Perspective   作:広田シヘイ

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第三話『提督拘束委員会・前編』

 

 

 

 

 

 

 それは──提督を拘束する(ため)の委員会なんだろうさ、と長門(ながと)は言った。

 

 彼女の吐き出した紫煙(しえん)が風に揺られて霧散する。僕は首筋を伝う汗の感触が(ひど)く不快に思えて、手の甲で押し付けるようにしてそれを(ぬぐ)った。

 長門のその回答は簡潔()正鵠(せいこく)()たものだったのだが、それでも僕は諦められない胸の内を抑え切れずに──まるで駄々(だだ)()ねるように──彼女に言った。

「で、でもさ、僕は拘束をされるような悪いことをした覚えはないし、大体(だいたい)皆はそんな権限を持ってる訳じゃないじゃない。何だってそんな、拘束なんて物騒なことになるんだよ。警務隊じゃないんだからさ」

「私に言われてもな。まだ着任して三日目だぞ。そんなことはこちらが聞きたい」

 冷静に切り返す長門の目に、お前は今まで何を見て来たんだという圧を感じる。

 まあ、得意の被害妄想なのだろうが。

 僕が吐き出した煙は、長門のそれとは違い下方で薄く滞留(たいりゅう)した。

 

 ここは鎮守府の片隅にある喫煙所だ。東屋(あずまや)である。

 

 敷地の(はし)に設置されたこの喫煙所は利便性が悪いことこの上ないが、代償に手に入れた俗世からの隔絶感は何物にも代え難い。虫の音が心地好い距離感で聴こえている。

 梅雨が明け本格的な夏を迎えたとは言え今日は過ごし(やす)い気温だし、これで僕が何も問題を抱えていなかったら(さぞ)かし穏やかな(ひる)()(なか)と言えるだろう。

 長門は大きく息を()いた。

「しかしまあ、艦隊の者達と一通り挨拶を交わした印象ではそんな怪訝(おか)しな奴等ではなかったような気がするけどな。拘束というのも一種の冗談じゃないか。そもそも提督は艦隊と上手くやっているのだろう?」

「ううん、やってる──」

 

 と思うよ。

 

「やってないのか」

「そりゃ断言は出来ないさ。僕が一方的に上手くやってると思ってても、彼女達の中には(うかが)い知れない不満や何かがあるかもしれないからね。それは判らないだろ。勿論(もちろん)僕は僕なりに最善を尽くしてるつもりではあるんだけどさ──って熱っ!」

 焼け落ちた煙草(たばこ)の灰が露出していた足首に精密爆撃を敢行した。僕は叩くように足首を払って灰皿に煙草を押し付ける。情けない八つ当たりだと思う。

「だとしたら思い悩むのはもう無駄なことなんじゃないのか。提督が人事を尽くしたのであれば後は天命を待つしかない。というか、私は一層(いっそう)のこと聞いてしまえば良いと思うのだが」

「聞くって、誰に」

「鈴谷から聞いたのだろう」

「何を」

「だからその『提督拘束委員会』とは何か、ということをだよ」

 長門は(わず)かに眉尻を下げて困ったように言った。

 それが出来たら何も難しいことはない。それが出来ないから着任したての長門を頼り、こうして話を聞いてもらっている訳で。

 僕はああ、と意味のない音を発して東屋の低い天井を見上げた。

 煙の残滓(ざんし)が渦巻くように漂っていた。

 

 

 ──提督拘束委員会。

 

 

 そんな穏やかではない組織の名を初めて耳にしたのは、つい先日のことだ。

 提督拘束委員会って知ってると、そう僕に問い掛けたのは鈴谷だった。秘書艦代理を自称しつつ何一つとして秘書らしいことをしない彼女に(そそのか)されて──まあ正確には自ら進んで堕落の道を歩んだ部分もあるのだけれど──愚かにも執務を盛大に放棄していた時のことだった。

 鈴谷がその組織の名を口にしたことにどのような意図があったかは判らない。もしかしたら意図などなかったのかもしれない。ただ僕はその時、鈴谷に組織の実態を深く聞くことはしなかったのである。

