黒い蹄と白の鱗、TS娘は人の道   作:銀ちゃんというもの

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十二神将のマキラちゃんとアンチラちゃんが可愛いくてだいぶ遅れながらもグラブル始めました。


二日目 流水と絶望

 夢物語とは物語だ。

 物語とは架空のものだ。

 ならば夢物語とは、夢とはこの世にないもの……本当に、そうだろうか。

 

 夢物語のように将来を語り、揶揄され、しかし諦めずその『将来』を現実に変えた者もいる。

 しかし、日曜朝のTVの中に出てくるヒーローになりたいと願った子供は、『願い』を現実にすることは出来ない、途中で諦めてしまう。

 二つの違いはそう、『諦めたこと』だ。

 

 なにも、『諦めなければ願いが叶う』などと綺麗事をいう訳じゃない。

 

 だが、一人くらいは、夢見がちな俺くらいは、一生夢を現実に変えられると信じて厨二な思いを抱えて過ごしてもいいじゃないだろうか。

 

 そういって、日常にある僅かな違和感一つ逃すことのなく過ごした一般人は、やがて彼らと出会ってしまう。

 

 出会ってしまった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 気絶が場面を切り分ける。

 暗転が認識を遮断する。

 果たして場面転換のその先にあったものは樹木であり、霧であり、石畳だった。

 

「…………っ!」

 

 呼吸を思い出すかのように俺は跳ね起きて座り込んだ。

 

 先程とは違うが、またここも異様な空間、何一つおかしなところは見つからない奇妙な世界。

 不可視のアレらに囲まれたあそこを狂気の領域とするのなら、ここはまるで神域だ。

 アレらに囲まれる中で感じた非現実の匂いだ、明らかに日常のそれではない。

 しかし狂気は存在しない、霧に包まれた神聖な世界。

 

 意識に張り付いた恐怖が払拭されて、澄んだ世界が心を洗う。

 その心地良さ気味の悪さを駆り立てる。

 

「ここはどこだ? 今はいつだ? アレらはどこだ? 

 …………そうだ、佳織は!?」

 

 この世に同じものはただ一つない、親友の姿を求めるように探す。

 だいぶ古い付き合いである。

 多くの場面ですぐ横にいた俺の親友だ。

 常に共にある、自分の半身のようなものだ。

 

 探すものは案外すぐに見つかった。

 軽く手を動かすとすぐ横でなにかに当たる。

 見ると親友の姿だった。

 目を瞑ってピクリとも動かないので心配になった。

 

 手を当てると胸は僅かに動いている。

 耳を近付ければ呼吸の音が聞こえる。

 肌に触れれば熱が直接伝わってくる。

 

「よかった……」

 

 しっかりと、生きているようで安心した。

 

 しかしそれも束の間、ここがどこかもわからないのだ。

 悠長に寝ている暇などどこにもない。

 自分の都合で連れ回して危険な目に合わせてしまっているのだから休ませてやりたいが、ここが休んでもいい場所なのかもわからない。

 

 何より、人の気配が全くないのだ。人がいないということは人払いが働いていてアレがやってくるかもしれないと言う事。

 本能がいくら安全だと訴えてきても理性的な思考がそれを許さない。

 全く、どっちが本能か理性かわかったものではない、そんな奇妙な感覚に襲われる。

 

 多少荒くでも、と佳織の体を大きく揺すって、耳元で起きろと囁く。

 

 だいぶ深く寝ていたように見えていたのだが、すぐにうっすらと瞳を開いた。

 朧気な視線はゆらゆらと海流に流されたクラゲのように泳いで俺に止まった。

 

「……お、おはよう」

 

 俺がそう言って三拍。

 

 カッと目を見開いた親友がすぐに起き上がって抱きついてくる。

 

「うわっこらやめろあほ、110番(ひゃくとうばん)通報するぞ!? ばーかこのロリコン死ねぇ!!」

 

「愛ちゃん」

 

「あ゛ぁ?」

 

「……うん、愛ちゃんだ。良かった……無事? ここはどこ?」

 

「知らん……どこかもいつかもどういう状況かも知らんが、お前の親友の猫崎愛玉(ねこさきまなた)様がそうそうくたばるかアホ!」

 

「オレより弱いのに?」

 

「え? 染色体がYの字に欠けてる不完全生命体が何言ってるんですか?? DNA単位で負けてますよ? 悔しくないんですか? 生物として俺はお前に勝ってるんだよ!」

 

「すげぇ、これがその不完全生命体に戻ろうと死ぬ気で努力してる奴のセリフか? XY染色体でここまでイキるメスガキ概念は初めて見たよ……」

 

 そこまで言うと、一度黙った親友が頭を軽く撫でて腕を離した。

 その瞬間、俺は勢いよく佳織から離れる。

 ロリコンに引っ付いたままだと何されるかわかったもんじゃないから必死である。

 

「まあ、今回はわからせるのは許してあげるよ」

 

「なぜそれを許す許さないの話に持っていくんですかねぇ……」

 

「だって愛ちゃん、オレの事心配してくれたんでしょ?」

 

「は……はぁ? し、心配……? ……してねぇよ。なーに言っちゃってるんだ頭の中ぱっぱらぱーか?」

 

「突如親友が下手なツンデレを始めたのですがどうすれば良いでしょうか。図星を突かれた愛ちゃんなんて何年ぶりに見たかな……そんな表情してちゃ説得力ないよ?」

 

「……? …………?? 

