二二年 エトゥンの月 十四日 灰曜日
やめるのやめた。
やはり旅はいいものね。
この日も朝から蛇みたいな魚を焼いて食べ、うんざりする道を歩き始めた。昨日と違うのは、その果てしない旅が、昼前に急に終わったことだ。
あれだけうっそうと茂っていた森は、急に開けはじめて、下生えもほとんど突然なくなって、馬たちも驚いているのが背の上からわかった。そうして森を抜けると、心地よい風が吹いて、あれだけ蒸し暑く感じていたのに、ちょっと涼しいくらいの爽やかさだ。
森が開けたわけはすぐに分かった。自然に森が途切れたんじゃなくて、そこからは、というか、そこまでは、森が切り拓かれていたのだった。まばらな木立を駆け抜けると、ぐるりを丸太を地面に打ち込んだような壁でかこった村が現れたのだ。
あたしは思わず村だ!と見たまんまのことを叫んでしまったけど、仕方ないと思う。人里に出たのは、これで、何日振りだっけ。一週間くらいは森の中だったはずだ。
あたしたちはゆっくり壁に近づいて、それに沿うようにちょっと歩いた。門はこっちを向いてなかったのだ。ようやく門にたどり着くと、やぐらみたいな見張り台から、ガラガラ声が降ってきて、見上げたあたしは腰を抜かすかと思った。
騎士様が名乗ったけど、反応は芳しくなかった。そりゃそうだ。すっかり慣れちゃった。邊土じゃあ、王国の地位とかお役目なんてのは、まったく意味のないものだ。でもあたしたちが旅人で、色々見て回っているっていうのは通じたみたいで、それから、ここらじゃ珍しいものも持ってるかもしれないって言うのは響いたみたいだった。
ちょっと待たされて、分厚く重たげな扉がゆっくり開かれて、あたしたちは村に入れてもらった。
それにしても驚いたのは、この大きな扉を開けるのが人力で、それも見張り台から降りてきた若者ひとりの力だったことだ。さすがはオーガ*1だ。その若者は、あとからわかったけど村の中では小柄な方なのに、それでものっぽの騎士様よりまだ大きかった。馬に乗った騎士様と同じくらいだから、あたしからすればまさしく見上げるほどだ。シンプルに、怖い。
「平原猿*2でねえか。なしてこげなとこまで来た?」
若者が呼んだらしい、いくらか年嵩のオーガがあたしたちを出迎えた。言葉はぶっきらぼうだけど、顔つきは全く素直で、驚きのままに言葉が出てきたようだった。騎士様は馬から降りて挨拶しようとしたけど、オーガはやめるように言った。屈んで話したくない、平原猿に合わせたら腰が折れる、という。あたしは憤慨したけど、騎士様が笑って、私も首が折れるのは嫌だと言うので、オーガは口を大きくあけて笑った。顔の半分は口なんじゃないだろうかというくらい大きい。人食い鬼*3といわれるだけはある。あたしなんかきっと丸呑みだ。
もう一度名乗って、用向きを伝えると、年嵩のオーガはじろじろとあたしたちを見た後、良いとも悪いともいわず、ただ顎でしゃくって踵を返してしまった。若者は見張り台に戻った。どうしようと思っている間に、騎士様が後に続くから、あたしもあわててついていった。
オーガの村は、なにもかもが大きくて、縮尺が違っていた。全部がオーガの体に合わせてあるから、あたしはなんだか小人になった気分だ。実際ちっちゃいんだけど。建物の様式は、ハルモールでも、いままでの旅でも見かけたことがないものだった。ほとんどが、丸太を地面に突き刺して並べて壁にして、屋根は、獣の革を何枚も継いでつなげたものや、大ぶりな布を、テントのようにその上からかぶせて、ロープと杭で地面に固定しているのだった。
歩いているうちに、物珍し気に見物に出てくるオーガが増えてきた。みんな酔っぱらったような赤ら顔で、子供でさえ、あたしより大きいかもしれなかった。あたしは美味しくないから食べるのは騎士様だけにしてほしい。
