重桜と北方連合との講話に成功し、ユニオンが戦争からの離脱と講和への積極的な意気込みを見せ、自称アイリスの後継国家である自由アイリス教国は最早本土の国民からの信頼をほぼ失っている現在。後はロイヤルとの講話に成功すればこの戦争は終わりを告げる。
ビスマルクさん曰く、国民がピンチの時にロイヤルの庇護で引きこもって何もしなかったと、自由アイリスを自由アイリスを徹底的に糾弾する案もあったらしいが、実際には戦後に穏便な形で二つに分かれたアイリスを再統合する為に、ヴィシアの発表としてはクイーン・エリザベスがロイヤル国内のアイリス系国民を人質にする事でリシュリュー枢機卿達は動く事が出来なかったというカバーストーリーが発表された。
もちろんロイヤルは猛反発したらしいが、最早国際的なクイーン・エリザベスの栄誉と信頼は失墜しており誰の聞く耳も持たず、ヴィシアでは全責任は邪智暴虐なクイーン・エリザベスにあり、リシュリュー枢機卿はクイーン・エリザベスに騙された悲劇の人物という空気が流れていた。
とはいえ、最早戦後リシュリュー枢機卿はその地位を返上せざる得ないだろう。どの様な美辞麗句を並べようとも、国民を見捨てて軍勢を引き連れてロイヤルに亡命したという事実は消える事はなく、彼女は責任を取らざる得ない。
願わくばガスコーニュが悲しむ事のない措置をジャン・バールさんにはとって欲しいと内心祈りつつ、俺は執務室にて黙々と書類に目を通していた。
「あと、少しなんだな……」
書類にカリカリとペンを走られつつも、心の中は我ながら上の空だ。数日後。各国からのオブザーバーが見守る中鉄血とロイヤルの話し合い……実質的な講話提案をロイヤルが受諾すればこの戦争は完全に終わりを告げる。本格的に武力衝突を行ったのは1年ほど前のメルセルケビール海戦以降とはいえ、長かった戦争もいよいよ幕を下ろす瞬間が近づきつつある。
正直に言えばあと少しで戦争が終わるだなんて事を言われても、その実感はあまり湧かない。まるで当事者だと言うのに、どこか遠い国の出来事の様に思えてしまい、ぼんやりと書類を眺めていると秘書艦であるヒッパーからの叱責が飛んでくる。
「アンタ、さっきからずっとそんな調子よ?仕事のやる気が無いってんならさっさと帰りなさいっての」
ジト目で睨みつけて来る彼女に俺は慌てて弁明する。
「あー、すまん。ちょっと色々とあってな」
「ふんっ……どーせアンタの事だから抱え込む必要もない悩み事でしょ」
ヒッパーの言葉は図星であり、思わずうぐっ…と声にならない言葉が漏れる。
「……まぁ、アンタの事だから何に悩んでるかは知らないけどさ……もう少しだけ肩の力抜きなさいよ。もうアンタが何かに悩む必要はないんだからさ」
「ああ、ありがとう」
気遣ってくれるヒッパーに感謝しつつ、再び書類に向き合う。そうだ、最早講話に向けたアレコレはビスマルクさん達が全て整えてくれた。そんな状況で俺がやるべき事は、下手に悩む事よりも目の前の書類仕事に手をつけようとすると、ヒッパーはポツリと言葉を漏らす。
「ガスコーニュの事だけどさ。最近のあの子、言葉に出していないけど寂しがってたわよ。多分あと少しで国に帰らないといけなくなるって」
「…っ……」
ヒッパーの言葉にドキリと心臓が跳ね上がる。
戦争が終われば、オブザーバーとして鉄血に滞在中の彼女はヴィシア聖座に帰還する事となる。特別計画艦であり、ジャン・バールさんと枢機卿の妹という血筋的にも立場的にも彼女の軍事的・政治的な利用価値はいくらでもあり、本来こんなにも鉄血にも長く滞在している事の方が異常事態と言えるだろう。
考えてみれば当たり前の事だった。精神的には幼いながらも、純粋で優しいガスコーニュ。そんな彼女が俺の前では心配させない様に悲しむ姿を見せまいと気丈に振る舞おうとするだなんて、馬鹿でも分かることじゃないか。
彼女との別れの時が迫っているという現実が改めて突きつけられ、俺は思わず筆を止めてしまう。脳裏に過るのは数ヶ月前、ヴィシアで突きつけられた彼女が感情を会得したのは俺に一目惚れしたからと説明するジャン・バールさんの言葉。
そして、シュペーと共に頭を撫でてほしいと甘えてきたり、告白の答えを出すまでは、幾らでも待ってくれると文句の一つも言わずに待ち続けてくれる健気な女の子の姿。
俺は……プライベートで彼女と二人きりで最後に話したのはいつ以来だろうか?というかあの勲章の授与式以来ガスコーニュどころか、他の皆と二人きりで過ごした時間は片手で数える程ではないだろうか?
