決着の決塔   作:ディティールノベル

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パレード(1/3)

 今は昔、〈聖域〉にいと貴き月の女神を信奉する帝がおりました。

 その帝へ月の女神は神託を下しました。

 ──―信仰に報い、褒美を授けると。

 帝は喜び、こうおっしゃいました。

 

「音に聞こえる最古の物語、その美しい姫がほしい」

 

 月の女神は、それだけか? と再び神託を下します。

 嗚呼、そう問われると欲をかくのが人の情でございます。帝はおっしゃいました。

 

「音に聞こえる最古の物語、その不死の薬がほしい」

 

 月の女神は、それだけか? と再び神託を下します。

 これにお喜びになった帝はあれこれと物思いに耽ります。

 

 自らが治める〈聖域〉は平和でありました。

 けれど、それもいつ消えるかわからぬ儚い約束事に過ぎません。

 争いばかりの世の中です。

 近頃、勇者なる者と魔王なる者が、和平のために【聖域の塔】へ入る許しを求めてきましたが……。

 きっと叶わずさらに悲劇を生むだけでしょう。

 争いから〈聖域〉と自らを守るため、帝はおっしゃいました。

 

「ならば忠誠を尽くし仕える、強大な力を授けたまえ」

 

 帝が神託を待つ間、勇者と魔王の〈契約〉が結ばれました。

 月の女神を含めた数多の神がお隠れになり、神託はもう二度と下されることはありません。

 もちろん、姫も薬も力も、帝は授かることはありませんでした。

 求めすぎて得られる機会を失うとは、欲のなんと罪深いことか! 

 

 

 

 〔勇者と魔王のジョーク集 【願いすぎた帝】より抜粋〕

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 〈荒野〉──【決着の塔】の第一階層。乾いた風が吹き、地平線の先まで見える殺風景。

 クエスト『カーテンコール』が大暴れした入口フロアから階段を上がり、その〈荒野〉をずーっと東へ真っ直ぐ進むと辿り着く、次の階層へ繋がる扉。

 扉の前には一匹の大獅子が佇んでいた。荒野のボスモンスター、百獣の王は茶色の毛並みを風で揺らす。

 相対するは青年一人と少女四人。彼らパーティを大獅子は鷹揚と寝そべりつつ見据え続けている。

 

「よし! なんとか一番にたどりついたな!」

 

 決着の塔、挑戦者。〈英雄〉たる契国人の青年は快活に言った。大獅子の元に来るまでに、モンスターと戦い、彼とパーティのウォームアップは万全だった。

 

「油断するんじゃないぞ、クリュー」

 

 ハルバードを構えた短い赤髪のドワーフ少女は〈英雄〉を戒めた。

 

「そうよ、晴水。何も仕掛けてないのに得意げになるなんて素人のすることよ」

 

 片手に九ミリ口径の拳銃をぶら下げた黒い長髪の少女が忠告する。

 

「ああ、悪い。苦労したからな。つい張り切った」

「そうねぇ、“ハーちゃんは玄関も通れないの? ”とか“ハル、修行のし直しだ”とか嫌味を言われたもの」

 

 黒髪の少女は〈英雄〉パーティのスポンサー二人の声真似を淡々とした。青年は苦笑いを返す。

 

「嫌味じゃないよ。敗走したのは確かだしね。あれは俺を思って言ったんだ。なら応えないと」

 

 決着の塔は必要最低限の治療しかしない。もし英雄たちが、『カーテンコール』と対峙した時に、逃亡を選択しなければ魔王配下四天王のように重症を負っていたはずだ。

 一か月は病院で缶詰になる。しかしそんな情状酌量の余地など英雄たちのスポンサーにとっては関係ないのだ。

 

「文句を言うなら望郷教会のようにエリクサーを用意していただきたいところだ、まったく」

「ケール、ないものねだりだ。……今あるものでなんとかしないとな」

 

 赤髪のドワーフ──ケールに端的に応え、〈英雄〉は刀を構えた。

 その刃に炎が纏わりついていく。〈英雄〉の持つ力が武器へ伝わり炎刀が完成する。炎の〈祝福〉。闘志折れぬ限り、燃え続ける王道の加護。

 冒険は火とともにあり、火から神の関わりから始まった、という決まり文句とともに、冒険者は炎をモンスターに叩きつける。

 揺らめく灼熱を肌身の傍にして、〈英雄〉は鼓舞する。

 

「闘志は万全、みんなはどうだ?」

「一切合切問題なしっ! ハル!」

 

 両腕両足を機械化したポニーテールの勝気な少女が元気に応える。

 

「アイテム類はフルスロットルで使っても三十分は大丈夫です。クリューさん。〈加護〉の余裕もあります……。セット」

 

 ツインテールをリボンで結ぶ白髪のハーフドラゴンの少女は両手を祈りの形にした。縦長の青い瞳孔をした少女が目を閉じると、白く淡い光に彼女自身が包まれる。そしてその淡い光は彼女の中で増幅され、パーティ全体を包み込んだ。

 

「性能比十%上昇、不調なしと報告だ」

 

 ケールが加護の状態を確認し。

 

「フォーメーションは対狩猟動物型。単体。……それじゃ、どうぞ?」

 

 黒髪の銃使いが〈英雄〉へ呼びかける。〈英雄〉は頷くと、まっすぐに大獅子を見据えて号令した。

 

「よしッ! いくぞッ!!」

 

 まず真っ先に駆けたのは号令した〈英雄〉当人だった。地面を強く踏みしめて、真正面から大獅子に斬りかかる。

 伏せていた大獅子は軽々と振り下ろされた炎刀を横に避けると、牙を剥いて〈英雄〉に飛びつく。〈英雄〉は振りかぶった炎刀を防御に回し、噛みつきを防ぐ。牙と刃がぶつかり合う。大獅子の口の中で炎が燃え盛る。

 

「火を怖がらない──。けど、効かないってわけじゃないよな!」

 

 刃からさらに噴き上がる火炎。チリッと肉の焦げる匂いがした。

 大獅子は口を開いて刃を離し〈英雄〉から距離をとる。離れた位置から低い姿勢になり〈英雄〉パーティを大獅子は睥睨する。

 圧すらある視線の鋭さだが、大獅子は考えているわけではない。理性はない。意思もない。予め決められた戦闘パターンから、冒険者たちへの対処法を割り出しているに過ぎない。

 

 その演算による僅かな動作の停止を突くように、黒髪の銃使いがパーティ後方から九ミリ弾を撃つ。狙いを軽く定めつつ、遮二無二に撃ちまくる少女。

 威力重視なのかリコイルの衝撃が強いせいで、いくつか外しつつも銃弾は大獅子にあたる。対して大獅子は避けもしなかった。血は流れない。

 どう見ても致命傷には程遠かった。

 

「狩猟銃を持ってくればよかったわ。用意していれば早く終わっただろうし」

「言ったところで仕方なかろう。……蜜柑」

 

 銃使いの黒髪少女の呟きに応えたハルバードを持つ重騎士ドワーフは、続いて聖職者の半竜少女──蜜柑に呼びかける。

 

「かしこまりました、ケールさん。〈二重加護〉、セット」

 

 蜜柑は傅くように両膝を地面について、祈りの形にした両手を天高く掲げる。淡い輝きが、今度はハルバード装備のケールにのみ、降り注ぐ。

 事前に施した長時間低強化の祝福。その上からシンプルな瞬間強化の加護を被せ、ひとときだけの強靭をケールは得た。

 

 ケールは荒野の土を爆発的に踏みしめて大獅子に迫ると、重いハルバードを力任せにモンスターへ振り下ろした。

 大獅子は爪でそのハルバードを弾く。火花が散る。刹那。いつのまにか大獅子の側面へ〈英雄〉は回り込んでいた。

 ケールの攻撃を防いだ結果生まれた大獅子の隙。会心の一撃。

 

 しかし、〈英雄〉の燃える刀を大獅子は軽々と避けた。まるで、刀が大獅子を避けたように。

 

「なに?」

 

 刀を突きだしたまま青年は間の抜けた声を出した。伸びきった肘、固まった姿勢。

 

「クリュー!?」

 

 サイボーグの少女は隙だらけの〈英雄〉へ叫ぶ。

 幸いにして大獅子は〈英雄〉を狙うことはなかった。

 大獅子が見据えていたのは聖職者である蜜柑。大獅子は〈英雄〉の横を通り過ぎ、重量級の足音を立てながら、猫科特有の瞬発力でバネのごとく駆け出し、白髪の半竜少女へと向かっていく。

 黒髪の銃使いは淡々と呟いた。

 

「あなたたち狩猟動物型のモンスターはいつもそうね。弱く重要なところから狙っていく。狩りの鉄則から外れない。まぁ、今はそれがとても有難いけど。……サイシン」

「行かせるわけっ、ないでしょうが!!」

 

 吠えるように茶髪のサイボーグ少女、サイシンが大獅子の前に威勢よく立つ。彼女の両腕のギミックが変形する。ギュイィーンと仕掛けが作動し、組み合わさり、巨大な盾となり、大獅子の爪攻撃を防いだ。

 

「さ、やっちゃいなさい、ハ──―」

「がッ、ふ……」

「ル──―?」

 

 サイシンの後ろ、守ったはずの蜜柑から苦悶の声がした。

 

「え?」

 

 サイシンが振り返る。蜜柑の胸に、二つの大きな穴が空いていた。血が噴き出す間もなく、大きな穴が二つとも歪み、蜜柑の全身が八つ裂きにされ、バシュンと夢幻だったかのようにその姿が消える。

 

 致命傷を負うと、最低限の治療後にテレポーテーションで外へ放り出される【決着の塔】特有の性質。優しいとすら言える、失格判定。

 

「ウソでしょっ……!?」

 