 

 正直(あま)り深刻な事態とは(とら)えていなかったし、鈴谷と執務をサボっていたことは翔鶴にバレていたから、そちらの対応に気を取られていたことも確かだった。結局、拘束とは何だとその語句(ワード)の不穏な響きに明確な違和感を覚えたのは、その日の夜のベッドの中だ。

 拘束の他にも監禁という言葉を耳にした気がしたが、それは流石(さすが)に聞き違いだろうと言い聞かせつつも、不安に駆られて眠れなかったのを憶えている。

 

 僕はこの鎮守府の司令官である。

 

 正式には軍人ではないし、艦隊を(あず)かる者としての資質を果たして持っているのかと問われると、そこに疑問符が付いてしまうことも重々承知しているのだけれど、事実この艦隊は僕の命令なしに動くことはない。訓練の内容から装備品の持ち出し、休暇の申請から外出許可に至るまで、(あら)ゆる行動に僕の許可が要る。

 普段、バカだのクズだのクソ提督だのと(ののし)られようが、将又(はたまた)理不尽に爆撃されようが──こう列挙してみるとその自信は揺らぐのだが、一つの集団として見た時にこの艦隊の秩序は十分に保たれているのである。

 

 しかし、その──拘束となると。

 叛乱じゃん。

 ただの。

 

 彼女達は良い意味でも悪い意味でも思い切りが良いということは身に()みて解っているから、余計に冗談と笑い飛ばすことが出来ない。本当にやりそうだもの。

「──今更聞けないよ。怖いしさ」

「情けない男だな」

「何とでも言ってくれ」

 そんなことは僕が一番解っている。

「僕だってね、着任したばかりの艦娘の前では恰好良く──威厳があるようにしていたいさ。着任した鎮守府の司令官がこんなんじゃ先行きが不安で仕方ないもんね。まあ、いずれ化けの皮は()がれ落ちる運命にある訳だけど」

 どうせ僕なんてこんなもんさ、と項垂(うなだ)れて言った。

「どうした今度は卑屈になって。全く面倒な奴だ」

 そう言って長門は笑う。

「まあそうだな。慰める訳ではないが、提督は嫌われている訳でも信頼されていない訳でもないと思うぞ。(むし)ろ好意的な者が多いんじゃないか。これも私の印象でしかないが」

「だったら余計おかしいじゃないか」

 

 拘束なんて。

 

「だから多分、そういうことではないんだよ」

「そういうこと?」

「提督を排除しようとか、指揮権を奪取しようとか、そういう(たぐ)いのものではないと言っているんだ」

「だとしたらそれは──」

「その先を言うつもりはない。全部私の憶測に過ぎないしな。それに多分、近々判るさ。とにかく艦隊を信じることだ」

 長門は煙草を消した。

「私はもう行くよ。提督も戻ったらどうだ。休憩時間もそろそろ終わるのだろう?」

 

 時計を見る。午後の課業開始まで十分を切っていた。ここから執務室に戻るまで五分は掛かる。()に落ちない感情を抱えながらも僕は立ち上がった。

「ああ、もうこんな時間か。そうだね、僕も行かないと。まあ、何だか納得は出来ないけど()()えず有難う。話を聞いてもらって多少は楽になったよ。長門が居てくれて良かった」

「ああ、気にすることはない」

 

 僕は庁舎に向け数歩歩き出したところで足を止め、やおら振り返った。

「ねえ、長門もそのうち拘束委員会とやらに入るのかい?」

 長門は(しば)しの間考えた後に、

「どうだろうな」

 と言って、不敵に笑った。

 

 

            ※

 

 

 昼休憩もあと数分で終わろうかという鎮守府庁舎内は独特の静寂に包まれていた。

 午後の訓練や演習の予定が入っている者達は(すで)に桟橋の方で待機しているだろうから、庁舎の中に残っている艦娘は少ない。屋内は静かだが、屋外からは慌ただしい様子が(かす)かに伝わって来る。そういう半端な時間なのだ。

