「……お兄様、話は済みましたか?」
リノとの話が終わって、少しして。
彼女の使った食器をキッチンに運びながら考え事をしていると、刺身が話しかけてきた。
「えっと……お兄様、ごめんなさいっ! あの女の子との関係性を確認もしないで、その……殺そうとしてしまって。刺身は本当に悪い子です」
震える声で、俯きながら謝る刺身。
きちんと反省しているようで、表情はとても不安そうだ。
とてもさっきまで出刃包丁で人を刺していたような子とは思えない。
そういえばリノは大丈夫なんだろうか。
俺の記憶が正しければリビングは血だらけになっていたはずだけど――
(……あ、元通りになってる……)
そこは、さすがの宇宙人。
刺されても別に問題はないし、後処理も完璧みたいだ。
じゃあ、これから俺がしなくちゃならないことは特になくなったわけだな?
リビングにいるリノと目配せすると、俺は妹を狂わせるっていう使命を受けたときから頭で密かに練っていたプランを妹に告げる。
「刺身、ちょっといいかな」
「なんですか、お兄様……? いけない刺身に、お仕置きですか……?」
……おい、なんで嬉しそうな顔をしてるんだ。
お仕置きって、普通罰として行われるわけで、嫌なもののはずなんだけど……。
まあ、そこはリノに踏まれて喜んでいた俺だ。
兄妹だってことで、目を瞑っておいてやろう。
……って、俺が言いたかったことはお仕置きとかそういうことじゃなくて――
「……刺身」
「……? なんですか、お兄様?」
「ええと……、これから、デートしないか?」
「はい……それは構いませんが…………って、ええっ⁉︎ デートですか⁉︎」
なぜか、ノリツッコミみたいに一回受け入れてから驚く刺身。
脳の処理が追い付かないほど感情が左右されたんだろうか。
「ど、どどどどどど、どういう風の吹き回しでっ!」
目を白黒させて狼狽えてみせる彼女。
頬は上気し、若干の過呼吸に陥っている。
「そうだな……なんか、今日はそういう気分だったから、かな」
と、簡潔に答える俺。
色々と言い訳を考えるより、スパッとひとことで説明した方が疑われることもないだろう。
「もう一度確認するけど……行ってくれるか?」
さらにダメ押しの、考える時間を与えない追加質問。
「…………はい! 不束者ですが、よろしくお願いします……!」
すると、彼女はプロポーズを受けた直後みたいに虚ろな表情で。
それこそ、プロポーズを受けたときみたいな返事をしてみせたのだった。
*
「お兄様、今日は天気が良くてよかったですねっ!」
柔らかい春の日差しのもと、刺身が隣で笑いかける。
「こうしてお兄様と二人きりでお出かけができるなんて……夢みたいですっ!」
そう言いながら手を合わせる彼女の目はこれまで見た中で一番の輝きを放っていた。
「確かに、お前とこうして外出したことはなかったな……」
「そうですよお兄様! わたしが誘っても、いつもあーだこーだと理由をつけて家から出たがらないんですから……まあ、おうちデートも、もちろん楽しいですけど……」
そう言って唇を尖らせる彼女が本当に愛おしい。
先ほど、今回のデートの約束を取り付けたあと。
俺はリノに別れを告げて、早速デートの準備に差し掛かった。
どこに行こうか、何を食べようかとインターネットで検索する。
しかし……俺は、デートの準備というのを軽く捉え過ぎていたみたいだ。
まず、穴場どころか定番のスポットすら全く知らないという知識不足。
さらに、食べ物屋だってファストフード店やコンビニしか頭の辞書には載っていない。
加えて、デートに来ていく服どころか外出するためのおしゃれな服なんて一着も手元にないという残念な始末。
「それじゃあお兄様、まずはお洋服を買いに行きましょうか!」
と、こうして刺身が心を読んで買い物デートを提案してくれなかったら、誘っておいて自分からすぐに今日のデートをドタキャンしてしまうところだった。