円卓とよばれる机は上座も下座もなく、平等に席が用意されている。この机を用いる意図には使用する者達には上下関係や敵味方の立場もなく、あくまで平等で同じテーブルを囲うという友好的な姿勢を示すという意味合いがあった。
例えば同胞との絆を何よりも重視する鉄血海軍では普段から円卓を用いており、明確に権威により席が違う重桜、サディア帝国、ロイヤル王国と比べても気さくな様子で会議が行われているとされている。尤も、指揮官暗殺未遂事件の際の様に険悪な様子で円卓を囲む事も珍しくないのだが。
そんな円卓がこのヤルタの地の講和会議に用いられているのは、ある意味ではレッドアクシズ陣営の者達に北桜同盟からの意図を暗に伝えようとしているのだろうとビスマルクは考えていた。
部屋を見渡せばいくつもの政治的なメッセージが込められた品々が飾られており、例えば白を基調とした洋風な会議室内に重桜風の装飾を施されているのは北方連合と重桜の結びつきの強さを見る者に知らしめる狙いがあると言えるだろうし、各国の旗が部屋の片隅にたなびいているが、そこにユニオンの国旗はあれどロイヤルの国旗と自由アイリスを自称する勢力の旗がないと言う事も彼らとの決別を暗に示しているのだとビスマルクは理解する。
ここはリヴァディア宮殿の一室。既に日は落ちかけており、窓の外に見える夕焼け空からは夜の帳が降り始め、四月だというのにその寒さからか白雪が舞う様子が見えた。
「ははっ、ダンケルク。君との出会いはまるでこの北方連合の寒さを吹き飛ばす暖炉の炎のように私の心を燃え上がらせる。この凍てつくような寒さの中で君と過ごせる時間が愛おしいよ」
「あら、光栄ね」
サディアの帝国より派遣された陣営代表ヴィットリオ・ヴェネトの妹であるリットリオは隣の机に座るヴィシア聖座の使者であるダンケルクに笑顔でナンパを行うも、はいはいと軽くあしらわれてしまう。
「ははは、相変わらず君はつれないなぁ。だが君と仲良くなりたいのは紛れもなく私の本心だ。どうだい?この会議が終わった後二人で抜け出してデートの一つでも……」
「ふふっ、気持ちだけ受け取っておくわ」
ダンケルクは慣れた様子でリットリオの誘いを断るが、これ以上ナンパを続けてものれんに腕押し状態なのは目に見えている事にリットリオも気がついたのか肩をすくめる。しかし、鼻歌を歌いながらコーヒーを口に運ぶ姿は余裕綽々、いや寧ろ気分爽快と言わんばかりであった。
(リットリオ……あんなに楽しそうに……)
(サディアではあんなに死にそうな顔で通信をしていたけれど……本当に大変だったのね、リットリオ。同情するわ)
そんなリットリオの様子をダンケルクとビスマルクは咎めるどころか、少しだけ微笑ましい光景を見るかのような視線を向ける。姉が鉄血のヘルブスト指揮官に恋をした結果、サディア帝国軍人と愛する姉の妹という立場に板挟みになっただけではなく、ヘルブスト指揮官と結ばれる為にあらゆる手で彼と再会しようとリットリオを翻弄し続けたサディア帝国陣営代表ヴィットリオ・ヴェネト。
そんな姉の色ボケを諌める為に本国では胃薬が手放せない生活を送っており、そんな彼女の苦労を二人はよく知っていたからだ。特にビスマルクは一ヶ月程前、まるでこの世の終わりのような顔でヘルブスト指揮官をサディアに送ってくれと懇願する様子で彼女が通信機を片手に胃薬をワインで流し込む姿を目撃していた為なのか、普段は堅物と称される事もある彼女もナンパ程度なら許そうとすら考えていた。
勿論余りにしつこい様で有れば別室で控えている護衛達につまみ出せと命令する事も厭わなかったのだが。
リットリオのテンションは高かった。それはもう高かった。責務から解放された結果このヤルタの地でダンケルクも含めて2桁の女性達に清々しい笑顔でナンパをする程にだ。
