現代日本で突然妹がレベルアップした件。   作:雨宮照

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火事場の馬鹿力。

 そうなると、もう一つ困ったことになる。

 ……プラネタリウムの時間に、間に合わなくなってしまう可能性があるのだ。

 刺身がかなり楽しみにしていたプラネタリウムデート。

 俺としては星を見るアトラクションにそこまで興味はないが、彼女がワクワクしていたのだ。

 これに間に合わないようなことがあれば、俺は一生後悔することになるだろう。

 であるならば、ここで俺がとるべき行動は一つ。

 刺身を連れて、どうにかここを切り抜けることだ。

 だけど、これだけの観衆を正面突破できるとは思えない。

 どうにか工夫をして、ここから逃げ出せればいいんだけど……。

 と、そこで先ほどの女子トイレでの一件を思い出す。

 ……そうだ、レベルアップ!

 刺身がレベルアップをすれば、大量の光を放ってみんなの目を眩ませることができる……!

 早速、俺は彼女のレベル上げを遂行することにする。

「なんだなんだ……?」

「彼氏の方がなんかするみたいだぞ!」

「楽しみだな! よく見ててやろうぜ!」

 幸いにも、観衆は俺たちに注目してくれている。

 しっかり見ていればいるほど、爆発した時の目のダメージは大きいはずだ。

 確実に、俺たちに興味のある連中から潰していくことができる!

「さ、刺身……!」

「えへへぇ……どうしましたお兄様ぁ……」

 いつにも増してニコニコ笑顔の刺身に呼びかける。

 すると、その笑顔を内面から放出したまま近づいてくる刺身。

 よし、落ち着け……ここでどんな行動を取れば刺身が狂うか見極めろ……!

 みんなに見られても問題なくて、刺身が狂う行動。

 きっと、そんなことがあるとすればそれは――

 

「はわわっ……! お兄様っ、なんてことを考えて……っ! ああっ、ダメですっ……そんなところぉ……ああっ、ほんと、お兄様っ、それくらいにっ……ふあぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」

 

 絶叫しながら、眩い光に包まれる刺身。

 無事に、レベルアップしたようだ。

 腰が抜けた様子で、その場にトロンとした目でへたり込んでいる。

 俺はそんな彼女を火事場の馬鹿力で背負い、目を押さえて蹲る衆人の群れの中へ。

 そして、なんとか遠くの人通りの少ない場所に逃げ込むことができた。

「はぁ……はぁ……。なんとか逃げ切れたみたいだな……」

 息も絶え絶えに刺身の髪を撫でる。

 ふっと香るシャンプーの匂いが鼻をくすぐった。

 未だ、刺身はレベルアップの余韻で心ここにあらずといった感じだ。

 ならば、と俺は彼女の髪に鼻を押し付けて彼女の匂いを嗅ぐ。

 ……ああ、生き返る……。

 どうやら、俺は彼女の髪の匂いが好きらしい。

 体育の授業以外では全く運動をしない俺が久々に体力を使ったけれど、刺身の匂いを嗅いでいるうちに疲れなどどこかに消し飛んでしまった。

 ――とまあ、俺の作戦は大成功したわけだけど。

 一体、どんな方法でレベルアップを促すことに成功したのか。

 実は、その鍵は刺身の心を読む能力にあった。

 俺は、彼女に心がきちんと伝わるよう、まずは気持ちを整理した。

 そして、別に伝えたい大切な気持ちなんてないと自分自身を欺き、刺身と心が繋がる状態へ。

 そこからが、俺の妄想力の見せ所だった。

 俺は――自分の考えられる刺身とのエッチな状況を、なるだけ事細かく頭の中で思い浮かべたのだ。生々しいものを中心に、あくまで伝えようとせずにただただエッチなことを考えた。

 すると、心を読めてしまう刺身には、その光景がダイレクトで伝わり。

 彼女自身の純粋さ、ピュアさも相まって、彼女は狂ってしまったというわけだ。

 どうだ、俺の作戦は! これ以上ないほど完璧だっただろう!

 おかげで刺身の醜態を民衆に晒すことなく、彼女を連れて逃げられた。

 これは、俺の今までの人生の中でもトップレベルに機転が効いた瞬間だと思う。

「んっ……お兄様……な、なな、なんで頭を嗅いでいるんですか!」

「おう、気が付いたか刺身……。どうも、俺はお前の匂いが好きみたいでな」

「ふぇっ⁉︎ お兄様がわたしの匂いを⁉︎……ど、どうしましょう。匂いが好きな相手って、遺伝子的にすごく相性がいいとされているみたいですが……ふわぁ……」

 意識の正常になった刺身が、俺の行動に驚く。

 そして、そのまま恥ずかしそうにして再び気絶してしまった。

 一体どうしてしまったんだろうか。

 今の会話の中に、別に感情を昂らせる要素なんてなかったはずだけど……。

 おそらく、これもオードル・ト・レール遺伝子の奇行の一種なんだろう。

 そう思って、あまり深くは追求しないようにする。

 だって、宇宙のことを知ろうとしたってきっと全部理解をすることなんて出来ないんだから。

 それなら、深く考えないようにするのが十分だ…………って、ええっ!

 チョロロロロロロロロロ……

 プラネタリウムの時間に間に合うように、刺身をまたおんぶして会場まで連れて行こうとしたら、刺身の足元から音を立てて水滴が滴っていた。

 どうやら、度重なる気絶やレベルアップの影響で彼女は失禁してしまったらしい。

 俺はそれをアスファルトに這いつくばって舐めつつ、思う。

 ――そんな、おもらしをしてしまう刺身も魅力的でかわいいと。

 だから、俺は刺身のおもらしパンツを脱がせてビニール袋に入れ、ポケットに仕舞う。

 これは今日から、俺のお守りにしよう。

 このおもらしパンツを見れば、これから先どんな苦難があろうとも勇気をもらえる気がする。

 だって、このパンツは俺が刺身を守った勲章のようなものだから。

 そして、刺身のおもらしが染み込んでいるおパンツなのだから――。

 


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