黒い蹄と白の鱗、TS娘は人の道   作:銀ちゃんというもの

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区切りいい所までかけたので一万文字こしてないけど投げる。


二日目 血潮と希望

 丹波日々という男は、世間一般的にオタクと分類される人間だった。

 成績は中の上ほど、体育は少し苦手、仲のいい友人とこのアニメがどうだったとか、このラノベのキャラが……と楽しそうに話す人間だった。

 

 はて、それはいつのことだろうか。

 彼がそれを正しく見たのは、夢物語を夢で終わらせる気がなくなったのは。

 

 成人して都会で仕事に励んでいた時? 

 実家で話す土産話をこさえて、故郷へ帰ってきた時? 

 もしくは、山の近いこの地域で風に吹かれて飛んできた新聞を目にした時? 

 十ほどの少女の誘拐事件が多いことに誰も気づかないこの地域に疑問を覚えた時? 

 

 あるいは、初めから。

 

 そう、初めから。

 

 ……母の腹から生まれ落ちるその瞬間から、どこかソレを求めていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 苦しいなぁと思い目を開けると、見慣れた親友の無駄に整った顔があった。

 はて、何事だろうか。

 昨晩の事を思い返すと、思い出してみればこの状態になっているのは俺のせいではないか。

 

 深夜テンションって怖いね。

 

 人を抱き枕か何かと勘違いしていらっしゃるのか、ぐっすり寝ながら人に抱きついてくるコイツがもし美少女なら役得だろうにと、思ってしまう。

 俺は体が女の子とはいえ、心が男である。

 イケメンの親友に抱きつかれたとて、ちっとも嬉しくない。

 

 ただここでこいつを叩き起して文句を言うのは憚れる。

 何せ、添い寝してやると言ったのは俺であるし、その理由がこいつに休ませるためときた。無理にでも起こしてしまったら意味がなくなってしまう。

 幸い、今日も昨日も休日であったのだし、その日に俺のために外に連れ出してしまったのだ、もう少しこのロリボディと触れ合うことくらい寛容に見てやろう。

 おらどうだ喜べよ俺は美少女だぞ。

 

 と、そこまではいいのだが、よくよく考えてみればもうじき明るくなってくる時刻である。

 昨日は疲れすぎて風呂も入らず寝てしまったし、なんならトイレも忘れて本を読んでいたのだ。それこそ夢中になって狂ったように。

 

 まずい、思い出したらトイレ行きたくなってきた。

 この姿になったのは昨日のことで、母さんに女の子のトイレの仕方を教えてくれといったがまだ教わっていない。どうすればいいのかはわからないが、それより何より抱きついてくる親友の腕から逃げ出さなければトイレも何もあったものではない。

 女の子は男よりトイレを我慢しにくいとか聞いた事があるのだけど、それなら尚更今すぐ抜け出さないと不味いことになる。

 

 モゾモゾと、腕から抜け出さんと抵抗する。

 抜け出そうと必死に思いつく限りの手段を試すが全て虚しく終わってしまう。

 あっ、こいつ抱きしめる力を強くしやがった。

 

 いや待って本当に待って、まずいって限界が近付いて来てるのだけど。

 何が高校生になってまでおもらしなどせにゃならんのだよ。

 しかも親友の腕の中で。

 

 起こすか。

 起こそう。

 佳織を起こせば万事解決だ。

 むしろ今までこの緊急事態に何を躊躇っていたのだというのだ。

 

 そうと決まればと、人を抱きしめ続ける親友が起きるように揺すったり話しかけたりする。

 

「起きろ、早く、マジで起きて! はーりーあっぷ!!」

 

 お、薄く目を開いた。

 一拍後にギンギンに血走った目をこちらに向けてきた。

 こわ、なんだコイツ。

 

「……おはよう、愛ちゃんより早く起きて悪戯する気だった俺の今のガッカリゲージの度合いを答える問題でもする?」

 

「一体何をする気だったの!? じゃなくて、腕、腕どけろ!!」

 

「まずはなにもしなかった俺のつよつよ理性に感謝して? 今、合法的に抱き着く機会なので腕をどかすのはまた後でね……」

 

「違う、そうじゃない、俺トイレ行きたいの! 今すぐどかねぇとココで漏らすことになるの!」

 

「おもらしプレイ?」

 

「やめてなにいってるの本当に何を言っているの!? ねぇ、本当に、不味いから、高校生になってまでおもらしとか不味いから!!」

 

「それで涙目になる愛ちゃんとか見てみたい」

 

