鉄血の旗の元に《本編完結》   作:kiakia

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第六十八話 海上騎士団

 

 

 

 世界各国から会談にむけてオブザーバーの役割を担ったkansenが滞在先の鉄血公国に歩みを進める中、現在鉄血では六カ国の使者が滞在している。正確には鉄血軍人としては五カ国と国を自称する一つの勢力と言うべきだろうがそれは割愛するとして、彼らは会談までの残り数ヶ月を鉄血で過ごす事になるのだが、仮に彼らの何かあればそれは鉄血の責任となる為にビスマルクさん達は彼らの護衛に全力を挙げているようだった。

 

 エウロパ大陸と新大陸に間に位置する大西洋の海を俺達は進んでいく。勲章の授与式とヴィシアの救援任務という二つ大仕事を終えて与えられた休暇は数日前の通信によって終わりを告げ、こうして俺達鉄血艦隊はガスコーニュも引き連れた特別編成で、ある任務を果たすべく洪波洋々と広がる海原を口数も少なく進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「来てくれたわね、手早くて助かるわ」

 

 網膜認証を終えて最早お馴染みとなってしまったビスマルクさんの執務室に入っていく。お馴染みとなった所で慣れるわけではなく、未だに緊張で心臓が高鳴ってしまう。ツィトローネと別れを告げて数日後、緊急通信によって彼女から連絡を受けた俺は敬礼もそこそこに本題に入る。

 

 どうかしたのですか?と話す前にビスマルクさんは戸棚から海図を取り出して机の上に広げる。そこにはいくつもの航路が描かれており、コホンと咳払いをするとビスマルクさんは地図を指差す。

 

 

 

「正式なロイヤルとの会談場所が確定したわ。場所はデンマーク海峡の海上。ロイヤルの近くに位置する中立国アイスランドと自治国とはいえ宗主側が親レッドアクシズであるユトランドである事からこの場所ならば会談に問題ないとロイヤル側の使者は何度も説明していたけれど、ここ以外の場所を会談場所として認める気はないと強い語気だったわ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……完っ全に罠ですね」

 

 

 地図を見ながら俺がそう漏らせば、ビスマルクさんも最早笑うしかないと言わんばかりに肩を落として溜息をつく。立地条件としては確かにこの場所は講和会議を行うは場所としては適切だろう。レッドアクシズでもアズールレーンでもない国の海で行われるであろう会談。しかし、推定とはいえセイレーンからの情報提供を信じるのであれば話は別だ。

 

 アイスランドは小国でありその気になればロイヤルのkansen数隻で脅せば、かの国はロイヤルに従うしかない。ロイヤルがアイスランドを守ると言う名目で仮設的に基地を作る事を提案すればアイスランドは飲まざる得ないだろう。

 

 そしてロイヤルが本気でオブザーバーを含めた全員を巻き込み、ビスマルクさんの殺害に動くのであれば情報封鎖や仮説基地の設置難易度に逃亡するための困難さなども深めれば奇襲に最適な場所と言わざる得ない。

 

 

 だがロイヤルはこの場所を会談場所にする事をごり押しする為に鉄血にいくつも譲歩している為に鉄血としても従わざる得なかった。

 

 

 それが自由アイリスやユニオンの使者も含めた全ての国のオブザーバーが鉄血に滞在するという事に繋がったのだろう。とはいえ最近話題の極東クルジス・エルサレム共和国建国宣言に関しては完全にロイヤルの予想を超えていたようだが。

 

「罠だと分かっていても鉄血は受けざる得ない。今オブザーバーが鉄血に滞在していると言うのに、こちらの都合で会談を中止にするなんて事は政治的にも許されないもの」

 

 

「それが、ビスマルクさんの命に関わることでもですか?」

 

 

「そうね。とはいえ会談場所の指定は初期からロイヤルが決めていた事だけど、だからこそロイヤルもこちらの世界各国からオブザーバーを連れての会談にするという案をうけざる得なかった。果たしてロイヤルが本当にオブザーバーごと私達を沈めようと動くかどうかは……まだ分からないわ」

 

 

