二二年 クマランの月 五日 輝曜日
蛮族ゥーッ!
ちょっとインパクトが強すぎたのでこれ以外の書き出しが思いつかなかったけど、こらえきれなかった。というのも、バンブーエルフ*1が出たのだ。実際、出たとしか言えない。遭遇したとか、出くわしたとか、そういうの。
バンブーエルフの里は、竹林の中にあって、というか竹林がすべてバンブーエルフの里だ。竹林は他の植物を押しのけて、それだけで出来ているから、それとすぐにわかる。
川を境にしてワサッと茂った竹林を前にあたしは引き返すべきだって思ったけど、騎士様はそのバンブーエルフに用があるのだから、仕方がない。
出来ればバンブーエルフの里じゃない、自然の竹林であることを祈ったけど、残念ながら入ってすぐに、バンブーエルフの縄張りを示すトーテム*2に出くわした。
それは一見普通の竹に見えるけれど、その根元には靴が一揃い落ちている。そしてうっかり見上げると、そこには靴の持ち主の衣服や荷物一揃いと、そしてそれらの持ち主の骨が一揃い、竹に突き刺さって風にさらされていた。
恐ろしいことにこれは死体を竹に突き刺したものではなく、生きているうちに突き刺したのでもないらしい。あとでバンブーエルフがにこやかに教えてくれたところによれば、生きたままタケノコの上に「座らせて」拘束し、竹が伸びていくにしたがってゆっくりと尻から串刺しにされるそうだ。拷問と、処刑と、見せしめとを全自動でやってくれるという。
オッ蛮族ゥ、と心底ビビった。
エルフというのは大概はた迷惑な種族だけど、バンブーエルフは蛮族通り越して、ハルモールあたりじゃ害獣扱いしているくらいだ。
というのも連中が棲み処にしているこの竹林というのが問題で、特にエルフが好む
竹は成長が速くて、タケノコという芽が出て一日もあればあたしの背丈は越すし、ひと月ふた月もあれば見上げるほどの成竹になる。そして伸びるのが速いだけでなく、はびこるのも早い。地面の下で根っこがみんなつながっていて、それがあっちこっちに広がってはにょきにょき増えていくのだ。そうして広がると他の木々や草を追い払ってしまって、竹しかない竹林になる。動物たちも、まだ柔らかいタケノコくらいしか食べられないので、棲み付けない。
そんな生き物の棲めない魔の森を広げるのがバンブーエルフなのだ。
いくらでも生えるんだから何かに使えないかなって思っても、竹って言うのは繊維がとても強くて、うまくやらないと切るのも難しいらしい。人間の骨くらい硬いとか。そしてそんなに硬いけど、中は中空で、木材みたいに詰まってないから、使い道が難しい。
でもバンブーエルフは、この竹を道具にするし、そして竹を食べる*4。素手で折って、噛み砕いて食べる。つまり人間の骨くらい素手でへし折って、噛み砕ける。
あたしたちが麦を育てるべく畑を広げるように、バンブーエルフは竹林を広げる。時には竹の種をよそに持って行って殖やす。あたしたちが畑を開墾するよりもずっと早く、不毛の地に変えてしまう。悪魔か何かかな?