「トイレから帰ってたら抱き着くくらいしていいから助けろお願いします!」

 

「美少女のおもらしより上の報酬用意しないと離さないぞ? というか、昨日、なんでも言うこと聞くって言った自分の立場理解してる? そんなにわからせられたい?」

 

 何を言ってるの本当にこいつは。

 人の発言を盾に脅してくるようなやつと親友やってるのか本格的にわからなくなってきたが、まあ家族以外で心を許せるのはこいつとこいつの両親くらいと考えるとこうなってしまう。

 なにか対価はないか、変態が俺を離す理由に足る対価で、俺の尊厳が傷つかないやつ……。

 

「あっ! 

 わかった、俺を今トイレに行かせてくれたら後で少し俺の血をあげるよ、どうだ、美少女の血液だぞ喜べよ!」

 

「…………詰めが甘いなぁ、ほら、トイレ行くぞ」

 

「嘘だろお前、脳に血液足りてないから思考が短絡化してるの? 吸血鬼? ヴァンパイア? 昨日のアレと同類? 美少女の血液でおーけーしちゃ……うわっ」

 

 そういった佳織は布団から起き上がったと思うと俺を横抱きにして、トイレに移動し始めた。

 何事かはわからないけど人の煽りは最後まで聞いて存分に苛立って欲しかった。

 

「え、待ってなにをしたいの? 昨日の狂気治ってなかった? 俺一人でトイレ行くから下ろしてくれても……」

 

「え? だって、『俺を今トイレに行かせてくれたら後で少し俺の血をあげるよ』って、一体どこに腕をどかすっつー文言があるんだ?」

 

「ゑ゛?」

 

 トイレは間に合った。けど見られた。もうヤダ。

 

 

 ◇

 

 

 トイレする時まで両手を繋ぎ続けるってなんの拷問? 

 

 変態化の加速が止まらない親友に、本格的に身の危険を感じてきた今日この頃、でも良く考えれば変態化が進行しているのではなく潜在的だったものが顕在化しているという方が正しいのかもしれない。

 聖人の如く清純で有頂天な思想の俺を除いた人類皆、潜在性変態説を是非推したいと思う。

 

 例え男に戻っても、『男の娘もオッケーです』と言いかねないあいつだからこそ今非常に距離を取りたくなっている。

 

 トイレ事件より今現在まで、朝ご飯を食べてる現在も膝の上に乗せられたままの俺はどうすればいいのかわからなくなってきていた。

 

「メス堕ちルートが一番楽だと思うよ」

 

「最も縁遠いルートが楽とはこれ如何に?」

 

 母さんが『あらあらまあまあ』って呟いているのがやけに耳に入ってくる。

 一体なにが『あら』で『まあ』なんですかね。

 こら佳織、あーんさせてくるんじゃない、口は意地でも開かねぇぞ。……なに? じゃあ下の口はって? やかましいわ。

 

「そういえば二人とも、今日はどうするの?」

 

「多分、愛ちゃんと出かけることになると思いますよ」

 

「不本意だけど多分こいつと出かけてくるよ母さん」

 

「手繋いで遊園地でも行くか? 最後は観覧車な」

 

「その腐りきった脳細胞、肥料にして腐海に撒いてきてやるよ、いい栄養になりそうですね」

 

「桃色の脳細胞と言って欲しいかな、不死になれそう」

 

「煩悩いっぱい夢いっぱいおっぱいいっぱいちっぱいな人間が果たして桃を食べた程度で不老長寿になれるのか」

 

「何言ってるの? 俺の思考はプンダリーカだ」

 

「自らを清い蓮だと定義するかこの泥は」

 

 ニヤニヤニコニコと、微笑ましそうにこちらを見てくる母親は何を考えているのか。

 本当にわからない。

 トゲトゲいっぱいのやり取りをあの表情で見れる精神を疑う。

 

 いきなりこの姿形になって、学校とか戸籍とかどうするのかと不安になるが、それ以上にこの親の態度が非常に怖い。

 目が『私は君たちの関係を認めてるよ』って笑ってる。

 実際は親友っていう関係なのですがね、どうしてですかね、何を認めるのですかね。

 

「って、ああ、母さん……今思い出したけど、この姿になって戸籍とか、どうするの……?」

 

「かーくんに見せてもらった『一般男性が何故か性転換させられて公園に捨てられてる事件』のニュースもあるし、数日報告が遅れたくらいどうにでもなるでしょ。今はやりたいことがあるんでしょ、好きにしなさい?」

 

 わお! 清々しいほど適当だ! 