お陰で彼女の護衛であるカラビニエーレは「すいません!すいません!」と何度も頭を下げて謝罪する羽目になっていた。まあ、この場で彼女を叱りつける事が出来る存在は居ないのだが。
「そういえば意外ね。貴方の護衛には救国の艦隊が対応すると思っていたのに」
リットリオに更にナンパをされては叶わないと話題を晒そうとダンケルクがビスマルクに問いかける。
「彼らはロイヤルとの会談に護衛を担当してもらう予定で今はガスコーニュの世話をしつつ休んでいるわ。安心しなさいダンケルク。ガスコーニュの身の安全は私達が保証するわ、貴方達が救国の艦隊の面々に優しくしてくれるようにね」
そう答えながらもビスマルクの脳裏には自身がつれてきたもう一人の指揮官の姿が頭によぎる。現在別室でカラビニエーレやヴィシアのラ・ガリソニエール達と待機しているはずである腹心の少年。他国の使者との交流はきっと彼らにとっても良い刺激となるだろうと希望的観測を浮かべながらコーヒーを再びに口に付けようとした所でコンコンと扉がノックされる音が響いた。
ビスマルク達が反応する前に扉はガチャリと音を立て、三名の女性が部屋に入ってくる。その姿を見た瞬間、リットリオの表情が変わると同時にビスマルクとダンケルクの顔つきもまた変わった。
最初に入ってきたのは小柄で狐のような耳をした銀髪の少女。まるで人形の様な無感情な瞳をレッドアクシズの陣営代表達に向ける彼女は一例すると部屋の片隅に無言で居座る。自身の身長程に長い刀を背負った少女はナンパをしようと声をかけようとしたリットリオを一睨みした後に黙って壁に寄り掛かる。重桜と北方連合の二人の護衛役である少女江風はまるで抜き身の刀の様な雰囲気を纏っており、その実力の高さが窺える。
次に部屋に入って来たのは長身の女性。白を基調とした軍服に身を包んだ彼女は鋭い眼光と共にビスマルク達の方へと視線を向ける。
威圧感すら感じるその瞳には優しさや親しみのカケラも感じ取れない冷徹な光を宿しているが、実の所彼女。北方連合の陣営代表ソビエツキー・ソユーズは純粋にレッドアクシズの面々の到着を待ちわびていただけであり、決して敵意を抱いている訳ではなかった。
「全員揃っておるようだな。お主らとこの様な巡り合わせで再会する事になるとは思わなかったが、願わくば元の平和な時代に歩みを進める為の第一歩としたいものだ」
そんな無言のソビエツキー・ソユーズの横に立つ黒髪の少女は巫女の様な衣装を身につけており、古風な喋り方をする。一見すれば幼い大和撫子という言葉が似合いそうな女性であるが、彼女の正体を知る者から見れば彼女が普通の人間でない事は一目瞭然であった。
彼女の名は長門。重桜連合艦隊旗艦であり重桜の陣営代表。そして宗教国家重桜の名実共にトップである巫狐と呼ばれる立場の少女であり、ある意味では今回の会談の元凶とも呼べる存在だ。
世界中からその特異なイデオロギーである共産主義を信奉する事から孤立していた北方連合に同盟締結の提案を持ちかけ、軍閥抗争で乱れていた国内を血を流さずに一つにまとめ上げた手腕の持ち主。幼い風貌に似合わないカリスマ性を持つ少女はそれまでは重桜の傀儡だと揶揄される事も多かったが、短期間の内に彼女はその風評を暴風の様な活躍で吹き飛ばしたと言えるだろう。
だが、ビスマルク達の視線はそんな長門やソユーズ達ではなく、彼女達の後ろに控えている人物に向けられていた。
「初めまして皆様。ユニオンから派遣されましたノースカロライナと申します。本日はオブザーバーとして同席させていただきますので、どうぞよろしくお願いしますね」
