決着の決塔   作:ディティールノベル

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フィナーレ

 剣士と騎士は峠で死闘を演じていた。

 理由はもはや忘れていた。意味ももはや知ったことではない。

 小さな見栄だけが彼らを支えていた。剣士であることも騎士であることも失って。

 

 そこには二人の男がいて。ただ死闘を演じていた。

 

 ここで勝っていいの? 負けてもいいの? 

 どちらが勝てばいいの? 

 

 太陽も月も星も勇者も魔王も契約も、彼らを縛ることはない。

 

 例え彼ら二人がどうなろうと変わらず明日は来る。

 

 ならなんで死闘なんて演じる必要があるのだろう。

 平和が一番。小さな見栄なんて捨てて、ただこの人生を謳歌しよう。

 

 〔勇者と魔王のジョーク集 【最後のブラックジョーク】より抜粋

 

 日月の契国、Hosted State of Demevil──出米毘留、あるいはエウガレス、もしくは欧妖連合。主要各国の首都に撃ち込まれた巨大な砲弾。

 

 鉄の塊は一様に変形する。無骨な丸みを帯びた鉄の上半身に大きな目と小さな目の二つが開く。

 砲弾の底から数多の車輪が広がり立ち上がる。そして、砲弾の側面が腕のように開く。その腕には巨大な銃口が、十門ずつ備え付けられていた。

 クエスト『カーテンコール』。

 彼らは一様に首都の重要施設を前にして不動だった。

 

『カーテンコール』は各国の言葉でメッセージを発信する。

 

 [全ての策謀を否定する]

 

 [全ての他人事を拒絶する]

 

 [高度な政治的判断を拒否する]

 

 [決着の塔への国家レベルの介入を禁止する]

 

 雑にボイスチェンジャーに通したような声で、響き渡る宣言。

 

 [ただし──個人レベルでの決着の塔への挑戦は推奨する]

 

 [諦めないことを希求する]

 

 [立ち向かうことを期待する]

 

 [攻略を続けることを希望する]

 

 身勝手な要求だった。形のない曖昧な言葉は壊れたレコードのように繰り返される。

 

 [全ての策謀を否定する]

 

 [全ての他人事を拒絶する]

 

 [高度な政治的判断を拒否する]

 

 [決着の塔への国家レベルの介入を禁止する]

 

 [ただし──個人レベルでの決着の塔への挑戦は推奨する]

 

 [諦めないことを希求する]

 

 [立ち向かうことを期待する]

 

 [攻略を続けることを希望する]

 

「なぜ撃墜できなかった!」

 

 契国空軍少佐、久竜恒子が塔京南部にある基地で怒鳴りつける。部下の士官が報告する。

 

「はっ! 全ての撃墜システムを、蝶に変化することで回避されたからであります! そして上空にして、集合、再び砲弾へと変化し、国会議事堂前に着弾いたしました!」

 

 恒子少佐は険しい表情を浮かべて愕然とする。

 

「馬鹿な……!? そんなことができるならばなぜ最初からしなかった!? そんな優位性を潰したままの兵器に、我々は煮え湯を飲まされ続けたというのか……!?」

 

 クエストシリーズ、クエスチョンシリーズは、リコリス・エーデルワイスの、触れた無機物を蝶に変化させ、戻す力によって構築されている。妖精の女王、ティターニアになった彼女の能力の射程はこの星全てに及んでいる。

 

「あの兵器を破壊する作戦を立てるぞ!」

「しかし、少佐。“戦争”を行うなと、軍司令部から再三の命令が出ております!」

「作戦を立てるだけならあの“タコスケ”も反応しないだろうが! いいから作戦本部を作れと返答しておけ!」

「はっ!」

 

 しかし作戦といってもどう立てればいいのだろうか。契国軍は前に蹂躙されている。

 そもそもの話『カーテンコール』は〈Q‐z〉にとって目的の象徴だ。弱いはずがない。

 彼女よりも上の立場の人間──そして他の国家指導者レベルは把握している。現在、公式上に存在する戦力では、『カーテンコール』を破壊することはできない。

 多数の国々が協力して一国にいる『カーテンコール』へ戦力を一点投入すれば、もちろん勝利できるが、それでは完全に“戦争”と化すだろう。天照使の不安が常に付きまとう。

 

 ……根本的に、停戦の契約がなくなった後、一気に不安定になる国際情勢を思えば、軍事力を一気に他国へやったり自国に集中されることなどできるわけもないが。

 そして……。動かない理由としてもう一つ。──柊釘真が危惧していたように──国々には必殺の生体兵器が残っている。温度変化型生体人形【八咫烏】など比較にならない、神代からの置き土産。停戦の契約がなくなった時に、次の世界を左右するパワー。

 それらを用いれば機械兵器のハイエンド程度楽に始末できる。

 

 だが今では──契暦では駄目なのだ。

 

 巨大な機械兵器と必殺の生体兵器を戦わせれば間違いなく”戦争”と解釈されてしまう。

 そうなれば国は文字通り亡ぶだろう。天照使によって、一切合切が吹き飛ばされる。

 クエスト『カーテンコール』が虐殺を行いはじめれば応対するために立ち上がることもできるが、彼らロボットは一様にただメッセージを発するだけだった。

 後少しで停戦の契約もなくなる。だからわざわざ機械人形で全てを占拠などするという愚行をおかす必要もない。その盲点を突かれた形だった。

 

 故に国家はもう動けない。沈黙を保ち続ける。

 

 

 とある場所、空に投影された世界中の映像を見ながら、久竜晴水──キー・エクスクルは滔々と語る。

 

「実際の話、ドームってのは策謀だらけだった。俺の姉貴だとか、喜連川の姉さんは契国の発展と、宇宙への道を手に入れるために俺を無理やり英雄にしたしな。あの勇者様にしろ、どうも政治的なアレソレで塔に挑戦させられてたし。魔王なんて、人外なんつー誰がそれかもわからねぇ遺恨に縛り付けられて魔王人形遊びに興じてた。聖女? あいつ自身が野心の塊だ。顔も見えねぇどいつもこいつも、隙あらばと陰謀陰謀と──。ああ──実に不愉快だ。だから全部カットだ」

 

 エクスクルは自分が背を預けている木へより深く体重を預けながら言う。

 

「しかし──こういう、俺たちにここまでできるってやつは、あと500年くらいはするつもりはなかったんだが。巻き展開とかうんざりだ。だが──もはやあいつは排除できない。アイツを殺せば、もう世界は続かない。千年も五百年もない、十年二十年で、絶望と退廃だけが広がる世界になる」

 

 契暦の中に生きて、『カーテンコール』を見て、そして『カーテンコール』のメッセージに耳を傾ける人々を、憂いを帯びた表情でエクスクルは眺めている。

 

 

「もっとあいつが遅ければ。一度もでも負けてくれれば。そんな詮無きことを考えちまう。『オセロー』。それとも『マクベス』。演劇だけが悲劇であるべきであり、現実はむしろ喜劇であるべきだ。俺はそう思っているのに」

 

 エクスクルはがしがしと髪を掻く。その片目からは──赤い炎が噴き出していた。

 

「ああ、クソ、早く目覚めろ。お前を”折る”。折ってからだ。もうそうしないと話が続かねぇ。続かせねぇと」

 

 エクスクルは自分の隣にいる盲目の少女へ顔を向ける。彼女はとろけるような、夢見るような表情で空を見上げていた。

 

「──リコリスに見せる世界の姿もごくごく短いハメになっちまうしな」

 

 リコリス・エーデルワイスは、透明な微笑を浮かべた。

 

 次の舞台を開こうとする、全ての革命家に叫びあげる。

 この舞台は面白かった。永遠に無限に続けてもまったく構わないほどに。

 しかし、劇はいつか終わるものだ──。フィナーレは必ず訪れる。

 だから、最前列でかぶりつくように舞台を眺めていた彼は、主演男優のごとく、喝破した。

 

「──―カーテンコールだ!!」

 

 〈1000年1月9日 午後〉

 

 鏡夜が目覚めると、天井の炎のランプが揺れていた。どうやら桃音の家、自室のベッドに寝かされていたらしい。

 

「あー……」

 

 寝覚めはいつものように最悪だった。ぼんやりとしつつも唸る。意識レベルに反して、身体は快調だった。寝る前は全身泥のようになって倒れたのだが、すっかり回復したらしい。桃音のように疲れないという呪詛を保持しているわけではない。ただたただ強靭になった肉体の、副産物だろう。強靭だから、ちょっとだけ体力回復が速いのだ。

 

 鏡夜は起き上がり、カーテンを開ける。窓の外では、桃音が地面に棒で絵を描いていた。

 

 鏡夜と桃音と華澄とバレッタとかぐやが集合した絵だった。

 

(ナスカの地上絵……? にしてはデフォルメがきいているが)

 

 漫画のキャラクターみたいにデフォルメされた自分と仲間の絵を眺めていると、現実の桃音が上を見上げた。

 現実の鏡夜と目が合う。彼は手を振った。桃音はしばらく鏡夜を見上げていたが、ふっと視線を外す。そして大ジャンプをして、家の中に入っていった。

 

 鏡夜も自室のドアを開けてリビングに行くと、そこには仲間が全員勢ぞろいしていた。

 

「おはようございます」

「おはようございますわ、鏡夜さん」

「くすくす、お目覚めですか、灰原様」

「お早う、我が君!」

「…………」

 

