「でもまぁ、百パーセント違うってわけでもないよ、核心的なところが違うってだけで」
「えーっと、どこが合っててどこが間違ってたのかな?」
「合ってるところはね……刺身ちゃんの状態が、精神異常だってところ。それ以外は全部間違いだね」
俺の考察の後半部分をバッサリと切ってみせるリノ。
この思い切りには、居合の達人もびっくりなんじゃないだろうか。
そして、そんな剣豪リノにぶった斬られて胸を痛める男がここに一人。
俺がオードル・ト・レール人だったら、今のセリフで精神異常になっていてもおかしくない。
そんな俺の胸中も知らず、リノは解説を続ける。
「刺身ちゃんが異常行動を繰り返してしまう理由は、オードル・ト・レール人の血が表に出るにつれて、地球の環境が合わなくなってきたからね。精神異常の症状がだんだんと出やすい状態になっていて、危険な状態なの」
例えば……と、最近の刺身のことを観察していたらしい彼女が具体例を話し出す。
「例えば、今朝フカは刺身ちゃんに目覚まし時計で殴られたでしょ?」
「ああ……普段の刺身だったら、あんな暴力的な真似はしてみせないな」
「あれは、完全に精神異常故の行動よ」
確かに、それは思い当たる行動の一つだった。
俺が寝ぼけていたからこそそこまで意識しなかったが、よくよく考えたら異常な行動である。
「あとは――さっきわたしがここに来る少し前の刺身ちゃん。覚えているかしら?」
ええと、リノがこの家に来る、少し前か……。
確か、その時は刺身が学校に行く準備をしていて――
「あ! パジャマで出かけたぞあいつ!」
「そう、それよ! あれも、精神異常が彼女に働きかけた結果ね!」
……うーん、思い当たる節が今日だけでもこんなにあったとは……。
頭で考えられなくとも、強制的に納得させられてしまう。
思わず、ため息が出てしまいそうだ。
これが――だんだんと、エスカレートしていくんだもんな。
今日の行動は別に、俺がそこまで疑問に思わないほどの小さなものだったけど。
それがゆくゆくは猿と交配したり、地球を滅亡させたりするほどの大きな行動に移り変わっていく。それを止めるために、俺になんの協力ができるというんだろう。
リノは喉が渇いたようで自分でキッチンに行ってお茶を淹れてくると、それを飲みながら再び話し始めた。
「……ぷはっ。お茶おいしいわね……で、ええと? そうそう、精神異常の治療方法ね」
「ああ。俺の考察は間違ってるって言ってたけど……二回目に地球にきたクルーたちは精神異常の対策をしっかりしてたんだろ? だったら刺身にもその方法を使えばいいんじゃないのか?」
さっきからずっと頭の中にあった疑問をもう一度聞いてみる俺。
するとリノは再び口一杯に蓄えたお茶を一気に飲み込むと、それに答えてみせた。
「それがね……その対策方法、純粋なオードル・ト・レール人にしか効果がないのよ」
「……ああ、それで……」
納得した。
確かに、百パーセント宇宙人に向けて作られたワクチンなりなんなりが、地球人の要素がある刺身に効くかと聞かれれば、それはもちろん違う場合もあるだろう。
というか、ワクチンなんて地球人の間でも少しの遺伝子の差で効果に違いがあるような繊細なものだ。異星間、異種間となれば効果に違いが出るのも当たり前だろう。
だけど、と彼女は補足する。
「これがね――地球人向けの対策っていうものを二回目のクルーたちは残していたのよ」
「本当か!……じゃあ、リノはもしかしてその対策できるものを俺に持ってきてくれたとか?」
嬉しくなって、身を乗り出してしまう。
「ちょ、ちょっとフカ……顔が近いわよ」
「わ、悪い……」
少し興奮しすぎてしまったようだ。
リノが頬を赤くして俯いてしまった。
「まったく……フカは早とちりが凄いんだから……」
「ご、ごめん……」
リノの発言に、一々平謝りの俺。
彼女の見た目が幼いこともあって、必要以上に自分が情けなく思えてくる。