黒い蹄と白の鱗、TS娘は人の道   作:銀ちゃんというもの

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もっと内容詰めたかった。


一日目 星と山羊

「大丈夫? ねぇ、聞いてる?」

 

 壁の本棚に並んだ本を放心気味に眺めながら、俺は背後で爆笑する親友に語りかけた。

 

 だが、ひー、ひー、と彼は聞く気がないようで、俺がプイッとそっぽを向いて嫌いになったぞという演技をしてみるとまた笑い始めた。

 

「ぶはっ、ははっひ、ははははははっ!!! ふだ、ふだんの、ぶははははは!! おまひははははっ! かわん……ねひははははっ!!」

 

「もう喋んな、笑い死にしとけ」

 

 ふぁっきんいかれぽんちがと聞こえない程度に俺は呟いた。

 爆笑しながら何かを話そうという努力をしているようだが、途中で我慢しきれず笑い出すあたりで余計俺の怒りのボルテージを急上昇する結果となっている。

 

 コレ相手に怒るのも癪なので、俺はため息をつき、至って平静を装って話し始めた。

 

「俺さ、どうしてか美少女に正体不明な理由でなっちゃったワケ。説明したもんな、お前に、さっき。

 そこでだぞ、そこでな……疑問なんだが俺『意識失って公園で目覚めたと思ってたら幼女!? 誰にも気付いて貰えないパターンの関係リセットとか嫌だぞ?』って割とビクビク怯えながら家に帰ってきたワケよ。

 でな、な? 

 なんで、なんでなの?」

 

「何が?」

 

「……っ!?」

 

 俺が疑問を投げかけた途端、すんっと効果音が入りそうなほど真顔になってこっちを見てきた親友にビクリと怯えてしまう。

 こわ、なんだこいつ。

 

「何が?」

 

「ひっ……ほかに何か言えよ……」

 

「何が?」

 

 唐突に『何が? Bot』と化した親友が下手なホラーより怖くて話が進まない件。なんてタイトルのラノベは売れないだろうかなんて考え始めた時点で案外心に余裕があることを思い出して俺は話を再開する。

 

「何が?」

 

「いやさ、あのさ……俺、もっと俺だって気付いてくれないって思ってたのね? だからさ」

 

「話が長いぞ簡潔に」

 

「お前が、長く、してるのっ!!」

 

 脳天に拳骨一発、と俺は親友の頭に拳を振り上げた。

 が、何事もなかったように俺の柔な腕を掴んで止めてきた。

 無駄な運動神経しやがって。

 

 こいつが黙ってりゃ十秒ありゃ話し終わったんだよ。

 チッと舌打ちひとつして続ける。

 

「簡潔に、『何故、皆、俺だってわかるの?』」

 

「んー? 

 だってお前髪伸びただけじゃん、ちっこいのも童顔も髪質も何もかも変わらねぇよ」

 

「背、背ぇ!! 忘れんなよ背ェ!!! 

 背が縮んでますぅー俺ちっこくなってから洗面台の蛇口の捻りに手を伸ばすのが難しくなりましたー!!」

 

「早口で捲し立てる姿も似合ってるな。さすが黒髪の幼女だ、ちょっと髪が荒いな……目にかからないようにこの髪留めいる? 

 そうだな……オレ、去年、愛玉(まなた)が……ちげーか、もう()ないし愛って名前でいいか。愛ちゃんが愛玉(まなた)だった去年、蛇口をしっかり捻れるようになったぞって背丈自慢して回ったの覚えてるぞ? 

 愛ちゃん、お前本当に()男子高校生なの……ってやめろっ目潰しはなしだろ武力行使に出んなキャー襲わないでーTSしたキャラが親友(かっこ)(かっこ閉じ)に惚れるのはよくある事だけどこの鈴梅(すずめ)くんはやっぱ段階は踏むべきだと思っぎゃ、蹴るな蹴るな座ってる相手に飛び膝蹴りするな!」

 

 この早口ブーメラン野郎、今あえて元男子高校生の『元』を強調しやがった。

 拳一つ一つ全て受け止めた挙句に目潰しも膝蹴りも回避しやがったオーバーリアクション野郎は絶対にいつか殺すと心に誓って攻撃を止める。

 

 髪留めはありがたく付けた。

 てかなんでこいつこんなの持ってるのと思ったがそういえば妹がいたなと思い出す。多分妹の世話をする時髪を留めるものを常備してる方が楽とかそんなんだろう。違ったら違ったで怖くてたまらんのでその可能性は考えないものとする。

 

「ああ、クソ大体よ、こういうのは鈴梅(すずめ)佳織(かお)なんていうおめぇみてぇな俺より女っぽい名前のやつが被るべき被害だろ、なぁ佳織(かお)ちゃん、読み方変えたら、か・お・り・ちゃ・ん?」

 

「何だこのメスガキわからされたいのか……?」

 

「ヒッ……あ、あーそういえばさ、えーっとうーんと……ああ、最近ここらで変死体が道に転がってるって噂が……っ!!」

 

 俺は狂人の毒牙にこの身が犯されるまえに話題を変えることにした。

 

 するとこの鈴梅佳織(欲求不満下半身猿太郎)くんは珍妙なことに、テンションをニュートラルに戻してこいつのカバンの中から一枚の丸めた新聞を取り出した。

 

「あーえっと……どこだぁ?」

 

 何らかの記事を探し始めたようで、見ると地元の新聞のようだ。

 ウチはとってないが、こいつん家はこの新聞をとってたのを覚えてる。

 

「これだこれこれ、見ろよ」

 

 そういってある一面の一部に指さしてくる……謎の性転換事件? 

 今月初めから公園に身元不明の少女が転がっている事件が起こっている。保護された人物全員が自分は一般男性だと話し…………。

 

 あー読む場所を間違えたか、きっとこの下の変死体の記事を指して読めって言ったんだな。ふむふむ……血が抜かれたようになくなってぇ? 