 真っ当な人間ならまっさきに病院に連れていくだろうに、俺の周りには頭のおかしい人間しかいないのか。

 

「というか、その事件が書かれてた新聞……いつ見せてもらったの?」

 

「昨日俺たちが帰ってきたあと、愛ちゃんがとっとと部屋に篭った時あっただろ、あの間に色々説明を……な?」

 

「………………ねぇ()、それとかーくん?」

 

「え、まって母さん、母さんまで俺の呼び方『愛』で定着させるつもりなのねぇ裏切り者なの寝返らないでよ後生だよ頼むよ」

 

「愛、大事な話。先達者の話しよ……よく聞きなさい」

 

 えぇ……この空気でシリアス始まるのマジで言ってるの? 

 切り替え……切り替え大事? 

 俺を膝の上に座らせている親友の顔を覗くと、真剣そのものといった顔をしている。

 

 もしや俺だけか、切り替えできていない人間は。

 

「若いうちだから、多少は無茶してもいいわ。ええ、まだ二人は若いもの……でもね、深追いしすぎはダメ、戻って来れなくなる」

 

 これは、何の話だ? 

 俺はいきなり始まったシリアスに、とりあえず話をあわせる構えをとった。

 

 もし、俺たちが俺のTSの真相を調べていることについての話なら、どうして母さんが知っているの。

 佳織がバラした? 

 まさか、なら、佳織がこんな驚いた顔をするはずがない。演技とは程遠い、いっそ見事なほどの驚愕なんてそう見れるものじゃない。

 と、それっぽいことを考えてみるも、まるで現状がわからない。

 

 とりあえず、母さんはどうしてこの事を知っている。

 会話内容から? 

 顔色から? 

 

「何事も、過ぎたるは及ばざるが如しって言うでしょう? 知りすぎはダメ、でも知らなさすぎても時に危険なことが起こる。程よい塩梅が大事よ……それを理解した上でなら、今日も出かけてきていい。

 

 ……はい、シリアスはお終い! 私は二人が仲睦まじいことを願ってるからね、応援するわよ!」

 

 何だこの母親気狂いか? 

 

 自分の親のシリアスモードとコメディモードの切り替えの速さに、精神を疑ってしまう。心構えをした途端コメディに帰還とか付いてけねぇよコーナーギリギリを曲がってくスポーツカーかよ。

 さっきのムーブは何、電波受信でもしているのか。

 たまにこの親は怪電波を受け取るから困ったものだ。

 

 怪電波続きで、この親友からも電波を受け取ったのか応援するなどと言い始めおった。

 

「それにしても佳織、お前どうしていまだ人をぬいぐるみみたいに扱って来るの?」

 

「愛ちゃんが喜んでるからだよ?」

 

「男に抱きつかれてもミリ単位も嬉しくないし、なんなら今すぐ吐きそうなのですが」

 

「そう、本当に……?」

 

「愛、バレやすい嘘はダメよ……そんな我が物顔で座ってそれはないわ」

 

「母さんも一体何を……?」

 

「昨日の愛ちゃんなら、俺の膝の上とか全力で嫌がってただろうな……」

 

「それはお前が俺をあまりに離さないから諦めたからであって、それ以上の理由があると勘違いしているのならあまりに哀れですので爆笑させて頂きたく……」

 

 我が物顔で座っている? 親友の膝の上で? 

 百歩譲ってそうだとして、それは俺の下に成り下がった親友に対するドヤ顔という解釈にならないのだろうか。背中にあたっている硬い棒状のものの感覚に恐怖を覚えながら俺は訝しんだ 。

 

「愛ちゃん愛ちゃん、そろそろ出掛ける用意した方がいいと思うのだけど」

 

「話が一瞬にして変わったな……まあ、いいんじゃないか?」

 

 この一件については問い詰めるのもあれなので、放置安定と脳内会議が満場一致で決定した。

 

 

 ◇

 

 

「本はどうする?」

 

「もしあの本を辿ってここまでこられちゃ困るし、持ってった方がいいと思わない? 辿るも何もあの透明なやつが尾行してない限り考えられないけど考えられないことを云々。そんなことより、俺すごくお前が持ってるバールの方が気になるんだけど……てかそれどこから取り出したの? ここお前ん家じゃないんだけど?」

 

「気にすることじゃないだろ、大丈夫大丈夫もーまんたい」

 

「問題提起してる人間は俺な気がするんだけど!?」

 