ジャン・バールさんに頼まれた通り、毎日ガスコーニュに話しかけてはいた。だが、最近ゆっくりとガスコーニュと二人きりで話した事は……。
「……なぁ、ヒッパー」
「行きなさいよ」
躊躇いがちに声を掛けた俺に対し、ヒッパーはあっさりと即答する。まるで俺が何を考えているのかお見通しだとばかりに。
「アンタは私達の指揮官なのよ。なら、部下の為に行動するのは当然でしょうが。ほら、早く仕事終わらせてガスコーニュと話してきなさい。てか、アンタの事だから書類仕事なんて数日分先に終わらせてたんじゃないの?この書類の提出期限なんて一週間以上先のやつじゃない」
ピラピラと書類を見せつけるヒッパーに、図星を突かれ俺は思わずギクリと反応してしまう。そんな分かりやすい俺の反応を見てヒッパーは呆れた様子でため息を吐く。
「ったく、どうせならもっと早く行動しろっての。ほらっさっさと行く!」
「ちょ、押すなっての!分かった、分かったからさ」
グイグイと背中を押され俺は半ば強引に執務室から追い出される。そのままヒッパーは部屋の扉に手を掛けると、首だけ振り返り俺を見つめてくる。
「ヴァイスのバーカ…」
その一言を最後にヒッパーはパタンと扉を閉じ、俺は内心そんな彼女に感謝しつつもガスコーニュの部屋に慌てて駆け出すのであった。
「本当に、あのバカ……そして、私も本当に……バカだってのっ!」
ヴィシアのオブザーバーとしてこの基地に滞在しているガスコーニュの部屋は俺達の私室とそれ程離れた距離にはない。その為、走ればほんの数分で彼女の部屋に到着するのだが、改めて部屋を訪ねようとすると、少しだけ躊躇ってしまう。
何時もの俺ならば迷わずノックして彼女を呼んでいた筈なのに、今だけは少し気恥ずかしくて躊躇してしまい、暫くの間扉の前でウロウロとしていた。
「あー……その、ガスコーニュ。俺だけど……」
扉越しにそう声をかけるとガタッと慌ただしい音が聞こえ、ガチャリと勢いよくドアが開く。そこにはいつもと変わらない表情のガスコーニュの姿があった。
「主(メートル)……?どうかしたの?」
しかし、彼女は俺の姿を見るなり、いつもは無表情な顔を僅かに綻ばせ、小首を傾げる。その様子はまるで飼い主を見つけた子犬の様に見えてしまい、思わず可愛らしいと思ってしまうが今はそれどころではない。俺は咳払いすると、覚悟を決めて彼女の前に立つ。
「いや、別に用事があるって訳じゃなくてな。ただ……ちょっと話したい事があってさ」
「うんっ……いいよ。ガスコーニュも主(メートル)とお話がしたかったから」
俺の言葉にガスコーニュはコクりと小さく首を縦に振る。しかし、同時に嬉しさからなのか口元が小さく緩んでいるのが見えてしまう。頬が僅かに赤く染まり、嬉しさと緊張の入り混じった笑みを浮かべる彼女からは何処までも純粋なまでの好意を感じてしまう。
可愛い。
二人きりになって玄関で話をしていると、不意にそんな考えが過ってしまう。無邪気で、純真で、どこまでも透き通った瞳で見上げるガスコーニュに。俺の事を好きだと言ってくれた女の子の姿に俺の心臓の鼓動が高鳴っていく。
「主(メートル)が来るなんて思ってなかったから、ちょっと散らかってるけど……」
そう言いながら彼女は俺を部屋に手招きし、俺もそれに従って彼女に続いて部屋の中に入る。彼女が言う通り、室内の掃除はマンジュウが行なっているようだが脱ぎっぱなしの服がベッドの上にいくつか散乱しており、よく見ると彼女の下着らしきものもチラホラと見え、例えばあの黒くて面積の少ない紐みたいなヤツを普段は身につけて……いや、考えるのは止めよう。
