場所は変わってレストラン。
またしても、ここは刺身がかねてから来てみたかったというパスタの店だ。
本当、プランに関しては頼りっきりで情けないばかりだ。
しかし、テーブル席の向かいに座って近況を話して聞かせる刺身はとても笑顔。
それだけで、気持ちが救われていくような感覚に陥る。
「お兄様、ほら、注文したパスタが来ましたよ!」
彼女の明るい声に振り向くと、二人分の皿を抱えて持ってきてくれるウェイトレスさん。
目の前に料理を丁寧に並べると、一礼して去っていく。
「うわぁ……! とっても美味しそうですね……!」
俺が頼んだのは、卵とベーコンのカルボナーラ。
刺身が選んだのは、エビとトマトのクリームパスタ。
どちらも、麺が艶々としていて食欲をそそられる。
「本当に美味しそうだな……。こんなの、絶対家じゃ食べられないもんな」
「そうですよお兄様! 早速ですからいただきましょう!」
フォークとスプーンでくるくると麺を巻き取り、小さな口へと運んでいく刺身。
トマトソースでほんのり赤くなった唇が艶かしく目に映る。
「じゃあ、俺もいただこうかな……」
と、俺もスプーンとフォークでパスタを巻き取り始めた時だった。
そういえば……と、デートに来た目的を思い出す。
急遽企画された。妹とのデート。
自分の不甲斐なさを実感したり刺身の可愛さを再確認したりと普通に楽しんでしまっていたが、目的は刺身を狂わせてレベルアップすることだったじゃないか。
パスタを一口食べて、決意する。
そうだ、そうだったよ……。
ここで行動を起こさなくて、どこで刺身を狂わせるっていうんだ!
俺は意気込むと、美味しそうにパスタをつまむ刺身に声をかける。
「刺身……お前の食べてるやつも、一口くれないか?」
俗にいう、一口ちょーだいである。
「いいですよー。それじゃあ、ひとくち分のパスタをお兄様のお皿に取り分けましょうか?」
もちろん断らずに、気まで使ってくれる刺身。
献身的で、将来いいお嫁さんになることだろう。
だが、しかし!
それだけでは、妹は狂うどころか心を動かされもしないだろう。
であるならば、やることは一つ!
確実に彼女が狂ってしまうであろう、今考えられる最も恥ずかしい手段だ。
「いや、取り分けなくていいよ刺身」
「? なんでですかお兄様……って、もしかしてアレをする気じゃ……!」
なにか思い浮かんだらしく、頬を真っ赤にして口をパクパクさせる刺身。
おそらく、恋人同士が食事する時に行うアレを思い浮かべたんだろう。
……そう、その「アレ」とは全非リア充の憧れ、「あーん」である。
しかし、俺はそんなことで刺身が狂うとは思っていない。
だって、寝起きの兄貴に真顔でキスを迫るような妹だからな。
ってことは、「あーん」どころかさらに上のムーブが求められる。
だとするならば、この状況で俺がやるべきことは一つだけ!
「……じゃあ、刺身。先に俺から一口あげるよ。顔、近づけて?」
言うと、素直に身を乗り出して顔を近づけてくる刺身。
そんな彼女に一瞬ドキッとするも、平静を装ってパスタを掴む俺。
そして、そのままフォークとスプーンでくるくると巻き取り――
――自分の口に入れた。
「⁉︎」
予想外の動きに、呆気にとられた様子の刺身。
さっきまでの興奮はどこへ行ったのか、赤くなっていた頬は本来の白さを取り戻している。
だが、しかし。
ここで終わらないのが地球を救う救世主であるところの俺だ。
口に入れたパスタをそのままに、驚いている刺身へと顔を近付けていき――
「ぢゅるるるるるっ……んんっ…………っ……ぷはぁ……っ……」
――口移しで、彼女の口の中へとカルボナーラを放り込んだ!
「ふぁ…………」
とろけたような顔で虚ろな目をする刺身。
彼女の頭の中は、今どうなっているのだろうか。
快楽に蹂躙されている? それとも、幸福に苛まれている?
とにかく、最高に狂った感性を持っている彼女のことだ。
きっと、喜んでくれているに違いない――と、確信してガッツポーズをとっていると。
「はわわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
妹が、叫び声を上げながら発光し始めた。
これは――やっぱり、レベルアップ成功だ!