 な、ななな泣いてませんが?? 妄想幻覚虚構空想どれかしらんが、頭どっか打って知覚障害起こしてるんじゃねぇの?」

 

「泣いてるなんて一言も言ってないよ?」

 

「結局、ここってどこなんだろ」

 

「話し逸らしたね、お見事。百点満点の無理な話題転換だ!」

 

「石畳が続いてるし、沿って進んでみるか? 下手に周りの森に入ったら危険だろ?」

 

 いまだワーだのキャーだのと親友が言ってくるが、どうせ狂人の戯言である。無視だ。

 

 辺り周辺を見渡してみるが、先程までここで気絶していたと思われる石畳の他には木、木、霧。

 少しひんやりとした空気で払われた空気感は、否応なく非常を想起させ、異界を連想させる。

 

 それを認識したと同時、いつの間にか、石畳の道に鳥居と木組みの建物が現れていたことに気づいた。

 

 石で作られた鳥居と木組みの建物の間に俺たちはいるようで、既に入口をくぐってしまった後のようだ。

 

「……っ」

 

 まるで初めからあったかのように。

 はるか昔からここにあったかのように、もしくは本当にここにあったのか。

 木組みの建物───社のような建設物から当然、敵意など感じることはないのに、その神聖さゆえか鳥肌が立ち、体が震える。

 それは蛇に睨まれるように、毒蛇に囲まれるように。

 

 霧はいつの間にやら晴れていた。

 

 

 

 

「よく見れば、ここって山の神社だよね」

 

 初めに沈黙を破ったのは親友だった。

 あまりの神秘、神威に気圧されるように正気を失っていたとでもいうべきだろうか。

 恍惚と似て非なる未知の感覚にいつの間にか俺たちは飲まれていたようで、時間にして五分は口を開けて呆けていた。

 口の中が乾燥して少し喉が痛い。

 

 正気を引き戻した親友の一言を聞いて、辺りを今一度見渡してみる。

 そうだ、俺たちの街には山がある。

 山の中にはこの神社がある。

 名前は確か……。

 

「…………?」

 

「どしたの愛ちゃん?」

 

「いやぁ……ここの名前、なんだっけ?」

 

 この地域に住むものなら老若男女、誰でもこの場所を知っている。

 なんなら、初詣はみんなここに来るのだ。

 

 そういえば、ここの神主さんはどこにいるのだろう。

 思い返して見れば巫女さんの一人も、ここで見た事がない。

 待て、ここは小さな頃から知っているはずだ。

 第一、人がいないなら、落ち葉も綺麗に掃除された境内は、誰が保っているというのだ。

 

 深く考えるほどに生まれる疑問点。

 

 おみくじを置いたのは誰だ。

 毎年、お守りを売ってくれているのは誰なんだ。

 

 モヤがかかったように何も頭に現れない。

 何一つ、人間の影が現れない。

 

 キョトンとしてまだわかっていない様子の親友に事の重大さを伝えようとするが、その瞬間、視界の端に人影が映った。

 

 人だ。

 そうだ人だ。

 

 無人という不気味さに気づき始めた俺は、それを否定するであろうモノに出会うべく、ただ人影が人のものであると疑いもなく信じてしまった。

 

「行くぞ!」

 

「うおっどうしたどうした!!」

 

 親友の手を引いて、人影を追う。

 いきなり俺が駆け出したのは、この不安と思考の霧を払ってしまいたかったからか。

 急いで、走って、駆けて、石畳を足で蹴って。

 

 人影が……後ろ姿が、見えたっ! 

 

「……おやぁ、目覚めたのかの?」

 

 人だった。

 黒髪であった。

 鱗()あった。

 

 いや、訂正。

 鱗()あった。

 鱗を纏った長い尾があった。

 

 狩衣か巫女装束か、判断が付きにくい衣服を身にまとったそれは、振り返って人間の少女の顔で微笑んだ。

 

 あれはなんだ、人間か。

 否、人に尾はない。

 

 あれはなんだ、物の怪か。

 否、()()()のような冒涜を孕んでいない。

 

 だというのなら、それは、彼女は。

 

「ふむ、頭の回転が思った以上に早いの……『狂人の洞察力』というやつかの? まあ、よい。疑問に答えてやろうではないか、わしはの…………俗にいう神様、というやつなのじゃ」

 

 …………。

 

「…………」

 

 ……………………。

 

「…………?」

 

「ほ……」

 

「……ほ?」

 

「ほら見ろいったろ佳織! 神社の不思議な女の子が助けてくれたぞ!!」

 

「うっそでしょ、愛ちゃんの縁が時々よくわからないよ……」

 

「うっそじゃろ主ら、この言葉を聞いた時点で疑うなりひれ伏すなりしろと、とても言いたいのじゃ……おや、どうしたのかの?」

 

「神様、神様、大変不躾ながらご質問がございます」

 

「……許そう、なんじゃ?」

 

「実は昔、『神社で会える不思議な少女』として俺と遊んでいたりとか……」

 

「んなわけないのじゃよ、わしはお主らについて全て知っておるが……主らは今この時、初めてわしを認識したはずじゃ」

 

 爬虫類の尾が生えた少女は、自らのことを神だと名乗った。

 まだこの件に関わっていない段階、一昨日まではこの子が、仮定神様が今のような発言をしたとして自分は信じていただろうか。

 そんなどうでもいいありきたりなことを考えたが、なんだかんだあの尾を見て自分は信じていたななんて結論に至る。妖怪とか宇宙人の可能性とかが浮かぶが、日本の神格とか妖怪とか人間かなんて人の思想によるんだから、俺がこれを神様だと思うならそれでいいのだ。

 

「この件に巻き込まれた者の中で最も頭の回る者を呼び出したのじゃが……些か早まったかの」

 

 視界の先では、俺と親友を交互に見てため息をついて頭を抱えるという一連の動作を終え、悩む顔で額に手をついた神様がうーんうーんと唸り声を挙げている。可愛らしい仕草に見えるが、しかし俺の瞳には一挙一動に威が宿っている。とても萌え談義をできるような存在ではない、明らかに霊威を散らす上位の存在である。

 それだけは、確かなことなのだ。

 

