紅く、血のように赤々と染まった戦場にて戦士達は己の魂を武器に乗せる。砲撃の衝撃は船を揺らす程に激しく、海面は大きく荒れ狂っていた。
「赤城さん!加賀さん!艦載機で制空権を確保してください!兎に角あんた達は敵を仕留めるより周辺の味方に敵が取り付かないよう動いて下さい!」
「今だけは呼び捨てで結構。全く……ざっくりとした命令ですが、下手に指図されるよりはやりやすいわ。加賀、分かったわね?」
「了解です、姉様」
真っ先に俺が指示を出したのは世界的にも練度が高いとされている重桜の空母である赤城さんと加賀さんによる防衛ラインの構築だ。敵の量産艦は次々と前線に突撃している為こちらの防衛ラインを突破してくる事は容易に想像できるが、それでも可能な限りの防御策を取らない訳にはいかない。
彼女達から放れた艦載機は俺が今まで見たどの艦載機と比べても全く別の異質なものだ。折り紙のようなもの懐から取り出したかと思えばそれを二人は紅く染まった空に向かって軽く放り投げる。するとまるで意思を持っているようにそれは変形し、あっという間に爆撃機や戦闘機へと変貌したのだ。
放たれた艦載機はあっという間にオブザーバー達を肉薄しようとする敵の駆逐ポーン級や軽巡ナイト級といった素早い量産艦に猛禽の如く追いつき、それらを守る敵の艦載機を機銃掃射を浴びせ撃墜したかと思えば、そのまま急降下爆撃を敢行しその身体に大穴を開けていく。
最も驚くべきはその命中率だろう。二人の艦載機が放つ爆弾と銃弾は的確にそれらの急所を捉え、確実に敵の動きを止めていく。火の玉となった量産艦はそのまま海中へと沈み、そして大爆発を起こして周囲を更に混乱させるのであった。
「流石は重桜の空母といった所か……我は動かなくていいのか?卿?」
「グラーフには攻撃役を頼みたいからね。クリーブランドさん達と、チャパエフさんは赤城さん達がズタズタにした敵艦隊の残党処理をしてもらえるかな」
「分かった、私に任せて!みんな行こう!」
「無理はしないでくださいね。あくまでこの船を中心に防衛ラインを構築するのが目的ですから」
グラーフに返答しつつクリーブランドさん達とチャパエフさんにお願いすれば、彼女達は任せろとばかりに胸を張る。軽巡である彼女達に任せたのは大物食らい。素早く敵の艦隊に取り憑き、戦艦や空母といった相手の攻撃の要といえる主力艦の戦闘能力を削いでいく役目だ。
その任務は困難といえるだろう。赤城さん達が無言で彼女達の花道を作り上げてくれたとはいえ、敵の攻撃の隙間を掻い潜らねばならないのだ。少しでもミスを起こせば命を落としかねない危険な役割。だが、彼女達はまるで喫茶店に向かうような気軽さで敵の主力艦へと向かっていく。
砲撃。
敵から放たれた複数の火砲は彼女達に容赦なく降り注ぎ、その威力たるや直撃を受ければ一溜りもないと分かる程のもの。しかし、クリーブランドさん達は恐れることなく紙一重の動きで攻撃を回避し続けると、目の前の巨大な戦艦ルーク級の一隻に取り付き、至近距離からの砲撃によって装甲をぶち抜く。
「クリーブランド!右によけなさい!」
「…!?…よっと!!」
敵の戦艦がミシミシと轟音を上げながら崩れ落ちていき、彼女は即座に離脱するが、次の瞬間、彼女のいた場所に砲弾が撃ち込まれ水柱が上がる。それを避けられたのは俺の指示ではなくチャパエフさんによるものだ。
「ありがとうチャパエフ!」
「どういたしまして。背中は任せるわよ」
「あいよ、なんかこういうのっていいね!」
クリーブランドさんとチャパエフさん互いに背中を預け合い、次々と敵の戦力を食い荒らさんと突撃していく。二人共その顔は楽しげだ。その笑顔はどこまでも眩しく、そして力強いもの。そんな彼女達の姿を見ているだけで俺は自然と笑みを浮かべてしまう。
共産主義者であるチャパエフさんが民主主義者であるクリーブランドさんと共に背中を預けあい、帝政主義者である俺の指揮の元で人類種の敵と戦おうとしている。こんな光景は創作の中だけだと思っていた。しかし、現実に今俺の眼前ではそれが起きている。なんとも不思議な感覚ではあるが、不思議と悪い気分じゃない