 さすがに腕は離してくれた親友と出かけの準備をしている。

 昨日は軽装だったけど、アレに会う可能性があるとならば動きやすい格好の方がいいと思ったからだ。

 

「愛ちゃん愛ちゃん、スカートの方が楽じゃない?」

 

「そこら辺どうなのかわからないし、どうせ全力で逃げるならお前が抱えるだろうからだったら長ズボンの方が得だろ?」

 

「俺が抱えるからこそ、俺得なのだけど。短パンもはかないの? どうして意地でもおみ足を晒さないの?」

 

「どういう抱え方するつもりなの……今朝のお前の行動で身の危険を感じてるからだよ」

 

「一緒に夜を過ごした仲なのに?」

 

「語弊がありすぎません?」

 

 いや、わかるよ? 

 せっかく今美少女になったからね? 

 オシャレしてみたくもなるよ。

 でもなんかコイツの前でだけはなんかヤダ。

 何されるかわかったもんじゃない。

 

「それにしても愛ちゃん……昨日、愛ちゃんが後ろからしなだれかかってきた時思ったんだけどさ」

 

「それも語弊が……ありませんねすいませんでした出来ればその記憶をなくせやオラァ!!」

 

 全力をもって、親友の頭に殴り掛かるも、パシッと俺の拳をいとも容易く捕らえられてしまった。

 ちっ。

 

「ああやってさ、性転換したから自分の体で人を利用したり煽ったり遊んだりして愉悦に走るTS娘ってわからせたくなるよね、というか多分そのルートが正規だよね」

 

「御遠慮します」

 

 俺が殴りかかった事実などなかったように平然と次を話し始めた親友を内心恨む。

 こいつはどうしてこう運動神経が異常なのだろうか。

 昨日、透明なアレに血を吸われたというのに平然と行動しやがって……ってあれ? 

 

「待って、お前昨日アレに噛まれたかなにかで腕から血、流してたよな? あれいつの間に止まったの? ねぇ、俺ん家にたどり着いた段階で既に流れてなかったよね?」

 

「止血したからね」

 

「あの走ってる状態で?」

 

「あの全力疾走してる状態でだよ」

 

「あの時心臓全力稼働してましたよね?」

 

「そりゃ、本気で逃げてたからね? ん? 俺の心臓の音聞いてたの、乙女なの?」

 

「俺は最近お前という生命体がわからなくなってきたよ」

 

「ミステリアスでしょ?」

 

 人間かどうかが疑わしいのだが、まさかこいつアレと同等な生命体ではなかろうか。

 ぺちゃくちゃと話しながらも家を出て暫くした俺たちはそこであることに気付いた。

 

「……行先、決めてねぇ。愛ちゃん、どこ行く?」

 

「当てもなく彷徨うって表現かっこよくない?」

 

「かっこよくてもなりたくない状況ナンバーワンなんだけど」

 

 昨日みたいに、明確な目的地があればいいのだが、手がかりとして浮かぶ場所は全て人払いがある可能性がある場所にしかなく、そこに行くということは命を危険に晒すということで運動神経の高い親友が俺に条件をふっかけやすい環境でもあり、つまりはなに要求されるものかわかったもんじゃない。

 ただでさえ、昨日の『いくつかいうことを聞く』でなにいわれるのかビクビクと怯えているというのに不安要素を増やしたくないのである。だからといって親友と別行動するのも論外だ、俺一人ではアレどころか人間にすら勝てないし、別行動した親友が決定的な何かを見つけたら見つけたでそれと引き換えに何をされるかわからない。

 

 やだ、俺の不安の過半数が佳織(コイツ)由来……! 

 

「ねぇ愛ちゃん、昨日アレが出てきた場所行かない? 次は絶対勝つからさ」

 

「戦闘狂か何かか? やだよ、イブン=グハジの粉とか絶対作れないって結論下したでしょ? 不可視を可視化する粉が作れないなら不可視の生物に対してはいつだって後手に回らざるを得ないでしょ? あいつの攻撃一個一個が致命的だし、次は何体来るかわからないよ?」

 

「大丈夫だよ、勝てる勝てる……というかもう着くよ」

 

「は? …………は??」

 

 適当にぶらついてたらいつの間にか昨日の遭遇現場にたどり着いた件について。

 待ってここ危険地帯じゃん、なんの覚悟もなく踏み入れちゃったよ。

 相変わらず人っ子一人いない伽藍堂の住宅街である。

 

 さっと近くの塀に背をつけた俺は左右を見る。

 

「何してるの愛ちゃん」

 

「いや、いやいやいや……アレがいつ現れるかわからないじゃん。

 やだよ? 無音で寄ってきたあいつに首をカプリといかれて美味しく頂かれるのは、まだミイラになりたくないよ?」

 

「だいじょぶだいじょぶ、その前に俺が美味しく頂くから」

 

「美味しく頂くの意味が違うっ!!」

 

「男の子がいい? 女の子がいい?」

 

「ヒッ」

 

 なんでこいつは、こう……執拗に俺の体(ロリボディ)を狙ってくるの? 

