二二年 ゼン゠ゼンの月 十八日 濁曜日
小鬼と灰鬼人*1と言えば、大抵は女騎士と抱き合わせで物語*2に登場するものらしい。
っていうのは、村の男連中がひそひそと語り合った話によるところなんだけど、まあ、言わんとすることはわかる。なりはチビでも、あたしもそういう下卑た話くらいは耳にしてきたし、男どものくだらない妄想も生暖かく見守ってやろう。
でもそれが自分の主に降りかかる災難となると、さすがにちょっと笑っては済ませられない。
もちろん、こうして日記を書けていることからも、あたしたちが無事で済んだことはわかるだろうけど、その時は本当に死ぬかと思った。
心優しい鱗あるものたちの助けで湖を渡ったあたしたちは、サンゼン川――湖から上流はもう別の名前だったっけ、鱗あるものたちがコン゠コン・メル*3と呼ぶ川――をさらにさかのぼり、小鬼どものあとを辿ろうとした。
あたしは小鬼どもなんか関わらない方がいいと思ったけど、騎士様が楽しみにしていたのでそうも言えなかった。騎士様は少々小さいものに目がなさすぎるように思う。小さかろうと、小鬼は小鬼だろうに。
小鬼どもは頻繁に湖と森とを往復しているようで、獣道程度の道はできていて、足跡も多く見つけられた。
足跡を隠しもしないなんて、やっぱり小鬼どもは賢くないんだなと思って、無警戒に馬を進めたあたしたちは呆気なく罠に引っかかった。笑っちゃうくらい呆気なかった。
そろそろ日が暮れそうだし野宿できそうな場所を探そうかって言ってたら、突然道が沈んでぽっかり口を開け、あたしたちは馬ごと落下した。そして同時に、そこに仕掛けられていた網があたしたちを包み込み、宙づりにしてしまった。どうやら落とし穴に引っかかった間抜けの体重を利用してもう一つの罠が連動し、ここからは見えないけど重石か何かで網を持ち上げ、獲物を宙づりにしてしまう仕組みらしかった。
そして罠に獲物がかかったことを知らせるためなんだろう、網を吊るす縄にいくつも取り付けられた金属板がぶつかり合ってけたたましく音を立てる。驚いた馬たちが網の中で暴れて、音は一層ひどくなった。
少しして、小鬼どもがやってきた。
身の丈はちびのあたしと同じかそれより小さいくらい。肌は浅黒く、目はぎょろついて、身体は土や泥で薄汚く、衣服の代わりにそこらの枝や葉を体に縛り付けていた。何匹かが周囲を確かめるようにしてあたしたちを囲んだけど、もしかしたら周囲の茂みにもっといたかもしれない。
小鬼どもはみな変わった形の槍、あるいは弓のついていないクロスボウの先端にナイフを取り付けたようなものを持っていた。後から知ったけど、それは銃*4というものらしかった。騎士様はこれを見せてもらった後、大いにお笑いになられた。
小鬼どもはぶらんと間抜けにぶら下がったあたしたちを見つけて、少しの間何か話し合っていた。
それから交代で喋るようにして、あたしたちにいろいろ*5声をかけてきた。
それで、急にムン語で話しかけてきたのであたしは驚き、騎士様は下ろしてくれるように頼みこんだ。
小鬼どもは顔に似合わない丁寧な口調で、でも有無を言わさず、まずあたしたちがどこの誰で、どんな目的でやってきたのかを訪ねてきた。
騎士様はいつものように名を名乗り、お役目を告げ、それから、鱗あるものたちに世話になって、小鬼どもの棲む土地があると聞いたので訪ねて来たと仰った。
小鬼は多分困惑した。
「やんごとなき方の忍ぶるは故あってのこととお察しし、詳しきことはお尋ね申し上げぬれど、尊きお方がなんぞ小鬼めの巣穴をお覗き給うか?」
「半ばは趣味にて」
「趣味」
「また半ばは無聊の慰めに」
「は」
「一分か一厘ほどに貴族の務めにて」
ひとりの小鬼が噴き出すと、こらえきれず他の小鬼たちも笑い出し、あたしたちは下ろしてもらえた。
小鬼たちに連れられて進むと、山肌にぽっかりと洞窟が開いていた。そして中に入って少し歩くと、重厚な銀灰色の金属の扉*6が鎮座していた。小鬼が穴倉に棲むというのは本当だったらしい。
扉は、チビの小鬼どもが引くと軋むこともなくするすると簡単に開いて、閉まる時も全く静かだったから、ちらと振り向いていつの間にか閉じ込められたことに気づいて慌てたものだ。
扉の中は正確に四角く掘り抜かれた通路になっていて、そのところどころにぽつんぽつんと不思議な光る石がともっていた。小鬼どもがタウブ*7と呼ぶ工芸品だった。はじめ、月明かりのように乏しかったそれは、「昼歩く方々には暗かろう」という言葉のすぐ後に、まるで昼間のような明るさで通路を照らした。
通路は小鬼どもが使うにしてはずいぶんと広く、天井も高かったけど、理由は後ですぐに分かった。
わずかに下る傾斜のある通路をしばらく歩いて、また金属の扉を抜けた先には、町があった。
町!