イデオロギーも思想も主義主張も異なる者達が一つとなって戦う。皮肉にもセイレーンの会談襲撃は参加者達の結束を高める結果に繋がっていく。俺達が生き残る事さえ出来ればこの戦闘は間違いなく美談として歴史に残るだろう、ロイヤル以外の陣営は全てまとまって英雄の指揮の元で戦い抜いたと。
敵の奇襲による混乱はあっという間に陣営間がまとまり、寧ろ凄まじいまでの覇気と士気に満ち溢れていく。敵を一体仕留めればまた別の獲物に飛びかかり、敵の量産艦が数を減らしていくのが分かった。
全ては俺の指揮によるものじゃない。俺が命じたのはいわば大まかな役割分担だ。クリーブランドさんとチャパエフさんにはとにかく肉薄してもらって敵の量産艦を沈めてもらい、その間に赤城さん達には防衛ラインの確保を命じる。細かい指揮をしてしまえば確実に俺の指揮能力では穴が出来てしまい、そこから敵に侵入を許して
しまう。
故に大まかな指示だけを出してあとは各自の判断に任せる、いつもの『高度な柔軟性を持って、臨機応変に対応する』という指揮官としては落第点といえる命令なのだが、結果的には優秀なkansenである彼女達の動きを阻害せず、上手く機能してくれていた。
「王家の栄光の為に!!」
一方俺の指揮下ではなく独自行動を取るロイヤルの重鎮達は、自分達こそが戦場の主役であると言わんばかりに別方向に向かって敵のセイレーンの津波のような大軍に立ち向かって行く。
その身一つで多くの修羅場を潜り抜けてきた歴戦の強者である事は動きを一目見るだけで理解でき、独自行動ではあるが決して俺達の動きを阻害せず邪魔をしないように立ち回っており、その練度の高さが伺え、彼女達と最後の最後に敵対する事が無い事実に心の底から安堵している自分がそこにはいた。
「指揮官……指示を」
「はい。ガスコーニュとチェザーレさんはピュリファイアーの周囲の量産艦を。残りの鉄血艦隊は……攻撃目標、ピュリファイアー!二人の砲撃が始まり次第突撃の敢行を!」
ビスマルクさんの言葉に応じる様に俺がそう銘じればチェザーレさんとガスコーニュはピュリファイアーの周囲を取り囲む量産艦を殲滅すべくその猛威を振るう。
「あの日、私は彼らに助けられた……あの日、我々は貴方達のお陰で勝利の美酒を味わうことが出来た。私は決してその事を忘れない…!」
チェザーレさんは決意と共にその巨大な砲塔を目の前の敵へと向けると、その狙いを定めた後に引き金を引く。発射された砲弾は真っ直ぐに敵量産型戦艦の土手っ腹に直撃し、内部で爆発を起こし、その衝撃で敵戦艦の甲板はボロボロと崩れ落ちていく。
「だから!!今度は私が!あの日、受けた恩を返す時よ!さぁ、共に往こう!主役は貴方達よ!貴方達の花道は!このジュリオ・チェザーレが切り開く!」
チェザーレさんが叫び、その言葉と同時に彼女の戦艦は更に砲撃を続け、敵戦艦が一隻、また一隻とその攻撃に耐えきれずに崩壊していく。同時にその横でガスコーニュから放たれた三色の砲弾が敵を貫きバターの様に溶かし、貫かれた艦船はまるで燃料漏れを起こしたかのように火柱を上げて燃え上がっていく。
「主(メートル)!」
「あぁ!我が同胞の為に鉄血の力とならん事を!鉄血艦隊!突撃開始だ!」
了解!と声を揃える彼女達はチェザーレさんとガスコーニュが作り上げた道を駆け抜け、ニヤリと笑みを浮かべる最優先攻撃目標、ピュリファイアーに殺到する。彼女達の攻撃が開始すればセイレーンの主力部隊もまた一斉に彼女達に目掛けて攻撃を開始する。
「それじゃ始めようか!お祭りをさぁ!」
その攻撃はまさに苛烈という言葉すら生ぬるい程のもの。嬉々として狂気の歓声を響かせながらピュリファイアーも自身の巨大なシュモクザメ型の艤装を展開させて真正面から鉄血艦隊と相対する。策も謀略もなくただ純粋な暴力のみをぶつけ合う。しかし、その戦いこそがセイレーンという人類の宿敵にとってもっとも相応しいものだと言わんばかりに。