 

「愛ちゃん、現実から目を逸らしちゃいけないよ」

 

「何言ってんだこいつ、このページには変死体の記事しかねぇぞ?」

 

「自己防御のために人間って記憶改竄までできるんだな、初めて知ったわ……目ェ覚ませ」

 

 そんなこんなで、頬に軽い平手をペチペチと食らった俺は事態の真相を追い求め、元の体を取り戻すためにコンクリートジャングルの奥地へ向かった。

 

「髪を愛玉(まなた)の頃の長さまで切れば、愛玉(まなた)愛玉(まなた)以外変わらなくね?」

 

 うっせぇその愛玉(まなた)くんのナニが重要なんだよ。

 

 

 ◇

 

 

「愛ちゃんの記憶を辿って気絶前の場所に来たはいいけどよ……こんな人が多い商店街で何か起こんのか? つーかこんなところで意識失って公園で起きたら幼女って何? 愛ちゃんが黒幕と結託してオレも同じ目に遭わせようとしているとかそういう線、疑っちゃうよ?」

 

「それ言ったら、タイムリーにあの新聞持ってきたお前が実は黒幕で、ロリコン拗らせて最高の幼女を作ろうとしているとか疑うぞ?」

 

「それはねぇな、だってそれなら愛ちゃんが意識を取り戻した頃には既に愛ちゃんは純潔失ってるもん」

 

「俺の中のお前の評価、マイナス25な」

 

 もうやだこいつと行動するの怖くなってきた。

 人混みだからまだいいが、もう一生人が少ないところをこいつと通らないようにしよう。

 

「なんそれ、初耳な点数。元の評価何点だったん? やっぱ親友特別点で500とか1000とか?」

 

「プラマイ両方向に最大100ずつでマイナス75」

 

 ちなみに数秒前までマイナス78点でゴキブリが最下位だった。つまりこいつは計マイナス100点でダントツの最下位に堕ちたことになる。最低点だ。

 

「そろそろ鈴梅(すずめ)さん泣いちゃうよ? いいの、泣いちゃうよ……っと着いたか」

 

「わお、我が親友ながら切り替えが早いぜ! ……で、何処に?」

 

「服屋」

 

「服屋? あぁ、服屋だね」

 

 商店街に着いてからというものの少しづつどこかに誘導されているなとは思っていた。

 だが目の間にいざ服屋大手チェーン店に連れてこられるとなんとまあ展開は察した。

 でも、一応聞いておこうか。

 

「で、その心は?」

 

「TS物の定番ってやっぱ着せ替えだと思うんだよね、オレ。

 ……親友に恋しちゃうTSっ子が愛ちゃんじゃん?」

 

「いい精神科知ってるんだけど……行く?」

 

「産婦人科?」

 

「お前の耳はぶっ壊れてるのか??」

 

「やっぱ恋するためには自分が女の子だって自覚する必要がると思うんだよ……で、服装が手っ取り早いと思うじゃんね。

 それに……」

 

 親友殿は俺の服をねっとりとした視線で凝視してきた。俺は十歳ほどの女の子になったことにより身長が一センチ……いや、二センチ縮んだため当社比ダボダボな服を上下纏っているワケである。

 ジュルリと舌なめずりをした親友を見て一歩下がる。

 

「へへっ……悪いようにしねぇからさぁ」

 

「不審者じゃん」

 

 十歳程の美少女に舌なめずりしてジリジリにじり寄ってくイケメン高校生である。

 警察って何十番(なんとうばん)だっけ……? 

 

 

 ◇

 

 

 スカートすーすーすりゅぅ……。

 

 試着室のカーテンをシャーと開けて。

 ぎゅっと黒いスカートの端を握りしめて顔を赤く染める。

 俯くとベージュのパーカーがやけに目に入ってきてさらに意識してしまった俺は楽しげな視線を向けてくる親友へ恨みがましい目を向けて言った。

 

「あの……俺は男だぞ……?」

 

「顔の赤さも、恥じらいも、モジモジしてる感じも服装も困惑の一言もバッチグーだと思わんかねワトソンくん。惜しむところはそれ全て演技でやってるって、オレが知っちゃってることだと思わない? 

 でも、それも良い……あ、これ全然惜しくねぇな」

 

 なんだこいつ無敵か? 

 理不尽に性転換した現状を楽しんでいたりした俺はこいつのために演技をしていたというのに一瞬で見破るとは……これが親友パワーってか? 

 

 普段暴言厨かってほど罵詈雑言を吐き出しあってるため、こういう風な一面を見るとドキッとした気がしたけど気の所為かもしれねぇ。

 

 これに惚れるとか無理がある。

 というか親友パワーを使うところを間違っている。

 

「うん、ない。ないないない、百歩譲って他の人間はあってもお前にだけは惚れない、無理」

 

「百歩譲れるならあと五十歩近付いておいでよ。なぁに、五十歩百歩っていうだろ……オレから逃げるのに百歩も逃げなくていいじゃないか」

 

「やだよ、俺百歩くらいの距離ならなんとかお前を撒ける自信あるけど五十歩とか即捕まるわ。つか多分その五十歩百歩の使い方は想定されてない」

 

「なぜ捕まえるってわかった?」

 

「………………親友パワー」

 

「……もっかい言ってくんね? 録音するわ、今のすごく可愛かった」

 

 うーん無理だ。

 ミリ単位もドキッとしないこれはやっぱ俺ってばTS百合ルートの娘ではなかろうか。

 スカート履いて試着室のカーテン開けた瞬間途端に恥ずかしくなって顔が熱くなったから親友ルートあるか? って思ったけど少し経った今考えればスカートで公然に出るということに恥じらいを覚えてたんだな、俺。

 人間、冷静になるって大事だわ。

 

 そういえば、佳織は顔が赤いの含めて演技と言ったが単純に恥ずかしさから来た羞恥である。そこらへん、我が親友は親友パワーが上手く働いていないと見える。

 ……親友パワーってなんだろう。

 

 シャーとカーテンを閉めた俺はパパッと元来てた服を来て、ベージュのパーカーとスカートを買い物カゴに入れ、試着室を出てからレジに向かうことにした。

 

 と思ったら何着か服を持った親友が待ち構えていた。

 

「着せ替えって言ったろ? ……じゃなくて、一度に買っちまった方がいいだろ、でもないと面倒臭くてつぎ服屋に来るの半年後とかになるだろ愛ちゃんそういう人間だもんな」

 

「面倒臭くて買わなくなるだろうって理由ならその積み上げられた服に巧妙に隠されたマイクロビキニなんだ」

 

「なんで一発で見抜けるの?」

 

「お前が服を数個持ってきた時点でなにか隠されてるなって察するよねって」

 

「…………」

 

「んお? 急に黙りこくってどした、ようやっと俺に懺悔する気になったか?」

 

「……いやぁ、愛ちゃんを脳内で着せ替えしてた」

 

 とまあ、結局数着試着することになった俺はワンピースにショートパンツに半袖tシャツに長袖Tシャツetc……とマイクロビキニ以外色々と抱えてレジへ向かう。

 

