固ゆで卵と変な奴ら ~ミクロコスモス・スクランブル!~   作:ディティールノベル

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【人形争奪戦】

 〔~招待状~

 

 人の形は神の似姿。人形(ミクロコスモス)はあなたの願いを叶えるでしょう。

【左腕】を、あなたへ贈ります。肌身離さず持っていてくださいね。

 それでは七月七日、ショコラガーデンで逢いましょう。

 

 人形の魔女より。〕

 

 常盤しずねは不安げにその手紙を眺めていた。茶色の便箋に印刷された活字をしずねは指でなぞる。

 この招待状こそが彼ら彼女らをこのホテルへ呼び込んだ。“あなたの願いを叶える”と謳いながら、送りつけるのは欠片だけ。隠し切れない不穏さ。

 とくれば七月七日のショコラガーデンの安全は保障されているとは言い難く。そんなホテルへ無策で乗り込むほど愚かなことはない。

 

 常盤の令嬢が今いる場所はホテル二階のレストランである。ショコラガーデン通常営業において朝食及び夕食に使用される一角は常盤しずね名義で貸し切りにされていた。

 食べ放題の七夕パーティがあるのだからレストランは使わないはず、だからいいだろう? とホテルオーナーの了承も取り、しずねの従者や私兵(SP)たちも詰めさせた。

 人込みのない広いところでゆっくりしたいという金持ち特有のワガママだと思わせたが、実際の所、目的は“司令部”だ。

 今夜ここはしずねと式神と従者及びSPたちの本拠地となる。常識的に考えれば、準備は万端と言えた。

 本拠地である以上、彼女の周りには屈強な黒服のSPたちが控えていたが彼女の憂鬱は晴れなかった。

 自身の安全が不安だから、ではない。

 

(式神……無事でいてください)

 

 あの時。

 一九時。ホテルの照明が落ち、多くの人々が銅像と化した際。式神は迅速にしずねを非常口から廊下へ脱出させた。加えて廊下に控えていたSPにしずねを受け渡し、貸し切りのレストランへ向かえと指示した後、自身は殿としてパーティ会場に残るという。

 もちろんしずねは式神を止めた。当然だ。たった一人で事件が起こってる“現場”に彼を残していくのなら、数を用意した意味がない。

 

『待って、待ってください、式神、一緒にいきましょう』

 

 明らかに起きた出来事は異常だ。手紙の内容を知るしずねの予想以上に、荒唐無稽な現象が起きている。

 対して式神は平素と変わらない態度で静かに告げる。

 

『失礼、問答している暇がございません。素早く行動してください、皆様』

『はっ、参りましょう、しずねお嬢様』

 

 SPの一人が言うが、しずねが付いてきてほしいのは式神である。

 

『式神……!』

『なに、すぐに戻りますよ、しずね様』

 

 式神は影に徹するようにパーティ会場の中に消えていった。しずねもSPに連れられてレストランへ繋がる階段を上る。逃げる前に、パーティ会場入り口が開きかけていたことは見えていたが、すぐに状況は確認できなくなる。しずねは、扉から入ってきた者が吸血鬼オールドローズであることも、イカレた展開が連続的に起こったことも知らない。

 それが余計、しずねの焦燥を煽る。

 

「無事でいてください。式神」

 

 祈るような呟きは虚空へ──―消えず、彼が受け取った。

 

「当然でしょう、しずね様」

「うひゃぁっ!?」

 

 しずねは手紙の向こう側から囁かれて飛び上がった。ばっ、と招待状から目線をあげれば柔和な微笑を浮かべた式神が立っていた。

 部屋に立っていたSPたちは驚きつつも、全員が腰から拳銃を引き抜き、式神に突きつける。

 数十丁の拳銃に狙われながら式神は穏やかに一礼した。

 

「ただいま戻りました。しずね様、皆様」

 

 SPの一人が怒号をあげる。

 

「きさ、貴様、式神、どうやって入った! 全ての出入り口を封鎖して、監視していたのだぞ!」

 

 SP達の最優先事項は常盤しずねの安全である。謎の執事など二の次三の次だ。彼がSPに気づかれずにレストランへ入ってきたこと自体が、しずねの保安上の重大な懸念である。

 しかし当の式神に曖昧にとぼける。

 

「はて、ぼうっとしてる様子でしたので、それはもう正面からすいすいと。ああ! ご安心くださいませ。戸締りはきちんとするのが執事の嗜みですから。封鎖は保ったままでございます」

「そういう話をしているのでは……!」

 

 韜晦する式神にSPは激昂しかけるが、その前にしずねが喜びの声をあげた。

 

「式神! 良かった! 大丈夫でしたか?」

 

 式神はしずねへ目を細める。

 

「先ほども申し上げました通り、無事でございます。収穫もありましたし、悪くはない邂逅でした」

「収穫、……人形(ミクロコスモス)の他パーツを手に入れたのですか?」

 

 式神はゆっくりと首を振る。そこまでうまくはいかない。

 

「得られたのは参加者の顔と情報でございます。全員(……)。あそこには参加者全員がおりました。私も含めて五つ、で全てなのでしょうね」

 

 式神は胸ポケットから十センチ程度の人形の腕を取り出した。人形(ミクロコスモス)の左腕部分である。手の中でパーツを弄ぶ式神へしずねは疑問を投げかける。

 

「なぜ全員だと?」

「ふむ、言葉にし辛いのですが……明かりが消えた時、つまりは多くの方々が銅像と化した時、人形(ミクロコスモス)のパーツが共鳴したのです。私を含めたパーツ保持者全員があの瞬間に理解しました。五つのパーツが全てであり、近くに揃っていたと」

 

 奇妙な感覚だった。第六感にも似たような。後ろからそうだと囁かれたような。まるで散らかったパズルの破片の山をどう組み立てるか一目見て理解できたような天啓をもって、参加者たちは受け取った招待状の意味を理解した。

 分解された人形(ミクロコスモス)のパーツ。逢いましょうという言い回し。パーツを所持した状態であれば、他のパーツが近くにあることが把握できる。持っている者が誰かがわかる。闘争の場の邪魔者たちは大半が銅像と化している。

 そして──。願いが叶うというシンプルな概要。さぁ。さぁ。

 

「まぁ、やはりと申し上げましょうか。争奪戦なのでしょうね、これ」

 

 争え、奪い合え、とそういうことなのだろう。

 しずねは眉をひそめて式神が持つ左腕のパーツを見る。一目で芸術品とわかる美品だ。

 だがしずねには、ただの美品にしか見えない。

 

「本当に、それに願いを叶える力などあるのでしょうか……?」

「おや、しずね様、お疑いでしょうか?」

 