 一方、僕は執務室のドアの前で立ち尽くしていた。

 何故だか入ってはいけないような気がして、ドアノブに手を伸ばして引っ込めて、という動作を二回繰り返している。虫の知らせという奴だろうか。

 

 午後の課業開始のラッパが鳴るまで待とう──そう決心したのも(つか)()、何処から現れたのか僕の背後を島風(しまかぜ)が駆け抜けて行った。

「提督おっそーい!」

「はい廊下は走らなーい」

 と学校の先生みたいなことを言って振り返った。

 島風も立ち止まったようで、階段の手摺(てすり)に寄り掛かってこちらを見ている。

「全くもう、島風は確か──午後は砲撃訓練だったろ? こんな(ところ)に居て大丈夫なの?」

「島風は速いから大丈夫です! 提督は遅いけど。にひひ」

「あのさ、さっきから遅い遅いって言うけど、僕は止まってる状態なんだから速いも遅いもないでしょうよ」

「提督全然解ってなーい。島風はそんな意味で言ってる訳じゃないのに」

「そういう意味じゃない? それじゃ僕の何が遅いっていうのさ」

 そう問い掛けると島風は微笑んで、

「──気付くのが」

 と言い残し、あっという間に居なくなってしまった。

 

 気付くのが、遅い──。

 

 島風の去った廊下はがらんとしていて、掻き乱された僕の心にとってその空間は()わりの悪いものになってしまった。彼女の言葉を振り切るように、僕は頭を二三度振って執務室のドアを開ける。

 中に入ると大淀、翔鶴、瑞鶴の三人が僕を一瞥(いちべつ)してすぐに目を逸らした。三人はそれぞれ妙な雰囲気で、違和感もたっぷりにお帰りなさいと言う。

「──ただいま」

「何処行ってたの?」

「うん? ああいや、ちょっと」

 瑞鶴はそう、とだけ(こた)えた。会話はそれ以上続かなかった。

 

 ──何だこの余所余所(よそよそ)しさに満ちた空間は。

 

 ちらちらと僕を窺う三人の視線に耐えられず、自分の席に着いて窓の外に目を向ける。何かあると思わずにはいられない状況だった。嫌な予感しかない。

 無言のまま数分が経過し、午後の課業開始のラッパが鳴り響くや否や、大淀が執務机の前に立った。書類を留めたクリップボードを抱えている。

 そおら来たぞ、と僕は身構えた。

「提督、大切なお話がありまして──」

「な、何のかな」

「少々長くなってしまうのですが──お時間頂いても(よろ)しいですか?」

「宜しいですよ」

 僕の声は上擦(うわず)っている。

 僕が引き()りながらも微笑んでみせると、大淀は自然に笑みを返した。後ろでは五航戦の二人も和やかな顔をしているが、瑞鶴の笑みは何処かぎこちない。

 不器用である。

「有難う御座います。あの、提督にお伝えしたいのは、その──ある組織で決議された事柄についてのお話なんですけど」

 ある組織の、決議のお話──。

 鈍感で愚鈍な僕でも、何の話かはすぐに解った。

「急に内容を言われても理解し難いと思うので、まずはそれに至った経緯からお話しさせて頂きますね。提督にとっては迂遠(うえん)に感じられるかもしれませんが御了承下さい」

 それで良いですよね、と大淀は聞いた。

 この段階に及んで僕に選択肢などある訳がない。

 

 

 ある組織とはあの組織のことに違いないし。

 その組織で決議される事柄など(ろく)でもないものに違いない。

 島風の言う通り僕は気付くのが遅過ぎたのだろうし。

 長門の言う「近々」とはこんなに「近々」なのかとも思う。

 

 

 大淀から(うなず)くという選択肢を一つだけ有難くも頂戴している僕は、その選択肢に沿って絡繰(からくり)人形みたいに頷いた。

 うん、いいよだって。小学生みたいな感じで。

 よくないよ全然。諦めてるだけなんだから。

 すると大淀は再び微笑んで、有難う御座いますと言って頭を下げた。

 咳払いを一つする。

 