 致命傷とは本来死に至るものだ。閃光のように一瞬で齎された死にありえないと、サイシンが叫ぶ。理不尽だ。

 まだ、恐ろしい鉄の塊、『カーテンコール』の方が理解できた。

 第一階層のボスから空間跳躍致死攻撃!? とサイシンは眼前まで迫り、盾の向こう側にいる大獅子の牙を見る。濃厚な獣臭さがサイシンの鼻をつく。

 大獅子は身をひるがえす形で、盾を超えてサイシンに噛みつこうと巨体をひねる。〈英雄〉とケールは距離の関係上、間に合わない。少し離れた横方向にいる銃使いの銃は効かない。

 

「舐めてんじゃ──―!」

 

 サイシンは両腕のギミックをカウンター攻撃型へ変形させようとして──ガチッ、と止まった。

 

「はっ?」

 

 ギギギギギーッ、と擦れるような異音。中途半端な形で止まるアームガジェット。ギッギッギッ、と何かに阻まれたように動かない。

 

「これッ! ちがッ──―!」

 

 サイシンは何事かを叫ぼうとして、大獅子に頭を食いちぎられた。返し技が使い物にならなくなったのだからさもありなん。食いつかれた勢いのまま、大獅子に伸し掛かられて、大獅子の体重で全身を砕かれながら──―バシュン、とサイシンの姿も消える。

 

「蜜柑! サイシン! ……クソッ!」

 

 サイシンが消えたことで地に伏せる姿勢となった大獅子を見据えて、〈英雄〉は悔しそうに仲間の名前を呼ぶ。二人が落ちた。今頃彼女たちは重症で塔の外、ドームの内に設置された舞台で倒れていることだろう。

 

「参ったわねぇ。ここまでのモンスターが弱かったから油断してたわ」

 

 黒髪の少女はクールに呟いて九ミリ拳銃を延々と撃ち続ける。カチ、カチ、と弾が切れれば流れるような動作で再びリロードして、発砲発砲発砲。引き際を見誤った、と淡々と評して、残ったドワーフと契国人の青年に視線をちらりと向けて言う。

 

「ケール、晴水、逃げなさい。流石に全滅するのは避けないと。私はここで足止めするわ」

 

 〈英雄〉は風に長い黒髪をたなびかせる銃使いの彼女へ即答する。

 

「バカ言うな! リコリス! 守るから、一緒にいくぞ!」

「言ってる場合か! 撤退には手が足りんぞ!」

 

 小さな重騎士、ケールの言葉に、〈英雄〉は強い決意を滲ませていると聞く者に思わせる声で返した。

 

「逃げるんじゃない! 守るから、戦うんだ! 刀で肉を焦がせた! リコリスの弾はキズになってる! ケールのハルバードも避けてた! 奴に防御力はない!」

 

 〈英雄〉は刀を上段へ構えた姿勢で、力強く大獅子へ駆け出した。

 

「この馬鹿め!」

「やれやれ」

 

 少女たちはわかっていたように、英雄と互いの戦闘を補助するため、同時に別々の方向に動き出す。前に銃使いのリコリス、右には炎刀の〈英雄〉、左にはハルバードのケール。大獅子を囲う陣形。メンバーが減ったとはいえ、彼と彼女らは決着の塔攻略者に選ばれるほどの勇士である。そのコンビネーションは抜群。

 大獅子は防ぎきれず、銃とハルバードと炎刀で同時波状攻撃をまともに受けた。やけどに銃創の大ダメージ。

 

 しかし、大獅子はそのダメージを無視してリコリスに襲いかかろうとする。そうはさせないとケールはリコリスをカバーするように、黒髪の銃使いの近くへ移動した。

 二人が並び向かってくる大獅子を待ち構える。〈英雄〉は大獅子の背後から追い迫る。

 

 大獅子は、大きく息を吸い込むと、背後から必殺の一太刀を浴びせようとする英雄も無視して〈吠えた〉。荒野の土も流れる風も揺らす轟音。

 なんてことはない。少し熟練した冒険者なら祝福も呪詛も機械化も必要なく、身構えるだけで硬直を無効化できる、ただの威嚇。そうとしかこの場に残っている彼らには思えなかった。

 

 にもかかわらず。互いにカバーし合っていたリコリスとケールは全く同時、腹部に大穴を空けられた。

 

「……」

 

 黒髪のリコリスは無言で上を仰ぎ、空に向かって無為の三発を発砲する。

 

「あり、えん──!? 攻撃もなにもしていないはず──まさ、か……四大天使級、の……」

 

 現状を認められないと、呻きながらぐるりと白目になったケール。

 そして二人は地面に向かって叩きつけられるように血の花を咲かせて消失した。

 

「なん、でだァッ!!」

 

 迫真に迫る〈英雄〉の叫び。振り下ろすはずの刀は、大獅子の肌へ接触する前に弾かれ。振り返った大獅子に左腕を食いちぎられ。

 地面に穴がひとりでに空いて、それから〈英雄〉は右目を貫かれた。

 

 

 

 

「まずはおめでとう、と言わせてほしい。クエスト『カーテンコール』討伐、ご苦労だった──灰原鏡夜くん」

 

 執務机に座っている偉大なる契国の王。柊釘真は鏡夜を見据えて言った。

 

「いえいえ、こちらも感謝させてください。【決着の塔への挑戦権】、ありがたく頂戴します」

 

 柊王と机を挟み向かい合って優雅に立っている灰原鏡夜は、帽子に手をやりつつ恭しく返答した。

 

 鏡夜は黒く光沢を放つ執務机へ座っている釘真に、ただ一人謁見していた。一対一というわけではない。

 釘真の後ろには、見覚えのある鷹のような翼を生やした黒スーツ仮面の人物が控えていた。

 翼の人物は鏡夜の視線に気づくとさらに顔を隠すため、仮面の上を両手で覆った。

 

(恥ずかしがり屋……? つーかなんでいるんだ?)

 

 契国の王は契国人どころか、たいていの人類人外にとって称号だけで緊張せざるを得ない重要人物である。

 が、鏡夜は柊王の権威などよくわかっていなかった。故に周囲を観察する余裕すらある。もちろん意地を張る余裕も。

 意地を張って飄々と佇み、嘯く鏡夜へ、柊王は愉快げに告げた。

 

「うむ、贈呈しよう。誰にも文句は言わせない。君たちは、それだけのことをした。君たちが──―」

 

 一呼吸おいて。

 

「君がいなければ、あのロボットは倒せなかったはずだ」

「おやぁ? そうなんですかー? わかっていたのに、あんなに冒険者をお集めになられたので?」

 

 鏡夜はあくまで軽薄に、言葉尻をとらえる。舐められないための虚勢だ。特に深い考えもなく、虚勢のため行われた指摘に──柊王は過度なほど穏やかな声音で返した。

 

「──―。〈こんな早くに〉、攻略できなかったという意味さ。速攻で片付けた君にはわからないかもしれないが……あれは相当の難物だった。白百合くんだって、君が来るまでは何もしなかったしね」

 

 

 鏡夜は白百合華澄に心の中で同意する。彼女は〈人形使い〉の捕縛のみが目的である。〈Q-z〉事件特別対策本部 外部特別顧問なる肩書でどこまで自由に動けるかは知らないが塔の中へ入り込めている以上、リスクをとる必要はない。彼女が本来するべきは刺客の打倒ではなく、痕跡の調査と犯人の追跡である。

 アルガグラムのエージェント、白百合華澄が鏡夜へ協力しているのは、ただメリットがあるからに過ぎない。不語桃音と違い、ドライな関係。利害関係だと鏡夜のみならず、華澄も共通して認識している。

 温度差は、あるかもしれないが。

 

「加えて──不語くんは、存在感のある子だ。だから知っているが、彼女もきっかけがなければ【決着の塔】に訪れなかったと思う。やはり、君が……特異点なのだよ。私の勝手な考えだがね」

「そういうものですか。ご慧眼です」

 

 鏡夜は社交辞令で頭を下げようとして。

 

「──私の臣民ではないのに、私へ頭を下げる必要はないさ。心にもないことをさせたくはない」

 

 柊王から制された。鏡夜は一瞬、背筋が冷たくなる。下へ向けた視線を釘真の方へ戻し、彼の目を見る。彼の静かなブラウンの瞳と鏡夜の紅眼が交差する。

 

「私に礼を尽くすべきだ──もしくはそうしたいと思ったときに、してくれたまえよ」

(なんでわかった──?)

 

 鏡夜は片眉をつりあげて訝しむ。いや、そもそも、わかっていてなぜ。

 

「なにも言わないんですか?」

 

 臣民ではない。つまり日月の契国の民ではないということに。もっと言うと戸籍も過去も何もないのだが──。

 釘真は威厳の中にも親しみを込めて言った。

 

「言わないし、問題にもしない。安心したまえ。君は私なりに言うならば勇士となったのだ。君は、下手な冒険者よりも身元が明らかになった。誇るといい。君は勝利者であり、見事多くのものを勝ち取った。しかし、もし私に何かを返したいのであれば」

「あれば?」

「君達でなければ『カーテンコール』は倒せなかった──という私の評は内緒にしてくれ。せっかく集めた彼らに悪いからね」

 

 柊王はなんの後ろめたさも感じさせない快活な声色で言った。鏡夜も愛想良く応える。

 

「もちろんですとも!」

「では、──―いいかな? 仕事があるんでね」

 

 釘真が万年筆を手に取った。

 

 ここだ、と鏡夜は思った。鏡夜は穏やかな口調を心掛けながら言った。

 

「申し訳ありません、柊王陛下。一つ、よろしいでしょうか?」

「ふむ」

 

 柊王は手にとった万年筆を、机へ置いた。

 

「何かね?」

「柊王は……〈決着〉についてどう思われます?」

「妥当だったと思うよ」

 

 釘真は即答した。

 

「当時の状況はどうにもならなかった。だから状況を凍結した。反対するものは一切合切を消滅させた。……私でも、これができたのならそうするだろう。故に難しい。政治的に言えばだね、今の時代は〈歪み〉がとても大きいのだよ。自然な種族の流れを超自然的な力で捻じ曲げ続けた。血を流さなければわからないことを、我々はわからないままであり続けた。勝ち取らなければならない平和を、我々は知らないままでい続けた。結論として、もう千年決着を伸ばす……という手段はとりえない。先延ばせば、人類人外は戦争以外の出来事で滅ぶだろう。食べなければ死ぬし、退化というのは進化以上に身近なものだ」

