ジェイドは恋をしてみたかった。山でいいキノコが手に入ったので、惚れ薬を作って監督生に恋をしてみた。※ラブコメです

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監督生に恋したいジェイドが惚れ薬を飲んだ話

 陸に上がって気付いたことがある。

 おそらく心が欠けている。

 

 周囲が当たり前のように持っている感覚が、自分にはない。

 感覚は良心と言い換えてもいいかもしれない。良心はないほうが便利なのだが、人間らしい幸福を感じるためには必要に思えた。とはいえジェイドは人間らしい幸福、例えば温かい家庭や親しい友人を招いたホームパーティーなどには興味が持てない。勝ち負けが絡まないことを楽しいと感じないし、利益がないことに時間を使う意味がさっぱりだったのだ。

 

 しかし、ひとつだけ気になる幸福があった。

 それが恋である。

 

 時代や種族を問わず素晴らしいとされている感情を、ジェイドも知りたかった。ジェイド・リーチは恋に恋をしていた。

 

「というわけで、作っちゃいました。惚れ薬」

 フロイドは「へー」と適当に返事をしながら兄弟を眺めた。なにが『というわけ』なのか説明がなかったのでまったくわからないが、ろくでもないことが起きそうな予感だけはした。

「山で珍しいキノコを手に入れましてね。それが惚れ薬の材料になると知ったときは小躍りしました。僕、ずっとその手の薬に興味があったんです」

「あっそう」

「それでは早速いただきます。僕はフロイドに恋したい」

「ちょっと待った〜」

 ジェイドが惚れ薬の入った小瓶を一気にあおろうとするので、フロイドはサッとビンを取り上げ「なにをするんですか」と両手を伸ばすジェイドの頭を右手で抑えた。

「マジで待って。意味わかんねーんだけど」

「僕、恋に落ちてみたくて」

「そこじゃねーし。なんで対象がオレなのって聞いてんの」

「目の前にいたからですが?」

 ニッコリと微笑まれてフロイドはゾッとした。ジェイドの初恋が自分だなんて考えただけでも寒気がする。薬の効果による一時的なものだとしても気色が悪い。フロイドの直感が全力で阻止するようにと訴えていた。

 

「この薬捨てよ……」

「無駄ですよ。予備があります」

 

 ふふ、と笑うジェイド。彼の微笑みは知性と洒脱さを備えていたが、それ以上に狂気が目立った。フロイドは頭をガリガリひっかき、浅く座っていた椅子の背もたれに体重を預けた。この馬鹿に道を示す必要があった。

「だれかをさぁ、好きになりたいんでしょ」

「はい」

「せめてさぁ、女の子にしとこ?」

 薬の小瓶を取られないように気をつけながら、今できる最高にマシな提案をした。

「はぁ、フロイド。ナイトレイブンカレッジは男子校ですよ。我が校にいる女性は監督生さんと、肖像画のロザリアさんしかいないではないですか」

「『やれやれ』みたいな顔してんじゃねーよ。いるんだからいーじゃん。小エビちゃんにしとけって言ってんの。てか、他に選択肢ないと思うんだけど」

 ジェイドは「そういうものですかねぇ」と小首をかしげた。

 

 

 

 翌日、ジェイドとフロイドは監督生の教室に足を運んだ。このふたりが何の目的もなく現れるなんてことはありえない。教室の誰もが戦慄し、ふたりがいないほうの扉から逃げていくべきかと悩んだ。しかし逃げることでリーチ兄弟の目に止まってしまう可能性もあった。じっとしていたほうが賢いような気もして、結局だれも動けずに居た。

「そんなに怯えないで」

 制服をちゃんと着たほうの双子が品よく微笑むが、なんの効果ももたらさなかった。リーチ兄弟が後輩を安心させるのは難しい。前科がありすぎた。しかし、怯えるものが多い中でひとりだけ泰然とした態度を崩さない生徒がいた。監督生である。正確に言うと机に突っ伏して爆睡していた。静寂の中で時計の針が進む音と監督生の平和な寝息だけがひどく目立っていた。

「まさかお昼寝中だったとは」

「逃げられなくてよかったじゃん。さっさと済まそ」

 フロイドが監督生の背後、ジェイドが机の前に陣取ると教室に安堵が広がる。狩られる対象が自分ではないと知り、怯える生徒は見物人に早変わりした。監督生を気の毒に思う者はいても、助けようなどと考える者はいなかった。むさぼるような視線が監督生に集まっていた。