 心外だ、とばかりに式神は首を傾ける。しずねは慌てて両腕を左右に振った。式神を否定するつもりなどしずねには考えられないことだった。

 

「い、いえ、私が式神を疑うなんてそんなことありえません!! ただ、そう、式神が! 騙されていないか心配で……」

 

 ちらちらを己を見るしずねを式神は穏やかな顔で宥める。

 

「心配する必要はなにひとつございませんよ。流石に術理は本職でないとわからないでしょうが。これは間違いなく、願いを叶えてくださる素晴らしい代物でございます」

「根拠は……?」

 

 こわごわと上目づかいで様子を窺うしずねへ式神は断言した。

 

「この人形(ミクロコスモス)が、どう考えても凄まじい変能の作品だからです」

 

 式神はこれで全てを説明したという顔をすると、ではもう一度外を見てきますと宣言して。執事は現れた時と同じように、前触れもなくレストランから姿を消した。

 

 

 

 フェリティシアは賢一が無言で取り出した人形(ミクロコスモス)の右腕を見て、唾を飲み込んだ。素晴らしい、目覚ましい。どんな賛辞もまだ足りない。ほんとうに小さな、手のひらに収まるくらいの磁製の右腕は完璧(……)だった。

 

 黄金比、煌めく雨粒、青空に登る太陽に、人間。眺めていると数々の観念が脳裏に浮かび上がる。形容しがたい、大きすぎるが故の感銘が胸に響く。言葉にならない美の結晶。存在しない原色を突きつけられたかのような鮮明さだった。

 

「これが人形(ミクロコスモス)……のパーツだ。さっき見せた招待状には人の形は神の似姿と書いてあったが、実際のコンセプトはもっと具体的だ。なんだかわかるか?」

 

 フェリティシアは熱に浮かされたような頭で人形(ミクロコスモス)の右腕を観察する。だが、すぐに限界が来た。オカルト的な要素のあるなしなど、鼻歌まじりで見抜ける人形遣いをして、人形(ミクロコスモス)はあまりにも圧倒的過ぎた。巨大な岩石を手で持っても潰れるだけだ。手が余る。だがそれでも人形使いのプライドにかけて、わからないなど言いたくはない。彼女は口の中で言葉を転がす。絞り出してどうにか一言、フェリティシアは述べた。

 

「全て」

「おう」

「全てがある……とか……」

 

 言っておいて意味不明だった。全て? 腕しかないのに? もっとうまく何か言えただろうと顔を赤くするフェリティシアに賢一は大きく頷いた。

 

「その通りだ。やっぱアンタ、センスいいな!」

「ええ?」

 

 困惑するフェリティシアに賢一は饒舌に説明する。全てという表現は適切だ。人形(ミクロコスモス)とは文字通り小さな全てだ。

 

「この子は本当に完全なる小宇宙(……)なんだよ。宇宙と完全な相似関係にある人の形。世界まるごと入った小さな器。それが人形(ミクロコスモス)だ。現実を彼女は内包している……そう考えるとなぜ願いが叶うかもわかってくるだろ?」

 

 フェリティシアは愕然とした。なんてことだろう。それが本当ならば、人形(ミクロコスモス)こそが人形の可能性の到達点。フェリティシアの最終目標ではないか。

 

「干渉可能な連動フラクタル構造!? う、宇宙を変えるってこと!?」

 

 フラクタルとは部分が全体に相似していることを指す。自己相似性とも呼ばれるこの特殊な性質は、はっきり言ってしまえば図形に対する呼称だ。三角形を組み立ててできた三角形が、さらに組み立てられて大きな三角形となっている様を想像すればわかりやすい。部分一つとっても、全体と同じ三角形。これがフラクタルだ。

 リアス海岸線や雲の形などがフラクタル構造で分析できはするが、やはりそれは幾何学の派生である。学術的には興味深く、意義深いが、願いを叶えるには繋がらない。

 物理的なフラクタル構造を変形させれば──つまるところ三角形の部品一つを四角形などにしてしまえば──フラクタルではなくなるだけだ。残るのは不格好な()()()だけ。

 だがそれが、連動していれば話は変わる。願いを叶えるという眉唾な謳い文句に繋がってしまう。

 

「完璧に再現された小宇宙(ミクロコスモス)を作り変えることによって、対応関係にある大宇宙(マクロコスモス)。つまり俺たちが生きてる現実も同じように作り変えることができる。究極の人形の一つだろうよ。“奇蹟”そのものってな」

 

 ループじみた話になるが、宇宙のミニチュアを自分の都合の良いように作り変えれば、実際の宇宙もまったく同じように変化する。三角形で構成された三角形のうち、一つのパーツを四角形に変えれば、部品も全体も四角形にできる。新しい物理法則を人形(ミクロコスモス)に埋め込めば、ただちに現実にその法則が追加されるだろう。金持ちになる、有名になる、支配者になる──どんな願いだろうと人形(ミクロコスモス)から現実(マクロコスモス)へ伝わり、世界がそのように変動するのだ。

 人形(ミクロコスモス)が願いを叶えるプロセスを知り、フェリティシアも賢一に同意する。

 

「“奇蹟”。そうだね、これは奇蹟だよ……嘘でしょ。こんなのが出てくるの……? 未知の人形って情報に釣られてよかった。知らないままとか想像すらしたくないよ」

 

 オールドローズや賢一に襲われたことなど、もはや誤差だ。どんな苦難が来てもお釣りで豪邸が建てられる。

 

「気持ちは超わかるが俗っつーか現金っつーか……あー、もういいか? 人形(ミクロコスモス)はなんだかわかっただろ」

 

 賢一はウキウキしているフェリティシアへそう告げる。“人形(ミクロコスモス)ってなんなの? ”という彼女の疑問に答え、実際に見せもしたのだ。満足だろうと。

 フェリティシアは当然のように否定する。興奮は冷めやらない。ワクワクするようなコンセプトと盲点を突くような技術で作られた人形を知り、熱意は太陽のごとく燃え盛っていた。

 

「いやいや、よくないよ。全然足りない。むしろ、もっと見たい。部分だけじゃ真髄はわからないよね。あなただってコンセプトは読めてても、本質はわからないでしょ」

「そりゃ、まぁ」

 

 賢一が所持するのは人形(ミクロコスモス)の右腕であって人形(ミクロコスモス)ではない。これで満足できるのだったら人形愛好家ではなく人体パーツフェチとかの部類になる。

 

「片腕一本じゃ、人間全体、人間の意識は想像できない。完品を見ないと!」

「…………欲しいのか? 俺はやらんぞ」

 