 ……ただ、一つ問題がある。

 眼前に存在するだけで畏怖を振りまくような存在であろうと、神様の容姿に言葉遣いと、可愛らしすぎる。

 あまりに現代人の理想に近すぎる。

 故に、()()()()()()()()()

 

 これなら、目の前に天皇陛下がいた方が驚くし、必死に口調を正す。

 いっそ驚いて口が回らなくなるかもしれない。

 

 考えてもみて欲しい、我々は信仰薄れた現代日本人ぞ。

 全く実感が湧かないし、なんなら、どういう言葉遣いをすればいいかすらわからない。

『御前を汚すことをお許しいただきたい~~』などでも言って跪けというのか、というお話である。

 

 つまるところ、とてもじゃないが緊張感が生まれない。異世界転生物のラノベで初めに謎の部屋で神様に出会った主人公の気持ちが少しわかった気がした。

 

「ふむ、そういうものじゃったのじゃな。久しくこの体で人と関わっていなかったのじゃ、多少は知っておるが、わしを前にした反応など知らぬ」

 

 待ってください、貴方様、今私の心を読んでいらっしゃいます? 

 あ、いや、そのまま声に出さずに返してしまいました申し訳ありません。

 

 驚いて妙な言葉遣いになったが、慌てて返事を返す。

 俺の無様な返事が面白かったのか、神様が呵々と笑った。

 

「別に馬鹿にしている訳ではないのじゃが……ああ、面白いのぉ。主ら相当仲がいいのじゃな、全く同じことを考えておったぞ……二人揃ってわしへの評価がまるまる一緒じゃ、これを笑わずして如何にしろと」

 

 思わず佳織を見ると、向こうさんもこちらへ顔を向けた。

 

「同じこと考えてるって愛ちゃん、やっぱオレ達お似合いでは?」

 

「さっきお前が気絶してる時にタマ潰しときゃ良かった」

 

「思った以上に物騒なお返しでびっくりだよ」

 

佳織(かお)くんから、佳織(かおり)ちゃんになるその時を待ってるね」

 

「ん、愛ちゃん愛ちゃん……その、佳織(かお)くんってやつ、もう少し舌足らずな感じで言って……お願い!」

 

「どういうことなの」

 

「本題に入れないのじゃが、その不毛な掛け合いを一旦やめる気はないかの?」

 

「そうだよ愛ちゃん」

 

「まるで俺一人が原因でこの口論続いてるかのようにいうのやめて貰ってよろしい?」

 

「ほーれ、ほれ。煩い、少し黙るのじゃ!」

 

 パァンッと柏手一つ。

 神様の鳴らした音は俺たち三人しかいない境内に広く響いて、何事かとキョロキョロ見ると、すぐ隣で口をパクパクとさせている親友の姿を見つけた。

 

 なんだこいつ、金魚の真似でちゅか? 

 

 そして気づく、赤ちゃん言葉で話しかけたはずだというのに声が出ない。

 俺の口も、パクパクパクパクと動くだけである。

 

「お主らあれじゃろ、こうでもせんと一生立ち話できる(たち)の人間じゃろ……居ったわ居ったいつの時代どこの国どの生物にも居ったわ、ムーにもいたのじゃ」

 

 そして次に、そう呟いた彼女また一つ柏手を打つ。

 

 パンッ……と軽快に鳴り響いた音と同時に俺は崩れ落ちた。

 まるで憑き物が落ちたように途端に体が軽くなり、今まで以上に自由に動かせるようになった。

 

 驚いた顔の佳織が神様を睨むが、俺が待て待てと手で静止する。

 首根っこ掴んで敵対認定するのは、俺に何したのかを聞いてからでも遅くない。

 

「物騒じゃのぉ……簡単じゃ、あれの祝福(のろい)を祓った。お礼? 既に得ておる……和の手法はあまり得意ではないから、練習台にさせて貰ったのが代金じゃ」

 

 あれの呪いとは? 

 佳織の呪いかなにかだろうか、我が親友が独自に俺にマーキング代わりの呪いを掛けていたとしてもなん驚きもない俺はとりあえず親友から一歩離れることにした。

 なるほど、俺はいつの間にか親友によって呪詛をかけられていたのか……!! 

 

「違うのじゃが」

 

 神様はそう否定してくるが、きっと優しい彼女はすぐ近くに敵がいたというショックに俺が陥らないよう気を使って言ってくれたのだろう。

 おそらくそうである。

 安心してください、神様、俺コイツを打倒して呪縛から解き放たれてみせます! 

 

「ツッコミが追いつかんのじゃが」

 

 そうと決まれば思い立ったが吉日である。

 今この場で隣の親友を去勢してやろうではないか。

 奮い立った俺は、勇猛果敢にも親友に殴りかかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 佳織に組み伏せられたまま俺は神様の説明を聞いていた。

 

「なるほどの……これが即堕ち二コマというやつなのじゃな……」

 

 堕ちてはないのですが。

 オチです。

 というか説明は? 

 

 地面に両手を抑えられたまま地面に押し付けられた俺が親友に離せと抗議の意味を込めてジタバタ暴れていると、神様が妙なことを宣うものだからツッコミを入れてしまった。

 

 どちらも対して意味は変わらないけど堕ちの方は後からかっこ意味深と付けられそうでイヤなのだ。

『組み伏せられた』と表現を使っただけに非常にイヤなのだ。

 

「なるほどのぅ……」

 

 何がですか。

 

「まあよい、主ら面倒な奴らに目をつけられておるのじゃろ? 昔、人間が星の精やら星の吸血鬼やらと呼んでいたのを耳にしたことはあるのじゃが……わしの邪魔なのはそれを手繰る人間の崇める彼奴(きゃつ)なのじゃ……」

 

 星の精……それを操るといえば一番怪しいのはあの山羊の会とかいうカルトだと思う。

 つまり邪魔なのはシュブ=ニグラスとかいう神格? 

 

 あの……宗教戦争に巻き込まないで頂けませんか? 