ハルモールでも昔、バンブーエルフがひそかに竹林を広げようとして、ひどい争いになったことがあるそうだ。何しろ人間の骨を素手で握りつぶして、噛み砕けもするようなやつらだから攻めあぐねて、結局火をかけて焼いてしまったそうだ。
昔話によくエルフの森が焼かれる話*5があるけど、大体はバンブーエルフの竹林を焼いた話が元だと思う。
そのような恐ろしい相手だから、おっかなびっくり馬を進めていたら、突然現れたバンブーエルフのパンダ・ライダーに遭遇するや悲鳴を上げてしまったほどだ。あとで騎士様に窘められたけど、仕方ないと思う。
バンブーエルフは、エルフの仲間だけあって、美しい顔をしている。耳は「笹穂の如く」長くて、目は細っこくて、髪はきらきらと淡い金色だ。ただ、以前見た森エルフがほっそりとした顔立ちだったのに比べて、少しがっしりとした顔立ちをしている。というのも、顎がよく発達しているからだろう。
彼らが乗ってきたパンダ*6というのは、大陸原産の生き物だそうで、バンブーエルフたちの畜獣だ。見た目はやや小柄ながら完全に熊で、でもなぜか色は白黒まだらという不思議な姿だ。絵に描いてみたけど、白いところと黒いところの割合が実際どうだったのか、描く度に怪しくなった。
露骨に肉食の顔をしているけど、こいつらももっぱら竹ばかり食うそうで、生き方を間違えてる気がする。というか家畜と主食が競合してるのはどうなんだろう。生き方間違えてる気がする。
突然現れたバンブーエルフに私は大いにビビり、騎士様も少し慌てたようだったけれど、バンブーエルフが意外にも温厚だった。あたしたちがやってきたことは、竹林に入ってきた時からわかっていたので、危ないものかどうかしばらく観察してから出てきたのだそうだ。
いったいどうやって、と思ったけど、その答えは頭上から降ってきた。そこには、二本の竹に足指で器用に掴まり見下ろしてくる別のバンブーエルフがいた。これは地面から生えているように見えて、実際は伐られて加工された竹材で、竹馬*7というそうだ。彼らは子供の頃からこの竹馬に親しみ、竹林を駆けまわって遊び、大人になれば、こうして巡回や斥候という役目をこなすのだとか。
もしあたしたちが怪しい奴だと思ったらどうしていたんだろう、というその答えは、実演してくれた。竹馬バンブーエルフはするすると降りて来るや、背中に背負った弓を取り、矢をつがえ、ひょうと放った。竹の乱立する竹林で、彼は百歩離れているだろう、それも細い竹に、見事に矢を
弓の腕もそうだけど、弓自体も恐ろしい威力だ。あとで見せてもらったけど、弓も矢も竹で出来ていた*8。鏃も、金属でも石でもなく、竹を鋭く削ったものでしかなかった。矢羽根は、これは、竹の葉だろうか。信じられない。
それにしても動物が殆ど棲まない竹林で彼らは弓を何に使うんだろう。いや、わかってるけど。
パンダ・ライダーと竹馬ライダーに連れられて彼らの村に案内されたが、全く驚くべき村だった。
そりゃそうだと言う外にないけど、建材はすべて竹。切って乾燥させた竹をそのまま、または割って都合の良い形に整えたものを組み合わせて小屋を作っているのだった。真二つに割って、節をくりぬき、交互に組み合わせたものを屋根や壁にすれば、水は通さず、しかし程よく空気は通す快適な家になるのだった。
しかしこれは、食べ物で家を作ってることになるんじゃなかろうか。なんだか不思議なので聞いてみたら、年嵩のバンブーエルフ(見た目じゃわからないけど)に笑われてしまった。よくわからないけど、バンブーエルフにはバンブーエルフ流の基準で、食べる竹と食べない竹がわかれているのかもしれない*9。
家の他にも、ありとあらゆるもの、例えば竹の形をそのままうまく利用した水筒や、かごなどの細々とした道具なども、すべてが竹由来だった。腰に下げた鉈*10のように見えたものまで竹製で、驚いた。なお驚いたのは、普通の布に見えた衣服はどこと交易したのだろうかと聞いてみたら、これも竹の繊維で作ったという。作り方は秘密だそうだけど、よくもまあ。
一番驚いたのは、騎士様がそっと教えてくれたことで、あたしが頂戴してありがたく使ってるこの紙も、笹紙といって竹の仲間から作られているということだった。わーお。わーお、だ。
驚きはなお続いた。
というかもうこの日一日は驚きが止まることがなかった。
せっかく来たんだし、飯でも食っていけよとお誘いを受けて、あたしはそりゃ無理だと思ったんだけど、騎士様が喜んでお受けしてしまった。おいおい。どうすんの。いくらあたしの胃袋が頑丈だとは言え、竹は、無理。