 フェリティシアのアピールに賢一は目を細める。気が合う人形遣いとは言え、そこに交渉の余地はない。

 

人形(ミクロコスモス)は俺のもんだ」

 

 とぼけた顔に似合わぬ強い語気で賢一は断言する。奪うつもりであるのなら、先ほどの戯れのごとき争いではない……本物の殺し合いになるだろう。

 フェリティシアは冷静に応じた。賢一との殺意を伴う断然は、彼女も願う所ではない。

 

「気持ちは超わかる……だから、うん。欲しいのは諦める。私はね、ただ見たいの。参考にしたい」

「参考?」

 

 フェリティシアの肩の上に座っていたセリーヌちょこんと首を傾げる。人形遣いは優しく小さな人形を撫でる。

 

「このセリーヌは私の最高傑作。出力も精密さも限界まで追求した、万能人形。この子は私の自慢。その上で私はまだ満足していない(…………………………)。満足することなんてない。人形の可能性はまだあるって信じてる!」

 

 人形の意味と用途を愛する人形遣いは、世界全てという絶大な意味と、どんな願いも叶えるという想像を絶する用途を熱烈に希望する。

 ただ未知の人形である、というだけでオールドローズを前にしても欠片も諦めなかったフェリティシアはもうどうしようもないほど決断しきっていた。

 

「“人形(ミクロコスモス)”を調べたい。私の制作に応用できる何かが見いだせるかもしれない。ヒントになってくれるだけでも充分過ぎる。だから、あなたに協力するから、一目だけでも、完品を見せて!」

 

 結局のところフェリティシアが行き着く先は人形遣いだ。人形を作りたい、使いたい。それが最強最高の、彼女のモチベーションなのである。

 以上の経緯で提示されたフェリティシア事実上の同盟の提案に、賢一は唸った。

 

 

 

「ん~~~~~~」

「ね、いいでしょ?」

「ん~~~~~??」

 

(正直悪くはねぇ。協力者はいて困らない)

 

 彼は変能特有のどこか渇いた──オールドローズは固いと評する──―冷徹な思考で分析する。

 賢一はフェリティシアを無傷で制圧したが、あれは思考の間隙を突いて倒したのが大きな要因だ。フェリティシアはオールドローズに襲われ、闖入者に次ぐ闖入者が飛び込んできて、さらには賢一に理不尽に勝負を挑まれ、精神的な動揺が大きかった。人形に関する不思議な業まで持っていることを加味すると、次の勝負はわからないだろう。万全な状態であれば彼女も実力を発揮できる。

 穏便に協力者になってくれるなら、多少のデメリットなど呑み込めるぐらいの頼もしさがフェリティシアにはある。

 

(それに、フェリティシアの意思も尊重したい。負い目云々じゃなくな)

 

 賢一は人間をどうでもいいと考えているが、蔑ろにはしない。人は人、己は己、そして愛しい人形は愛しい人形、という個人主義的な傾向が強いだけだ。意思のあるなしを重視しているが故に、人形にはなく人間にはある意思を、彼は尊重する。意思を尊重するから、思うままに振る舞えなくて意思がない人形を愛している面もある。心は大切なものだから心のある何かにあんなことはこんなことはできない。やっぱ心とか邪魔だわ。人形最高! 

 複雑な奇人、賢一は彼の道理に乗っ取り、なおもフェリティシアの意思を確かめる。

 

「こいつは争奪戦だぜ、フェリティシア。争うのは、あの赤い女──オールドローズだったか? と三人だった、奴らだ。それでもやるのか?」

 

 赤い女。

 執事服の男。

 眼鏡の男。

 着ぐるみ。

 この四人と戦い、人形のパーツを奪い取る必要がある。

 

「ええ、やりましょう」

 

 即答。フェリティシアはやる気満々だった。即答すぎてむしろ賢一は不安になる。言葉一つとっても聡明で善人なのがわかり、恩人なのだが……行動派というか。賢一はつい、問いを重ねてしまう。

 

「俺と同じ変能たちが相手なんだが……?」

「それでもやるけど……? ああ、でも。ねぇ、賢一」

 

 フェリティシアは涼しい顔で断言してから、ふと気づいたように言う。

 

「あ?」

「変能って何?」

 

 賢一は顔をひきつらせた。これだから人間はやりづらい! 

 

「……あー、まぁ七夕人形と同じくマイナーだよな。そうだな、変能ってのは──」

 

 

 

 少し時間を戻し、参加者三人に吹き飛ばされたオールドローズへ視点を移す。

 衝撃と落下で全身複雑骨折、肉も皮もボロ雑巾と化したオールドローズは血の跡を残しながら這うように移動する。

 向かう先はパーティ会場……ではない。戻らなくてよいのだ。

 赤い肉塊はずりずり、ずりずりと庭園からホテルの通路へ入り、エレベーターの前まで来る。ぐちゃりと伸びた奇怪な腕がボタンを押し、しばらくしてエレベーターの扉が開く。

 オールドローズはエレベーターの中に入ると、最上階のボタンを押して扉を閉めた。

 そして最上階までエレベーターが辿り着き、扉が開く。中には五体満足にして無傷のオールドローズがいた。

 

「少し回復に時間がかかったな。やはり変能相手だとこうなるか、しかし、二人、ことによっては三人か。狂ってるな。四人は流石にないと思うが……。空気が固すぎたのと不意打ちで変能の人数が把握できん」

 

 オールドローズは一人ごちる。彼女は長年の経験から空気という曖昧なものを感じ取り、変能や怪物の判別が可能だ。しかしそれには観察が必要だった。賢一以外の、あの三人が何かはよくわからない。わかる前にぶっ飛ばされたからだ。

 

「まぁ問題はないか。むしろ復讐相手が増えて気分が良いぞ」

 

 変能は古い怪物よりもさらに希少な異常個体だ。二人揃うことすら空前絶後な珍事である。そんな奴らを揃えてくれたのだから開催者という者がいるなら感謝したいくらいだ。

 と、赤い吸血鬼は不敵に口角を歪ませつつ、己の主人が待つスウィートルームのドアを叩いた。

 

「開けろー、聡―。というか生きてる? どいつもこいつもなんか知らんけど銅像と化してたんだが。無事かー?」

 

 ホテル中の人間を銅像と変えた下手人はオールドローズではなかった。パーティ会場に入った瞬間に事が起こったのはただの偶然である。

 オールドローズのんびりとした口調とは裏の硬い声掛けに、ゴソゴソと部屋の中から物音がした。

 聡の小さな声がする。

 

「合言葉は?」

 

