現代日本で突然妹がレベルアップした件。   作:雨宮照

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日頃の感謝。

「それじゃあ、プラネタリウムにいきましょう!」

 俺が九死に一生を得てから、一時間後。

 パスタの店を出た俺たちは、刺身の提案でプラネタリウムへと向かっていた。

 またもや刺身の提案で、だ。

 そろそろ本当に不甲斐なさすぎて首を吊りたくなってくる。

 二人並んで、池袋の街を歩く。

 右にも人、左にも人。

 大勢の人に囲まれて、半引きこもりの俺は吐き気がしそうだ。

「パスタ、美味しかったですね!」

「そうだな……あんまり普段外食しないだけに、新鮮さも相まってすげえ美味かった」

「ですよねっ!」

 他愛もない会話を、とびきりの笑顔で楽しんでくれる刺身。

 この笑顔を見ていると、刺身が妹で本当に良かったと思う。

 世の中の兄妹のほとんどは、信じられないことにあんまり仲が良くないみたいだからな。

 こうして二人揃ってデートができるなんて、奇跡みたいな確率なのかもしれない。

 そう考えると、今日はとってもいい機会だ。

 この際、日頃口に出さない感謝を伝えてみるのもいいかもしれない。

「……刺身」

「…………? 改まってどうしましたお兄様? お手洗いですか?」

「違わい。ちょっと伝えたいことがあってな……」

 少し緊張気味の俺に、首を傾げる刺身。

 どうやらこれまでの経験上、大事なことを伝えようとした際には読心術が発動しないらしいことが分かった。

「伝えたいこと……ですか? あっ、もしかして……!」

 俺の言わんとすることを理解したらしく、恥ずかしそうに頬を染める彼女。

 確かに日頃の感謝を伝える方も恥ずかしいが、伝えられる方も十分恥ずかしいだろう。

 だからこそ真剣に、俺は彼女に気持ちを伝えようと思う。

「刺身……」

「ひゃ、ひゃい!」

 照れからか、声が裏返る刺身。

 普段は天真爛漫な少女という風だが、こんな一面もあったのか。

 照れに弱いという妹の弱点を見つけて、少しだけ優越感を覚える。

 そして、しばし間を開けたあと俺は彼女の方に両手を置いて言った。

「……いつも、ありがとう。刺身といると楽しいし、一緒に遊んでくれるし、こうして出かけても俺のことを気にかけてくれてる。本当に、感謝してるよ」

「…………はい!」

 言い切った!

 俺は恥ずかしさで顔が熱くなってくるのを自覚しながらも、心の中でガッツポーズをする。

 ふふふ、俺だってやるときはやるんだ。

 日頃の感謝を伝えてやったぞ――!

「………………?」

 ――なんて、俺がテンション高く内心飛び跳ねそうなほど高揚していると。

 なぜか、胸の前で手を合わせたままの刺身がキラキラした目でこっちを見ていた。

「……お兄様、それで続きは……?」

「…………え?」

「? どうして不思議そうにしてるんですか? 続きですよ続き!」

 純粋無垢な輝く瞳で見つめ、ありもしない続きをねだってくる妹。

 ……どうしよう、日頃の感謝の後になにかあると思われてる!

 普段しないようなことをしたから、それで終わるはずがないと思われているのだろうか。

 残念だったな刺身……お兄様はプレゼントも用意していなければ、続きの言葉すら用意していないのだよ!

 心の中では、胸を張って自分の不甲斐なさをドンと言ってのけられる俺。

 でも……やっぱり、言えない!

 現実でこんなに目をキラキラさせてる妹に向かって、これで終わりだとは言えないよ!

 そうして悩んでいる間にも、刺身はエメラルドのような瞳を俺に向けてくる。

 と、とにかく何か言わなくちゃ!

 感謝の続きにあるものを……呼び起こさねば!

 


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