 

 流れるように語る。昨夜と同じ、冴えた弁舌。

 はっきり言って鏡夜には、柊王の語る〈歪み〉が見えていない。目にする機会も未だない。

 

 しかし、柊王の話を聞いて思う。きっと、この世界の者にとって、それは重要な問題なのだろう。ならば興味がなくとも耳に入れておくべきだ。何も知らず、自分のことにしか興味がない。そんな男でもこの世界にできる誠実など、これぐらいしかないのだ。

 

「なら例え話ですが……あなたが〈決着〉を手に入れたらどうしますか?」

 

 だからこの問いも、その誠実の一つ。

 

「二つ目の質問だ。が、いい、答えよう。──未来を願うかな。障害と歪みのない未来をね。……ああ、そうそう。君の問いは、良い問いだ。多くの者に問う価値のあるものだ。大切にするといい」

 

 なるほど、と鏡夜は頷いた。知るべきことをまた知れた気がする。鏡夜は一礼して、執務室から退室した。ここで礼を示さないのは無様だし……そもそもそうしたいと思ったからだ。

 

 本当にいいことを聞いた。──そうか、この問いは価値があるのか。

 

 

 

 真っ白な廊下を一人で歩く鏡夜。なんともあっさりした謁見だった。わざわざ桃音や華澄、バレッタを待機させる必要はあったのだろうか。セキュリティ上だなんだと染矢オペレーターは言っていたが。

 エレベーターに乗って、長い間の上昇を待つ。チンッ、と音がしてエレベーターから降りる。そしてエレベーター前のソファに座って待っていた桃音たちと鏡夜は合流した

 

 

 特に内緒にすることでもないので釘真のやりとりを──やりとりだけを華澄と桃音とバレッタへ鏡夜は話した。そして華澄は一言。

 

「相変わらず、食えない王様ですこと」

「そうですか? 私は良い人だと思いましたよ?」

 

 鏡夜は正直に言って、仲間の顔をうかがう。華澄は嫌そうな表情で、バレッタは常の通りニコニコと笑い、桃音は冷たい無表情だった。

 カリスマというものがあるのならば彼だろう、と鏡夜は感じた。しかし、彼女たちにとって柊王の受けはあまり良くないらしい。

 

 

 クエスト『カーテンコール』討伐後、すぐに釘真に謁見することになったので、時刻はとっくに正午を回っていた。

 鏡夜たちは自然な流れで、昼食をともにしようという話になった。灰原鏡夜にとって異世界ではじめての外食である。攻略支援ドーム内の食堂は、職員や挑戦者しか利用できないということなので一般的なファミリーレストランとはだいぶ趣が違うが、外食は外食だ。

 食堂へ行くために、攻略支援ドームのエントランスを通りがかる。

 そこには帰宅する準備をまとめていた冒険者たちがたむろっていた。鏡夜が一歩踏み込めば、痛いほどの静寂が玄関のラウンジを支配する。

 

(まだいんのかよ!? 柊王に呼ばれて、お悔やみ言わなくてラッキーってなってたのに……うっ、視線が痛ぇ。気配が重ぇ)

 

 

 エントランスにいる全ての人々と人外に注目されると、圧力を感じる。鏡夜にとって、それは慣れないものだ。しかし、気圧されてはならない。舐められてはならないのだ。

 

 堂々と歩く鏡夜と桃音たちに冒険者たちが注目する。いくつかのチームが灰銀の彼に様々な意図をもって口火を切ろうとして。

 鏡夜は全てを制し、イニチアチブをとるために、彼ら全員を見据えて口を開いた。

 

「お悔やみ申し上げます」

 

 愛想よく、人間味が薄いような底知れなさで、灰原鏡夜は通る声で言った。シンッとした空気、真っ先に口を開いた鏡夜へ全員が注目する。

 自身の意図に沿うように意地と虚勢を以って、鏡夜は言い切る。

 

「ただ、できることなら、私が『カーテンコール』を倒し、勇士になったことを──―祝福、してくださいますか?」

 

 冒険者は鏡夜の威圧的かつ慇懃無礼な態度に畏怖を抱く。細められた両目からのぞく、血のようにきらめく紅い両目に背筋を凍らせる。

 様々な思いが渦巻いていたラウンジを鏡夜は意地と虚勢で作り上げた抜き身の刃のような雰囲気で押し黙らせた。

 

 しない──とは誰も言えなかった。契国中の優れた冒険者たち誰もが、言えなかった。

 例え、裏取引や手引きができそうな〈Q-z〉特別対策本部側の白百合家の人間を仲間に加えており。

 裏をかく形で自分たちの頭上を通り過ぎて、出し抜いて依頼を横取りされたのだとしても。

 恐ろしく妖しく、裏側しか感じれなかったとしても。

 事実として『カーテンコール』を倒したのは、──彼だった。

 

 毛色の違う静寂に支配された彼らの間をスタスタと通り抜けて、鏡夜たちは別の通路へと消えて行った。

 

(お悔やみ完了、言い捨てに近いが、まぁこれで舐められないだろ)

 

 あくまで軽く考える鏡夜。意図通り舐められないようにはなるだろう。しかし、もちろん灰原鏡夜に祝福など向けられることはなく、得体の知れぬ魔人として忌避と畏怖が冒険者から世間一般に広がり──悪評という呪いをまた背負い込むこととなる。

 後ろにいた最強の超人もアルガグラムのエージェントも戦闘パッチが当てられた最高級機械人形も──鏡の魔人という悪評が凌駕してしまうのだった。

 

 

 

 そんな一幕がありつつも、鏡夜一行は決着の塔攻略支援ドームにある〈刈宮食堂〉に訪れた。

 刈宮食堂には一段と目立つ二人組の女性がいた。

 

 一人は明るく透き通るような青緑──なのだろうか? 明度が高く、青緑に見えない優しい色をした髪と瞳。穏やかに目立つ、髪と瞳と同じ色のモーニングコートを着た小さな少女。

 もう一人は赤すぎるほど赤いワインレッドの夜会ドレスを着た長身の女性だった。ストレートのダークブロンド。物憂げな彼女の椅子には細身の剣が立て掛けられていた。

 二人のテーブルの上を見ると、漆黒のゼリーが白い皿の上に鎮座している。

 モーニングコートを着た小柄な少女は椅子を両腕で掴んで前後にガッタンガッタンと子供のように揺れている。

 

「おい、薄浅葱。いい加減にしろ、うるさい」

 

 夜会ドレスの女性は碧眼を呆れたように細めて言った。薄浅葱と呼ばれた少女は、ガタンッ! と前へ大きく揺れた後、右手をあげた。

 

「しっ」

 そして、入口にいる鏡夜たちへ目を向ける。

 

(こっち見てんなぁ……)

 

 鏡夜は薄浅葱なる彼女の目を見返した。空よりも優しい色をした薄浅葱色の彼女はシニカルに言った。

 

「待ち人が来たみたいだ。やぁ、ようこそいらっしゃい! 僕は新たなライバルの出現を歓迎しよう!」

「私もお会いできて光栄ですよ。──決着の〈勇士〉さん」

 

 実は最初から見覚えはあった。特徴な髪と服と──表情は見間違えようがない。昨夜テレビ中継されていた四人の勇士のうちの一人。この時代の代表者だ。

 薄浅葱色の彼女は、不遜な表情を浮かべて名乗る。

 

「はは、自己紹介は必要だよね。初めまして、僕は色彩一族が一人──薄浅葱だ。勇士っていうかどうも、〈勇者〉らしいよ」

 

 斜に構えた態度の薄浅葱へ対抗するように、鏡夜も軽薄に言った。

 

「灰原鏡夜です。灰色の灰に原っぱの原、鏡の夜と書いて灰原鏡夜。うーん、特に一族とか異名とかはないので、名前だけでいいですか?」

「充分だよ。さ、一緒に食べよう。奢るよ」

 

 薄浅葱はまるで待ち合わせしていたように鏡夜たちへ昼食を共にしようと誘った。

 ここは意地を張る場面だ、と鏡夜は思う。〈競争相手〉は、鏡夜にとってもっとも身近で親しい知るべき問題であり、何より、ここで断れると舐められる。それはいけない。それだけは。なぜなら灰原鏡夜一行とは、【決着の塔】に挑む、冒険者なのだから。

 

「はい、喜んでーっと」

 

 鏡夜は薄浅葱の前に座った、そこから両隣には桃音とバレッタが座り、華澄はバレッタの隣へ。全員が座ってから、スカーレットは薄浅葱に目を向けた。

 

「おい、薄浅葱、説明しろ。なんで彼らがそうだとわかった? そもそも──なぜ、彼らがここに来るとわかった?」

「くすくす……他の冒険者に聞いたのでは?」

 

 バレッタの言葉に薄浅葱は首を振った。

 

「違うよ。パストリシアくん。簡単な話だよ」

(ああ? なんでバレッタさんの苗字を知ってんだ?)