 ビスマルクさんは嘆息しながらそう言うと海図を閉じて引き出しの中にしまう。

 

「鉄血の未来を掴み取る為には……まずは生き残らなければならない。その為に出来る限りの準備をしておきましょう。安心しなさい。貴方達とオブザーバーは私の命に変えてでも無事生還させる。例えブラックキューブの力を使ってでもね。だから貴方も、皆も私の事は気にせずに絶対に、必ず生きて帰ってきなさい」

 

 

 

 ビスマルクさんの言葉を聞いて、俺は静かに頭を下げた。彼女が俺達の身を案じてくれているのは痛いほど伝わってくる。しかし、ビスマルクさんは自身の生存に拘っておらず……まるで、ここが死に場所と言わんばかりに彼女は話しているように思えた。

 

 反論したい。貴女も一緒に生きて帰るべきだ。なんなら護衛である俺達が殿を務めるのが筋だ。頭の中の威勢のいい言葉は口に出そうとしても喉が震えて声にならない。彼女の覚悟はきっと俺なんかでは覆せない程に強いのだろう。寧ろ陣営代表たる彼女が殉教者となり俺達やオブザーバーさえ帰還できれば……この戦争は確実にロイヤルが世界の敵となる事で勝利できるのだから。

 

 

(ああ、くそ……やっぱり、ビスマルクさんは死ぬ覚悟なんだな……)

 

 

「……はい」

 

 

 絞り出すような声で返事をするのが精一杯だった。同時にグラーフが地中海の海で俺にビンタをしながら激情のままに叫んだ言葉が頭の中で木霊する。

 

 

 

──卿がここからいなくなれば、怒る者も、悲しむ者も……きっと、卿が思っているよりもずっと、ずっと多いという事を……!

 

 

 

 今ならば理解出来た。死んで欲しくない人が自身の命を粗末に扱う姿を見るのがどれだけ辛いのかを。そしてそんな彼女を止める事が出来ない自分の無力さを。胸を掻きむしりたくなる程の痛みを感じながらも耐え、無言でビスマルクさんの言葉が耳に入ってくる。

 

 

「貴方をここに呼んだ理由はいくつかあるけれど……まず一つは護衛である貴方に事前に場所を知って欲しかった。そして今回の交渉に関して貴方の意見が聞きたかったからよ」

 

「意見ですか……?」

 

 

 ビスマルクさんは地図をしまいつつ、じっとこちらを見つめる。

 

「そう、意見。ロイヤルとの交渉において、交渉材料の手札の一つとして捕虜の解放も入れ込んでおくべきかしらね?」

 

「……そりゃまあ、向こうからの譲歩を引き出すには入れといた方がいいとは思いますが…なんで俺に?」

 

「あら、捕虜の内の何人が貴方の成果だと思ってるのかしら?手柄を立てている本人にもどう使うかは、一応聞いておいた方がいいと思ったのよ」

 

 

 ビスマルクさんはクスリと笑うと窓際まで歩き、外の風景を眺めながら続ける。窓から見える風景は穏やかなもので、風によって揺れる木々や草花。その先に見える海は太陽の光を反射して輝いている。

 

 

「捕虜を解放すべきか人質として手元に残しておくべきか。もし解放するのであれば誰にするべきか。その裁量は全て私に与えられた。だからこそあなたの意見を聞かせて頂戴。貴方は捕虜をどうすべきかと」

 

 

 唐突な問いかけに思わず沈黙してしまう。

 

 グラーフは以前俺に軍人だけではなく、ビスマルクさんの腹心になるのであれば政治的なバランスも鍛えるべきだとは言っていたがまさかこんな形で求められるとは思わなかった。

 

 

 しかし、ここで下手な事を言う訳にもいかない。ビスマルクさんはおそらく俺が答えやすい質問を投げかけてきている。つまりこれは暗に俺がどのような判断をするのかを試されているのだ。

 

 もうただ国土と人々を守る為に集中したいのでビスマルクさん達に丸投げしますだなんて意見は通らない。『英雄』として、俺が自分で考えなければならない。

 

