「じゃあ、説明を続けるわね……」
まだ顔が赤いのに、きちんと説明を再開するリノ。
こんなに幼く見えるのに俺よりしっかりしてるから、また俺のメンタルが削られていく。
「さっきわたしは二回目のクルーたちが残していたといったわね?」
「うん……だから、今もその対策ってやつはあるんだろ?」
期待して、相槌を打つように質問した俺だったが、彼女は首を横に振る。
「あることにはあるんだけど……」
「? あるなら、それを刺身に施せばいいんじゃないのか……?」
煮え切らない様子のリノ。
なにをそんなに躊躇うことがあるんだろう。
疑問に思っていると、覚悟を決めた様子の彼女は俺に切り出した。
「あることにはあるんだけど……それは、遺伝子の中にあるのよ」
「遺伝子の……中?」
「そう……精神異常の対策は、地球人の遺伝子の中にあるの――レベルアップという、生理現象としてね」
つまり――二回目に地球に来たクルーたちは、地球人の遺伝子の中にワクチンを紛れ込ませたということか。
確かに、遺伝子自体にワクチンを隠してしまえば代々失われることなく受け継がれていく。
そうすれば、未来で地球人の中にオードル・ト・レール人に近い遺伝子を持った個体が現れても問題なく対処できる……と。
「そう。昔の――いってもわたしたちの星ではそんなに昔ではないのだけれど――彼らには、それだけの技術がすでにあったのよ。だから、それだけ頭も良かった。自分たちの存在が何なのかさえも理解してしまうほどにね」
「自分たちの存在……?」
「うん、そう。自分たちの存在――というか、生物の正体に彼らは気づいていたの」
生物が精巧な機械だってことにね、とリノ。
またしても頭がこんがらがってくる。
生物が……機械?
俺の感覚でいうと、その二つは対照的に思えてしまう。
自然の象徴である生物と、人工の象徴である機械。
それらがどちらも――機械?
「……納得してないようだね」
「ああ……正直、脳がパンク寸前でな……」
「じゃあ、また噛み砕いて説明するね?」
と、彼女は一人だけまたお茶を啜ると、俺にも分かる具体例を出して説明してくれた。
「フカは、機械ってどんなものだと思う? 例えば――機械の一生とか」
「そうだな……作られて、燃料を消費して仕事をして、やがて壊れていく……こんな感じか?」
彼女の質問に、理解の追いついていない俺は純粋に頭に浮かんだことを口に出していく。
すると、満足げに頷いたあと、リノが教えてくれた。
「それってさ――人間も、同じだよね」
「…………えっ?」
「だってさ、人間だって人間によって作り出されてこの世に生を受けて、食事を毎日食べて、要らないものは排出して、なにかしら自分に合った仕事をこなして――最後には古くなって不調が増えて、動かなくなるでしょ? それって、機械となにも変わらないよね?」
言われて、しっくりくる。
確かに、人間の一生と機械の一生は似ている。
思えば、回路があったり神経があったり、壊れたところを機械に代用して置換えたり。
その構造やパーツさえも、精巧に作られた機械だと一度信じてしまえばなんの疑問も生じないくらいに機械と似通っている。
「だからいったでしょ? おへそがないのは、生まれ方が違うから」
「……オードル・ト・レール人は、機械として作られるからか?」
「その通り! とても頭がパンクしそうな人とは思えない理解度だね!」
にゃはは、とリノが上機嫌に笑う。
整理してみると、こういうわけか。
オードル・ト・レール人は何者かに作られた機械で、地球人の祖先。
しかし、地球人の純粋な祖先ではなく、本当の祖先は機械と猿――これも機械か? との交配種。でも、待てよ?……だとすると、最初の生物ってのは誰が作ったんだ……?
「おっ、さすがフカ。いいところに目をつけるね!」
またも感心してウンウン頷くリノ。
「その答えはね――実は、まだわたしたちにもわからないんだ。とりあえず、わかってないから『神様』としてるんだけどね」
わかってないものは結局神とか霊的なモノになるんだよ、と彼女。
宇宙広しといえど、未知が畏怖の対象になるのは変わりないらしい。