しかし、このタイミングでのレベルアップ。
場所も時間も選んでいる余裕がなかったから、お昼時の混雑した飲食店でのレベルアップになってしまった。
発光している目の前の妹は、数秒と持たずに激しい爆風を伴って爆発してしまうだろう。
――その前に、どこか安全な場所に移さなければ!
思い立つと、俺は刺身の手を引いて立ち上がる。
「店員さん、必ずすぐ戻ってくるので、ちょっと出てきます!」
食い逃げだと思われないように荷物を置いて店員さんに声をかけ、そのまま駆け出す。
あと何秒だかは分からないが、爆発まで時間がないのは事実!
だったら、とにかく階段の方に走って――ここだ!
ショッピング施設の階段の脇には、必ずと言っていいほど何もない空間がある。
だから、階段を目がけて走っていけば必ず人目につかない場所がそばにあるのだ。
「よし、ここならいいだろう! ほら刺身、思う存分爆発していいからな――!」
俺が言い終わるより先に、全身の光量を増幅させる刺身。
それを確認すると、俺も目を瞑って爆発に備える。
そして、次の瞬間刺身は蓄積されたエネルギーを宇宙人の遺伝子とともに空中へ放出し――
また、一つレベルをアップさせた。
「……またわたし、レベルアップしたんですか……?」
怯えたような声で刺身が尋ねる。
庇護欲を掻き立てる、震えたような声だ。
そんなか細い声を耳にして、俺は一刻も早く彼女を抱きしめてあげようと目を開ける。
すると、事前に目を閉じていたお陰か、視力へのダメージは殆どなかったんだが……
何故か、周りがピンクのタイルに囲まれている。
無我夢中で人目につかないところに走っていたから、気が付かなかったけど……
そういえば、階段の近くには何もない空間の他に、もう一つよくある施設があったんだった。
「……お兄様? ええと……よく状況が掴めないのですが……」
フラつく彼女の腰に手を回してしっかりと抱き止める。
しかし、内心は冷や汗だらだら。
だって、焦っていた俺が妹を連れ込んでしまったのは――
「…………どうしてわたしは、お兄様に女子トイレで抱き抱えられているのでしょう……?」
――女の花園、女子トイレだったのだ。
ああ、最悪だ!
よかれと思って行動したのに、このままじゃ紛うことなきド変態じゃないか!
だんだんと脳から血の気が引いていき、指先が冷たくなってくる。
頭が真っ白になって、何も考えられなくなっていく。
ふと腕の中にいる刺身の表情を見ると、彼女は不思議そうに首を傾けていた。
……くそ、かわいいな!
こんな状況でも実の兄貴を萌えさせてしまうのだから、この妹は……!
まあ、とにかく妹が俺のことを軽蔑しないでいてくれたのはよかった。
とにかく、一刻も早くここを出て、レストランに戻ろう。
「じゃあ、刺身。レストランに戻ってパスタの続きを食べよう」
「……? は、はい……ところでお兄様? 刺身たちはなぜ女子トイレに……」
「よーし! 今度は刺身の食べてたトマトのパスタを一口もらおうかなー!」
必殺、大声で誤魔化す攻撃。
刺身がよからぬことを妄想し出す前に、興味を別のところに移してあげなくちゃ。
と、抱いていた妹を開放し、手を引いて歩き出した。
そんな時だった。
『次どーする? アクセサリーでも見にいこっか〜』
『そだね! これから暖かくなるから髪型も変えていきたいし!』
女子トイレの入り口から、若い女性の話し声がした。
「ねえ、お兄様……? やっぱりここ、女子トイレじゃ……」
それから、やっぱり疑問を捨てない我が最愛の妹。
……これ、もうチェックメイトなんじゃ……?
ああ、神様。
俺の人生って、なんでこんなに波乱の連続なんでしょう?
破滅に向かう罠が、人よりたくさん仕掛けられている気がします……。
もしここで通報されたり捕まってしまったりしたら、俺はどうするんだろう。
例えば女子トイレで何をしようとしていたのか聞かれたら――
――レベルアップを人に見られないため、じゃあ切り抜けられないよなあ……。
まあ紛れもない事実なんだけど、そうは問屋が卸さない。
ならば、ここで捕まってしまうこと自体すでに破滅なんじゃないだろうか。
だとすると、とにかくここで彼女たちに見つかることは避けなくちゃならない。
その場合、俺が取るべき行動の最適解は――
「刺身、こっちだ!」
「ええっ、お兄様、なにをしようと……っ⁉︎」