現代日本で突然妹がレベルアップした件。   作:雨宮照

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帰還。

「……ま、……さま、…………お兄様っ!」

「美味い!」

 口の中に広がる爽やかな潮の香り。

 その舌触りは絶妙で、なめらかだ。

 ……ってこれはまさか、刺身の……?

「うわぁっ! お兄様が急に起き上がりましたぁ!」

 目を開けると、あったのはよく見知った妹の顔。

 俺に似ず整った顔がくしゃくしゃになっている。

 先ほど口の中に広がった幸福を考えるに、彼女は泣いていたらしい。

 泣いていたのにこんなに美人なんだから、非の打ち所がない。

「お兄様! わたしです、刺身です! わかりますか!」

「うん……わかるけど、ピストルはどうした? それに、鍵を持って……」

「……やっぱり! 頭の打ち所が悪かったんですね! 救急車を呼びましょう!」

 一目散に電話を探して走っていく刺身。

 どうやら俺の言動から、頭がパーになってしまったと思われたらしい。

「待って待って! 大丈夫、大丈夫だから! ちょっと寝ぼけてただけだよ!」

「むう……ほんとですか? お兄様は何か不調があっても隠したがりますからね……」

 確かに多少体調が悪かったくらいなら言わないことが多いけど、俺信用ないな。

 でも、頭を打って気を失ったにしてはすごく体調がいい。

 なんていうか、ぐっすり二度寝をしたような気分で、むしろ気持ちがいいくらいだ。

「……ならいいですけど……。心配だから、今日は学校を休んでくださいね?」

「いや、行くよ。来週のテストに向けて授業にも出ておきたいしさ」

「ダメです! ちゃんと休まないと……。先生には伝えておきますから」

「わかったよ……そこまでいうなら家で勉強させてもらおうかな。ごめんな刺身、お前にも学校遅刻させちゃって」

「……遅刻? あ、いえ、この時間なら間に合いますから気にしないでください!」

「…………ん?」

 あれ、何かがおかしいな。

 俺は二時間ほど気を失ってたはずで……もちろん、今から学校に行けば遅刻確定なはず。

 だけど、刺身は間に合うと言っている。

 まさか、刺身はレベルアップしたことで時空を超える能力を手に入れたとか――

「ほらお兄様。お兄様が気を失っていたのはほんの五分のことです!……ま、まあ? わたしはその五分間だけでもすーっごく心配して差し上げたわけですけども……」

 最後の方は自信がなさそうにごにゃごにゃと照れたように話してたが、なるほど。

 どうやら二時間という単位も俺が気を失っている間に見ていた夢だったみたいだ。

「それじゃあお兄様! くれぐれも無理はしないように!」

「お前も気を付けろよー」

 扉を閉めて、急いで駆けていく刺身。

 自室と俺の部屋がある二階じゃなくてリビングのある一階に降りてったけど、大丈夫かな?

 あいつ、完全にパジャマ姿だったけど……。

 しばらくすると足音がなくなって、玄関のドアが閉まった音がして、静寂が訪れる。

 そういえばまだ俺自身もパジャマ姿だ。

 とりあえず顔を洗って、着替えて、コーヒーでも飲むか……。

 ベッドから下半身を乗り出し、ゆっくりと着地する。

 それから、ふんっと気合を入れて上半身を起こし立ち上がろうとしたのだが――

 うん、無理だ。腹筋がなさすぎる。

 頭の中で思い描いたら楽勝だったんだけど、実際にやってみると意外とできないもんだな。

 まあ、頭の中でできたことが現実で必ずできるなら告白を失敗する人はいなくなるわけで。

 そうなると世界がややこしくなるから、こうして俺が再び――今度は床に横になってしまったことにも何らかの意味があるんだろう。

 


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