にこやかな笑みを浮かべて挨拶をする金髪の女性。柔和な雰囲気に優しげな顔立ちは見る者を安心させる魅力があるものの、同時に油断できない何かを感じさせるような微笑みを浮かべる彼女の豊かな胸元の付近には自由と正義の象徴たる鷹の紋章が描かれている。それは紛れもなく本来はこの場にいるはずもないユニオン海軍に所属するkansenの証に他ならない。
「ほう、流石の私もまさかユニオンのシニョーラと出会えるとは思っていなかったな。これはどういう事なのだろうか?ソユーズ、長門」
飄々とした口調でリットリオは二人に問いかける。その言葉は軽い口調のはずだというのに、有無を言わせない迫力があった。
「レッドアクシズの皆様にユニオンからのオブザーバーである彼女の存在を秘匿していた事に関しては謝罪させて頂きましょう。しかし、彼女はあくまで傍観者の立場であってなんら意見はしないと確約しています」
「ソユーズさんの言う通り。あくまで私はこの会議を眺めているだけのオブザーバーであり、質問さえされなければ何も口にしませんし、答えられる範囲であればあなた方の質問にも答えさせて頂きましょう。もし信頼できない、もしくは私がいて都合の悪いお話があると言うのなら、あなた方の護衛の皆様に監視して頂き別室で待機していますから」
ソユーズの言葉を補足するかのようにノースカロライナは穏やかな声で告げる。その声音からは敵意も悪意も感じられず、ただひたすらに善意と友好的な雰囲気だけが感じられた。
だからこそ、ビスマルク達は困惑する。なぜ彼女がここにいるのかと。確かに可能性の一つとしてユニオンからのオブザーバーがこの会議に参加する事を考えなかった訳ではないが、だとしてもやはり驚きは勝るだろう。
アズールレーンの事実上盟主であるユニオンを無視しての北方連合と重桜の同盟締結と単独講和により、ユニオンと北桜同盟の関係は表向きではレンドリースの停止などもあって冷え切っており、そもそも長門達がわざわざユニオンからオブザーバーを呼び寄せた理由が解らない。だが、その意図は他ならぬノースカロライナの本人の口から直ぐに語られた。
「もう、ぶっちゃけますけど私もびっくりしているんですよね……いきなり上層部の方から『北桜同盟とレッドアクシズが講和するからオブザーバーとして参加してこい』って言われただけなので詳しい事は何一つ聞かされてないんです……正直貴方達が思う以上に私は内心ビクビクな訳ですよ」
「……つまり貴女はユニオンにとっての重要人物でもなんでもなく、本当に単なるオブザーバーだと?」
ダンケルクはそう言ってため息をつく。ノースカロライナの言葉には嘘偽りはなく、少なくとも彼女自身は上層部に無茶振りされただけで何の情報も知らされていないらしい。
だが、だからと言ってそれで納得できるほど単純な問題でもない。そもそも今回の会談は北方連合と重桜・レッドアクシズの話し合いであり、ユニオンが介入する事自体本来はあり得ないのだ。
それなのにこうしてユニオンからオブザーバーが派遣されてきた時点で、この会談の裏で北桜同盟とユニオンに何らかの密約があるのではないかと勘ぐってしまうのは当然の話だ。或いはユニオンが食いつかざる得ない程の上等な餌を北桜同盟は用意していたのかもしれない。
「えぇ、ですから今回の会談で私に出来る事はありませんよ。ユニオン本国に包み隠さずにこの会議の内容を報告させていただく事が私の仕事であり、置物か何かと思って頂ければ幸いですね」
ノースカロライナはあくまでオブザーバーとしての立場を貫くつもりである事を再度宣言する。彼女の言葉の端々から彼女自身もなぜ自分が派遣されたのか?という疑念が隠されており、それ以上の追及は無意味だろう。
「……まぁ、構わないわ。勿論北桜同盟には後で何故彼女達が参加しているのか説明を求めるつもりだけれど、ヴィシア聖座としてはユニオンのオブザーバーの参加は歓迎しましょう。ヴィシア聖座としては、ね」