「そうですね、今になって思い返してみると──」

 別に最初から目的があった訳ではないんですよと、大淀の話はそんな言い訳めいた言葉から始まった。

「元々は、提督の情報共有の場だったんです」

「情報共有?」

 鈴谷もそんなことを言っていたかもしれない。

「そうです。提督は着任された当時のことを憶えていらっしゃいますか?」

 僕は腕を組んだ。

「いや、まあ──細かくは憶えてないかもしれないけど」

「あの頃は、艦隊の皆さんも何処か余所余所しい態度だったのではありませんか?」

 大淀の背後から翔鶴が言った。

「まあそう、だね。皆とも会ったばかりだったし」

「ええ。それでも私達艦娘は、提督がどのような方なのかとても興味を持っていたんですよ」

「それは解るよ」

 自分の生命を預けることになる上官なのだから、その感覚は当然だと思う。

「あの時の秘書艦は私、大淀の一人でしたから、必然的に皆さんが私の周りに集まるようになってしまって」

「ああ、なる程ね。提督はどういう人なのってことか」

 そうですと言って大淀は首肯(うなず)く。

「初めは明石とか足柄(あしがら)さんとか(かすみ)ちゃんとか──いつもの方々と日常会話として提督の話題をしているという感じだった(はず)なんですけど、やがて一人増えそしてまた一人増えと、そのうち談話室にも入りきらないような人数が集まるまでになったんです」

 女子ってそういうの好きじゃん、と瑞鶴が言った。

「ううん。いや、まだ解るよ」

 

 まだ、ね。

 

「結果的に世間話から始まったそれは組織化せざるを得ない状況になってしまい、その集会は『艦娘会議』と呼称されるに至って、火曜日と金曜日の週二日、課業終了後一九(ヒトキュー)◯◯(マルマル)から二◯(フタマル)三◯(サンマル)までの一時間半という日程で開催されるようになりました」

 週二日の集会で。僕の話を。

「──知らなかった」

「提督さんにはバレないようにやってたからね」

 言ってくれても良かったじゃないかと口を()きかけたが、考えてみるとそんなものは報告されたところでどうしようもない。アンタの話で私達は面白可笑(おか)しく盛り上がりますからと言われても、ハイそうですかとはならないだろう。絶対気になる。

「何処でやってたの」

大抵(たいてい)は下の第二会議室で」

「会議室って──鍵は?」

「私が持ってますから」

 大淀は手品みたいに何処からか保管庫の鍵を取り出した。

 執務室に居た僕達四人は、それを見て何故か笑った。

 

 何が(あら)ゆる行動に僕の許可が要る、だ。

 全然要らないじゃないか。

 

 大淀は鍵を握ってその手を背後に回した。

「私達は学校に通った経験がないので部活動やサークル活動のことは判らないのですけど、今になって思えばそういうことだったのかな、という気がします」

 楽しかったですよね、と言って大淀は振り返った。

 翔鶴はそうですねと答えて、瑞鶴は楽しかった楽しかったと笑う。

「ああそうかい。そいつぁすげえや」

 一方僕は投げ()りである。

「──まあ、楽しんでくれるのは大いに結構なんだけどさ。でも、それっていつ頃の話?」

「ええと、ちょうど去年の今頃だったと思います」

「そうね。『艦娘会議』が全盛だったのは赤城さんが着任される直前くらいだった筈だから──その頃の話で間違いないわ。そうよね、瑞鶴」

「そうだったかも。そっか、着任したばかりだったから『艦娘評議会』の議長に推されて困ってたんだ、赤城さん」

「何か新しい名前が聴こえたなあ」

 

 これも鈴谷が言っていたか。

 