 聡が無事なのを確認して、オールドローズは安心したように小さく息を吐いた。続けて合言葉を発する。

 

「〈吸血鬼はカッコイイ〉。くふ。当の吸血鬼に言わせるなよ、こんなこと。面白い奴だ」

「……良し、入れ」

 

 ガチャリと開けられた扉にオールドローズは入った。飛び散った血痕に横たわった銅像たち。七夕パーティ会場にも負けず、スウィートルームもなかなかカオスな状態だった。

 

「ほぉ、こいつらも銅像になってるのか」

 

 パーツ所持者以外で霊対やフェリティシアが無事だったのを考え合わせればオカルトに関連していれば免れるとオールドローズは予想していたのだが。聡は無事で他の銀の指揮棒(タクト)は石化するとは。少し疑問に思ったがオールドローズはすぐに思考を打ち切った。

 これが誰かの変能によるものか、異能か。もしくは人形(ミクロコスモス)によるものか。どれにしろ現状の手掛かりでは答えは導けない。

 

「こ、ここは安全だと思ってたんだけど……」

 

 聡は怯えたように銅像と化したかつての仲間たちを見る。自分を小間使いにしてたような魔術師たちだ。愛着はない。あるのは自分はこうなりたくないという恐怖だけ。

 

「そうでもない、みたいだ……クソ。オールドローズ。情報収集はどうだった? なんでも願いが叶う魔法……人形(ミクロコスモス)のなんかをさ、すっぱ抜いたか?」

 

 オールドローズは聡の命令に従い情報収集のため、パーティ会場で乗り込んでいた。人形(ミクロコスモス)とは関係ない、言ってしまえば邪魔者たち相手に遊んだりしていたが、目的はそれだ。

 気紛れとは主は主。命令に従い、従僕らしくしなければ暇つぶしにすらなりはしない。だからぶっ飛ばされてもパーティ会場へ戻らず、聡がいるスウィートルームに引いたのである。

 オールドローズは聡に報告する。

 

「ああ、信じられないかもしれんが、パーティ会場にいたよ、参加者全員な。まったく、これだから変能が混じってる事件は……」

「変能?」

「……人類は忘却の使徒だったな」

 

 オールドローズはボソリと呟いた。自分ような八百年間、死体しか喰ってないような戦場の亡霊を伝説と呼び、源流である変能は知られていないのだから人類社会は不思議である。変能の希少さが原因だろうか。それとも、あえて記録に残されず、忘れられるべくして忘れられたのか。

 

「変能というのはアレだ。異常性癖に端を発する異能だ、実際は違うけど」

「違うのかよ」

 

 聡は呆れる。

 

「や、その通りではあるんだが、本質は違うということだ。もっとどうしようもない、この下らん世界の真実を……ふん」

 

 オールドローズは横目で聡を見た。

 

「知りたいか?」

「え……人形(ミクロコスモス)よりやべぇのか? それ」

「ああ」

「はっ!? なんでも叶う魔法だぞ!? それよりも?? なんだよそれ、意味わかんねぇ!」

 

 即座に肯定されて聡は動揺する。この無敵の赤い夜を聡は信頼している。それは圧倒的な化け物に頼り、傅かれることで調子に乗っているとも言えた。その拠り所であるオールドローズが己に譲り渡そうとするのは、なんでも願いが叶う魔法、人形(ミクロコスモス)。銅像と化す異常現象からも逃れ、順風満帆だった今夜に立ち込めた暗雲に、聡は足元が崩れ去ったような不安に襲われた。

 変能。聞くべきか、聞かざるべきか。オールドローズはニヤニヤと聡の百面相を眺めていた。変能どもへの復讐も悪くないが、主君と遊ぶのも面白い。

 

「あー、じゃあ、聞くわ! 聞きます! いやっ! やっぱどうしようかな?」

「フッハッ! クク、聞かないという選択肢もありだよ。あまり面白くない事柄ではあるし。私はどっちでもいいぞ。選ぶのはー、主人であるお前だ」

 

 オールドローズが語るのは本心だ。聡が聞こうが聞くまいが、真実は不変だ。極めて強大な異能者だと理解していれば戦闘に不都合はない。歴史において、変能から派生したもの(……)を知ったところで思い知るのは困惑と絶望だけなのだから。

 

 ああだこうだと頭を捻っていた聡は突然、ピンと閃いた。

 

「ははーん。わかった! お話で言う、“おいおいお前それ重要そうな事柄なんだからさっさと聞いて確かめろ“って奴だな、これ!」

「んー?」

「ほら、あるだろ? なんかすっとぼけた登場人物が聞いとけ! ってこと聞かずに大ピンチになる奴! つまり、そういうことなわけだ。じゃあ聞くわ。教えろ、オールドローズ。僕はアホじゃないからな!」

「面白い考え方だな……」

 

 自分を伝説に重ね合わせるのはアレキサンダー大王に始まり、古今東西よくあることだが、物語を現実に応用し、教訓とする態度は極めて現代的と言えた。あるいはもっともっと昔の、民話を語り継いでいた古代か。どちらにしても八百年間、戦場を渡り歩く亡霊だったオールドローズにとっては、新鮮な物言いだ。面白い男だ。本当に──。

 

(うん? 私は何を感じた? 考えた?)

 

 胸に去来した曖昧な感情にオールドローズは眉をひそめた。過去、抱いたことのない想いだ。老成したオールドローズに欠けているそれは……。

 

「オールドローズ?」

 

 聡に名前を呼ばれてオールドローズは現実に意識を戻した。いけないいけない。せっかく面白い催しに参加しているのに、白昼夢で時間を潰すなどもったいない。こんなことは後で考えれば良い。時間なら、永久に等しいほどあるのだから。

 

「なんでもないぞ。聡。そうだな……この人形(ミクロコスモス)だが」

 

 オールドローズは懐から十センチ程度の人形の右足を取り出した。

 

「深く考えなくてもわかる。これを作ったのは変能だ」

「なんで──?」

 

 まぁ黙って聞けとオールドローズはジェスチャーで伝える。

 

「私を吸血鬼にした大本、あの忌々しいヴァンパイアフィリアも、変能だった」

「──?」

「奇蹟を生み出したのは変能だ。吸血鬼を生み出したのは変能だ。魔術を生み出したのは変能だ。超能力を生み出したのは変能だ。あいつらだ! あいつらだ! あのクソッタレの、腹立たしい、オリジナル共!!」

「オールドローズ?」

 

 聡に名前を呼ばれてオールドローズは正気を取り戻す。

 

「……ああ、ごめんな。昂ってしまった。そう、そうだな。……古い怪物はみんなみんな知っているんだ。幻想(われわれ)人間(へんのう)から生まれたのだとな」

 