 ジェイドが胸ポケットから小瓶を取り出したのを合図にして、フロイドが「小・エ・ビ・ちゃん」と監督生の肩を叩く。ぽんぽんと親しみのこもった叩き方である。

 監督生は「んん」と低く喉を鳴らすと目を覚まし、教室が静かすぎることに気が付いた。監督生は冷静な女だった。ちらっと目線を動かすだけで前後を厄介な双子に挟まれており逃げることができないこと、会話をするために起こされたことを理解した。かといって怯える様子はない。気持ちよく寝ていたところを起こされたので、機嫌が悪かった。

「ご用件をどうぞ。時間を節約したやり取りをお願いしますよ」

 そう言って、目にかかった一筋の髪を耳にかける。彼女のあんまりな物言いに、見物人たちは青くなったり白くなったり忙しかった。

 ジェイドは彼女の様子に気を悪くせず、ニコニコと小瓶の説明を始めた。

「面白い薬を作ったので、貴女で試したいと思ったのです。恋に落ちるお薬なんですよ。飲んでから最初に見た人を好きになってしまう、そういう夢のあるお薬なんです」

 監督生はしらけた目をしていた。次が移動教室のため、教師がこの場に現れる可能性が低いことが残念だった。

 

「で、それをどうするんです」

「僕が飲みます。僕、監督生さんに恋をしに来ましたので」

「は?」

 

 監督生は聞き間違いかを確かめるためにフロイドの方に首を回したが、フロイドに「こっち見ないで」と言われてしまう。フロイドは両手で監督生の頭を固定して、強制的にジェイドに向けた。てっきり自分が飲まされるものだと思っていたので、意味がわからなかった。

 ジェイドは監督生の顔を見た。害虫を見るような目を向けられていた。今からこの女性に恋をするのだと思うと楽しかった。

「では、いただきます」

 小瓶を一気にあおって彼女を見る。

 

 その瞬間から、世界が変わって見えた。

 世界の中心が出来た。

 

 薬の効果は15分程度と短いものだ。もっと強力に作ることも出来るが、自分が飲むために作ったものなので短時間で効果が切れるように調合していた。

 なのできっちり15分、ジェイドは監督生をキラキラした目で見つめ続け、効果が切れると「おや」と急に醒めた目をした。ひとりで盛り上がり、勝手に落ち着いた。誰とも感情を共有しようとしなかった。恋をしている監督生に愛の言葉をささやきたいとか、彼女から好かれたいとも思わなかった。

 

 自分にも恋ができる。

 その事実で満足だった。

 

 擬似的な感情だとしても問題はなかった。感情などという形のないものに、本物も偽物も無いと思っていたからである。

「なんだか、楽しそうでしたね」

 監督生がニヤッと笑った。

 ジェイドは先程まで恋をしていた女を見た。改めて見ると、整った顔立ちの女だった。彼女は妙に堂々としたところがあった。冗談が通じるリドルや、恩着せがましくないアズールと言えばいいのか。地頭の良さと寛容さで敵を作らないタイプでもあった。

 まあ、先程の一件でもわかる通り味方が多いわけではないのだが。

 もう少し女を売ればいくらでも取り巻きが作れそうなものだが、媚を売ることはしなかった。

「不思議な時間でした。短い間でしたが貴女が特別で、替えのきかない存在でしたね。このような幸福の形もあるのだと大変勉強になりました」

 ん?と監督生は眉をしかめ「ひょっとして初恋?」と尋ねる。ジェイドが「はい♡」と微笑む。監督生が「狂ってる」とうめくと、フロイドが「超わかる」と共感した。

「ジェイド先輩は好奇心が強いのがよくわかりました。頭がいいと無価値になってしまうものがたくさんありそうなのに」

 監督生はそれ以上、リーチ兄弟と会話をするつもりはないようだった。ピッと人差し指を教室の出入り口に向け「さ、おかえりはあちらですよ」と目で訴える。笑いもしなかった。監督生がこのような態度を取れるのは、リーチ兄弟が引き際を心得ているのを知っているからである。

「本日はお時間をいただきありがとうございました。それでは失礼します」

「じゃーねー。小エビちゃん」

 人の形をした厄災が悠々とした足取りで教室を出ていく。監督生は感情が読めない目をしばらく教室の出入り口に向けたあと、移動教室に向かうため教科書を揃えた。

 

 そのあと数日、ジェイドは大人しく過ごしていた。

 人生に大きな刺激が与えられたあとはそういうものである。自分に何が起きたかを理解し、どう感じたかを整理するには何度かの睡眠が必要なものだ。とはいえ人間の感情は大体の場合、48時間経つと落ち着いてしまうものらしい。逆に言えば、48時間経っても落ち着かない感情は時間が解決してくれる類ではない。