邪念を振り払い彼女が用意してくれたマットレスに腰を下ろすと、ガスコーニュも俺の隣に座り込んでくる。キョトンと首を傾げて俺を見つめる彼女だったが、そんな彼女の視線に耐えきれずに世間話の一つでも切り出そうとしたが、それよりも先にガスコーニュの方から話しかけてきた。
「歓迎。それで、主(メートル)、今日はどうしたの?わざわざ会いに来てくれるなんて、嬉しい……」
「い、いやなに、最近はお互い忙しくてあまり話す機会がなかっただろ?だから普段ガスコーニュが何してるのかなって気になって」
そう思わず口に出してしまうが、よく考えると俺は彼女について何も知らない事に改めて気がついてしまう。
感情を会得して間もないガスコーニュが普段どんなプライベートの時間を過ごしているのだろうとガスコーニュは心なしか少しウキウキとした様子で本棚から数冊の書物を取り出す。
「主(メートル)の妹さんから、こういうの読むといいよ、と帰り際にオススメされたもの……取り寄せて読んで見たけど色々あって、読み応えもある」
それは恋愛をテーマにした漫画や小説。中には同人誌と思わしき薄い本も数冊あり、あのアホ妹ガスコーニュに変なものを勧めてないだろうか?と少々慌てて中身を確認するも、その多くは健全かつ真面目な内容のものばかりであった。まぁ、一部イラストに際どいものが混じっていたのはこの際気にしないでおこう。
「これとか、特に面白い」
よかった……ジャン・バールさんに殺される羽目にならなくてよかった!と安心していると、ガスコーニュが心なしかウキウキした様子で一つの少女漫画を差し出してくる。熱心に読みこんでいるらしくページの所々に何度も指でなぞったような跡があり、何よりその表情からは本当に楽しんでいる事が伝わってくる。
「ガスコーニュは、こういうの好きなんだな」
俺が問いかけると彼女はコクりと小さく首を縦に振り、そのまま少し恥ずかしそうに目を伏せる。軽く読んでみると、どうやら主人公は転校生の女の子らしい。
そんな転校生の彼女が自身に優しくしてくれた男の子に一目惚れをして、ひたすらアタックして付き合っていくまでを描いている学園青春モノ。
眩しいくらいに真っ直ぐで、一途な彼女の姿に俺も次第に引き込まれていき、そのまま最後まで読み切り、最後のページを捲るとラストシーンでは二人が相思相愛だと自覚した上で次回に期待する終わり方となっていた。
「……学園、というものに興味はやっぱりある
それに…この女の子が、なんだか応援したくなってきて」
そう言ってガスコーニュはほんの僅かに頬を緩ませる。もしかして彼女はこの女の子に自身の境遇を重ねているんじゃ無いだろうか?と少し照れくさくなりつつも、思わず俺は笑みを浮かべてしまう。
「そうか……戦いがひと段落ついたら、もっと色々見聞広げれるように、ジャン・バールさんやビスマルクさんとと話してみようか?」
「うんっ…!」
この部屋に来て以来、そしており彼女と出会って以来最も明るい満面の笑みを浮かべるガスコーニュ。彼女は本を棚に戻すと、俺の手を握ってきた。まるで恋人同士が手を繋ぐかのように、しっかりと握って離さない。
「嬉しい……主(メートル)とこうして触れ合える日が来るなんて思ってなかった」
ギュッと力を込めて握りしめてくる彼女の小さな手にら思わず少しだけ緊張してしまう。今までガスコーニュの笑顔なんて殆ど見た事が無かったからか、余計に意識してしまう。
「本当ありがとう、主(メートル)。ガスコーニュの感情を目覚めさせてくれて……この艦隊で多くの「感情」、「悩み」、「楽しみ」……何よりも「愛」を教えてくれて」