 

「ええじゃろええじゃろ、先っぽ、先っぽだけじゃ。七面倒な世界に先っちょ浸かるだけじゃよ、いいじゃろ? いいじゃろ? そもそも、お主らどうせあの山羊を崇める奴らと敵対するのじゃろ? 敵対しておるのじゃろ?」

 

 敵対したいのではなく、この体を元に戻したいだけなのですけれど。

 

「同じじゃ、おーなーじ……やることは大して変わらん。わしは山羊が鬱陶しい、お主は体を戻したい。ちょーっと仕事が増えるだけなのじゃ」

 

 ちょっとで神殺しの任務を与えないでください。

 あと、口、空気の振動を使った言語を使いたいので戻して頂けませんか? 

 

 いまだに喋ることの出来ない俺は、喋ることが出来ない佳織を言語未発達の野蛮人か? と煽れないのだ。

 重大問題である。

 

「ブーメランが咲き誇る季節になってきたのじゃね」

 

 現代を知らなそうな神様がどうしてその用語をご存知なのかお聞きしたいのですが。

 

 ブーメランの元凶の神様は、まぁとりあえずと括って最後にこういった。

 

「目標の親玉の居場所じゃ、役に立てるのじゃぞー」

 

 

 

 ◇

 

 

 

治司(はるし)神社……大昔、この地を治めていたとされる蛇の神格が祀られる地元の神社。

 神格、その名は不明、過去に損失した可能性あり。

 国外から伝来した神格だと思われ、時期はおそらく西暦600年より前と思われる、最低でもアジアのものが大元ではないと思われる。

 神仏習合なんてのが起こったのがいつ頃からだっけ? まあそれに紛れてやってこなくても、この不思議国家日本ならいとも容易く受け入れるか……」

 

「誰かが信仰を広めに来たんだろうね……本人とか神様自身が、とか」

 

「自ら信仰を広めるために足を運ぶ神様……フットワーク軽くないっすか? もっと傲慢に行くべきだと俺は思うんだけど」

 

「もし傲慢だったら、さっきオレ達のとった態度だと確実に首飛ばされてるよ」

 

髑髏(しゃれこうべ)にして飾るのかな?」

 

「オレは頭だけじゃなくて愛ちゃんの全てが欲しいなぁ」

 

「死んでもろて」

 

 雑談をしながら、俺は手元にある和紙を見た。

 そこには、雑に、しかしわかりやすく、あの山羊の会とやらの本拠地と思われる建物までの道が書かれていた。

 

 あの後、神様のあの声を最後に、いつの間にか本来の神社の境内に立っていた。

 神聖な気配は漂っていたが、あの空間ほど異質というワケではなく。しかし異界と形容できないワケではなく。まあ、なんだ、ごく一般的な神社に戻っていた。

 

 手元には地図が描かれた和紙をいつの間にやら持たされており、とりあえず親友と顔を見合わせるところから始まったのだが……。

 地図を無視して真っ先に図書館に来た俺達の行動は正解なのだろうか。

 こちらが何もわかっていない神様の元には就きたくないからね。

 本拠地へ行くので制限時間一時間、そこで調べられる限りを調べ尽くして出てきたのが先程の情報である。

 先程の情報だけである。

 あれでも推測も混ざっている。

 

 あれで本当に正月には初詣の客として街の人間みんなあそこに行くというのだから不思議でならない。

 誰でも知っているはずの神社なはずなのだが名前すら古い書類を漁らなければ出てこないとは。

 

 だいぶ話は変わるのだが、図書館から出て気づいた。

 実は、現時刻は夕方、それも夜になる寸前だったりする。

 本拠地を今すぐにでも叩きに行った方がいいのではないかと、オカルトは夜という謎先入観を持った俺たちは考えているのだがただ問題がある。

 

 明日、学校である。

 れっきとした高校生である俺たちはもちろん通わなければならないわけであり。

 さらに、俺の体をどう説明するか、人として生活する上で最大級の問題がある。

 そして何より今からカチコミをかけるとなると帰宅は朝方になってしまう。

 それのなにが問題かって、考えても見ろよ、TSした息子を容易に受け入れ挙げ句の果てに男友達と泊まることも許して応援してるよなんて言い出す(ヤツ)だぞ。

 実際は悪の組織にカチコミ掛けていたとしても、朝帰りしたりなんかしたら「昨日はお楽しみでしたね」って笑顔で言われて孫の名前考え始めるに決まってる。

 俺の子の名前は俺の手で決めたい……じゃなくて、俺は美少女ではなく男である。体が美少女になっていようとあと少しで戻るはずなのだ、そして美少女とゴールインand幸せな家庭である。

 誰がなんと言おうとそうである。

 朝帰りかっこ意味深が真実じゃなくても矜恃というものが存在するのだ。

 

「どうしたの愛ちゃん、言い訳に必死みたいな顔してるよ?」

 

「ちょっと何言ってるかよくわからないです。もう二度と言わないでください」

 

「Hey愛ちゃん、俺に愛の告白をして」

 

「ピコンッ、すいません聞こえませんでした、もう二度と言わないでください滅ぼしますよ?」

 

 スマホの機能のモノマネごっこでとりあえず迫る変態の恐怖は乗りきった、はずである。

 

「家よりやっこさんの本拠地のが近い現状をどう思う?」

 

「そもそも、組織ぶっ潰すって確実に俺みたいなか弱い子の役目じゃないよね」

 

「都合がいい時だけ女の子アピしてくるTS娘は一回ずっとその姿のままなんだって自覚させてあげるべきかな……ハハッ冗談冗談、さすがに外ではしないさ。

 うーん、複数回にかけて侵入して内側に爆弾仕掛けるとか? それならちっこい愛ちゃんとオレの組み合わせって最適だと思うんだよね」

 

「日に日に発言内容が二重の意味で過激になってくのやめん?」

 