 恋は気持ちのいい感情だった。

 惚れ薬はまだいくつかあったが、片手の指で足りるほどで、無限にはなかった。ジェイドはまた監督生に恋をしたくなった。今回は誰でもいいわけではなく監督生がよかった。擬似的な恋愛だとしても監督生が初恋の相手であることは事実であり、これは恋をしてから理解したことだが、誰を好きになるかはそれなりに重要なことであった。

 

 監督生は恋の相手に申し分なかった。

 自分の価値観でものを話すのがとても良かった。

 

「というわけで、また貴女に恋をしに来ました」

 

 監督生は自分の机に座ったまま、胸に手を当てて目を細めるジェイドを眺めた。観察して「その薬、健康に被害はないんですか」と尋ねた。ジェイドの心配をしているわけではなく、考える時間を稼ぐための質問に思えた。

「容量、用法を守れば害と言うほどのものはありません。退屈な毎日に華を添えてくれる素敵なお薬ですから」

「たった15分程度で退屈が紛れるとも思えませんけれど」

「ごちそうと一緒なんですよ。食べた時間は一瞬だとしても脳には心地良い記憶が刻まれる。そうすると、また食べたいと思う。ね? 一緒でしょう」

 監督生は一言も発しなかった。まあ、ジェイドも共感が得られると思っていたわけではないし、情に訴えて協力してもらう気もなかった。

 机の上に数字の入っていない小切手と、しっかりした作りの万年筆が現れる。

「そこにお好きな数字を入れてください。前回は何のお礼もいたしませんでしたから、どうぞ、遠慮せず」

 監督生は見下げ果てたと言わんばかりに、ジェイドに白い目を向けた。

「このやりとりに時間が奪われていくのが、本当に腹立たしい」

 監督生は小切手と万年筆を片手でまとめると、立ち上がってジェイドの胸に押し付けた。

「私を好きになるのは先輩の自由ですから、どうぞご勝手に。

 薬を飲んだらさっさと出ていってください。視線が鬱陶しい」

「おや。では対価はツケということで」

 ジェイドは薬をあおって、監督生を見つめた。

 またあの素晴らしい感情が胸に蘇ってきた。

 2度目の恋は前回ほどの鮮烈さはなかったが、深みがあった。彼女に笑いかけて欲しい、気を引きたいという欲求が湧いた。しかしここに長く留まるだけ、彼女に嫌われてしまうのは明白だった。ジェイドは自分に正直な男だが、長期的に見て損になることはしなかった。

 ジェイドは素直に頭を下げ、穏やかな微笑みをたたえながら教室を出て行った。

 監督生はジェイドの背中をしばらく眺めていたが、やがて興味をなくしたように窓の外に視線を向けた。

 

 

 

 ジェイドは物思いに耽るようになった。

 監督生に本当に恋ができないかと考えるようになっていた。あの素晴らしい時間をいつでも味わっていたい。恋をしている瞬間は、自分が感情豊かな人間に思えるのも気に入っていた。

 人に話すようなことではないが、ジェイドは自分が同世代の中ではかなり「質がいい」のを理解していた。自分の外見やふるまいが知的で品があること、自分の家柄には一定の価値があること、資産があり、金の使い方を心得ていることなどをよく知っていた。打算的な女であれば微笑みかけるだけで釣れることも、経験上よく知っていた。振り返ってみれば苦労してなにかを得た経験があまりなかった。怯えて泣いたこともない。

 監督生に対して愛はまだない。しかし執着はあった。どうにかして、自分を売り込むことは出来ないだろうか。

 

 恋の熱が下がっても、彼女に好かれたいと思う気持ちは消えなかった。街におりたときは彼女が好みそうな品を探した。そうしようと思ってしているわけではなく、心の片隅にいつも彼女がいて、なんとなく目に見えるものすべてを彼女と関連付けてしまうのだった。

 その日、ジェイドは監督生に渡したいものがあり彼女の姿を探していた。入手困難なチョコレートがツテで手に入ったのだ。洗練されたデザインの箱の中には上質なプラリネが6粒入っている。女性への贈り物には最適に思われた。

 外廊下を歩く彼女の背中を見つけたときは珍しく胸が踊った。見失わないように軽く駆けて名前を呼ぶが、反応がない。おや、とジェイドは不思議に思った。彼女は相手が誰であれ、自分への呼びかけを無視するようなことはしない人だった。

