『この先、近道』。
そんな看板が立てられていたら誰だってそっちに行ってしまうもので。
私達も素直に従ってしまいました。
その看板の先は道が狭すぎて────というよりもおおよそ道と呼べるような状態ではなく、単なる獣道なのでほうきを使って飛ぶことはできません。
無理をすれば飛ぶこともできますが、ぐねぐねと曲がり続けることを強いられそうなのでやめています。
なので私とティアは舗装も何も施されていない道なき道を、草を倒しながら歩きました。
朝露に濡れた草たちは私達に踏まれる直前に、べちゃりと水滴を飛ばしてきました。服の裾はすでに濡れて重みを増しています。
確かに歩いていけば近道なのでしょうが、私はほうきを使えますし、ティアは魔力で空を飛ぶことができますので、これでは明らかに遠回りですこんちくしょう。
「うぇぇ…服が濡れて気持ち悪いぃ……」
「ここを抜けたら乾かしてあげますから、あともうちょっとの辛抱ですよ」
服の裾が濡れて気持ち悪いのでしょう、普段以上にティアの元気がありません。私達を騙したあの看板はマジ許せません。次見かけたら木っ端微塵にして差し上げましょう。
ところで、次の国はどんな国なのでしょうか。
こんな未開の道を進ませるのですから、きっと交易が盛んではない国なのでは、と思うのです。
つまり、この森と同じく未開の国なのかも。いえ、あくまで私の推測なのですが。
………うーん、急激に行く気が失せてきました。引き返しちゃいましょうか。いえ、冗談ですけど。
などという風に頭の中で文句を垂れ流しながら歩くこと、数十分。
何の代わり映えもない同じ景色が続いていた風景が続いていた森に、ようやく変化が訪れました。
「………あらあら」
木が倒されていました。樹齢数百年はありそうな大きな木が、ぐったりと寝かされています。うっわ、邪魔くさい。
しかし先に進めないわけではありません。
私達は横倒しになっている木の上を渡っていきました。
綱渡りのように両手を広げながら歩いていると、大きな黒い何かが森の影で蠢いているのが目に入ります。
………え、熊?
………
……
…
残念、人間でした。
そして筋肉モリモリの巨漢でした。怖い。
「この辺の木は全て俺がこの手で倒したんだ。どうだ、凄いだろう?」
ふん、と自らの筋肉を誇張するようにポーズをとる巨漢。筋肉だけで木を倒せるのか不思議でなりませんでしたが、それよりもです。
「ヒェ………」
初めて見る筋肉モリモリの巨漢にカタカタと震えるティア。ティアを怖がらせるとはいい度胸していますね。死にたいんですか、あーん?
……コホン、取り乱しました。
「もしかしてこの先の国の方ですか?」
そう尋ねると、筋肉野郎は別のポーズをとりながら言いました。
「その通り。俺はあの国の出身だ。何故わかった? この筋肉でわかったのか?」
「え? もしかしてこの先の国の人は、皆あなたのような筋肉野郎なんですか?」
ティアなんか青ざめて今にも倒れちゃいそうです。引き返そうかな。
「いや。そんなことはない。むしろあの国には筋肉不足のモヤシしかおらん」
「何が言いたいんですかあなたは」
「そんなことよりこの筋肉、どうだ?」
なるほど、意思疎通の図れない方でしたか。
仕方ないので、彼に合わせることにしました。
「わー凄い筋肉ですねー。触っても?」
「どうぞどうぞ。ほれ、そっちの嬢ちゃんも」
「は、はいぃ……」
巨漢の彼は曲げた腕をずい、と私達に差し出してきました。
どう触ればいいのかよくわからなかったので、とりあえず私もティアも人差し指で突いてみました。
「うわあ凄い」
石みたいにカチカチでした。
「…………」
「あの、何で赤くなってるんですか」
「………すまない。妹以外の女の子達に触れられるのは初めてなもので……」
その理論で言うと妹に触れられるのは平気なのですか。そうですか。なんですかそのクソみたいな理論は。というか可愛い可愛い私の妹になんて汚らしいもの触らせてんですか。今すぐにでも滅んでしまえ。
そんな黒い感情を振り払ってから私は言いました。
「ところで、あなたはこんな所で何をしているのですか? お仕事ですか?」
「いや、俺は今修行中なんだ」
そして彼は話してくれました。
妹が先日、妙な連中に連れ去られたこと。
自分が不在だったせいで、妹を救出することが出来なかったこと。
妹を連れ去った連中は、屈強な男達だったと目撃者から聞いたこと。
屈強な男達を倒すべくこうして修行を積み、ようやく木をなぎ倒せるようになったこと。
………ついでに木こりのアルバイトをしていること。
「………やっぱりお仕事なんじゃ?」
「何を言う。金稼ぎなどついでだ。俺はもっともっと筋肉を極めなければならんのだ」
息を荒くして否定する彼の言動に、私は一抹の違和感を覚えました。
「? 本来の目的は妹さんの救出では?」
「それはいずれすることだ。妹を連れ去った屈強な男共を倒すにはまだ筋肉が足りない」
いえ、すでに人間を超越していますので、どうぞそのまま妹さんを救出しに行ってくださいませ。
………などと言ったらそこに倒れている木と同じ運命を辿ってしまいそうな気がしたので、私達は大仰に頷いておきました。
すると筋肉野郎は、
「まず最初に、この森の長────熊を倒す。これが最初の目標だ」
「熊、ですか……」
「ああ。あいつは恐ろしいぞ。川で泳いでいる魚を素手で捕まえることができるのだからな。俺にはあんな繊細なことはできない」
「はあ………」
「その次に森の奥地に住んでいるといわれるまさかり担いだ変人と決闘だ。その変人は森の長である熊を相撲で倒したらしい。恐るべき人物だ」
「はあ………」
相撲で対決して負けているのなら、熊はすでに森の長ではないのでは?
「その次に────」
それから一時間ほど今後の予定を聞かされましたが、妹という単語は一度も出てきませんでした。鍛錬しすぎたせいで脳まで筋肉に汚染されてしまったのか、この筋肉野郎は本来の目的を見失っているようです。
というか、優先順位が限りなく下へと落ちてしまっています。私ならティアが攫われたら、攫ったやつ全員この世から消します。ガチです。
彼が本来の目的を思い出し、妹さんを救出するのはいつになることやら。
まあ、私達姉妹には関係のない物語です。