 

 鏡夜の内心の疑問を後目に、薄浅葱は自分の考えを披露できるのが嬉しいといった様子で説明し始める。

 

「まず、ここに冒険者諸君は今まで一人も来ていない。契国がドーム内に招集したにもかかわらずだ。なら二つに一つだ、全員降りたかもう解決したか。そして君たちが来た。職員でない青年と女性と──そして特別顧問くん。ここまでくれば君らが冒険者諸君を出し抜いていの一番あたりに攻略したことくらい簡単にわかるさ」

 

 左右へ微妙に揺れながら、視線をあちらこちらしっちゃかめっちゃかに動かしつつ、大げさな挙動で得意げに根拠を並べ立てる薄浅葱。スカーレットは不思議そうに聞いた。

 

「全員降りる方がよっぽどありえると思うが」

「ソア、自分の尺度だけで物事を測るのは危険だよ。どれほどありえなさそうでも、起こったことは嘘を吐かない。あれは恐ろしい化け物だったけど、練度の高い、継続的に挑戦してくる、二十組以上の冒険者を、三時間以下で全部壊すほどの意味不明ではなかった」

「む、そうか」

「名探偵には謎解きパートは不可欠だから、僕はこうして話せて嬉しいけどね! ……というわけだ、納得したかな、ソア」

「ふん、まぁな。ああ、自己紹介が遅れたな。こいつの相棒のスカーレット・ソアだ」

 

 赤い夜会ドレスの女性──スカーレット・ソアは薄浅葱と対照的に静かに鏡夜たちへ名乗った。

 あと名乗っていないのは鏡夜のパーティたちだけだ。まず華澄が自己紹介する。

 

「これはこれは、お二人とも、ご丁寧に。はじめまして──―白百合華澄と申します」

 

 華澄の自己紹介にスカーレットと薄浅葱はわざとらしいほど親しげに応えた。

 

「ああ、知っているとも。〈Q-z〉にアルガグラムが関わっている疑いで召喚された重要参考人殿だろう?」

「そして、そこから華麗に転身してアドバイザーになったんだよね!」

「あ、〈Q-z〉にアルガグラムの誰かさんが関わっているかもしれない、ってことはご存知なんですね」

 

 鏡夜が口を挟む。身内の恥──とも言えるわけだし、華澄は完全に秘密にしていると思っていた。薄浅葱は同意する。

 

「僕は頭がいいからさ」

「お前の頭は関係ないだろう。我々以外の三組が半壊及び撤退し、契国軍も殲滅されてようやく出そろった『カーテンコール』の性質を考えればわかる。……私はわからなかったが。ともかく、契国が疑いありとアルガグラムに証人喚問をしたんだ。そしたら白百合が来た」

「尋問のための証人だったはずなのに、どんなマジックを使ったんだろうねぇ」

 

 薄浅葱の不思議そうな呟きに華澄は淑女らしく自信満々な様子で言った。

 

「それはもう、なぜならわたくしは白百合華澄ですから」

「そして今度はさらに転身して、挑戦者の一員に加わるか……恐ろしい手際の良さだ」

「お褒めいただき光栄ですわ」

 

 スカーレットの底意地の悪い感想へ、華澄は超然と応えた。

 

「へー、そんな経緯があったんですねぇ」

 

 鏡夜は感心したようなセリフを言いつつ、少し戸惑う。

 なんだろうか。今感じられる絶妙にひりついた空気は。敵対というわけでもない。そこまででもないが……例えて言うなら首位争いを繰り広げている二つの球団の、おとなしいファン同士が飲み屋で隣同士になったような、絶妙な対立した空気。

 鏡夜が納得と戸惑いを半々に抱いていると、ちょこんと座っていたバレッタが両腕を可愛らしく持ち上げて言った。次に名乗るのは彼女のようだ。

 

 

「くすくす……薄浅葱様、ソア様。はじめまして……バレッタ・パストリシアと申します。お話はかねがね、ミューズからうかがっております……」

 

「ああ、君だけは見た目でわかったよ、懐古趣味を表す黒褐色ドレスは、間違いなく過去観測機械〈Pastricia〉のトレードマークだもんね。しかし……本当に〈笑い声〉が違うんだ。面白い識別符号だ」

 

 最後の方は呟くように薄浅葱が言った。

 

(そーゆー意味があったのかこのドレス。セピア色の思い出ってかぁ?)

 

 鏡夜は中央部分で白と黒褐色にわけられたゴシックロリータへ目をやる。他の〈Pastricia〉も同じ配色なのだろう。ついでに、今まで無視していた棒読み気味のくすくす笑いも特徴であるらしい。初対面だろう薄浅葱たちよりも、鏡夜の方がバレッタに自己紹介されている奇妙な現象が起きていた。

 

 残る自己紹介は桃音のみだ。鏡夜は沈黙する桃音を見る。桃音は無表情に皿の上のゼリーを眺めている。視線すら対面の勇者たちに向けていない。

 

「桃音さん、自己紹介」

 

 鏡夜は小声で桃音に話しかける。桃音は鏡夜をガラス玉でももう少し意味を見出せるほどの無機質な瞳で見つめ返す。

 

(自己紹介カードどうした! 持ってるだろ!)

 

 しかし桃音は何をするでもなく、鏡夜だけを見つめ続ける。他の人たちがどうした、と桃音と鏡夜を見る段になって、鏡夜は諦めて溜息を吐いた。なんの意思も感じないのに力強さだけがある桃音の目を横にしながら鏡夜が言う。

 

「彼女は、不語桃音さんと言います。えー」

(なんて言えばいいんだ? 知り合って一日ちょっとだぞ?)

 

 上品な文学少女がそのまま美しく成長したような女性へ手のひらを向けつつ、最適な言葉を探す。自己紹介でもハードルが高いのに、他者紹介など手に余った。

 

「契国最強の個人と名高い……【疲れない/話せない】という呪いを持っていて……話せないというか意思疎通が不可能な人です!」

 

 

 だいぶたどたどしいことになってしまった。鏡夜は桃音の様子をうかがうと、彼女は目を閉じていた。そしてパッと目を開いて、再びどうでもよさそうにゼリーに視線を落とす。セーフかどうかもわからなかった。

 

「契国最強の個人……? 知らないなぁ……ソア、知ってるかい?」

「私も知らん」

 

 薄浅葱は鼻を鳴らした。

 

「まぁ外国人だしね。不語くんが、強靭極まりない身体能力をしていることと、灰原くんにとてもなついていることぐらいは見ればわかるけど」

 

 服の上からでも筋肉の付き方ぐらいは見て取れるのさ、と薄浅葱はシニカルに笑った。白百合は感心したように言った。

 

「流石は〈探偵勇者〉と言ったところですの」

「〈探偵勇者〉? ……バレッタさん」

 

 出てきた固有名詞について、さっそくバレッタに尋ねる。〈競争相手〉のことを知るに越したことはない。バレッタは〈探偵勇者〉について歌うように説明する。

 

「くすくす……〈探偵勇者〉とは薄浅葱様の異名です。四大天使が一柱、定点設置型防衛機構『ミカエル』を推理によって攻略した功績を認められ、勇者認定された薄浅葱様をもっとも端的に言い表した言葉といえるでしょう。英国──エウガレスの悲願達成にして世界の大いなる前進。未攻略巨大ダンジョン【ローラル】の南エリアを解放したのですから」

 

 専門用語を尋ねたらさらに多くの専門用語が返ってくる。情報の多さに目を回しながら、とりあえず鏡夜の知識とすり合わせるのなら……。

 

(ここだと英国はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国じゃなくて、エウガレスなのか。そりゃ日本が日月の契国なんて名前になってるんだから、そういうのも、まぁ納得できる。こんがらがるな、面倒くせぇ)

 

 鏡夜はミューズなる名前も聞いたことがあった。大英博物館に設置されている〈Pastricia〉がミューズという名前だ。薄浅葱が〈Pastricia〉に知見があったのも、ミューズに理由があるのだろう。

 薄浅葱は考えこみかかけている鏡夜を含めた全員にオーバーなアクションをしながら言った。

 

「いい迷惑だと思わないかい? 僕みたいな先祖代々続く、清く正しい探偵を捕まえて〈勇者〉なんて……しかも【決着の塔には当代の勇者と魔王が挑むこと】っていう勝手な伝承ルールがあるから棄権もできないんだよね」

 

 つらつらと不満を述べた後、薄浅葱はテーブルの上に置いてある小型の機械を手に取って、画面を指でフリック操作しつつ、全員に向かって告げる。

 

「みんな炒飯でいいかな?」

「傍若無人かお前は」

 

 スカーレットは注文用端末を薄浅葱から奪い取った。

 

「炒飯はお前だけでいい。私はBLTサンドで。……君らは?」

「ああ、私は炒飯でいいですよ。桃音さんも」

「……」

 

 桃音は無言で鏡を見た後、視線を横にずらした。特に文句はないらしい。

 

「わたくしはハンバーグセットAを……二つで」

「意外と食べますね」

 

 鏡夜は華澄を見て言った。華澄は鏡夜に憮然として聞き返す。

 

「乙女の嗜みですわ。お嫌いですの?」

「まさか! 食は生活ですよ!」

 

 ニコニコと鏡夜が言っている間に、バレッタは、くすくす、私は機械人形なので……と応え、スカーレットはメニューを全て選ぶと注文ボタンを押した。ティロリン、と鈴のような音が端末から鳴った。

「さ、て、料理が来るまでの間、少しお話しないかい? 灰原くん」

 

「いいですよ」

 

 会話を否定する理由もない。鏡夜の言葉に、よかった、と薄浅葱は頷いた。そして人差し指を立てて言った。

 

「じゃあさ、君の時間を僕にくれ」

 

 

 

 

「と言ってもまずは──君からどうぞ。聞きたいことぐらいあるだろう?」

 

 薄浅葱は会話の口火を鏡夜に委ねた。試す意味合いもあるのかもしれない。人に試されるのは正直良い気分ではないが、舐められないようにするのが先決だ。鏡夜は微笑んで胸に手を当てて、愛想よく応えた。

 

「わかりました。では……そうですね。ダンジョン【ローラル】と『ミカエル』について聞いてもいいですか?」

「おっと、そこから崩していくのか。でも、うん、僕はお偉いさん相手に話しなれているから切り口としてはいいのかな。……千年前の、神代の遺跡は冒険者諸君および国家軍事力によりだいぶ攻略されてきた。とはいえ、今でも冒険者が上から下まで食いっぱぐれないほどには残ってる。中でも特級に厄介な、英国にあるダンジョンが【ローラル】だ。『ミカエル』のせいで南方向にある入口にすら入れないからね。冒険もなにもなかった。僕が攻略するまでは。『ミカエル』は……ウォーカウンター、契国だと天照使か。うん、天照使と同等以上のスペックがある生体機械だよ」

「生体機械……」

 

 また新ワードが出てきたと、鏡夜は呟く。

 ところでだが、バレッタ・パストリシアは高性能の案内型過去観測機械である。彼女は、鏡夜の質問する際のイントネーションを当然のように学習していた。

 彼女は自己の製造理由に基づき、即座に生体機械についてのデータを質問者のため説明する。

 