 それがオールドローズの絶望であり、古い怪物が世の表に出て暴れない理由でもある。古い怪物。つまり変能に()()影響を受けた者である伝説級の怪物は、変能の意味を知っている。それでどうして、表社会で暴れられるだろう。オカルトを世界の真実だと得意げになれるだろう。

 悪い、冗談だ。

 

「悪い冗談だろう? え、マジ? そーすると、僕の古巣な銀の指揮棒(タクト)が、異常性癖の()()()で秘密結社気取ってた残念組織になるんだけど」

 

 源流(へんのう)とはそういうことで、末流(オカルト)とはそういうことだ。オールドローズは哂う。自身も含めて、哂う。

 

「ハハハ。それは正解だ! みなそうだとも、私も裏社会も、変能の残骸(……)で遊んでいるだけだ!」

「えー、うわー、えー……」

 

 聡はガリガリと頭を掻いた。ガラガラと、聡を構成していた常識が崩れていく。オールドローズによって銀の指揮棒(タクト)が壊滅させられた時など比較にならない、価値観の崩壊。

 ……銀の指揮棒(タクト)のシステムや魔術の理論は論じるには値しない。いやそもそも警察庁霊障対策室だの対吸血鬼武装だの、そんなものすら価値はない。

 七夕の夜、ショコラガーデンで行われてるのは、もっとも世界の根幹に近い乱痴気騒ぎ。

 古い怪物と変能たちによる人形争奪戦なのだ。

 オカルトに人生を狂わされかけていた聡は、突然齎された荒唐無稽な事実に、もう一度、えー、と呟いた。

 

 

「って俺が昔知り合った変能の幼女が言ってた」

 

 長話をしながら庭園からホールへ移動した賢一はようやっと変能について話し終えた。

 喉が渇いたので未使用のコップにお茶を注ぎ、ゴクゴクと勢い良く飲む賢一にフェリティシアは遅れて仰天した。

 

「いやいやいやいやいやいやいやいや、嘘でしょ?」

 

 賢一から世界の真実(ネタバレ)を喰らったフェリティシアは信じられない気持ちでいっぱいだった。幻想が変能の残り物? 幻想の中に変能があるのではなく? オールドローズが語る源流に近いということは、変能に近いという自虐だった? 

 受け入れられない。賢一の情報源(ソース)も信用ならない。なぜ幼女を参考した。

 

「それに、そうなるとルノアール一族だって……ああ!」

 

 フェリティシアはポケットからスマートフォンを取り出した。確かめるにはいい手段がある。

 

「賢一。ちょっと待ってて」

「構わんが」

 

 フェリティシアはスマートフォンを操作する。秘境も秘境である人形の里出身のフェリティシアは電子機器に慣れておらず、このスマートフォンも日本に来て購入したものだった。だが、人形の里には古臭いが固定電話は存在した。

 つまりフェリティシアは実家の人形の里に電話を掛けたのである。国際電話だ。

 

『────―』

Pronto(もしもし)、始祖様、sono(こちら)、フェリティシアです(イタリア語)』

『────―?』

『少し聞きたいことがあって、あー……(イタリア語)』

 

 フェリティシアは電話口を手で押さえて賢一へ日本語で問うた。

 

「変能ってイタリア語ってなんていうの?」

「知らん知らん。聞いたところによると、英語だとハードハートとかオリジナルとか言うらしいが、そんな有名じゃねぇしな。……ああ、だからオールドローズは俺をオリジナルと呼んだのか」

 

 賢一は口に出してから納得する。赤い吸血鬼は大仰な物言いだったが、あれでオールドローズなりに筋道通った台詞を吐いていたらしい。

 フェリティシアはありがと、と短く告げると電話口に戻る。

 

『ハードハート、オリジナル、ヘンノー、この言葉の意味を知ってますか? (イタリア語)』

『──―!!! ──―!?』

『あっ。はい、もうわかりました。完全にわかりました。そうですか(イタリア語)』

 

 フェリティシアはルノアール始祖の慌てた声に、賢一の言は正しいのだと確信した。

 

『──!! ──!』

 

 ほとんどパニックしながら戻ってこいと求めるルノアール始祖にフェリティシアはそっけなく応じた

 

『じゃあ切りますね。お元気で。用事を終えたら一度戻ります。息災をお祈りします。では(イタリア語)』

『────────────―!!!!!!!!!』

 

 フェリティシアは通話を切った。人形の里の代表者相手だろうと譲れないのだ。迷いはない。迷いはないのだが。

 

「…………そうかぁ。そっかぁ……私たちも始まりもそうなんだぁ……。もう信じるしかないよこれ」

 

 つまり人形に関する不思議な業を持つルノアールの始まりもまた変能だということだ。ショックを隠し切れないフェリティシアへ賢一はとぼけた真顔で言った。

 

「えらい叫び声が向こうから聞こえたが」

「気にしないで」

「お、おう」

 

 フェリティシアはしばらく頭を抱えていた。しかし気を取り直して背筋を伸ばす。

 

「よく考えたら関係なくない? そうそう。素晴らしいものは変わらず素晴らしい。この素晴らしいものってのは人形のこと! 欲しいことに変わりはなし! 敵が強大でも味方も変能だし……よし、いける!」

 

 理論武装を終えたフェリティシアは胸を張って賢一に問うた。

 

「私は覚悟を決めたよ、賢一」

「そうか、そこまでの意思があるなら尊重しよう。組もうか、フェリティシア」

 

 賢一は手を差し出した。

 

「よろしく、人形遣い」

「こちらこそ、人形師」

 

 二人は改めて握手をした。互いに本音をぶつけ合い、本性をさらし合った彼女と彼はようやく、本当の意味で意気投合をしたと──―。

 

「そういえば賢一、あなたはどうして人形(ミクロコスモス)が欲しいの? 願いは、興味ないか」

 

 人形好きの二人にとって叶えたい願いはない。元より、人形(ミクロコスモス)自体が目的なのだから。

 だがそれにしたって()()()()()理由はあるだろう。人形の可能性を追求したいフェリティシアのように。

 組むのだから賢一の理由も把握しておくべきだろうとフェリティシアは軽く問うた。賢一は力強く首肯した。

 

「もちろん願いなんぞどうでもいい、そうだな、そこも擦り合わせておかないと。性癖をぶちまけてな」

 

 賢一はもう一度懐から人形の右腕パーツを取り出した。そして活力に満ち、とぼけた顔に似合わぬテンションの高さで叫んだ。

 