 後ろを付いてくる親友氏と、女の子でちびっ子い俺の組み合わせは、周囲から兄妹のように見られているようだ。

 妹が気恥しさからか、買い物好きだからか前に立ってぐんぐん進んでいき、その後ろを着いてきたお兄ちゃんが振り回されながらも追っていく。

 本当に周りからは見えているのか微笑ましい視線が飛んでくる。

 

 視線を向けられて居心地が悪くなった俺はレジで会計を済ませてそそくさと店を出た。

 だがまだ視線を感じるな、まさか店員さんまだこっちを見てるのかと思って視線の方を見たら親友がじっとりねっとりした視線で俺を見つめてきてた。

 

「本格的に気持ち悪いことになってるぞ大丈夫かお前……」

 

「じゃあ聞くけど、もし愛ちゃんじゃなくてオレがTS美少女になったとしてそしたら愛ちゃんはどういう態度をとってた?」

 

「うん? ……んーと、お前が本気で恥ずかしがる服を探したり、降って湧いた躊躇いなく話せるTS美少女の籠絡にかかったり、心を奪ったり?」

 

「ね、同じでしょ?」

 

「いや、違うよ。お前は直球で落としに来るじゃん、だけど俺はお前の性格をよーく把握してるから一回精神的に疲弊させてそこに付け込む」

 

「ゴミクズじゃねぇか」

 

 俺は直球変態発言野郎ではないから少なくともこいつよりマシ、つまり最底辺ではないのだ。

 精神安定のためにこいつを蹴落とさなければ俺のか弱い精神は疲弊してしまうのだ。

 

「じゃあ言うけどさ、お前の言ってた俺じゃなくてお前がTS美少女になって俺に迫られたらどう思うよ」

 

「原因探ってお前も道連れにする」

 

「わぁ! ここで意見が分かれるか!」

 

「でも、もしTSした要因が簡単に実践できるものだったら、愛ちゃんもオレを美少女にしようとするだろ?」

 

「当たり前じゃん」

 

「なるほどこれが親友パワーか」

 

 ただの人間の欲望だと思う。

 そう思ったが親友パワーに喜んでる親友を邪魔するのはあれなので放置しておくことにした。

 精々それが親友パワーに拠るものだと錯覚してればいいさ。

 

「くはははははっ!!」

 

「こわ、どしたの愛ちゃん、悪役の笑いが漏れてるよ?」

 

 内心こいつを嘲笑ってたら声に出てしまった。

 危ない危ない、と俺は額の汗を拭き取る仕草をした。

 

「そういえばここに来た目的ってなんだっけ?」

 

「うん? ……愛ちゃんの服を買いに来たんじゃなかったか?」

 

「あーそうかもしれねぇ、そうだったか? そうだな。うん」

 

 帰るか、買った服のタグとか外さないとだし。つーか重い、量があるから重い。

 

「どうするー? 昼近いしどこかで食べてく?」

 

「うんにゃ……家帰った方が早くないか?」

 

「それもそうか、じゃあ帰るべ帰るべ」

 

「昼飯なにか作ろうか?」

 

「じゃあ……って今の会話すごく夫婦みたいじゃね?」

 

 大丈夫かこいつ。

 

「なんでもそれに繋げるのどうにかならん?」

 

「この口喧嘩とか長年付き添った夫婦みたいじゃね?」

 

 夫婦みたいじゃねBotくんが現れた。

 正直言って全力で気持ちが悪いので不意打ち気味に蹴ってみる。

 

「うわっ……ぅゎょぅι゛ょっょぃって落とし……転がってったっ!?」

 

 反省はしてない。

 たとえそれでこいつが反動で物を落としてそれがコロコロと路地に転がって行ったとしても……いや、さすがに謝るか。

 ごめんな。

 

「ざまぁ」

 

 おっと本音(思考)と建前が逆になってしまった。

 小声で発したから聞こえていないご様子、もうちょっと大きな声で言うべきだったか。

 軽く嘲笑いながらも表面上は心配してそうな顔を浮かべて落とした物を拾う親友に近付いて……なんだ? 

 

 ふと、違和感を覚えた俺は立ち止まる。

 親友が物を落として一歩踏み入れた路地に覚えがあるのだ。

 

「なぁ、ここ……」

 

「ああ、愛ちゃんも気付いた? やっぱりか……」

 

「……そうだよな」

 

 突如、『やっぱりか』などと俺にしか覚えがないはずの違和感を申し立ててきた親友に困惑しながら、でもその何かに気付けてないことで煽られるのは今度こそこいつを殺しかねないためわかってますよ感を出すために適当に返事をする。

 

「……この通り、不自然なくらいに人がいねぇ」

 

「あ、あーそうだよな、やっぱりいねぇよな」

 

 なるほど確かにと、路地といえど人が三人すれ違える程幅があり、店が数店あるこの通りに人がいなかったことなど俺は覚えがない。うーん人気(ひとけ)が多い路地ってそれは果たして路地判定適応されるのか。路地の定義とか知らないが。

 

 完璧に演じたはずだが親友は妙に訝しむ視線を俺に向けて来た。

 

「お前の気付いたことって何?」

 

「うん? お前は何を言っているんだ?」

 

 俺は誤魔化し通すことに決めた。

 

「へぇ、そうか、じゃあいいか」

 

 なんだ、こいつ諦めたのか? 

 

 そう思ったのも束の間、親友は俺の右手を握って路地の奥へ歩き始めた。

 

「ねぇ鈴梅さん、どうして俺の手を引いてくの?」

 

「それはねぇ、愛ちゃんが逃げられないようにするためだよ!!」

 

 一発でハズレ引き当てる赤ずきんちゃんごっこした俺たちは、イエイッと笑顔で両手でハイタッチした。

 

 直後、その両手をガッと掴まれた感覚に反応して俺は親友の顔を見る。

 するとにっこりとフリーズした笑顔で俺を見つめていた。

 

「お、おいおい、なんだなんだどうしたんだムカつくことに無駄にイケメンな顔にだけ石化攻撃でも食らったのか? 手、退けろよ、今すぐその顔殴って紳士顔をゾンビフェイスに変えてやるから…………いや待て黙るの止めろよ怖ぇよニコニコニコニコとまあよくそんな表情維持できるよな………………ほ、ほほほほら、俺、お前のこと尊敬してんだぜ? そ、そうやって表情を一定にできる表情筋の凄さとか……。すげえよなお前の表情筋、異常発達した感じとか思えない……。

 ごめんなさい吐きます。

 吐きますから、だからその手離して表情を戻してください唇近付けて来ないでください」

 

「よろしい」

 

 何様だこいつ。

 遂に折れた俺が素直になってやると上から目線で話し始めやがった。

 俺のが上の立場だって二日年上な時点で決まってるのに無礼だぞこいつ、不敬罪で死刑では? 