「提督『艦娘評議会』のことですね。知りたいです? 知りたいですよね、この先も」

 目を輝かせながら、やけに張り切って大淀は言った。知りたいというか知りたくないというか──複雑な心境である。

 ああ大淀の奴、今二回も眼鏡上げ直したよ。

 畜生、可愛いな。

「──聞かせてくれるかい?」

 そう言うと大淀は、はいと快活に返事をした。依然として僕に他の選択肢がない状態とは言え乗り掛かった船だ。ここで半端に止めるのも気分的に収まりが悪い。

「その前にまず、これは『艦娘会議』の大きな特徴の一つなのですが──それは私を唯一の情報源としていた、というところにあるんです。その頃はまだ、秘書艦は大淀一人でしたから」

 大淀の視線が一瞬だけ鋭くなった。

 僕は自然と目を逸らす。

「しかし、その頃になると皆さん提督と大分打ち解けていましたから、私だけから情報を得る『艦娘会議』の重要性は一時期に比べて薄れていたんです。それと同時に二航戦のお二人、飛龍(ひりゅう)さんと蒼龍(そうりゅう)さん、そして赤城さんが立て続けに着任されたことによって、訓練内容が刷新(さっしん)されたのもこの時期です」

「そうか、航空戦隊が一気に増えたもんなあ」

 航空戦力を主体とした艦隊編成になったのもこの時期だ。

「その影響で従来の日程、時間割では『艦娘会議』に出席出来ない方々も増えて来たんです。そういった諸々の事情が重なったこともあって、時間の合う、または提督に対する思想の合う艦娘同士でそれぞれの組織を新設してはどうかと──そういう話になりまして。結果的に『艦娘会議』はその役目を終えて、その後大まかに三つの組織に分かれることになります」

 

 分派──。

 というか、提督に対する思想って何だ。

 

 大淀は指を一本立てる。

「一つは『艦娘連盟』。これは『艦娘会議』の正統的な後継組織と考えて頂いて結構です。初代事務長は──と言っても結局お一人だけで終わってしまったのですけど、古鷹(ふるたか)さんでした」

「古鷹ねえ。いや、まあ解らないこともないよ」

 余り自分から前面に出る性格ではないが、古鷹型の長女ということもあるのか姉妹や艦隊の面倒見は良い。周囲から推薦されて断り切れない、などという状況も容易に想像が付く。

 

 大淀は二本目の指を立てた。

「そして次が『艦娘評議会』です。先程申し上げた通り、議長は赤城さんです」

 ちょっと質問いいかなと言って、僕は大淀の話を(さえぎ)る。

「その『艦娘評議会』と『艦娘連盟』ってのは、思想的にどういう違いがあるの?」

「思想的にはそうですね──『艦娘評議会』は提督と積極的な意思疎通(コミュニケーション)(はか)りつつ、それと同時に提督の身の安全を確保することによってより良い鎮守府を実現して行くと──そんな感じでしょうか。『艦娘連盟』はそれよりも消極的な姿勢で、提督を陰からお守りするという立場ですね」

「ほう。ああそう──思ったより悪くない」

 というか、それだけ聞けば全く健全な組織である。

「そして次が三つ目なんですけど──あの──」

 

 大淀は上目遣いで僕をちらと見て口籠(くちごも)った。

 今までの饒舌(じょうぜつ)な様子が嘘のようだ。

 

「うん? どうしたの」

「いえ、な、何でもないです。三つ目は、提督──連合です」

「え、何て?」

「ですからその、提督──きん連合です」

「聴こえないって。何、ばんきん?」

「提督さん、板金連合なんて明石と夕張(ゆうばり)しか入らないじゃない」

「だってそう聴こえたんだもの。大淀はっきり言いなさいって。らしくない」

 そう言うと大淀はクリップボードで顔半分を隠して、再び僕を上目で見た。その背後では五航戦の二人が小声で「頑張って」と大淀に声を掛けている。

 何だか僕が責めているみたいな感じはやめて欲しい。

 大淀はその声援に振り返って応えた後、すみません、ちゃんと言いますねと言って姿勢を正した。

 

「その──三つ目は『提督監禁連合』です」

 