 なにかあったのだろうか。

 よく見ればうつむいて、肩が落ちていた。

 もしかしたら、ひとりでいたいのかもしれない。声をかけていいのか情報が少なすぎて判断ができなかった。

 ただ彼女が心配で、自分にできることがあればしてやりたかった。そんな気持ちを人に抱くなんて滅多に無いのだけれど。

「あの」

 再び声をかけるときは少しばかり気合が必要だった。幸いなことにジェイドの声は監督生に届いた。「はい」と監督生がこちらを見る。彼女の声がいつもと同じ調子で、ジェイドは少し安心した。

「またお薬ですか。ジェイド先輩」

「いえ、今日は別の用事です。これを貴女に差し上げたかったのです」

 ジェイドはチョコレートの小箱を監督生に見せた。この瞬間、初めて監督生が受け取らない可能性があることに思い至った。心拍数が上昇し、全身の筋肉に軽いこわばりがあった。

 監督生は受け取っていいものか迷っていた。ジェイドの日頃の行いを考えれば当然のことだった。それでもポツリと「美味しそう」と言ってくれて、彼女の興味をひくものが選べたことに、まずは安堵した。

「受け取っていただけませんか」

 もっと気の利いた言葉がありそうだが、これしか言えなかった。

 監督生はジェイドの瞳を覗き込んだ後、両手でそっとチョコレートの箱を受け取ってくれた。彼女が自分が選んだプレゼントを丁寧に受け取ってくれた。心底ホッとしたし、くちびるがゆるい曲線を描くのを止められなかった。監督生はジェイドの表情の変化を不思議そうに見ていた。

 彼女に見られていることに、ジェイドは少し恥ずかしさを覚えた。

「それでは、僕はこれで」

 立ち去ろうとすると、ブレザーの背中がツンと引っ張られる。彼女が引いていた。ジェイドは振り向いたほうがいいのか、このままでいたほうがいいのかわからなかった。

「チョコレート、ありがとうございます」

「いえ」

「今日は嫌なことが多かったんですけど、少し元気がでました」

 彼女のやわらかい声に撫でられて赤面していくのが分かった。首筋や耳にも感情が現れていないか気になった。動揺しているのを知られるのが嫌で、ジェイドは「それはよかったです」とだけ言ってその場を去ることにした。

 惚れ薬を飲んだときとは違う高揚感があった。

 この瞬間であれば、刺されても相手への不満を抱かないまま死んでいけると思った。 

 

 監督生が特別な存在に昇格していたことには、流石にジェイドも気が付いていた。なんの努力もしないまま彼女が特別になっていたことに驚いていた。どのタイミングでそうなっていたのか全くわからなかった。

 特別な女性ができてからというもの、彼女が何を考え、どう過ごしているかと同じくらい彼女の周囲が気になるようになり、自分と同じように彼女を目で追っている者がいないか観察した。彼女のような魅力的な女性が愛されないわけがないと確信していたし、実際に何人か特別な好意を寄せている者がいた。

 ジェイドは、自分と彼女の関係がマイナスの状態から始まっていることを理解していた。しかしチョコレートの件から、少しずつではあるが、ある種の親密さが育まれているのは確かだった。

 

「この前のチョコ、美味しかったですよ」

「どれがお好きでしたか」

「キャラメルがかかっているやつが特に好きでした」

 

 どんな些細なことでも彼女のことが知れるのがうれしかった。

 ジェイドは彼女の負担にならないように気をつけながらも、目が合えばできるだけ優しく微笑みかけ、機会に恵まれれば声をかけた。監督生を害する気持ちはないと根気強くアピールしていった。彼女を困惑させるといけないので、あれから教室に行くのも控えていた。

 監督生は聡明である。ジェイドの言動の変化に戸惑ってはいたが、彼がただ自分と仲良くしたいだけなら冷たくする理由はなかった。

 

 ジェイドと監督生の関係は穏やかに変化していた。目が合ったときに嫌な顔をされることはなくなったし、お互いの好みであるとか、相手への興味がなければ聞かないような話題が自然に会話の中にあふれてくるようになった。

 自分の冗談に彼女が笑ってくれると、それだけでその日は機嫌良く過ごすことが出来た。自分が一番彼女を大切に出来ると思ったし、そのために必要な努力があれば喜んでするつもりだった。感情は日々大きくなっていった。

 もう少し親密になりたくなったし、囲いたくなった。

 もう、彼女が他の男に笑いかけているのを見るのが辛くて仕方がないのである。なぶられているような心地だった。それでいて彼女の存在が生きる糧となっており、1日会えない日は空虚だった。自分にほほえみが向けられることはなくても、見かけるだけで慰められていた。

 