 黙ってりゃモテるキャラしてるんだから入れ食いだろ。とっとと誰かとくっついて少子高齢化対策に貢献してろ。

 やめろこっち来んな、怖いよ……その顔でこっち見んな羨ましいわ。

 

「そのモテ要素、寄越せぇ!!」

 

「うわ、なに? 思考の跳躍!? 思った以上に唐突で困惑を隠せないよ?」

 

 俺にキレろと囁く本能にしたがって佳織の急所へ蹴りかかったが一歩下がって避けられた。

 

「ちっ、今度は外さない」

 

「なんで突然金的してくるの? ねぇ、明らかに数秒前までそんな会話してなかったよね!?」

 

「俺、気づいたんだよ。お前を気軽にTSさせる方法」

 

「玉潰す気満々じゃないか」

 

「ついでにタマとるわ」

 

「死神かなにか!?」

 

 ワーワーギャーギャーと緊張感もなく俺が玉を潰しにかかっていると、避ける片手間とでもいうかのように親友が二枚紙を取り出した。

 

「避けんじゃねぇ!」

 

「はいはい、そんなことより愛ちゃん……これなんだと思う?」

 

「知らん、死ねぇ!!」

 

「ちょっと一回黙ろう?」

 

 顔面にグーパンを噛まそうとしたが、その手を掴まれ手を体ごと引かれて回されてあっという間に無力化された。

 何が起こったのか全く分からないが、とりあえず今理解できるのは体の前面を道路に押し付けられてることだけである。

 何という武道の何という技かも知らないが、とりあえず近接戦ではどうやろうとも勝てないなと改めて認識した。

 

「これは、昨日、本から出てきた二枚のメモだよ……一枚は万が一に備えて肉眼で読んじゃいけないとか何とか。……まあ、それはいいとして一枚目の方についてのお話だ」

 

「はぁ……そういえばそうだったね……忘れてた。で、中身は?」

 

「TS薬の前身、あのイブン=グハジの粉だって。霊体を物質化させた例もある変質させる性質を利用したとか」

 

 ……? 

 …………?? 

 

「え、いや待って、それ、それって、それってつまり、イブン=グハジの粉を解毒する薬があれば俺も元に戻れる?」

 

「かもね、だったらいいね、まあそんな薬見つけ次第全部焼却炉行きだけど。…………というか存在する確率は低そうだけど、直接ふりかける薬だしすぐ解けるのに解毒薬とか作る必要ないし」

 

「……? 最後の方なんて言った? 声小さいから聞こえなかったぞ? 聞こえたのは焼却炉行きらへんまで……まあいか、それって幼女ハーレムを作るため? 勿論、俺が飲んで戻ってからのことだよね?」

 

「ハーレム……なんのこと? 愛ちゃんに飲ませないためにだよ」

 

「……裏切り者?」

 

「裏切るはずもない忠実なる騎士様です」

 

「じゃあ俺を男に戻して?」

 

「断るよ、騎士だってね……姫様が間違えていたら一言やりすぎないよう忠告をするんだ」

 

 なるほどああ言えばこう言うってこういうことをいうのか。

 姫プされるのは悪い気分ではないので今後こいつには下僕になってもらおう。

 

 じゃあ下僕働いてこいと、俺は命じて未だ地面に押さえ込んできてた下僕を退かして家へ歩き出した。

 

「どこ行くの愛ちゃん」

 

「ん? 家だよ、あと下僕なら敬語使えや、ほらほら」

 

「俺その特殊な趣味はないんだけど……まあいいか、なんで家? 元に戻る方法探すんじゃないの?」

 

「だって下僕が探してくれるんでしょ? 寝て待ってるよ…………そういえば風呂入り忘れてたし、先入ってくるわー」

 

 じゃのー、と手を振って家に帰える。

 下僕なら裏切らないよね。

 そう思ってたら首根っこ引っ掴まれて抱き寄せられた。

 

「おま、そこまで人肌恋しいか!? イヤーヒトケノナイバショニツレテカレルー」

 

「見当ハズレなこと叫ばないでよ愛ちゃん……ほら、耳すましてみ?」

 

 仕方なく、耳を済ませて異様なまでに無音なはずの住宅街の音を聞いてみると、小さくカラカラクスクスと笑い声が聞こえてきた。

 ……いや待って、これ呼び寄せたの俺じゃないよね? 