 

 そんなことを考えてはいたが口には出さないことにした。

 代わりにこの場所に覚えがあることを吐いていく。

 

「記憶にないのにここに気絶前、商店街の次に来た覚えがあるの? さらに現在進行形でどんどん思い出してきた? ……あのね、愛ちゃん、厨二病っていう病は一生治らないから……気に病むことはないよ?」

 

「違げぇが? なに人様の崇高なる意見と記憶を真っ先に厨二病の戯言で片付けようとしてんだ?」

 

「冗談はさておき、愛ちゃんはあの商店街が最後の記憶なはずだったんだよな? 元々気絶前の記憶とやらだから多少あやふやなことは想定してたけどさ、ここからどれほど歩いてった?」

 

「あーそれはね……ちょうど今この路地に人が入ってきただろ、あの人で説明すると、なんかこう、あの人みたいにぼーっとしてたというかふわふわふわふわって人がいない道を特に意味が無いのに歩いてってな」

 

「うんうん」

 

 そう言いながら俺たちは十メートル程開けて何故か人のいない道に寝ぼけたように入ってきた男を追った。

 

「そう……で、あの角を曲がったら辺かなこんな感じの霧に包まれたような感覚の後に口を何かで塞がれて……」

 

「うんうん、霧で見づらいけど角を曲がって少したところで誰かに口にタオル当てられてるね」

 

「そうそう、別視点で見たらあんな感じだと思う」

 

 男の口と鼻をハンカチで覆って気絶させた黒ローブの人間をじっと見つめながら小声で話している。

 

 おっ黒ローブが男を抱えてどっかに歩き出した。

 

「追うか」

 

「そだね」

 

 一発で当たりを引いた赤ずきんちゃん一行は、一発で犯人(当たり)を引いた確信とともに忍び足を始める。

 こうまでご都合的にトントン拍子で進むと本格的にこいつが黒幕説あるな……と思いながら俺は隣の親友を見た。

 すると、佳織も俺を見ていた。

 

「順調過ぎない? 本当は愛ちゃんが黒幕と結託してるっていう風に思えてきたんだけどさ、やっぱこの説濃厚だと思うんだよね。今ならこの不思議な霧の正体教えてくれたら許しちゃるよ?」

 

 こいつはこのくらいカモフラージュとして言う人間だ、今そういうことになった。

 とりあえず俺はこの親友を黒幕と仮定して行動することにした。

 

 きっと未来の俺はこいつが黒幕だったことを確信することになるから、その時に『こいつはこのくらいカモフラージュとして言う人間』なのかと知ることになるだろうしだったら早かれ遅かれというやつである。つまり仮定でもなんでもなくこいつは黒幕ということになる。なんということだ、数秒前の親友が黒幕だと確信する未来とは今のことであったか。

 

 ドラマの序盤で犯人を当ててしまった気分になった俺はこいつがいつ裏切ってもいいように急所を何時でも蹴れる位置を歩くことにした。

 

 それにしてもこいつは少女を大量に生み出して何をする気なのだろうか。

 まさか美少女ハーレム……!? 少女は少女でも幼女に近い容姿の子を生み出しているとなれば……クソッこいつのロリコンはどこまで覇道を進むつもりだ!? YESロリータNOタッチの紳士の誓いは一体どこへ!? 

 

 TS親友枠の俺としては今すぐこの霧を商店街方向に抜けて身を守りたいところだったが、男を運んでいた黒ローブが一つの家に入って行った所を目撃してしまい、これ以上こいつの被害者を増やしてたまるかという正義感が働いた。

 おのれ、この俺の正義感まで利用して俺を逃がさないようにしてくるとはなんて卑怯な親友なんだ。

 

 そんなこんなで路地を抜けて住宅街に来てもなお、人っ子一人居ない道の角から黒ローブの入って行った家を二人でじっと見ていた。

 

 五分ほどして戸が開いた。

 どシンプル過ぎてもうちょっと凝れよと言いたくなるような黒ローブと脇に抱えられた幼女が出てきた。

 

「あの幼女ってまさか……」

 

「だろうなぁ……俺と同じかなぁ」

 

「怖……なんで『まさか……』って思わせぶりなこと言ったら察せるの? やっぱ何? 俺のこと好き?」

 

「多分いてもいなくても何一つ変わらない」

 

「好きの反対は無関心……っっ!!」

 

「関心はあるぞ? 今だって近くにいるだけで吐き気が……うぇ」

 

「喉に指突っ込んでまで吐き気がするアピールするのやめてくれない? 鋼メンタル正面から砕く気?」

 

 さすがにアレだったので俺の可愛いお口で咥えた指を引き抜くことにする。

 こんなところでこいつのために吐くなんぞしてたまるかという思いより、『鋼メンタル砕く気?』なんて言っておきながらニコニコ笑顔な我が親友に恐怖を覚えたからである。俺が吐き出すことすら性癖のうちか……罪穢れの権化か何かかこいつ……。

 

「いいね、その口から指を出した時に引いた唾液の糸……」

 

「黙れよ国津罪」

 

「個人単体を国津罪って呼ぶ人間初めて見たわ。つーかそのどの罪も犯してねぇよ」

 

 俺だって人生で人間をそう呼ぶなんて思わなかった。

 ついでにいうと国津罪の一つや二つ特に獣のやつはやらかしそうだなと思っていた俺は前言撤回することはない。多分こいつはいつかやらかす。

 

 などと話していたら黒ローブさんがどこかへ向かってしまったのだが、どこかの公園に捨てに行くのだろうか。

 ならこの隙を突いてやる事は決まっている。

 

「「空き巣じゃ!」」

 

 

 ◇

 

 

 不法侵入に躊躇いのない親友のせいで片棒を担がされた俺は、意気揚々とピッキングして玄関からお邪魔した。俺は自分の身を犠牲にできるほど正義感が強いためノリノリで不法侵入するような神経をしてないのである。ちなみにこの家の金目の物なら持っていってもしょっぴかれないかしら。

 

 家の中を軽く回ると二階建ての一般的な住宅だ。

 

 今更だが、他に人の気配はないので手分けして軽く漁ることにした。危機感皆無である。

 

 俺がいるのは二階の書斎だ。

 

