現代語訳邊土紀行抄   作:長串望

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はじめに

 

 

 

献辞

 

道楽者の素人研究者に代わって生活費を稼ぎ、養ってくれた最愛の妻に捧ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめに

 

 タイトルの堅苦しさを乗り越えてくださった読者の皆様の緊張をほぐすために、私的な話をさせていただこう。この本の初稿が仕上がり、真っ先に感謝と共に手渡した相手であるところの最愛の妻からは、こんなものを仰々しく捧げるくらいならとっとと次の本を出せとありがたくも厳しいお言葉を頂いた。もっともである。次に皆様のお目にかかる時は、『現代語訳 邊土(へんど)紀行全文』となると思う。その時はぜひ手に取っていただきたい。

 さて、翻訳にあたって、多くの幸運とご助力があったことを、ここに感謝とともに述べておきたい。

 私が酒の席でちらと(こぼ)しただけの希望について適切なタイミングで思い出してくれた上、ゼンバーの古書市に長らく放置されていた『邊土紀行』のほぼほぼ全巻をその場で買い付けて完全な保存状態で私に郵送してくれたカラッカム助教授。当時の文化的、歴史的表現を理解するために必要ないくつかの重要史料を積もりに積もった酒代の代わりに(こころよ)く貸してくれたバンドゥ教授。出版に当たっては、無知で愚鈍な著者の提案を一つ一つ噛み砕いて現実的な形で実現してくれたジャンカース出版のケンメル編集者。並びに私のモチベーション維持に大いに役立ってくれた愛犬モロモフ号には限りない感謝を。

 

 大体このあたりで読者の半分は読むのをやめるか読み飛ばす心持ちになってきたと思うので、大半の読者は読まなくても問題のない、翻訳(ほんやく)元である『邊土紀行』やその歴史的背景についてなどをざっくりご説明していきたい。空行のところまで読み飛ばしていただいて問題ない。

 そもそも『邊土紀行』とは曙光(しょこう)歴十五世紀前半に記された紀行文である。当時まだ邊土とひとくくりにされ「蛮族の住まう未開の土地」として扱われていた、いまでいうアルメント地方以東を巡る旅の記録だ。ファル゠アルメント国際空港をはじめとした近代的な施設や都会的な街並みをご存知の皆さんには意外かもしれないが、十五世紀頃のこの地方は飛び地的に部族単位の集落が散らばる程度で、一応はムン王国の領地として扱われてはいたが、実質はまつろわぬ民たちの領域だった。

 『邊土紀行』は、アルメント邊土公ゼ゠クラム・エルマ・ガン・ラ゠ムン(当時はまだサンクラン子爵扱い)が、王国の領地としての開拓及び現地民との交渉の足掛かりとしてこの未開の土地を視察した記録文、()()()()。記録文としての文章は、公文書としてまとめられたものが『アルメント地方視察報告書』としていまも原本が王国立図書館に収蔵されているほか、その写しも公開されている。

 この『アルメント地方視察報告書』は邊土公が公人として明瞭簡潔、かついくらかの貴族的政治的修飾や配慮を施したガチガチの報告書である。一方で『邊土紀行』は邊土公自身ではなく、視察の旅に同行した従者サイネカリアが記した個人的な日記を、(おそらく小遣い稼ぎ目的で)出版社に持ち込んだものなのだ。

 身分を隠して遍歴の騎士として行動していた邊土公の従者については公文書にも記されておらず、詳細な人物までは判明していないのだが、『邊土紀行』内から読み取れる限りにおいては、ハルモールの農村部出身の平民上がりで、裕福ではないものの読み書きができ、旅の本当の目的(視察)も知らなかったという、民俗研究者としては実にピンポイントで好都合な人物なのである。

 というのも、平民上がりであるから貴族的事情などには疎く、当時の一般的民衆の感覚に近い。アルメント地方から離れた王都寄り出身であるというのもありがたく、というのも現地の当たり前について流すことなく言及してくれていて助かるのだ。その上で読み書きが達者だということで『邊土紀行』が文書として残っているというのが最大の幸運である。

 とはいえ、この幸運に関しては仕組まれたものである可能性もあるだろう。というのも、『邊土紀行』出版に関しては奇妙な点が多いのだ。

 当時、平民上がりで騎士の従者となるものは多かったが、彼らの多くは多少の読み書きはできるか、普段使う単語を読める程度のものばかりで、詳細な文章を書けるものは限られていたこと。まして日記という形で毎日書き記すほど筆まめなものなどほとんどいなかっただろう。これは現地に詳しいアルメント地方出身者ではなく、わざわざ条件の合う人物をハルモールから採用したことも関わりそうだ。また運搬できる荷が限られている中で、邊土公自身の用いる上質な羊皮紙や筆記具に加えて、従者に過ぎないサイネカリア用に安価でかさばらないとはいえ笹紙と筆記具が常に補充されていたこと。また、これといった伝手を持たないサイネカリアが、当時膨大な印刷業務を抱えていたギレムリ社に渡りをつけ、安価なペイパーバックのかたちでスムーズに出版までもっていったことも、邊土公の露骨な後押しがあったように思われる。

 これらのことから、恐らくサイネカリアは最初から紀行文を書くために従者として選ばれたのではないかというのが私の考えである。つまり、アルメント地方以東の事柄を庶民の目線で記録させ、安価で出版して世間に知らしめることで、「蛮族」たちに対する印象を軟化、興味を引かせることを目的としたのではないだろうか。自身が統治することとなるだろう邊土と、王国との滑らかな融和のために。

 もちろん、現地では今もまことしやかに語り継がれている邊土公の御稚児(おちご)趣味に関しては私も承知の上だが、これもからかいという形で表出した邊土公に対する親しみの表れであろう。

 詳細に関しては、本書の出版に先駆けて発表した論文をご覧いただきたい。

 

 さて、ざっくり読み飛ばしていただいたところで、本書について。

 本書は「抄」とあるように、『邊土紀行』の全文ではなく、一部分を抜き出して、現代語に翻訳して掲載している。時系列はおおむねそのままであるが、一部は読者の理解を助けるために順番が前後する部分もある。

 また、翻訳に際しては、古めかしい言い回しや単語に関しては、読みやすさを重視して可能な限り現代語に置き換え、場合によっては訳注をはさむことで対処した。全体として、正確さよりも、読み物としての読みやすさ、娯楽性を優先したことを申し上げておく。

 それから、『邊土紀行』においては、当時の庶民の目線から書かれたものであり、十五世紀当時は当然であったものの、今日においては差別的な表現や、暴力的な描写、また誤った知識や、宗教的倫理的に配慮の欠ける文も多く見受けられる。

 しかし当時の風俗、習慣、価値観を一方的にないがしろにするよりは、その雰囲気や息づくものを感じ取っていただくべく、おおむねはそのままで掲載させていただいた。

 また、かつて差別があったこと、誤った認識があったことを風化させず意識することで、現代まで続く根深いこれらの問題への理解を深める一助となればと願う。

 

 退屈な話が続いたが、次のページからはすっかり気を楽にして、純粋に娯楽として、当時の人々を楽しませた紀行文に没頭して頂きたい。

 

 

 

 

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