 彼はちょっとだけ黙る。かぐや以外全員敵対していたとは思えないほど爽やかな光景だった。

 鏡夜は肩を竦めた。結局、彼女たちが敵対したのは鏡夜の不徳の致すところだ。

 そして挑戦者たちや契国そのもの──世界的に指名手配されたが世界が敵対する前に全部処理したので実質契国のみ──と敵対する羽目になったのは〈Q‐z〉のせいだ。あの獰猛な聖女もきっと挑戦者たちや柊王が自分にかかり切りにならなければ動かなかっただろうし、間違いない。

 

「で、今のところどうなってます?」

 

 だからさっさと切り替えて攻略に精を出そうと話を切り替える。遺恨など残っていない。仲間うちでの決着は全部つけた。

 

「くすくす……一言で表現するとなると……大詰めですね」

「……大詰め?」

 

 バレッタに説明を聞く。自分が寝込んでいた間に起こったことを聞いた彼の感想は。

 

「それは、また、豪勢ですね……」

 

 決着の塔の頂上から世界中にクエスト『カーテンコール』を撃ち込む。塔京と決着の塔だけが活動の場所だった〈Q‐z〉が直接的に世界へ戦力を割くとは。

 しかし、塔京は輪をかけて苦難を受けているな。塔京はその構成する物質を蝶に変えられ復興中、ドームは聖女の暴力によって破壊され、挑戦者たちは──。

 

「そういえば、勇者さんや魔王さんや聖女さんはどうなったんです? あと、柊王陛下は」

 

 鏡夜の問いにすっかり元に戻り、豪奢な金髪とお嬢様然としたブレザーを着ている華澄が応えた。

 

「行方不明ですわ。後から瓦礫に埋もれているだろう人たちを回収しに集まったのですが、だーれもいなかったそうですわ。きれーさっぱり。瓦礫さえもなく、塔のみが残っている──と、報告には。もはやあの塔は、千年前と同じ状況ですわ。平地に塔が立っている。それだけですの」

 

 かぐやは不思議そうに華澄へ聞いた。

 

「ここから先どんな状況になるの?」

「めちゃめちゃすぎてさっぱりですわねぇ……」

 

 ただまぁ、わたくしの勘ですけれど、と華澄は前置きをして淡々と言った。

 

「〈Q‐z〉にとって、もっとも宿敵なのは、ライバルなのは、鏡夜さんですわ。それは間違いありませんの」

「…………」

「時間が経つほどに、『カーテンコール』圧力は鏡夜さんの力を削ぐでしょう。今度はわたくしは──わたくしたちも最後まで味方するつもりですわ。というか、ええ、命尽きるまでは──」

「…………」

 

 桃音はぼんやりと鏡夜を見ている。鏡夜は静かに告げた。

 

「なら、行きましょうか。見てみたかったんですよね、ドームなしの塔……ただ、その前に、桃音さん、少し遅めでの昼食を頂けますか? お腹すいてるんですよね」

 

 桃音は茫洋とした表情のままキッチンへと向かった。

 

 豪勢な山盛りのサンドイッチを頂いた鏡夜一行は、決着の塔へと向かった。道中の、塔京貝那区は、いっそ寒々しいほど静かだった。

 外に出ている人々や人外はほぼいない。千年、影も形もなかった、巨大な、武力、軍事力が塔京のど真ん中に出現しているのだからさもありなんといったところだろうか。

 

 しかも、この地区には〈Q‐z〉の本丸、決着の塔がある。上から『カーテンコール』を追加されたらどうしよう、という拳銃を額に押し付けられているような不安感と緊張感が、地域全体に満ちていた。

 

 そしてそのまま、誰にも出会うことなく。決着の塔へたどり着く。そして決着の塔攻略支援ドーム跡地だ。本当に、塔だけだ。瓦礫も人や人外が形跡も消え去っている。草木一本もない平地にバカでかい塔が立っている。ただそれだけの場所だった。

 

「では、バレッタさん」

「ええ、くすくす……」

 

 アルガグラムの過去観測機械人形、バレッタ・パストリシアが、過去に何があったかを観測する。それは容易く語られる。歌うような口ぶりで。

 

「くすくす。そのシーンは、炎から始まりました」

 

 場面が、燃える。

 

 瓦礫が炎に巻かれる。吹雪のような炎が瓦礫を溶かしていく。

 気絶していた聖女が氷のような灼熱に飲み込まれていく。きれいさっぱり、消えていく。

 勇者も魔王も堕ちた聖女も燃えていく──契国の必殺の国防兵器、八咫烏も消えていく。勇者の仲間一人と一匹と、魔王の仲間の四天王も、英雄の仲間だった少女たちも、聖女に使われもしなかった部下たちも。染矢令美も、有口聖も、またリンと呼ばれた少女も、その他の職員たちも燃やされていく。

 残ったのは柊釘真ただ一人だった。地下の瓦礫に埋まって身動きが取れなかった彼は、耐え忍び。

 この炎はただの炎ではない。彼はそれを知っていた。だから抗える。

 そして、炎が消える。柊は地面の下に空いた、地下があった場所──穴の中で立って、息を切らしながら上を見る。

 穴の縁には、キー・エクスクルが立っていた。刀を一本ぶら下げていて、服装も英雄を名乗っていた時と同じ、動きやすくもフォーマルなもの。

 しかし、奇妙なことに右目から、真っ赤な炎が噴き出していた。エクスクルは呆れたように言う。

 

「おいおい──吸収に抗うなよ。コントラクター」

 

「私は、灰原鏡夜くんには負けたが、まだ君には負けていないんだよ、エクスクル。だから認められない。肥大化した幼稚性を振り回す醜悪な大人はね、諦めが悪いんだ」

 

 柊王は少し駄目沈黙して、再び口を開く。

 

「そもそも、やめたまえよ。例えそれが悲劇でも、私は未来の礎のためならば──― 君達 さえも駆逐する。悪い王様だよ。吸収したら腹を壊す」

「いいや、やめなさいぜ王様。燃料はあって困らねぇ。お前のその、カリスマってやつは、いい燃料になるんだ──」

 

 エクスクルは穴の中に降り立って、柊釘真と向かい合って立つ。

 

「〈Q‐z〉に入ってくれよ」

「……ああ、なるほど。〈Q‐z〉とはそういう意味なのか。リコリスの言っていたことがわかった。たしかに、君一人が〈Q‐z〉であり、君以外に〈Q‐z〉は存在しない」

 

 柊の納得した言葉に、エクスクルは芝居がかった調子で言った。

 

「失望しても仕方がないな」

「いや、まったく失望はしていない」

「そうか。もしかしたら……俺は、お前に負けちまうかもな、と思っていた」

「それは私も同じだよ、キー・エクスクル。ただ、戦わないというのは君も私もしないだろう?」

「わかってると思うが……完全に詰んでいる。お前は吸収される。それは決定事項だ」

 

 柊釘真は全てを受け入れたように、超然とした態度で述べた。

 

「寝ぼけた遺恨を一掃する。本来歴史に消え去るべきだった過去と遺物を根絶する。そのために世界戦争を起こす。そんな戯言を述べる私だよ? 戦わずに終わる者を、敗者とは呼ばないさ。私を落伍者にしないでくれ。君のごとく語るなら──―“Play out the play.”芝居は終いまでやらせてくれ」

 

 キー・エクスクルは、小さく、少しだけ笑った。

 

「ハ──本当、お前は哀れな男だよ」

 

 そして日月の契国の王、柊釘真はエクスクルが操る炎に飲み込まれる。柊はしばらく耐えていたが、ぞくぞくと追加される炎の量に耐えきれず。ふっ、と幻のように炎の中で消えた。

 こうこうと燃え盛る炎を背景にキー・エクスクルは、誰にともかく呟いた。

 

「ふん、見てる──いや、聴いてるんだろ。鏡の魔人ご一行様。……俺は最上階にいる。〈決着〉は使ってねぇ。ここまで来て、そして、負けろ」

 

 許さない。という気迫が透けて見えるがごとき相貌で──

 

 

 

「久竜晴水様は、右目から炎を燃やしつつ、啖呵を切ったのでございます」

 

 沈黙が場を支配した。かぐやだけはぽわぽわとしているが。

 

「あぶなかったわね! 我が君!」

「何がです?」

「私が自分で覚醒して我が君の元に戻ってなかったら、私も燃えて──えーと、吸収されていたわ!」

「それはほんとに危なかったですね……!」

 

 かぐやのおかげか、重苦しい空気は霧散する。だからと言ってやることは変わらない。

 

「行くしかないですね。……舐められるわけには、いきませんから」

 

 鏡夜たちは決着の塔へ歩を進めた。入口から中に入る。

 

 第一階層【荒野】、第二階層【密林】、第三階層【竹林】、第四階層【迷路】。四つの階層を通り抜けて、ついに鏡夜たちは第五階層までたどり着く。

 

 第五階層は──―【高原】だった。すすきが一面に揺れる、夜の高原。空は曇り空であるにもかかわらず、満月だけがぽっかりと晴れていた。

 

 黒い雲と透き通った黄金の満月だけの夜空は、唯一美しさだけがこの世界を形作るのだと述べているようだった。

 

 そこに立つのは人型のロボットだった。

 

 シンプルな強化外骨格。剥きだしの無骨な装甲をぼろきれな黒いマントで覆い隠している。

 二メートルの人型機械兵器──question“finale”。終幕の名を冠する最後の刺客だった。

 

『フィナーレ』の周りには、完全なる円形と見まごう黒い球体が四つ浮遊していた。宇宙が玉となって浮いているようだった。

 

 そしてクエスチョン『フィナーレ』はまるで散歩するような気軽さで歩み寄ってきていた。

 