 鉄血の立場と外交的に追い詰められているロイヤルの立場を考えろ。交渉のカードはこちらの方が多く主導権はこちらにある。多少の手札を失っても前提条件として捕虜の解放を数人盛り込めば、オブザーバーが参加する中ロイヤルもこちらの意見を無碍には出来ないだろう。

 

 

 

「捕虜の解放に関しては賛成ですが……とりあえず、イラストリアスとスパイの二人はカードとして手元に置いといた方がいいと思います」

 

「ええ、まあ彼女達はそういう扱いとしては大分価値も高い方だし……わかったわ、ならそのようにするけれど……他の子はどうするのかしら?」

 

 スパイ二人の解放は余りにも彼女達が鉄血国内で有名になり過ぎている事から国民の激怒を招きかねないので難しいだろう。重鎮でありタラントを火の海にしようとしたイラストリアスの解放も同じだがこちらは勝手に行動すればサディア帝国に不信感を持たれかねない。

 

 

 最低でもイラストリアスを解放するのであればサディアとの話し合いが必要であると俺が語るとビスマルクさんは静かにうなずきつつ、話を続ける。

 

 

「それじゃあ、残りの子については?」

 

「任せます。ただカードとしての価値は既にキュラソー、ジャージー、ロンドンは下がっていると言わざる得ないのでこの三人の内、一人を交渉前に解放しつつ会談中に二人を解放して残りはロイヤルに『誠意を』見せて貰ってから考えるのが良いでしょう」

 

 

 最初の海戦で捕虜になった五人の内、奇襲部隊の責任者であるイーグルと騎士長キングジョージ五世の妹であるデューク・オブ・ヨークの捕虜としての価値は高いが、残り三人の価値は最早イラストリアスやウォースパイトといった重鎮達と比べれば低いと言わざる得ない。

 

 ならば失っても惜しくはないカードである三人は解放する事で相手に恩を売りつつ、ロイヤルの『誠意』を期待するべきだろう。

 

 各国のオブザーバーのkansen達が監視する中果たしてロイヤルは以前のように捕虜は鉄血の卑劣な罠によって捕まった被害者なのだから即刻の解放と賠償と謝罪という傲慢な態度を果たして取ることが出来るのだろうか?

 

 

(それに……ロンドンには特に色々と迷惑をかけたんだ。クリスマスプレゼントを貰った借りも含めて、出来る限りあの子には早く本国に帰ってほしいからね)

 

 

 

 

 

 ──鉄血の指揮官さん……いえ、閣下。貴方と出会えてよかった。変な言葉かもしれませんが、貴方の艦隊の捕虜となれたことを誇りに思います……どうかご武運を……信じます。閣下の事を。

 

 

 

 

 脳裏に一瞬、捕虜でありながら俺を閣下と呼んでくれた優しい女の子の姿がよぎる。例え次会う時は敵同士で殺し合う運命だとしても、例え私情が混じった身勝手なものでも、俺は彼女と約束したんだ。必ず彼女に再び生きてロイヤルの大地に足をつけ、妹や友人達と再会できるようにサポートをすると。 

 

「……まあ、カードとして切っても価値は無さそうな三人は解放することにしておくわ。残りの主力艦に捕まえた軽巡の二人は……例の件もあるわ、少し切り方は考えないといけないわね」

 

 結局の所これで確定したわけではないが話し合いの結果。最も幼く、解放しても問題のないジャージーを交渉前に解放。その後キュラソーとロンドンを会談中にオブザーバー達の見ている前で解放すると決定した。ビスマルクさんはメモ帳を閉じると、小さくため息をつく。

 

「……結局、動いてみないとわからないわ。当たって砕けろなんて言葉は私は嫌いだけど……準備に準備を重ねた上で今よりは確実に良くなる、と信じてね?」

 

 そう言いながらビスマルクさんは静かに目を伏せる。ビスマルクさんの肩にはどれだけの重圧が今のしかかっているのだろうか?軍事だけではなく交渉の裁量すらも委ねられた彼女は、一体どんな気持ちでこの交渉に臨んでいるのだろうか?

