「ゆうき君!」
倒れ込むゆうきに駆け寄るなのは。純白のバリアジャケットが流れ出る真紅の液体に染まっていく事など気にせずゆうきの側に座り込み、レイジングハートを置き、傷を塞ごうと手を当てる。
「なの……は……服、汚れちゃうよ」
「そんな事はいいから!」
両手で一番大きな傷口を押さえる。しかし、ほかの傷口からも血は流れ、その行為は無意味と言えた。それでもなのはは止めない。
「止まれ、止まれ、止まれ、止まれ……!!」
願うように、祈るように止まれと念じる。しかし、その祈りを、願いを嘲笑うかの様に血は流れていく。
「ありゃりゃ、ちょっと浅かったかな?」
と、そんな様子を眺めていたすずかが意外そうに呟く。まるで些細なミスをしたかの様に軽いものだった。
「す、すずか、ゆうきを殺す気だったの?」
「人としてならうんそうだよ。ごめんねえ、ゆうき君。同じ吸血鬼にするには体から邪魔なものを出さないといけないから」
アリサが声を震わせながら、すずかに問うと、すずかはそれが当然の様にあっさりと答えてしまう。
「大……丈夫……だよ。なの……は……」
「全然大丈夫じゃないよ! 血が、血が……!」
なのはが今にも泣きそうな声を出しながら、一向に止まる様子がない傷口を押さえ続ける。すると、弱々しく動く右手がなのはの瞳から溢れ、流れようとした滴をすくい取る。
「君は……泣くより笑顔の方が、よく似合う」
「ゆうき君……」
ゆうきが懸命に、それでも弱々しくだが動く腕を必死になのはへと伸ばす。そのゆうきの意思を少しでもすくおうとその手を握り締める。
「なのは……僕は……」
「……うん」
「君に……会えてよかった……」
「私も……ゆうき君に会えて、よかった」
なのはの言葉を聞くと、笑みを浮かべたゆうきのその手から静かに力が抜けた。悲しみがなのはを包み込む。それでも涙は流さない。ゆうきはそんな事を望んでいない。
「さあ、なのはちゃん、ゆうき君を渡してくれる?」
「なんで……なんでこんな酷いことを!」
「私と同じにするの! 私だけのゆうき君! ゆうき君と私は悠久の時を過ごす!」
すずかは自身の欲望を高らかに叫ぶ。
「そんな……」
「だってこうでもしないと、なのはちゃんの所に行っちゃうんだもん」
見開いた狂気に染まった瞳はなのはより、ゆうきを捉えていた。それを察したなのははレイジングハートを手に持ち、遮るように立つ。しかもすずかを遮るのは1人ではなかった。
「もう止めなさい! すずか!」
なのはとすずかの丁度中間辺りでアリサが両手、両足を伸ばし立っていた。
「あれれ? アリサちゃんも私の邪魔をするの?」
「そうよ!」
いつもの様な強い口調で言い放つが実の所、その声が恐怖で震える事を抑えるので精一杯だった。本当は逃げ出したい、今すぐに。それでも逃げない、逃げる訳にはいかない。これ以上、すずかを暴走させはしない。そんな想いでアリサはすずかの前に立っていた。
「ねぇ、アリサちゃん。あなたもさっきまで私と同じことしてたんだよ…」
「そんなのは、今関係ない…!」
一歩、また一歩とゆっくりアリサに近づくすずか。それに伴い、アリサの中の恐怖の感情も膨れ上がる。
「でもね、アリサちゃん。あなたは大事なことを侵しちゃったの……」
そしてアリサの目の前に手を前に出すだけで触れられる距離まで近づいてきた。
「………知りたくない? 私がゆうき君を好きになった理由」
「……別にいいわ……」
「ううん、アリサちゃんに否定する権利はないの。ううん、アリサちゃんは知る義務があるの。ねぇ、いじめっ子さん」
「なっ!」
驚愕の声を上げた瞬間、アリサの視界が回る。回りに回り、周囲の景色が変化していく。気がつくと、周りの景色は見覚えがあるものに変わる。
「ここは……学校?」
そこは学校の中庭だった。細かい所まで手入れの行き届いる中庭の木々は陽気な日差しを受け輝いており、生徒憩いの場所の1つだ。
「どうしていきなり……?」
「返して……! 返してよ……!」
疑問に思った時、声が響く。その声はどこか聞いた事がある様な声だった。声のした方向に向かうとアリサよりも小さく髪の長い2人の少女がそこにはいた。1人の少女が右腕を挙げて、追ってくるもう1人の少女から逃げていた。追いかける少女の髪は乱れていた事からその挙げている手には髪留めが握られているのだろう。少女達はその場でぐるぐると回る様に逃げているのと、距離が少し遠い為に顔までははっきりと見えなかった。と、その光景に既視感を抱くアリサ、だがそれは追いかける少女の「返して」という言葉にかき消される。今はいじめを止めさせなければならない。首を左右に振り、既視感を完全に消す。
「こらぁ! 何してんのよ!」