「生体機械とは、ダンジョンを守護する命なき生体全般を指します。神代に生み出された彼らは、生体でありながら、ただ生産され、一定の命令系統を全うするカラクリです……。ただ、生体機械とは学術的用語であり、一般的にはこう呼ばれております──モンスターと」

 

 くっくっと薄浅葱は笑った。鏡夜は舐められないために意図した微笑を頻度高めに浮かべるが、薄浅葱は心の底からシニカルによく笑う少女であるらしい。

 

「ロマンチシズムが過ぎるのさ。予め設定された行動しかとらない、命なき生体に〈神の警告〉を見るなんて」

 

 華澄は困った人を見るように薄浅葱へ視線をやる。

 

「あら、シニシズムが過ぎますわね。モンスターの語源まで遡って崇めるのは教会の人たちだけですの──。他はただ便利だから使っているだけですわ」

「無知なまま響きだけが残るってわけかな」

 薄浅葱は返し刀で皮肉った。白百合はやれやれといった様子で沈黙した。

 

 バレッタは追記するように解説する。

 

「くすくす……ちなみに、ですが。人や人外に化物や怪物と呼び掛けるのは最悪の罵倒ですから、やめておいた方が良いですよ……」

「や、言いませんけどね?」

 

 意地っぱりの虚勢男だからこそ、誰かをこき下ろしてまで自分の上にはおかない。巡り巡って自分が舐められることにつながるからだ。

 バレッタと鏡夜のやりとりを聞いて、薄浅葱は感心したように言った。

 

「契語特有の説明案内だねぇ。ミューズとは違う論理展開。まさしく個性だね! ……生体機械についての案内は必要だったかはわからないけど」

(必要だったんだけど?)

 

 異世界人ゆえに何も知らない鏡夜にとっては説明の恵みである。が、口に出すことはしない。

 異世界からの異邦人であることは、殊更に言いふらすことでもない。桃音は保護者なので打ち明け、柊王には半分ぐらい見抜かれた。しかし、他の者には、華澄も含めて自分から話すつもりはない。珍獣として捕まって監禁されて解剖されて永遠に服が脱げないかもしれない。

 それは遠慮したい。自分が異世界人であることを内緒にしたせいで、決着の塔の攻略に支障をきたすことは今のところないはずだ。そしておそらくこれからもないだろうと鏡夜は考える。

 薄浅葱は先ほどの『ミカエル』の解説に戻ることにしたらしく、説明口調で再び話し出す。

 

「『ミカエル』の詳しいスペックだけど。地下炉をエネルギー源とする南エリアの綜合警備生体機構だった。……主義によっては守護天使とも呼ぶね。全身管まみれ、南エリア全区画に数秒で出現し、侵入者を排除する繭。そういうの。どうやって攻略したかっていうと……直接対決とか絶対無理だから。【ローラル】の施設情報を推測して、失伝してる宗教の欠片を拾い集めて──すべての知識を前提に、会話に持ち込んで言いくるめた。ほら、大したことないだろう? 生体機械を知恵と勇気と暴力で打ち壊して、遺跡をひらいて、遺物を拾い集める冒険者と、比べることすら烏滸がましい」

 

 そう言いつつも表情はシニカルに自慢げだった。

 

(びっくりするくらい自分の賢さを鼻にかけるなこの女……)

 

 一通り説明した後、薄浅葱は人差し指を鏡夜に突きつけた。鏡夜は薄浅葱の指先に視線を向ける。

 

「さって、では僕の質問だ。……君の願いはなんだい? 灰原くん。アルガグラムのエージェントと、契国最強の個人を巻き込んで、君は何を望んでいる?」

 

 まるで会心の一撃を加えんとばかりに突きつけられた問いに、鏡夜は悩ましい表情で腕を組んで唸る。

 

「うーん……」

 

 答えは単純だ。

 

 服を脱ぎたいです。

 

 真実は以上の一言。しかし、正直に告げたら舐められないだろうか? 

 舐められるだろう。確実に。え? それだけ ? となる。

 

 鏡夜にとって、とてもとても重い願いも世界のメインイベント【決着の塔】という公から見れば軽くなってしまう。

 そう、解答そのものは単純だ。問題は、その上で薄浅葱の問いにどう答えるか。正解がわからない。こういうとき、薄浅葱という少女は推理力で解決するのだろう。白百合華澄なら調査するのかもしれない。反してただ呪われているだけの一般人である鏡夜にできる解法は、残念ながらズルだけだ。

 鏡夜は腕組みをやめる。そして、薄浅葱を紅い両目で見据えた。弱点が見えるように。

 

「……ふぅん?」←弱点:【落ち着きがない】【集中しすぎる】【やる気がない】

 

 妖しく紅い瞳を光らせ細めて微笑みつつ思考にふける鏡夜。危険な香りと甘さすら感じるほどの怖気を無自覚に迸らせてしまっていた。

 薄浅葱は鏡夜の視線を正面から受けて笑い返し、隣に座っていたスカーレットは人知れず椅子に立てかけていた剣に手をやりつつ、冷や汗を垂らす。

 ちなみに桃音とバレッタは常の無表情と微笑みだったが、華澄はあららと心底楽しそうに成り行きを眺めていた。

 鏡夜は舐められないための愛想よい物腰を保っていると思ったまま、周囲の変化に気づかず薄浅葱の弱点見つめ続ける。そして、心の中で一言。

 

(やる気がない?)

 

 おかしい。今まで聞いた経緯と辻褄が合わない。

 

(やる気がない──―こいつがか? 【ローラル】なる難関ダンジョンに挑み、『ミカエル』なる天使を無力化し、自分の賢さを鼻にかける探偵気取りに、やる気がない?)

 

 どう考えても薄浅葱に似合わない言葉だった。短い時間やりとりしただけの鏡夜でもわかる。

 落ち着きがないとは、バイタリティに溢れているということだ。

 集中しすぎるとは、モチベーションが満ちているということだ。

 やりたいようにやっているようにしか見えない。が──。

 

 いや、そういえば。

 

 〔「いい迷惑だと思わないかい? 僕みたいな先祖代々続く、清く正しい探偵を捕まえて〈勇者〉なんて……しかも【決着の塔には当代の勇者と魔王が挑むこと】っていう勝手な伝承ルールがあるから棄権もできないんだよね」〕

 口先だけの謙遜を偽装した自慢かと思ったのだが、違うのか。

 〔「待ち人が来たみたいだ。やぁ、ようこそいらっしゃい! 僕は新たなライバルの出現を歓迎しよう!」〕

 

 競うことに肯定的だったからこそ、まるで熱血漫画のように宣戦布告したかと思ったのだが、違うのか。

 

 ……おそらく違うのだろう。【やる気がない】が弱点と成立するのは、それしか考えられない。

 薄浅葱という探偵勇者は、【決着の塔】攻略にやる気がないのだ。

 

(決着の塔攻略にまるでやる気がない──そっから考えるなら接触する理由なんかない。だがこいつは新たな挑戦者を待っていた。なんでだ? 気にならないと言えばウソになる)

「一つ聞きたいのですが」

「質問を質問で返すのかい?」

 

 鏡夜は参った、という風に両手のひらを薄浅葱へ見せるようにした。忘れてはいない。今問うているのは薄浅葱だ。灰原鏡夜が〈決着〉に望むものは何か、と。

 

「言ってみただけですよ、はは」

 

 根拠の補強がしたかった。しかし、断られてしまったのなら仕方ない。

 なら一か八か進むしかない。彼女が鏡夜の願いを問うのは責任からではなく──無責任から端を発している、と仮定しよう。

 そもそもだ。服を脱ぐ、とストレートに言うからいけないのだ。呪い自体がポピュラーなものであるのならやりようはある。内心で計算を済ませて、鏡夜は口を開いた。

 

「実は私、少々呪われておりましてー。呪いを解きたいんです」

 

 悪い表現ではないはずだ。抽象的に言えば一切の誤謬はない。嘘は全くついていない。

 

「どんな呪いか聞いてもいいかな?」

「全身いたるところにぎっちりと、うんざりなほどに!」

「決着でしか解けないの?」

「おそらくですが」

「なるほど……。思ったよりもだいぶ私的だね。そのためにここまでやったんだ」

「悪いですか?」

「僕が叶えないといけない〈人類と人外の平和〉よりも、幾分か血が通った願いだよ。そも、願いに善悪を持ち込む時点で、それはただの錯誤だと思う」

 

 どうでもよさそうに、ただ当たり前の事実を告げるように薄浅葱は言った。

 鏡夜はひとまず安心する。競争相手ではあるが、決定的な決裂が起きなかっただけ嬉しい。今の今まで無自覚に発していた灰銀の危険な香りがおさまって空気が軽くなる。奥底まで見抜かれそうな妖しい紅眼が、ただの軽妙な青年のものに戻った。

 

 鏡夜と薄浅葱が互いにいろいろ情報を得たところで。四脚の足がついた箱のようなロボットがキッチンとの出入口から出てくる。鏡夜は内心、舌を巻く。その箱の正面についている電子画面にはスカーレットが注文したメニューが全て表示されていた。ウェイトレスロボットなのだろう。

 

(もうちょっとデザインなんとかならなかったか……?)

 

 ウェイトレスロボは鏡夜たちのテーブルの横につくと、箱の側面を開き、中から無数の腕を伸ばして、内部に搭載していたのだろう、料理や飲み物を配膳していく。

 

(もうちょっとデザインなんとかならなかったか!!?)