 鏡夜の紅い瞳は『フィナーレ』の弱点を観る。────【進化】。弱点はたった一つだった。

 彼の戦闘センスは理解する。クエスト・クエスチョンシリーズの最後を飾る『フィナーレ』のコンセプトを直感的に把握する。

 それは、今までの挙動の結実だった。

 だから灰原鏡夜はクエスチョン『フィナーレ』を指さして言った。

 

「アナタは──―私たちに完全に適応しましたが、果たしてそれで十分なのでしょうか?」

 

 

【FIFTH STAGE】 question『finale』

 

 戦 闘 開 始

 

『フィナーレ』の周囲に浮かぶ四つ黒い球体からビームが照射される。

 かぐやから学習したのだろう。

 鏡夜は一方向からのビームを防ぐ。しかし真横まで移動した球体のビームが発射される。それもまた《鏡現》で防ぐと──下から《鏡現》を潜り抜けた『フィナーレ』が鏡夜の懐まで入り込んで、彼を蹴り飛ばした。今までの機体とは段違いの、しなやかで強かな動き。

 この体術の冴え──不語桃音から学習したのだろう。

 

 白百合華澄とバレッタ・パストリシアの銃の照射を、『フィナーレ』は黒い球体を足場にすることで避けた。自由自在に動き、時には球から球へ飛び跳ねて。まるで空を軽やかに歩くような荒唐無稽さ。

 その移動は──灰原鏡夜から学習したのだろう。

 

 かぐやのビームは反対側からビームをぶつけることで防ぐ。光学迷彩もスタングレネードも即座に見抜くか、まったく無効化する。

 さんざんっぱら苦戦させられた理不尽の一つ、生体人形のかぐやへ完全に対応したのだろう。

 

 鏡夜は先日、塔への挑戦者や決着の塔攻略支援ドームの職員や、柊王自身にまで敵対した。会う者会う者敵手であり、叶うかもわからない強敵であり、だからこそ、血反吐を吐きながら、手札を増やしていった。

 そしてその全てを〈Q‐z〉は観測していたのだろう。その観測結果を、この機体を動かしている何かに学習させたのだろう。

 

 人間なんて気づかないうちにやめていた魔人だ。呪詛によって強さを保証されていた一般人だ。だからもう強くなれないだろう、と。

 もうできないだろうと、もうお前は──お前たちは打ち止めだろうと、もう足を止めるしかないだろう、と。

 だからここから先へは進めない、と。

 それが限界に辿り着いたお前たちの終わりだろうと、皮肉めいて名付けられたまさしく機械学習、成長の権化、クエスト『フィナーレ』。

 老龍ほどの、理不尽ではないが、灰原鏡夜とその仲間たちにとっては不可能そのもの。踏み越えられない最終楽章──―。

 戦い、戦い。ひたらすら戦い。その戦いの際に、相手のことをひたすら考え尽くしてきた鏡夜にはそれがわかる。だから。

 

「桃音さん、本気を出してもいいですよ。華澄さん、どうぞ蹂躙してください。バレッタさん、彼のことを謳ってください。かぐやさん──私ごと貫いてください」

(知ったことか)

 

 頭は冷えている。しかし腹の底が熱くなっている。

 

(舐められてたまるか)

 

 いや、この自分が、舐められているのならば、それは覆せばいいだけだ。だが、仲間ごと舐められるとは、実に不愉快でたまらない。

 一人では勝てないなどという当たり前のことをことさら強調する気は皆無だ。ただ──クエスト『フィナーレ』が自分たちの前に不可能として立ち塞がるのならば、自分たち全員で対価を支払わせてやる。

 

 不語桃音が暴走する。突然狂ったかと思うほどの爆走で『フィナーレ』の前に立ち、ビームを吐き出す球体にしがみついた。そしてそのビームをもう一つの球体に無理やり向かせて球体を一つ爆散させた。そしてしがみついた球体も地面に叩きつけて破壊する。

 

 白百合華澄はナイフと拳銃という銃使いには不似合いの──スパイとしては最高の武装に身を包み、黒い球体に踊るように斬りかかり破壊した。もう一つの球体も、拳銃一丁で撃ち抜く。ビームの発射口、ミリ単位の誤差もなく銃弾を叩き込んだのだ。

 

 バレッタは謳う。「くすくす、『フィナーレ』さんは──そもそも〈Q-z〉のロボット全てを動かすAIとは、アルガグラムからちょろまかしたOAI。性格は学習する武人であると、構築した我が創造主が自慢げに、この場所で、『フィナーレ』に語っております」

 

 

 鏡夜はそれを聞くと、あらゆる《鏡現》の武装を解除して、『フィーナレ』に歩み寄る。「リベンジマッチですよ、クエスト『カーテンコール』クエスチョン『パレード』クエスト『デッドエンド』クエスチョン『カットアウト』クエスト『カットイン』──―クエスチョン『フィナーレ』」

『フィナーレ』はその五体のみで鏡夜に襲い掛かる。その一人と一体に向けてかぐやはビームを放つ。

『フィナーレ』の右腕が消し飛ぶ、鏡夜の顔面が半分消し飛ぶ、『フィナーレ』の腹が消し飛ぶ。鏡夜の右足が消し飛ぶ。

 両者まるで意に介さない。鏡夜は──舌を出して、右手から《鏡現》のつららを突き出して、『フィナーレ』の頭部を吹っ飛ばした。

「私は舐められたら終わりという金言を聞いたことはあっても、正々堂々にしろなんて言われたことないのですよ。残念──あなたは私たちの宿敵にはなりえない。私の終わりは貴方じゃない」

 

 

 

【FIFTH STAGE】 question『finale』

 

 Clear! 

 

「わ、我が君大丈夫!?」

「ああ、大丈夫ですよ、これくらい、ほら」

 

 鏡夜は吹き飛んだ顔に手をやる。ぱっと手を放すと元の顔に回復していた。足もぴらぴらしていたズボンと靴にフィットするように回復する。

 数分もすれば、肉体のみだが完全回復した鏡夜がそこにはいた。

 

 そして灰原鏡夜はむしろ、微笑さえも浮かべながら階段を見つけると、仲間とともに上へ進んだ。

 

 鏡夜たちは次の階層の階段を上る。そこは塔の頂上だった。打って変わって硝子のような、儚い青空だった。

 決着の塔、石造りの塔。最上階層【頂上】。

 一本だけ生えた青々とした木に寄り掛かり、キー・エクスクルは座り込んでいた。

 鏡夜は口を開く。

 

「その目──―」

「ああ、この右目だな」

 

 変わらず断定的な口調だった。

 

「ま、気にすんな、ただ『燃えてる』だけだ。心配してくれてありがとう。ボスとしては人の姿を捨てて”怪物”になった方が触りがいいんだろうか、これでも人間であることにちょっと括りがあるもんでね。付き合ってくれよ」

 

 キー・エクスクルはそう言って空を見上げる。鏡夜も釣られて空を見れば、その儚い青空がゆっくりと回転していることに気づいた。

 

 決着の塔の頂上らしき場所なのだが、ここもまたダンジョン内。異相空間であるらしい。エクスクルは空を見たまま告げた。

 

「どうも、この頂上だと。そいつがなんの願いを抱えているのか。その背景は、理由は

 そして結果は、って奴が上映されるらしくてな。言うなら自省ってやつを強制してくるのさ。さて、誰のが浮かぶのかな──―」

 

 くるくると空が回転する。

 彼の願いとその背景が上映される。

 

 ……久竜晴水の一番古い記憶は、姉のことでも冒険のことでもましてや英雄なんてものではなく。

 どこかの川のほとりで一人見上げた、晴れた青い空だった。

 きれいだった。すきとおっているのにきらきらしてて、傍にあった大きな木と自分に太陽の光が降り注いで。

 それから、晴れた空が好きになって、空の下にある綺麗な木が好きになって、自分の名前も好きになった。

 晴れた空はうっとりするほど綺麗で、水も同じような姿で流れている。

 

 だから彼は今の世界を愛しながら生きていた。風向きが変わったのは、姉とその友人に、計画とやらを説明された時だった。

 

 契国はあまりに無私を尽くし過ぎている。今まで契暦を率いてきたのは、かつて“聖域”と呼ばれた我々だ。だから、〈決着〉は自分たちのために使うべきだ。

 それにこの星が天蓋で閉じているのは許せない。だから日月の契国の繁栄と、宇宙への旅立ちを得て、さっさこの国だけで地球から出よう。この時代から脱出しよう。

 

 だの、なんだの。

 

 その時、久竜晴水は、この時代の寿命を理解した。

 

 空に映った青年──久竜晴水、キー・エクスクルが独白する。

 

「この時代は……この世界は、〈決着〉によって突然死する。誰も彼もが流されて、『終わり』の中に沈んでいく。そしてそれにどうしようもないほどに無自覚だ。なぁ、この世界はいい世界だろ。食うに困らず、戦争なんかねぇし、祝福も呪詛も機械もある、冒険だってあるし望郷だってあるし、ちょいと業に狂えば浪漫だって楽しめる。それが『終わる』んだ。おかしいだろ。おかしいって言えるだろ。だが──そのおかしさは『革命家』すらも巻き込んでいた。勇者、魔王、聖女、そして俺の姉とその親友……俺は、情けなかった。こんな、こんな凡愚どもに、俺達は憧れなければならないのかと。俺達は、こんな奴等を次の時代の神と崇めなければならないのかと。それが嫌だったから、俺は否を唱えた。いや、是を唱えたのかな? すべての革命家に先んじて、神になろう。君たちに知ってほしい──。火は燃え盛り、水は澄んでいて、土は柔らかく、金は輝いて、木は変わらずそこにある。この地球から見上げる星と月と太陽こそを上にして知ってほしい──あいつらの舞台よりも、俺と君たちの舞台の方がきっと、楽しい」