「振り返るな!ガスコーニュとチェザーレさんが量産型は破壊してくれる!鉄血組はただピュリファイアーとの戦闘に集中を!」
彼女達が作ってくれた隙を逃すわけにはいかない。この好機を逃す手はない。彼女達が作ってくれた機会を最大限に活かすべく俺は通信機の音量を最大にしながら全員に命令を出す。彼女達の戦いを無駄にしない為に。そしてこの戦いに勝利する為に。
赤城さんや加賀さん達が作り出したものが最終防衛ラインというのであれば、チェザーレさん達が作り出したものは決戦のバトルフィールドと言うべきか。余計な事は考えず、ただ強敵であるピュリファイアーのみを仕留める為の決闘場。戦線の分断によって4対1という状況に実質追い詰められたピュリファイアーであるが、戦いこそが我が命と言わんばかりの戦闘狂である彼女達に焦りの色は見えない。
「セイレーン、ここで決着をつけさせて貰うわ…!」
「あはっ!やってみなよぉ!」
ビスマルクさんの啖呵を受け取ったピュリファイアーは挨拶がわりにと狙いを定め、ビスマルクさんへと向けて主砲を放つ。その砲撃は真っ直ぐにビスマルクさんへと迫り、回避不可能と思われた一撃であったが素早く俺はヒッパーに指示を出す。
「ヒッパー!シールド展開!」
「これ以上やらせないってぇの!!」
ヒッパーが展開した青いシールドはビスマルクさんに直撃する直前に敵の砲弾を受け止め、爆炎を上げながらもその威力を殺しきったのを見てピュリファイアーは心底驚いたように口笛を吹く。
「へー、いいよ、ならそっちから遊んであげる!」
獰猛な笑みを浮かべたピュリファイアーは巨大な艤装から二つの飛翔体を取り外すと、真っ先に盾役であるヒッパーを仕留めようとピキピキと独特の機械音を奏でながら狙いを定める。
戦闘可能な四人の内、ヒッパーだけを狙った暴風のような攻撃は俺の目から見ても厄介なものだったが、不規則に動く飛翔体とピュリファイアーが放つ砲撃をヒッパーは文字通り紙一重で回避していく。
「動いたら当たらないじゃん!オラっ!全部持ってけ!」
やがて最初はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていたピュリファイアーであったが断続的な攻撃を全て避け、シールドで防御していくヒッパーに苛立ちを覚え始めたのか表情が険しくなっていき、最終的には攻撃に本気になり始める。
断続的な攻撃が全て致命傷にならないのであれば、一斉攻撃だと言わんばかりにピュリファイアーは全ての火砲をヒッパーただ一人に狙いを絞っていく。
「ちょこまかとウザいんだよ!」
ヒッパーが反撃とばかりに主砲を放ち、お互いの攻撃が交差するが、ヒッパーは砲撃を回避しつつ距離を詰め、砲撃を繰り返す。しかし、これならばどうだと放たれた一斉砲撃による破壊の奔流は小柄なヒッパーを仕留めようと死神の如く襲い掛かり、ヒッパーに回避の指示を出そうとするが、彼女は。
「ヒッパー!後方に下が──」
「ナメ、んなぁっ!」
なんと彼女はあろうことか自ら攻撃の嵐の中へと飛び込み、ピュリファイアーが放った全方位攻撃にその身を差し出したのだ。
一瞬の刹那。交差する光の中で彼女は相手の攻撃の僅かな合間を縫う様にして移動し、芸術的ともいえる回避行動を見せていく。
「うっそ、アレ全部避けちゃう!?」
「あーもうクソッ!今日ほど胸が無くてよかったと思える日は無いわね!」
ピュリファイアーの全力の一撃を悉く回避していったヒッパーに対してピュリファイアーは驚愕のあまり、攻撃の手を緩めてしまい。一方で攻撃を捌いた本人は忌々しげに悪態を吐きながら、攻撃の切れ間に砲弾を叩き込む。
その言葉の通り、もしも彼女がグラーフの様な巨乳であればあの紙一重の回避の中、胸への命中や、胸の重さによってバランスを崩していた可能性もあったが、それを指摘すれば後でヒッパーに殺されそうになるのでやめておこう。