ダンケルクはリットリオとビスマルクにアイコンタクトを送りながらそう答える。今回の会談の裏でレッドアクシズとしては『黒』の引き渡しやお披露目を行う予定であり、それにユニオンを巻き込んでも構わないのか?という言外の言葉に一瞬の沈黙の後に静かにビスマルクは頷いてみせる。
「鉄血としても貴方の参加に異論はない。ノースカロライナ、貴方がオブザーバーとして中立の立場を保つのであれば私は貴方をダンケルクと同じく歓迎しましょう。ただ、ひとつだけ言いたい事があるとすれば、今回の会議はあくまで事前会議である事を貴方にも忘れないで覚えていて欲しい所ね」
ビスマルクはそう歓迎の言葉を口にしながらも、マスコミ向けではない事前会議なのだから洗いざらいメディアに暴露する事だけは辞めろと釘を刺す。正式な会議の場は数日後に開かれる予定ではあるが、それはあくまでマスコミ向けであり、実質的に今回の会議が世界の行く末を決める分岐点であると言えるが、言葉は選ぶとはいえ、その会議の内容を全てユニオンが世界に暴露をするのはあまり好ましくはないのだから。
「はい、その点はご安心ください。私はあくまでオブザーバーであり、発言権がない以上この場で私が口を開く事は無いでしょう。それに私は上司から『大丈夫だ、ただ黙って椅子に座っていろ』と言われているので……何が大丈夫なのでしょうか?この様な伏魔殿みたいな場所に送り込まれて……」
最後の方は小さく呟きながらも、ノースカロライナはビスマルクの警告に素直に従う。あくまでも彼女はオブザーバーであり、その役割に徹してくれる様だが彼女も少なからず上司の無茶振りに困惑しているようであり、ビスマルク達は一種のシンパシーをノースカロライナに感じるのであった。
余談ではあるがユニオンはただ北桜同盟からのオブザーバー派遣要請に応じただけで、特に謀略などを巡らした訳ではないのだが……海軍上層部は善意とkansenが活躍する事による宣伝の意味合いも込めて鉄血からの使者の対応に奔走するブルックリンと同じく、優秀なkansenであるノースカロライナに白羽の矢が当たったと言うのが真相である。
それはノースカロライナの能力が信用されて、将来的な彼女のキャリアアップを願っての指名であったのだが、そんな事をノースカロライナは知るはずもなく、この会議が終われば祖国に帰って上層部に文句の言葉の一つでも言わねば気が済まないと誓うのであった。
「サディアとしても貴女の参加は構わない。いや寧ろこれは運命の出会いかも知れないな!美しいシニョーラ、もしよろしければ私と後で雪降る街で愛を語らないか?」
「えっ、えっと……」
「あぁ、無視していいわよリットリオは」
「そうよノースカロライナ。発作みたいなものだと思って受け流すのが正解よ」
リットリオのナンパに戸惑うノースカロライナにビスマルクとダンケルクはそう言ってフォローを入れる。
「失礼な、私の愛の告白を『発作』とはなんだ?もしかして嫉妬なのか?ふふっ可愛いシニョーラだ、だが安心して欲しい。このリットリオはいわば世界を輝かせる光であると同時にその愛は悠久の闇を照らす輝かしい太陽の如く全世界の人々に等しく降り注ぐものなのだよ!はっはっ私の魅力も罪深いものだ、どれだけ深く皆に愛されようが私の身体は一つしかないというのに!」
リットリオは大仰な態度で自らの言葉を正当化するが、言っている事は殆ど意味不明だ。流石のソユーズも長門も「こいつ大丈夫か?」とビスマルク達に視線を向けるが、二人は諦めた様に首を横に振る。「もういいや、無視して話しを進ませようぜ。このアホは無害だから放置して構わない」と目線だけで語りながら。