「日に日に? まだ二日目だけど、ああ……もう戻れなくなった未来を確信してオレに言い寄られる妄想をしているのね」

 

 人間とは業が深い生き物である。

 何せこんな思い込み野郎が誕生してしまうのだから。

 

 それはそれとて、俺はいまだ、この姿にした黒幕がコイツだと少し疑っている。

 実は山羊の会が少したりとも関係ないという可能性も視野に入れて数秒ごとに親友へジャブを入れているのだ。

 

 あしたのためにその一である。

 ただ、今のジャブで疲れて灰になりそうなのでもうやめておいた。

 

「……はぁ、はぁ……今日のところはこれくらいで勘弁してやる」

 

「愛ちゃんは昔っから思い込みが激しいよねぇ……」

 

「は? それはお前だろ?」

 

 ぶつくさといつもの言い合いをしばらくして、取っ組み合いが始まりそうになる。

 その余裕そうな顔を今日こそ屈辱に染めてやるよ!! 

 

「じゃあ俺は恥辱の限りを尽くしてあげるよ……」

 

「ひぇ……。あちっ……ッ!」

 

「どしたの愛ちゃん?」

 

 突然、片手に持っていた地図を描いた和紙が発熱した。

 急激に高温になったものだから思わず手を放してしまった。

 

 俺の突然の行動に疑問を覚えたのか、俺と同様に俺から離れた和紙を目で追っていた。

 

「…………っ!」

 

「……は?」

 

 唐突な事だ、なんの前触れも……いや発熱してたから前兆はあったか。

 とにかく、地図が燃え始めたのだ。

 和紙の地図の書かれていない余白の場所のみ局地的に。

 

 そうはならないだろうとツッコミを入れたくなるほどに余白の一部だけがいきなり燃えた。

 火の勢いに比例してすぐに自然鎮火されたが、どうやら焼き尽くされたワケではなく何故か焦げが綺麗に残ったようだ。

 

「……文字?」

 

「みたいだね、焦げで文字が書かれてる」

 

「……えーと、『はよう行動するのじゃ』……監視されてる?」

 

「見られてるんだね……実質常時視姦だよ。トイレ行ってる時は露出プレイだ! よかったね愛ちゃん、美少女にいじめられるのが夢だったんだよね?」

 

「そんな夢語った覚えないんだけど、どういう思考回路してるの?」

 

「四六時中監視って、神様ヤンデレ気質なのかな」

 

「それは否定しない」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「というわけでやってきました山羊の会ー!」

 

「カチコミかけてぶっ潰していきましょう!!」

 

「「いえいっ!」」

 

 思った以上に息があって嬉しくなったのか親友がハイタッチしたそうにこちらを見ているので、優しい俺はノってやった。

 

「あったなー息ピッタリだったなー!」

 

「昨日の赤ずきんちゃんごっこ以来だね」

 

「……意外と最近だったね」

 

 急速に氷点下までテンションが低下した。

 良く考えれば毎日一回はこういうことがあることを思い出した俺たちは冷めた瞳で山羊の会本拠地を見つめる。

 

「やる気さがったな」

 

「帰るかー?」

 

「帰ろうか、うん」

 

 うっせぇモチベーションゼロで能動的に行動したあかつきには悪い結果しか起こった事ねぇんだよ。

 ただでさえ低い肉体のパフォーマンスがそれ以下に落ちて、まるで冬に寒くて鈍くなるような状態になるわ。

 

「愛ちゃん愛ちゃん、帰ったら添い寝して」

 

「やだよ昨日とは状況大違いだわ」

 

「え? だって今すぐ突撃しないっていうことは元の体にまだ戻りたくないってことだよね? ……どうしたの突然手を繋いで、ヤダ、大胆ね!うわっちょ、引っ張らないでも行ってくれればついて……」

 

「正面突破じゃ、それ突撃ぃ!」

 

 突如やる気が湧き上がってきた。

 あーなんかすごく満ちている! 

 なんかこうよくわからないけど目の前のカルト集団の本拠地潰して解毒薬入手するくらい楽勝に思えるほどやる気に満ちてる! 

 

「ひゃっはー! 覚悟ォ!!」

 

 

 

 

 山羊の会とかいう厨二臭……カルト集団の本拠地は都会の事務所程度の大きさの建物だった。三階建ての建物で、軽く中を回ったが黒さの欠片も無い、まあ怪しい宗教かな程度だった。ちなみに人の気配もない。

 

 メタ読みをするしかなかろうと、地下に何かあるだろうなとあるかもわからない地下への入口をとりあえず探したら案外すぐに見つかった。

 

「トントン拍子がすぎるってばよ」

 

「まるでダイジェストだったね」

 

 そんな話をしながら地下へ続く梯子を降りていく。

 

「いや、なんで俺が上にいるの? どうして先に降りる座を譲らないの?」

 

「ん? 見上げると美少女がいるってなんかこう、役得じゃない? 愛ちゃんがスカート履いてたらもっとやる気出てたかもしれない」

 

「朝、トイレ行く時、わざわざ付いてきて色々とこう……あの、あれとか……み、見ただろお前」

 

「逆の立場なら同じ行動してるでしょ?」

 

「……いや、まあ、そうだけどさ」

 

「だいたい、下に何がいるかわからないのに愛ちゃんが先に行ったら大変なことになるでしょ? 触手の苗床になってもしらないよ?」

 

「……うー」

 

 ぐうの音も出ない。

 反論の一切を潰された俺は下にいる親友を一睨みしてあとはもう、何も考えないことにした。

 

 カンカンと鉄の梯子を降りる音がしばらく鳴る。

 といっても一分も掛からず下に着いたのだが。

 

 地下は不気味な空間だ。

 常にどこからか声が聞こえ続けるような錯覚を覚え、閉鎖的だからか逃げられないという感情に体が支配される。

 

「いや、声は本当に誰か複数人が発しているよ。それもひとつの部屋から……」

 

「ひゃっ」

 

 小声で話しかけて教えてくれるのはいいのだが、わざわざ口を耳元に近づけて息を吹き込むように話すのはやめて欲しい。

 ゾワゾワっと鳥肌が立って変な声が漏れてしまった。

 

「愛ちゃん静かにっ」

 

「んぐっ」

 

 慌てて俺の口を手で塞いだ佳織がキョロキョロと当たりを見て、どこからか聞こえる声が途絶えてないのを確認したからか、ほっと息を吐いた。

 

 耳元ボイスといい、口を塞いだ手といい、これ全部無自覚ってマジ? 

