「……お兄様、さっきから何を考えているのですか? わたしはわたし。それ以外の何者でもありませんよ?」
考えていると、心を読む術を使って刺身が脳内の会話に介入してきた。
しかし、俺が過去の刺身に伝えたかった内容までは分からないらしい。
レベルアップ、というのが関係しているのだろうか。
レベルアップをすればするほど、刺身の読心術も精度が上がっていくとか――
「いいえ、お兄様」
と、透き通るような声が思考を遮った。
声の主はもちろん刺身。
リング状の鍵を指にはめてクルクルと回しながら、真剣な表情をしている。
その様子は非常に妖しくて、少しでも抵抗の意思を見せたら腕の一本でもへし折られそうだ。
刺身が続ける。
「わたし、お兄様が眠っている間にレベルアップについて色々と調査を進めてみたんです」
「二時間の間によくこんな意味不明な現象を調べられたな……」
刺身は通ってる高校でもトップクラスに頭が良くて、その評判は上級生である俺の耳にも入ってくるほどだ。
幼い頃から入院していた間も熱心に勉強や読書に取り組んでいたし、勉強が好きなんだろう。
でも、だからといってこんな短時間で未知の現象についてなにが調べられるというのか。
自分の体に起こった異変だから感覚でなにかわかったのかもしれないけど、証拠のないそんな不確かな情報で刺身が動くとも思えないし――。
とにかく、いくら考えても仕方ない。
早速、刺身の見解を聞いてみることにする。
……と、先を促そうとしたのだが。
「未知の現象……? お兄様はなにを仰っているのですか?」
肝心なスピーカーの刺身が首を傾げている。
「え……だって、お前の額にレベルアップの文字が表示されたのはさっきの一回だけで……それ以外はなにもレベルアップについて知らなかっただろ?」
恐る恐る、当たり前のことを繰り返す。
掛け算九九の答えをわざわざ解答と照らし合わせてみているかのような不思議さだ。
しかし、嫌な予感がする。
解答と照らし合わせてみたら実は自分が暗記していた九九が全くのデタラメだった。
それくらいの爆弾が、この『未知』という言葉には仕掛けられている気がする――
「お兄様、申し訳ございません」
刺身が、謝罪の言葉を口にした。
わたしは、間違えてあなたを呼び起こしてしまったみたいです、と。
あなたは、わたしの求めるあなたじゃありません、と。
……えっ、急にどうしたの⁉︎
さっきまで調査した内容を教えてくれる雰囲気だったじゃん!
だから俺もこうして楽しみに聞こうとしてたのに……
なにか、間違ったことした⁉︎
刺身はそれだけ言い残すと、リング状の鍵を机の上に置き、両手でピストルを構え銃口を俺に向けた。そして、引き金に手をかけて躊躇なくそれを引く。
「またね、お兄様」
俺が最期に見た妹の顔は、なにかを懐かしむかのような優しい笑顔だった。