「さて……本来であればここで平和への祈りの言葉や面倒な外交的な言い回しが必要かも知れぬが、あくまでこの会議は事前会議で割愛させてもらおう。故に単刀直入にレッドアクシズのそなたらに問いたいが、お主らは我等北桜同盟に何を求める?」
長門の言葉にレッドアクシズの面々は顔を見合わせる。この会議に参加している面々はノースカロライナを除き普段から魑魅魍魎渦巻く政治の世界に少なからず関わっている者達だ。故に目線だけで会話を行い、自分達が求める物を明確にまとめ上げるとまず最初に口を開いたのはダンケルクであった。
「大前提としてレッドアクシズが貴女達に北桜同盟に求めるものは戦争状態の停止と国交の再開。それに各種貿易協定の締結といった所かしら?勿論交戦状態になったとはいえ直接私達は貴女達と傷つけあった訳でもないのだから賠償責任は求めない。ただ……その上で講和を結ぶのであれば、一つだけヴィシアはあなた達のお願いがあるわ」
ダンケルクはじっとソユーズ達の目を覗き込み、ヴィシア聖座が何を求めるのかをはっきりと口にする。
「私達、ヴィシア聖座が望むもの。それは貴女達が旧アイリス教国の唯一の正統なる後継国家として認める事よ。それ以外は一切貴方達に負担は求めない。言葉にしなくとも、ただヴィシア聖座と正式な各種協定の調印を行ってくれればいいわ」
交渉と言うものは基本的には無茶といえる過剰な要求をふっかけてから妥協点を探り合うものである。しかし、ヴィシアが北桜同盟に求めたものは余りにも細やかな要求だ。しかし、それはロイヤルに現在保護されているリシュリュー枢機卿率いる自由アイリス教国を切り捨てろと迫るものであり、それを北桜同盟は受け入れる事が出来るかと言えば答えは……イエスだ。
北桜同盟の締結後、単独講和に激怒したロイヤル王国はその報復として国内の共産主義者の取り締まり、いわゆるレッドパージを行い、北桜同盟との各種協定の破棄を行いロイヤルと北桜同盟の関係は外の雪の冷たさよりも冷たいものとなっている。
立憲君主制であり、民主主義が根付いているロイヤル王国では国民の意見は絶対だ。例えクイーン・エリザベス達が、そんな事をしてしまえば今度こそロイヤルは世界から孤立すると恐れていても、既にエリザベスは指揮官暗殺未遂事件の疑惑や地中海での敗戦によって国民からの支持を徐々に失いつつあり、この流れを止める事は出来なかった。
彼女が強権を使えるのはあくまで軍務だけであり、ロビー活動を行う暇もなく、国民の意思によって裏切り者のアカ達を潰せとレッドパージは行われてしまう。その結果ロイヤルと北桜同盟の関係は急速に冷え込んでおり、そんなロイヤルが後ろ盾となっている落ち目の自由アイリスと先日鏡面海域の攻略に成功したヴィシア聖座のどちらを北桜同盟を選ぶのかといえば言うまでもないだろう。
アズールレーン本部に普段は勤務しており、ロイヤル出身の知り合いも多いノースカロライナは重桜と北方連合がロイヤルを切り捨てようと事を肌で感じ、複雑な胸中であったが、今は会議に集中しなければならないと気持ちを引き締める。彼女が与えられた役目はあくまでオブザーバー(傍観者)であり、意見を言う立場にはないのだ。
「ふむ……ヴィシアの立場は理解したが……」
「見返りは物資・軍事面も含めた対セイレーン戦への全面協力ね。これはレッドアクシズではなくヴィシア聖座としての見解だけど、もし貴女達が本気で人類種の敵と戦う気なら、同じく私達も全力でサポートするつもりよ」
ヴィシアの申し出に長門とソユーズは考える素振りを見せるが、やはり即答は難しいのだろう。国家の未来を背負うものとして二つ返事で答えを出す事は出来ない。もしヴィシアを、ロイヤルの栄光に泥を塗りたくった鉄血と、マルタ島から30万人の人々を追放したサディア帝国と同じレッドアクシズのヴィシア聖座を正式に承認してしまえば、大国ロイヤルとの関係は完全に破綻する。
