「で、結局今の話からなにがいいたいかっていうと、人間は弄りやすかったってこと」
だって、もともと機械なんだから、と。
地球人の遺伝子の中に含まれた『レベルアップ』という性質。
これは、二回目のクルーが人類に施したアップデートだったのだ。
旧約聖書では、蛇は人間に知恵を与えたとされている。
しかし、実際は知恵どころではなくもっと大変なものを残していったのではないだろうか。
「――っふぅ――! 疲れたね――!」
説明終了、とばかりに目の前のロリが伸びをする。
オーバーオールの下に着たシャツの袖から、かわいらしいツルツルの脇が覗いている。
うーん、チラリズムは犯罪的なほどエロティックだなぁ…………じゃなくて!
「ちょっと! 何終わった感じ出してんだよ。まだ全然気になってることあるんだけど!」
「ええー、だってもう一時間は経ったよ? ある程度理解したでしょ?」
お茶をクイっと飲んで、気怠そうにするリノ。
「まだ全然だわ! 結局俺は何をしたらいいんだ! それと、レベルアップってなんだ!」
しかし、俺はまだ何も本質的なところの説明を受けていない。
人類についての新事実はたくさん耳にしたが、現在直面している問題の解説と解決策を何も受け取っていないのだ。
「まあまあ、そんなに熱くならないでよフカ」
「なるよ! ならざるを得ないよ!」
「えー、鬱陶しいなぁ……。うーん、ここからは実物を見ながら説明した方が絶対いいのに」
「……実物?」
レベルアップの、実物?
彼女は何を言っているんだろう。
そりゃあ実物があったらそれに越したことはないけど……。
内心戸惑っていると、いきなり指をパチンと鳴らすリノ。
そして、なにやら怪しげな顔で呟く。
「ほら、もうすぐ到着するよ――実物が、さ」
すると、遠くの方から微かに足音が聞こえてくる。
その間隔的に、近づいてくるそれは走っているのだろう。
それから、やがてチャリチャリと鍵の開く音がして――
――ドアを開けて、妹が入ってきた。
「お兄様、わたしパジャマで学校にいってたみたいです!」
「今更気づいたのかこの腐り生魚妹!」
「ああっ、酷い!」
地球の環境に合わない遺伝子を持つゆえの奇行だとは分かっているが、我が妹よ。
パジャマで出かけたのはいいが、その頭に乗っている卵焼きはなんなんだ。
きっと、遺伝子が働きかけた結果なんだろうけど――何があったらそんな頭の悪そうな状態になる!
頭の中で突っ込んでみるが、当の本人はキョトンとして首を傾げている。
いや¬¬、お前……読心術があるなら俺の考えてることが分かるんだろうに。
分かりやすくズッコケてしまいそうになる。
しかし、何とか踏ん張って椅子から転げ落ちないようにしていると。
「待ってくださいお兄様、女の匂いがします!」
刺身が、目の色をグワっと変えて吠え出した。
「まさか、わたしのいない間に女を連れ込んで――って、誰ですかこの子!」
そして、俺のすぐ前で空になった湯飲みを転がしているリノと目が合う。
それから、さらに刺身は吠え転がり出した。
「ふわぁぁぁぁ! ちょっと待ってくださいねお兄様、今頭の整理をつけあああああああ! 無理です無理です! どうしてお兄様と女の子が家に言いいいい! っていうかなんでこの子の心は読めないんですかあああああ! 隠し子⁉︎ お兄様の隠し子おおおおお⁉︎」
近所迷惑になりそうなほどの大声で絶叫しながらのたうちまわる刺身。
リノはそんな彼女を一瞥し、何か言いたげに口を開いた。
よし、いいぞ! なんだか勘違いしてる様子の刺身の、目を覚ましてやれ!
と、俺は勝手にリノを救世主のように感じていたんだけど――
「お、女の子じゃないよ! わたしフカより年上だもん! 敬ってよ、ねえ!」
そんな予感は勘違い、思いっきり私情で言いたいことがあっただけだった!
「ええええお兄様より年上えええええ! じゃあ女の子じゃないじゃないですか女じゃないですか! もうこれはこうなったら、殺すしかありません! この女を殺してわたしも死ぬううううう! 覚悟おおおおおお!」
と、台所にもうダッシュした刺身は出刃包丁を構えてリビングに戻ってくる。
すると、その間に一息ついたリノがひとこと。
「……うーん、もうあれほどまでに奇行が悪化してたのね……」
「…………ごめんなさいあれは普段からの刺身ですほんとごめんなさい」
地球の危機を真剣な顔で案じてくれているリノに、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
あれは恐らく遺伝子とか何も関係なく、ただの刺身の性格だ。
そんな俺の胸中なんて微塵も知らない刺身は、構えた包丁をそのままにリノへと突進。
リノは、何やら不敵な笑みを浮かべて立ち上がると腕を組んで仁王立ちする。