アリサが声を出し、逃げる少女に駆け寄る。近づくにつれて少女の顔がはっきりとする。そして顔がはっきりと見えた瞬間、アリサは自分の目を疑った。何故なら、その少女の顔はアリサ本人の顔だった。「何故?」という言葉がアリサの頭の中で反響する。すずかの言葉が脳裏によぎる。すずかはアリサにゆうきを好きになった理由を知る義務があると言った。そして、その時にすずかはアリサをいじめっ子と呼んだつまり
「まさか、あの時のなの……?」
アリサがすずかをいじめていた、あの時になっていたのだ。つまり追いかけている子はすずかだった。あの時になっているという事はと、アリサは次に起こるだろう事を予想し、その予想は当たる。
「君、その子が嫌がっているよ。返してあげなよ」
一組の男の子と女の子がアリサに近寄り、男の子の方が止める様に言う。女の子の方は泣きそうになっているすずかを慰める様に傍による。その男の子と女の子こそ、ゆうきとなのはだった。
「なんでアンタの言う事を聞かなきゃならないのよ」
当然、もう一人のアリサは聞かない。そして、なのはがアリサの頬を叩く。そして、そこから取っ組み合いとなりすずかとゆうきが2人を止めに入る。どこからどこまでもあの時と同じだった。と、ここで不思議な現象が発生する。今まで見てきた光景がまるでビデオの巻き戻しをしているかの様に、アリサ以外の人物の行動が巻き戻る。そして再びすずかがアリサを追いかける場面に戻る。それが5回くらい繰り返される。
「何がしたいの、すずか……」
「なら、そろそろ見せてあげるよ」
アリサの言葉にすずかは答える。すると景色が同じ様に戻る。同じように流れる光景。と、そこである事気がつく。いつまで経ってもゆうき達が来ない。そしてすずかが追いかけ疲れたのか追いかけるのを止め、その場に泣き崩れてしまった。
「あはは、いい気味」
すずかの髪留めを持ったままどこかへ行ってしまった。それと同時に場面が変わる。そこは教室だった。いつは賑やかな教室。しかし、その場面の教室は到底賑やかとは言えなかった。
「ねぇ、知ってるアリサちゃん、すずかちゃんをいじめていたらしいよ」
「しかも、最終的にすずかちゃん泣いちゃったらしいよ」
「酷いよね」
教室の空気は暗く、アリサのいじめの話で持ちっきりだった。
「アリサ・バニングス、ちょっと来い」
「はい……」
先生に呼び出される。アリサが教室から出るとさらに場面が変わり下駄箱になる。
「…………」
アリサが無言で下駄箱に立つ。アリサの下駄箱には落書きがされていた「いじめっ子」とそれから、ありとあらゆる所でいじめっ子と言われ続ける。そう、ここはゆうき達が来なかった未来だった。さらに場面が流れる。
「なまいきなんだよ、お前!」
アリサの体に拳が振るわれる。今度はアリサがいじめられていたのだ。殴られ、蹴られる。これがいじめた者への末路だった。そして場面は再び巻き戻る。ゆうき達が来なかった世界が何度も何度も再生される。
「止めて……止めて……止めて!」
今まで見ていた、いや正確にはすずかに見せられていたのだった。いくら目を閉じても、耳を塞いでも、頭に光景が流されいくらその場を離れようとしても、身体が全く言う事をきかない。すずかをいじめていた過去、それはアリサの心に後悔の念を色濃く残していた。それを何度も見せられ、しかも最悪の未来を見せられて平気なはずがない。精神はもう限界だった。止めてくれるように虚空に叫ぶ。しかし、その叫びをすずかが聞き届ける事なく、世界は巻き戻る。
「止めないよ。アリサちゃんの心が壊れるまでね」
すずかの言葉はアリサには届かなかった。
アリサは膝から崩れ落ちる。体を震わせ、何かをぶつぶつと呟き続ける。何をされたのか分からなかったが、アリサが心を折られた事はなのはにも理解できた。
「さて、残るはなのはちゃんだけだね。どうする?」
「…………」
アリサはゆうきのために彼女なりの精一杯を尽くしてくれた。だけど、すずかには敵わなかった。あと残っているのは自分しかいない。自分も敵うかどうか分からない。いや、なのはよりも強いゆうきが反応すらできなかった相手だ。敵わない可能性の方が高い。
―――だからって、諦めるの?
諦めその二文字が頭をよぎる。その時、レイジングハートが視界に入る。レイジングハート、日本語で直訳すると不屈の心。その不屈の心は自分をマスターとしてくれて、今も自分と共に戦う準備をしてくれているはずだ。
―――何もしないのに諦めるなんてそんなの絶対おかしい! 私らしくない!
諦めという文字を否定する。レイジングハートをすずかへと真っ直ぐ向ける。
「何の真似?」
「ゆうき君は私が守る」
「なのはちゃんが? あはは、冗談にしても笑えないよ」
すずかから膨大な、少なくとも普通に生きていれば感じる事はないであろう膨大な殺気が襲う。しかし、なのははそれに怖気づく事無く立ち向かう。
「冗談じゃないよ。私がすずかちゃんを倒す」
「なら……やってみな!」
「いくよ! レイジングハート!」
<行きましょう!>
2人は一斉に地面を強く蹴り、空へ飛び立った。