロイヤルの弱体化やヴィシアのレッドアクシズへの接近なども重なり歯車は狂い始め、最終的にヴィシアに所属する指揮官によって捕縛される事になってしまいました。

 ヴィシアの指揮官

 設定的には作中最強の指揮能力を誇るヴィシアの怪物。12人の指揮官が枢機卿に従い亡命する中、彼だけは4年以上の付き合いであり、背中を預け合う相棒であるジャン・バールの為にヴィシアに残留し続けて、その指揮能力と苛烈なまでの復讐心の発露によって、アフリカ方面群の基地司令に抜擢され、多くのセイレーンを血祭りにあげていた。
 また個人としては亡命リシュリュー枢機卿への忠誠心が皆無となっており、寧ろ国民を見捨てたリシュリュー枢機卿に憎悪の感情すらも覚えていたのだがジャン・バールの為に口には出さなかった。しかし、ル・テリブルの内通者騒ぎにより、最早反リシュリューの言動を隠さなくなり、戦後ジャン・バールを枢機卿とする為に動き始める。

 メタ的にいけばありとあらゆる面で社交性、精神性、同胞意識など鉄血の指揮官とは真逆な人物であり、普段はジャン・バールの言動を諌める事もあるが、『家族』と『セイレーン』が関わるケースでは憎悪のままに暴走する事も。相棒であるジャン・バールを説得し、枢機卿にしようとする動きは、ある意味では傀儡化とも呼べなくはなく、賛否両論な人物となるかもしれません。

 ・ヤルタ

 クリミア半島に位置する小さな町。現実世界の第二次世界大戦ではアメリカ、イギリス、ソ連が戦後秩序について話し合った事が有名ではあるが、歴史が完全に崩壊した今作ではレッド・アクシズと北桜同盟の講和会議の場に選ばれる事に。ロイヤルやユニオンと違い双方が和平を望んでいる事は確かではあるが、それぞれの思惑も重なり……仲良く握手をして微笑みながら歴史的な和解と言うことは少々問題がありそうで……次回をお待ち下さい。


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指揮官の後世の評価はどうなる?

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  • サディアを救った救国の英雄
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  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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