 流石にこの状態は恋だと思う。思うのだが、確信が持てなかった。

 恋をしている当人というのは己の想いがどれほど重いのか自覚できないものなのだ。感情は育ってゆくものだし、ジェイドのように確証が持てるまで想いを胸に秘めておける性質であれば尚のことだった。

 

「そう言えば、好きな人はできたんですか?」

 何気ない調子で監督生に尋ねられ、ジェイドは喉の奥がくぅと鳴りそうになった。どう答えるのが最善であるのかわからなかったが、監督生は沈黙をイエスと受け取ったようだ。いや、もしかしたらジェイドがそう思いたいだけで実際は彼の表情の変化から何かを読み取ったのかもしれない。切なそうに、目を逸らされたから。

「おそらく、好きなのだと思いますが」

 辛うじてそれだけ伝え、深い呼吸をした。続きを言わねばなるまい。

「相手の方は僕などなんとも思っていないようで」

「へぇ。随分と手強い方ですね」

「全くです」

「飲み物、なにかおごりましょうか? 良ければお話聞きますよ」

 ジェイドが返事を迷っている間に、監督生は「紅茶でいいですよね」と言って自動販売機でミルクティーと無糖のストレートティーを購入した。彼女が自分の好みを覚えていてくれたのは嬉しかった。礼を言ってミルクティーをもらう。味の濃いものが飲みたかった。

 監督生はジェイドが話すのを待っていた。

 急かすこともせず、窓の外を見ながらのんびりと。目が合わないほうが話しやすいかもしれないと考えて、そうしているのかもしれなかった。

 ジェイドはミルクティーを高い位置で傾けて、半量ほどを一気に流し込んだ。甘い。甘すぎる。自動販売機のミルクティーがなぜここまで甘くされているのか、まったくわからなかった。

 

「貴女が好きなんです」

 

 監督生は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。その顔を見れば、ジェイドの想い人が自分であるなど考えたこともないのがよくわかった。また変なものでも飲んだのではないかと疑っているのも伝わってきた。

 しかし、今の告白は偽りのない真実であった。

 好きなのは間違いなく、口にすると恋だとわかった。

「えっと……」

 監督生の声が少し甲高くなった。

「すみません。先輩の気持ちを疑いたくはありませんが、とても混乱、いえ、驚いています」

「監督生さんが僕の気持ちを笑い飛ばさないでくれたことに、感謝をしています」

「本気なんでしょうか」

「もし遊びの延長で貴女への想いを打ち明けたのだとしたら、僕に一体なんの得があるのでしょう」

 これ以上の言葉は必要ないように思えて、ジェイドは監督生に背中を向けた。彼女からの返事が必要には思えなかった。聞かずともわかる。恋愛対象として吟味もされていなかった。 

 突然ジェイドが歩きだして監督生は焦った。話はまだ終わっていないと思っていた。

「先輩。待ってくださいよ!」

 足の長さの違いから、監督生が早足のジェイドに追いつくのは難しかった。ほとんど駆け足にならないと距離は離れる一方だった。

「ねえ。ねえってば!! ……あっ!」

 自分の足にでも引っかかったのだろう。べちゃ、とてのひらが床を叩くような音が聞こえた。ジェイドは立ち止まり、数秒の間を置いて振り返った。こんな状況になっても、監督生を助け起こす名誉を他人にやりたくはなかったのだ。

 観念したような苦い笑みを浮かべて跪き、ひざこぞうの具合を見る監督生と目線を合わせた。

「すりむいてしまいましたね」

「平気ですよ、これくらい。先輩は優しいですね」

 監督生はにっこりと笑った。優位に立つもの特有の余裕があった。

「先輩に好かれているのは、結構うれしいです」

 ジェイドは、以前フロイドに女性の趣味が悪いと言われたことがあるのを思い出した。全くそのとおりだと今なら思う。

 立ち上がって2,3歩歩いた監督生は足首を捻ったのかひょこひょことした歩き方をしていた。「保健室に寄りましょうか」と提案し、返事を聞く前に横抱きにして持ち上げる。監督生は抵抗することなく腕の中に収まってくれた。

 顔の位置が近い。なにかしようと思えば出来るが、出来そうもない。

 今の状態が嫌いではなかった。

 

「あのお薬、まだあるんですか」

 監督生が歌うように囁いた。

「もう捨てましたよ。持っていると貴女に飲ませたくなりますからね」

 

 その言葉はジェイドの口中に奇妙な味わいを残した。

 ああ、自分も良心を抱けるのだな。恋が人を変えるとは、よく言ったものだ。


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