 普段の言動とは大違いというかどうしてこう、乙女ゲーのヒーローみたいなムーブを取れるのか。

 普段からこれだけしてれば天然イケメンとしてモテるのではないのだろうか。

 

 というかそろそろ手を口から放して欲しい。

 

 そういった抗議の目を向けると、今更気づいたように俺から離れた。

 

「涙目愛ちゃんキタコレ、惜しむのは今ここで写メったら敵に音でバレそうなところかな」

 

「そんな無駄なこと話すからバレるんだぞ……で、どうするんだ?」

 

「愛ちゃんの体を元に戻す薬見つけてから強襲かける? 強襲かけてから解毒薬探す?」

 

「……なぁ」

 

「うん? どしたの」

 

「今更だけどさ、いや、ずっと気になってたんだけどさ。

 お前、何が目的なの? 

 俺は確かに元の体に戻りたいよ? 戻りたいけど、お前は俺を元の体に戻す手伝いをする意味無くない? ……途中まではさ、遊びとか、俺がぽっくり逝かないように付いてきてくれてると思ったんだけどさ」

 

「ほんとにどうしたの? シリアスしたいのなら無理があるよ?」

 

 佳織がここまで付いてくる理由なんてぶっちゃけ無い。

 この美少女ボディに好意を持ってるなら、力の差で無理やり止めることだってできたし、それをしないまでも俺に付いてこない選択だってできた。

 むしろ、俺はこいつがいないと安全を確保できないのだから付いてこないとなると俺も自然と動けなくなるのだ。

 

「どうして? 協力してもらってる身でこれを聞くのはなんとも嫌だけどさ」

 

「……」

 

「ここで聞いても遅いとは思うんだけどさ?」

 

「……ひ・み・つ……で、納得してくれないよね?」

 

「もちろん、なにか理由を話すまで問い詰めるぞ?」

 

「敵の本拠地だって誤魔化しても?」

 

「関係ない」

 

「…………」

 

 そこまで言うと、佳織は顎に手を当てて二十秒ほど沈黙する。

 なにか喋れとハイキックを入れようと思ったら、びっくりするほど優しい笑みを作って俺に理由とやらを話してきた。

 

「TS薬を見つけて、オレも飲むためからかな? ちとばかし、女の子になった気分を味わってみたくて……もちろん、解毒薬を見つけたあとだぞ。お前とは違って、俺は戻れなくなりたくないからな」

 

「いや、すごく戻りたいのだけど?」

 

「姫様、ご冗談を」

 

「……まあ、いいか。理由はそれだな、それでいいか」

 

「愛ちゃん愛ちゃん……オレ、このやり取りの必要性がわからなかったんだけど」

 

「いんや、途中から面倒くなったんだよ……さっきのが本当であれ嘘であれ、どうせお前の行動理念なんてアホくさいもんだろ?」

 

「もうあれだ、あの時の『なんでも言うこと聞く』の使い道決めた……帰ったらしっかりわからせてやるからな?」

 

「どうしようもないことでしっかりキレないで。ついでにその目論見は解毒して、潰させて貰うよ」

 

「本当に……潰せるかな?」

 

 軽口を叩きあって、親友の顔から少し緊張が緩んだように見えた。

 

 よかった、前衛職が慌てふためいて実力発揮できませんでしたじゃ俺まで大変な目にあうからな。

 

「あの部屋だよ、あそこからブツブツと声が聞こえてる」

 

「……なぁ佳織、なんて言ってるかわかるか?」

 

「んー…………うが、なぐる……ならーく…………よら……しゅぶにぐらす……いあいあ……せんのこを……千の仔を孕みし、森の黒山羊よ……」

 

「うっわぁ……」

 

 断片的に聞いてもただの邪悪な呪文である。

 一部分以外それ本当に地球語かと疑いたくなる。

 

 試しに俺も聞き耳を立ててみると、気味の悪い声に交じってたまに人のものとは思えない、ドスンといった音が聞こえる。

 

 人間以外にもいるというのか、化け物か、怪物か、怪異か、どれでもいい、どうだっていい、異形なのには変わりないだろう。

 どうしても、不可視のアレら……神様曰く星の精とやらのような化け物を思い浮かべてしてしまう。

 まだ、それが生物の出した音だと決まっているワケではないというのに、どうしてもその冒涜的な異容を想像してしまう。

 

 これはまずい、そう思った。

 しかし思考の加速は止まらない。

 既に回り始めた思考はただ()()()()()()想像を、可能性があるだけの恐怖を、それこそ無数に考え始めてしまう。

 人智を遥かに凌駕した化け物、悲鳴の権化かつ狂気の呼び声が回想のように覚えのない記憶を脳裏に焼きつける。

 

 神様はシュブ=ニグラスがいるように語っていた。

 じゃあ邪悪な神はこの世に存在するのだろう。

 そしてその他にあの神様も存在するのだ、二柱とは決して限らない。

 どれほどこの星に存在している? 

 どれほど昔から、人間の社会にどれほど溶け込んでいる? 

