ポケットモンスター Let’s Go! ピッピ 作:ディヴァ子
「遂にこの時が来た……!」
眼前に鎮座する
Nintendo Switch発売から早数年。親も友達もいない天涯孤独な私が手に入れるには大きな壁だった。成人しているとは言え、安アパートの独り暮らしにはきっついよ、五万円は……。
だがしかし、私は勝ち取った。毎月毎月圧し掛かる出費に頭を悩ませ、それでも必死に節約と貯金を重ね続け、三年越しの苦労の末に、とうとう目標額に達した。
本体であるNintendo Switchはもちろんの事、快適かつ長持ちさせる為の付属品、それとSwitch対応のゲームソフト――――――「ポケットモンスター Let's Go! イーブイ」を合計した、約五万円の大出費。月々のバイト代の約半額はさすがに堪えたが、私はやり遂げたのだ。
……どうして今頃LPLEシリーズなのかって?
それはもちろん、私がピカチュウ版のファンだからだよ。
私がまだ施設でお世話になっていた頃、施設長に頼み込んで買って貰った、最初にして唯一のポケモンソフト。中古の安売りかつ時代遅れのゲームであったが(私の子供時代はルビー・サファイアが流行っていた)、それでも人生初のゲームソフトは、私に大きな感動を齎した。それこそ、目から破壊光線が出るくらいに。
確かに、ルビサファに比べれば大したグラフィックでもないし、内容もそこまでではないだろう。所詮、第一世代のリメイク作品である。
だが、“ポケモンの連れ歩き”や、あのピカチュウが大谷voice(に近い何か)で鳴くというのは、間違いなくあの世代においても唯一無二の輝きを持っていたと言える。単に私がピカ版しか持っていないから、余計にそう思えていただけかもしれないが。
その後もポケモンは新たな世代を重ねていくのだが、私は専ら第一世代とその後続たる第二世代ばかりプレイしていた。別に他の世代を否定する訳じゃないし、プレイ動画を見る限り充分に面白いとは思うのだけれど、やっぱり子供心にプレイした、あの感動を上回る事は出来ないのよね……。
まぁ、それは置いておくとして、私の青春の思い出を飾ってくれたピカチュウ版のリメイク作品が発売される事になった。これは買うしかないっしょ。今は誰かに恵んで貰わなくちゃロクに買い物も出来ない身分じゃないしね。
しかし、やっぱり約五万円の出費は痛過ぎる。おかげで発売から三年の月日が流れ、ブームもとっくに去っていた。流行りを追い掛ける気のない私にとってはどうでもいい事だが。
ちなみに、何でピカチュウじゃなくてイーブイの方を買ったかと言われれば、事前情報でイーブイにも声優が付くと耳にしたからだ。前々から相棒にして連れ歩きたいと思っていたんですよ、あの子。私ならあのツンツン頭のようなチャンピオン(笑)な育て方はしないと断言出来る。あと、悠木voiceが聞きたいんじゃ~♪
「ふぅ……」
そして、とうとうこの日がやって来た。あのピカ版の世界が一新されて帰ってくる、この日が。まさに王の帰還。今なら冥王すら余裕で倒せるくらいに気分が高揚している。
嗚呼、ようやく私は……待ってろよ、相棒!
「Nintendo Switch……ON!」
逸る気持ちを抑え、荒ぶる呼吸を整えて、私はNintendo Switchの電源を入れた――――――。
「はぅっ!?」
その瞬間、目の前が真っ暗になった。
さらに、全身の感覚が一気に失っていき、意識そのものも消える。あれ、何これ……わた どうな ぬ?
「………………!」
そして、目を覚ますと、私は見知らぬ場所にいた。
いつもの小汚い年季の入った四畳半ではなく、妙に小綺麗で生活感の薄い大き目の子供部屋。床はフローリングで、広さは十畳程。家具は勉強机に洋服箪笥、就寝ベッドとシンプルで、部屋の真ん中にはインチのデカいプラズマテレビとNintendo Switchが置かれた机が、赤い絨毯の上に佇んでいる。
ここはどこだ……?
私は誰だ……?
