夢を見た。
妹が、レベルアップをする夢だ。
妹がレベルアップして、強化されて、進化する夢。
しかし、その後の展開は皆無。
ただ、進化するだけ。
魔物も魔王もいないこの現代で、妹が。
……意味が分からないよな。
見た本人だって、意味がわかっていない。
自分の深層心理が心配になるほど、意味不明で病的な夢だ。
もしかすると、犯罪の夢や追いかけられる夢よりもたちが悪いかもしれない。
気味が悪いから、スマホで夢鑑定でも見てみるか……。
と、俺がベッド脇にあるスマホを取ろうと手を伸ばした時だった。
……むにゅっ。
なにやら、手が幸せになった。
あたたかくて柔らかい、絶妙な触り心地。
お湯を球体にして触っているようでいて、しかし反発力や弾力を備えている。
「ははは、はは、はは……」
寝起きの頭。
それも変な夢を見た直後の狂った脳が、笑いに包まれる。
「ははは、はは、はは……」
「えへへ、へへ、へへ……」
その後も静かに笑っていると、隣から同じようなリズムの笑い声。
しかし、その声色は美しく、透き通ったガラスのようだ。
「ははは、はは、はは……」
「えへへ、へへ、へへ……」
「ははは、はは、はは……」
……いや待て!
おかしいだろう、なんだこの状況!
人間二人が同じベッドで朝を迎えて、それに、俺の右手には――
「おっぱいだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
おっぱいが当たっていた!
なぜだ、人類よ!
どうして寝起きの俺におっぱいを触らせる!
理性もまだ起きていない早朝に、どうして乳を!
目覚めて間もなく怒涛のように流れてきた情報量の多さに、脳が悲鳴を上げる。
「きゃー!」
ついでに、俺自身も一応悲鳴を上げておく。
……いや、それはなんでだ。
考えていたら、もっと頭が痛くなってきた。
じゃあ、もう考えるのをやめたらいいんじゃないだろうか。
……そうじゃん、考えるのをやめればいいんじゃん。
自分自身から溢れ出た名案に、俺はセルフで感謝し――
そして、もう一度布団をかぶって目を閉じ――
「――って、現実逃避をするんじゃない!」
……危なかった。
このまま寝ていたら、問題が片付かなかったうえに学校に遅刻していた。
だからええと、俺が今すべきことを考えよう。
それは絶対に、現実逃避して寝ることじゃないはずだ。
まず、この状況を整理しよう。
飛びそうになる意識をなんとか繋ぎ止めて、部屋を見渡す。
……そう、部屋だ。
ここは、いつも俺が寝ている部屋。俺の部屋。
もちろん、いつも寝るときは一人だ。
じゃあ、俺に胸を揉まれているこいつは誰だ。
いったい俺は、誰のおっぱいを揉んでいるんだ――!
「正解はわたしのおっぱいでした、お兄様!」
「なんだ、刺身のおっぱいか」
「そうです! お兄様が愛する妹、刺身のおっぱいです!」
……そうか、俺は妹のおっぱいを――
「いや待て! なんで俺は妹のおっぱいを揉んでいる⁉︎」
納得してる場合じゃない!
っていうか今の内容のどこに納得した三秒前の俺よ!
それになんだ、妹の名前が刺身って!
「ええっ! お兄様、わたしの名前を忘れちゃったんですか⁉︎」
「いや、忘れてないけど……うん。ちょっと、思うところがあってな……」
妹が生まれてから十五年、ずっと呼んできた名前だがふと違和感を覚えてしまった。
すまない妹よ……。
いやいや、そんなことはいいんだ!
そんなことより今問題にすべきは……
「刺身! お前はどうして俺の心を読んで会話してくるんだ!」
そう。
さっきから俺はこうして妹と会話していたわけなんだけど……
コイツ、何回か俺が発してないセリフにも返答してきてる!
怖っ! 怖いよ我が妹!
いつどこでそんな能力を会得したんだ!
お兄ちゃんはお前を読心術師に育てた覚えはないぞ!
まず育てたのは俺じゃなくて父さんだけど!