「出たな、おい」

 嫌な予感は見事的中である。

「な、名前は気になさらないで下さいッ」

「それは無理だよ! その二文字を聞き流せる人なんてこの世の中に居るのかッ?」

 僕は数日前の自分を棚に上げた。

「提督は名称ばかりに気を取られていると思います。落ち着いて大淀さんの話を聞いて下さい!」

「落ち着いて聞いてられるかい! だってやることは多分その名の通りのことだろ!」

「ご、誤解ですッ。確かに監禁という言葉には驚かれるかもしれませんが、目的は()くまでも提督の御身の保護なんです。その──監禁するのと同じくらいに、その、提督を、外敵からお守りしようと。そ、そういう意志の表れなんです!」

 

 苦しい。それは苦しいよ大淀。

 こんなに(もが)きながら言葉を(つむ)ぐ大淀は初めて見たかもしれない。

 

「提督さんはさっきから細かいこと気にし過ぎだよッ。大淀の言った通り悪いことをしようって訳じゃないんだから。いいじゃない別に、名前なんて」

 秘書艦三人の必死な擁護に僕は違和感を覚えた。

 これは、もしかすると。

「あのさ──参考までに聞いておきたいんだけど、ここに居る秘書艦の方々は果たしてどの組織に所属していたんでしょうか」

「そ、それは──」

 執務室内の空気が止まったのを確かに感じた。しかし僕はそれを無視して続ける。

「艦娘連盟?」

 三人は僕を見つめている。

「じゃあ艦娘評議会」

 反応はない。

 

「──もしかして、提督監禁連合」

 

 彼女達は一斉に顔を(そむ)けた。

「さては監禁連合だなお前らッ」

「提督さんいい加減にしてよッ。プライバシーの侵害だよ!」

「何がプライバシーの侵害だッ。一番ヤバそうなところに集まりやがって。大体僕のプライバシーは何処に行ったんだ!」

 名称から推察するに、その組織では僕に人権などという結構なものはない。

「提督、その監禁連合は現在解体されているんです。大事なのは同じような組織が三つに分かれていたということであって、それぞれの主義主張は()して重要ではありません!」

「ちょっと待てッ。その巫山戯(ふざけ)た組織の指導者(リーダー)だけでも教えろ!」

瑣末(さまつ)です! もうそれはそれは瑣末です! そんな瑣末なことはないです! ですから次行きますよ。いいですか次行っちゃいますよ置いて行っちゃいますよ!」

 ああ押し切った。

 僕は顔を(しか)めながらも、大淀の力技に負けて椅子の()(もた)れに身体を預けた。その様子を見た大淀は安堵したようで、ふうと息を吐いて一度咳払いをする。

 

 まあ、これ以上の追及はどちらにせよ無意味だ。答えは無事解ったし。首謀は大淀に違いない。

 

「──話は変わりますが、私達の母艦『あきつしま』が進水してから、早いもので一ヶ月が経ちました」

 この切り替えは見事である。

「本当に変わったね。まあ、確かに早いよ。もう一ヶ月になるか」

「提督はあの日、国防省の方とお会いになってますよね──私達に黙って」

 大淀は何故か、少し淋しそうな目をしている。

「うん、まあ会ったけど」

「どのようなお話があったのですか」

「どのような話って、それは」

 

 

 ──貴様を殺すと、彼女達はどうする。

 

 

 あの時の、男の声が聴こえたような気がした。

 記憶を振り払うように小さく頭を振った。

「いや、それこそ瑣末なことさ。会話の内容も憶えてないくらい」

「提督、私達は全部知っているんですよ。妖精さんからすべて──伺っています」

 大淀は静かに言った。

 あの時、シャツの胸ポケットに収まっていた魔女っ子の妖精の顔が浮かぶ。

 翔鶴と瑞鶴も、僕をじっと見つめていた。視線が痛い。

「国防省内部には、提督の存在を心良く思っていない勢力があるそうですね」

「──バレてるんだ」

「バレています」

「全部?」

「全部です」

 

 そう、と言って視線を窓の外に移す。

 

 黙っていたのは皆に言うことではないと思っていたからだ。国防省内部でどのような政治的策謀が(うごめ)いていようと、海という戦場で実際に深海棲艦と対峙(たいじ)する彼女達には関係のない話だ。