とりあえず、ミュウツーの気分になって考えてみるも、答えは出ない。当たり前か。
だが、混乱の極みにある私の疑問は、思わぬ形で解消される事となる。
「おーい、アオイ! 上がるぞー!」
部屋の端っこにある階段の下から聞こえてくる、元気の良い男の子の声。勢いよく駆け上がってくる音と共に現れた彼は――――――LPLEのライバルキャラの少年だった。若干釣り目だが優し気で、鶏冠っぽいアホ毛が立った彼の姿を見た時、私は全てを理解した。
嗚呼、私、ポケモンの世界にやって来てしまったのだ……と。
元々LPLEの主人公も異世界にやって来た転移者(もしくは転生者)みたいな描写はあったが、まさか自分がそうなるとは。
だが、私に去来するのは、恐怖や混乱――――――ではなく、感動だった。
初めてピカ版を手にした時と同じ……いや、それを遥かに超える歓喜だった。
(私……ポケモンの世界にいるんだ!)
あの憧れた異世界に、フィクションとしてではなく、現実として居る。これ程嬉しい事はない。幼い頃からの、叶う事のない筈だった夢が、今実現したのだから。
「どうした、変な顔して?」
そんな感動に打ち震える私に水を差す、ライバルの誰かさん。
まぁ、彼の言葉は最もな事なので、特に何も言わないが……そもそも、こいつの名前なんだっけ?
「キミ、誰だっけ?」
「ガーン!」
ショックのパー、とでも叫びそうな顔になるライバル少年。そりゃそうか。
でもね、本当に知らないんだよ。LPLEのライバルは固定の名前ないし、まだ考えてなかったし……。
「お前、幼馴染の顔と名前を忘れるとか……まぁいいや。「シン」だよ、「シン」! 「シン・トレース」! イッシュ人とカントー人のハーフで、お前の幼馴染だろうがよ! いいか、もう忘れるなよ!? 絶対にだからな!」
だが、ライバル少年――――――シン・トレースはめげる事なく、丁寧に自己紹介してくれた。シンくんっていうのか。というか、ハーフだったのか。どうりで顔立ちがやけに整ってると思った。「ス」に濁点が付いてればよかったのに。
それはそれとして、この状況は、おそらくオーキド博士にポケモンを貰いに行く流れだろう。
アッハーン、あのオーキド博士に会えるのか。よし、すぐ行こう、そうしよう!
「と、とにかく、これからオレたちはオーキド博士の所に行って……」
「疾っ!」
「あっ、おい、アオイさん!?」
驚くシンくんを尻目に、ダッシュで階段を降りる私。シンくんも「負けるかー!」と追い掛けて来るが、バイトで鍛えた私の脚力に敵う筈もなく……なかった。普通に追い付いてきやがった。さすがスーパーマサラ人。とても十歳児とは思えない。
そんなこんなで、景色を楽しむ暇もなく、茶色の屋根が特徴的な割と貧乏臭い外観のオーキド研究所に辿り着いた私たちだったが、
「「……いない」」
あろう事か、オーキド博士は研究所にいなかった。人を呼んでおいていないとか、どこほっつき歩いてるんだ、この野郎。
「仕方ない、探すか」
「そうね……」
という訳で、博士を求めて彷徨い歩く事になった。
それにしても、狭いなマサラタウン。家が三軒(内一軒は研究所)しかないとか、どんだけ閉鎖的なんだよ。科学の力ってスゲーの人や、お花大好き少女とかは、一体どこに住んでいるのだろう。
雰囲気は良いんだけどね、雰囲気は。白い花が咲き乱れる、静かで穏やかな場所。それがマサラタウン。たまに帰省する分にはいいが、夢見る子供には狭く退屈な、つまらない町。
言っちゃ悪いが、過疎化が進んだ限界集落そのものだった。これが未来のチャンピオンの故郷となるのだから、世の中分からないものである。
『ポッポー!』『ピヨン!』
「ふむふむ、なるほど……そうじゃったのか!」
あ、いた。1番道路の草むらで、ポッポの群れと戯れている。
今は亡き石塚voiceな彼を生で見られる日が来ようとは……!
「ユキナリ博士!」
「何で下の名前なんじゃ?」
「私が下の名前で呼ばれるのが嫌だからですよ」
「相変わらずの捻くれ者じゃの~」
「ちょっとした意趣返しです」
つーか、道草食ってないでポケモンくださいよ。
「……おお、そう言えば、今日はアオイとシンにポケモンをあげるのじゃったな。さっそく研究所に……んんッ!? 何じゃ!?」
気を取り直したオーキド博士と共に、研究所へ引き返そうとした、まさにその時――――――草むらをかき分け、こちらに向かって来る一匹のポケモンが!