 

 触手の化け物じみた見た目に鏡夜は引く。しかし、周囲の反応は平静だ。うわー、きゃー、などの叫び声は上がらない。むしろハンバーグセット二つを鏡夜の前に並べようとするロボットアームを制して、こちらですの、と自分の前へ指をさして誘導する華澄がいるくらい日常シーンだった。どうやら男だからだいぶ食う感じで二つ頼んだんだろうと判断するくらいの良いAIを積んでいるらしかった。しかも華澄の言葉とボディランゲージを理解して、訂正する指示理解能力もある。ハイスペックぶりに驚きながら鏡夜は、配膳を終え、レシートをテーブルに置き、去っていくウェイトレスロボットを見送った。

 鏡夜は小さく頭を振って心を落ち着ける。

 

「食堂って職員さんいないんですかね?」

 

 鏡夜の問いにバレッタが答えた。

 

「くすくす。おりません、キッチンもフロアも無人です」

「え? キッチンもですか?」

「はい。コレリエッタとウケモチで回しております……。コレリエッタは先ほどの配膳機です。ウケモチは契国の遺物である食糧生成器ですね」

 

 鏡夜は炒飯を見下ろす。ホカホカでパラパラだ。食欲をそそるスパイスの香り。恐る恐る一口食べる。日本で行ったことのある、中華料理屋で出てくる炒飯と大差がない。つまりおいしい。鏡夜は感心した。

 

「どういう風に作ってるんですか?」

「くすくす……ウケモチは水から作物を海水から魚を土から動物を。素を注ぎ込むことにより、食品と食品を使った料理をそのまま作り出すことができます。餓えはいつの時代も問題ですので。どの神話体系でも食糧生産機は存在し……食べ物系の神代遺物は人気な上にたくさんあるので、冒険で得る成果としては狙い目です」

 

 もぐ……と鏡夜は咀嚼を止める。つまり今食べている炒飯は水と土を、魔法のように作り変えて出来たものだと。パチパチと瞬きをしてから、ちょっと考えて食べるペースを元に戻す。

 今更だ。異世界の食事が合うかなど、桃音の食事を食べた時点でもうわかっている。それに安全性に至ってはどう考えてもこの世界の文明度の方がかつての世界よりも上だ。

 

 鏡夜は開き直って炒飯を食べながら周囲を観察する。一皿だけ炒飯が余っていた。それと。

 

(元からあった皿に乗ったゼリーには誰も手ぇつけてねぇな)

 

 文化の違いだろうか。一風変わった調味料なのか。表面上は余裕を装いつつ、鏡夜は周りの出方をうかがう。素直にバレッタに聞いてもいいか、とぼんやり思いつつ鏡夜は言った。

 

「私は炒飯二つもいりませんよ? 桃音さんはいかがです?」

 

 桃音は曖昧な表情で黒いゼリーを素手でつまみ上げると残った炒飯へ乗せた。

 

(え? そうやってすんの? どういう食文化?)

「お気遣い感謝するよレディ」

 

 突然、ダンディな男性の声が聞こえた。

 

(うおっ……!? ゼリーが喋った!?)

 

 テーブルの上で黒いゼリーは炒飯を取り込んでいる。どうやって消化しているかは、身体があまりにも黒すぎて中身が見えないので不明だ。鏡夜は尋ねる。

 

「バレッタさん?」

「くすくす……。スライムさんですね……粘体で不定形な形をしていることを共通性質とし、さまざまな特質を群れごとに持つことで知られています」

(い──―……たなぁ。そういえば。どっかで見たわ。スライムも人外に相当すんのかぁ)

 

 というか危なかった、と鏡夜は人知れず冷や汗を流す。モンスター呼ばわりしていたら種族差別野郎として人格評価が終わっていた。というかスライムが人外に相当するならダンジョンに出現する生体機械はどういうものなんだ。

 

 

 

 黒いスライムは異様にいい声、魅惑の低音ボイスだった。渋さと含蓄を思わせるどっから声を出しているのか鏡夜にはわからない生き物は、漆黒の身体をぐにゃ、と伸ばして言った。

 

「名乗ろうじゃないか。──烏羽。何、ただの変哲もないスライムだよ」

「どうも、はじめまして……」

 

 鏡夜の認識だと、魔物・モンスターと言えばスライムなので違和感を覚える。会話が成り立ち、知性があるのだから慣れるべきだ、と鏡夜は自分へ求める。彼はモンスターではなく人外だ。

 薄浅葱は引き気味の鏡夜を横目に、烏羽に呆れたような口調で言った。

 

「だから言ったじゃないですか、叔父様。ゼリーのフリしてもスベるだけだって」

 

 黒より黒い漆黒のスライム、烏羽はぐにゃりと身体を薄浅葱の方に向けた。

 

「そうでもないぞ、私は楽しかった」

「叔父様!?」

 

 鏡夜は、烏羽と薄浅葱の会話も遮ってしまうほど、心の底から驚いて叫んだ。カルチャーショックも甚だしい。

 

「血縁があるんですか!?」

 

 薄浅葱は不思議そうに言った。

 

「驚くことかい? うん、そうだよ、灰原くん。彼も色彩一族だ。父様の弟、間違いなく叔父様だ。色彩一族はそこらへんゆるくてねぇ。例えば僕なんかだと、スライム、龍、仙人、シルキー、中国人、契国人、英国人が混じってるね。表に出てるのは英国人間とルーツの中国人間の二つだけだけどさ」

「なるほど……」

(ずいぶん混ざってるが、人のうちに入るのか?)

 

 鏡夜はなんとなくイメージとして人から生まれた純人間を人類、他全てを人外と思っていた。他の種別など想像もしていない。

 そして想像もまともにしていないイメージなど、人しかいない世界生まれの偏見でしかないと思い至る。

 が、服を脱ぐことより重要なことではない、とこの場は脇に置いておくことにした。後でこっそりバレッタに尋ねるかすれば良い。

 ただ呪いを解きたいのだ。第一の考えは変わらない。

 

「というか、いい加減、ソアさん、剣から手を放してくださいませんこと?」

 

 唐突に。華澄は右手をくるくると回しながら呆れたように言った。彼女は銃を一切のディレイなしで手に出現させることができる……。

 スカーレットはテーブルの下の手を上にあげて全員に見えるようにする。その手には確かに剣が握られていた。隠れて剣を握りしめていたらしい。

 なぜ? と鏡夜は先ほどの危険な匂いを垂れ流していた自分を自覚していないので首を傾げる。

 

「飼い犬を慮らずに、短気を起こすなんて、まさしく浪漫を介さぬ飼い主と言わざるおえませんの」

 

 スカーレットは華澄の言葉にカチンときたらしく不服そうな表情になった。心外だったらしい。

 

「……ふん、人の盟友を飼い犬と表現するのは高貴さに欠けるな。しかし……私が飼い主ならお前はゴマすりか? 白百合家はアルガグラムを支援しているらしいが……どちらかと言えばアルガグラムにお前たちがすり寄っているように見えるね。おっと、ミスターハイバラ、謝罪しよう。少し先走った」

「いえ、いいですよ……」

 

 謝れるとどうしようもない。な、なんでそんなことしたんですかぁ!? と動揺して問い返すと舐められる流れだ。あんまりよくはないが、許すしかない。

 それはそれとしてえらい空気になってしまった。初対面からひりついていたのに、さらに悪化してもはや緊張感しかない。

 薄浅葱はため息を吐いた。

 

「あーもう」

「くくっ、対人の腹芸はまだまだと言ったところだな、探偵」

 

 楽しそうに烏羽が揶揄する。

 

「賭けてもいいけど、ソアと白百合くんが人一倍難物なだけだと思うよ」

「難物じゃない人なんて、いるんですかー?」

 

 鏡夜は空気を軽くするために二人……一人と一匹のやりとりに口を挟む。薄浅葱は、鏡夜の言葉に待ってましたと言わんばかりににやける。

 

「いるよ。僕だ。難問を解くのが僕であって、僕は難問じゃない」

 

 渾身のドヤ顔に、あっ、そうですか、と鏡夜は肩を竦めた。変人め、と脳内で吐き捨てる。薄浅葱は空気を切り替えるようにテーブルの料理を指し示した。

 

「ま、ほら、冷めちゃうからさ! 食べようか! 全部ソアのせいってことで解決!」

「すまないと思うがお前に言われるとすごく釈然としないのはなぜだ……?」

 

 スカーレットの憮然とした呟きはさて置いて。食事は打って変わって静かなものになった。薄浅葱は所作こそ喧しいが何か思考に没頭するように炒飯を食べており、スカーレットは薄浅葱を危なっかしいと様子をうかがいながらBLTサンドを頂いている。桃音は無言でもむもむと食べており、白百合は全身で美味しいと言わんばかりに上品かつ一心にハンバーグセットを二つ摂取している。

 鏡夜はニコニコと様子を眺めているバレッタの傍による。聞きたいことができた、セピア色の案内型ロボットにこっそりと声をかける。

 

「華澄さんと……」

 

 夜会服の豪奢な女性を見る。

 

「えー、スカーレットさんって仲が悪いんですか? というか初対面なんですよね?」

 

 薄浅葱とのやりとりも謎の緊張感があったが、白百合とスカーレットほどあからさまではなかった。

 バレッタは歌うように、鏡夜に倣って小声で説明する。

 

「くすくす。我が主の生家たる白百合家は世界一の資産家であり、五百年の歴史がございます。リア公爵家は由緒正しいエウガレスの名家であり、世界二位の資産家です……。白百合家はアルガグラムを経済的に支援しており、ソア家は色彩一族の後見人です。〈浪漫〉を至上とする技術者、アルガグラムと〈真実〉を是とする探偵、色彩一族とは互いにリスペクトしていることになっておりますが……相性が悪く。特にアルガグラム構成員であり、白百合家である我が主と、色彩一族の〈勇者〉薄浅葱の相棒であり、ソア家の令嬢であるスカーレット・ソア様は、さらに相性が悪く。ついでに資産家として一位と二位であることも拍車をかけ……」

「やばいじゃないですか、ドロドロじゃないですか」

 

 思ったよりこみ入った上に根が深かった。

 

「くすくす。いえ、どちらかというと、お互い──女傑なので、衝突してしまうのです」

「あーなるほど」

 

 誇りがために立ち上がり、想いがために立ち向かう二人の女傑。互いを背にして立つような関係。

 

「うまい表現ですね?」

「くすくす……お褒めいただき幸いです。私への評価は我が主へのプラス評価へ変換ください……」

 