あたしがどれだけ間抜けな顔をしていたかというのは、ここには書き残さないでおくけど、でもあたしでなくたってどんな人でもその景色は驚いたことだろう。
いままで歩いてきた通路をもっと広く、高くしたような通路が、大通りのようにまっすぐに走っていて、規則的に決まった感覚で作られた横道が、それを区切っていた。
地下の町の天井を支える柱であり壁である建物は、みんな外も内もあのタウブが灯されていた。窓は大きくて、薄くて、信じられないくらい透明なガラス*8でできていた。金属の枠に収まっていて、それを引き戸のようにずらして開け閉めさえできた。
建物――っていうよりは通路に沿っていくつも続いた部屋――はみんな同じような造り、同じような間取りで、それぞれの住人が、自分の好きなように合わせて飾り付けたりしているようだった。
町のタウブはみな、月明かりのようにおだやかなもので、あたしたちを連れてきた小鬼の一人が、出入り口すぐ横の番小屋から、手で持てるくらい小さな箱型のタウブを持ってきて貸してくれた。
あたしたち異邦人は小鬼どもに囲まれて大通りを速やかに進んでいったけれど、町中は静かなものだった。時折住人が顔を出して見つめてくるけど、騒ぎ立てはしない。
町の住人は、小鬼たちばかりでなく、灰鬼人の姿もあった。人間によく似ているけど、肌は病んだような灰色で、鼻は低く、目は落ちくぼみ、顎は張りだして、唇にかかるようにかすかに牙がのぞいていた。
そして意外なことに、この醜い蛮族たちは、簡素だけど清潔な服に身を包んでいた。うちの村の連中より身ぎれいかもしれない(後から知ったけど、最初の小鬼どもがまるで蛮族みたいな恰好をしていたのは、外で狩りをするときに森に紛れるための「迷彩」というものらしかった)。
それに、地下で、こんなに人々がひしめいているのに、全然臭くない。息もつまらない。これがまた不思議だった。
この日は、連中が「役所」と呼ぶ他より大きな建物に案内され、馬たちは厩舎に、あたしたちは部屋を貸してもらえた。部屋は二人でひとつだったけど、それでも十分に広く、快適だった。ふかふかのベッドが二つ。壁にはクローゼット。小さな扉付きの物入れ。そして二つある内扉のうち、一つは
詳しくは明日書く。
今のあたしは疲れてて、驚きすぎてて、無理。
筆者は銃器の歴史に詳しくはないが、ムン王国において薬莢が登場したのは十九世紀頃。原始的な先込め式の火縄銃でさえ、当時はまだ実験的なものであったとされる。
国際ゴブリン互助会は、この件を含めて複数の案件に関して沈黙を貫いている。
ゴブリンは交渉のために最低三つ程度は外国語を覚えているとされ、今日の大使も通訳なしで多国語を操る。