 いっぱい本があってついつい気になるタイトルを拾ってしまう。

 別に暇潰しとか面倒臭くなったとか飽きたとかそういうんじゃない。

 ただちょーと部屋の片付けしてる時に本を見つけて読んじゃう感じでここに並べられた本を読んでいる。

 

「山羊の会教本……? んだこりゃ聞いたことない団体……つーか教本って宗教かなんかか?」

 

 なんとまあ、聞いたこともないものである。

 

 体が否定するようにその本を開きたくなくなる嫌悪感と、腹の底から熱く湧き上がる好奇心がせめぎ合うような奇妙な感覚に襲われたが、俺みたいに女の子になっちゃうような摩訶不思議なこともあったんだしと読まないでおくことにした。

 街中を歩いていて直感的に嫌な雰囲気がする路地とか、そういう類のものは好奇心に打ち勝って絶対に行かないのが吉なのだ。

 

「おーい、そっちは終わったか?」

 

「あっまずい」

 

 不用心に、親友が声を出しながら書斎に向かってくる。

 サボってたことに気付かれないよういかにも真面目に探してましたという体で、先程の教本とは違い、机に乗っていた日記を読み出した。

 

 ガチャっと扉が開く。

 見ると、手ぶらではないか。

 机にたまたまあったとはいえ日記を見つけた俺のが優秀ではないか。

 

「ん? なんそれ……」

 

「日記だよ、日記」

 

「日記を読まれるとか可哀想……」

 

「でも、怪しい黒ローブの日記とか、興味ありますよね?」

 

「もちろんだよ愛ちゃん、ところで台所でTS薬ってタグが付けられた白濁液を見つけたんだけどそれに関するもんはなかったかな」

 

「いや、見てない」

 

 そう言ってペラペラと紙をめくって今回のことに関係ありそうな記述を探し出した。なお、白濁という部分は無視するものとする。

 

 するとすぐそれらしき文章が浮いてくる。

 Shub-Niggurath? このスペルはなんだろうか。

 スブ=ニッグラフ……スブ=ニッグラス……ス……ああ、シュかな。

 ……えーっとつまり……シュブ=ニッグラスで読みはあっているのだろうか。

 

「シュブ=ニグラスじゃね?」

 

 ……コホン。

 シュブ=ニグラスであっているだろうか。

 ただその神格を熱狂的に信仰していることが伺える文章がズラリとあり、最近の文章にはTS薬とやらの記述もある。

 ここまで来ると、もうオカルトの一つや二つ身近にあるような気がしてきて、どうしようもない寒気がする。

 

「んーと……丹羽(たんば)日々(ひび)とかいうやつがTS薬を考案したらしいぞ……?」

 

 そう呟くと、TS薬に関する資料を漁っていた親友が日記を覗き込んできたが、構わず読み進めることにする。

 

『月に一度、十歳の処女を黒山羊様に捧げなければいけないが、隠蔽にも限界が出てきた。

 我々がその問題を会議していると、異端の丹羽日々が珍しく実用性のある意見を口に出してきた。

 その有用性を認め、当時の発言をまるまるこの日記に書くことにする。

「美少女処女の生贄が足りない……? デュフフ、じゃあ作ればいいと小生は思うよ」

「一体どう言うことかって、黒山羊様への生贄の十歳の処女を収集するのが大変なら、一見無差別に見えるように誰でも十歳の処女に変えられる薬を作るとかそういうことだよ、デゥフフ」』

 

「雲行きが怪しくなって参りましたぁ!!」

 

「いい趣味だね、今度語り合いたいよ……丹羽日々さん」

 

「お前は誰に語りかけてるの?」

 

「そんなことより推理小説の序盤に犯人のメモにトリック全て書かれてた気分だよ」

 

「わかるっちゃわかる」

 

 どこかに怪電波を飛ばす親友を見ていると、玄関の鍵が開けられる音が聞こえてきた。

 いつ帰ってきてもおかしくないものだが、けれど予想より少し早かった。

 

 急いで本棚の元あった場所に本を詰めてい来ながらも小声で話す。

 

「……っ! 迎撃できる?」

 

「まずい、帰ってきたな…………なんでそんな物騒な考えを真っ先にするの? 相手が何持ってるか何人かもわからないから……どこから逃げる?」

 

「窓だろ、二階の窓から家の外側に張り付いてる物とか横とか後ろの家の壁を利用して降りれないか?」

 

「唐突に出てくる特殊部隊的な発想に驚いてるんだけど、でも愛ちゃんの背丈でそんなこと出来る?」

 

「無理だわ」

 

 だよな、という顔をした親友は、書斎の窓を開けた後に少し下を覗いて俺をお姫様抱っこした。

 

「んぇ!? ちょっとま」

 

「落とさないから安心しろ、少し静かにしとけよ舌噛むぞ」

 

 そういって躊躇いなく俺を抱えた親友は、俺が肩から下げたままの服屋の紙袋に本らしき何かを突っ込み、そのまま二階の窓から降りた。

 そのイケメンムーブに俺は内心お前の方が特殊部隊的なナニカだよとツッコミたい衝動に駆られる。

 

 なんだ今のアクロバティックな動きは。

 

 運動神経抜群成績優秀千人に一人くらいのイケメン……なんとまあ少女漫画のヒーローなことで。

 おモテになられる筈の要素を兼ね備えたこいつがモテないのはまぁ変態故だろう。

 そしてどちらかというとクラスのお調子者ポジである。

 一部のコアなファンはいるだろうが。

 でも、このお姫様抱っこをしながら飛び降りる際、俺への視線の九割が肉欲であると知った時、どれほど熱が冷めない人間がいるだろうか。

 

 俺を抱えたままてこてこと人の居ない道を歩いていく親友殿。結構広範囲が人払いされてるのか、結構な範囲の住宅街に人影かない。

 あまりに可憐で危なげのない脱出劇であった。

 

「だからお前はモテないんだよ……」

 

「唐突にディスられたのなんで!?」

 

「それだからモテないんだよ」

 

「モテないんだよbotちゃん!?」

 

「俺が何を指して何を言っていっているか全て理解したうえで気付かないふり決め込む……そういうところは知らない人間多いんだけどなぁ」

 

「愛ちゃんだけは知ってるよアピール? これはルート入ったか……??」

 

「残念ながら、そのルートは美少女じゃないと攻略できません」

 

「フラグ立ての前提条件に主人公は女が付いてるギャルゲーって攻略不可能じゃないかな?」

 

「俺だけTS百合ゲー世界に生きてるから、今に見てろよ……きっと現れた美少女が俺の心を奪ってくぞ」

 

「……そうなる前に孕まなきゃいいな」

 

「下ろせぇ、今すぐお姫様抱っこから下ろせぇ!!」

 

 さっきの本以上に寒気がした。

 じたばたじたばたと決死の形相で暴れると、しょうがないなぁと言った雰囲気で俺をアスファルトの上へ下ろした。

 俺たちの行動をまるで寸劇として楽しむような笑い声が聞こえた気もした。見せもんじゃねぇぞ!? 