 

 

 俺の知らないところでビスマルクさんは様々な重責を背負い、その重荷に耐えているのだろう。だがその苦悩を決して彼女は見せようとはしない。鉄血は同胞との絆を重視する国家だと言うのに、同胞に頼るという選択肢がまるで目の前の女性の頭の中には存在していないかのようだった。

 

 月並みな言葉なら幾らでもかけられる。俺達が貴女を支えますだとか、何かあったら弱音くらい吐いてくださいだとかそんな言葉をかけた所でビスマルクさんは笑顔という仮面を被って受け流し、全てを抱え込もうとするだろう。だからこそ……

 

「なら幾らでも俺をこきつかってください。北桜同盟との講和が成立した今後はロイヤルさえどうにか出来れば戦争が終わります。『英雄』として歴史に名を更に刻みたい出すからね、俺のヒーロー願望を満たす為にも幾らでも利用してください」

 

 あえて俺は挑発的な言葉を彼女にぶつけるとその言葉を聞いたビスマルクさんは驚いた表情を浮かべるがすぐに不敵に笑う。

 

 ビスマルクさんはこの戦争を引き起こした事への罪悪感や責任感によって自らを追い詰めていた。ならば話は単純な事だ、戦争さえ……この戦争さえ終わればビスマルクさんが国家や軍だけではなく個人に目を向けられる日が来るのではないか?と考える。

 

 俺の戦う理由は幾らでもある。青い海をセイレーンから取り返す為に。俺を信じてくれる大切な艦隊の仲間達と生きて明日を迎える為に。俺を愛し、告白してくれた女性達にその答えを伝える為に。

 

 

 そして……ビスマルクさんが本当の意味で自分を許し、前に進もうとする姿を目にする為にも俺は戦い続けると決意を新たにする。

 

 

「あら、言うじゃない。ならお望み通り私の手足となって働いてもらうわよ?」

 

「えぇ、喜んで」

 

 

 敬礼をしながら笑みを向けるとビスマルクさんは苦笑いしながら小さくため息をついた。そしてもう一つファイルを取り出すと俺に手渡す。

 

 

「一応、この書類にも目を通しておいてちょうだい。捕虜の引き渡しに関する取り決めをまとめたものよ」

 

「ありがとうございます。それじゃあ早速拝見させていただきま───」

 

「あぁ、それと……」

 

 

 ビスマルクさんはまるで明日の天気の話をするかのようにさらりと口を開く。

 

 

 

 

「悪いけれども少し休暇は返上よヴァイスクレー・ヘルブスト。貴方に特別任務として……ユニオンからのお客様のお連れをお願いするわ」

 

 

 

 

 

 

 

 貴方のヒーロー願望を満たす為にね、と冗談っぽく付け足すビスマルクさんの言葉に俺は思わず吹き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、我らはこうして大西洋の海を進んでいると言う訳か……」

 

 

 船内で対面しながら甘いココアを飲むグラーフに思わず力なく頷く事しか出来ない。現在俺達はビスマルクしんからの二つの密命を受けて休日を返上して1週間以上かけてこの海域までやってきたのだ。

 

 一つは交渉前に捕虜の一人であるジャージーを解放する事。以前ドーバー海峡を突破する際にやらかした事もあって、ロイヤルの面々から殺意に満ちた目で睨まれたがそれでも今回は穏便にジャージーを彼女達に受け渡しその任務は完了した。

 

「ありがとう……お世話になりました」

 

 ペコリと頭を下げるジャージーの言葉は固かったがまさか捕虜である自分がいきなり解放されるとは思っていなかったらしく困惑している様子だったが、それでも複雑な表情を浮かべつつ素直に頭を下げる彼女はやはり優しい女の子である事が窺えた。

 

 彼女はこれから質問攻めを受けるはずだ。俺達鉄血海軍に酷い事はされていなかったのか?どんな捕虜生活を送ってきたのか?あの日何があったのかをロイヤルの皆に聞かれた上で情報が遮断されていた事もあり現在の情勢にカルチャーショックを覚えるだろう。

 

 