 

 キー・エクスクル。現実の、鏡夜たちの前で木に寄り掛かるキー・エクスクルは薄く微笑みながら……長台詞を必死に、誠実に話す空に映る己を見ている。

 

「どうして俺が〈決着〉に手をつけてないのか。俺たちの目的は──”停滞”だ。契暦を”終わらせない”こと。なぁ、わかってんだろ、鏡の魔人は特に、だ。全部見て聞いたよな。そしてもうわかっているはずだ。『どんな願いでも禍根が残る』と。快刀乱麻で解決する奇跡なんてねぇんだよ。遺恨なんか全部忘れろという願いすら、まともに続かねぇ。忘れたとしても証拠は消えねぇ。むしろ忘れてしまえば偽造された痕跡と本当の過去の違いすらわからなくなる。なら痕跡も消すというのは……おいおい──原始時代に戻すつもりかよ。祝福と呪詛は機械と同じくらい俺たちの生活に根付いてる。今は過去の集積の上になる。都合よくなんかできない。どんな願いも、だ」

 

 だから久竜晴水は第三勢力〈Q‐z〉首領、キー・エクスクルになった。

 

「この時代は素晴らしい。この時が永遠に続けばいい。でも、塔が攻略されたらこの時代は終わる。塔が消え去っても、この時代は終わる。だから、塔があるまま、この時代を続けよう。契暦は──終わらない。終わらせない。その願いは叶うだろう。コントラクター、柊が危惧した通り、遠い千年後、契暦二千年とともに俺たちは滅びることと引き換えに。それが俺の願いの結末だ」

 

 空がくるりと回転して夜空に変わる。真冬の夜空のごとき、星の煌めきと欠けた三日月。

 

「……〈決着〉を永遠にとっておくつもりなんですか?」

「ふ、その通りだ」

 

 現実のキーは断定する。鏡夜はむしろ戸惑って質問した。

 

「なら、なぜ、諦めるなと、希望の火を絶やさないことが目的だと、仰ったんです?」

「〈決着〉を心の奥底から諦めると、人類人外が一瞬で滅びるからだよ。諦めないで欲しい。挑戦し続けてほしい。その間だけは契暦は続く。だが〈決着〉は絶対やらねぇ。停滞しろ。停留しろ。淀め。迷え。──そのためにひたすら妨害する。そのはずだったんだ」

 

 エクスクルは断定的に、切り捨てるような強い口調で言った。

 

「だがな、バランスなんて知らねぇ、足を止めるなんて知らねぇ、お前の、お前のせいで、画策してた全部の準備を吐き出された。だが──―お前が死ねば、世界は諦めるだろう。この最後の妨害は、それだけの難事だからだ。だから、今ここで、俺はお前を折る。十年、二十年後に、再挑戦できる程度に、子供や誰かに後を託せる師匠面できる程度に、心を折る──―」

 

 夜空がぐるぐるぐるぐると回転する。

 

「その折り方を知ってやろうじゃないか!」

「……私の、バックボーンですか」

 

 そして、空に灰原鏡夜の願いとその背景が上映される。

 

 灰原鏡夜が、ことここまで至った理由。それは呪いのせいだった。もちろん、全身に纏わり憑く呪いの装備もそうだ。だが、もっと根本的に、根源的にも、彼は呪われていた。

 

 〈呪ってやる呪ってやる。お前を呪ってやる〉

 

 〈この世界から消えろ!! 〉

 

 〈地獄を! 責め苦を! 絶えることなく味わい続けろ!!! 〉

 

 〈灰原鏡夜ァ!!! 〉

 

 ──―逆恨みだった。深い理由などなかった。今まで喰らっていたあらゆる理不尽だ。どこにでもあるような、意味不明な逆恨みだった。

 この世界に来た最初の発端から、呪詛だった。

 

(え……?)

 

 灰原鏡夜は普通に暮らしていた。普通に学び舎に通い、普通に友と過ごし、当たり前のように生きていた。それがひたすら気に障る誰かがいた。

 彼は自認の通り、軽薄だ──―。

 

 憎たらしい。軽薄さが憎らしい。その無神経さが恨めしい。憎い、憎いと、まるで壊れたおもちゃのように、その言葉の重さも理解しないで、口にし続ける誰かがいた。

 

 そして口に出した恨みが積み重なって、どこからか仕入れてきた遊びのような、誰かが行った呪詛が効果を発揮して、異世界に飛ばされた。飛ばされている間、地獄の責め苦を与えるために、あまりにも危険すぎると封印された呪詛装備一式の設置場所を通り過ぎて、そして絢爛の森の洞窟に落ちたのだ。

 神様も、世界の摂理も、あるいは奇跡のような偶然もなく、呪詛から灰原鏡夜の地獄は始まったのだ。

 そして──もしも元の世界に戻ったとしても、そんな誰かに呪われた灰原鏡夜は、今再び異世界に飛ばされるだろう。

 残念ながら、呪いが重すぎる。灰原鏡夜以外の世界と同等程度に呪われている。服の呪いに干渉するだけで、〈決着〉はほぼ大半のエネルギーを使いつくすだろう。

 

 空が回転する。奇妙なことに、真昼の晴れた青い空と、星と三日月が輝く夜空が綺麗に真っ二つになっていた。

 鏡夜は愕然としながらもキー・エクスクルを見た。エクスクルもまた目を見開いている。

 

「異世界人……?」

「……ええ、まぁ、そうですね」

「お前、ホントにいきなり、舞台に飛来してきて、ここまでぐちゃぐちゃにしたのか。ふざけてんな……!!」

 

 鏡夜の隣に立っていた華澄が納得したように言った。

 

「なるほど、これは確かに隠すべき事柄ですわね。正しい判断ですわ」

 

 うんうんと頷く華澄。あまりにもいつも通りで頼もしい。

 

 キー・エクスクルは立ち上がる。

 

「なら、遠慮はいらねぇ。チートにはチートで応えるのが礼儀ってもんだろ。今からクエスト『カーテンコール』を通して、全世界生中継だ。立ち塞がる俺と、それでも立ち向かうお前たちの姿でもって、契暦の継続を告げてやる。希望の火と絶望の氷──Q『エクスクル』が、これからの時代を保証する。契暦の続行を決定する。遠く千年先まで、この最高の時代は終わらない!」

 

 キー・エクスクル改めて。Q『エクスクル』。たった一人の、変わらぬ明日が欲しいと願い、滅びに繋がる明日などいらないと、そんなものに価値などあるのか? と除外されたはずの問いが立ち塞がる。

 鏡夜はその断定に、いつものように質問で応えた。人差し指を伸ばして、突きつける。

 

「ご存知ないんですか? 貴方がいても明日は来るんですよ?」

「……上ッ等ォッ!」

 

『エクスクル』の全身から炎が沸きあがって、塔の頂上、全てに一気に広がった。

 

 

 

【LAST STAGE】 Q『Exclu』

 

 戦 闘 開 始

 

 かつて鏡夜は有口聖に聞いたことがある。闘志を炎にする祝福はオーソドックスなものだと。しかし、鏡夜たちを取り巻く炎は、あまりにも巨大であり、そして奇怪だった。

 燃えている……燃えている、そのはずなのに、吹雪のようにも見えるのだ。

 その炎が迫ってくる。鏡夜はそれを《鏡現》で防ごうとして──その《鏡現》が、燃えて消えたのだ。

 

「な、に……!」

 

 鏡夜は猛烈な勢いで炎を避ける。ブゥォンと過ぎ去った炎の後には、《鏡現》の鏡があった痕跡すらなかった。

 

「その炎は俺の闘志だ。もちろんそうだとも。ただちょいと他の奴と違ってな──それに飲まれたものは、ぜんぶ燃えて溶けるんだよ」

 

『エクスクル』が操る祝福は、闘志を炎に変える祝福だ。制約は闘志を折らないこと。

 しかし、疑問に思わなかっただろうか。闘志とは何か、と。

 

 ……クオリアという概念がある。彼あるいは彼女が見ている赤と自分が見ている赤は果たして同じ色なのか。主観にしか存在しない物は、同じか違うかもわからない。

 彼の闘志とは、その他大勢の闘志とは違う。

 彼は冷めている。彼は冷笑している。

 彼は情熱的だ。彼の血潮は燃え上がっている。

 それと同時に絶望と失望で凍り付いている。

 彼の闘志は矛盾したまま闘志として存在している。──―彼が燃やす炎は、灼熱の氷であり、氷結の火なのだ。その矛盾と混沌の炎は燃えながら凍り付いており、故に全てを燃やし溶かす。

 聖女ミリア・メビウスが操るもう一人の自分を操る祝福は、その自負心の強烈さゆえに、正統的に最強の領域まで至っていた。

 

 だが彼は──Q『エクスクル』は正道と邪道と外道とあるいは王道もしくは詭道、全てごちゃごちゃに分裂して統一して闘志として燃え上がりながら凍り付いている。

 きっと神さえも予測していなかっただろう。身体を持った生き物の心とは複雑であり、その複雑さゆえに祝福が神様すらも超えてしまうことなど。

 彼の炎は全てを燃やす。燃やした上で吸収する。吸収した上でそれを矛盾と分裂の闘志に混ぜ込んでさらに燃やす。

 

「燃やしたものは全て俺の役どころになる。 最終決戦にしちゃ、ちと小道具が足りないかもしれないが……もはや、 勇者 は俺で 魔王 は俺で 聖女 は俺で 仲間 も俺だ。……一人芝居でも充分だろ?」