図らずもヒッパーは全ての攻撃を受け続ける事で後続の面々を守る為に時間を稼ぐことに成功した。シュペー、グラーフ、そしてビスマルクさんによる追撃によりチェックメイトを仕掛けようとするが、相手も歴戦の猛者らしくあっという間に驚愕から立ち直る。
「なら、1発避けられたなら10発撃てばいいわけだよねえ!」
「シュペーはあの子機を狙え!グラーフとビスマルクさんは周囲の護衛艦を!チェーザレさんとガスコーニュは支援砲撃を護衛艦隊に集中!」
ガスコーニュ達の砲撃によって数は減らしたが、ピュリファイアーが生み出した周囲の護衛艦は未だに健在だ。チェザーレさん達の砲撃だけではキツいとまずは護衛艦を仕留める方向に方針を転換する。こんな時に分かりやすく次の行動を示してくれるセイレーンに皮肉気味に舌打ちをしながら鉄血艦隊はピュリファイアーの周囲の護衛艦を沈めようと集中砲火を始める。
ピュリファイアーの周囲を護衛している艦船は先程の量産型とは異なり、こちらに敵意を持っているようだ。その証拠に俺達に対する射撃は苛烈なもので今までのデータからアレは直接ピュリファイアーがまるでチェスの駒の如くコントロールしているようで、明らかに彼女の周囲の量産艦の動きは的確にこちらの動きを予想し、砲撃を仕掛けてくるが、それならさっさと沈めるしかないと腹を括る。
「ビスマルク、アンタを落とせば…まあ、こっちはまだ色々出来るんだよねえ!」
「黙りなさい!鉄血の、同胞達の未来の障害はここで排除するわ!」
ヒッパーを狙っては埒が開かないと言わんばかりにピュリファイアーは今度はビスマルクさんを標的に変え、鉄の嵐を撒き散らそうとするが、それよりも先にビスマルクさんは手を握り締めながら陣営代表では無く、一人の戦士としての吟味を果たさんとする。
「鉄血の進軍は誰であろうと止められない!毒を持って毒を制する我ら鉄血の力を存分に見ると良い!我が射程内にのみ、真理あり!」
敵の連射した砲撃の内の一つが被弾し、小破判定となるもビスマルクさんはチャンスと言わんばかりに自身の生態艤装を展開すれば、血を求める黒鉄の竜は興奮したかのように天に向かって大きく吠える。それに連動し、グラーフの、ヒッパーの生態艤装達はその咆哮に応じるかの様に轟音を上げていく。
「──この瞬間の為に私も戦ってきた!」
ビスマルクさんの一言に全ての答えがあると言わんばかりに放たれる大口径砲主砲はピュリファイアーの操る艦船を容赦なく叩き潰していく。彼女が放ったスキルによる弾幕はガスコーニュ程の命中率もなければ、グローセさんの様な範囲攻撃でもない。だと言うのに小さな弾幕の一つ一つがどこまでも威圧的であり、竜の一撃を彷彿とさせる破壊を周囲にまき散らす。
俺は知らなかった。ビスマルクさんがこれ程までに戦士として優秀なのかを。ビスマルクさんの放った一撃は確実に護衛艦の装甲を貫き、爆散させていく。そして、それは俺の視界にも反映され、次々と撃破されていく敵の艦船の姿に恐怖すら覚えてしまう。
ピュリファイアーの周囲の護衛艦はビスマルクさんの弾幕やガスコーニュ、チェザーレさんの支援砲撃によって殆どが消し飛んだ。赤城さん達の足止めによりこれ以上の増援の可能性も低く、一つの山場は超えたと言えるだろう。
『ピュリファイアー……お前──』
『ああ、そう言うのは無しで。折角楽しいんだから、水を差すのは良くないよ』
『…ああ、そうかい…!』
頭の中でもう一度だけ念じれば、ピュリファイアーの意図が何となく理解出来てしまう。あぁ、そっか彼女は……だが、彼女の目には和解や平穏ではなくただ純粋な闘争本能だけが沸き立っており、撤退や降伏なんて選択肢は最初から存在しない筈だろう。
「次はもう隠れさせないわ…覚悟しなさい」
「やれるもんなら、やってみせなよぉ!」
大半の護衛艦が戦闘不能となり、最早雑魚を盾にする事や支援砲撃も不可能。だが、ビスマルクさんの最終通告を聞いてなお、ピュリファイアーは全ての武装を展開させて徹底交戦の構えとなる。ビスマルクさん達の生態艤装が猟犬の如く唸り声をあげて砲撃の照準を合わせる中で彼女もまた無数の光を放つ砲台を展開して迎え撃つ姿勢を見せる。