 願わくば鉄血が悪者になり、捕虜である彼女は何も悪くない、悪いのは悪逆非道な鉄血なのだから今は休みなさいとクイーン・エリザベスが判断する事を願いつつ俺達はもう一つの任務を果たすべく現在大西洋……ロイヤルとユニオンの領海の境目でこうして船内で待機中という訳だ。

 

 

「ヒッパーの奴が騒いでたぞ。なんで休日返上してロイヤルのアホ達と顔突き合わせた挙句ユニオンに向かってるんだと。この戦争が始まって以来我らは何度国外に向かったのだ?ビスマルクは我らを軍人ではなく外交官か何かと勘違いしているのではないか?」

 

 

 文句を言いつつもその表情はどこか楽しげであり、俺は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

 

 

「下手な外交官より影響力を持ってしまったからね。ユニオンからのオブザーバーの護衛の機密書類の受け渡し。それが任務だけどそれに都合がいい部隊が俺達なんだ」

 

 

 あくまでジャージーをロイヤルに受け渡すのはついでであり、二つ目の任務が本命だ。その内容は鉄血に向かうユニオンのオブザーバーたるkansen達を本国まで護衛しつつ『ヤルタ会談』で取り決めた密約に関わる機密書類を確実に鉄血本国に送り届ける事。

 

 オブザーバーからすれば「あの」救国の艦隊が護衛につく事により鉄血がどれだけユニオンとの関係を重視しているのか?というアピールになり。

 

 

 万が一セイレーンやロイヤルの部隊に襲われたとしても、あの空母イラストリアスを撃破したグラーフ・ツェッペリンをはじめとする精鋭部隊の面々を見れば安心感も湧いてくるだろう。懸念材料は俺の指揮能力の低さなので出来る限りセイレーンとの遭遇はやめてくれと願ってはいるのだが。

 

 ちなみにガスコーニュも同伴中だ。ヴィシアのオブザーバーである彼女の同伴はビスマルクさんも流石に難色を示したが『万が一に備えて戦力は多い方が戦略的優位に立てると判断。それに一人だけ基地に取り残されるのは嫌です』と涙ながらに訴えかけてきたので最終的にビスマルクさんも折れた。

 

 

「サディア、ヴィシアときて次はユニオンの海か。その内ロイヤルや極東方面まで使い走りを命じられそうだ」

 

「そんな訳………あるかも」

 

 

 ここで否定出来ないのが辛くなる。ビスマルクさんが命じれば何処にでも向かう信念こそあれど、こうして何度も各国に派遣されているとその内それが当たり前になるかもしれない。

 

 

 『英雄』になる事を了承こそしたが出来る限りはボロを出さないで済むように、比較的気楽な基地の防衛任務に集中したいのが本音だが自身で選んだ道なのだから文句は言えない。

 

 

 

『指揮官、前方にkansenの反応が複数人。多分ユニオンの人だから甲板に上がってよ』

 

「っと……そろそろいくか」

 

 

 

 そうやってグラーフと二人でココアを飲みつつ打ち合わせをしていると、やがて監視をしていたシュペーから通信が入り、慌ててカップを片付けて甲板に出る。水平線の向こうには四人程のkansenの姿が見え、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 

「識別コードユニオン。あれが……ユニオンのkansen?」

 

「安心なさいガスコーニュ。全部ヴァイスに丸投げしてりゃ大丈夫よ」

 

 生まれて初めて見るユニオンのkansenに興味津々と言った様子のガスコーニュにヒッパーは釘を刺す。とはいえその声音はぶっきらぼうではあるが優しげなもので、その言葉通り面倒見の良い性格なヒッパーはよくガスコーニュの質問に答えるなど少しずつ距離が縮まっている様子だった。

 

 

 そんな二人の様子を眺めつつ俺は今回の護衛対象であるユニオンのkansen達に視線を向けるとやがて向こうから国際チャンネルで通信が入ってきた。

 

 

『あー……ごめん、待たせちゃったかな?私はユニオン所属kansenクリーブランド。貴方達は鉄血艦隊の人達であってるかな?』

 

 フレンドリーな口調の少女の声が耳に届く。クリーブランドといえば確かユニオンじゃ海上騎士と名付けられる精鋭姉妹達の部隊の長女だったはずだ。

 