「やっぱさ、キレイな腕だよなぁ! この美人は欲しいよなぁ! ひたすらに味わって! 舐め尽くして! 愛でさせてもらいたいよなぁ!!」

 

 賢一の目は欲望よりも苛烈な欲求に煮えたぎっていた。

 フェリティシアは唖然とする。

 フェリティシアも賢一も人形を愛している。だがその愛の形は違う。フェリティシアのそれが職人的、遣い手からの愛だとすれば、賢一の愛は──ぶっちゃけて言えば性愛だった。

 賢一は、異常性癖に端を発する異能者、変能である。道理であった。

 

「お、おおう……」

 

 賢一がフェリティシアを理解し、許すのにかなりの葛藤を必要としたように。フェリティシアも“人形(ミクロコスモス)”を研究するために、彼を理解し許す必要があった。偏見のない、さっぱりとした気風の女性であっても、生理的反応というものは悩ましいものだった。

 

「……でも、よろしい! 条件を飲みます。人形(ミクロコスモス)を完成させた暁には私は研究をさせてもらうよ。味わいも舐めもしないでね! できれば、あなたが、その、愛する前に見せてね! あと、……ちょっとは取り繕ってもいいんだよ?」

 

 フェリティシアの懇願にも似た提案に、賢一はシニカルに笑った。

 

「おいおい、俺たちパートナーだろ? 互いに正直にいこうじゃないか。何せ人間同士だ。意思疎通を欠かすとすぐに駄目になる、不便な生き物だしな!」

「……了解」

 

 意気投合した相手に欲望と性癖をぶちまけられ、これからも隠さないと断言されたフェリティシアは複雑な気持ちだった。

 

(相互理解は大事だけどさあ、明け透け過ぎてもちょっと……いや正論だし、うん!)

 

「ああ、そうわかったよ! 後悔しないことね! 私はすでに後悔してるけど!」

「じゃあやめるか?」

 

 その質問は狡い。

 

「やめない!!」

 

 本当の意味での意気投合はまだ少し遠いかもしれないが、ついに同盟はなった。

 

 今夜一夜(いちや)の人形劇、今夜一夜(ひとよ)人形争奪戦(ミクロコスモススクランブル)。何もかもが予測不能。

 悟ったような常套句などなんの意味も持たない。

 一つ言えるとすれば──変態注意、だ。

 

 さぁ、乱痴気騒ぎを始めよう。

 

「主役は俺たちだよ」

「そうなの?」

 

 夏の暑い、七夕の夜。人形師と人形遣いはとぼけたやり取りをしながら、戦いに臨む。

 

 と言っても敵はこの場にいない。ホールはひどい有り様だった。銅像がおのおの佇んでいる。それだけならまだしも、ウーウーと呻くだけの霊対メンバーがフェリティシアの糸で拘束されている姿もあった。

 フェリティシアはオールドローズに血を吸われ、真っ青な顔をした真井の目を覗き込む。

 

「んー、だめだね。正気を失ってる。このままにしておこうか。死んでないだけマシだよね」

 

 我を失ってこそいるが、人間のままなのだ。夜明けも迎えても灰にならないだけ安く済んだと思ってほしい。

 フェリティシアは人形を操り、霊対メンバーの意識を一人一人刈り取っていく。後からオールドローズに回収されても面倒だ。先んじて全員を気絶させておけば憂いもない。情報を隠したまま死地に放り込まれた恨みは、人形(ミクロコスモス)と関われた恩で帳消しだ。フェリティシアは霊対にこれ以上何もするつもりはなかった。

 

「よし、これでいいでしょう。いこうか、賢一」

 

 フェリティシアと賢一はホールを後にして廊下へ出た。人気のない──ところどころ銅像はあるが──廊下を通り、フロントまで赴く。

 そこでさっそく他の参加者に遭遇した。そこには床にひっくり返った彦星くん(着ぐるみ)と執事服の男がいた。

「おや?」と執事服の男が賢一とフェリティシアに気づく。そして礼儀正しく溜め息を吐くという器用な振る舞いをした。

 

「はぁ、困りましたね」

 

 優しげな風貌。柔らかな物腰。無傷で彦星くんを踏みつけている行為と雰囲気がミスマッチだった。

 

「さっそく一人倒せたのは僥倖だったのですがね。これではパーツを奪えないじゃないですか」

 

 彦星くんの懐を探るなんて隙を見せた日には己もやられると理解しているのだろう。降って湧いたジレンマにどう対処するか執事服の男は練っている様子だった。

 賢一は唇を舌で舐めた。たまらない。全員が一同に会した時は混ざってわからなかったが、こうやって対峙すればわかる。

 

「人形のにおい(……)がする。よだれ出そうなほどジューシーなのが二つ! 男は腕! 着ぐるみは足!」

「例えが気持ち悪い」

 

 フェリティシアは冷たい声で突っ込むが、賢一の目はディープな愛で輝いていた。コミカルなやりとりをするフェリティシアと賢一を眺めて、執事服の男はあっけらかんと言った。

 

「これはこれは。先ほどぶりです、お二人とも。特に霊障対策室に雇われていたフェリティシア・ルノアール様、ご無事だったのですね。安心いたしました」

「────なんで私のことを知ってるの?」

 

 フェリティシアは己の名前を呼ばれたことで警戒心を強くする。執事服の男は穏やかな口調を崩さない。

 

「先ほどの吸血鬼の言葉を借りるわけではないですが、答える義務はありませんね。あなたこそ、どういう風の吹きまわしでそこの変能と?」

「んー、そうなると私も答える義務はないっていうかな」

 

 フェリティシアも答えをぼかす。知られても困る情報ではないが、これは駆け引きだ。言葉でのやり取りで敵と勝負を──とフェリティシアが次のセリフを述べようとしたが。

 

人形(ミクロコスモス)を研究したいんだとさ。俺の協力者だ」

 

 賢一がすっぱりと答えてしまった。フェリティシアは腕を組んで目を閉じる。気を落ち着けてから彼女は呟いた

 

「賢一、私の台詞を台無しにしないで」

「わりぃな、情報を隠すのは俺の趣味じゃねぇ」

 

 賢一に駆け引きの流れは一刀両断されてしまった。弛緩した空気が流れる。

 

「はぁ、まぁそういうわけ」

 

 フェリティシアは溜め息交じりに賢一の言を肯定した。

 

「これはこれはご丁寧に」

 

 執事服の男は慇懃無礼に応じた。

 

「お礼にご相手をさせていただきますので、少々お待ちくださいませ。具体的に申し上げればこの方からパーツを奪うまで……ってありゃ?」

 

 床に倒れていた着ぐるみの彦星くんが忽然と消えていた。

 