「ガス、コーニュ」
「断言する。私は主(メートル)を好きになってよかった……大好きだよ。主(メートル)」
熱を帯びた彼女の言葉が耳から全身に染み込んでいく。ガスコーニュの好意の言葉に俺の心臓の鼓動が高鳴ると同時に顔に血液が集中していくのを感じる。ガスコーニュの純粋なまでの好意が伝わり、俺もまた彼女に何か言葉を返そうとするも唇から上手く声が出ない。
やがて彼女も自身が何を口にしたのかを自覚したらしく、その西洋人形のような端正な顔を赤く染め上げると慌てて俺から手を離す。
「ごめんなさい、つい……主(メートル)、今の忘れて……いや、忘れてほしくないけど。恥ずかしいから…」
「え、あ、お、おう…………」
お互いに気まずい空気が流れてしまい、沈黙が訪れる。こんな状況ではまともに話しにならないとこほんと咳払いをして話題を変えようと読み終えた少女漫画を手に取る。
「その、この本って続きとかあるのか?」
「肯定。まだ、読み終えてないけど多分次の回で完結していると思う。待って主(メートル)、今探してみる」
そう言うとガスコーニュは慌ただしく本棚へ近づいていく。よほど読んで欲しいらしく、どれかな?とまとめ買いした本棚を眺めており、気になるからと俺も彼女の本探しを手伝おうと近づこうとするが。
「あ、主(メートル)足元に…!」
「えっ、お、おっと…!」
俺が来る前に彼女が読んでいたらしい、一冊の落ちていた本を踏んづけてしまい、運悪く、そのまま滑って態勢を崩してしまう。ガスコーニュは俺を慌てて支えようとしてくれるが、艤装を身につけていない小柄な彼女は
当然ながら重量のある俺を支えきれずにそのまま床に押し倒されてしまう。
ふにゅりと柔らかな感触が手に伝わる。どうやら俺の下にはガスコーニュが寝転がっており、咄嵯に庇ってくれたらしく頭をぶつける事は避けられたが、俺の右手が彼女の胸部に思いっきり押しつけられてしまっていた。
以前、感情を会得する前に彼女が口にしていた言葉を信じるのであれば、Dカップはあると思われる豊満なバストの感触に俺の顔は赤くなり、ガスコーニュも恥ずかしさのあまりか顔を更に真っ赤にしてしまう。手のひらから伝わる柔らかい肉の感触に思わず興奮してしまい、俺の身体は硬直してしまって動けなくなる。
「主(メートル)、お願いだから退いて……胸をそんなに掴まれたままだと、恥ずかしくて変になりそう…!」
「あ、あぁ!わ、悪い……!」
俺はガスコーニュを押し倒すような体勢で固まっていたが、彼女の言葉を聞いて我に帰るとすぐに立ち上がる。しかし事故とはいえ俺に胸を揉まれたガスコーニュは一種のパニックに陥ってしまう。
「体温の上昇を確認…!脳内の思考回路の稼働率30%未満…!理解不能、理解不能、理解不能…!め、主(メートル)……どうしよう、頭がグルグルして……!」
「だ、大丈夫か……!?よ、よーしよし、落ち着いて深呼吸するんだ……!」
思わず彼女を落ち着かせる為に抱きしめながら、優しく彼女の頭を撫でる。いや、思わず抱きついてんだよ俺!?と内心自身にツッコミを入れてしまうが、過去に妹がパニックに陥った時もこうしてやった事を思い出す。
ガスコーニュも俺の行動を理解してくれたのか、素直に俺に身を委ねると背中に腕を回してきた。それからしばらく俺はガスコーニュの頭をひたすら撫で続け、やがて落ち着きを取り戻した彼女は顔を上げると恥ずかしそうに俯く。
だが、その瞳には嬉しさと同時に少しだけ悲しみと……現状への不満らしきものが混じっている事に気づく。