「こちらは鉄血艦隊所属の指揮官ヴァイスクレー・ヘルブスト。俺達も今来た所ですから丁度時間通りの到着ですね」

 

『ああ良かった!私達よりずっと先に鉄血艦隊が来てたらどうしようかと思ったけど間に合ってよかった!』

 

 

 ほっとした様子で胸を撫で下ろす彼女からは本当に緊張していた様子が伝わってくる。その様子に思わず苦笑を浮かべてしまう。

 

 やがて付き従う妹達と共にクリーブランドさんは甲板に乗り込んでくる。見た目だけで分かるスポーツが好きそうな快活そうな雰囲気の少女に思わず目を奪われる。胸は控えめだがミニスカート越しから見える太ももは華奢な体つきに反してむっちりと肉付いており、健康的な色気が漂っていた。

 

 

「まさか鉄血の英雄サンがやってくるなんてちょっとびっくりしたなぁ……っと改めて自己紹介するね!私はクリーブランド級一番艦クリーブランド!それで後ろにいるのはデンバー、コロンビア、モントピリアで私の妹だ。という訳でよろしく!」

 

 

 

 そう言って差し伸べてきた手を軽く握るとニッコリとした笑みを見せるクリーブランドさん。一応交戦国同士とはいえロイヤルとは違いユニオンと鉄血は一度も衝突してない事もあってか敵意と言うものは全く感じられずまるで久々に再開した旧友に接するかのような態度に思わず笑みが溢れる。

 

 

(あの男……あんなに当たり前のように姉貴の手を握って……!)

 

 

(ステイ!モンピステイ!)

 

 

 ……何やら後ろがちょっと騒がしいが、クリーブランドさんはいつもの事だからと軽く受け流す。漏れた声から見る限り俺と彼女が手を握った事に少し不機嫌になったのかモントピリアさんに視線を向けるとプイッと目を逸らされた。

 

 

「えっと、ビスマルク……さんに渡す予定の手紙は直接手渡す様に上から言われてるからそれまで護衛よろしく!期待してるよ。あの『救国の艦隊』の戦いっぷりはちょっと気になるから!」

 

「あはは……そう思って貰えるのは嬉しいですけど、何事もなく無事に鉄血まで貴女達を送り届けるのが一番ですよ。セイレーンなんて遭遇しない方が一番ですからね」

 

 

 きょとんとした表情を一瞬見せたが直ぐに笑顔で彼女もその通りだと言った様子で頷いた。

 

「ごめんごめん、確かに平和に任務を終えるのがお互いにとって一番だね。ま、この辺りは平和そのものだしセイレーンが現れる可能性は限りなく低いから安心してくれていいと思うよ」

 

 クリーブランドさんの言う通り周囲に敵影はなく穏やかな海が波打っており、時折カモメが空を舞うくらいで特にこれといった異変はない。ここに来るまでの間もこれといって敵影の姿は見えず、むしろ道中ではセイレーンどころか他の艦船すら見かけなかった。

 

 

「指揮官。そろそろ、時間」

 

「おっと……もうそんな時間か」

 

 

 

 シュペーにクイクイと服の裾を引っ張りつつに指摘され、懐から時計を取り出す。合流さえ出来れば長居は無用だ、安全の為にも合流次第すぐに基地に戻るように厳命されているのであまり長くは滞在出来ない。

 

 

「それじゃ疲れていると思いますし船の中で休んでいて下さい。艤装を持ち込んで頂いてもかまいません。機密の為に艦橋にだけは近づかない様にして貰えれば後は鉄血に着くまで自由にしていて構いませんよ」

 

「ありがとさん。それじゃお言葉に甘えて、ゆっくりさせて貰おっかな?さ、みんな行こう?」

 

 そう言ってクリーブランドさんは妹達に声を掛けると甲板からシュペーに案内されながら船内へと向かっていく。

 

 重要機密であるマンジュウは艦橋のクルー以外は全員隠れる様に命令しているので後は彼女達にマンジュウの存在もバレずに数日かけて鉄血に帰還すれば任務は完了だ。

 