 鏡夜とバレッタが白百合華澄とスカーレット・ソアについて話していると、さっさと炒飯を食べ終えた薄浅葱がぱっと顔を上げる。

 またもや、あのデザインが独創的な配膳機械がテーブルへとやってきていた。薄浅葱は指を鳴らす。

 

「紅茶をくれ。コレリエッタくん」

 

 配膳機コレリエッタは触手でカップを薄浅葱の前に置く。その後、その触手が静かに口を開け、紅茶をカップに注いだ。

 見た目がえぐすぎて鏡夜は引いた。紅茶の爽やかな香りに鼻腔をくすぐられ、鏡夜は気を取り直す。

 

(落ち着け。ただのカルチャーショックだ。ほら、よく見てみろ、コレリエッタ氏がまるで優雅な執事のように、見えるわけねぇだろ)

 

 鏡夜が馬鹿な思考を働かせている間。薄浅葱は──紅茶に滝のごとくシュガーをぶち込もうとするのをスカーレットに腕を捕まれて妨害されつつ──口を開いた。

 

「さて、では本題に入ろうじゃないか──」

「あんまり無茶なのは困りますよー?」

 

 薄浅葱のセリフに意地を張って調子よく答えながら、はて? と疑問符を浮かべる。先ほどのやりとりは、やる気がないなりに鏡夜を探るのが全てではなかったのか。

 

「僕たち〈決着の塔〉にはじめて入るんだけどさ、少し付き合ってくれないかな? つまりは、随行依頼だね」

「ふぅん、正直に申し上げますと、意図がまるでわかりませんね」

 

 薄浅葱はスカーレットの手前、紅茶に角砂糖を二個だけ入れて言った。

 

「真実に言うと、そんなものはないよ。僕はただ自分が賢いのだと実感したいだけの女だ。複雑怪奇を解き明かすのが僕であって、僕は複雑怪奇じゃない」

 

 薄浅葱の賢しらぶった表現を、言い直すようにスカーレットは静かに続ける。使命感すら見て取れる凛々しい表情だった。

 

「我々は継戦能力に難がある。しかし〈勇者〉として決着の塔に挑まなくてはならない。平和のためにな」

 

 当の薄浅葱は、スカーレットの視線が外れたので、これ幸いと紅茶にシュガーを追加し始めていた。スカーレットは横で行われる砂糖テロに気づかないまま続ける。

 

「故に恥ずかしい話、我々でもダンジョンを攻略するための足掛かりが欲しいのだ。ダンジョンを見て、我々と比べ、そして足りないものを用意すれば後は全部どうにかなる──だったな、薄浅葱」

「ん? ああ、ああ、そうだよ、ソア! 僕の頭脳さえ残っていればやりようはいくらでもある。でもダンジョン内を見れないとなー、思考のしようもないんだよなー、残念だなー」

「……」

 

 華澄が残念なものを見る目で薄浅葱を見ていた。鏡夜は感情を悟られないように目を細める。

 温度差がひどかった。薄浅葱は口調の節々にやる気がなく、そしてスカーレット・ソアは人類と人外の平和という目的に、とてもやる気があるらしい。薄浅葱はパッと目を輝かせて鏡夜に言った。

 

「ま、断るというのなら仕方ない。適当な冒険者でも雇って行くさ」

「え? 良いんですか?」

「ああ、そこに制限はかされていないはずだよ」

 

 鏡夜は考え込むように人差し指を口元にあてる。華澄は、ね? きな臭いでしょ? と言わんばかりに大きく頷いていた。鏡夜はまず真っ先に思いついた事柄を指摘する。

 

「……いいんですかー? 塔の攻略は競争でしょう? そして〈決着〉はとても魅力的です──裏切られても仕方ないほどに」

 

 まず考えられる問題点を薄浅葱は一笑に付す。

 

「空前絶後の超高層ダンジョン【決着の塔】を相手に焦ってもしょうがないと思うけどね……君達が障害を排除してくれたとはいえあと……えっと。塔は高さどれくらいだっけ?」

 

 問いに答え、案内することが製造理由のバレッタが薄浅葱へ伝える。

 

「くすくす……契暦872年に測定が行われた結果、高度五十キロメートルでした……」

「ああ、ありがと。そうそう。頭おかしいよ。そう思うよね。パストリシア……んー。ミューズくんと混ざるな。バレッタくんと呼んでも?」

「くすくす……構いませんよ」

「まぁ、とにかくだ。あまーりに長いダンジョンの、第一歩目でいきなり裏切るお馬鹿さんは存在しないと思うね。たとえ本物の競争相手である、君達であっても」

 

 なるほど、ずっと組む必要もないのか。序盤にリードをつけるために短期間、冒険者や傭兵を雇うのは戦略としてありなのかもしれない。序盤のリードにどれだけの利点があるのかはさておいて、だが。

 鏡夜は考える。

 

「ふーん」

 

 騙そうとしている……いやいや、勇者ともあろうとも者が詐欺をするだろうが。小さな薄浅葱色の少女は確実に悪性ではない。そう、悪い人間ではないが、いかんせん変人なだけだ。しかし変人と言ったらそもそも協力してもらっている華澄と桃音も負けずとも劣らずだろう。そこは否定材料にならない。

 

「なるほど……」

 

【決着の塔】を初めてのダンジョンとしてアタックするのは……きわめて卑近な例えになるが、ゲームを初プレイする際に難易度設定ベリーハードかつアイテム・装備・情報縛りでいきなりやるようなものになる。何度やっても死というゲームオーバーにならないとはいえ……痛いのは嫌だ。死にかけるのは嫌だ。

 クエスト『カーテンコール』討伐はあらゆる怯えと計算を後回しにしても突貫して優先する事象だった。だから意地と虚勢でやり遂げた。

 が、挑戦権を掴み取った今、難易度が地獄じみたダンジョンについて経験のある彼女たちに随行するのはプラスになるかもしれない。

 明らかに断ってほしそうな表情をしている薄浅葱と威厳を保ってるように見せかけてるスカーレットの様子をうかがい、鏡夜は言った。

 

「相談しても?」

「考えてそれかい?」

「考えたからそれなんです」

 

 鏡夜はスパッと言い切って、華澄と桃音とバレッタと顔を寄せ合って内緒話を始めた。

 

 

 

 こしょこしょと話し合う三人と一体を見ながら薄浅葱はスカーレットへ、小声で言った。

 

「何を考えているんだろうね」

「考えたのか?」

「ソア。君は僕を見ているのだから気づくべきだよ。彼はかなり思考が深いタイプの人間だ。そして、何を考えているのかを悟らせない。とても面白い」

「ろくでもないことだろうさ。腹の中に一物どころか闇がありそうだ」

 

 スカーレットは、底知れない危険な妖しい紅い瞳を思い出す。

 

「わからないよ? もしかしたらものすごくしょーもなくてせこい計算かも。ま、計算しないよりする人の方が好きだけどね」

 

 

 鏡夜はまず、華澄に聞くことにした。桃音は意思疎通が不可能であり、バレッタは華澄に仕える機械である。華澄に聞くしかないとも言えた。

 

「で、どうです? 華澄さん、私は受けてもいいかなーって思うんですけど」

 

 華澄は少し驚いて鏡夜を見返した後、なるほど、と呟いた。

 

「特に反対はしませんわ。ただスタンスは聞きたいですわね。挑戦者仲間として戦力して協力するのか、守護対象として案内するのか」

 

 鏡夜は即答した。

 

「守護対象で」

「その心は? ……協力した方が戦い方の情報、抜けますわよ?」

 

 やる気がないからだ、薄浅葱女史に。弱点として見えるのだから相当、〈ない〉。そしてやる気がないのに、やらせるのは誰にとっても損になる。鏡夜としては、ダンジョンの探索者の先輩としてハウトゥーを教えてもらいたいだけなのだ。というのは薄浅葱に寄り添ったものの見方。残酷な表現をするのならば……。

 

「信用できないから……はいかがです?」

 

 やる気がないことは自由だ。むしろ競争相手である鏡夜にとって都合がいい。自分に正直であることは美徳だ。しかし──組みたくはない。であるならば、信用できないと表現すべきなのだろう。

 というか〈情報を抜く〉ってなんだ。怖い。華澄の物の見方は鏡夜の何十倍も抜け目がなくてシビアだ。

 当の華澄は、たおやかに言った。

 

「ふふ、そうですわね。わたくし、話しましたもの。塔にいる連中でまっすぐなのは貴方たちだけだと」

「……覚えてましたよ。きな臭いですよね、はいはい」

 

 忘れてはいない。華澄が協力を申し出た最大の理由。意思疎通が不可能な超人とポッと出の出自不明な呪われ男と組んだ方がまだ良い……となるほどの〈きな臭さ〉。

 華澄との関係に亀裂を生じさせる趣味もない。信じるといった系統の言葉を使うべきではないだろう。どんな地雷になるか知れたものではない。

 わかっていたことではあるが、会話ひとつとっても命取りになりえる。意地と虚勢に命をかけすぎていて何もかもが怖い。わかっていてなお、意地を張り続ける己も含めて。鏡夜は残りの一体と一人に顔を向けた。

 

「バレッタさんは?」

「我が主のままに」

「桃音さんは?」

「……」

 

 唯々諾々&無視。まぁわかってはいたが。聞かないわけにもいかない。バレッタは情報の生命線であり、桃音は生命線の根幹だ。例え同じことの繰り返しを聞く羽目になろうとも、全てが無視同然であろうと誠意を尽くすべきなのだ。媚びるのは厳禁という原則こそ存在するが! と、鏡夜は考える。

 鏡夜の自縄自縛の縛りプレイは今もって全開だった。

 

 とにかく、了承は得た。鏡夜はビシッと片手を薄浅葱たちに突きつけて自信満々な演技をして言った。

 

「お任せください。貴女に傷ひとつつけないまま名探偵を全うさせましょう」

 

 あなたのお友達も、あなたの叔父様もね、と付け足す鏡夜。

 

「エクセレント。その言葉が聞けて嬉しいよ」

 

