「それでは、チケットの番号を確認の上、指定の席に御着席ください!」
お姉さんの説明が終わった。
そして、周りのカップルたちがゆっくりとプラネタリウムの中へと足を踏み入れる。
俺たちもそれに続いて進もうと、一歩。
踏み出そうとすると、ふいに後ろから袖を掴まれて足が止まった。
その場に立ち止まる。
後ろを確認すると、袖を掴んでいるのは刺身だった。
「……わたし、嬉しかったんです」
ギュッと袖を掴んだまま、刺身。
その表情は、先ほどと比べて大分やわらかなものになっている。
「なんのことだ?」
反射的に聞き返してしまう。
きっと、考え込んでいたことに結論が出たんだろう。
彼女がついさっき何を考え、真剣な表情になっていたのか。
俺は疑問に思っていたから、聞き返したのは正解だ。
彼女は、ふわふわした花のような笑顔を浮かべて答える。
「……お兄様がデートに誘ってくれて、嬉しかったんです。お兄様がわたしと遊びに行きたいって思ってくれてるんだなって、知ることができて……」
だから、と続ける。
「これからも、たくさん色々なところに連れて行ってくださいよ! 楽しいことを、たくさんしましょうよ! お兄様が一緒にお出かけする相手は、わたしでもいいじゃないですか!」
「刺身……」
恐らく、刺身は俺の心を読んで気持ちが沈んでいる理由を察したんだろう。
そうすると、さっき考え込んでいたのは俺を励ますためだったのか……!
彼女が俺のことを思いやってくれていたと知り、心がジーンと温まってくる。
「さあお兄様、中にいきましょう? 世界中の星空が待ってます! 今日、この瞬間をわたしとお兄ちゃんの始まりの日にしてやりましょうよ!」
満面の笑みで、手を差し出してみせる刺身。
俺には、そんな彼女の笑顔が太陽のように眩しく見えた。
レベルアップで放つ光なんかよりも、ずっと温かくて優しい光。
俺は、そこに向かって手を伸ばす。
すると、彼女は小さな手でしっかりとその手を握り返してくれて。
そして、二人で一つのシルエットになって歩き出す。
気が付くと、俺は笑顔になっていた。
刺身に負けないくらい、満面の笑み。
きっと、傍から見たら随分と気持ち悪い絵面になっているのだろう。
でも、幸いにも周囲は隣に座るパートナーに夢中だ。
俺たちのことなんて、見えていない。
だったら、このままずっと笑顔でいてやろうじゃないか。
これは、俺と刺身の世の中に対する反抗だ。
明るい人間だけが笑顔でいられる世界への、ささやかな反抗。
今日だけは、こんな俺だって笑顔で過ごしてやろう。
どうせ、近いうちに世界を救ってやるんだから、今日だけは。
二人の気持ちだけを優先して、笑顔でいさせて欲しい。
ふと刺身の顔を見ると、また彼女と目が合った。
そして、今度はどちらからともなく笑い出す。
――この瞬間、俺たちは世界の誰よりも幸せを感じている自信があった。