「何やってんだろうなあ……」
天井を見て、呟く。
夢見ていた高校生活。
行動範囲も広がって、部活も頑張って、彼女とデートして。
それが、現実はどうだ。
学校以外にはほとんど外出せず引きこもってるし、帰宅部だし、彼女どころか友達すら一人もいない。交友関係を広げる努力もしていない、さらに活発なタイプじゃない自分のせいだとはわかっているけど、だからこそ怒りの矛先もなくてただ虚しいだけ。
はあ、どこで人生間違えたんだろうな……。
ここから変われる人も何人かはいるんだろうけど、それこそ本当に何人か。
その何人かに俺がなれるとは思えない。
きっとこの先の進路でも、社会に出ても、結局何でもないまま時間が過ぎていくんだろう。
そんなことなら、いっそ終わらせてしまいたい。
大きな事件を起こすのもいい。自分に火をつけてダルマになってみるのもいい。
頭では考えるけれど、実際に行動を起こす度胸はない。
ああ、本当に頭で考えたことが現実になったらなあ……。
まあ、もちろんそんなことは空想に過ぎないわけだけど。
……いい加減に立つか。
「……よっこいしょ」
膝に手をついて、ぐっと押し込み、体制を整える。
それをバネにして、一気に床を踏み、立ち上がる。
立ち上がること一つでも、こんなに行うべき動作がある。
人生を成功させるには、いくつの動作を完璧にこなさなくてはならないんだろう。
考えても仕方ない。
考えても仕方ないけど……考えずにはいられない。
「はぁ……」
当初の予定通り、リビングでコーヒーでも飲むか。
と、自室から一歩外に出た時だった。
「ぐぇっ」
足元から、変な声が聞こえた。
声のする方を見ると、なにやら見たことのないオーバーオール姿の女の子が横たわっている。
俺はどうやらこの子を気づかないうちに踏んづけてしまっていたらしい。
「フカ……痛い……」
「ご、ごめんっ!」
とっさに謝るけれど、なんなんだこの状況は。
両親は別に今日誰が来るとも言ってなかったし、このロリがここにいる理由が分からない。
――それと、もう一つ気になることがあって。
「フカ……? フカっていうのは……何のことだ?」
「……? フカは、フカヒレのフカだよ……?」
どうしよう、聞いてみたら余計に分からなくなった。
どうして急に高級中華食材の名前を……?
ロリっ娘の奇行に、なんだか頭が痛くなる。
さっきぶつけたせいじゃないだろうな?
今朝の妹とのやりとりに似た意味不明さが彼女との会話にもある気がする。
「ええと……フカヒレのことを、どうして今言ったのかな……?」
慎重に、丁寧に。
この謎の少女に、問いかけてみる。
すると、彼女はこれまた不思議そうに言い放った。
「……え? だって、お兄ちゃんの名前……フカヒレでしょ?」
「ちょっと待ておい俺の名前がなんだって」
聞くと、俺はすぐに部屋の中に引き返す。
そして、鞄の中からノートやプリントなど、名前の書いてありそうなものを取り出して自分の名前を確認した。すると、一つ残らずそこには記名がされていた。
『木村鱶鰭』
……いや待てよどんな名前だよ!
よく俺十何年もこの名前で生きてきたな!
今朝刺身のこと「生魚」とか言ってめっちゃ馬鹿にしてたけど誰が言ってるんだって話だよ!
それに、苗字木村って! 木村って――!
「ぜえ……ぜえ……はあ……はあ……」
「どう? 落ち着いた?」
「……ああ、思い出したよ。確かに俺は木村鱶鰭だ」
……小さい頃から昨日までの記憶が全部蘇ってくる。
初めて遊園地に行った時も、小学校の入学式も、中学校の卒業式も。
俺はフカヒレと呼ばれていたし、ニックネームはフカだった。
習字のときは『鱶鰭』の文字が滲んで書きにくかったし、受験のときは名前を書くだけでずいぶん時間がかかった。
名は体を表すとはよく聞くが、俺や刺身はどんな人間に育っているのだろう。
将来は二人ともエラ呼吸になっていないことを祈る。