 

 鏡夜の紅瞳に映る弱点は【味方すること】【助けること】。弱点として矛盾している。英雄でありながら黒幕でもある久竜晴水の本質。複雑かつ分裂した人間性を、鏡夜は戦って初めて理解した。

 

「灼熱の、氷……いや、氷結の炎……!? 矛盾と混沌が、そのままに燃えているんですか……!?」

「わかるのか! わかってしまうのか! 本当に不都合だな! 本当に忌々しいな! 馬鹿が夢見るヒーローのごときだ! だがなァ! もう遅いんだよ!! お前の才能ってやつを全部燃やし尽くして放逐してやるッ……!!」

 

 氷の炎という絶対的な矛盾を成立させている。理解不能の破綻した理屈が、最上階層【頂上】を満たしていた。

 間違いなく、ここは地獄と化していた。

 矛盾する炎、Q『エクスクル』は、文字通り、無敵だった。

 

「人間を語るに足る個人などこの世のどこにもいやしねぇ。世界を語るに足る人外など、この世のどこにもいやしねぇ。どんな美麗字句で飾ろうが、理想というのは傲慢だ」

 

 燃える、凍る、あるいはそのどれでもない何かが迫る。鏡夜は、地面に《鏡現》を作り出して、足場にした。

 

「皆さん! 私が足場を作るので──! 移動し続けてください」

 

 鏡夜は矛盾する炎から逃れるように《鏡現》を上へ上へと広げていく。仲間たちはそこに飛び乗って走って移動していく。

 炎に飲み込まれたら、一瞬でゲームオーバーだ。

 

「全ての革命家は一人よがりだ。それは、灰原鏡夜も変わらない。だからお前ら敵対したんだろ。変わらない日常ってやつを愛してやれよ。今からでも遅くない。その魔人を落とせ」

 

 華澄は鏡の坂道を駆けあがりながら不敵に告げる。

 

「もうわたくしたちは決着をつけましたわ! ありがとうございますの! わたくし、認められましたわ、鏡夜さんが──いえ、桃音さんも、かぐやさんも、バレッタもいる、この一週間程度の日々が、もはやわたくしの、求めている日常なのだと!」

 

 桃音は冗談のように斜めった《鏡現》を蹴り飛ばして空中機動を行いながら、懐から本を取り出すと、思いっきり『エクスクル』に投げた。その本は炎に巻かれて消える。

 

「……」

 

 バレッタはぐるぐるとステップターンを切り返しながら、機関銃を振り回している。

 

「くすくす、全ては我が主のために。それに、個体として、意外とお似合いだと思っております。くすくす」

 

 かぐやは地獄と見まごう中、踊るように軽やかに歩きながらビームを『エクスクル』に照射し続けている。

 

「あなた、馬鹿なのね。我が君が幸せになることを望まない人形なんて、一体もいないのよ!」

 

『エクスクル』の右目の業火は激しく燃え散っている。残った左目と業火に、鏡夜は睨みつけられる。

 

「灰原鏡夜──―お前の感傷は、世界よりも重いのか?」

 

 〈Q‐z〉────Q『エクスクル』の慟哭はまさにそれ────千年の終わりを、カーテンコールを無限に引き延ばす。次の幕など存在しない。舞台で永遠に手を振り続けよう。

 ──────終わりの挨拶は、終わらない。

 壊れるまで続ける停滞の祝福、彼を超えなければ、次の時代は訪れない。

 遅延戦術と呼ぶには狂気に支配され過ぎている──―しかし、それが彼なのだ。

 

 なるほど、この時代の、言葉にすらならなかった、サイレントマジョリティーの代弁者。

 

(うるせぇ)

 

 時代の節目の番人たる彼に応え、打倒しなければ、願いを叶える資格はないと。

 

(うるせぇ)

 

 そもそもの話、今まで踏み越えていた多くの人たちが何を思い、何を願っているかも、鏡夜は深くは知らない。知ろうともしなかった。そして、多くの人々、人外が固唾をのんで戦っている自分たちの姿を見ている。異世界の責任が今まさに降りかかって──。

 

(うるッせぇッ!!!)

 

「やっかましい!!!! どいつもこいつもぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃッ!! 決着ってのはなァ!! テメェがつけるもんだろうが!!!! 世界がなんだッ! 時代がなんだッ! 契約がなんだッ!? テメェがいない決まり事突きつけて、何が決着するってんだァッ!!」

 

 本当に怒っていた。今まで溜まっていたあらゆる鬱屈と苦悩を完全に出し切るがごとく、喉が枯れるほどに叫ぶ。

 

「いいから来いよッ!!! 誰かも時代も関係ねぇッ! これは、呪詛と祝福と……俺とお前の決着だろうがッ! ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねぇッ!!」

 

 そして歯を噛みしめて、口角を吊り上げる。舐められるな、その金言すら超えた感情の発露。絶対負けてたまるか、という至極当然の情動が、一気に鏡夜のボルテージを引き上げた。

 

「──それとも、決着をつけるのが、怖いのですか?」

『エクスクル』は今までにない鏡夜の啖呵に飲まれたような、驚いた表情をして。そして笑った。

 

「は、ははははは。……ああ、そうだな、世界の決着をつけるのは、怖い。だから」

 

『エクスクル』の両腕両足に矛盾と混沌の炎が纏わり付く。鏡夜が全身灰銀の装備に纏わり憑かれるように。

 

「世界の決着をつけないために、お前と決着をつけてやる」

 

 そして『エクスクル』右目の業火が赤く青く、両立しない色彩に染まった。

 

『エクスクル』は爆速で空を飛んで移動する。その四肢を振るうごとに凍り付くような猛火が襲い掛かる。

 

「世界を変えようとする革命家の敵は悪ではない。過去ではない。愚かさではない。今この世界こそ美しいと空を見上げて目を細める、人の心──―いや、俺の心だ!! 行くぞくそったれども、お前たちが怖くてたまらないから、燃やし尽くしてやる!」

 

 上下左右、三百六十度、矛盾する炎が満ちる空間。まっすぐに襲い掛かってくる『エクスクル』へ、鏡夜もまた飛び掛かった。

 避ける先、逃げる先、そんなものはありはしない。だから前へ、前へ。

 

 鏡夜は矛盾する炎使い、『エクスクル』をその拳で殴りつけた。彼の手袋は生き物全てに必殺の状態異常付与能力がある。触れれば勝てる。

 だが、それは甘い考えだった。鏡夜の拳は一瞬して燃え上がる/凍り付く。

 

 一瞬にして、拳の感覚がなくなった。これはまずい、と鏡夜はもう片方の手を使って、『エクスクル』を押す。殴るというよりも距離を離すために弾いたのだ。その対価として残った拳も矛盾と混沌の炎に飲み込まれて消える。

 

 距離が離れたので、鏡夜は《鏡現》の足場を作ろうとして、自分に鏡を操る能力が消失したことに気づいた。

 両手を見る。素手があった。素手の両手があった。

 

(呪いが……外れた……!)

 

 鏡夜の鏡を操る能力は呪詛の限界値を超えたことで発生しえた、極北のプラスアルファだ。呪いの装備が一つ減った以上、その、理論値の先にある理不尽は消えてなくなる。

 

 鏡夜と仲間たちは《鏡現》の足場を失って、皆一様に下へと落下していった。床、塔の頂上は、全てが燃えている。ここに落ちれば、『エクスクル』の矛盾の炎に飲み込まれて消えるだろう。

 

「は、ははは! 勝った! これでお前たちの能力を燃やして、外に放り出せば、最高の遅延になる! もはや、 勇者 は俺で 魔王 は俺で 聖女 は俺で 仲間 も俺だ。世界は俺の一人芝居だ!!」

 

 灰原鏡夜は笑っている。

 

「貴方の失敗は一つだけです。貴方の 障害 を解いた私達を、貴方はまだ吸収していない。そう、残ってるじゃないですか── 宿敵 が」

 

 例えば、これが桃音や華澄と決着をつける前の鏡夜だったのならば。いらない能力をなくした上で自由にしてくれるという『エクスクル』に屈服していただろう。

 

 例えば、これが老龍や『フィナーレ』と戦う前だったのらば、冒険のなんたるかもわからないまま、このまま重力に負けて『エクスクル』に敗北していただろう。

 

 だが、その難問は、全て駆け抜けて解いたのだ。

 

 灰原鏡夜はバレッタのバズーカに撃たれて、桃音の方向へ飛ばされる。吹っ飛ばされて桃音と接触した鏡夜は、彼女の手を借りて、上空へとぶん投げられる。

『エクスクル』はビームすらも燃やす無敵の炎だ。しかし、無敵なのは炎だけである。かぐやは『エクスクル』の目に映る視覚を光の操作によって作り変える。

 鏡などなくても、無数の鏡夜をそこに作り出す。

 

「馬鹿が!」

 

『エクスクル』は視界に映る無数の鏡夜を全て燃やす、炎の波を放射する。

 

「JACKPOT! ……ですわっ!」

「ガッ……!?」

 

 上空に見えてるたくさんの鏡夜を燃やした『エクスクル』。その際に生まれたわずかな炎の隙間を縫うように。

 華澄が狙撃銃で、『エクスクル』の残った左目を撃ち抜いた。

 

「ひとつ質問なのですが────」

 

 鏡夜の声がした。『エクスクル』は炎が漏れ出る右目と血の涙が漏れ出れる左目を見開いて、上空を見る。

 

「俺の頭上ぴったりに打ち上げたのか!? ……お前、お前らァッ!」

「これで決着はつきましたか?」

 

『エクスクル』の顔面を思いっきり踏みつけて、落下する鏡夜。そのまま垂直に落下して、彼を地面に叩きつけた。

 

【LAST STAGE】 Q『Exclu』

 

 Clear! 