おっ、相棒との初対面イベントですか。ドンと来いです♪
『ピッピィ~♪』
しかし、現れたのはイーブイでもなければピカチュウでもなく、ピンク色の妖精ポケモン……ピッピだった。何故にフォワイ!?
だが、そんな私の驚きを余所に、ポケモンバトルが始まる。
――――――あっ、野生のピッピが飛び出してきた!
「人嫌いなピッピがこんな所まで来るとは、珍しい! せっかくじゃから、ポケモンを捕まえる練習をしよう!」
いきなり無茶振りをしつつ、モンスターボールをくれるオーキド博士。
LPLEは野生のポケモンと出会ってもポケモン同士のバトルにはならなず、基本的にボールで捕まえるだけとなる。捕獲に成功すると経験値が貰えるシステムなのだ。ようするにポケモンGOと同じである。
むろん、ただ投げるだけでは捕まえられず、投げ方にコツがあったり、木の実を使って好感度を上げて捕獲率を上げたり、たまに逃げられたりと、こちらならではの要素がたくさんある。初代勢で言えば、常時サファリゾーンみたいなものだ。ラッキーやケンタロスにボールと時間を無駄遣いされたのはいい思い出である。
とにかく、今は目の前のピッピだ。
本来現れる筈のイーブイに代わって出て来たという事は、こいつも相棒要素があるという事。捕まえない訳にはいかない。
食らいやがれ、超必殺☆飛鳥文化アタック!
風を切るナイスピッチングでモンスターボールが飛んで行き、今にも指を振りそうなピッピにヒット。光と共に紅白カラーの球体に収まり、三回揺らいだ後、捕獲完了となる。意外と簡単だな。
「おおっ、上手いぞアオイ!」
でも、面と向かって褒められると、ちょっと恥ずかしい。それ程でもある!
「初めてとは思えないくらいに上出来じゃ! さぁ、ボールを拾って、そのピッピに名前を付けてあげなさい!」
「はい!」
熱いオーキドトークに促され、ボールを拾おうとした、その瞬間……ボールが跳ねた。ピョンピョンポンポン、グリングリンと。随分と元気な子ね。
「あ、どこに行くんじゃー!?」
さらに、その勢いのまま、どこかへ向かって転がっていくモンスターボール。
(あ、研究所だ……)
ボールの行き先はオーキド研究所だった。その上、ちゃっかり最初のポケモンが収まったボールに紛れて、テーブルで待ち構えている。
一連の流れはまさに相棒イベントそのものだが、だったら何故イーブイじゃないんだ、と言いたい。
「おっ、アオイ、オーキド博士に会えたんだな!」
私とオーキド博士の姿を見たシンくんが驚く。むしろ、何故こんな狭い町で見つけられなかったんだお前は、と私が聞きたい。
「それよりオーキド博士、確か最初のポケモンって二匹なんですよね? でも、ボールが三個あるんですが……」
疲れてるのよトレース……じゃなくて、安心しろ、それはお前のせいじゃないから。
「いやいや、一つはさっきアオイが捕まえたピッピなんじゃよ」
「アオイ、自分でポケモン捕まえたのか!?」
驚くシンくん。それに反応するかの如くボールのままジャンプするピッピに二度ビックリ。お前、可愛い本当に可愛いなぁ。世界の人気者にしてやろうか?
「はははははっ、面白いのう。さて、今度こそピッピを受け取るんじゃ」
はいはい。
『ピッピィ~♪』
すると、ボールに触れる前に中からピッピが飛び出して、結果的に彼(彼女?)の頭を撫でる形となった。うわっは、何これ、フワフワして気持ちいい~♪
「出たり入ったり、変わった奴じゃのう。しかし、随分とアオイを気に入っとるようじゃな。どうじゃ、アオイ、この子に名前を付けて、一緒に冒険してみるのもいいのではないかのう?」
「ふむ……」
ニックネームって奴ですか。昔は五文字の制限があったけど、今は六文字まで付けられるからね。何にしよう?