「主(メートル)……やっぱり……」
「んっ?ガスコ───」
ガスコーニュの顔がゆっくりと距離を詰め、どうしたんだ?という言葉すら出せず、俺の唇には柔らかくて暖かい感触が広がる。あれ、何でこんなにガスコーニュの顔が近く……と一瞬頭の中が真っ白になってしまうも、目の前に広がっている光景から察してしまう。
今、俺とガスコーニュはキスをしている……
その事実に気づいた瞬間、身体中の血液が沸騰するかの様な感覚に襲われ、心臓が早鐘を打ち始める。慌てて俺はガスコーニュから離れようとするが、彼女は俺を抱き寄せたまま絶対に離すまいと言わんばかりに強く唇を重ねてくる。
突然の出来事に思考が全く追いつかず、どうしていいのか分からず呆然としたまま為すがままにされているとガスコーニュの舌先が俺の口内に侵入を試みる。未知の刺激に思わず背筋に電流が流れ、びくりと身体が震えて逃げる機会を逸してしまう。
「んっ……ちゅ……れろ……」
舌が俺の口内に侵入し、絡めとられる。粘膜同士が触れ合う生々しい感触が脳を刺激し、甘い吐息を漏らしながらガスコーニュは俺の唾液を貪るように飲み干していく。人工呼吸という緊急事態さえ除けば初めて、女の子とのディープなキスに俺の思考は停止寸前だった。
最早何も考える事は出来ない。思考と身体の自由が奪われた何も出来ない状況でガスコーニュは赤面しつつも決して舌の動きを止めることなく、蹂躙を続けている。互いの鼻が何度もぶつかり合い、唇が何度も重なり、そして……。
「……ふぅ」
満足気にため息を漏らすとガスコーニュはようやく俺を解放してくれる。しかし俺の思考は未だに戻らず、ただ無言のまま彼女を見つめる事しか出来なかった。
「何となく、何となくだけど分かってた」
ガスコーニュは熱を帯びた視線を向けながら頬を赤く染める。
「主(メートル)は私の事を妹や子供みたいな目で見ている。でも私は貴方の事を男として見ていたし、こういう事もしたいと思ってた」
「そ、それは……」
「私は、主(メートル)が好きだから……だから我慢できなかった。私も……女だから」
そう言って再び俺の胸に飛び込んでくるとガスコーニュは強く抱きしめてくる。柔らかい感触と共に彼女の香りに包まれ、俺は抵抗する事もなくそのまま受け入れる。
「……その、今のは…ガスコーニュなりの感情表現。妹だとか、保護対象としてじゃなくて…一人として見て欲しい、という」
勇気を振り絞って俺の言葉を遮った彼女の言葉は何処か恥ずかしそうで、それでいて不安気でもあった。その気持ちに応えなければと思った俺の答えは……。
「…………ガスコーニュ」
「まだ、言わないで」
俺が彼女の言葉に返答しようとすると、またもやガスコーニュによって阻止されてしまう。期待や歓喜、恐怖といった様々な感情が入り混じった表情で彼女は俺をじっと見つめていた。
「主(メートル)がロイヤルとの会談の準備で今凄く忙しい事も分かってた。待つって言ったのは私の方だから……だからその準備も、そして会談が、戦争が終わった後も待てるから……それまでは言わないで」
「…………」
「お願い、主(メートル)……でも、今は私を見て、触れて、感じてほしいの」
もう一度、俺を強く抱き締めるガスコーニュの腕は微かに震えているが、それでも決して離れようとしない。まるで俺の胸に甘えるように顔を埋めて来る。
「主(メートル)……ワガママかもしれないけど、後少しだけこうしてたいの。駄目?」