 ね? 

 

 そういう意図を込めて親友を見上げたが、うーんむしろあんなに大声出して気付かれてないって思ってる方が不思議だよと返されてしまった。

 ぐぅの音も出ない。

 なんて口達者なんだこいつは……まさか、その話術を利用して俺に大声を出させるように誘導していたのか。狙いはなんだ、アレを呼び寄せて俺の前で倒すことで吊り橋効果の結果キャーステキーダイテーを狙っていたというのか!? 

 

 親友の悪魔的策略に戦慄を覚える。

 

 どうでもいいけど、ダイテーをダンテーに変えるとなんか面白いよね。考える人のポーズしたくなっちゃう。

 

「何その表情、愛ちゃんまた変なこと考えてない? あれほど思考はピョンピョンさせちゃダメって言ってるでしょ?」

 

「事実じゃん、俺はお前が黒幕説まだ推してるからな」

 

「ところで愛ちゃん、三方向くらいから狂った笑い声が近づいてくる地獄なわけだけど……このピンチ切り抜けたら惚れない?」

 

「ごーとぅーへる」

 

「『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』ってか?」

 

「じゃあ裏切り者のお前は寒い所行きだねぇ」

 

「「はっはっは……で、どうしようか」」

 

 化け物のヒステリックな笑い声が複数近づいてきている現状どう解決すればいいというのか。

 だからここに来たくなかったんだよクソ野郎。

 コキュートス行きが確定した親友の目を期待の眼差しで見てみるも少し不安そうな目をしている。

 

「佳織、俺の事ここまで連れてきたんだから、この数のアレら相手にどうにかする手段があったんだよね、そうなんだよね? まさかどうにかする手段がないとか言わないよね? 嘘だと言ってよジョー!」

 

「これ、切り抜けられたら割と惚れてくれてもいいんじゃない?」

 

「マッチポンプってご存知でいらっしゃるでしょうか」

 

「故意じゃないからセーフだとは思わない?」

 

「まったく」

 

「これっぽっちも?」

 

「うん、これっぽっちも」

 

 気を紛らわせるため、ふざけた会話をしているうちに、ヒステリックな大合唱が俺たちを取り囲んでいた。

 嗚呼、お父様お母様もうちょっと生きたかったです。今思うと、全てこれも朝のお母様の警告を無視しやがった親友のせいでございます。

 うん、そうだ、本当にこれはこいつが悪い。ここに来なければこんなことにならなかったのだからこいつが悪い。

 

「うん、ねぇ愛ちゃん……割とどうする?」

 

「今ね、実は記憶を失ってるけど過去に神社の不思議な女の子とよく遊んでいたっていう記憶を探してる。多分助けてくれる」

 

「淡い希望だよ愛ちゃん」

 

「信じりゃ多分助けてくれるっしょ」

 

「何万分の一?」

 

「隕石が都合よく降ってくるより高い」

 

「どっちも五分五分だと思う」

 

 いよいよ以って、獲物を狩る狼のように、慎重に迫るように笑い声が寄ってくる。

 

「俺、お前と心中とかヤダ」

 

「うーん、俺は別にいいかな」

 

 少しでも抵抗しようと、拳を構える佳織と、佳織の持ってきたバールを構える俺が背中合わせになる。

 

 勝敗など見るまでもない、数でも質でも生物としても敗北している。改めて人間の弱さを思い知らされるようで、絶望感に支配された心を、空間を、狂気の笑い声が侵してくる。

 

 そも、一体であろうと、本来なら人間が争うことすら叶わない理外の存在なのだ。血を一瞬で吸い尽くされて楽に死ねるなら最高、ただ人が望めることはこれだけだ。

 死に方さえ選ばせて貰えない、最も望める希望は楽な最後のみ。

 

「最後の一瞬だけ緊張感を作ってもしまらないよなぁ」

 

「まこと認めたくないけどこればかりはお前に同感だよ」

 

 そうして、視界が暗転した。

 

 




隕石でなんのネタか察した人は猛者だと思う。
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