 

 そうだ、星の精なんてものもいるのだ。

 邪悪な神だけじゃない、そのほかの化け物もごまんといるのだ。

 人間の想像を遥かに超えた怪物共が。

 

 いや、待て、星の精……星の精、星なんて名が付くほどだ、地球産ではない存在もまさかこの星にいるというのか。

 もし仮に他の星に逃げれても、そこがヤツらの住む星かもしれないというのか。

 

 一体、彼らは、ヤツらは宇宙にどれほど存在するのだ。

 

 億、兆? 

 もっとだ、もっといるに違いない。

 人の数など遥かに凌駕しているに決まっている! 

 

 人間など、地球など、その気になればそこらの野菜を噛みちぎるようにあっさりと潰せるような神がこの世界にたくさん存在するのだ。

 そうだ、きっとそうだ! 

 

 待て、ダメだ。

 これ以上何も考えるな。

 所詮、狂った思考が見せた仮定だ、妄想だ、だから落ち着け、鎮じろ、考えるな。

 もし仮に核心にまで至ってしまえば、正気のまま『日常』を送れなくなるぞ! 

 

 ドツボにはまり込んだ思考、荒くなる息。

 冷や汗を大量に垂れ流し、焦点が定まらなくなっている。

 比例するように早く刻まれる鼓動が俺の不安を駆り立ててくる。

 怖い、恐い、こわいこわいコワイ!! 

 

 恐怖と狂気に思考が塗りつぶされそうになる。

 飲み込まれた意識が俺の未来を暗闇で包み上げていく。

 あるいは、既にこの件に巻き込まれた時から、この街で生まれた時から、先は奈落だったのかもしれない。

 

 その時、なにか暖かいものが、俺の体を包み込んだ。

 力強く、しかし優しく俺を抱くなにかだ。

 

「愛ちゃん、大丈夫?」

 

 佳織だ、佳織の腕に俺は包み込まれていた。

 愛すべき家族に最も近い存在の、俺がこの世で最もどんな事があろうと最終的には信じている幼少期よりの親友の腕に、俺は抱かれていた。

 

 朝は邪魔だとしか思えなかったこの腕も、その熱が不思議と俺の不安を吹き飛ばしてくれる。

 早鐘を打った心臓もなりを潜め、過呼吸に陥った呼吸も正常なものとなってきた。

 

「昨日の夜、愛ちゃんがオレを正気に戻してくれたでしょ? そのお返し……あとは、まぁ、そのまま発狂して金切り声なんてあげたらあいつらにバレちゃうからね……」

 

「……ありがとう、助かった」

 

 面と向かって礼を告げると、先程とは違う理由で鼓動が早くなったのを感じた。

 だが、心地よいドキドキだ。

 それはそれとて、少し恥ずかしいので顔は逸らしてしまったが。

 

 ああくそ、仄かに顔が熱いのはこの少女の体のせいだ。

 違う、そうじゃない、そうだあれだ……うん、それだ。

 せっかくさっき、あの時、昨日の夜佳織を正気に戻したことで例の『何でも言う事を聞く』を帳消しにできるのではなんて思ってたのにプラスマイナスゼロではないか。

 

 さっきの醜態はなんだ。

 元来怖がりだったのだ、もとより怯えてた恐怖じゃないか。

 未来が真っ暗なんて当たり前の事じゃないか、元々不確定なものだ。

 

「目ェ覚めた……ありがとな」

 

 腕を取って少し離れていく親友に、もう一度お礼を入れて深呼吸する。

 まだ少し恐怖はあれど腹は決まった。

 あとは殴り込みをかけるだけである。

 

 佳織は……言われるまでもなくいつも通りの笑みに少し緊張を貼り付けただけだ。

 

「行くか」

 

「おー行こー」

 

 ずっと鳴り響く呪文の大元、狂気の根源は一体何が行われているのか、少しの好奇心と警戒心を持って、扉を開いた。

 

 すると……。

 

 

 

 

 

 

 

 全ての声が止んだ。

 

 

 

 

「……は?」

 

 待ち構えているであろう強大な化け物の影などない。

 声を出していたであろう沢山の人間達の姿すら一つもない。

 何も、ない。

 

 ああ、いや、塵はある。

 ホコリのような……ゴミのような。

 まるで掃除していないのだ、とは思うことが出来ないただ塵の世界。

 

「なんだこりゃ……」

 

「……うーん、あっ」

 

「どうした佳織!」

 

「いや、足元見てみなよ……白い床の部屋なのかと思ったけど、全部塵だ。雪を踏んだ時みたいにオレたちの足跡が残ってる」

 

「ほんとだ、泥だらけの靴でお前の顔を踏んだ時みたいに足跡が残ってるな。けど、それ以外の足跡が不自然にない、一つも」

 

「あったねぇ、昔愛ちゃんが踏んできたねぇ」

 

「懐かしいなぁ、あの時は……なんでああなったっけ?」

 

「いや、あの時って限定できるほど少なくないでしょ回数、喧嘩する度に踏んできたでしょ」

 

「……ハハッ、あーあ。床のやつ除けたらなんか出てきたぞー。赤い文字?」

 

「うん? …………これ、魔法陣じゃない?」

 

 そう言った親友の方を見てみると、親友も軽く足元の塵を退けたのか、形状的に大きな縁を赤い物で描いたようになっていた。

 赤い物の正体なぞ、考えたくもない。

 考えるまでもない。

 

「じゃあ、これ魔法陣ってこと?」

 

 

 

「イグザクトリー、正解だよ! おめっとさん!」

 

 

 突如、部屋の何もなかった場所から声が聞こえてきた。

 この二人のどちらのものでもない高い声だ。

 

「……だれ、だ?」

 

「……っ!?」

 

 親友の誰何(すいか)の声も、虚しく途絶えた。

 俺に至っては喉が詰まったように言葉が出なかった。

 

 俺と親友が見た先、塵の世界に二つの影があった。

 

 片方は笑っていた。金の髪をした少女の笑顔だった。自然なその笑みはこの空間において不自然であり、薄らと開かれたその瞼の先にある瞳は俺を見ていた。

 

 片方は、ミイラだ、赤子だ。

 手足はただ伸びるばかりで、微塵の弛緩も感じれない。

 ひたすら弱々しいといった感想を与えてくる。

 例えるなら……そう、一度も呼吸することがなかった中絶胎児のよう。

 だがそいつを、そいつばかりは見てはいけないと本能が訴えていた。理解するな、思考するな、知覚することを止めろ。心がそう訴え、精神が叫ぶ。

 

「小生……ああ、ゴホン。わたしの名前は丹羽日々(たんばひび)って言うんだ。ふふっ、どうせ体がこうなら、ロールプレイまで完璧に、ね? その方がいいよね?」

 

「……は?」

 

 丹羽日々…………こいつがあのTS薬の考案者!? 