 

 床には大きな亀裂が走り、『エクスクル』の頭部は完全にへこんでいる。致命傷判定で外に飛ばされるのは時間の問題だ。

 

「アクション! リテイクだッ!!!!!」

 

 しかし、敗北した『エクスクル』は声を張り上げる。

 

「燃やせ、燃やせ、燃やせッ! 燃え尽きろ! 燃え落ちろ!! 俺の闘志は、折れてねェッ!」

 

 鏡夜の足元から炎が噴き上がる。

 

「これは、違う……?」

 

 熱さと寒さが一緒くたに襲ってきたような、自分の足場どころか存在が不安定になるような炎ではない。

 これは、これは明確な意図のある──。

 

「ハ! 燃えてるから炎使いかと思ったか? 燃えてるから熱血だと思ったか? ちげぇよ。混沌の中には全てがある。矛盾するということは、全てがあるということだ。闘志に糸目をつけなきゃ──俺は【全部】だ。【全て】だ。【なんでもできる】! んでもって俺は──────────―どちらかと言えば冷めてる方さ」

 

 決着の塔、頂上は、あらゆる全てを飲み込むがごとくの爆炎に包まれた。

 

 鏡夜は目を開く。

 常識外れの炎は全て消えていた。

 そして、仲間たちも全員消えていた。桃音も華澄もバレッタもかぐやもいない。

 

 鏡夜の前には──英雄、久竜晴水が全快して立っていた。その右目は、未だに燃えている。

 

「仲間がお前の強さって言うなら、排除するまでだ。このダンジョン内の、リコリスの罠まで転移させた。まったく、事後の策まで使わせるなんて、本当に愉快で不愉快だ」

「そんなことまできるなら最初からやればよかったのでは?」

「はん、混沌の中には全てがあるなんて詭弁を使った祝福チーティングだ。もうからっけつだよ。俺の回復にまで力を使ったんだ。ガソリンどもは全員致命傷。俺の中の生き物は全てダンジョンの外へ。かくして俺は一人きり、と。だが──」

 

 久竜晴水が刀を思いっきり握ると、刀身に炎が纏わり吐く。凍り付くような、溶かしつくすような矛盾する炎だった。

 

「俺の祝福はまだ使える。上等だ。俺の 妨害 がお前らを成長させただと。自分は俺の宿敵だと。ふざけやがって。知らないだろう。〈Q‐z〉の意味は、「QU」RYU HARUM「IZ」 頭とケツを合わせて「QUIZ」だ。はは、特に深い意味もなく、適当に付けた名前だぞ。存外響きがよくて高尚なもんだと勘違いしたに過ぎねぇんだよ」

「馬鹿みたいな名付けですね? いやぁ、貴方らしいと言えば貴方らしいですが?」

「そのとおおおり! こんな馬鹿みたいな代物をせいぜいいくつか乗り越えた程度で、一端の冒険者、宿敵気取ってんなよ」

「はははは、それをどうだ超えられないだろうと差し向けまくった奴の言い分とは思えませんねぇ? ブーメランって言葉ご存知でしょうか?」

「ああ、空から降ってきたがごとき災厄を自分の力とごり押ししてきた奴がする言い訳だな! おっと、その災厄も欠けたんだったな、ありがたく使わせてもらってこの通り回復したぜ。鏡の力も失ったお前が、俺に勝てるわけねぇだろ」

「舐め腐りやがりましたね久竜晴水ゥ?」

 

 言いたい放題だった。故にこの光景が世界中に中継されていることも忘れて、死闘が始まる。

 

「「死ね!!」」

 

 英雄 『久竜晴水』が現れた。

 

「if you wish to change the world,exceed me! (世界を変えたきゃ、俺を超えな!)」

 

 魔人『灰原鏡夜』が迎え撃つ。

 

「上ッ等ッ!」

 

【FINAL STAGE】 “Quryu Hrumiz”

 

 決 闘 開 始

 

「いま、私、過去最高に調子がいいんですよ!」

 

 鏡夜はその言葉の通り、今までとは比べ物にならない身体と感覚の冴えを感じていた。

《鏡現》は欠けている。しかしそれを補うように五体が冴えまくっている。

 久竜が振るう刀も容易く避けられるし、蹴りも拳も極めて強靭に振るうことができる。

 

 その理由は単純だ。

 

 手袋=【状態異常付与/不健康】

『健康をトレードする形で状態異常付与能力を得ている。極めて病弱かつ貧弱かつ息苦しい苦痛の身体を持つだろう』

 

 シルバーチェーンの【状態異常無効】とベストの【超身体能力】で補われていた手袋

 の【不健康】が欠けたことによって、その【状態異常無効】と【超身体能力】がさらなる能力の飛躍を見せていたのだ。鏡夜の現在の状態は、超健康とも言うべきレベルだった。

 

 しかし英雄もさるもので、もはやこの世界最上の身体能力を持つ男の体術と、全てを燃やし溶かし吸収する刀の炎を見せ札にすることで対抗していた。

 

 纏わり付かれればゲームオーバーの炎を相手に鏡夜は果敢に攻めていく。しかし武器を持った相手と徒手空拳の相手では相性上の問題もあり完全なる打倒には至らない。

 

「いい、加減! 負けたらいいかがです!?」

「は、冗談! まだだ! まだ話は終わらせねぇ! 負けるわけにはいかねぇんだよ!!」

 

 あの駄目駄目な革命家たちと同じように、熱意も、ましてや愛も、美学もない奴だっている。

 だが、そうじゃない、それだけじゃない。他人の子供を心配し、重い荷物を誰かのために背負い本気で頑張る人々の姿は、この時代、探せばどこにでもあった。"

 だから、晴水は負けるわけにはいかない。負けたくなんかない。

 少なくとも、目の前のこの男より、俺の、俺の人生は──面白い! 

 そう強い自負がある限り、彼の炎は矛盾しようと分裂しようと決して消えないのだ。

 

「お前こそ死ね! もう充分走ったろうが!」

「ふざけろ! 呪いが歩みを止める理由になるわけないでしょうが……!」

 

 鏡夜は呪われている。数多の呪いに侵されている。だが、それは誰だって同じじゃないだろうか。

 寿命の呪い、労働の呪い、病気の呪いだってあるだろうし、うまくいかないことだらけだ。

 だが、それでも彼は脇目もふらず爆走する。走り抜ける。その上で断言しよう。

 

 私は世界一幸せです、と。

 

 いろんな 柵 を抱えたまま叫んでやろう。この呪いのおかげで、私は幸せなのだと。

 ジャケットの呪いのおかげで冒険者として突き進んできた。

 ズボンの呪いのおかげで挑戦者たちと対抗できた。

 手袋の呪いのおかげで、愉快な人たちと友達になれた。

 そして、この全身の蝕む悍ましい呪いのおかげで……私は愛されたのだと。

 ああ、断言しよう。してやろう。私は世界一幸せだ! 

 その矜持が、その意地が灰原鏡夜を支える。目の前のこいつにだけは負けたくない。

 おのれの人生が最高であると、それを証明するために戦うというのであれば……。

 呪いを解くためではなく、呪いと決着をつけるために、今まさに戦っているのだから。

 

 負けるわけにはいかない。

 

 

 祝福と呪いの戦いは、ついに両者の意地のみの戦いとなった。

 だが、どちらも倒れない。目の前の男の心意気が、自分を超えていると、心のどこかで互いに思っていても、それでも負けを認められない。

 そんな言い訳なんか、格好悪くてできるものか。

 ああ、こいつになら負けてもいいが、こいつにだけは負けたくないと──。

 

 鏡夜は思いっきり、床へ踵押しを決める。床へ罅が入る。晴水がなんでも溶かす炎で下から掬いあげるように斬りつける。床が溶ける。

 先ほど、あらゆる全てを燃やし溶かす炎が燃え盛り、空から思いっきり『エクスクル』が叩きつけられたせいで限界を迎えていた床は、過度な戦闘に耐え切れず、ついに崩落した。

 

「んなっ」

「ま……ずッ!?」

 

 最上階層【頂上】が、崩壊する。

 

 

 ・──これは私達の罪と願いだ。私達は、神々の戦争遊戯に弄ばれるのはもうたくさんだった。

 ・──だから邪神に等しき六百万の神々を、私達は契約の炉にくべた。そして私達も。

 ・──六百万の神々と、そして当時の勇者と魔王をくべて存在する超有機願望成就エネルギー。それが〈決着〉の正体だ。

 ・──ここでは、あらゆる神が齎した力が吸収される。祝福は意味をなさなくなり、呪詛は呪うことをやめる。

 ・──どうか残った我らが子たちよ、希望に満ちた我々の未来を叶えてほしい……。

 

「うるさいですよ! 今それどころじゃないんです!!!」

 

 いちはやく体勢を整えた“黒目黒髪に戻った”灰原鏡夜は、脳内に響いた謎の声へ向けてそう叫んだ。そして起き上がりかけていた久竜晴水の顎を思いっきり蹴り飛ばした。

 

「ごふぅッ、脳が揺れ、てめェ!」

 

 久竜がふらつきながら刀を振るう。鏡夜の右腕に刀傷が刻まれる。まったく回復しない。血が流れ、痛みが持続的に続く。

 晴水の右目は、ただの人間の眼球に戻っていた。脳の揺れは未だ収まらず、顎の痛みはじんじんと後を引いている。

 完全に両者とも、ただの人間となっていた。祝福の力はなくなり、呪詛の恩恵も一切合切消え去っている。

 

 だが、両者はそんなこと知ったことかとばかりに戦い続けていた。

 

 なんの異名もトレードオフもプラスアルファもない”久竜晴水”と”灰原鏡夜”が死闘を繰り広げる。

 

 久竜は視界が揺れているけれど、刀という強い武器を持っている。久竜晴水は健常な状態だが、その四肢以外に武器はない。

 

 鏡夜が拳を振るうごとに、返す刀に傷が増えていく。傷は治らない。

 だが鏡夜は胸を張る。呪いはもともと──―いろいろある前は解くつもりだった。これが普通の人間なのだ。これが当然の道理なのだ。

 

 晴水が刀を振るえば振るうほど、拳や蹴りが叩き込まれ、ダメージが蓄積していく。祝福の炎はもう操れない。だが、彼の闘志は折れていない。折れない限り、戦い続ける。

 

 もはやどこにでもあるような意地の張り合いの末……。

 

 

 勝利の要因は──―つまり、強敵や理不尽や不可能へ挑み続けた鏡夜の経験値であり、または最初の顎への蹴り上げによるダメージであった。

 

 久竜晴水は刀を握ったまま、〈決着〉を背後にして前のめりに倒れた。

 

 

【FINAL STAGE】 “Quryu Hrumiz”

 

 決 着! 