だが、数的有利はこの様な状況でこそ輝くものだ。ピュリファイアーは先程からヒッパー、ビスマルクさんと自身を攻撃してきた相手に集中して対応しようとしているが、ピュリファイアーを相手とするのは二人だけじゃない。
「…っ!?クソッタレ!」
ピュリファイアーの悪態と共に彼女の周囲を浮遊していた武装子機が二つとも爆音と共に砕け散っていく。榴弾によって塗装は燃え落ち、周囲に飛び散った金属片は彼女の肉体に切り裂き、腹部には黄色い血が噴き出すがそれでも構わずにピュリファイアーは次なる獲物を捕捉せんと手を掲げる。
「ッ…!いったいなぁ、もう…!今のはグラーフ・シュペーかっておっと!?」
ピュリファイアーの恨みがましい目を無視するどころか、その顔を吹き飛ばさんと言わんばかりにビスマルクさんの影に隠れていたシュペーは狙撃と呼んでも良い精密射撃で彼女を撃ち抜かんとするが、流石に歴戦の猛者とでもいうべきかピュリファイアーも反応は悪くない様で何とか避けることに成功する。
シュペーは最初に命じた俺の指示の如く、最も厄介なピュリファイアーの周囲を浮遊する武装子機だけを狙わんと虎視眈々と皆の影に隠れていた。最も大人しい性格である彼女の生態艤装は例えビスマルクさんの生態艤装がハウリングをしていたとしても、主の為に我慢をし続け、ただ猟犬の如くシュペーと共に任を果たそうとしていたのだ。
「一点を通すように、狙いをつければこれくらい……!グラーフさん!」
「我も忘れるなピュリファイアー。お前との因縁はここで終わらせる」
仕上げと言わんばかりにグラーフが最早十八番となった艦載機による質量攻撃を敢行すればピュリファイアーも応戦せざる得ない。大盤振る舞いと言わんばかりに装備していたほぼ全ての艦載機を断続的に全ての方向からぶつけようとグラーフが動けば、ピュリファイアーは対空砲によって迎撃するしかない。
「数の暴力はんたーい!…って言いたいけど、それはこっちもだしねえ」
「ふん!わかってんならさっさと諦めて落ちなさいっての!」
「うがっ!?」
愚痴る様にグラーフの艦載機を迎撃する中、ヒッパーの砲撃がピュリファイアーの艤装に命中する。本来のピュリファイアーの技能であればこの攻撃を避ける事も出来たはずだ。
しかし、周囲の武装子機を失い、護衛艦はほぼ全滅。断続的にグラーフによる艦載機の質量攻撃とビスマルクさんによる砲撃を浴びせられる中、狙い撃ちをするヒッパーとシュペーの攻撃を避ける事は難しいらしく、被弾していく。
もはやそれは戦闘ではなく蹂躙と言っても良いだろう。ヴィシアでの戦闘よりはマシとはいえ、今回は何度も交戦したピュリファイアーの情報を元に、まるでチェスで追い詰めるかの様に俺達はたった一人の人類種の敵を追い詰めていく。
質量攻撃による足止め。
護衛艦と厄介な武装子機の最優先破壊。
集中砲火によって相手の逃げ道をなくしつつ、本命のシュペーとヒッパーの狙撃による連続ダメージによる撃破。これが俺達が出来る最善にして最後の手だった。
「クソッ!舐めるんじゃないよ……!!」
ピュリファイアーは最後の足掻きと言わんばかりにボロボロになった艤装を変形させると巨大な光学兵器を発射するための砲塔を形成する。以前の戦闘でも現れたその威力を思い出して思わず背筋が凍るが、ただそれだけだ。
そう、ピュリファイアーは何一つ変わっていなかった。
「チャージなど、させるものかと言っただろ?」
グラーフは最早慣れた様子で艦載機を一気にチャージ中の敵の砲塔へ突撃させ、ビスマルクさんとシュペーもそれに呼応するように砲撃叩き込む。その光学兵器は強力だが連射は不可能であり、どれだけチャージを短縮したとしても一瞬の隙が産まれる上に。砲塔を攻撃すれば暴発の危険性がある事は過去の戦闘で既に学んでいる。
情報を制するものは戦争を制する。