 いや、関係のない話にしておかなければならない。

 僕にはその問題を解決する政治力も術策(じゅっさく)(ろう)する才気もないが、それこそ、そんなことは関係ないのだ。これは僕の問題だ。彼女達を巻き込む訳にはいかない。

 そう、思っていたのだが。

 

 何だか力が抜けてしまった。僕のような()っぽけな人間が虚勢を張ったところで彼女達には(かな)わないのだ。お釈迦様の(てのひら)で踊らされていた孫悟空のような心境である。

「いや、確かにそう聞いたよ。僕のことを邪魔に思う人達も居るって。でも皆に無用な心配を掛けることはしたくなかったしさ。それにこれはその国防省の人も言ってたことだけど、多分今すぐにどうこうっていう話じゃないんだよ。皮肉な話だけど、この世界に深海棲艦の脅威があるうちは何が起こるって訳でもないと思うな」

「提督、その考えは楽観的に過ぎます。特に私達は──常に万が一の事態に備えるのが仕事ですから」

「それは確かに、そうかもしれないけど」

 大淀は小さく一歩前に出た。

「そこで私達は、国防省情報部の人間が提督にそのような脅迫とも取れる発言をしたという事態を受けて、現在の体制では提督をお守りすることが出来ないと判断するに至りました。先述の通り三つに分かれていた組織を統合し、そして新設されたのが──」

 

 ──提督拘束委員会です。

 

「拘束、委員会」

 漸く繋がった。

 僕がこの数日間不安に(さいな)まれていた組織が設置されたそもそもの経緯は、僕の身の安全の確保が目的だったようだ。多少歪んだ部分はあるものの、その思いは素直に嬉しいし心配を掛けて申し訳ないとも思う。

 加えて三日前に長門が着任し、鎮守府に在籍している艦娘は一三◯名を超えた。これだけの大所帯であれば任務や訓練だけではなく、日常生活の面でも様々な規則(ルール)を整備していく必要も当然あるだろう。

 それは解る。

 だから艦娘同士での議論や評決などは大いにやってくれて結構だ。

 結構なのだが。

 やはり、どうにも腑に落ちない箇所がある。

 

 その──拘束、とは何だ。

 

「──長くなってしまいましたね。冒頭でお話しさせて頂いたある組織というのが、この『提督拘束委員会』です。ここに至るまでの大まかな流れについては御理解頂けました?」

「まあ、理解したと言えばしたけどさ。あのね、正直(いま)だに解らないのが、その、名前何とかならないかな。ほら、拘束なんて言われると怖いじゃん? そりゃ勿論(もちろん)僕のことを考えてくれてるのは嬉しいよ。だから例えば──『提督を守ろうの会』とか『鎮守府の未来を考えようの会』とか何でもいいじゃん。だってまさか、本当に拘束する訳じゃないもんね──ねっ?」

 怯え過ぎて由良(ゆら)みたいな口調になった僕を、大淀は一瞬見下ろしたような気がした。

「お答えします。(まさ)にここからが本題です。拘束委員会によって採択された決議のうち、提督に直接関係のある──そして最も重要な事項をお伝えします」

 大淀は持っていたクリップボードに視線を移した。

 彼女の眼鏡が、執務室に射し込む光線を鋭く反射する。

「提督拘束委員会決議二◯三──」

 

 

 ──一、提督は鎮守府の内外、(また)は勤務時間の内外に(かかわ)らず、常時艦娘の護衛(以下「護衛艦」と()う)を一名以上帯同させなければならない。

 

 

 ──二、提督が護衛艦の警護を拒否、又は警護の妨害と()()される行為に及んだ場合、当該護衛艦はその実力を(もっ)て提督を拘束することが出来る。

 

 

 艦娘の護衛を、常時。

 拒否した場合は、拘束──。

 

 やはり、本当に拘束するつもりじゃないか。

 