北桜同盟はあくまで今もアズールレーンに所属し続けており、選択肢としては曖昧な態度を取り続けながらロイヤルとの関係修復を急ぐもいうものもあり、沈黙が部屋を支配する中、助け船を出したのは意外なことにリットリオであった。
「そう結論を急ぐ必要もないさ。なら一度サディアと鉄血の要求を全て聞き終え、その上で貴女達が何を望むのか?そして我々がどうしたいか擦り合わせを行えば良い。という訳で我々サディア帝国の要求を提案させてもらおう」
リットリオは平時であれば同性にナンパを行う事が趣味であり、ナルシストが具現化したような性格ではあるのだが……紛れもなく大国の代表としての貫禄を見せ付け、交渉テーブルについた者達を見回す。その視線には普段の様な軽薄さはなく、むしろ鋭利な刃物を思わせるものであった。
「我々サディアの要求は先日対ロイヤル戦にて獲得したマルタ島の帰属の承認。これだけは何としても譲れないよ。無論見返りはこちらも用意する。貴女達が望むものがあれば、出来る限り応えようじゃないか」
具体的には、とリットリオは指で円を描き、それからゆっくりと手を開く。
「一つはヴィシアと同じく北方連合への艦隊派遣。更にここにヴェネトと私に元老院の有力議員。そして我らの偉大なる皇帝陛下ヴィットーリオ・エマヌエーレ三世も含めた直筆のサインがなされたサディア領アフリカ植民地であるエリトリアの割譲を認める書類だ。貴女達が我々の講和提案に即答してくれればエリトリアへの割譲を必ず行うと約束するが、そうでなければ交渉は難航するとだけ伝えておこう」
ふふっとリットリオは妖艶に笑うが、その微笑みは残酷さを秘めており、彼女の言葉は短かったがその手際の良さから彼女が交渉慣れしている事を示し、北桜同盟の二人は背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
彼女は北桜同盟にただ要求を突きつけるだけではない。それを飲み込むか否かの判断をそちらに委ねる事で逃げ道を完全に塞ぎ、同時に自分達が優位に立つ為のカードも予め用意したのだ。
同時にヴィシアと鉄血の講和提案の援護も行なっており、間違いなく彼女は総旗艦ヴェネトの血縁者であるからこの場にいるのではなく、その実力を以てしてサディア帝国の全権大使としてこの会議に参加しているとこの部屋にいる者達に示すのには充分だ。
ちなみにノースカロライナは『エリトリア……エリトリア!?』と本気でサディアがアフリカ植民地を北桜同盟に引き渡そうとしている事実に唖然とした表情を見せたのだが、皮肉にも彼女の外面を隠した仮面が砕けてしまった事が、彼女がユニオン上層部に言われるがままオブザーバーに選ばれた事への説得力に繋がるのであった。
「それにね。次はビスマルクの要求を……と言いたい所だが、それでは余りにもアンフェアだ。その前に聞かせて欲しい。北桜同盟は講和と共に何を望むのか、講和の見返りに我々は何をすればいいのか是非聞かせてほしい」
会議の主導権を一気に握ったリットリオは優雅に足を組みながら微笑む。コーヒーカップを持ち、口に含む動作は優美でありながらも隙がなく、そんなリットリオにソユーズは皮肉を口にした。
「まるで我々が何かを企んでいるとでも警戒しているのでしょうか?」
「気分を害してしまったのであれば謝罪をさせてもらおうソユーズ。しかし対価と言うものは大切だよ。国家間に友情は基本的には存在しないとは言われてはいるが、逆に言えば互いの利益になるのであれば下手な友情よりも信頼できる。寧ろ貴女達がこちらの要求を鵜呑みにして、何も求めないほうが私として不信感を覚えるよ」