もしも、この戦場でピュリファイアーと俺達が初めて対面したならばあの大型砲台の不意打ちによって全滅していた可能性もあるだろう。しかし、ピュリファイアーは何一つ変わっていない。戦い方も、闘争本能と、そして人類種の敵であるというスタンスも。
「まだ……終わってやれないよ…!」
大型の砲塔は暴発したらしく使用不可能。全ての主砲は直撃を受けて半数以上が最早使い物にならない。身体は血だらけとなり、艤装はモクモクと煙を上げながらもピュリファイアーは立ち上がっていた。
もう決着がついていてもおかしくは無い状況で、彼女の目は死んでいない。血走った目には追い詰められてると言うのに歓喜と狂気が入り混じったような表情を浮かべており、その笑みはまさに悪役そのものだった。よろよろと艤装も上手く機能していないにも関わらず彼女は歩き続け、シュペーが放つ狙撃を回避し、ヒッパーの砲弾を辛うじて避けようとする。
だが、最早彼女は手負いの状態であり。それを避けた途端、グラーフとビスマルクさんの攻撃をまともに受けてしまう。もはやピュリファイアーには反撃どころか防御する事もままならないのが見て取れるが、それでも彼女には諦める気がないようだ。口元からは絶えず言葉にならない怨念にも似た何かが漏れ出しているが、それでも彼女は笑みを消す事はない。
『どうして……そこまで……』
『あぁ?』
『なんでお前は……もっと上手くやらなかったんだ?』
最早反撃をする事を諦めたのか、彼女はシールドで全身を覆いつつ、曲がった砲塔をこちらに向けるが最早主砲を放つ事すら不可能なのか不発のまま、ただ断続的に攻撃をう受け続けていた。
『お前達ならもっと本気で俺達を潰す事なんて出来たはずだろ……仲間の人型セイレーンを連れてきたり、あのレプリカタイプを動員したり……それこそ、ロイヤルが俺たちを騙し討ちするなんて情報をオブザーバーの前でばら撒く事だって出来たはずだろう』
頭の中でピュリファイアーの言葉が響く中、俺は疑問点を口にする。謀略であろうが暴力であろうが本気で俺達を潰そうと思えばセイレーンにはそれが出来た筈なのだ。
もし、あのビーム砲で奇襲攻撃を仕掛ければまとまっていたオブザーバーの面々も含めて全滅するリスクも存在していた。
もし、たったこれだけの数のセイレーンではなくもっと多くの量産艦を動員していれば数の暴力で俺達はすり潰されていた。
ロイヤル側に最早後は引けないとある事ない事をぶちまけて覚悟を決めさせ、ロイヤルの副案を引き出す事だって出来たはずなんだ。
だが、ピュリファイアーはそんな事はしなかった。あくまで会談の妨害を口にしながらもある意味では正々堂々と俺達と戦っていたと言えるだろう。勝利する事が目的でも、会談を台無しにする事が目的でも、俺達を殺す事が目的でもない。ただコイツは……
『……あぁ、そうだよ。キールとヴィシアの時は仕事だったけど、今回の介入は私個人の意志だ』
ゴフっと血を吐くような音が頭の中で聞こえて来るが、それでも彼女はいっそ穏やかな声で俺の問いに答える。シールドにはヒビが入り、護衛艦を全滅させたガスコーニュ達の砲撃まで加われば最早猶予など後数分もないだろう。
『この世界は狂い過ぎた』
『狂…?』
『あぁ、そうだよ。どうしようもなく……今まで私が見てきたどの『枝』よりもね』
ピュリファイアーは愚痴る様にそう口にする。
『全てが狂い始めたのは1940年11月11日。あの夜、アンタ達鉄血艦隊は本来の歴史ではサディアの援軍として派遣される事はなかった。サディアを鉄血は見捨てたと言えるし、サディアもまた鉄血の援軍なんて全く期待していなかった。その結果、本来の歴史ではイラストリアスがタラント港を焼き払い。それが後の重桜の真珠湾攻撃に繋がった』
『……本来の、歴史』
ピュリファイアーの呟きを頭の中で反覆しながら情報を読み取る。本来の歴史……つまりピュリファイアー達は過去や未来を観測する事が可能な存在なのか?ふざけるなと口にするには簡単だが、もし、そうならセイレーンの不可解な動向に関していくつかの説得力が生まれていく。