「ち、ちょっと待って」

「ここで言う常時とは入浴時、または私室での就寝時なども当然含みます」

「正気かって!」

「正気ですッ。これは提督の安全を確保する為に必要なことなんです。委員会決議には提督と(いえど)も従わなければいけません!」

「何を根拠にした正当性なんだそれはッ」

「提督さん、もう諦めてよ決まったことなんだから!」

煩瑣(うるさ)いッ。何で風呂場や私室にまで護衛が必要なんだよ! それだと僕は一体いつ一人になれるんだ。僕の身を案じてくれるなら安全だけでなく一人の時間も確保してくれ! 是が非でもなッ」

 僕等が怒鳴り合っている中で、翔鶴は音もなくすっと立ち上がった。

 その目許は前髪の影になって薄暗い。

「提督、余り駄々を捏ねられますと──拘束しますよ?」

 そう言って翔鶴は微笑んだ。

 その微笑はこの世のものとは思えない程に綺麗で、妖艶で、同時に、この世のものとは思えない程に──。

 

 ──邪悪だった。

 

 僕は反射的に立ち上がった。

 秘書艦達の動静に細心の注意を払いつつ、執務机を回り込んで後退(あとじさ)りながら慎重にドアに向かう。彼女達は、そんな僕を見ているだけで止めようとはしなかった。

「ぼ、僕は逃げるぞ。逃げるんだからな。な、何だよ、止めないのか」

「提督は逃げられると思っているんですか?」

 ──そんなことは、思ってない。

 思ってる訳がない。

 僕が(いく)ら抵抗しようと彼女達には敵わないのだろう。

 だけど、それでも僕は──やっぱり。

 

「諦めたくないッ」

 

 

 そして僕は走り出した。

 把手を引き千切らんばかりに引っ張りドアを開け、階段がその意味を成さない程の跳躍で段差を飛ばした。

 無我夢中だった。

 世界はコマ送りのように断片的に過ぎて行く。

 先行する意識に肉体が追い付かず、空転する脚部と共に()けつ(まろ)びつ庁舎の外に出ると、ビニール袋片手に半帽のヘルメットを被った北上(きたかみ)が目に入った。

 その背後には、原付バイクが停まっていた。

「あー提督だー。どしたのさ、慌てちゃって」

「北上、細かい説明は後だ! バイク貸してくれ!」

「あいよー」

 擦れ違いざまにトスされた鍵とヘルメットを受け取りバイクに(またが)る。鍵を回すのと同時にキックレバーを思い切り踏み下ろしエンジンを始動させた。大きさの合わないヘルメットは頭に乗せたまま、スロットルを全開にして走り出す。発進直後の旋回中、サイドミラーに零式艦戦五二型の機影が映った。

 

 全身に悪寒のような震えが走る。

 

 僕は恐怖と絶望と混乱を吐き出すように解読不能の悲鳴を上げていた。間もなく正門に辿(たど)り着こうというところで、僕を追跡していた五二型は機銃を一斉掃射した。

 連続する轟音と共に後輪が破裂して平衡(バランス)が崩れる。

 暴れるハンドルを制御出来ず、転倒したバイクを放棄して僕は再び走り出した。

 

 その時。

 

 正門の中央に人影が見えた。

 後ろ手を組んで立っている。

 人影はやがて(おもむろ)に振り返った。

 それは──綾波(あやなみ)だった。

「あ、綾波、そこを退()いてくれッ、僕はッ、僕はその先に行かなくちゃいけないんだよ!」

 

 すると綾波は微笑してこちらに駆け出した。

 間もなく交差しようというところで、綾波は跳んだ。

 僕の進路を妨害するように、少女のか細い腕が目前に迫る。

 彼女が伸ばした右腕の到達予測地点は──僕の首許だった。

 ああ、これはラリアットだなと気付いた時には、既に何もかもが遅かった。

 綾波のラリアットが、僕の頸部(けいぶ)を直撃する。

 僕は多分、ぐうえ──と()いた。

 

 喉仏を支点に中空を舞う。

 世界が明滅し暗転する直前には。

 

 

 やーりまーしたーという、綾波の無邪気な声が聴こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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