 

 

 そう、何事もなければだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

「ぜっっったい……何かあるよなぁ……」

 

 

 

 

 サディアといい、ヴィシアといい、まるで不運が連鎖するかの如く、立て続けに問題が起きた日々が脳裏によぎる。クリーブランドさん達からは悪意は感じられなかったが、胸騒ぎが収まらない。

 

 俺が軍人になって半年近くがたったがその中で学んだ事の一つが何事も上手くいくはずがないという教訓だ。計画通りに物事が進んだとしてもちょっとしたイレギュラーで盤面がひっくり返り騒動が起きるなんて事は痛い程経験済みだ。

 

 

(まぁ、考え過ぎならそれに越したことはないんだけどな……)

 

 

 

 今は考え過ぎだと願おう。

 

 

 まさかセイレーンも、こんなだだっ広い大海原からピンポイントに俺達を探し出して攻撃を仕掛けてくるだなんて難しいに違いない。フラグかも知れないが今はただ何事も無い事を祈ろうと俺は甲板を後にして艦橋に歩みを進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァイス!!アンタ本当に!!本当にいい加減にしなさいよ!?マジで呪われてんじゃないの!?」

 

 

 

 

 

 

 その数時間後、突如湧いてきたセイレーンの大艦隊に包囲されつつヒッパーの悲鳴が海に木霊する中、俺は思わず頭を抱えてしまうのだった。

 

 

 






・捕虜について

 現在鉄血国内には初戦で捕虜になった五人にイラストリアス、シェフィールド、エディンバラも含めた八人が捕虜となっているのですがその中でも貴族階級や騎士階級ではないロンドン、キュラソー、ジャージーの捕虜としての価値は低下しており、ロイヤルへの牽制の為に一先ずは三人の解放を鉄血は決定したのでした。ちなみにロンドン達はイラストリアスから少しだけタラント空襲についてのあれこれを知っているとはいえ暗殺未遂事件やシェフィ達が捕虜になった事。更に河豚計画やマルタ島の住民の強制追放にオブザーバー派遣などの情報も完全に遮断されており、解放されたとしてもそのカルチャーショックどころでは無い衝撃を受ける事になるのは確実でしょう。


・クリーブランド
ユニオン所属の軽巡kansen。今作のユニオン側が派遣したオブザーバーの一員であり、ヤルタ会談の裏で行われた一連の取り決めなどをまとめた機密書類を輸送中。会談に参加するのはクリーブランドだけですがこの書類を確実にビスマルクの元に届ける為にわざわざ防衛網構築の為に忙しいユニオンから三人もクリーブランドの護衛として派遣される事になるのでした。なおモントピリアは基本的には良い子ですが指揮官とクリーブランドが握手をして少し不機嫌なようす。


おまけ
当時のスレのやり取り


2021/01/07(木)02:20:06No.762727696+
待った?今来たとこができたのでヒッパーよりデートできてる
2021/01/07(木)02:21:07No.762727855+
>待った?今来たとこができたのでヒッパーよりデートできてる
言い方ァ!
2021/01/07(木)02:21:24No.762727888+
ヒッパーの目からハイライトが消えた



・セイレーンの大艦隊

dice1d10=7 (7)
1~6.行きが平和なら帰りも平和よ
7~9.げえ、セイレーン!←確定
10.*おおっと*


dice1d10=8 (8)
1~2.小規模艦隊か…見落としてたか?
3~6.中規模艦隊…一体どこから?
7~9.大規模…!?←確定
10.*おおっと*

 帰りの選択肢は特に問題もない可能性な方が高かったのですが、こうしてセイレーンの大艦隊に囲まれる羽目に。久々に指揮官の幸運10と称された運の悪さにヒッパーの叫び声が木霊する事になるのでした。次回はそんな突如包囲するかのように出現したセイレーン艦隊との戦闘回。果たして指揮官達は無事に本国に辿り着けるのでしょうか?

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Q IFルートとしてロンドンの異なる未来を見てみたいか?

  • Aダイスで決められた史実を変えるな
  • Bダイスの女神に中指を立ててIFを

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