「……あなたは「アカネ」よ」
せっかくなので、生き別れた妹の名前を付けてみる事にした。ジョウトのコガネ娘と同じ名前だが、気にしてはいけない。ポケモン世界のテーマカラーがピンクの奴はロクなのがいないからな。汚い忍者とか、捻くれ婆とか、嫌味な天パーとか。
「よろしくね、アカネちゃん♪」
『ピッピィ~♪』
ピッピも気に入ってくれたようで何より。
「いいなぁ、ピッピ。オレもピッピが欲しかったなぁ」
ハッハッハッ、羨ましかろう。頼むから「オラーッ!」とか「ギエピー!」とか叫ぶ子には育たないで欲しい。
「……オレはこいつを相棒にします!」
おっと、シンくんも相棒を決めた模様。通例ならピカチュウになる筈だが、すでに私という前例があるので、全く信用ならない。それこそラッキーが出て来ても、私は驚かないぞ。
『プリ~ン♪』
かないみかかよ!
確かにプリンのライバルに相応しいけど、どうしてそうなった。
「おっとそうじゃ、ポケモントレーナーになったお前たちに一つ頼みがある。これを持って行ってくれ」
と、オーキド博士が真っ赤なタブレット――――――「ポケモン図鑑」を渡してきた。
おお、これが本物のポケモン図鑑か!
見掛けたポケモンのデータを自動で記録し、捕まえる事でより詳しく更新される、超ハイテクマシン。海外ではロトムを憑依させて更なる利便性を発揮するのだが、ここはカントーなので完全にただの図鑑である。充分にオーパーツだが。
……全世界のポケモンを完璧に記録した図鑑を完成させる。それがオーキド博士の夢であり、彼から私たちに託された願いだ。お爺ちゃんだもんね、博士。
「さぁ、さっそく出発してくれ! これはポケモンの歴史に残る、偉大な仕事なのじゃー!」
荒ぶる爺、いや博士。まだ現役でも通じるんじゃないですかね?
「ポケモン図鑑……オレたち、これから色んなポケモンと出会っていくんだよな。スッゲェ楽しみだ!」
シンくんも楽しそう。少年よ、大志を抱けって感じ。
「オレ、すぐに行くぜ。アオイも自分のペースで焦らずに頑張れよ!」
そう言って、シンくんは足早に研究所を出て行った。まさに風雲児。負けてられないな。
「では、行ってきます、博士」
「ちゃんとお母さんにも報告するんじゃぞー?」
「分かってますよ。行くよ、アカネちゃん!」『ピピィ~♪』
アカネを連れて、私もオーキド研究所を後にする。
余談だが、この世界の母上様に報告すると、驚天動地で驚かれた。そんなにかよ。この世界の私はどういう扱いなんだ?
ま、お小遣いとボールを結構貰えたから別にいいとして……さっそく、冒険の旅に出よう。目指すは隣町のトキワシティ。
確かトキワシティではお使いイベントが、届けた後にはライバル戦があった筈だし、1番道路で手持ちを揃えつつアカネを鍛えようか。
「さて……」
という事で、1番道路。出現するのは序盤鳥ことポッポに序盤ノーマルのコラッタ。後はマダツボミだかナゾノクサだったような気がするけど、詳しくは覚えていない。
百聞は一見に如かず。直接足を運んで、確かめるまでよ!
『ピヨン!』
――――――あっ、野生のポッポが飛び出してきた!
「いっけーっ!」
さぁ、夢にまで見た、私だけの物語の始まりだぁ!
◆アオイ・シズナ
漢字で書くと「蒼衣 静奈」。物心付く前に捨てられた孤児であり、ひもじい思いをしながらも、捻じくれはしたが折れる事なく成長して来た。現在は立派に成人し、安月給のバイトを熟しつつ、安アパートで独り暮らしをしている。
幼少期に孤児院の施設長に買って貰った「ポケットモンスター ピカチュウ版」の感動が忘れられず、長年の苦労の末、そのリメイクたる「ポケットモンスター Let’s Go! イーブイ」を購入し、いざプレイしようとした瞬間、ゲームの世界に憑依転移していた。
心が荒んでいるので大抵の悪事は気にも留めず、自らも嬉々として手を染めるが、“殺し”だけはしないという、彼女なりの矜持がある。