 

「……あっ、ごめんね? もちろん君みたいな俺っ娘TS娘を否定しているわけじゃないからね?」

 

 あはは、と笑ったその少女はとても不気味に見えた。

 

「何が、目的なんだ……そいつはなんだ!」

 

「んー、ふふっ。この子には少しここを壊して貰いたかったから喚んだだけだよ」

 

 壊す? 

 ここにいたはずなのは山羊の会の連中である。

 そして、丹羽日々という人物は、そいつらの仲間だったはずだ 。

 

 なぜ、なぜこんなことをしている? 

 

 待て、状況を整理しよう。

 ここに山羊の会の連中がいたはずだ。という予想が大前提だ。それ以外は俺たちは何もわからない。だって他の部屋は飛ばしてきてしまったから。

 山羊の会の連中がここにいたのだとしよう。そいつらを『ここを壊した』という表現で壊したのなら跡はどこだ。どこに行った。

 

「丹羽日々……TS薬の考案者、TS薬は愛ちゃんがイブン・グハジの粉とかいうやつを元に作られたと言っていた……この塵が……いや、それはないか」

 

「ん? ああ、そこまでつきとめてるんだ。いいねぇ、まるで君たちはホラーの主人公だ!」

 

 ……イブン・グハジの粉? 

 製法は微塵にしたアマランスに、二百年遺体が埋葬された墳墓の塵に、木蔦の葉を……いや待て、塵? 二百年遺体が埋葬された墳墓の塵? 

 確か、佳織が言っていた、そんな難しい難易度の塵をこいつらは『クァチル・ウタウス』とかいう神格を使うことで解決したとか。塵、塵、塵、地面にこの部屋に蔓延しているのは塵。

 そのクァチル・ウタウスとやらが塵に関係している? 

 塵を作る力? それでは二百年遺体が埋葬された墳墓という条件が達成されない。この場には遺体が一つたりともない、山羊の会のやつらがいたはずだというのに。

 塵に変える力? いや、二百年の年月をクリアするのなら、塵に変えるための時間経過……経年劣化を引き起こす。莫大な時間を進める!? 

 

「待て!」

 

 今にもあの二つの影に殴りかかりそうな親友に静止をかける。

 もし、もしあの少女の傍らに控える化け物がその、クァチルウタウスだったら……取り返しのつかないことになる。

 

「どしたの愛ちゃん?」

 

「うん? おや、そっちの子はこいつが何者か薄々気づいてきたみたいだね。早いねー賢しい賢しい。その内包する力も気づいて……ははっそう怖い顔しないでくれよ。そうだなぁ、じゃあ……そうだなー、そっちの男の子、友達? その子がこいつの餌食になりたくなかったらわたしに攫われてよ」

 

「突然、何を言って……」

 

「……待て佳織! 丹羽日々……もし断ったらどうするつもりだ、俺が承諾すればこいつは、佳織は無事なのか? 本当に何もしないのか?」

 

「うん、しないよ、しない。約束しよう」

 

「何言ってるんだ愛ちゃん!」

 

「佳織、俺たちは……情報が少なすぎた。まるで足りないんだ、あの化け物が、クァチル=ウタウスという神格が一体どういう条件でいかなる力を使うか知らないんだ。危険すぎるんだよ、逃げることすらできるかわからない!」

 

 もし、あの塵にする力が、あの化け物の視界全てに及ぶのなら? 

 わからない、何一つ情報がない。

 不可視の化け物だっているんだ、人智を超えている。もはやなにをどうすればいいのかすらわからない。

 

 少しづつ、少しづつ俺は少女のもとへ歩いていく。

 ごめんな佳織。

 対策したお前なら、この弱そうな神格くらいならあるいは、神殺しをできたかもしれない。けど、対策したらだ。勝ち目がない。なら俺はお前に生きていて欲しい。

 

 そうして俺は丹羽日々の元へ辿り着いた。

 

「あ、ああぁぁあああああ!!」

 

「……止めろ佳織!!」

 

 親友が分厚い本で殴りかかろうと駆け出した。

 明らかに冷静じゃない。いや、俺のせいか、俺が説明も殆どなしに攫われようとしているから。

 どうするどうするどうすればいいんだ何をすればいいんだ。考えろ猫崎愛玉! 

 

 視界で奇妙なことが起こった。

 化け物が伸びきった腕を佳織に向けて伸ばした。分厚い本がその腕に触れる。

 変化は一瞬だった。分厚い本は一瞬にして古びて、なおそこでは止まらなくて、塵に変わるまで、経年劣化で粉と成り果てるまでその時間加速は続いた。いや、触れている最中は塵になっても続いているのかもしれない。

 

「納得した? かなわないよ。そいつには勝つ方法など存在しやしない……運ぶのに邪魔だね、少し眠っててもらおうか」

 

 そんな声がすぐ横で聞こえ、俺の意識がぐらつく。

 暗くなっていく視界の中で、俺は化け物が親友に、佳織に触れようとしているのを見た。




満足行くできじゃないの悔やまれるけどこれ以上は泥沼な気がする。
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