 

 

 鏡夜もそれを確認して膝をついて息を荒げる。

 

 ここは闇と、光り輝く巨大なエネルギー〈決着〉しかない空間だった。鏡夜にはわかる。あそこまで辿り着けば、〈決着〉を使うことができる。

 

 鏡夜は這う。

 

 彼は這う。

 

 すると、闇の中から現れた女性が二人鏡夜の両肩を支えた。豪奢な金髪と長い黒髪。沈黙と饒舌の少女。

 二人ともボロボロだったが、常の微笑と無表情で鏡夜を見ている。

 彼女たちに肩を貸してもらい、鏡夜は〈決着〉へとたどり着いた。

 

 ────言いたいことはいった。世界へと、清算と決着、伝えるべきことは言った。責任は──駆け抜けるままに果たした。

 だから──さぁ、決着をつけよう。

 

「私の──願いは──―」

 

 〈契暦1000年・清暦1年 1月10日 午後〉

 〈日月の契国 塔京都 貝那区〉

 

 喫茶店でだらだらした態度でスマートフォンをいじっている黒目黒髪の青年がいた。

 今までリラックスするチャンスなんて全然なかったのだから、快適さを全力で味わってやろう、と言わんばかりのだらけっぷりで、ニュースサイトに目を通している。

 

 なんでも契暦の時代が終わったがゆえに、各国は過去の遺恨を一つずつ検証し、突き合わせて、話し合い、決着をつけることにしたらしい。

 その重大な判断には、きっと“決着は自分たちでつけるものだ”と喝破した鏡の魔人の影響もあるのかもしれない。

 千年。千年だましだまし、いつか決着がつくからと先送りにしてきた事項はあまりに多い。百年二百年きっとかかるだろう。

 それでも自分たちで、人任せにすることもなく、一つ一つ決着をつけていくと、そんな明るいニュースだった。

 

 そしてそれよりもさらに上位のニュースが一つある。

 

 人と人外の違いなど、きっと些細なことなどだと、笑いあえる日を──。魔法のように全てを無理やり解決したり、遺恨を失くすことはできないけれど、一個づつ解決していくのだと──。

 そんな夢を見て、改元された暦の名は清暦だった。これからゆっくりと契暦からその暦に以降していくという。

 

「セイレキ……ね、いい年号だと思うぜ? けけ」

 

 何か含みのあるような、その含みを含めて喜んでいるような、軽薄な笑いだった。

 

 その青年は喫茶店のカウンターでコーヒー代を払うと、ふらっと、散歩するように歩き回り始めた。

 

 青年は塔京を歩く。かつての蝶の事変によって引き裂かれた都市は、まだ完全に元の通りとはいかないけれど、生活する分には不都合はなくなっていた。

 あともうしばらくすれば、元の活気ある都市の姿を取り戻すだろう。

 

 その青年は歩いていると、とある三名と遭遇した。薄浅葱色のモーニングコートを着た小柄な少女とワインレッドの夜会服を着た長身の金髪の女性、そして黒より黒い漆黒のスライム。──青年はスライムも数えるのだと知っていた。

 

「どーも、こんちはー」

 

 青年は軽薄に挨拶する。

 

「ん? ああ、君は──なるほど。こんにちは」

 

 そう言って通り過ぎようとする青年の背中に向けて、その小柄な薄浅葱色の髪をした少女は言った。

 

「僕はエウガレスに帰ることにするよ。どうも、知性を使われちゃったらしくてね。すぐにでも修行で取り返したいんだ──伝えておいてくれよ──灰色の彼に、ね」

 

 青年はひらひらと片手をあげてそれに答えるとそのまま、三名と別れるように去っていった。

 

「知り合いか? 薄浅葱」

「ああ、ソア。僕よりもよっぽど勇者なね」

「んむ、お前もそう悪くはないと思うが」

「私も──、うむ、自虐などしないでくれ、勇者じゃなくても。お前はすごいと思う」

「ありがとう、叔父様、ソア。うん、実にビターエンドだけど、まぁ楽しかったかな」

 

 青年は黒いシスター服を着た少女を引きつれた巨人と出会った。青年はその巨人の全身に入れ墨が施されているのが自然と感じた。が、しかし入れ墨は綺麗さっぱり存在しない。

 ただの獣じみた巨人に青年は挨拶する。

 

「こんちはー」

 しかしそっくり無視されてしまう。彼らの会話が聞こえる。

 

「これで魔王も廃業だ──呪いを全部燃やされちまったんじゃな。まったく。ま、悪くねぇ。結局、どいつもこいつも粘り強いっつーか、ただでは流されないっつーか。ああ、自由ってのも悪くねぇか」

「…………」

 

 ずっと黙っている黒い修道女に巨人は言う。

 

「だが、あのクソ偽物聖女には今度こそ絶対勝つぞ! わかったなアリア!」

「……は、はい」

 

 黒い修道服の少女はとても小さな声でそう言った。青年はふっと興味を失ったように他の場所へと去っていく。

 

 青年はぞろぞろと雑多な宗教を思わせる聖職者たちを引き連れた青い修道女に挨拶する。

 

「こんちわー」

「こんにちは」

 

 その青い修道服の女は聖母を思わせる笑顔を浮かべる。

 

「突然ですが、私のファンになりませんか?」

「え? もうファンっすよ、マジで、もうメロメロっつーか」

「……そうですか。ところでご存知ですか? アイドルというのはファンがいなくてもアイドルですが。たった一人でもファンがいるのならば、無敵になれるのです」

 

 なぜか青年は威圧感を感じて冷や汗を垂らす。青い修道女の女はくすくすと笑う。

 

「ですから、ありがとうございます。私、頑張りますね?」

「お、おう……」

 

 そう言って青い修道服の女とそのお付きの者たちは去っていった。

 青年はしばらく立ち止まっていたが、思い直したようにまた歩き出す。

 

 青年は冒険者組合の前を通りがかった。すると、その扉から鎧を身に着けた黒髪の中年が出てきた。

 青年は、その鎧の人物を見てありえないものを見たとばかりに目を見開く。

 するとその鎧の人物が挨拶をしてきた。

 

「やぁ、私は柊だ。それ以外に名前はない──わかるだろう?」

「……ど、どうも、こんちわ」

「私がしたことはあまりにも、これから先の日月の契国に悪影響だ。必ず決着はつけるが、今だけは伏せておく。──と追い出されてしまったんだ。あまり気にしないでくれ」

「気にすんなっつわれてもな……」

 

 青年は驚天動地の心持ちだった。

 

「今は冒険者をして糊口を凌いでいる。吸収された彼らは大事なものを奪われたらしいが、私が奪われたのは立場だけだ──やれやれ、彼らしくもない」

 

 そんな話をしていると柊の後ろからおばさんの声がした。

 

「ちょっとあんた! どいとくれ! 掃除の邪魔じゃないか! まったく疲れる。もうエネルギー切れだね。あーあー、かったるい、なんで気づいてくれないのやら」

「おっと、これは失礼、ご婦人」

「なぁにがご婦人だい! きっしょくわるい気取りだね!」

「失礼、身体にしみついていてね」

 

 柊の言葉を無視して、ぶつぶつ言いながらおそらく清掃員だろう歳を召した女性は冒険者組合の裏手へと回っていった。青年はつい突っ込んだ。

 

「いや、無礼されすぎじゃね?」

「そうかね? 王ではなくなった私など、権威も何もないからね。ありえない話ではない」

 

 いや、ありえないだろ、と青年は思う。彼が知るこの人物の特徴と落差あり過ぎ──カリスマ吸い取られて燃やされたのかこれ。

 

「とりあえず柊お──こほん、柊ィ、他人に汚物のごとき言葉を押し付ける婆に付き合うアンタは忍びなさすぎて気分悪ぃし、知り合いに世話焼かせるから。これ決定事項な」

 

 まぁ、カリスマを取り戻すまで舐められ続けるというあまりにも重い十字架を背負ったこの男には、焼け石に水の手助けだろうが。

 そんなことを知ってか知らずか、柊はふっ、と、気取っているくせにまったくカリスマを感じられない嬉しそうな笑顔で言った。

 

「ありがとう。君は本当にいい敵だった」

「敵って」

 