と思っていたけど、それはバンブーエルフもわかっていたみたいだ。客人用の料理があるんだって。正確には、竹料理の中でも、人族が食えるものを知っている、って感じだけど。
この時期はお前たちが食える料理が多いっていうから何かと思えば、タケノコ料理だった。タケノコは食べられるって言うのは、あたしも知ってる。あんまり味があるものでもないって印象だけど。初夏の間はタケノコがポコポコ生えてきて、朝早い内から掘ってやらないとあっという間に伸びて竹になってしまうから、この時期はノルマみたいにタケノコを掘っては、自分で食べたり、パンダの餌にしたり、交易としてお裾分けしたりするんだそうだ。
バンブーエルフって言えばとにかく竹林を広げようとする蛮族ってイメージだったけど、彼らはむしろ広がらないように管理してるみたいだった*11。
タケノコ料理とやらはシンプルなものが多くて、例えば、本当に掘りたての新鮮で若いものは、薄く切ってそのまま生でも食べられた。みずみずしくて、穂先の部分はとても柔らかい。味は、少しあくがあるかなという感じもあるけど、ほとんど水。香りのいい水。竹の香りって、清々しいんだ。
岩塩をがりがり削って少しかけてくれたけど、これはさすがに竹林では手に入らなくて、塩商人と交易しているらしい。
次にタケノコを湯がいてくれたけど、何と鍋も竹製*12だ。とても太い竹を、節のところで輪切りにして、二つに割って、これを鍋だという。水を張って、タケノコを切り分けたものを沈めて、塩を少し。これを火にかけるのだ。燃料は乾いた竹や笹で、竹炭なる炭も、炭焼き小屋で作っているらしい。
燃えちゃうんじゃないかと思ったけど、不思議と燃えない。燃えない竹を使ってるのかと思ったけど、これも燃えづらいだけで普通に火にかければ燃えちゃうらしい。でも水を張っておくと、燃えない。なんでだ。
湯がいてあく抜きしたタケノコは、あたしはこっちの方が好きだった。太いところも食べられて、しっかりした歯応えが嬉しい。甘みも、感じられる気がする。
でもまあ、どちらにしろ喜んで食うものか、という気はする。ある意味、お上品な味ではある。
騎士様は、お返しに我々の料理も見せようと言い出して、あたしは騎士様の言う通りに仕度した。バンブーエルフが水汲みに利用する川で、魚を何匹かつぶて獲り*13し、塩をして、さっきの竹鍋のように切った青竹の中に寝かせる。そして片割れの竹で蓋をして、端を紐で結んで、火にかけるのだ。
さっきと違って水を張ってないけど、青竹はもともと燃えづらいらしい。これをじっくりと、上下をひっくり返しながら焼いていく。表面真っ黒になったけど、大丈夫だろうか、という頃合いで紐を切って開いてみると、大丈夫だった。内側は全くこげもなく、ただ川魚だけが良い具合に蒸し焼きにされていた。
早速食べてみると、これが格別だった。ふっくらと蒸し焼きにされた魚と言うだけで美味しいのに、そこに青竹に清々しい香りが移って、単なる蒸し焼きを一段も二段も上の上等な料理に変えているのだ。底にたまった蒸し汁も、味が染み出て美味しい。
なんてあたしは感動してたのだけど、バンブーエルフたちは大爆笑だった。
「竹の香りって!」
「わざわざ竹の香りを移して魚食ってる!」
「竹食えないからな! 平原猿竹食えないからな! 可愛そうにな!」
そうね。そうなるね。手間暇かけなくても竹の香りなんて竹食えば済むバンブーエルフには関係なかった。
ただ、彼らも一緒に焼いた竹は気になったようで、こげた部分をこそいでかじりつき、面白そうにしていた。あたしからすれば竹の香りがする魚という料理だけど、連中からすると魚の香りがする竹っていう珍味なわけだ。しかしそれにしてもバキバキと音を立てる彼らの食事風景は全く恐ろしい。
その晩お世話になった竹製小屋の竹製ベッドと竹繊維毛布も、彼らからするとみんな美味しそうなんだろうか。不思議過ぎる。
こう説明するとバカバカしく思えるかもしれないが、この竹馬を利用した早期警戒戦術はエルフ戦争において高い効果を示しており、大隊規模の軍が竹林内に誘導され、包囲殲滅された実績がある。
また、同じくエルフ亜種であるミントエルフを真似て、先端に竹の種を詰めた矢を敵地に射て、遠隔から竹林を増やすという戦法が取られたこともあり、現在は侵襲的生物兵器として国際法で厳しく制限されている。