二十四年 レムの月 十七日 澱曜日
昼過ぎになって、サンクランのお屋敷にたどり着いた。
昨夜日記に書き込みすぎたせいか、なんだかかえって感動が少ない。
ようやく帰ってこれたと小躍りするだろう、なんて昨日は書いたけど、とにかくいまは日記も後にして横になって休みたいくらい。
というのも、朝から騎士様を狙う連中に襲われたのだった。
邊土深くに入ってしまってからはご無沙汰だったのですっかり忘れていたけど、そう言えばそう言う連中がいるのだった。貴族って言うのは面倒なものだ。詳しくは知らないけど、兄弟から狙われているというんだから、おかわいそうに。
まあ、刺客の連中をとても楽しそうにぶちのめして伊達者*1にして返すような人だから、狙われても仕方ないんじゃないかって気もする。
いまは、他の馬が怯えるのでお屋敷の池に鰐馬を泳がせてやり、旅の荷物を庭に広げているところだった。何しろあたしたちは長旅ですっかり汚れていたし、何度か替えたとはいえ鞄もぼろぼろに汚れてる。お屋敷にそのまま入れるわけにはいかないから、庭で綺麗にしてやるのだ。
騎士様は品の一つ一つを検分して使用人に扱い方を指図して回っていて、疲れ果てたあたしは休んでいるように言われたので、まだ目が開いてるうちにこれを書いてる。
それにしても騎士様は元気なこ*2
目が覚めたら使用人の人たちに全身をわっしゃわっしゃ洗われていて、慌てて溺れるかと思った。
汚れをすっかり洗い流した後は、伸びすぎていた髪や爪も整えてもらい、油や軟膏で全身を磨かれ、おろしたての上等な服までもらってしまった。さすがに怖気づいたけど、着ていた服は、洗濯したらぼろぼろになってしまったらしいので、仕方がない。よく今まで持ってくれたものだ。
でもフリルでふわふわってのは落ち着かない。騎士様はこういうの好きそうだけど。
食堂では、メジロワシのローストや、新鮮な生野菜、混ぜ物のない白くて柔らかいパンといった上等な品が出てきた。もしかしたらと思って日記を見返したら、旅立った時と同じメニューでちょっと懐かしい。久しぶりに人間の世界の食べ物を食べた気がする。
でも、邊土の食事の方がおいしかったものもあって、この感覚の変化はまずいなあって思う。芋虫とか蛇とか、こっちで食べたらドン引きされるだろうし。
お腹が満たされて、あたしは騎士様と一緒にベッドに入った。旅の間ずっと二人で寝ていたから、離れると寝つきが悪いのだ。
騎士様はあたしの左耳*3や、身体中の傷を一つ一つ優しく撫でながらねぎらってくれた。
騎士様は何度も謝ってくれるし、あたしもまさかここまでぼろぼろになるとは思わなかったけど、でも、あたしは生きてる。生きて帰ってこれた。耳はまだ片方残ってるし、目は何と両方元気だ。指は二本欠けちゃった*4けど、ペンも握れる。騎士様だってたくさん怪我したし、その中にはあたしをかばってくれたものだってあるのだ。
それになにより、あたしには大きな希望があるのだ。
騎士様がそれは何かとお尋ねになるので、忘れていたら困ると思って、私は毎日計算していた表をきちんと見せた。
二年と三か月と十三日分のお賃金は、金貨で換算しても相当なことになっていたのだった。
これで立派なお家も建てられますと胸を張るあたしは、まあ本当のお金持ちである騎士様からしたら微笑ましかったのであろう、子供にするみたいに頭をなでられてしまった。
そして、お家どころか、頑張った君にはお城*5を建てちゃおうなどとおっしゃった。
本当にお城がもらえたら、掃除するのが大変そうで、ちょっと困るかも。
あたしと騎士様の旅はこれで終わった。
騎士様はまだ引き続き従者として雇ってくれるそうだけど、あたしに内地での大人しい生活が今更出来るんだろうか。
一生分旅したような気もするのに、こうして日記を書きながら、心の中ではもう明日はどこに旅立つのかという気持ちになっている。
でも、とりあえずは、これで一度終わりだ。
アミエリタの娘、カリアラガンの子、ゼ゠クー・エルマの従者サイネカリアが記した。