 そう笑いあって入れ違うように柊は冒険者組合から外に出て、青年は中に入っていった。

 

 青年は特に深い考えがあって冒険者組合の建物に入ったわけではなかったが、彼らに気づいて、縁というものの奇妙さを感じた。

 青年はテーブルに座って酒を飲み交わしている、騎士らしき装備の冒険者と軍人らしき装備の冒険者の二人に近づいて話しかけた。

 

「どうも、アンタたちに世話になったもんです」

 

 二人の冒険者はびっくりしたように青年を見て、それから二人顔を見合わせる。

 

「お、おい、覚えあるか?」

「いや、全然ねぇ」

 

 二人は互いに小声で話しているが、青年は気にせず言葉を続ける。

 

「アナタたちに冒険者は舐められたら終わり、と忠告されたにもかかわらず、どうもうまくいかなくてさ。言ってた通り、他のパーティの連中にちゃちゃいれられたり、仲間ほぼ全員に敵対されちまったんだ。でも、信じて続けてやってみたら報われたよ、ありがとう。そう伝えたかったんだ」

 

 二人の冒険者は疑問符を大量に浮かべているように動揺していたが、ニコニコしている青年に毒気が抜かれたのか、どちららともなく答えた。

 

「ああ、いや──―いいってことよ、なぁ?」

「おう、小さな見栄を張ることは大事だ。アンタは立派な冒険者だよ」

 

 そして何か閃いたのか、騎士っぽい装備をした方の冒険者が言った。

 

「ところで知ってるかい? 冒険者の語源」

「語源? いや、知らねぇなぁ」

「神話の時代の遺物を漁る、神に対する不遜の所業──冒涜的探検者、ってな」

「ああ、そんなのあったなぁ、お前ほんとそういう与太話得意だよなぁ」

 

 軍人風の男の茶々に、ばーかと、騎士風の冒険者は笑うと、青年へ言った。

 

「もしもこれからも冒険を続けるってんならさ、畏れるなよ、そんなの、俺たちにに似合わねぇからさ」

「ああ、そうかいそうかい、ま、鏡の魔人さんが切り開いた新しい時代の到来だ! すかっといくのも悪くねぇか」

 

 軍人風と騎士風の男はからっと豪快に笑い飛ばす。それを青年は、まるで眩しいものを見るように眺めていた。

 

「──―ああ、嬉しいな。やっぱり俺にとっちゃ、アンタたちが冒険者だ。話せてよかったよ。じゃあな」

 

 おう、じゃあな! という冒険者二人組の声を後ろにして、青年は冒険者組合を後にした。

 

 青年はしっかりとした足取りで、貝那区の外れ、【絢爛の森】へ向かい、そして足を踏み入れた。

 

 

 青年は絢爛の森の中を歩く。本来許されざる侵入者は沈黙の管理人に捕縛されるのだが、襲う人物はいなかった。

 冬でありつつも、澄み渡った天気から差し込む太陽の光のおかげで少しだけ暖かさも感じられた。

 

 青年は絢爛の森の中、少し開いた場所にある小屋へ入る。

 

 そこには灰色の服があった。

 

 ダークグレイの手袋。真っ白なシャツと灰色のベスト。明るいグレーの華美なジャケットとズボン、腰元につけるシルバーチェーン。灰色の宝石でまとめられたポーラータイ。そして灰色の帽子。

 

 彼はそれらに着替えていく。

 

 そして最後に帽子をかぶった時、黒い髪は灰色に変わり、黒い瞳は紅に変わる。

 

 ──―鏡の魔人、灰原鏡夜がそこにはいた。

 

 これが彼の願い。着脱可能の服装一式。神すら理論値であり実現できなかった呪詛を、都合の良い着脱可能の装備に変えるという願いを、彼は叶えた。

 それで発生するあらゆる理不尽もまた〈決着〉によってねじ伏せて──それでも少しだけ、願いを叶えるリソースは残っている。

 

 本来は仲間のために使おうと思ったのだが、全員に固辞された。(桃音は無言&無表情だったが殴られたので拒絶されたという解釈でいいだろう)

 

 では何に使おうかと、街中を呪詛装備のない自分で歩いて決めた。

 

 やっぱり決着をつけるために使おうと。自分の呪いと決着をつけるために。それが鏡夜の目的だった。

 

 彼は小屋から一枚の紙とペンを借りると、そこにさらさらとメッセージを書く。その手紙を懐に入れて鏡夜は小屋の外に出た。

 

 そこには不語桃音がいた。白百合華澄がいた。バレッタ・パストリシアがいた。かぐやがいた。

 

 彼女たちと合流して、そして鏡夜は────。

 

 

 

 〈西暦2020年 1月10日〉

 〈日本 東京都〉

 

 ──―転じて、とある郵便受け。

 一人の人物が手紙を受け取り、それを読む。

 

 そしてその人物は激怒して叫ぶ。

 

 暴れまわる。物に当たり、壁を殴る。

 

 暴れまわるその人物の足元に手紙が落ちる。

 

 その手紙には、豪奢な金髪の美少女と、長い黒髪の美女と、セピア色の人形じみた美貌の少女と、日本的な美を偏執的なまでに実現した美少女に並んで、灰髪紅目の青年が笑顔で映っていた。

 

 添えて一言。

 

 ──―私を呪ってくれて、ありがとうございます♡

 

 

 これが彼の呪詛と人生への決着。──―決着の塔は踏破された。

 

 

 

 〈契暦1000年・清暦1年 1月11日 午前〉

 

「んー」

 

 契暦史上最悪の第三勢力の首領キー・エクスクルは全身を簀巻きにされた上に目隠しと猿轡をされて牢屋の中で横たわっていた。

 決着の塔の中だけならば大目に見られただろうが、確実に世界に対するテロリズムを行い、また塔京を分解するという罪まで重ねられている。

 あまりにも規模が大きく重大な犯罪行為だった。

 今日、彼は契国軍に身柄を引き渡される。そしてすぐにでも国際司法の場において裁かれるだろう。

 

「ハル……」

「んー。んん!」

 

 晴水の姉である、久竜恒子。契国軍少佐が移送のため牢屋に訪れる。

 

「私も、共に行く。お前を決着の塔に挑戦させたのが……そもそもの、間違いだった。 姉として……責任は取らねばならんだろう。私は、ハルの……家族だからな」

「んー、んーんー」

「その心がけ、とても立派だと思うわ」

「……んー」

 

 ずっと唸っていた晴水は聞こえてきた声に押し黙った。おそらく恒子少佐に寄り添うように付いてきている人物の声だ。少女の声だ。透き通った、冷徹な声。それはまさしく──。

 

「──―ええ、本当に」

 

 リコリスの声だった。

 

「……それじゃ、行きましょうか」

「ああ」

 

 深く沈んだ声で会話する二人の女性。そして恒子の部下たちによって久竜晴水が連れていかれる。

 恒子も後から張り詰めた空気でついていき。牢屋に残ったのはリコリスだけだった。

 あまりにも。あんまりにもごたごたがあって、情報がいきわたらなかった。リコリスが騙されていた英雄パーティの一員のままなのは、そのせいだ。塔京分解の犯人がリコリス・エーデルワイスだと把握しているのは、柊釘真と染矢令美──そして自首したリコリスを監視していたドーム職員たちだけだ。柊は性格的に言わず、染矢や職員は肉体的には一般人。深い影響はないとはいえ、未だ意識を取り戻していない。

 

 久竜晴水と灰原鏡夜の一騎討ちのため、リコリスは決着の塔にて鏡夜の仲間たちと死ぬまで戦った。しかしついに致命傷を受けて、死亡判定を受けて塔の外に放り出され……。吸収されて、致命傷になるまで力を搾り取られて塔の外に放り出されていた者たちに混じったのだ。

 現在、祝福や呪詛、その他諸々力を持っている者ほど早く意識を覚醒させている。そしてティターニアである彼女は、一番に意識を取り戻し、チャンスと危険を理解して。そしてキー・エクスクルに裏切られた英雄パーティの一員としてそれらしく、今日まで振る舞ってきた。

 その祝福と呪詛と機械を吸いつくされた、未だ現実を受け入れられないパーティ全員の代表として、恒子の晴水移送に付いてきた。

 

 リコリス・エーデルワイスは、おそらく近日中にここを過去観測するだろう人形へ向けて、ウィンクをした。

 そして牢屋を去る。

 

 ──―久竜晴水は、その移送中、リコリス・エーデルワイスの不意をついた行動により奪取されてしまう。

 たった一つの痕跡以外、あらゆる足取りは消え去り、彼と彼女は煙のように消え去った。

 そして、その痕跡である、移送車に書かれた文章には、こう記されていた。

 

 How amazing! How many wonderful creatures there are here! Mankind is so beautiful! 

 Oh, what a wonderful new world, that has such people in it! 

 

 ──シェイクスピア『テンペスト』より引用。

 

 

 最後までシェイクスピアを引用する、演劇かぶれの英雄だった。

 

「しっかし、結局あんだけやってなんもしなかったな。革命家の意思をくじいて罪を引っ被っただけだ。これじゃ第三勢力の名が泣くぜ」

「なにもしなかった、なんてそんなことはないわ……エクスクル、あなたは、『守った』のよ」

「────……」

「……? どうかした?」

「……いや、そうだな。うん、その通りだ。はじめて守りたいものを守った気がする。そうか、これが『守る』か。ハハ、似合わないな。……でも、悪くない。これがわかっただけでも上々だ」

 

 決着はつけられ、契歴が終わり。けれど。

 

「──―ああ、だが、この空は、この空で、きれいだ」

 

 清暦の空も、青く晴れていた。

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