 

「お前、俺が下ろせって言わなかったらどこへ連れてくつもりだった……? 絶対お前ん家に抱えていこうとしてたよな?」

 

「あ、え……そこまでわかったの? さすが親友パワー」

 

「今すぐにでも別行動したい」

 

「……いや、無理っぽいよ?」

 

「なに、まだなにか手を残してるの? 大人しくお持ち帰りされろと??」

 

「いや、違う違う……聞こえなかった? 笑い声が……カラカラカラカラ、クスクスクスクスって」

 

「まじ……いや、え? これって幻聴じゃなかったの? それとも俺を逃がさないための方便?」

 

「疑いすぎではないかな? うん、明らかに近寄って来てるだろ」

 

「人が居ないこの不思議な領域内で?」

 

「そう、笑い声が近付いてくるときた」

 

 いつからこの世界は謎の教団を追うホラーゲームに転職したのだろうか、百合ゲーとかギャルゲー世界であって欲しかった。

 クスクスと姿が見えなのに近寄ってくる声に、俺と親友はそっと背中合わせになって周囲を見る。

 

「いやいやいやいや、怖い怖い怖い」

 

「そういえば愛ちゃんもホラー苦手だもんな、俺も怖い、心臓バクバク言ってる……吊り橋効果期待できるか?」

 

「こんな状況でふざけられる精神には感服するよ!!」

 

 こいつ本当はミリ単位も怖くないんじゃないのか? 

 そう疑いたかったが、こいつがホラー系は本当に苦手ということを俺は知っている。

 二人しかいない、二人とも怖くて使い物にならない、相手が見えない。

 絶望的の三拍子ってか? 

 

「どうすんのこれ」

 

「とりあえず背中合わせてるし、後ろにいるパターンはお互いないと思う……多分。ああ、背中を預けているのが既に化け物パターンとか」

 

「もっと怖いこと言うなぁ!!」

 

「しょうがねぇだろ頭いい俺もこんな時の対処法なんて知らねぇ…………あっがっ、ぁっ……」

 

 突然苦しみ出した佳織の方を見ると、透明ななにかに締められるように藻掻き、抵抗するように何かを掴んでいた。

 少し、地面に血液が垂れている。

 

「うぁあっ!!」

 

 ブチッと引きちぎるような音がすると、親友は地上に着地して何もない空間を見る。

 え、何? 何を引きちぎったのこの運動神経抜群くん。

 

 見ると、少量の親友の血が全体に回って一部姿が見えるようになったのか、文字通り不可視であるが質量がある様子の触手が浮いていた。

 無数の触手の先には鍵爪のようなものがあり、あれで血を吸うのかもしれない。

 ただ俺には既存の生物から大きく逸脱した存在に見えた。

 

「は、ははっなんだよこれ……なんだよアレは!」

 

「…………愛ちゃん、逃げるぞ!」

 

「もうダメ無理っぽ、腰抜かした! 助けて!!」

 

「助けを求めるTS娘っていいねぇ! 抱えて逃げるぞ、いいな?」

 

「さっきは許可貰わずに抱えたくせして緊急時だけ許可貰うの何!?」

 

 血を垂れ流した腕で俺を横抱きにして街を疾走する。

 あまりに行動が早い。

 気持ち悪くも吐き気のする、人智を拒むような先程の生物の速度が遅いのか、親友の足が早いのか、カラカラクスクスと先程以上にヒステリックな声をあげて追ってくるそれは少しづつ視界から離れていく。

 俺達から引き離されていく。

 

 佳織(こいつ)がいなけりゃ今頃アレの餌だな、なんて思ったが、声に出したらお礼になに要求されるか分からないから口には出さないでおく。

 何せ命が対価になっているんだ、本当に何言ってくるかわからないのがこいつの怖いところだ。

 

 言葉の代わりになにかしてやるか、と両腕を首に回して密着しやる。

 こうすればこいつは喜ぶだろ、ほらもっと俺のために働け。

 

 すると親友は何を思ったか、俺の方をじっと見てくる。

 

「な、なんだよ」

 

 気恥しさを感じ、少し目をそらすと案の定。

 

「なに、誘ってるの?」

 

「いや違うけど? お礼だけど!?」

 

「……うーん何を勘違いしてるか分からないけど、命と対価がこれって安すぎると思わない?」

 

「くっそ、しまった。気付きやがった! 指摘されそうだから言葉にしなかったのに!!」

 

 魔王からは逃げられなかったよ。

 二重に危機が迫ってる俺はふと気付いた。

 

「そんなことよりだ、あとからいくつかいうこと聞いてやるから今から言うこと耳の穴かっぽじって聞け!」

 

「言質取ったよ? 録音したよ? しょうがないから聞いてあげるよ……どうしたの?」

 

「常時録音でもしてんの? ……じゃなくて、アレ、名前わからんから透明なやつのことアレって呼ぶからな。

 アレ、もし商店街の方に現れたら、いや人払いがない場所に現れるだけで騒ぎになるぞ! 普段は不可視だが、万が一をとって人払いの外まで追ってくるとは思えねぇ!」

 

「じゃあ、どこまで逃げるんだ……どこまで人払い働いてるかわからねぇぞ?」

 

「商店街方面だよ! あっちは確実に人がいる筈だ、人払いが働いてないって少しでも可能性がある方へ逃げるんだ!」

 

「了解っ!」

 

 なにか取り返しのつかないことを言ってしまった気がしなくもないが、頑張れ、未来の俺。

 心だけは負けちゃいけねぇぞ!! 

 

 

 ◇

 

 

 空が茜から青黒く染まり出した。

 商店街を経由して家の前に着いた俺たち一先ず安堵の息を吐く。

 どちらの家の前かって? 