何故、ピュリファイアーは俺達にサディアで何かがあると情報を伝えたのか。それは彼女の信じる通りなら、観測されていた過去の事象を変えようとしていたんじゃないか?すなわち目的は不明だが、俺達という『異物』を挿入する事により、本来起こり得る事象の改変を行おうとした。まるでマウスに薬を与えて変異を起こすかのように。その様子を記録する事が目的だったと言わんばかりに。
『観測の予測ではイラストリアスがタラント空襲という事象を阻む事は出来ずにタラント港は火の海に染まるも、待機していた鉄血艦隊によって戦死。もしくは鉄血艦隊の初動によって被害は最小限に治るがこちらのケースでもイラストリアスは戦死。そして、クイーン・エリザベスの姉妹艦であるウォースパイトが死亡する事でレッドアクシズとアズールレーンの対立は先鋭化し、やがて重桜によるユニオンへの宣戦布告に繋がる……はずだったんだよ!』
ゲホッと再び咳き込む声と共にピュリファイアーの独白は続く。その口調は怒りにも似ていて、同時に楽しさにも似た感情が感じられた。
『だけどさ、ヴァイスクレー・ヘルブスト。アンタらは私達の予想通りに動いてはくれなかった。完璧な初動によってイラストリアスの爆撃を阻止した上で、ウォースパイトとイラストリアスを生きたまま捕縛するだなんて私達も目を疑ったよ……その後の歴史にもね』
『……重桜か?』
『あぁそうさ。重桜は本来の歴史ではレッドアクシズに加盟する運命だった。だが鉄血艦隊の働きとそれに連なる様に行った愛すべき総旗艦殿の謀略によってイラストリアスが全世界に醜態を晒し、その結果、あの今必死で戦っている赤城が主導の真珠湾攻撃案は白紙となり……そこからはもう私達もてんてこ舞いだよ」
北方連合と重桜の同盟締結。
極東クルジス・エルサレム共和国の成立。
マルタ島からの30万人の民間人追放。
ヴィシア、サディア、鉄血の史実以上の蜜月。
ユニオンを筆頭とした国々の白紙和平受諾。
そして、俺の暗殺未遂を発端としたロイヤルへの国際的な地位の下落。
全てが、全てが本来の歴史の上ではあり得ない事象だとピュリファイアーは暴露していく。
『結局……もうしっちゃかめっちゃかになってさ。ユニオンが鉄血との和平を選択した時点でオブザーバーも、テスターも、コンダクターも、コンパイラーも……私以外の全ての人型セイレーンはこう決定したんだ』
────この枝は余りにも異常。故に積極的介入から消極的な観測へと切り替える事を決断。
『まぁそんな訳で私はこうして私自身の意思でここにいるのさ。他の奴らも観測を続けるって言っていたけど、最後の介入として私がこの会談をぶち壊す許可はある程度の『縛り』をいれた上で認めてくれた。まぁ、お陰で一方的にボコボコにされた訳だけどね』
クックッと笑いながらそう告げるピュリファイアーは何処か投げやり感はあるが悔いはない様子だ。疑問が次々と氷の様に溶けていく。セイレーンの意図も、何故人類を滅ぼさなかったのかも、そして何故俺達を利用していたのかも。
最後の介入と述べる辺り、恐らくこの世界から人型セイレーンはこの戦闘を最後に姿を消す。観測者である彼女達は余りにも狂ったこの世界の歴史を見守る事にしたのだから。
レッドアクシズ、アズールレーン、そして本来の歴史では存在しなかった北桜同盟の三大勢力の元で行われる水面化での冷たい戦争。それを観測する事が彼女達の使命なのだから。
彼女達は残酷で、残虐で、冷酷で、非道なセイレーン。人類種を根絶やしにする為に戦っていたのではなく、ただ実験室のフラスコを眺めていただけの観測者だったんだ。
どこまでも傲慢で、どこまでも上から目線で、フラスコの中のモルモットを観察し続けるだけの存在。
だと言うのに俺は……。