 薄浅葱は、言葉とは裏腹にあまりうれしそうな調子ではなかった。

 断ってほしかったのだろう。自分で提案しておきながら、いざ引き受けられるとテンション下がるとか面倒な奴としか言いようがない。が、ずるずるとサボりたいという気持ちは鏡夜にもわかる。

 その上で残念ながら鏡夜にさぼる余裕などないので、薄浅葱にも挑戦者としての義務を果たしてもらう。

 すると突然、桃音は顔を軽く覆っていた右手を話すと、鏡夜の隣に寄った。そして静かに薄浅葱を見ている。

 

「んー……? ……すっごいな。何も読み取れないぞ。ソア、君はわかるかい?」

「わからん、むしろ意思疎通以前に威嚇されているような気がする」

 

 ないだろー、そんな要素なかったじゃないか、と薄浅葱は呟く。

 

「んむ、青いなぁ」

 

 烏羽の一言に薄浅葱はハテナマークを浮かべた。

 

「青い? 僕が? ……てのは置いておくとして、本当にいいのかい? 桃音さん、こう、不服なのかな? みたいな動きしてるような」

 

 鏡夜もまた突然、隣にくっついてきた人型の熱源へ視線を向けて、訝しんでいたのだが。桃音に対して知っていることもある。

 

「ま、大丈夫ですよ。何か大きな問題があるなら殴ってくるんで。そうじゃないならおおよそ了承ということです」

「ワーオ、レディーバーバリアン」

 

 無表情にシニカルに薄浅葱は言った。

 

 

「それで、塔の攻略ですが、どこまで行きますの?」

 

 話を戻すように、攻略の際、当然浮かび上がる疑問を提示した華澄。薄浅葱は砂糖たっぷりの紅茶をごくごくと美味しそうに飲みながら、愉快そうに言った。

 

「何か面白そうなところまで……抽象的かな?」

「抽象的にならざるを得ないのでは? 【決着の塔】の構造とか、わからないですからねぇ。皆さん、何か知ってます?」

 

 鏡夜はダメ元で聞いてみる。答えたのは薄浅葱だった。

 

「知ってることとはいえば、うん。契約は勇者と魔王の不意打ちだったと言われてる。塔も含めていきなり、世界が塗り替えられた。つまり塔には神代の遺物──特に〈月の残滓〉があるかもしれない」

「〈月の残滓〉……?」

「くすくす。特に優れた技術は月をメインに発展していたとされております。月を系譜としたアイテムを、〈月の残滓〉と総称しております」

 

 ついに地球の外まで出るか。まぁ、ここまで技術が発展しているのならば、普通に考えれば宇宙に手をかけているのが自然な流れというものだろう。

 

「〈月の残滓〉はそのものずばり面白そうなものだよね! ……薄い望みだけど」

 

 薄浅葱の呟きにそういうものかと納得する鏡夜。

 

「というわけで、只今おっしゃった〈月の残滓〉のような面白そうなところ……か、そうじゃなければ塔の傾向がなんとなくわかるぐらいとかどうでしょう?」

 

 傾向さえわかれば対策も立てられる。鏡夜としても知りたいところだ。探偵勇者ならば、隠された真実などお手のものだろう。

 

「文句なーし」

 

 薄浅葱が間延びした声で言う。華澄は渋い表情で言った。

 

「では『ローラル』さえも解き明かした探偵さんに期待しておきますわ」

「僕が解いたのは『ローラル』じゃなくて南エリアだよ。『ローラル』、の一区画だ」

 

 薄浅葱の訂正。スカーレットは少々不服そうに先ほどの白百合の言葉に反応する。

 

「依頼してるのは私たちなのに依頼された方が期待するのは何かおかしくないか?」

 

 鏡夜は目を猫のように開くと、スカーレットへ向けて意地悪く問いかけた。舐められないためのアピールチャンスだ。あとやる気がない薄浅葱をせっつくのはあまり褒められたことではないが、スカーレットから鼓舞してもらうのは、鏡夜たちにとっても利点がある。

 

「おやぁ? 解けないんですかー? あなたのご友人はー?」

「む、解けないなど──ない」

「断言しないなんて、友達甲斐のないお方ですわねー、本当に信じていらっしゃるのー?」

 

 華澄が鏡夜に追従するように煽りめいたことを口にする。スカーレットは華澄に言われたからか、不機嫌そうに返した。

 

「ああ? 貴様ら、舐めるなよ! 後で詫びを入れさせてやるからな!! 結果を以って見せてやる!」

「なんでソアが言うんだい、ははは。ああ、ああ、ありがとう。ソア、その信頼は嬉しいよー」

 

 薄浅葱は乗せられた形になったスカーレットに苦笑いを浮かべている。相棒というのも難儀なものだ。

 薄浅葱はすぐに表情を不敵なものへ入れ替えると鏡夜たちへワクワクした様子で質問する。

 

「できればすぐがいいなー、明日とかどう?」

「いいですよ?」

「生き急いでるねー」

(なんだこいつめんどくせぇ)

 

 率直に煩わしいが、引いたら駄目だと鏡夜は感じる。ここで引いたら舐められる。というか行きたくないなら素直に行きたくないと言えばいいのに、逆のことばかり言って相手から折れさせようとするとは。不自由な勇者様なことだ。弱点を観てその本質を理解していなければ、自分で提案したことに相手が同意すると突っかかる複雑怪奇な人格の持ち主でしかない。

 薄浅葱という難解なダンジョンを解くことに生き甲斐を感じる少女からやる気を奪い去り、訳のわからない性格にしてしまったのも、きっと不自由さなのだろう。

 鏡夜は意識して小気味よく返す。

 

「やだなー、明日って提案したの貴女じゃないですか」

「君らはさっきなかなかの強敵を倒してきたばかりなわけだし、当然の感想だよ」

「なら大事を取って三日後にでもしますか? 不安がってる薄浅葱さんのために」

「さっき安心したばかりだから、これ以上の安心はいらないよ」

 

 薄浅葱が引いて、一段落。やる気がないくせに、シニカルにぐいぐいくる彼女へ鏡夜は言った。

 

「貴女は、桃音さんや華澄さんとは違った意味で我が強いですねぇ」

「誉め言葉として受け取っておこう」

 

 ひねくれてるな、と鏡夜は逆に感心する。

 

「明日の朝九時に食堂に来てくれ。軽食をとったらダンジョンに潜るからさ」

 

 薄浅葱はぐいっ、と紅茶を飲み干すと立ち上がる。烏羽は身体を跳ねさせて薄浅葱の頭の上に乗った。スカーレットも薄浅葱を追いかけるように立ち上がる。

 

「──君の時間をありがとう。じゃ、またね」

 

 別れの空気を出して立ち去ろうとする薄浅葱に鏡夜は声をかける。

 

「ああ、すいません、あと一つだけ──」

「なにかな?」

「〈決着〉についてどう思いますか?」

 

 柊釘真に価値ある問いと評価された質問だ。競争相手に向けて有益なことが聞けるかもしれないと一言一句、同じことを問う。

 薄浅葱はスカーレットへちらりと視線を向けて答えた。

 

「ダンジョンとしてはローラルの方がそそるね」

 

 話を逸らした、無回答。それが答えだった。これでは〈決着〉を手に入れたらどうするか? と問いを続けても無回答だろう。仕方ないので、別の質問に切り替える。

 

「決着の塔も攻略できない人が、ローラルを攻略できるんですか?」

「そりゃぁ僕だって自惚れているわけじゃないさ。ローラルへ立ち向かってきた人たちに、僕より賢く、強い人は絶対にいた。千年だよ? チャンスがなかっただけで、同じくらい優れた者は絶対にいた」

 

 でもね、と薄浅葱は言った。

 

「一番最初に辿り着く人間が、僕じゃないっていったいどこの誰が決めたのさ」

「なるほど、ありがとうございます」

 

 決着の塔のライバルにならない以上、他に聞くこともない。鏡夜が彼女について覚えることは、これで充分だ。

 

 桃音のように強烈な行動力があるわけではなく。

 華澄のように苛烈な自負心があるわけでもない。

 どうもうまい表現が浮かばないが、諦観をシニカルに踏み越えるその姿勢は。

 まるで〈勇者〉のようだった。

 

 鏡夜はもう薄浅葱のことを馬鹿にできない。ただ単純に舞台が違うのだ。彼女はエウガレスの【ローラル】に立っているべき人間であり、決着の塔の勇士なんて関係のないもう一役を背負うべきではないのだ。挑戦者という役をこなせないからと言って、彼女を敗北者とみなすべきではない。

 

「勇者さん、私は誰より早く、何より早く、決着を手に入れますから」

 

 鏡夜は立ち去る薄浅葱の背に告げた。対して薄浅葱は、振り向くこともせず、皮肉げに言った。

 

「……もしかしたら二番目かもね」

 

 薄浅葱は食堂から去る。食堂のカウンターでスカーレットが電子通貨で会計をして、奴の言った通り奢りだ、と鏡夜たちに告げると、彼女も薄浅葱を追いかけていなくなった。

 

「こう、悪い人じゃないんですけどね」

 

 まぁ、人のことは鏡夜もあまり言えない。自分のことばかり考えている鏡夜は、決して善人ではない。

 そんな鏡夜のセンチメンタルな気分の呟きにも、華澄は容赦なかった。

 

「あえて酷なことを申しますと、シニシズムまみれの自己陶酔。本人がおっしゃる通り、自分が賢いのだと実感したいだけの女性。わたくしはそうプロファイリングしておりますわ」

「くすくす、そして直接そう言われても薄浅葱様はこうおっしゃるでしょう。『それがどうかしたかい?』」

 

 薄浅葱の補足に鏡夜は同意する。

 

「当人はそうおっしゃるでしょうね。ただ横にいらっしゃる赤い女傑が、言った人を叩き切ってくるのでは」

 

 〈勇者〉というのは間違いなく誉れであるはずなのに、これでは鏡夜と同じだ。称号に縛られ、使命に縛れ、相棒に縛られ。

 呪われているのと、まるで変わりがない。

 

「難儀なことです」

 

 

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