辿り着いたのは村のまんなかの家で、他より少し大きいし、立派だった。毛皮のたれ布を除けて中に入ると、なかなか広々としている。床材は張っていなくて、平らにならした地面の上に、毛皮や布を敷き詰めているようだった。家のまんなかには、炉が掘られていて、大きな鍋が火にかけられていた。
炉をはさんで向こう側に、いままで見たオーガの誰よりも大きなオーガがどっかり座ってた。ほとんど、岩に手足がついたようでさえある。額から突き出した角*4も、凶悪そうにねじれて、枝分かれして、あれで頭突きされたらあたしはズタズタにされそうだった。
勧められて腰を下ろし、三度目の名乗りと用向きを告げると、大オーガは、自分は村長で、お前たちを歓迎する、余所者が来ることは滅多にないので、村の者たちも面白がって見に来るだろう、悪気はないから適当に相手してくれと、訛りの強いザンカ語っぽい交じり言葉*5で言った。
それで、あたしたちを連れてきた年嵩オーガが、村長オーガの傍に行くように言うのでのこのこと行ってみると、村長はおもむろに騎士様に頭突きした。あたしは変な悲鳴を上げそうになったけど、その前にあたしも頭突きされた。頭突きというか、正確には角をそっと当てられたという感じで、それがオーガの親密さを示す挨拶だというのは後から知った。
騎士様に言われて、村の広場で交易用の品を広げた。多くは、一つ前に立ち寄った村で仕入れた干物だったけど、やはり受けた。村の生活っていうのは結構食べるものが限定されるから、他所からの食べ物は喜ばれるのだ。あたしはそろそろ実家のご飯が恋しいけど。
カエルの干物がぼちぼち売り切れた。前の村ではギリギリ王国通貨が通じたけど、この村ではお金っていうもの、そのものがなかった。支払いは村で余ったものや、食べ物を頂戴した。この先もこうなるだろう。そうなるといよいよもって財布は重しにしかならないので、どうにかしたい。
昼は、例の蛇魚をご馳走になった。またかよってげんなりしたけど、食べてみるとまるで別ものだった。あたしが今まで食べてきたあのクッソ不味いゴミは、料理の仕方が悪かったんだ。蛇魚を以前も食べたことがあるという騎士様も手放しで褒めていたので、王都でもこの味は食べられないんだろう。帰ったら広めてみてもいいかもしれない。
やることは簡単で、板に釘で打ち付けた蛇魚を背中から開いて串に刺してやって、この魚を発酵させたちょっと匂う塩辛い汁*6と蜂蜜を混ぜたたれを何度も塗りながら、火であぶるようにして焼くのだった。普通の火で焼くより、炭火で焼いた方がぐっと美味しいけど、炭焼きをしている隣村の人も、やっぱりたまにしか来ないので普段はやらないらしい。
甘辛いたれをたっぷり塗り付け、ちょっと焦がすようにして焼いていくと、ぼたぼたと余分な脂が落ちて、その香ばしい香りだけが残っていく。で、焼きあがったら、彼らが雷の実*7と呼ぶサンショウっぽい実を粉にしたものを少しかけて食べる。
もうこれだけで、あたしは森の中をさまよった疲れが吹き飛ぶようだった。あれだけぼそぼそとしていて、変に脂っこかったのに、こうして焼くと身はジューシーで、余分な脂の抜けた皮はさくさくとしている。ちょっと濃いくらいの甘辛いたれは疲れた体に嬉しいし、雷の実はぴりりと鼻に抜ける爽やかな辛みで、舌を飽きさせない。こんなに美味しくて、そのうえ精がつくなんて、食べられるために生まれたような魚だ。
一方で、夕食に出されたスープはがっかりだった。
山菜とキノコを煮て発酵魚汁で味付けしたもので、美味しいは美味しいのだけど、とにかく葉っぱ食わされてるなって思うほど、ごっとり葉っぱを食わされるのだ。人食い鬼ならなんかこう、肉食べろよ。