 隣同士、窓から行き来は出来なくても互いの家まで10秒もかからない間柄でございます。

 

「さて……そっちは人は?」

 

「いるよ、大事をとってどちらかの家に泊まる?」

 

「それだけはご勘弁下さいワタクシ身の危険をとても感じておりまして、出来れば今宵は過去の自分を呪う儀式を行いたく……」

 

 そう言って俺は一歩後ろへ下がった。

 するとグイッと佳織が寄ってくる。寄るなし。

 

 すっ、とスマホを取り出した佳織が録音ソフトを起動させた画面をこちらへ向けてくる。

 

『……うーん何を勘違いしてるか分からないけど、命と対価がこれって安すぎると思わない?』

『くっそ気付きやがった! 指摘されそうだから言葉にしなかったのに!!』

『そんなことよりだ、あとからいくつかいうこと聞いてやるから今から言うこと耳の穴かっぽじって聞け!』

 

 一番新しい録音データを再生したと思うと、あの一連の流れがスマホから流れ出した。

 音声の背後からはやけに気持ち悪いあの笑い声も聞こえる。

 

 ひゅう! コイツマジで録音してやがったぜちくしょうめ。

 

「で、要求はなんだ……ものによっちゃここで敵対するのもやぶさかではない」

 

「え? なに? 

 そこまで俺がおかしなこと言うと思っていらっしゃるの? 

 やだ、評価最低ねっ!!」

 

 そら、マイナス100ですからね、全力で警戒したくもなる。

 

「冗談はさておき、愛ちゃん……割と相談したいことがあるからどっちか集まろう……最悪徹夜仕事どころか数日かかるかも」

 

「……ん? それは俺の服屋の紙袋に突っ込んだ薄目の本に関係が?」

 

「気付いてたんか……まあいいや、あまり今は外に居たくないだろ。とりあえずお前の部屋行くか」

 

「迷わず自分の部屋でなく俺の部屋を選択してきたその行動に欲望を感じるけどいいか、このままじゃ話が進まん」

 

 正直、俺は一日前まで男だったから内装が女の子の部屋という訳でもないからな。

 女の子の部屋だーってドキドキワクワクする要素がない。

 

 それだけ言い残して俺はさっさとウチの玄関を開ける。

 後ろから付いてきた佳織に自分で脱いだ靴整えとけよーと言って居間を覗く。

 

「おーい母さん、ただいま」

 

「んー? お帰り……かーくんとどこか行ってたの?」

 

「服買ってきてたー」

 

「私が言うのもアレだけど、姿形に適応するの早すぎよ……もう少し恥じらいを覚えたりとかないの?」

 

「何を期待しているのかわからないけど、後でトイレの仕方教えておくれー」

 

「それは大丈夫よ、もとよりそのつもりだったから……髪の洗い方とかも教えるからね。ん、かーくん来たの? いらっしゃい」

 

 後ろを向くと佳織(かーくん)が居ることに気付いた。

 ……コイツさては足音消して来やがったな。

 

「お邪魔します愛玉(まなた)のお母さん……今日泊まってっていいですか? コイツと話したいことがあって」

 

 そう言って俺の頭を拳でコツコツとしてきた。

 やめんか、という意味を込めて振り払おうとすると、今度は手を広げて頭を撫でてきた。

 

 母さんは俺と親友のその様を微笑ましそうに見てくる。

 おい息子を悪漢から助けろよ……いや今は娘か、もっと問題だよ助けろよ!? 違うそうじゃないどちらにせよ問題であって……混乱してきた。

 

「いいけど、明日休みとはいえあまり夜更かしは……っていうのは無理そうね」

 

「“無理そうね”じゃねぇぞナニ言ってんの母さん」

 

「ナニってナニね」

 

「お願いだからそれ以上言わないでくれます?」

 

「大丈夫だぞちゃんと優しくするから」

 

「唯一の安全地帯が消失した瞬間だがこれをどうしろと」

 

 ここにいると言葉の袋小路である。売り言葉に買い言葉を文字通りやらかす前におそらくタイミング的に黒ローブの家から拝借してきたであろう本を読まねばならない。

 

 母さんと親友が何かをまだ話しているようだが先に部屋へ行くとしよう。

 二階へ続く階段を駆け上がり、自分の部屋のベットに滑り込む。

 

「あぁ……おちつく……疲れた寝たい」

 

 そもそもなぜ俺がこんな目に遭わなければならないのかご説明願いたい。

 朝出かけたと思ったら変な術にハマったのか路地に迷い込んで気絶して公園で起きて十歳少女に性転換してて、誰も気付いてくれないかもしれないとビクビクしていたら家族どころか親友も親友の両親も一瞬で気付くし、問題解決してみようと出かけたらなんかスカート買うはめになったし、犯人の家を見つけたと思ったら気味の悪い宗教の存在を知って、果てには明らかに無関係に見えない不可視の化け物に命を狙われる。

 

 これの中の一つでも一ヶ月に一回あったら、濃い一ヶ月認定できる代物である。一日の情報量を超えている。

 眠気に襲われているが、正直今寝ると夕飯を食べ損ねるので何かをやることを探す。

 

 ああ、服のタグ剥がしとか、本読んだりとかがあった。

 

 服のタグ外しは正直非常に認めがたいが衣服の大きさが問題ではないため優先度低めだ。この一件が終わってからでいいだろう。いや、この一件が終わったら体が戻ってるだろうしある意味最優先事項なのかもしれない。

 とりあえず親友が来る前に本出しとくくらいしておくか。

 

 そう思って転がったベットから抜け出し、紙袋の中の服と本を取り出していると、親友が戸を叩きもせず無遠慮に入ってくる。

 

「母さんとなんの話ししてたのん?」

 

「その服を試着室で着た時の愛ちゃんのかわゆさを説いてた」

 

 親友が伸ばした指の先には案の定例の紙袋がある。

 だんだんツッコム気力も失せてきた俺は、そうか……泊まるんだから親に連絡しとけよ、とだけ言って例の本のタイトルを見る。

 

『東西妖薬集』と表紙に書かれたこの本を手に入れた直後にすぐ後に透明なアレと邂逅するという出来事があったからか、おぞましく気持ちが悪く感じてしまうのは本に失礼だろうか。

 

 直感的に表紙から開くのを拒否されるような奇妙な感覚を振り切って開くことにした。

 

 

 ◇

 

 

 読破に約五時間、読書の間に食べた夕飯に約三十分、薄目とはいえラノベくらいの厚さはあった本は、だが精神的疲労を本に与えられたお陰でだいぶ時間を食ってしまった。外は真っ暗である。

 

 夕飯は少し喉を通りにくく、体調が二人揃って悪いのかと母さんに心配をかけてしまった。

 

「ハハッ……不老長寿の霊薬だってよ愛ちゃん」

 

「これが現実逃避というやつか……いうほど逃避できてねぇな。本の中にあるプラス要素だけ脳内で反芻させてるだけか」

 

 俺以上に精神的に参ってしまったらしい親友に戻ってこいと手を振るが反応が少ない。

 ここでリタイアされてしまうと困るのは俺なので仕方ないからあまり使いたくなかった手を使うことにする。

 

 こいつは今、精神的にくるほど狂気的かつ冒涜的な本物が書かれたオカルト本の内容全てという莫大な情報量で処理しきれず不安定になっている訳だし、治してやるのは反対に飲み込みやすい言葉を聞かせてやればいいのだ。

 催眠術の手法? 