皮肉に反論する飄々としたリットリオの言葉にソユーズは苦笑し、確かにそれは一理あると認めるしかない。事実北桜同盟が何故ユニオンに秘密裏にオブザーバーを派遣して欲しいと交渉したのかと言えば、とある目的があったからだ。戦争を、ある意味ではこの世界の歴史を大きく変える事になるであろう壮大な計画を胸に秘めた長門とソユーズはリットリオに視線を向ける。
「とはいえ、何事にも例外というものはある。例えばサディア帝国と鉄血公国は国家間の友情という観点からすれば、あの『救国の艦隊』の活躍もあって一蓮托生の蜜月関係となっているのだから。出来ればそれに加えてヴィシアだけではなく、重桜と北方連合とも友情を結びたいと考えている。無論個人的にもね」
リットリオは優雅な仕草でコーヒーを飲み干し、それからふっと微笑んで見せた。イオニア海海戦の結果サディア帝国の反ロイヤル感情に比例するかのように親鉄血感情は鰻登りとなっており、その蜜月関係を北桜同盟とヴィシア、そしてユニオンに見せつけたと言えるだろう。ビスマルクの脳裏にはサディアと鉄血を結んだ一人の青年の姿が浮かび上がる。
もしも、ロイヤルのタラント空襲が成功していればどうなっていたのだろうか?一蓮托生と何度も口にするリットリオ達と道を違え、サディア帝国は即座にロイヤルに降伏する可能性もあったのかもしれない。
ヴィシアがロイヤルによって蹂躙されて枢機卿が本土に帰還する未来や、ユニオンの参戦によってその圧倒的な物量によって鉄血の全土が火の海となり、凄惨な地獄絵図と化していた可能性だってあったのだ。
戦いはいよいよ佳境にさしかかっている。未だに沈黙を保ち、戦力の上では鉄血を圧倒するロイヤルが後先を考えずに、がむしゃらに傷つく事を恐れず、全戦力を鉄血の本土攻撃に移せば例え『黒』があれど、レッドアクシズが手を結び全力をもってしても現時点では敗北は避けられない。
だからこそ北桜同盟との講和は何としても成功させなければならないのだ。特に北方連合の備えの戦力を対ロイヤルに向ける為の講和を。来るべき最悪の未来であるロイヤルとの艦隊決戦に向けての準備に向けて、ビスマルクは内心、北桜同盟に関して大きな譲歩をしても構わないと覚悟を決めていた。
「よかろう……そちらの不信感を払拭する為に我らも隠し立てをするつもりはない」
「ヴィシア、サディアの要求を受諾する事に関してはやぶさかではありません。ですが、いくつかこちら側の要求も飲んでいただけるのであれば、我々は全面的にそちらの要求を受け入れましょう」
長門とソユーズの言葉に緊張の糸が研ぎ澄まされていく。一言一句を聞き逃さないようにと、オブザーバーとして同席を許されたノースカロライナも固唾を呑む。
「要求は3つ。一つは未だにセイレーンが跳梁跋扈する北方連合への艦隊派遣……ですがこちらは既に貴女方が交換条件として提示をしてくれましたので我々としては助かります」
「二つ目はエリトリア地域の売却及び我々が今後同盟に誘う予定であるアフリカ、エチオピア帝国の王族と重桜の貴族による婚姻への干渉の禁止。及び結婚式への参列の為にそちらからも使者を派遣して頂きたい。特にサディア帝国にはな」
ソユーズの一つ目の提案はともかく、長門の言葉を聞いて一瞬だけ目を細めるリットリオ。植民地競争に乗り遅れた北桜同盟がアフリカに新たな市場を求める為に、婚姻同盟を結ぶ動きがあるとはヴェネトから聞いていたが、それくらいならば問題ないだろうと彼女は頭の中で算盤を弾く。
(だが……この二つはあくまでそこまで重要視してはいない提案なんだろう。本命は最後の一つ、果たしてユニオンからオブザーバーを呼んでまで我々に何を求めているのだろうか?)