上目遣いで俺の顔を見上げながらガスコーニュは懇願してくる。ここまでされて拒絶する事など出来るはずもなく、俺は「分かったよ」と返事をして彼女が落ち着くまで頭を撫で続ける。
俺は、確かに彼女に妹の面影を感じていたんだろう。性格は似てはいないが、この子は感情を会得したばかりで幼い部分も有るのだからと彼女を保護者として見守っていようと考えていた。
だが、俺を好きになってくれた女の子にとってその対応は間違いだったんだ。妹の様な存在ではなく、俺を好きになってくれた女性として。シュペーやヴェネトさんと同じ様に対応しなければならなかったんだ。俺が考えを改め、ガスコーニュを見つめ返すと彼女は嬉しそうにごく自然に微笑む。
そこには感情を会得したばかりの機械的な反応はなく、一人の少女としての自然な笑みがあった。
「主(メートル)」
再び唇が重なる。先程よりもずっと深く、もっと長く。舌が絡み合い、唾液を交換し、お互いの息が乱れるまで。口の端からは二人の混ざり合った唾が零れ落ちるが、そんな事はどうでも良かった。互いの体温を感じ合い、相手の存在を確かめ合うかのように何度も、何度も。
「んっ……はぁ……」
長いキスを終えると、二人は名残惜しそうに唇を離す。俺もガスコーニュも顔を真っ赤にして荒い呼吸を繰り返していたが、お互いに目を逸らす事はなかった
「主(メートル)が私じゃなくてシュペーやヴェネト。グラーフやヒッパーを選んでも構わない。私は、貴方と一緒に居られるだけで幸せだから」
「ガスコーニュ……」
「……だからね、主(メートル)。私が貴女の側に居る間は……その、私の事を……忘れないでほしい。もっと主(メートル)と……一緒に居たいから」
ガスコーニュは頬を赤らめながらそう呟く。彼女の想いに応える為に、俺は無言で強く彼女を抱き締めた。
「んっ……主(メートル)……」
何度もキスを繰り返し、そして舌を絡める。ガスコーニュの甘い吐息と唾液の味は麻薬の様に脳を刺激し、何も考えられなくさせる。
『だけど、死人は蘇る事はない。例え神様が赦しても、天国で再会は出来たとしても、現世で死んだ者は生き返ることはない。だからこそ今できる事を全力でやりなさい。恋愛に正解はないけれど、相手が取り返しのつかない状況に成り果てても後悔しない様に。早めに気持ちの整理は想いは伝えなさい。私が言いたいのはそれだけよ』
チャパエフさんの言葉が頭の中を駆け巡る。逃げちゃダメなんだ、先延ばしにしちゃだめなんだ。俺の事を好きだといってくれた女の子達の為にも。この会談が終われば全ての決着がつく。
「主(メートル)、いつまでも待ってるから」
ガスコーニュの頭を優しく撫でつつ、俺は自身の目的を果たす為にも……この、最後の会談を絶対に終わらせてやると固く心に誓うのであった。
1941年5月27日。
何の因果か、異なる世界では二つの勢力が激突した日に各国の代表達は集う。
王家を信奉する者。
カミを信じる者。
同志の為に戦う者。
自由を望む者。
恩を返そうとする者。
二つに分かれた祖国を一つにしようとする者。
同胞への償いをしようとする者。
そして、戦争を終わらせる事で前に進むようとする者。
彼らは集う。本来、物語のプロローグを告げる日をエピローグにする為に、明日を迎える偶に彼女達は運命の地たるデンマーク海峡に向かう。
観測者達の予想も出来なくなったこの世界。果たしてその未来は希望か絶望か?鉄血がロイヤルに突きつける講話条件とは。そして『英雄』となる事を望まれた男の行く末は……
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