声と共に、何か残像の様なものがゆうき達の前を通り過ぎる。その刹那、明後日の方向から気配を感じとり目を向けるが、そこにもあったのはただの残像。それが幾度も、幾度も繰り返され、まるで見つけられないなのは達の様子を楽しんでいるかの様な声すら聞こえる。
「な、なんなのよ……」
アリサが戸惑いの声を上げる。なのははも声には出さないが、戸惑いを隠せない。そんな中、ゆうきだけが冷静に一点だけを見つめていた。
「そこにいるんだろ?」
ゆうきが虚空に問いかける。すると、まるで暗闇から浮かび上がる様に1人の少女が現れた。それが紛れもない本物だとゆうきは瞬時に理解し、また恐怖した。その少女があまりにも圧倒的、あまりにも異常過ぎたからだ。可能ならば逃げ出したいとさえ思った。だが、それはできない。何故ならその少女には見覚えがあったからだ。
「3人とも、ようこそ紅月の宴に」
その少女はこれから何かをやるのか、身に纏いし純白のドレスの裾を少し摘み上げお辞儀をした。その優雅な姿はどこかの話に出てくるお姫様の様だった。普段よりもかなり伸びた地面に触れるほどに長い髪は月明かりによって一本一本を煌めかせる。背後にある月の様に赤い瞳は狂気に染まり、ゆうき達を標本にされた蝶の様に射止めていた。もし、この場に彼女の隠れファンがいたとしたら、どう思うだろうか。おそらくその存在感に当てられ失神したことだろう。その容姿は妖艶、その存在は異常。そんな少女の名は月村すずか。ジュエルシードによって変革された者。
「へぇ、なのはちゃんは黄色でアリサちゃんは緑か……。で、ゆうき君は……」
すずかは指しながら何故か意味の分からない色を告げる。なのはは黄、アリサは緑と。しかし2人にはその色に関連するものはない。その意味はすずかしか分からない。
「す、すご~い……」
ゆうきに目線を移すと驚きを漏らした。
「濃い黄色に白もある! 流石ゆうき君だよ」
すずかが言っている意味は相変わらず分からないが、どうやら2人に比べるとゆうきの方が優れている様だった。
「すずか、だよね……」
ゆうきは目の前にいる人物がすずかであるとどうしても認めたくなかった。何かの間違いであってほしいと願った、故に明らかな質問をしていた。
「うんそうだよ♪ ……それとも他の人に見える?」
しかし現実はそうはいかない。
「そんな……」
「嘘……」
アリサとなのはは驚きを隠せない。すずかの身から出る異質さを感じ取っていた。故にゆうき同様に目の前にいる者がすずかだと認めたくはなかった。
「なんでそんな顔をしているの? せっかくの良い夜なのに。ほら、月が真っ赤」
と宙に浮く月を掌に乗せる様に手を差し伸べる。それはある意味場違いの美しさを持っていた。劇などでやれば観客の大半は見惚れるだろう。しかし、その身から出る圧倒的で絶対的な異質さがそれを許さない。
「……僕には今の君が、僕の知っているすずかには見えない」
「ひっどーい。でもある意味正解なのかな……?」
「どういうことなの……」
なのは問いかけにすずかはニマリと深く頬を歪ませる。
「私は目覚めたの。人間を越え、不老不死の体現者、真祖の吸血鬼に!」
その言葉と共にその身から出る異質さは更に強くなる。それは先程のただそこにいるだけとは違い明確な敵意へと変わっていた。
「さて、そろそろお話は終わりにしようか?」
「話し合いで、解決しないからかい?」
「流石、ゆうき君だね。やっぱりゆうき君ならいいかな?」
「何が?」
しかし、ゆうきの問いに答えられることはなかった。すずかの姿がゆうきの視界から突如として消える。その瞬間ゆうきの直感が叫ぶ、今すぐ下がれと。だが、未だに気圧されていたゆうきは動けない。その直後、すずかはゆうきの目の前に現れる。すずかはゆうきの頬を優しく撫でたかと思うと、静かに、そっと唇を合わせた。それはほんの一瞬、一瞬のできごとだった。
「あは♪ キスしちゃった」
すずかはちょっと恥ずかしそうに笑いながら離れる。それに対し、ゆうきは口元を抑えただ呆然とする。また、それを見たなのはも呆然としている。
「な、何をしているのよ!」
すずかの驚き行動にアリサは顔を赤くしながら食って掛かる。
「私はね、ゆうき君の事が好きなの」
「なっ!」
突然の告白に、他人事なのに更に顔を赤くするアリサ。
「ちょっ、すずか!! こんな時になんてことを言ってるのよ!!」
「だって、今まではなのはちゃんがいたんだもん」
「私……?」
「なのはちゃんは私より可愛くって、傍にいて、私なんかじゃ勝てないって思ってた」
そう呟いたすずかの顔には悔しさよりも諦めが現れていた。
「……でもね!」
すずかが誇示するかのように腕を大きく広げる。先程とは違い、そこには確かな自信があった。
「私は手に入れた。なのはちゃんに勝つものを」
更に威圧感が上がる。目の前にいるだけで体力が削られるていくとさえ錯覚してしまう程だった。
「だから私は……」
恍惚とした表情をうかべるすずか。じりじりと息が詰まるような彼女の出す気迫が強くなる。
「ゆうき君を手に入れる」
刹那、何か切り裂いたかのような音が響く。
「なに……が……」
「ゆうき君!」
切り裂かれたのはゆうきだった。飛び散る鮮血、それをアリサとなのはが認識するにはさほど時間はかからなかった。アリサは悲鳴を、すずかは笑いを奏でる。コンビの声は紅月の夜に響き渡る。そんな中、なんでそんな声を出しているのかゆうきは疑問に思った。そして自身のせいだと理解する。なら、謝らなきゃな、と場違いの事を考えながら崩れ落ちた。