「いなくなってます……」

「……」

「……」

 

 執事服の男の寂しげな独り言に人形好き二人は応える言葉を持たない。彼は険しい表情で二人を見た。

 

「すいませんが帰ってもいいですか?」

「待て、拗ねんな!」

「ていうか逃がしちゃったの?」

「あなた方のせいなんですけどね」

 

 グダグダだった。埒が明かないと、賢一は一歩前に出て胸を張って名乗る。さっさと話を進めよう。

 

「俺の名前は知らねぇよな? 冬川賢一だ。──名乗れよ執事」

 

 執事服の男は感心したような、呆れたような面持ちになった。

 

「流石はあのオールドローズに話を振った愚か者。……式神です。式神彩人。以後お見知りおきを」

 

 執事服の男は──式神はフェリティシアへ視線を向ける。

 

「後は、そうですね。フェリティシアさんの名前を知っていた理由ですが」

「あ、教えてくれるんだ」

「情報を一方的に貰いっぱなしというのも気分が悪いですしね」

 

 嘘だった。賢一がフェリティシアの参戦理由を教えてくれたおかげで勝ちの目が見えたから冥土の土産に応えてやろう的な意味合いが強い。

 

「何のことはありません。警察庁霊障対策室に人形(ミクロコスモス)とオールドローズの情報をリークしたのがわたくしだからです。あなたを雇い入れた経緯含め、監視させておりましたので、まあ必然的に覚えがあったのでございます」

「……え?」

 

 フェリティシアをショコラガーデンにいるきっかけを作った犯人は己だと式神から告げられ、彼女は困惑した。

 

「な、なんでそんなことを……?」

 

 式神は何気なく応えた。

 

「……まぁ敵情視察でしょうか。あの品のない手紙では何が起きるかわかりませんでしたからね。()()()()()()()()()を放り込んで、何が起きるか観察すれば、ルールや特徴も簡単に把握できるかなと。そういった次第です」

 

 そういえば比較対象として“願いが叶う儀式”という概要だけを教えて呼び寄せた銀の指揮棒(タクト)はどうしたのでしょう? と式神が呟く。

 式神はリトマス試験紙として警察庁霊障対策室とどこぞのオカルト組織を丸ごと利用していた。

 賢一も話に口を挟む。

 

「オールドローズが参加者なのを先んじて知ってたってことか? どうやって?」

「あんな目立つ化け物が同時期に日本に訪れてるんですから、そりゃ関係あるでしょう。外れてても別に構いませんでしたしね」

 

 オールドローズがショコラガーデンに訪れなくても霊障対策室メンバーや銀の指揮棒の構成員はホテルにいるのだ。戦場に放り込んでテストするという目的は叶う。式神に損はなく、得しかない。

 式神という執事は狡猾で、性根が腐りきっていた。

 

 

「なるほどなー」

 

 賢一が腕を振り、糸が舞う。空気を切って、三日月が式神と賢一たちの間に降り立つ。

 黒い衣服を守った等身大の少女。大剣を構え、油断なく構えている。人間離れした容貌は賢一が細部を凝らして作り上げたものであり──三日月は、賢一と一心同体の人形だった。

 

「話せてよかったよ式神。ありがとう。心残りはもうないぜ──―だから、その()、もらうぞ」

「そうですか。……ああ、変な奴らに絡まれましたねぇ。これ。ふむ。いいでしょう」

 

 式神は、襟を正し、礼儀正しく、人形師と人形遣いを見つめて言った。

 

「──わたくしの気分を害したという最悪の罪に対して、罰を与えさせていただきます。よろしいか? 答えは聞いてませんがねっ!」

 

 執事の言葉が終わるか終わらないかの刹那、人形師が腕を振る。三日月は剣の突きを相手に繰り出した。その速度はまさしく神速。糸で操られた人形とは思えない踏みこみの鋭さは常人には回避不能だ。

 しかし式神もさるもので、バックステップすることよってその剣戟を軽々といなした。式神の身体能力は変能関係なしに、極めて高い。

 

「ひゅー。思い切りいいですねー。で、す、がぁー……! お嬢様のためならば、わたくしにできねぇことはないんですよ!!」

 

 式神が駆けて、三日月の向こう側にいる賢一を打倒しようと拳を振るう。賢一は軽い足取りで踊るように三日月を操り、それを受け流す。人形と執事が舞う三次元的な戦いは一進一退の攻防だった。フェリティシアへしたように三日月を囮にして……という戦術は使えない。賢一は関節技に優れているが、式神はシンブルな蹴りや拳を巧みに操る超人だった。心にも力にも隙がない以上、奇策は愚策だ。

 正面から男二人がやり合ってる一方で、フェリティシアはその間に大量の木彫り人形たちを周辺に配置していた。賢一が時間を稼いでいる間にホテルのフロントを殺し間に変えているのだ。

 数の力で空間を満たせばスキマはなくなる。気づいた時には全方位三百六十度から殺到する木彫り人形で詰み。フェリティシアが十全に力を発揮でき、前衛がいる。条件が揃えば彼女も彼女で悪辣なスペックの持ち主なのである。

 だが、だからといってただで敗北へ導かれる式神ではない。

 

「あらよっと!」

 

 三日月の大剣の峰を足場に一気に式神は距離を広げ、床に降り立つ。その顔はうって変わって微笑が浮かんでいた。

 

「冬川さん、少し聞きたいことがあるんですがね」

 

 残り二十秒で殺し間は完成する。時間は賢一とフェリティシアの味方だ。それを知る賢一は式神の話に応える。

 

「……なんだ?」

「その人形、お手製なものだと存じますが……人形を愛してる方が、その方を戦わせるのはいかがなものかと?」

 

 自信満々に告げる姿は、見当違いな台詞でオールドローズの気分を害した真井室長を彷彿とさせた。

 

「その話もう終わってるんだけど」

 

 フェリティシアは話を聞いて即座に言った。賢一は己のスタンスを自分と同じように定めている。揺さぶりなど無意味だ。

 

「何言ってやがる。俺と三日月は一心同体で──」

 

 フェリティシアの想定通り、賢一は真顔で言った。しかし式神は二人の言葉を無視して、大真面目な厳めしい態度のままだ。そして賢一を睨み付ける。

 

「あなた、恥ずかしくないんですか!! なぁにが一心同体ですか? ま──ったく信じられませんね! 自分より大切なものを! 全身全霊をかけることに幸福を感じる存在を! 耳触りの良い言葉ならべて戦場に持ち込んで、得意げな顔とはね! この────―『なんちゃって人形好きめ!!』」

「何言ってんの、もう」

 