 なに言ってるのかよくわかりませんね。

 

「……俺はお前のこと嫌いじゃないぞ」

 

 まぁ、なんだ。

 理屈抜きに、コイツにはこういう気恥しい本心が一番効くのだ。

 

「今、好きって言った?」

 

「言ってねぇよ混乱から覚めたら真っ先にそれか……!? いっそ放っておくべきだったか?」

 

「いや、目ぇ覚めたよ。あんがとな」

 

「そりゃ良かった、これで覚めなかったら次は拳骨だったぞ……って撫でるな! 

 はぁ、それにしてもじっくり五時間かけて途中で飯も挟んで読んだんだ、処理が追いつかない程じゃなかったはずだろ。疲れたのか? もう寝るなら、俺がここにあるイブン=グハジの粉? とやらの製法とかもっと詳しく調べとくぞ?」

 

 それにしてもこの本の内容は例の不可視のアレを見てなかったら信じてなかった。逆にアレを見たからこそ、ここにあるオカルトは実在すると納得してしまう。

 

 抱朴子でもないのに金丹の製法やら、蠱道じみた方法で残った毒虫をすり潰した呪詛薬の製法やら。まったくなんというか、『東西妖薬集』の名にピッタリな中身であった。

 

 もしこの中に俺の状態を治す薬があるのならいいのだが、五時間読んでいる間に近しい記述はあっても直接効果がありそうなものはなかった。対応してくれよオカルト!! いや、再現性ができてるから、こいつらはもはやオカルトというより科学か。

 

 そんなどうでもいいことに現実逃避したくなってきたが、さしあたってこの不可視を可視にするイブン=グハジの粉とやらをアレ対策に制作する必要があるだろう。二百年前の墳墓の塵……そんなものあるかな……。

 

「寝る前に、そのメモだけ読まさせてもらうわ」

 

「ん、ああ、そういえば本から転がり落ちたね」

 

「…………………………は?」

 

「どした?」

 

 転がったメモを飲み終えた親友は、俺の言葉も聞こえない様子で『東西妖薬集』の最後のページを開いた。

 

 どうやらもう一つ紙が挟まっているようだ。

 

「愛ちゃん、この部屋メガネなかったか? 最悪、向こう側を肉眼で見ずに済むものならなんでもいい……」

 

「いや、突然どうしたよ」

 

「神様招来の方法だってよ、なんでも『カルナマゴスの遺言』とかいうやつと同じ効果があるかもしれないから万全を期して肉眼で読むなとか」

 

「まって、なに? 情報量多い多い……催眠紛いの方法で精神状態治したの怒ってる? あれ以外の方法思いつかなかったんだよ?」

 

「違う、マジな話し。メガネとかそういうの渡してくれんか?」

 

 取り憑かれたように次のことに取り掛かろうとするその様に、嫌な予感を覚える。

 

「ダメ、寝ろ……さっきまでの疲れわすれたの?」

 

「心配してんの愛ちゃん……大丈夫大丈夫」

 

「大丈夫じゃない、さっきまでだったらお前『愛ちゃんなに? 以心伝心なの? 俺の事大好きなの?』やらなんやら言ってきただろ……なぁ、寝ろ」

 

「まだ少し」

 

「ダメ」

 

 なんでコイツはこうも頑固なんだ。

 ああ、もうヤダなぁ……でも絶対今佳織は寝かせるべきだ。

 非常に嫌だが、これしかない。

 

 ヤダなぁ、プライドが傷つくなぁ。

 そう思いながらもしゃがみこんで持ったメモを見つめる親友の後ろから抱きつき首に腕を回す。

 左耳に顔を近付けて息を吹きかけるように話す。

 

「寝ろ、添い寝してやる……手ぇ出すなよ」

 

「…………わーったよ寝るよ、寝る……代わりに早起きするぞ?」

 

 わぁ、あまりに俗物すぎるぜ! 

 深夜テンションとは怖いもので、恥もなく言い切った俺自身にショックを覚える。そしてあとから恥ずかしくなってきた。

 ああ、くっそ佳織の癖に人に恥じ掻かせやがって。

 

「疲れが取れるなら、早起きしてもいいぞ」

 

 佳織の後ろにいるから俺の顔が見れないとわかりながらも赤いであろう顔を隠したくてそっぽを向きながら言う。

 

 俺も言葉の鋭さが尽きてきた。

 昼間のテンションならまず添い寝をしてやるなんて吐いてでもしなかっただろう。

 

 俺も疲れてる、とっと寝よう。

 どの道添い寝しなきゃいけないんだ、寝なきゃならん。

 

「風呂は朝でいいか?」

 

「いいんじゃね? 今風呂に入ったら多分湯船で溺れて死ぬ……添い寝を前にそんな終わり方してたまるか」

 

「おぉ? テンションが舞い戻ってきたのか」

 

「襲うチャンスとなればねぇ……とはいえ絶好調じゃないけど」

 

「まって今なんてった?」

 

「パジャマは……いいか、ズボン一枚でいいよな」

 

「おい待てホントに」

 

「先ベット入ってるわ、どっちが早起きか勝負な」

 

「まってやめてまってお願い」

 

「ほら早く来いよじゃねえと俺の狂気が再発するぞ」

 

「……はぁ……あーあーわかりましたよわかりましたともなんもすんなよホントに!!」

 

 上に着てた服を脱いでインナー姿になって掛け布団を剥ぐ、そして入る。

 

「ああもうクソできるもんなら好きにしろ。寝る、おやすみ!!」

 

 寝ちまえばこっちのもんだ。

 さすがにコイツの趣味に睡姦はない……はず。

 寝れば勝ち。

 明日早起きして勝利のブイサインを突き出してやるんだ。

 

「ダブルピース?」

 

 やめんか。




多分誤字あると思います。
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