『全ては世界と人類のより良きの未来のために。この観測がその礎になる事を私達は願おう……それが私達を生み出した審判者の願いであり、この狂った世界で起きた事象による観測データはある意味ではこちら側にとっての希望になり得るのかも知れないね。おめでとう人類!おめでとう鉄血!おめでとう!英雄ヴァイスクレー・ヘルブスト!これで悪のセイレーンから皆が望んだ蒼き航路を取り戻す為の第一歩を歩み出したって訳───」
『お前達はいつ……休む事が出来るんだ?』
ハイテンションな口調で喋り続けていたピュリファイアーは急に黙ると、そのまま咳き込み始め、その声は徐々に弱々しくなっていく。シールドは既に崩壊し、ヒッパーが確実に仕留める為に、ボロボロになった艤装により掛かるピュリファイアーに向かっていく。
『……審判者が望む未来を観測し終え、やがてくる過酷な運命を討ち滅ぼすと確証出来るまでだよ。それが私の『役割』であり、それが私の存在意義の全てだから。まぁ、最後までやりきれずに黒星で終わるってのは残念だけどね』
ヒッパーが全砲門を構え、その砲口がピュリファイアーの身体を捉えようとした瞬間。ピュリファイアーは最後の言葉を口にする。
『備えろ、常に。本当にアンタ達が望むならね……この狂った世界の先に何があるか知らないけれど、その先に私達の想像すらも超えた絶望が待っているかもしれないよ……』
『ありがとう。その忠告のお陰で俺達は備えるって選択肢を取る事が出来る。だから俺もせめて祈るよ。お前達がもう悪さをせずに全ての役割を終えて自由に生きる事が出来る未来を』
『……やっぱ変わってるよアンタ。セイレーンに祈るだなんて……あぁ、言い忘れてたけど』
『なんだ?』
『あのクッキー……美味かったよ』
ピュリファイアーの言葉が届くと同時にヒッパーが放った魚雷による水柱が立ち上がり……それと同時に水柱すら吹き飛ばすと言わんばかりの乱撃が叩き込まれていく。
『じゃあね、セイレーン』
ブツリ。と何かが切れる音と共にピュリファイアーとの脳の接続が切れ。死体すら残さずこの世界からピュリファイアーの痕跡が消え去った事を確認する。残った数少ない量産艦が虚しく抵抗しているが、もう戦力差は決定的だった。
「指揮官。どうにかピュリファイアーの撃破には成功したけど……まだロイヤル側が手こずっているようね」
ビスマルクさんの通信が耳に届き、はっと意識を戻される。その声音には労いと疲れが滲み出ているが、ずっと頭の中でピュリファイアーと俺が会話をしていただなんて想像も出来ないだろう。
ピュリファイアーの最期の言葉を思い返す。彼女達はセイレーンとして生み出された、兵器として生まれた、セイレーン以外の存在に成り得なかった。より良き未来の為に、世界と人類の未来のために戦い続ける使命を帯びてしまった哀れな人型セイレーン。そんなピュリファイアーの最後の言葉をビスマルクさんに俺は伝える。
「それでは残存艦の討伐を終えてこの戦闘を終わらせましょうか……備えろ、常に。この戦いが終わったらやるべき事は山積みなんですから。早く終わらせて帰りましょう、鉄血に……俺達の祖国に」
「……そうね、一応和平はした相手だもの、救援に行きましょうか」
後少しだけ頑張ってくれとシュペー達に声をかけ。俺は椅子に座りながら息を吐く。マンジュウが差し出してくれた砂糖とミルクと蜂蜜を大量に混ぜた甘いココアが妙に身に染みる。
1941年5月27日。
鉄血とロイヤルの講話が成立した事により、長きに渡って続いたこの戦争、後に第一次世界大戦と称された、奇妙な戦争は遂に終わりを迎えたのであった。
次回、本編エピローグ
指揮官の後世の評価はどうなる?
-
戦争を終わらせた立役者
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サディアを救った救国の英雄
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ロイヤル最大の敵
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女の子に手を出しまくりの色を好む英雄