 人形を使い倒すことを当然と捉えるフェリティシアには妄言でしかない。賢一だってそれは割り切っている。はずなんて言葉はつかない。推論ですらない。躊躇いもなく大量の人形を操るフェリティシアへ大剣を振り下ろすことができるのだ。人形を愛していても、人形が傷つく“かもしれない”で、彼は手を緩めない。賢一はあれで渇いた判断力の持ち主なのだ。

 であるにもかかわらず。

 冬川賢一は膝から崩れ落ちていた。

 

「な、に?」

「──もらいました!」

 

 その隙を逃すような式神ではない。彼は地を駆け、三日月の横を通り過ぎ、その魔の手を賢一に掛けようとした。茫然自失の賢一はピクリとも動かない。

 

「ちょ、ちょ、待って! 待ちなさい! ああああ、もう! 二度目(……)よ!!」

 

 殺し間の形勢は間に合ってはいないが仕方ない。フェリティシアは式神の蹴りを配置していた人形たちで凌いだ。これでもうスキマなく人形を詰め込んで封殺する戦法は使えない。

 フェリティシアに攻撃を防がれた、式神は不服そうに口を尖らせる。

 

「守りに出るんですか? 彼を見捨てた後、その木偶(デク)でわたくしを始末すれば一挙両得だったのではありませんか?」

 

 賢一が倒れるのを放置して、殺し間を作ることを優先すれば、袋の鼠に式神を負い込めたはずだろう。そう指摘する式神にフェリティシアは困ったように笑った。

 

「ふ、ふふふ、私は二度目の機会を大切にしてて……ていうのは建前で一人でやれる気がしないのが本音かな!!」

「へぇ、最近のレディは本音を建て前と呼ぶのでございますか?」

「うぐっ…………」

 

 そんな冷徹な計算ができる時間的余裕などなかった。咄嗟の行動を起こすのは、常日頃からの強い信念だけである。図星を突かれたフェリティシアは唸った。この性根が腐りきってる男に性格を見抜かれて愉快なことになるわけがない。

 だが式神も優位というわけではない。

 

「はぁ」

 

 式神は予兆一切なしに、迅速に過ぎる挙動で下がって、下がって、下がった。

 

「残念ながらその行動は正しいようで」

 

 執事は憮然とした表情になると、さらに大きく一歩引いた。面倒だ。せっかく思いついた勝ちの目を潰された。フェリティシアが賢一を庇わなければ、こちらの勝ちは確定だったというのに。

 式神が皮肉交じりにフェリティシアを褒めたのと時を同じくして、賢一が正気を取り戻す。賢一は座り込みながら口をへの字に曲げて、式神を睨みつけた。

 

「変能か」

「さっそくか!」

 

 賢一の呟きにフェリティシアは反応する。賢一は内心の屈辱や怒りを押し殺すように式神へ淡々と言う。

 

「そうか、喰らってわかったが……従者が持つにはあまりに不釣り合いで邪悪な変能じゃないか? 精神的ダメージの増幅(………………)なんて」

 

 それが式神の変能である。彼は自身が与える精神ダメージを増幅することができる。その効果は絶大で埒外だ。ほんの少しでも心当たりがあれば、心を吹っ飛ばすことができる。強い精神的衝撃は人の思考を停止させる。しばらくの間茫然自失となった敵は、もはや完全に式神の()()だ。

 式神はサディスト精神の発露とも言える変能を元に邪悪と糾弾されて──幸せそうに微笑んだ。

 

「いえいえ、わたくしはちゃーんと執事ですよ? 破滅こそが美しく、自滅こそが麗しい。そしてそれを跳ね返すお嬢様こそもっとも愛おしい」

 

 夢見るように告げる式神は、賢一へ追い打ちをかけるように言葉を付け加えた。

 

「ところでその人形のこと、ちゃんと好きなんですか? 冬川さん」

 

 賢一はふん、とあしらった。

 

「もう効かねぇよ。俺と三日月は言葉だけじゃなく、一心同体だ。生きるも死ぬも戦うも一緒だ。それが俺の人形愛だよ。なんと一緒にお茶会とかする」

「清々しいレベルで人形遊びね。知ってたし、人のこと言えないけど」

「セリーヌともお茶会したい、あわよくば」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 余裕を見せ始めた賢一とフェリティシアに式神は真顔になる。

 

「ううむ。これは預けた方がよろしいですね。二対一は、それなりに旗色が悪いと存じます。ああ、でも一つテストさせていただきましょう、フェリティシアさん」

「ん?」

「『死ね』」

 

 式神は暴言をフェリティシアへ吐いた。人格に似合わない唐突の、理不尽な言葉の暴力。しかしフェリティシアは不思議そうに式神を見返す。

 

「……? いや生きるけど」

「……わかってましたけど悪意に鈍感ですねぇ!!」

 

 式神は呆れ半分に言う。真井室長にあからさまに嫌われ嫌がらせをされてもオールドローズにぶち当たるまで気づかなかった気風が良すぎる女である。賢一のようにちゃんと心に刺さる言葉責めをしなければ八割方刺さらないだろうと式神は分析していたが、予想以上にスルーされてしまった。普通の人間ならこれで茫然とするのだが。変能でもないくせにメンタルが強すぎる。賢一ももう生半可なことでは精神ダメージを与えられないだろう。

 即断。うまくいかない。撤退だ。

 賢明な判断だった。負けじと無理して襲い掛かってこないくらいには、抜け目のない式神だ。変能が何かを理解され、賢一の変能の情報は抜けず、着ぐるみの参加者さえも逃がしたとしても──彼は微笑む。

 

「ふむ、あなた方なら参加者の誰かからパーツを奪うこともできるかもしれませんね。その時にまたお会いしましょう」

 

 不吉な物言いを早口で述べると、式神はくるりと転進してその場を走り去った。ホールへ乱入し、即座に撤退した時と同じように、すばしっこかった。

 

「ただ言っておきますが負けたわけではありませんからね! 勝負を預けただけですから!!」

 

((負けず嫌いだ……))

 

 賢一とフェリティシアは同じことを思った。式神は己が執事であることに強い自負を抱いている。それはそれとして、傅く者であることと全く矛盾せず、式神はやはりサディストだった。簡単に負けを認めるようなサディストなどいない。

 そんな捨て台詞を吐きながら、遠ざかっていく式神。……賢一はフェリティシアへ言った。

 

「追うか」

「追いましょう」

 

 いくら凄まじい性能を誇る変能とは言え、効かないのならば恐れるに足りない。

 二人に式神を逃がす理由などありはしないのだ。

 賢一とフェリティシアは逃げる執事を追った。

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