ノースカロライナとレッドアクシズの使者達は長門とソユーズに注目する。三つ目の提案の是非によっては講和会議が破綻する可能性すらある。その真意を探る為にビスマルク達は何が起きても対処できるようにと、脳をフル回転させて思考を回転させた。
「そして三つ目、私達がレッドアクシズに望む事は」
そんな緊迫した空気を切り裂くようにソユーズの凛とした声が響く。だが、ソユーズの言葉を引き継いだ長門の小さな口から出た言葉を予想できるものは誰もいなかった。
「まつろわぬ民。ディアスポラと呼ばれる国家を建国せず、苦難の歴史を歩んできた民族に安住の地を。北方連合及び重桜は、北樺太及び南樺太の主権を放棄。そして世界に散らばるユダヤ人及び、クルド人を中心とした新国家……『極東クルジス・エルサレム共和国』の建国支援を行う作戦『河豚計画』の実施を宣言する。その国家承認こそが我らがレッドアクシズに求める事だ」
情報部より報告
内容
北桜同盟の動向
同国政府の連絡によると
「河豚計画」
において
「計画を実行に移す」
を選択したとの事です。
同時刻、控え室にて一人のスーツ姿の男性がレッドアクシズの護衛達に重桜の名物である甘味の数々を振舞っていた。みたらし団子にあんみつ、羊羹など、和菓子ばかりが並ぶテーブルの上に男性は柔和な表情を浮かべ、羊羹を口にするカラビニエーレに声をかける。
「どうでしょう?我が国の甘味は。サディア帝国のティラミスやカンノーリも美味なものですが、重桜も負けていないと思いますよ」
「はい!大変美味であります!」
カラビニエーレは素直に感嘆の声を上げ、それを嬉しく思ったのか男性の笑みは更に深くなる。周りではガリソニエールがみたらし団子を頬張りながら、幸せそうな表情を浮かべており、グナイゼナウやZ1も当初は恐る恐るであったが、その甘さに虜となっていた。
「そうですか、それは良かった。どうぞ、遠慮なく食べてください。在庫はいくらでもありますから……例え住む国も、民族も、信じる神が違っていてもこうして甘いものを食べて美味しい思う気持ちだけは変わりません」
男性は穏やかな声で言い、彼は自分の分として持ってきた羊羹をゆっくりと口に運ぶ。甘さが舌の上で溶けていく感覚を味わい、それからお茶を飲んで喉を潤す。祖国の甘味が他国の人々に評価されると言う事は彼にとっては何よりも嬉しいことであったのだ。
そんな男性の様子を鉄血艦隊の護衛の責任者である少年指揮官は油断ならない様子で見つめていた。
(この男、一体何が目的なんだ?)
人の善意に疑いの心を向ける事に躊躇こそあれど、少年。アードラー・プロイセンは目の前の男が本当に善意でやってきたのか?自分達を足止めしている間にビスマルク達に危害を与えるつもりなのか?と出された菓子に手を出さず、警戒心を露わにする。
「さぁ、どうか遠慮せずに召し上がってください。ああ、安心してください。毒なんて入ってはいませんから……私の目的はただ一つだけ、貴方達の顔が見たかった。それだけですよ」
そして、男は改めて一礼しながら自身の名を口にした。
「申し遅れました。私の名前は杉原千畝。普段は重桜にて、しがない外交官をしております」
杉原千畝。
とある歴史に於いて、鉄血と祖を同じとする国家が行った迫害と虐殺から多くのユダヤ人を『命のビザ』によって救ったとされる人物は穏やかな表情を浮かべ、握手のために手を差し伸べるのであった。
今回は詳しい解説はお休みに。ちなみに『河豚計画』に関しては番外編 第十五話にて既に伏線として記述されていたりします。
突如と北桜同盟が語るクルド人及びユダヤ人のための新国家樹立計画。その言葉の裏で彼らが求めているものとは……
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指揮官の後世の評価はどうなる?
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戦争を終わらせた立役者
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サディアを救った救国の英雄
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ロイヤル最大の敵
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女の子に手を出しまくりの色を好む英雄